2 試飲は一杯だけで
『
昼食を食べて再び車の後部座席に乗り込んでから、もう三十分は過ぎただろうか。
ぽつりぽつりとあった民家や
「終わるまで降らないでね」
まだ昼を過ぎたばかりだと言うのに、やたら暗い雲が空を厚く
「もうそろそろかもなぁ。予報じゃ昼から雪だったぜ」
運転席のマサの声が子供のように弾んだことに眉をひそめ、京子は花柄の
「こんなに山奥なら、私も
「山奥だなんて分かってた事だろ? 爺さんと一緒にコージも関西に行っちまったんだから仕方ねぇんだよ。それにここじゃ直接下りれないぜ」
「いいよ、パラシュート使えるもん。長時間の車移動に比べたら全然平気だよ」
ただ座っているだけなのに、砂利道からの振動で疲労は
マサは伸びかけの
「昼飯うまかっただろ?」
「ご飯は美味しかったけど」
「ほら。爺さんと一緒だと冷めた弁当だぜ、きっと」
山梨に入ってすぐの
マサは
「酒は買えたんだからいいじゃねぇか」
長野寄りに移動して蔵元に立ち寄ったのは、地元が近いマサの提案だった。
袋に入った酒の瓶が京子の足元で揺れている。
「ほら、もう着くぞ。爺さんもお目見えだ」
エンジン音の奥に荒いプロペラ音が混じり、京子は横の窓を少しだけ開けた。
白く
見慣れた銀色のシコルスキーは、
前方でホバリングするヘリの扉が開き、中から小さな黒い影が一つ飛び出す。
暗い空にパッと開いた長方形の真っ赤なパラシュートは、ゆらりと左右に揺れながら奥まった木々の向こうへ正確に落ちてきた。
マサは落下した位置から少し手前で車を停めると、空から来た初老の男に軽く頭を下げる。そして「後は頼むぞ」と肩越しに京子へ言葉を送った。
「分かってる」
京子は膝掛を
吹き込んできた冬の空気は、刺すような冷たさだ。
全身を震わせて車を降りる京子を横目に、マサは男から受け取ったパラシュートを後部座席に投げ入れると、「じゃあな」と二人を残して車を早々に走らせた。
いつのまにかヘリの姿も消えて、辺りはシンと静まり返る。
『爺』と呼ばれる男は、
京子と同じ紺色の
「行くぞ」
車道を逸れて森へ入り、長い草を踏みつけながら奥へと進んでいく。京子は黙々と歩く大舎卿と肩を並べて、にこやかに尋ねた。
「爺はお昼何食べたの?」
「イカ飯じゃ」
「イカ飯? って、北海道? 爺って今日は大阪から来たんだよね?」
ふっと表情を
まさか予定変更で北海道にでも行ったのかと京子が首を
「宿の近くにあるデパートで物産展をやっていてな、買って来てもらったんじゃよ」
「そういうことか」
イカ飯は彼の好物だ。
「そうだ、爺にお土産あるよ。さっき途中で日本酒の蔵元に寄ったんだけど、すっごく美味しかったから爺の分も買ってきちゃった」
「美味しかった、って。飲んだのか?」
「試飲しただけだよ。三分で戻れってマサさんが
本当はもっと色々試したかった所をマサに大声で呼ばれ、あっという間に連れ戻された。
大舎卿は『一杯だけね』と京子が指で表したグラスの大きさに眉を
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