人体改造はヒーロー物のお約束

 その日もいつも通りのコンビニのアルバイトをし、いつも通りの夜道を帰宅している時だった。

 何をしても手についていなかった僕は実家からまるで追い出されるかのように一人暮らしを始めることとなり、仕事はどうしようと悩んだ末にただ近いからというだけで決めたコンビニのアルバイト。

 働き始めてから2年もたってはいないはずだが毎日のルーティンにはさすがに慣れたものであり、街灯の少ない夜道でも迷うことなく帰ることができてしまう。

 この毎日のルーティンというものは非常にやっかいなものであり、あまりにも変化がなく平坦な日々を強調し突きつけられているような錯覚に陥ってしまい、そこから逃避するためにこの帰り道はいつも思考の波に飲み込まれている。

 そんな無味無臭で誰が聞いたとしても「つまらない」とありがたいお言葉を頂けるようないつも。

 そのいつもは今日という日をもって真っさらに消し飛ぶこととなった。

 まぁ、いつもどころからいままでのことも全部消し飛んだのだが。




「少年。ヒーローになりたくないっきゅ?」

「・・・・・・・・・は?」


 誰もいないはずの小道で突然誰かに話しかけられた。周囲を見渡しても家が建ち並んでいるだけで、人影らしきものは一切見当たらない。しかも、声自体は自分に向けられたものだと理解できるくらいにはかなり近くからかけられたはずなのにだ。

 もしかしたら今話題の怪物、『ワンダラー』のターゲットにされたのかもしれない。奴らが言葉を話すなんて聞いたこともないが、逆に奴らが言葉を話さないなんて言いきることもできない。言葉を理解でき、意思を持ち、思考できるだけの知能がないなんて誰が保証してくれるのだろうか。

 冷や汗が背中を伝い、嫌な思考ばかりが先行する。

 慣れ親しんだはずの帰り道が突然、未知のものへと思えてきはじめたときもう一度声が聞こえた。


「あれ?言葉はこれで合ってたはず・・・おーい少年、聞こえてないっきゅ?下をみるっきゅ!もきゅは怖くないっきゅよー」

 

 どうやら幻聴ではなかったようだ。そして言葉を向けられている先が自分であることも間違いないだろう。言葉の内容がしっかり頭に入らないくらいにはテンパっていたが、覚悟を決めておそるおそると目線を下のほうへと向けていく。

 そこには白いまんじゅうがいた。正確にはまんじゅうのような楕円の身体に猫のような耳をつけ、これまた猫のような尻尾をつけ、あとは正面にぽつんと黒くてつぶらな瞳をおいて申し訳程度に口がついて顔らしきものになっている、そんな生物がいた。

 あまりに不可思議な存在に話しかけるのは腰が引けたが、目が合っている時点で――あれが目であるのか正確に知るところではないが、もはや遅いか早いかの問題だろう。

 僕は相手を刺激しないようにゆっくりゆっくりと話しかけた。


「あの・・・どちら様でしょうか・・・?何か僕に御用ですか?」

「あぁよかったっきゅ。もしかしたら言葉が通じないかとひやひやしたっきゅ。やっと見つけたのに間違った言語を覚えていたなんてことになったら恥以外の何物でもないっきゅ。あぁそんなに怯えなくても大丈夫っきゅ。もきゅは悪いもきゅじゃないっきゅ。少年に提案というかお願いというか聞いてほしいことがあってはるばるやってきただけの可愛いマスコットっきゅ。それにしても都会というのは人が多くて大変だったっきゅ。まぁ積もる話はたくさんあるんだけど長くなりそうだから要点だけ話させてほしいっきゅ。ん?口をそんな丸くしてどうしたっきゅ?こういうのを鳩が豆鉄砲を食らったっていうっきゅ?」


 まんじゅうの形をした生物は大変おしゃべりだということがこの歳になって初めて知った。いやそんな生物がいること自体初めて知ったとこではあるが。

 まるで実家の近所に住んでいたおばちゃんが如くあまりにも一気に話すものだから、恐怖なんて欠片を残さないくらい吹っ飛んでしまった。

 呆気にとられて見つめているとこちらの困惑を察したのか、今度は少しゆっくりとした口調で話し始める。


「少年。細かいことは抜きにして単刀直入に言うっきゅ。ヒーローに興味はないっきゅ?いま世界は化け物によって未曾有の危機に陥ってるっきゅ。それに対抗できる者、すなわちヒーローが必要とされてるっきゅ。少年にはそんな誰かを助けるような存在になって欲しいっきゅ。」


 こういった詐欺はいくつも見てきた。あなたが英雄にとか誰かのためにとか。甘い言葉で惑わして食い物にする、悪意の塊のような手法は古今東西人を騙すための常套句として多くの人が知っているだろう。

 だがしかし、目の前にいるこの存在はどうだろうか。

 当たり前だがこんな生物に勧誘を受けましたなんて人間は今までに耳にしたことがないし、どう考えても一般的な常識で測ることはできないだろう。

 それに、だ。こいうった未知の生物から導入が始まるのなんてヒーロー物では常識だろう。


「僕は、ヒーローになることができるんだろうか・・・?」

「少年には素質も資格も十分、いやあり余る程だっきゅ。これ程の逸材は生まれてこの方お目にかかれたことがないっきゅ。よっ、世界一!」


 ・・・・・・やっぱり怪しすぎるかもしれない。

 でも、こんな機会は二度とないかもしれないと思うと、この会話を辞めて立ち去るという選択肢を選ぶことができない。

 もしかしたら、いままで求めていたものがもう目の前に差し出されているのかもしれないのだ。そんな絶好のチャンスをふいにしてしまったとしたら、この先一生後悔をし続けることになってしまうだろう。

 僕の躊躇いを察したのかまんじゅうはなお、言葉を重ねる。


「悩む気持ちも怪しむ気持ちもわかるっきゅ。ヒーローになれば今までの平穏な生活とまったく同じとはいかなくもなるっきゅ。でも、もきゅは知ってるっきゅ。君がいままでどういう思いで過ごしてきたのか、どんなヒーローになりたいのか、すべてみさせてももらったっきゅ。心配する必要はないっきゅ。君は自身の望むヒーロー像に疑問を抱いてるようだけれど、むしろもきゅが求めているのは君みたいなヒーローだっきゅ。だから、どうか信じて欲しいっきゅ」


 まんじゅうが宙に浮いて目線を合わせながら短い手を伸ばしてくる。なんだこの不思議生物。

 まぁ、言いたいことはなんとなくわかった。あちらはどうやってか知らないが僕のことを知っているようだし、こうして話しかけてきたのも偶然ではないということだろう。

 であるならば、もう躊躇う必要もない。どうせ僕が断らないと思って向こうは訪ねてきたのだろうから。

 そしてそれは正解だ。僕はこの提案を受けようと思う。

 怪しい部分だって疑問だってたくさんあるが、それでもやっぱり断れない。

 なぜなら、いまこの場で起きているシチュエーションは、僕が長年叶わないと知りながらも諦めきれずいた状況そのものだからだ。

 ここで日和ってしまうくらいの想いであるなら、こんな歳になるまで燻ってなどいない。


「僕はどうすればいい?どうやったらヒーローになれる?」


 震えた声で尋ねる。

 

「難しいことはないっきゅ。もきゅの手を取ってただ『変身』というだけでいいっきゅ。そうすれば君は新たな姿へと生まれ変わることができるっきゅ」


 目の前に浮いているまんじゅうの手を軽く掴み一息入れる。

 今までの人生は今日この時のためにあったのだと。決して無駄ではなかったのだと。

 覚悟を決めて言葉に願いを込めながら、自分の思い描くヒーローの姿を抱きながら、鋭く唱える。


「変身!」



 言葉を発した瞬間、世界が光で満ち溢れる。

 心地よい浮遊感と共に光の奔流が様々な彩りを装い、身体を優しく包み込む。

 やがて光は黒く染まり全身から腕や髪や足などに収束し様々な形を作り上げていく。

 光のシルエットが弾け、全体が徐々に露になっていく。

 レースとリボンで飾られた丈長のブーツ。

 手首に付けられた黒いバングル。

 黒と紫が混ざり腰どころか膝丈近くまで伸びた髪。

 薔薇を模したコサージュ。

 細くなり膨らむ身体。

 低くなった身長。

 病的なまでに白い肌。

 髪と同じ黒と紫をベースとした袖の長いゴシック調の服。

 リフリルがふんだんにあしらわれたロングスカートに腰を縛る大きなリボン。

 長いまつげに深い紫の瞳。

 胸に輝く紫水晶。

 

 掛け声に合わせて変身ポーズ――脚を大きく広げ右腕を指先まで伸ばし左肩より上へクロスさせる体制、をとっていた身体は、正に生まれ変わったが如く姿を変えていた。

 その姿に相応しい言葉を贈るとするならば、そう。


「新たな魔法少女、『ブラックローズ』の誕生っきゅ!」


 

 

 冷え込んだ夜道が更に冷たくなった。

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