間話 一乗寺エリカの初恋。





今、一乗寺エリカは廊下を全力疾走していた。その顔は熟れたトマトのように真っ赤である。他の生徒は通り過ぎる彼女を怪訝な顔で眺めている。



(なっ?!何だったの!!!!!あれは?!)


先程自分の頬をハンカチで拭った男の顔を思い出すとまたボフンと頭から湯気が出た。


(あ、あんな、あんな事っ!!)


自分を見つめてにこりと笑った男の顔がどんどん脳裏に浮かんでくる。サラサラとした黒髪に男にしては長いまつげに縁取られた黒曜石のようなその瞳が柔らかく細められる。思い出した男の後ろには薔薇が咲いている。脳内美化率120%だ。またボフンと頭から湯気が出た。


(きゃあぁぁぁ!!!)


一乗寺エリカはチョロかった。一見小学生高学年くらいに見える彼女は実際は17歳。ツバサ達の一つ上である。小柄な体と可愛らしい顔で弱そうに見える彼女も特別クラスに居る時点で察せられる通りめちゃくちゃ強いので有る。しかもかなり気が強い方だ。そんな彼女に今までアプローチして来た男は皆、俺様な奴らやガキだと見下してくる嫌な奴らばかりだった。反対に弱い男達には、怖がられて変に丁寧に扱われる。ツバサのように自然に甘やかしてくれる男は初めてなのだった。よくある一見ロリなキャラクターは子供扱いを嫌がる。しかし、エリカはでろでろに甘やかしてくれる王子様を夢見ていたのだ。子供扱いだろうとドンとこいだ!!甘やかして甘えさせて貰いたい!!!!!


(あぁん!!理想の王子様だわっ!!!!やっと会えた!!!!!)


自分の教室へ戻って来たエリカは思わず机に突っ伏した。いまだ頭からはホカホカと湯気が出ている、ちなみに比喩では無い。本当に出ている。魔力が高ぶったせいである。彼女の魔法適正は火なのだ。


「うわぁ、………エリカちゃんどないしたん?」


頭から湯気を出すエリカにドン引きで声を掛けてきたのは【ライアン・エアー】エリカの幼馴染でクラスメイトだ。褐色の肌に銀色の長い髪をハーフツインテールにした男である、がっしりとした体つきで身長は190近くあるだろうか、その見た目とは裏腹に言葉づかいは柔らかく、性格も温和である。


「ライアン………」


「あらまぁ、顔も真っ赤やないのぉ?お熱出とるん?大丈夫?」


ライアンは心配そうにエリカの前髪をサラリとかき分けて額に手をあてる。


「んー?お熱はないねぇ」


「ライアン、大丈夫。体調悪いわけじゃないのよ」


「ならどぅしたん?魔力暴走やなんて、何があったのん?」


ゆっくりと机の横にしゃがみこんで目を合わせてくれる。優しい。


「…………私ね、恋しちゃったみたい」


小さく呟くエリカにライアンは琥珀色の瞳がボロリと零れ落ちそうなくらい大きく目を開く。


「あらまぁ」 


それから絶えずもくもくと出る煙を気にしないで、エリカの頭を優しく撫でる。


「おめでとう、初恋やねぇ」


「ん………」


エリカがほんのりと微笑むとライアンも微笑む。その時『もう一人の幼馴染』が教室へと戻って来た。


「あら、ユアンちゃんも何だか嬉しそうやねぇ?」


こちらへとやって来るユアンはいつも笑顔だが今はいつも浮かべている様な笑みでは無く、蕩ける瞳で本当に幸せそうな笑みだ。


「んー?二人で通常食堂でご飯食べてたんやんなぁ?ユアンちゃんまで幸せそうで、………そっちはなにがあったのぉ?」


「ふふ、明日になればわかるよ」


ライアンの問いにユアンは、はにかんで答える。


「そうなん?ふぅん………。ええ事があったんならええんよ。………ほんなら今日は二人の為にお赤飯でも炊いたほうが良いんかなぁ?」


幸せそうな幼馴染二人を眺めて、ライアンも幸せそうに笑った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る