梅雨は弁当袋くらいでちょうどいい。

ねも

梅雨は弁当袋くらいでちょうどいい。

 雨の日が好き。肩が軽くなるから。

 黄色の弁当袋を左手に提げ、うきうき気分でがやがやした教室を出た。鼻歌に合わせて弁当袋とツインテールが揺れる。階段は一段飛ばし、ではなく一歩づつきちんと下りた。前にスキップで階段を下りたらするっと足をすべらせて後ろにこけちゃったから。下駄箱前に下り立つと、靴箱から紐のついていない白のお気に入りスニーカーを引っ張り出す。ぽんっと地面に放り、上履きと靴下を脱いだ。さっと上履きを靴箱に戻し、靴下はスカートのぽけっとに突っ込む。さぁいよいよとばかりに勢いよく素足を靴に入れ、かかとの方の折れた靴を手で直す。みんな素足なんて気持ち悪いって言うけど、布と足の温度が溶けあって靴も体の一部みたいに感じれるのが私は好き。結構動きやすかったりする。靴下があると靴との壁ができちゃうから。あ、長靴は足首がちくちくするから苦手。準備完了あとは傘だけ..と私が傘立てに視線を向けると、目の前に青のグラデーションカラーの傘が差しだされていた。

「一緒に帰ってもいい?」

 顔を上げるとにっこりといたずらっぽい笑みを浮かべている人物がいたので、私も意地っぽく答える。

「うーーん.. さやかがどうしてもって言うなら許してあげなくもないよ?」

 悪役令嬢のようにふんっと鼻を鳴らして、長い黒髪の地味令嬢を見下す。....実際は見上げてるけど。屈辱。

「ゆり様からそんなお言葉をいただけるとは。まことに恐縮でございますね。」

 にやにやした顔が上から覗き込んでくる。私が身長のこと考えてたのばれてる?

「もう、私雨やまないうちに帰るからね!」

 私はさやかの手から傘を奪い取って一人外にでた。ごめんってと笑いながらついてくるさやかを無視して傘を開く。頭上にあじさいのような青紫が広がった。遅れてさやかの白の猫柄の傘が隣に並ぶ。頭上からは雨が落ちてくる音、足元からは雨が跳ねる音が響きだす。傘に雨が跳ねる音が特に好き。軽快で、何かがはじけそうな明るい音だと思う。私はさやかの少し前を歩き、くるりと一回転した。

「今日もリュックおいてきたの?」

 私の背中を見ながらさやかが私に聞いた。

「そうだよ?」

「いや、そうだよって..」

 呆れたように苦笑するさやか。弁当箱は持ってるから大丈夫だよと伝えると、

「そういう問題じゃなくて、勉強があるでしょ。 予習とか」

 と怒られた。別に教科書なくても予習くらいできるよ?と首をかしげるとまた苦笑いされた。なんでだろ。優等生の考えることは私には難しかったみたい。

「この天然野郎、それで男ひっかけてるの私は知ってるからな?」

「え、そんなことしてないよ!?」

「いやいや、別クラスの私にも届くほどの噂だぞ。 お前のせいで何人の犠牲者がでたことか..」

 さやかはぶつぶつ言ってるけど、たぶん人違いだから気にしなくてもいっか。それよりも私には雨の日を楽しむという任務があるんだもん。水たまりを飛び跳ねてよける。子供のころにやった黒いタイルを踏まないゲーム、雨の日バージョン。雨の日バージョンは水たまりを踏むと水の音が楽しめる、敗者にも優しい設計。失敗しすぎると靴が濡れて素肌で雨を感じることもできる。雨の感覚を忘れちゃう現代人ぴったりの遊びだと思うんだけど、あんまり流行らない。というかみんな地下道通ったり長靴はいたりしてずるしちゃう。私が傘片手に一人遊んでいたらいつの間にか赤信号前で、さやかに引き戻されちゃった。さすがしっかり者、頼りになる。信号待ちの間、雨は垂直に頭の上に落ちてくる。

「あー、雨いやだ鞄重いー」

 さやかがリュックの肩ひもを背負いなおして言った。

「じゃあさやかも置いて帰ればいいじゃん」

「いやいや、親に殺されるわ」

 信号が青になったのでふーんと相槌を打ってゲーム再開。

「雑だなぁ..」

 後ろをとぼとぼとついてくるさやか。

「しょうがないなぁ、自分の荷物ない分私が持ってあげようか?」

「いや、いい。 お前に渡したら全部びちゃびちゃになる」

 真顔で言われた。

「えーひどい! せっかく優しくしてあげたのにー」

「だってお前もうびしょ濡れだし」

「楽しいんだもん~」

 傘を高くあげて片足でひとつづつ、軽やかに水たまりを踏んでいく。今度は黒タイルを踏むバージョン。ちょっとつま先が濡れてきた。雨の存在をじわり感じる。湿っぽい指先が歩く度きゅっきゅっと鳴る。雨音に良いアクセント。何個目かの水たまりに、大きなお屋敷が映って、そこで足を止めた。

「じゃあ、また明日」

「うん、ばいばーい」

 お屋敷に入ろうとするさやかに手を振り、私はもう少し先の家の方に体を向けるが、やっぱり振り返った。

「さやか! 次重い時は私も半分持ってあげる! ちゃんと濡れないように!」

 大きな声でそう言って、私は満足して家へ帰る。言いたいことを言った後の心はすっきりしていた。三割くらいは、さやかも荷物持たなきゃいいのにって思ってたけど。


 一人になった私は、傘に落ちる雨音と歌いながら帰る。みんな雨に濡れるのを嫌がるけど、私は好き。冷たいけどあったかいもん。雨は、本当はみんなを安心させるために降ってるんだよ、きっと。


お弁当があれば楽しめる、梅雨ってとってもお得な季節。今日のお弁当のハンバーグおいしかったなぁ。そんなことを考えながら、左手の黄色い弁当袋を揺らして歩いた。

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梅雨は弁当袋くらいでちょうどいい。 ねも @nemone_001

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