やり直し本舗

カルビャ

第1話

「いらっしゃいませ」

「当店のご利用は初めてでしょうか?」

「では、もどりたい時が写った写真は?」

「はい、確かに」

彼から受け取った写真は、彼の若い頃のもの。

マニュアル通りの作業。

写真をパソコンに取り込み、その後、プロジェクターで照らす。

「良い人生を」

せめて、願う。

『今』の僕の言葉が、『今』を見ていない人には届かないと思うけれど。

彼は、まるで最初からいなくなったかのように消えていく。

最後の客を見届けると、疲れた、と言葉を落とす。

写真を元にして過去へ戻る。そんな技術が生まれたのはけっこう昔。

実際、平行世界がなんたらかんたらと言っていたが、

難しい話は作った人に任せておけばいい。

実際、信じない人のほうが多いぐらいだ。

でも、誰が何と言おうとこれはにやり直せる。

だから、縋り付く人がいる。

まぁ、僕はもう過去に飛びたくはないと思っているが。

だから、僕の写真のデータは全部消してしまった。

「いらっしゃいませ」

「当店のご利用は初めてでしょうか?」





『今後のご活躍をお祈りしています』

『今後のご活躍をお祈りしています』

『今後のご活躍を』『今後のご活躍』

『今後のご』『今後のご』『今後の』

頭の中で回る通知。

「私、なんてダメなんだろ……」

やり直したい。

こんな自分だから。

変わらなきゃ。

今のままじゃ。

「明日香、どうだった?お祝いのから揚げ買ってきたよ?

ほら、お祝いだからって奮発しちゃったんだ」

ちょっと、出てくる。

「明日香」

言えない。

言えない。

知られたくない。

こんな私、見られたくない。

消えてしまいたい。

………………。。。


目覚める。頭の中で繰り返す悪夢。

過去に戻っても、頭を離れない。

「はぁ…はぁ…もう、絶対に、いやだ、いやだ…っ!」

寝る前にベッドの横に置いた水を飲む。

携帯の時間を確認する。

『明日は受験だね?』

友達からの着信を無視する。

そんな余裕は無いから。

呼吸を整えると、汗で張り付いた服や髪が気になる。

「……シャワー浴びよう」

二度目の、大学受験。

やり直して、みせる。

絶対に、絶対に。

私は、頑張ったから。



「ねぇ。明日香、調子悪いの?」

大丈夫。

「絶対大丈夫、合格するって!」

そうだね。

「第一志望の大学行くんでしょ?」

そう。絶対。


『不 合 格』


……。

わたしは。

………。

写真を、握りしめた。


そうして。

何回も。何回も。

ダメなら、やり直して。

ダメなら、やり直して。

何回でも。何回でも。



お弁当に手を付ける。もう何回見たかわからないお弁当。

「なんか。明日香、変だよ?」

なにか変なことしちゃった?

「いや、疲れてるのかなって」

全然!大丈夫!

「そっか…」

心配されちゃった。

自分が完璧にできてないからだ。

今日もあの店に行かなきゃ。



「ずいぶん若いお客様だ」

初めて言われる言葉。

そうして、自分がもう中学生になってしまったことを改めて意識する。

「お願いします!」

もう、見慣れた店主の姿。まあ、あの時より少し若いけれど。

「わかったわかった、君はどんなつらい過去を持っているんだい?」

「これです」

昨日の写真を差し出す。あらかじめ撮っておいたものだ。

「………昨日の写真?」

「はい」

「……初めてのご利用では、………なさそうだね」

「だからなんですか」

「………いや、何でもないよ」

「準備は良いね?」

「はい」

「…良い人生を」


そうして、そうして。

がんばって。がんばって。


「明日香?明日香?」

「………え?」

「急に倒れて、心配したんだよ?」

「………そうなの?」

「うん」

「………今の私、どう見える?」

「え?特に変わったところはないみたいだけど」

「そっか、………そっか」

私。変わらなきゃいけない。

もっと、失敗しちゃ、いやだから。



「ずいぶん……大丈夫かい?顔色が悪いよ?」

「は、い、大丈夫です」

「そうかな、少しお話を聞いてあげようか?」

「大丈夫です」

「そうか……わかった」

「ご利用は初めてかな?」

「これ」

「……じゃないんだね」

「はい、その、早く」

「わかった」


「良い人生を。自分だけじゃだめなら、話くらいは聞くよ?」



ここであいさつ。

このタイミングでカバンをかけてトイレに行くとあの子が話かけてくるからそこであの話をして、始業の鐘がなるまでに席を座って、一時限目が数学で範囲があそこだから、一つ目の問題がこの答えで、この解き方。二時限目は………

それで、昼休みになったら、あきたあの子とあのはなしはしないようにきをつけて、あきたたのしいはなしをしていっしょにあきたおいしいおべんとうをたべて、それで、それで。


きっと、かんぺきだ。ようやく、あしたにいける。


「ねえ、ちょっと思ったんだけど、何か良くないことでもあった?」

え?

「いや、なんか、変だよ、ほんとに。休んだほうがいいって」

まって。わたし、だって。

「明日の部活は休みにしておくから、しっかり休むこと!」

ちゃんとやった。はず。




「ずいぶん遅い時間に、どうしたんだい?

……ずぶぬれ!ちょっと待ってタオルタオル……」

別にどうでも良い。

「話、聞いてくれるって、言うから」

「話はあとで聞くから、座ってて!」

結局、タオルで拭いて、ストーブをつけて。

暖かくて、眠ってしまいそうだった。

「このまま、終わりにしたい…」

「だめだよ、死ぬのだけは」

そのために、ここがあるんだから。

彼はそう言った。

どこかで、何かが壊れた音がした。

「ここのせいで、わたし、死にたくなってる…!

私、ダメで、何度、やり直しても、

自分のダメなところばかり見えて、いやだ、いやだ……っ!」

吐き出す。

今までの全部を。

この、憎たらしい程に尽くしてくれたこの店と、この店主に。

「まぁ、無理だよね」

思わずへ?って間の抜けた声を出す程度には

拍子抜けしてしまう返事だった。

「そんでもって、君は馬鹿」

「アホもつくね」

「それで…僕にすごく似ているよ」

「さ、帰れ帰れ。こんなバカにつける薬はない」

「ただ、ひとつだけ言うなら、君が過去に逃げると、

今にとり残される人がいるってこと」


あっという間に準備をすませたかと思うと、

傘を持たされて、追い出されてしまった。

「なにあいつっ…むかつく!」

傘を差す。

夜中だからか、ずいぶんと風が冷たい。

暖かくなった体が急激に冷えて、

何やってるんだろ、ってなった。

「…帰ろ」



「熱を出してぶっ倒れたあげく、夜中に家出とか、何考えてるの?」

「いや、その」

お母さんの顔、ちゃんと見たの、久しぶりな気がする。

毎日見てた気がするのに。

「明日香!?」

「お、かあさんは、私がだめだめでも、お母さんでいてくれるの?」

「いや、最初からお母さんだから。

馬鹿な事言ってないでお風呂入って寝る!」



「一昨日ぶっ倒れたって聞いたけど、元気になった?」

「うん、一応ね」

「これ、昨日のノートのまとめ」

「あなたが作ったのじゃないでしょ?」

「あれ?ばれた?そう、我らが委員長のノートをお借りしました!

ありがたく恵みを受け取れ~」

「ありがと、委員長」

「ちょっと、明日香、何泣いてるの?」

いや、もう大丈夫。私って幸せ者だね。



僕は、昔を何度も繰り返そうとは思わない。

今が二度と来ないから、人は頑張るんだと思ってる。それに。

過去なんかに戻らなくても、今から変われると信じているから。だとしても。

もし、どうしても、どうしても、死にたいぐらいに後悔したなら。

死ぬ前に、ここに来てみて。

一度だけ、手伝ってあげるから。


あ、いらっしゃいませ。

「当店のご利用は初めてでしょうか?」


――良い人生を。




























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