第4話 ガングリオン

 お昼ごはんが終わり『満腹、満腹〜♪』と幸せ気分で廊下を歩いていたら、レントゲン室の小窓から私を呼ぶ声が……。


「どなたか……呼びました……?」と覗き込むと、そこには『はっしー』ことレントゲン技師の『橋本』さんが、手招きしていた。


 レントゲン室に入ると、橋本さんが両方の手の甲をこちらに向けている。


 ……え? 自首?


「ここ見て〜」 手首の辺りを見ると、右側に、直径10mm位の明らかに丸い膨らみが出来ている。 ……左には無い。


「これ『ガングリオン』」


 ガ! ガングリオン! えっ? 汎用人型決戦兵器? 人造人間? ……んな訳は無いよね。 


 ……記憶を辿るが、そんな病名、思い出せない……。


「前に、深田さんにエコーを撮って貰ったんだけど、その時と比べると大きくなってるみたいなんだ。 五木ぎしちょーさんがはるかさんにて貰え……って。 お願い出来る?」


 そんな化物ばけものみたいな病気、ペーペーの私に判る訳が無い! ←キッパリ


 ……とは言え、技師長が言ってるからにはやるしかないだろうな……。


「エコーゼリーを温めたり、過去データを観たりするので、ちょっと待ってて下さい」……と言って、超音波エコー室に入って、装置の電源を入れた。


 その後、急いで検査室に駆け込み『表在超音波検査マニュアル』を本棚から抜き出し、索引で『エヴァンゲリオン』を探した。


 エ……エ…………無い! 無いなあ(泣)


 奥から技師長が顔を出し……


「お、はっしーに会った? ガングリオン診てくれって言われたろ!」


「は、はい! ……私、ガングリオンって記憶に無くて……」


 ……そうか、どおりで索引に無いと思った。『エヴァンゲリオン』で見付かったら、それは絶対にエコーの本では無い。


 ガ……ガ……ガングリオン! あった!



『ガングリオン』は、詳しい原因がいまだに解明されていない良性腫瘤で、主に手首にゼリー状の液体が溜まった『こぶ』が出来るものだ。


 小さければ放置しておいても問題無いが、大きくなってくると、神経に当たって痺れが起きたりする。そんな場合は、注射器で内部のゼリー状の体液を抜いたり、外科的手術を行う時もある。


 なお、ガングリオンはレントゲン撮影でははっきり写らないので、通常はエコー検査か『MRI検査』を行う。


 『MRI検査』は、結果の画像を観ると『CT』と似ているが、原理が全く違うので、ガングリオンが良く観察出来るが、当時うちの病院にはMRIが無かったので、必然的に『エコー』一択になる。


 ちょうど戻って来た深田先輩が「ガングリオンのエコー所見は?」と、先生宜しく聴いてきた。


「て、低エコーで、後方エコー増強……です」 ……と、丸読みした。 ……低エコーは『黒』後方エコー増強は『白』くなる……という意味……だったよね。


 深田先輩が「OK。 『脂肪腫』や『粉瘤』との鑑別も必要だからね」


 表面の見た目は似ているが『ガングリオン』『脂肪腫』『粉瘤』『悪性腫瘍』……は、内部が異なるので、エコーの観え方が全然違う。 最終的な診断は医師だが、エコー検査は、他の臨床検査と違い『所見』を記載しなくてはならない。 


 ……私がモジモジしていると、深田先輩が笑顔で「まあ、初めてだから緊張するのは無理無いね。 午後は暇だから、はっしーの仕事に支障が無さそうなら、ゆっくり観せて貰いな! 後であたしも行くから!」……と言ってくれた。


 私は決然と「ありがとうございます! 行って参ります!」……と、スックと立ち上がった!


 見よ! この凛々しい姿を!


 技師長が「堅い堅い〜! ……あとほら、眉間のシワ!」


 あ〜! またやっちゃった!


 苦笑いしながら、検査室を後にして、放射線レントゲン室に向かった。

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