パーティから追放された僕が新たな生き方を見つけるまで
なべ
パーティから追放された僕が新たな生き方を見つけるまで
「すまないが、このパーティから抜けてもらえないか」
その言葉を聞いたとき、遂にこの時が来たかと思った。
ここまで、長い事一緒にやってきた仲間だったがやむを得ない事だ。
悲しいし、悔しい。
こいつらと一緒にあの最難関ダンジョン「バベル」に行きたかった。
冒険者の最先端を周囲の期待に応えてひた走りたかった。
それが僕の全てで、僕らの全てだと今でも思っている。
でも、それは叶わなかった。
「ああ、今までありがとう」
その声が震えるのを隠せなかった。
いつかこんな日が来るだろうと思って、悲しい別れにさせたくなくて、何度も頭の中でシミュレーションしたんだけどな。
やり残したことが僕の覚悟の邪魔をする。
それ以上言葉を発すると、ギリギリのところで保っていた何かが壊れてしまいそうで何も言えない。
後ろから声がかかる。
でも、それ以上の言葉は聞きたくない。
嫌いになりたくない。
そのまま自分の荷物をまとめて、全ての詰まった彼らのギルドハウスを足早に去っていった。
「これからどうしようかな」
暗闇に向かって呟いた言葉に反応する者はいない。
当たる夜風がやけに冷たくて、頬に伝った悲しみを乾かしていった。
行く当てもなく歩いて行くと、人気のないところに物音がする。
こんな所で夜中に何が居ると言うのだろうか。
逢引きしている男女か、猫が何かをひっくり返したか。
揉め事じゃないといいんだけどな。
僕は吸い寄せられるようにその方へと向かって行った。
「本当に役立たずだなお前は!」
急に怒声が聞こえてくる。
「これで何度目だこの無能が!! お前の価値はサンドバッグ以下だな!!」
ごめんなさいと謝るか細い声は必死に祈りをささげるような切なさを感じさせた。
その声を聴きたくなくて、駆け出す。
今、自分の手元には何もない。
だから、困っている女の子を身勝手に救うこともできる。
一直線に彼女の元に向かう。
「逃げるよ」
それだけ告げた。
返事を待たず、彼女を抱えて全力でその場を離れる。
本当はは少しだけ怖かった。
助けるなんて、身勝手なことを押し付けることに。
町の外に出るまで彼女の顔も見れなかったけど、精一杯しがみついてくる感触に僕は助けられていた。
「ここまで来れば大丈夫だな」
彼女をゆっくりと下ろす。
未だ少し混乱してる様子でお礼を言ってくる。
「ありがとうございます。人が来ていたことには気が付いていたんですけど、まさか助けてくれるなんて」
「気づいてた? どこから気づいてたの?」
「えっと、角に近づいてきたところぐらいからです」
そんなはずはない。
自分は腐っても冒険者で戦ってきた戦士だ。
一流とは言えないが、中の上ではあると自負している。
足音はしっかり消してたはずだ。
いや、今はもっと重要なことは他にある。
「あの、私行く先がないので、その、助けてもらって厚かましいのですが……」
「大丈夫、君が自立できるまでは僕が面倒をみるよ」
「ありがとうございます!」
そういって、彼女は華々しい笑顔を見せた。
それは嬉しいもので、それと同時に罪悪感を感じるものにも違いなかった。
何が、「大丈夫」だ。
彼女に全部を捨てさせたのは間違いなく僕自身。
当たり前なんだ、その責任を負う事なんて。
「こんな夜更けにどこから来たんだ?」
僕らは隣町の門番に止められていた。
「すみません。私が迷っていたところを助けてもらったんです」
「迷ってた? こんな時間までか?」
「私が勝手な真似をしたせいなんです、すみません」
「まぁ、お嬢ちゃんがそういうなら……」
この子がこの時間まで起きていてくれて助かった。
夜更けに寝ている女の子を連れてくる奴なんて犯罪の香りしかない。
「これが僕の冒険者証明書です」
そう言って通称冒険者カードと呼ばれるそれを渡す。
これは身分証明になるのはもちろん、活動期間や踏破したダンジョンによっては実力も担保される優れものだ。
実力のあるパーティに付いていくという不正もあるが、僕はもちろんそうではない。
しかし、僕はここでうっかりしたような、不可抗力のようなミスに気が付く。
「おお、あんた中々すごいじゃねーか。その年でバベル一歩手前まで行ってるとはな」
「ありがとうございます」
自分の所属パーティを変えるのを忘れていたことに気が付く。
だってしょうがないじゃないか、今の今まで劇的な今日だったんだから。
確かにこれで通りやすくはなったけど、気まずい心境は拭えない。
「もう通っていいぞ、お嬢ちゃんも次は迷わないようにな。 町の外にこんな時間までいるんじゃないぞ」
「はい、気を付けます」
「それと、ここの町の冒険者宿はここを入ってすぐ左のところにあるからな」
「左ですね、分かりました」
言われた通りに行くと、冒険者宿があった。
ここはその名の通り冒険者の利用できる宿で、多くの冒険者はここを利用している。
運営しているのは冒険者組合だ。
と言ってもここを使うのは駆け出しから中級者が多い。
名のあるパーティは自らのホームを持っていることがほとんどだ。
それが冒険者になる者の第一目標であり、一人前になるためのイニシエーションだという風潮がある。
実際僕らも多分に漏れず、早い段階でこの宿から出て、自分たちのホームを持とうと画策していた。
思えばあの頃が僕の全盛期だったのかもしれない。
部屋を取り、僕らは倒れこむようにベッドに向かう。
そして、明日のことなんて考える間もなく意識を手放した。
目が覚める。
朝の日が当たって、少し眩しい。
色々なことが起こった夜だったことを思い出す。
とんでもないことをしたという自覚はある。
しかし、これが夢であってほしいとか、そういう気持ちは全くない。
むしろ楽しみという気持ちがある。
彼女がどのように成長していくのか、どのような大人になっていくのか。
思えば今まで僕は確かに子供だった。
だけど、子供が二人では生きていけないだろう。
僕は君の大人になれるのかな。
未だ名前も知らない彼女の寝顔は、僕がこれから守っていく物に違いなかった。
いくつか引っかかっていることがある。
ほんの少しの違和感だけど、それを見過ごせない自分がいた。
僕の足音を聞けていたことや、長時間歩いていても弱音を漏らさないこと。
彼女の雇い主はサンドバッグと言っていた。
なら日常的に暴力を受けていたのかと思ったが、見えるところに傷や痣は見えない。
そんな風に御託を並べているうちに、僕がそれらをどんな結論に結びつけようかとしていたのかに気が付く。
彼女はもしかしたら優秀な戦士になれるのではないか。
そんな考えがどうしても頭から離れない。
僕はいつも通りの仕事を終えて宿に帰ってきたある日のことだった。
「私も一緒に戦いたいです。役に立ちたいんです」
彼女がそう言ってきたのは、僕らが色々なことから逃げてきた1年後とかの、代り映えしない日のことだった。
生活をしていくためにはお金が必要で、僕は冒険者ギルドに行き、なるべく安全で割のいい仕事を選ぶ日々。
彼女には食事の用意とか掃除とか宿の手伝いなんかをしてもらっている。
もう少しお金が貯まって彼女が大きくなったら、大きい都市に行ってきちんとした仕事をして欲しいと計画していた。
もちろんそのことは話してある。
彼女が放った言葉は今までになかったことで、それは間違いなく勇気を待った言葉だった。
僕の姿を見て自らの足で一歩を踏み出そうとしていることに、名状しがたい感情が溢れてくる。
端的に言うなら嬉しい。
でも困った嬉しさだ。
冒険者にはなって欲しくない。
でも、彼女の踏み出した一歩を僕が止めるのは違うとも思う。
失敗を僕が先回りして全部潰してしまうのは、勝手な押し付けに違いない。
そこまで考えて、返答に困る。
僕はこの子にどうなって欲しいんだろうか。
幸せになって欲しい事だけは間違いないんだけど、それに至るまでが全くの空白だ。
「えっと、その、わがままを言ってごめんなさい。やっぱり難しいですよね」
その言葉で、僕が自分の思うより長く黙っていたことに気が付く。
今の彼女の言葉こそが僕らの関係を表していた。
そして、今この瞬間にかけるべき言葉が見えてくる。
細かい議論はもっと後でもいい。
今必要なものは未来への憂いではなくて、明るい明日の予定だろ。
明日が来るのが楽しみじゃないなら、それは幸せでも何でもない。
「わかった。まずは、訓練する所から始めようか」
「いいの!? ありがとう!」
「明日からね」
明日と聞いて驚いた様子を見せ、嬉しいという感情を隠しもせず笑みを浮かべる。
「今日は少しだけ早めに寝ようか」
明日からは少しだけ特別だから。
訓練は予定通りに始まった。
まずは剣の握り方から、人型の魔物を倒すときの心構えなど、初歩的なことから。
ゆっくりと段階を踏んで、焦らずにやっていこう。
そう思っていた僕の予定はすぐに破綻することになる。
天賦の才というものをまざまざと見せつけられているような気がした。
僕の教えてることなんて彼女の成長のほんのきっかけでしかなくて、まるで世界がそれを望んでいるかのように全てを吸収していく。
もちろん、彼女は自分の実力がどのくらいなのかなんて知る由もなく。
才能なんてわかりもせずに僕のおかげだと言ってくれる。
それから、ダンジョンに行けるほどの実力を身に着けるまではそう長くなかった。
「明日はもっと奥まで行ってみたい! 今日会った、あの二足歩行のトカゲみたいなのとかすごかった!」
「あれはリザードマンっていう名前なんだ」
「リザードマン?」
「昔の言葉でリザードはトカゲで、マンは人のことらしい」
「トカゲ人ってこと? そのまんまだね」
ダンジョンから帰って来ると口癖のようにそんな言葉を口にしていた。
もっと奥まで行ってみたい、と。
今まで見たことがない、未知のモンスター、素材、景色、それらに魅入られたように奥に誘われる冒険者。
彼女はすでにダンジョンの虜だった。
僕すでにいくつものことを意図的に見逃していた。
見て見ぬふりをしていた。
夢の行き着く先とか、彼女にどうなって欲しいかとか、僕がどうなりたいかとか。
こんな生活は長くは続かないことも、分かってた。
それは、僕らがこの街のダンジョンを制覇して、もっと高難易度のダンジョンのある別の街に拠点を移して少ししたところ。
そのころには彼女はかなりの実力だった。
次の街で時間が経つに連れても僕は立ち止まったままで、彼女にだけが先に進んでいる。
本当はもっと早くに言うべきだったことを僕はギリギリまで言えなかった。
「明日はどうする? こっちのダンジョンのモンスターは強いから明日は休憩して明後日とか? でも気持ち的にはすごく行きたい! 本当に悩ましい! ねぇ、明日どうする?」
「明日は……」
「なんか、顔色悪いよ? 明日はゆっくりする?」
もう限界だった。
これ以上は、もう。
「……ごめん、僕はもう今日より先には行けない。行っても足手まといになるだけだから」
絞り出すような声で俯いてその言葉を口にした。
それから、長い間言葉を探していた彼女が紡いだ言葉は消え入るような声で、次の瞬間には消えてしまいそうで。
「どうしよう…… 私、どうしたらいいの?」
「……一人でも十分戦えると思う。最近はあんまり役にも立ててなかったしね。パーティを探してもいいね、もうかなり引く手数多の実力だよ」
「なんでもっと早く言ってくれなかったの!」
「……ごめん、本当に」
「明日は、ちょっと一人になる。 ……夜には帰って来るけど」
「……分かった」
次の日、僕が起きると彼女はもう宿にはいなかった。
そして、夜には帰ってきて僕に「これからは一人で行く、夜は後で食べるから置いといて」と言って寝室に行ってしまう。
次の朝になると、彼女はもういなくて、洗われた皿が少し濡れていた。
また後日に僕は改めて謝って、私も悪かったと謝られて。
それから、僕はその一件のことを口にしなかったし、彼女もしなかった。
彼女は一人でダンジョンに行って、僕は家のことをして帰りを待つ。
多分これからずっとそうだろう。
置いて行かれるのは初めてじゃない。
「パーティに入ることにしたの」
意外だった。
一人でやることにこだわっていた様子だったから。
「おめでとう」
「なんか変な気分になった。 初めてそんな言葉を言われたかも」
「でも急だね。 ずいぶん長い事一人でやってたから」
「一人でやるのには限界を感じてたから、いい機会だと思って。 たまたま戦士を募集してるパーティがあったから」
「それは珍しい」
前で戦う戦士がいないのはパーティとしては致命的だ。
ダンジョンの先を目指す彼女が入りたいと思うほどのパーティが戦士を欠いているのはとても珍しい。
「一回一緒に行ってみたんだけど、すごくやりやすくて。 パーティ組むのは初めてなのに全然そんな気がしなかった」
「いい仲間を見つけたね」
「おめでとうって言わないんだ」
「おめでとう」
「ありがとう」
彼女はゆっくりと笑った。
色々な話を聞くようになった。
彼女のパーティメンバーのことや、ダンジョンのこと。
かつての二人でダンジョンに行っていたときのような快活さを完全に取り戻していた。
もう、僕にできることは話を聞いてあげることと、家事をすることぐらいしかない。
もし、彼女がパーティのギルドハウスに住むならそれも必要なくなる。
一人になったら、また冒険者をしようか。
お金を稼ぐにはそれが一番いいけど、新しいことに手を出してもいいかもな。
料理もだいぶ得意になってきたし。
そっち方面も悪くない。
なんて考えていた。
でも、その夜に全部白紙に戻ることになる。
彼女の涙せいで僕の計画書は洗い流されてしまった。
「今日は遅くなるかも。 夜ご飯はいらない」
と言って出て行ったこと以外は特に変わりのない日だった。
僕はその言葉に何ら違和感を持たず、なら夜ご飯は簡単でいいかな、とか思うだけで。
ほとんど昨日と変わらないと思い込んでいた。
だから、夜になって彼女が泣きながら帰ってきた時にかける言葉なんて、全く持ち合わせていなかった。
「なんで言ってくれなかったの!!」
帰って来るなりそう叫んだ。
色々言ってやろうと思ったけど、家に付くまでにまるで思考がまとまらなくてぞんざいな言葉になる。
「何のことを言ってるの?」
彼の声は困惑の色がはっきりと出ていた。
当然だ。
脈絡も何もなく喚いてるのは私。
だけど、その返しに無性に腹が立って、感情だけで言葉を返す。
「全部だよ! 私の知らないあなたのこと全部!!」
その言葉を聞いて、彼は少し諦めたような顔をする。
まるで、子供とのかくれんぼに見つかった親のよう顔。
私がまだそんな目で見られていることに、憤る。
それについても言ってやろうかと思ったけど、少し遅かった。
「パーティのこと?」
「やっぱり知ってたんだ」
「知ってた」
「全部聞いた。 あのパーティに前にいた戦士はあなただったんだよね。 それで、実力が合わなくて出ていくことになった。 連携がやりやすいって当たり前だよね。 だって、私はあなたに教わったから。 私はあの人たちが嫌いじゃない、これからも一緒にやっていきたいし先を目指せるようなパーティだと思う。 でも、そうしたら私はあなたとどう接したらいいの?」
「何も変わらなくていいよ。そのままで。楽しそうに話をしてくれれば僕も嬉しい」
その言葉を聞いて確信する。
無意識に本心を隠していることに。
自分の中で諦めたことにして、それに慣れてしまっている。
こんなこと、言いたくなかった。
でも、気が付かないならもう私から言ってやる。
どれだけ、一緒にいたと思ってるんだ。
私が言わなきゃ誰も言えない私だけが言えることを。
「過去に縛られたままのお前に私はどんな顔をして話せばいいんだって言っているんだよ! 自分の中で諦めたことにしていつまで前に進まないつもりなんだ!」
もう、止められなかった。
「私をあの場所から連れだしてくれた時は、未来に向かって走ってたんだよ。確かに私たちの関係は歪なものかも知れないけど、本物の家族のように思ってる。でも、あなたが想ってくれている私は今ちっとも幸せじゃない。あなたが自分のことを諦めているから。あなたが私をを大切に想ってくれていることと、同じくらい、よりもっと私もあなたのことを想ってる。これからどうなったとしてもそれだけは忘れないで欲しい、絶対に」
言い終わるころ、私はいくらかの感情の整理が出来ていて、涙も止まっていた。
目元は赤いままだろうけど。
でも、言いたいことは全部言えた。
言葉を選ぶことに精一杯で相手の顔なんて見えていなかった。
泣きはらした顔は見られたくなかったけど、ゆっくりと顔をあげる。
そして、また泣く。
もらい泣きで。
今度は幸せな涙が溢れてくる。
「ありがとう」
そう聞こえてくると、もう耐えられなくなって下を向く。
それからぎゅっと抱きしめられて、頭を撫でられる。
私の中の何かが「子ども扱いしないで」と言いそうになったから、自分からも抱き着いて無理矢理口を塞ぐ。
それからやがて涙も止まって、ひどい顔だねって笑い合う。
多分もう一生ないけど、同じベッドで寝て、朝ごはんの匂いで目が覚めた。
そんな、夢のような一夜だった。
「行ってきます!」
「気を付けてね」
「分かってるよ! 子ども扱いしないで!」
あの日から僕は確かに前に進んだ。
出来ることが特に変わるわけじゃない。
世界の捉え方を変えただけ。
でも、その「だけ」をするのは、僕一人では不可能なことだった。
あの日彼女は「あなたのことを想っている」と言った。
僕も全く負けているつもりはない。
それを、僕の人生全部を使って証明していくことにしたんだ。
子ども扱いだと言われても、僕は一生君の背中を押していく。
ありがとう。
パーティから追放された僕が新たな生き方を見つけるまで なべ @None00
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