王妃ミレニア〜死に戻り王妃は五度目の生をやり直す〜

yocco

第一章 ミレニアは六歳からやり直す

第1話 王妃ミレニアは死に戻る

「ミレニア。其方は私が愛する寵姫エレナに嫉妬して毒を盛り、暗殺しようとした。それをもって死罪に処す」


 国王陛下直々に冷たい声で宣告される。

 その声は、ダルケン王国の王城の大ホールに朗々と響き渡る。

 金で装飾された豪奢な調度品、いくつも天井からぶら下がるシャンデリア。

 それらが、ダルケン王国の国力を物語っていた。

 ホールは、そこに集った貴族たちのざわめきでいっぱいになった。


 国王陛下は私の夫だ。

 私は、彼の妻で、この国の王妃ミレニア。


 ……またか。


 私はそう思う。

 そうはいっても、やはり同じように私は苦言を呈す。


「それは冤罪だと、罪をなすりつけられたのだと、何度言えばーー!」


 そう。私は嫉妬なんかの気持ちを持ち合わせていない。

 なぜならこの皇帝は浮気常習犯の、夫としては最低の男だからだ。

 そして私は彼に殺されること、これでだ。


 そもそも私は、ユーストリア王国から、国同士の和平を保つためとして輿入れさせられてきている。それは人質と何が違うのだろう? しかも、私は王女とは名ばかりの養女である。

 さらに、次の国で与えられた王妃などという位は、お飾りに過ぎなかった。


 理由は後で説明するけれど、この光景は嫌というほど見てきたのである。

 憎しみも悔しさすらも潰えている。

 ただただ、もう、うんざりだった。


「では、なすりつけたという者の名前を今ここで明らかにできるのか? 確固たる証拠をもって!」

 相変わらず彼の声は冷たい。


 彼のマントの影に隠れた女が顔を出し、私を嘲笑う。

 寵姫アリアだ。

 この件も、あの女が邪魔な私を排除するために、彼女のパトロンの老公爵にでも頼んだのだろう。

 毎度毎度同じ嫌疑をかけられるけれど、女もパトロンも変わったとして、私の立場はいつも同じだった。


 ユーストリア王国からダルケン王国に嫁がされて、国家間の思惑で白い結婚を続けた。実家との縁は薄い。

 夫との間にあるのは白い結婚。

 そんな名ばかりの王妃に、どんな手立てがあるだろう。


 すでに祖国は私とは仲がいい難い義理の兄が跡を継いだ。

 私は、血縁上はユーストリア国王の従姉妹である。前ユーストリア国王の亡き王妹、それが私の血縁上の母だった。


 私は、六歳で父母を亡くした身だった。けれど、国の宰相でもあり賢者が「魔法の才がある」と言ったことから王家に養女として引き取られることになった。

 けれどそれはあっという間に事情が変わってしまう。


 けれど、私が引き取られて二年ほど経って、ちょうどより強固な和平条約を結ぼうとしていた両国間の間を婚姻で結ぼうという案が浮上し、私はその駒になった。

 結局私は、結婚という外交の駒にされるために引き取られたに過ぎなかった、いや、結果的にはそうなったのだ。


 要は、引き取られたのも、情ではなく政略だったのか。

 私の心は、そう思った途端、あっという間に凍りついた。


 そうして愛のない結婚をした私には子もいない。

 白い結婚で子供などできるはずもない。

 今の私に後ろ盾などなく、確固たる証拠を集めてもらう手立てなどないのだ。


「……っ!」

 私は恐怖を堪えるために、唇を噛み締めた。



 そうして数日後、私は断頭台に送られた。

 私はすでにボロを纏った姿で、断頭台に据え置かれている。髪も、すぐに逝けるようにと、ザンバラに切り落とされた。


 ……またこの結末か。


 私は、もう淑女を装う必要もないから、さらに強く唇を噛み締めた。

 生暖かいものが唇から顎へと伝っていく。

 それだけが、まだ私が生きているという証にも思えた。


「王妃には、弁明の余地もないらしい」

 国王が非情に笑う。その瞳には冷徹さしか宿っていないように見えた。


 違うわ。四回とも抵抗したけれど、結末はどう足掻いても同じだったから。

 ただそれだけ。


「やれ!」

 陛下の手が振り下ろされて、彼がマントを翻して背を向ける。

 彼に腕を絡ませようとした寵姫の手を払い退けて、一人で室内に消えていく。


 彼はいつもこうだ。

 私を殺せと命じるけれど、瞬間を見ようとはしない。

 いつも不思議に思っていた。


 ああ、話が逸れた。

 そう考えている間に、断頭台の冷たい刃が勢いよく迫ってきた。

 そこで、私の記憶は途切れる。

 何度繰り返しても、あの鋭利な刃が落ちてくる、この瞬間だけは慣れることができなかった。


 ◆


「……はっ!」

「顔合わせをするよ、この子が、新しく我が家の娘になるミレニアだ……って、ミレニア、どうしたんだい? まだ事故のショックで具合でも悪いのか? そんな浮かない顔をしていたら、君の母のエレナにそっくりな美しい顔が台無しだよ」

 そう言って、私に尋ねかけるのは、両親を事故で失った私を養女にしたユーストリア王。


 そして、私が対面しているのは、私の兄になった人。

 私よりは淡い金の髪と、青い瞳を持つ少年だ。

 まだ三歳年上の王太子であり、義兄になるエドワルドが、私を感情の読み取りにくい顔で見ていた。


 ……そう。私は死に戻りを繰り返している。


 これで五回目ね。

 私は心の内で呟いた。

 最初の記憶から死ぬことを繰り返すこと四回目。

 直前の記憶が四回目だ。

 これで、五度目の生(?)を得たことになる。


 そういえば、

 普通は、死んだら死んで終わるはずだ。

 でも、なぜか私は繰り返している。

 その理由を考えてみたけれど、全くわからなかった。


 いつも戻るのは、王家に養女として迎えられる、六歳のこの瞬間。

 そしてまたを繰り返すのかと思うと、うんざりして、そしてゾッとして血の気が引いた。

 私は、その場で気を失うのだった。


 ◆


 私はベッドの中で目を覚ました。

 私は嫌な夢を見ていたんだわ。そう思いながら、体を起こす。


 ……ん? あれ?

 私の目線の先にある天蓋が、懐かしい見覚えのあるものだった。

 そこは、やはり子供時代に過ごした部屋で、目の前に見えるのはその部屋にあるベッドの天蓋だったのだ。


 部屋の窓の外からは小鳥が囀る声が聞こえ、日が部屋に差し込んでいる。

 窓から見える木々には若々しい緑が茂っていた。

 窓から差し込む日差しの感じから察すると、多分朝なのだろう。

 そう思って時計を見ると、まだ少し早い時間を刺していた。


 ……いかにも、物語の始まりって感じね。


 でも、あの結末を知っている私は、苦笑いをする。

 私は記憶にある限り、四回死んでいる。死に場所はあの断頭台だ。

 物語が始まったとて、またあの結末ではと、喜ばしいとは素直に思えなかった。


 私の、この再開前の頃の記憶も曖昧だ。

 記憶を失っているというわけではない。けれど、何度もから絶望的な終末までを繰り返すうちに、その頃の記憶は薄れ、曖昧になっていった。


 一回目の生では、与えられた運命を辿り、断頭台の露と消えた。

 そもそも本当の父母を失ったときに、私の心は凍っていた。

「こうしろ」と言われれば「はい」としか言わない、心の壊れた人形になっていたのだ。


 二回目の生からは前世の記憶が残っていた。

 一度断頭台へ送られた記憶があれば、「あれを繰り返したくない」と思うのは当然だと思って欲しい。

 誰だって嫌よね?


 だから、私は婚約の話を聞かされたときに駄々をこね、「嫌だ」と言ってみた。けれど、国交レベルの話に、そんな子供の戯言は相手にもされなかった。

 結局十三歳で婚約が成立し、十五歳で結婚、十七歳で断頭台へ送られた。


 三回目の生では、結婚式に逃亡しようとするも失敗した。そのままダルケン王国の王妃の部屋に軟禁され飼い殺しにされた。やはり最終的には断頭台に送られた。


 四回目の生では、やはり婚約が成立してしまったものの、妃教育を放棄すれば、妃に値しないと撤回されやしないかと企てたものの、結婚することになった。


 結末は、いつもと同じだった。

 抵抗しても、強行される。


 さて、今度は五回目。

 私は、首の後ろ側を撫でる。


 ……繰り返したくない。


 この首を、また切られたくない。

 あの瞬間の恐怖は、何度経験しても慣れるものではないのだ。


 まだ、朝の支度をするための侍女はやってこない。

 私は何度も時を繰り返しているから、彼女がやってくる時間も知っていた。


 私はベッドから抜け出して、鏡台に備え付けられた椅子に腰を下ろす。

 蜂蜜色の金の髪に、菫色の瞳の六歳の少女がそこにいた。


 髪も瞳も、王妹であった母と瓜二つなのだそうだ。

 美姫と言われて称賛されていた母に似た私の面立ちは、他者から『妖精姫』と称される。まあ、もう少し歳を重ねてからなのだけれど。


 ……まあ、でも、そんな「美しい」と褒めそやされるこの髪も、最後にはザンバラにされるんだけどね。


『妖精姫』だなんて笑ってしまう。

 六歳の子供が、鏡の向こうで失笑していた。

 もし誰かがいたら気味悪がったかもしれない。


 ああ、そうそう。『妖精姫』にはもう少し追加しなくてはならないかもしれない。

 あんまり私が表情を見せないものだから、『氷の妖精姫』と呼ばれるようになった。それが最終的な私を指す名だった。


 でも、どんなに美しくたって、誰にも愛されることもなく、最後には断頭台に送られる。だったら、その美しさに意味はあるのだろうか?


 そうして、まだ侍女のやってこない時間に、私は思案する。


 ……今回はどうしよう。


 断頭台なんてまっぴらなのだ。

 でも、あれを回避するために人に訴えかけようと、その運命は変わらなかった。


 訴えかけても変わらない。

 そう。他人は、私がどう働きかけても変わらなかった。


 ……なら、私自身が変わればいいんじゃないかしら?


 例えば、私がこの国にとって外に出す以上に価値のある人間になるとか。

 人質に出す以上に、手放したくない人間になったらどうかしら?


 何かしらの能力を高めるとか。

 誰かに愛されるとか。

 ふと、五回目のその朝、初めて思い至ったのだった。

 そして、鏡の中で、その案に満足した私が愛らしく微笑んでいた。


 その瞬間、狂った歯車の噛み合わせがカチリと音を立てて切り替わり、違う運命が動き出したことには、私はまだ気付いていなかった。

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