第2話 青の話
逃げ切れているのは、俺だけだった。
廃れた軍事工場に閉じ込められた四人のプレイヤーたち。
彼らを見つけては容赦無く殺していく一体の鬼。
ここから脱出するためには制限時間まで鬼から逃げ切らなければならない。とは言ってもあと一分もしないうちにゲートが開いて外に出ることが出来るだろう。
少しほっとした瞬間、
「うぅ、ううう、うう」
と声を漏らしながら目の前に、二メートルはあるであろう赤色の鬼が現れた。大きな目玉がギョロリと俺を見下ろす。
叫ぶ間も無く、俺は鬼と反対方向に走る。
走る、走る、走る。が、しかし足の速さでは鬼の方が勝る。もう鬼に掴まれてもおかしくない。せっかくここまで逃げ切ったのに。
ピンポーン パンポーン
突然、音もリズムもちぐはぐなチャイムが鳴り響いた。
しめた。もう、出口のゲートが開いたんだ。俺は一気に加速する。鬼が慌てて追いつこうとする。
確か、ゲートは南側にあった。ってことは今のまま、直線に走ればゲートに着く。
さぁ、見えてきた。
鬼はすばしっこい俺を見失ったようだ。
あと少し。あと三歩。二、一───。
突然、目の前が真っ暗になった。
ちっ。ついてねぇなぁ。
スマホの電源が落ちた。急に現実世界に連れ戻された俺。
ふと窓の外を見ると空が赤色に染まっている。烏が、どこかで鳴いている。
嘘だろ。俺がゲームを始めた時は太陽がガンガン光ってたのに。もうこんな時間かよ。時が経つのって早いわー、と少々、年寄りじみたことを感じる俺の頭に突然稲妻が走った。
課題が終わってない。
あぁ。課題やってない。やべ。明日の朝に提出だから、授業中やるのは無理だ。今すぐやらなくてはいけない。やらなくてはいけないのだけど……。体が重い。ベットの横のデジタル時計は十八時三十七分五十六秒と表示され、一秒、また一秒と時が進んでゆく。
少し寝ても大丈夫だろう。
※
目が覚めると、真っ暗だった。目を開けたはずなのに、何も見えない。
そうか。もう、夜が来てしまったんだ。手をジタバタさせて、電気のリモコンを探す。
あぁ、そういえば俺、課題やってなくね? もう間に合わない気がする。
投げやりになるのは良くない、と親友の
あーあ。そもそも一日二十四時間は短すぎる。三十時間ぐらいあればなぁ。そしたら、課題も余裕で終わるし、ゲームもいっぱい出来るだろうに。ちぇ。そう人生うまくいかないな。
やっと見つけたリモコンを適当に押して電気をつける。
視界が一瞬、真っ白になった。
目が明るい人工の光に慣れたところで、よっこらしょ、とこれまたお爺さんになって起き上がり辺りを見回す。
いつもと何にも変わらない俺の部屋。床に散らかった脱ぎっぱなしの服、連なる漫画の山、うっすらと埃をかぶった勉強机、スーツ姿の若い男……、ん?
俺は、窓のそばにいる、平べったい笑顔を顔に貼り付けた男に初めて気づいた。
「こんばんは、月が綺麗ですね」
月、でてないけど。
「……。どちら様?」
やけに冷静にいられるのは、まだ頭が追いついていないからだろう。
黒の背広に真紅のネクタイ、髪の毛は真っ赤だった。手には白の手袋をしていて、ボスキャラの手下として働いてそうだなーと、のんきに妄想している俺。
「へぇ、君は冷静だね。感心、感心。僕はダエモン株式会社の者です。今日は君の願いを叶えにきたんだ」
あっ、コイツ、ヤバイやつだ。
そういえばこの男、どうやって俺の部屋に入ってきたんだ? 不審者じゃん。それに願いを叶えるって完璧なる不審者じゃん。よく物語とかで騙されるヤツだわ。
男はまだ、偽造の笑顔だった。
「怪しいとか、変態だとか思わないでねぇ。よく言われるんだけど」
少し、ほんの少し、男がしゅんとした。こいつも大変なんだな。
「ま、とりあえず、君の願いなんだけど、時間が欲しいってことでいいかな?」
……。いや、別に。
「え」
顔に出てしまったのだろうか。男があからさまに驚き、あの笑顔が壊された。
「えっ、違うの? さっきそう思ってたじゃん」
なんで知ってんだよ、とツッコミをいれたい。
「いや、まぁ、欲しいですけど、そこまでじゃないんで。あったらいいな、とは思いましたけど、そこまでじゃないんで」
知らない人の言うことを聞いてはいけませんって習うしな。
「じゃ、じゃあ、なんか他に願いない? な、なんでもいいんだよ」
「そうですね、ひとつ、ある事にはありますね」
男の表情がぱあっと明るくなった。分かりやすっ。
「なんだい? どんな事でもいいよ」
「お言葉に甘えさせて頂きます。あなた、俺の前から消えてくれませんか」
俺はにこりとして願い事を口にした。男は驚いた顔をして少し悲しそうに、呟いた。
「依頼人の方、貰わなくちゃなぁ」
そして、消えた。
※
次の日、課題の未提出に怒られながら、やっぱり時間もらっとけば良かったと少し後悔した。
珍しく学校を休んでいる敦也に愚痴ることが出来ないのが残念だ。昨日のあの不思議な体験も話したいのに。
そんな事をぼやっと考えていたら、「聞いてるのかっ」と先生にまた怒られた。
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