「黄色」と「死神」と「きれいな大学」

その日、自室で首を吊ろうとしていた私の前に、死神が現れた。

いや、死神なのか?

でも玄関は鍵を閉めているし、ここは5階だから外からよじ登って上がってくることも難しいだろう。

そう思うと、突然現れたこいつは死神としか思えない。

何より、ふわりと浮いてベランダから入ってきたのだ。

死神に違いない。

でもそれにしては、やはり派手すぎる。

何が派手かというと、まとっているマントが黄色なのだ。

それも原色って感じの思いっきり黄色。

死神といえば、想像するのは黒いマントをまとって、フードを被り、大きな鎌を持ってる姿だが、目の前のそいつは明らかに違った。

派手な黄色のマントをまとい、フードは着いている様子だがそれを被ってはいないのでピンク色のロングヘアに水色のインナーカラーという奇抜なヘアスタイルが丸見えだった。

天井から吊り下げた紐を握りしめたまま私は呆然と死神と思われるそいつを見つめていた。

ふわりと私の部屋に降り立ったそいつは、さっさと衣服のホコリを払うような仕草をすると、呆然とする私に向き直った。

「やっほー。」

そして陽気な口様で声を掛けてくる。

しかしそれになんと返したらいいか分からない。

無言で見つめていると、そいつは首を傾げた。

「いつまでそうしてるの?」

そして私に近づいてくると、紐を持っていた手を取り、その手を引っ張って誘導する。

「まあまあ。とりあえず座って座って。」

「...いや、私の家なんだけど。」

そこでようやく声が出た。

「なーんだ!喋れるじゃん!」

「そりゃ...喋れるけど...」

そんなことより気になるのは、こいつが何者かだ。本当に死神なんだろうか?

私は勇気をだして聞いてみることにした。

「あなたは、何者なの?」

「何者って、見ての通り死神だよ。」

見ての通りなのだろうか。いや、見ての通りなのだろうが。

「本当に...?」

「本当もなにも、見ての通り死神!」

死神と聞いて、私は嬉しくなった。

「本当に!?じゃあ私死ねるんだね!!」

嬉しそうにそう言うと、自称死神は怪訝そうな顔をした。

「え?違うよ?」

「え?」

私もつられて怪訝そうな顔をする。言っている意味が分からない。

「だから、私魂刈り取る部署じゃないから、あなたが死ねるわけじゃないんだよね。」

「部署...?」

「そう!わかりやすく言うと、私は死ぬのを止める担当かな。」

「死ぬのを止める担当...?」

訳が分からない。そもそも死神に部署や担当なんてものが存在するのだろうか。

「やっぱり死神じゃないんじゃ...」

怪しそうに見つめる。

「そこに戻るんかい!ちゃんと死神ですぅ〜!ほら、資格証もあるし!」

そう自慢げに警察手帳のような黒い手帳を見せられるが、真っ黒で何が書いてあるか全く分からない。かろうじて、目の前にいるそいつと同一人物らしき顔写真だけが見れた。

「って言われてもなんもわかんないんだけど...本当に死神?」

「死神ですぅ〜!これでも一流大学卒業のエリートなんだけどなぁ。きれいな大学出てるんだよ?」

ムキになった様子で言っているが、大学卒業とかエリートとかよく分からないし、大学にきれいなどあるのだろうか。

あと、その派手ななりでエリートと言われても信じ難い。

「そのなりでエリート...?」

思わず口をついて出てしまった。

「あー!そういうこと言う?人は見かけによらないんだよ!」

「死神じゃないの?人なの?」

「死神も見かけによらないの!全く、死神だって好きな格好したいんだから!」

そいつはふんっとした様子で言う。

「でも、死神って言えば黒いマントにフード被っておっきい鎌持ってるみたいな...」

「何それ!今どき流行らないわよ!確かに伝統に則ってそういう格好してる死神も多いけど、私はまっぴらごめんだわ!」

死神のイメージを言うと食い気味に否定された。

だとしても派手すぎると改めてジロジロ見ていると、「なによ。」と睨みつけてきた。

「いや...それにしても派手なんじゃと思って...」

自称死神ははぁと大きくため息をついた。

「あんたもなの?みんな言うのよねぇ。いいじゃない。死神だって好きな格好したいわよ。人間も好きな格好してるじゃない。カッチリとスーツを来ている人もいれば、敢えて着崩して着る人もいるし、地味な格好してる人もいるし、反対に派手な格好している人も、男の格好をする女も、女の格好をする男もいるわ。十人十色。それぞれでいいと思うの!みんな好きな格好をすればいいのよ!ねえ、そう思わない?」

ずいっと圧を込めるように自称死神は聞いてきた。

「そ、そうですね...」

私は圧に負けるように返事をした。

「そうでしょう!?それを伝統がどうたら印象がどうたらグダグダうるさい奴らがいるのよ!視野が狭いったらないわよね!今どきそんな考えじゃダメよ!もっとグローバルな発想でいかなきゃ!あなたもそう思うでしょ?」

活き活きとそう語る自称死神に、私はなんだか笑えてきて、急に吹き出した。

「なによ?」

その様子に自称死神が怪訝そうに問いかける。

派手な格好をした死神が個性的であることを熱弁している姿を見て、悩んで自殺まで考えたことがバカらしく思えてきたのだ。

「グローバルな発想。そうね。ふふふ。」

笑いが込み上げてくる。

「なによ、失礼な人ね!人の話聞いて笑うなんて!」

私はひとしきり笑うと、まだ笑いを抑えきれないまま自称死神に謝罪した。

「ふふ、ごめんなさい。急に自分が悩んでいたことがバカらしくなってきたの。」

「そう。まあ、元気が出たなら良かったわ。」

自称死神は呆れたように息をついた。そしておもむろに立ち上がる。

「そんだけ笑えるなら、もう大丈夫ね。私はそろそろ次のところに行くから。あなた

、元気でね。」

「え?」

「あ。またねなんて言わないわよ。私とは二度と会えないに越したことないんだから。」

そう言うと、背を向けてスタスタと歩き、自称死神はひらりとベランダの柵を乗り越えて飛んで行ってしまった。

「なんだったんだろ...。」

見送った後、後ろに振り返り、ふと天井からぶら下がった紐が目に入る。

そこで、さっきまで死のうとしていたことを思い出した。

「もしかして...わざと?」

あの自称死神がしてくれた話は、わざとだったのだろうか。そうふと思った。

だけど、本当のところどうなのかはもう分からない。

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