飼い主

 ペットショップ店員の仕事は、ワンちゃんネコちゃんをはじめとする、販売されている動物の家族を見つけること。

 こうやって文字に起こすと簡単に見えるかもしれないけど、ただ飼い主を見つければいいわけじゃない。

 気性が荒く噛み癖がある子を、小さいお子さんがいる家庭やペットを飼った経験がない人におすすめはできないし、おとなしい子でも、お客様に対して私たちがしっかり知識や情報を共有しなければペットはもちろん、飼い主だって不幸になってしまう。

 命を扱っている、ということもあってお客様への対応もかなり徹底されているんだ。エリアマネージャーから、雨の日に車で来店したお客様の姿が見えた時は、傘を持って車まで行って出迎えなさい。と言われた時はさすがに私たちも反対したけどね。

 あと、来店した時は大きな声で「いらっしゃいませ」。まあ、これはどの仕事でも変わらないと思うけど。


「いらっしゃいませ!」

 ドアが開いた気配を感じ、トレーナーを着たお客様が来た、と思った私は大きな声で言った。

 その時、私はイタリアングレーハウンドがした粗相の後始末をしていた。文字通り尻拭い。

 接客スマイルを用意し、イタリアングレーハウンド、略してイタグレを片手で抱えながら振り返る。

 と、そこには、誰もいなかった。

「いらっしゃいませ!」

 バックヤードで作業をしていた同僚が遅れてやってくる。

「あれ? 今、誰か来店しなかった?」

 どうやら同僚は、私の声ではなく気配に反応してやってきたらしい。

 つまり、私たちは二人とも、お客様が来たという確信を持っていたということになる。

 お店には二人だけ。あとは無邪気なワンちゃんネコちゃん。

 二人で首を傾げていると、隅の犬舎で寝ていた豆柴が大きな声で吠え出した。

 その豆柴はかなり気性が荒くて、よく噛む。だからかなり長い間ペットショップにいて、値段も相当安くなっていた。それでも無駄吠えだけはしなかったし顔つきも可愛かったから、「歳をとって、躾けてもらって、性格さえ落ち着けばいい飼い主に巡り会えるよ」なんて言って励ましたりしていた。

「この子は気性が荒いけど、誰もいないところでこんなに吠えるの、珍しいね」

 同僚が言う。私も頷いた。


 次の日、その子に新しい家族が見つかった。


 トレーナーを着たお客様と一緒に、嬉しそうな様子で店を出る豆柴に、「よかったね!」なんて言いながら別れを惜しんでいた。

 長らく空になることのなかった犬舎に、犬一頭分の空間が生まれた。


 それからしばらくは何事もなく時間は過ぎていき、次に不思議なことが起きたのは、豆柴がいなくなってから二週間が経過した頃だった。


 その日、私はトリミングの予約をしたい、というお客様からの電話対応をしていた。

 日時が決まって電話を切る。予定表に書き込みをしている時、年配のお客様が来る気配を感じた。

 顔を上げて入り口を見る。

 またしても、誰もいなかった。

「いらっしゃ……」

 バイトの子が作業の手を止めて声を出す。が、誰もいないことに気づいて何も言わなくなる。

「あれ?」

 なんて言っているバイトの子の後ろにいたシーズーが吠え始める。


 その次の日、シーズーはジャケットを着た老夫婦の新しい家族になった。


 さらに次の日、私がネコちゃんの爪を切っていたとき、また何かの気配を感じた。

 なぜか寒気がして、ブルっと身震いをしながら声を出さずに振り返る。

 案の定、そこには誰もいなかった。

 またか、と思いながらネコちゃんの爪切りを再開する。

 いつもやんちゃなネコちゃんは静かに震えながらなすがまま。私に爪を切られていた。


 次の日、ネコちゃんは亡くなった。


 死因はおそらくFIP(猫コロナウイルス)。FIPというのは簡単に言えば猫に起こる感染症で、致死率は極めて高い。

 ただ、獣医さん曰く、食欲不振や発熱等の症状もなしに、いきなり亡くなることは珍しい。とのこと。


 でも、私だけはなんとなくわかる。

 ……ネコちゃんが亡くなる前の日に感じた何かの気配に、あの寒気。

 なんとなくだけど、あれは死神のような存在で、ネコちゃんを気に入った死神が、ペットにするためにあの世に連れて行ってしまったんじゃないかな、なんて。


 もしかしたら、今もどこかのペットショップでは、飼い主が無意識の内に自分の未来のペットを探しているのかも。

 今はペットショップ店員ではないからわからないけどね。

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