493.ディアブロ・シスその3


 剣での勝利が確約された瞬間だった。

 ディアは緊張した表情かおを緩ませて、宣言しようとする。


「俺たちの勝ちだ! 爺さ――」

とどめは、わたくし!」


 その前に駆け出して、身を守る武器を失ったフェンリルお爺様の胴体を、私は容赦なく袈裟斬りにした。


 鮮血が舞う。

 これまでの限界を越えた動きと痛みによって、お爺様は両膝と右腕を床に突く。

 残りの左腕で、おびただしい出血を止めようとしているのを、私は油断なく見つめる。


 息の根まで止めるつもりはないが、再起不能を覚悟して貰うとどめだった。

 ただ、その攻撃をディアは、反射的に抗議する。


「バ、バカッ! 爺さんの老体、考えろ!! バカフラン!!」


 怒られてしまったが放置して、剣先をお爺様の喉元に突きつけ続ける。


 降参を口にするまで、緊張を解く気は全くない。その私の警戒を察したお爺様は、やっと緊張した表情かおを緩ませて、口にしてくれる。


「負けだ、フランリューレ。それでいい。それができなければ、俺がディア様の代わりに行くつもりだったが……」

「わたくしが行きますわ。なので、どうか何の心配もなく、そのご老体を休ませてくださいませ。というか、ディアを甘やかしすぎでは?」

「騎士フランリューレよ。ディア様、お優しすぎるのだ。ゆえに彼女の至らない部分は、おまえが補い、お守りせよ。――アレイスの剣は、孤独ひとりではならない。なってはならないと、千年前から伝えられている。いいな?」

「嫌ですわ。ディアは友人ですし、騎士として仕える相手は別にいると思いますので」


 尊敬する先人から、勝利と教えを譲られた。が、孤独ひとりではならないなど言われるまでもないことは拒否しておく。


 そして、やっと私も緊張を緩ませる。

 それを見たお爺様は呆れながら悪態をつき、目を後方に向けていく。


「はぁ。ほんっと、こいつら言うこと聞かねーな。いま俺、すげえいいこと言ったのによぉ……。だが、まあ俺も昔は周りから見たら、こんな感じだったんだろうな……。シス様も、この決着ならもう――」


 お爺様は壇上の主に視線をやり、口は軽く――しかし、深く頭を下げて、申し訳ありませんと自らの降参を伝えた。


 それを周囲の観衆たちも聞いた。

 この場で最も信用できるアレイス家当主が戦いを打ち切ったことで、少しだけ安堵の溜息が出ている。


 ただ、シス様だけは信じられない様子で、まだ遠隔で神聖魔法をお爺様に注ぎ込み続けていた。


 斬られた胴体の出血を強引に止めて、騎士の降参を受け入れず、小声を震わせている。


「こ、こんなこと、なかったわ……。主の『計画』では、たとえ味方が寝返っても、絶対に未来は変わらないはず……。どうして? 大陸一の『剣聖』が、こんなにあっさり? ずれても、『糸』がある限り、すぐ修正されるはずなのに……」


 明らかに混乱していた。


 『計画』とやらが崩れたらしいが、そもそも言っていることが間違いだらけだ。「たとえ味方が寝返っても」と言われても、ずっと私たちは味方同士で仲間割れしているだけ。

 カナミ様を最初に助ける権利の奪い合い――いや、恩返しの順番勝負をして、いま私たちが勝ち取ったという話なのに、何を言っているのか。


 勝負も「あっさり」ではない。

 『剣聖』であるお爺様を倒したのは、何か月も前からディアと私の準備があったからこそ。


 申し訳ないが、シス様は舞台において、多くの間違いを犯してしまっている。

 これ以上の失敗を繰り返させない為にも、まず動けなくして差し上げたほうがいいかもしれない。

 と私が善意に見せかけて、話を手っ取り早く進めようと、壇上に向かって――


「フラン、もういい! あとは俺に任せてくれ!!」


 斬ろうとする前に、私の前にディアが立ち塞がった。


「分かっていますわ。でも、打ちのめしてからのほうが、話は早いですわよ?」

「まず、俺に話させてくれ! シスは大事な友達なんだ! ――お前と同じくらいにっ!!」

「…………。な、なら、仕方ないですわね」


 いまのディアの発言で、お爺様の負傷で動こうとしていた周囲の騎士たちに迷いが生まれた。


 ここまで私は観衆を釘付けにして、その動きを置いてけぼりにして来た。だが、彼女ならば別の方法でコントロールできるかもしれない。

 それに、ここでディアといつもの口喧嘩を始めてしまえば、時間の浪費が激しい。

 ので、友達かどうかは関係なく、私は大人として引き下がってあげよう。……あくまで大人としてだ。

 と色々理由を付けて、照れた顔を見られる前に、私はディアに道を空けた。


 壇上のシス様と私の友人の視線が絡み合い、二人の口は開かれていく。


「ディア、おかしいわ……。主の『紫の糸』は、確かに繋がってる。ずっとそれを私は感じてる。なのに、戦いが上手くいってくれないの……」

「『糸』なんて関係ない。いま、向かい合っているのは、おまえと俺の二人だろ」


 ディアは譲られた道を進みながら、言い返す。


 二人には二人だけで通じるものがあるようで、前置きは少ない。

 心をぶつけ合うのに遠慮はなく、すぐ話の核心に触れていく。


「いいえっ……! 目に見える二人だけのはずがないわ! だって、千年前からずっと、そうだったもの……。みんな誰かの『糸』に繋がっていて、操られていた! 私たちの選択を私たちが選んでいたなんて、一度もなかった!!」


 シス様がショックを受けているのは、自らの騎士が降参したことだけではないようだ。

 ずっと心の底に溜まっていたものが、敗北を切っ掛けにして、溢れ出そうとしている。


「だとしても、全てを他人に任せ切るのは違う。ラスティアラが命懸けで教えてくれたことだろ? それでも、選び続けるんだ。強く選び取って、その『糸』を越えて行くしかない」

「ラ、ラスティアラ・フーズヤーズが……? その『彼女』こそ、誰よりもティアラとヒタキの『糸』に運命を弄ばれただったわ!」

「違う、シス。ラスティアラは誰よりも『糸』を、楽しんでいただけだ・・・・・・・・・。『糸』との繋がりを愛して、操られるよりも上手く演じたくて、全力で生き抜いた。本当に滅茶苦茶で、俺の一番尊敬する友達だ」

「『糸』を楽しんだ……。と、『友達』……?」


 シス様は繰り返す。

 遠い過去から続く伝承の合言葉のように、その言葉を深く噛み締める。


「ああ、俺の大事な『友達』だった。……ただ、それはおまえもだ、シス」


 ディアは強調し続ける。

 私みたいに、ただ敵を斬りに大聖堂まで来たわけではないと。


「おまえは俺の最初の『友達』だ。もちろん、おまえの他にもたくさん出来た。そこのフランだけじゃないし、カナミだけでもない。マリアに、スノウに、リーパーに、セラに、ライナーに、本当にたくさんだ。……なあ、シス。おまえには『友達』が一人もいなかったのか?」


 レヴァン教を代表する神聖な使徒に向かって、それは無礼な物言いだろう。

 いつものシス様ならば「使徒である私に友なんて必要ないわ!」と威張り始めるところだ。


 だが、見つめるディアの瞳に、シス様は押されていた。

 そして、零す。


「……昔、私にも『友達』がいたわ」


 ぽつりと。

 ディアと同じ表情で、シス様もどこか遠くを見ながら名前を数えていく。


「カナミに、ヒタキに、ティアラ……。この三人が、私の最初の友達だった。生まれたばかりで何も分からない私に、色んなことを教えてくれたの……。あとで、色々意地悪されてたのも分かったけど、この三人は確かに私にとって大事な人たちだった。だって、三人揃ってるときは……、……楽しかったもの。本当に毎日が、すごく楽しかった」


 ぽつぽつと話すのは、私にとっては千年前の神話。


 本来ならば神聖で厳かな物語が、どこにでもいる町娘の思い出話のように語られる。


 ずっとシス様の守っていた神聖な概念ものが、いま、少しだけ変わろうとしていた。


「そのカナミが、千年前に言っていたわ。私にも、たくさん普通の友達ができたらいいって……。そう言って、この時代まで私は『糸』で引っ張られて、最初の『友達』が……、ディア。あなただったわ」

「俺たちを導き合わせたのは、間違いなく誰かの『糸』だ。けど、その『糸』が引っ張ってくれなくなったら、もう俺とは『友達』じゃ――」

「『友達』よ。私にとっても、あなたは本当に大事な人。『糸』はもう関係ない」


 ディアの返しは、力強い声によって塗り潰された。


 …………。

 ああ、これで。

 もう私が出る幕はなさそうだ。

 それは隣で見守っていたお爺様も一緒だったようで、小さな溜息をついていた。


 なので、ここからは完全に舞台を観ている感覚。

 千年前から紡がれた使徒の物語を、私は楽しもうと思う。 


「何があっても、私たちは敵じゃない……。ただ、その私たちの絆を大事にしているのは……、たぶん、カナミもよ」

「……カナミが俺のことを何か言ってたか?」

「敵にしなくていいって、ずっと言ってたわ。カナミの作った『計画』は、『使徒シスが新たな使命を果たす』よりも、『私とディアの仲が壊れないこと』を優先してた。……千年前から、そういうことをするやつなのよ、カナミは。長い付き合いだから、もう分かるわ。……ええ、最初から分かってた。あの召喚した日から、ずっと大事な『友達』だったから……、分かる」


 話しながら、シス様の声は小さくなっていく。


 ディアの言葉を認めることで、その気勢が削がれている。

 だが、すぐに顔を俯けて、襟元を強く握り、声を荒らげる。


「間違いなく、カナミは『友達』だったわ! でもっ、その『友達』のみんなが……! 世界を救うまで一緒に頑張ろうって約束した盟友は、みんなみんなみんなっ! 『私の世界』からいなくなっていく……! 死んでいく……!!」


 弱音が吐き出される。

 いつだって不遜で自信に満ちていた彼女だが、初めて見る姿だった。


 この神殿の象徴だった女性が、助けを求めるようにディアを見上げる。


「ヒタキとティアラは、手の届かないところまで行ってしまったわ……! 残ったカナミも、同じ道を行こうとしてる……。そんなものは『使徒』に必要ないって言うように、『世界』が私から取り上げようとしてくるの、ディア! ディアぁぁあ……」


 涙が滲んでいた。


 神殿で向かい合った二人は、血の繋がった姉妹のように似ている。

 どちらが姉か問われれば、背丈から考えてシス様だろう。

 だが、いまだけは逆のようにディアが、左腕を伸ばしていく。


「シス、取り上げられるのが嫌なら、強く選んで、掴み続けるしかない……! 『糸』も『世界』も『使命』もっ、くだらない全てを振り切るほどにっ、強く!! 捕まえて、二度と離すな!!」


 もうディアは壇上に辿りついている。

 そして、いまならば自分もいるから独りじゃないと、傍から訴え続ける。


「一緒に行こう……! いま俺たちが行かないと、また同じことの繰り返しだ! それとも、あのカナミが、一人で何も失わないでいられるほど強いと思うか……? 俺よりも長く、カナミと友達だったおまえがっ!」


 そして、その出された手と質問を前に、シス様は瞳を震わせ続ける。

 おそらく、ディアもカナミも、どちらも大事なのだろう。

 二人との絆の狭間で揺れながら、答えていく。


「カ、カナミは強いわ。いまや、その力は誰よりも強くなった――」


 ただ、少しずつ。

 ディアと合わさっていく。


「――けど、同じくらい、弱くもあったわ……。カナミは格好いいけれど、情けないときは本当に情けないの。千年前、ヒタキを失ったときなんて、本当に酷かった。泣きながら暴れて、余裕なんて一つもなくて……」

「ああ、いつも余裕ないよな。もしかしたら、この異世界にやってくる前から、ずっとだ。……だから、いまもカナミは地上うえどころじゃない。分かるだろ? 先に『最深部』へ向かった仲間やつらの相手で精一杯で、俺たちの戦いに割り込む余裕がないんだ」

「でも、主の『計画』は盤石よ。迷宮には、セルドラもいる……」

「『計画』通りなら、いま俺は戦いに負けてるんだろ? でも、こうやって話せてる。カナミは絶対じゃないし、『神』でもない。ただ、誰かの為なら、できもしないことをしようとする頑張り屋なだけだ」

「…………っ」


 『神』の絶対性を否定されて、シス様は口を大きく開けた。


 すぐに使徒として、レヴァン教を預かった者として、『神』の威厳と神秘性を守らねばならない。しかし、口は開けども、喉が震えることはなかった。


 否定が返ってこない間に、ディアは続きを口にしていく。

 まるで、シス様に言葉で止めを刺すように――だけじゃないような気がした。

 ここまで舞台のようだと、ずっと私が感じていた理由がはっきりする。


 ――最初からディアは、どこかで視ている観劇者たちにも言っている。


 ここまで脚本はあって、いま舞台で向かい合っている二人は演者――だとしても、視られていることを強く意識している。

 それは『世界』に向かって話しかける『詠唱』に似ていた。


「行こう、シス。もし『最深部』でカナミが苦しんでいたら、その手足を斬ってでも捕まえて、休ませてやろうぜ? まず『神』なんて呪縛から解放しないと、カナミの人生すら・・・・・・・・始まらない・・・・・


 そして、越えようと・・・・・、ディアは進む。

 相手が戦っている相手だろうと信じて、無防備に、前へ。


 シス様が少しでも気が変わって攻撃を選べば、ディアは敗北するだろう。

 その無謀で勇敢過ぎる姿は、遠目に見たことのあるラスティアラ様を私に思い出させるが――


「……それ・・、前に私があなたの身体を乗っ取っていたとき、カナミが言った台詞そのままじゃない。ふふっ」


 シス様は笑みを浮かべて、別の名前を口にした。

 いまのディアがあるのは、ラスティアラ様だけじゃない。カナミ様もだ。


 二人のおかげと分かり、私は複雑で仕方ない。

 ここまでのディアたちの『冒険』が、心底羨ましい。

 けど、私も全く舞台に関わっていないわけではないのも、よく分かるのだ。


 ――かつて、ヴアルフウラの劇場船で一緒に、観劇したことがあった。


 そのとき、ディアは「ハッピーエンドじゃないほうが説得力がある」と言っていた。

 だが、いまの彼女は私が主張していた「想い会う二人はハッピーエンドじゃないと納得いかない」という感想そのもの。


 私の大好きな流れもディアは忘れず、呑み込み、活かして、劇のように目の前で観せてくれているのだ。


「べ、別に、そのままでも構わないだろ! それよりも、シスッ!!」


 ディアは顔を少し赤くして、言葉を切り、ンッと手をさらに伸ばした。


 それは魔力で構築された義手ではなく、『冒険』の中で荒んだ剣士の左手。

 対面するシス様は何かに気づいたかのように、対照的な自分の赤子のように綺麗な左手を持ち上げて、見つめる。


「それよりも、俺は『友達』じゃないから駄目か? この手は取れないか?」


 そうディアが聞くと、シス様は視線を持ち上げた。

 目の前にいる自分とそっくりな少女に向かって、少しだけ懐かしそうな苦笑を浮かべてから、ゆっくりと首を振った。


 そっと手を伸ばし返して、答える。


「それだけは間違えない。だって、私の願いは一つだった……。もう一人も『友達』を失いたくない。それだけだったから……」


 ディアの左手に、自らの右手を重ねた。

 手が繋がった瞬間に、ディアは力強く頷き返す。


「俺もおまえを失いたくない。ただ、それは俺たちが『使徒』を選んだからじゃない」

「ええ、『私』たちが選んだのは――」

「『私』たちが本当に護りたいのは、やっと手に入れた大事な『友達』みんなだった」

「……そうね。そうだったわ」


 シス様は認めて、さらに近づいて、余っていた左腕も前に出す。

 ディアが『冒険』で失った右手――を構築する魔力の義手を強く掴んだ。


 両の手で両の手を捕まえた。

 そのとき、二人の魔力が強く脈動した。


 シス様はレヴァンの信仰がそのまま力となる『魔法生命体』だ。

 いま、この瞬間、神殿内の信仰に異変が生まれて、魔力の流れが変わったのかもしれない。


 両手で握り合ったまま、シス様は呟く。


「そう。失いたくないから、もう二度と離さないって願って、千年前に作ったわ……。最後に一つだけ、ティアラと一緒に『呪術』で……」


 手をつたって、二人の神聖な魔力が混ざり合い出す。


 そして、神殿に光が溢れる。

 その光景は、レヴァン教の儀式《レベルアップ》と同じ。


 しかし、私の知っている儀式ものとは比べ物にならない規模と濃さだった。

 その規格外の魔力の奔流は、まるで魂そのものが交差しているようで、シス様は千年分の溝を埋めるように語り続ける。


「たとえ千年前いまは捕まえ切れなくて、離してしまっても……。未来の『私』は本当に大切なものを護れるようにって……。『最後はみんな一緒に笑い合える』ように、これ・・はティアラと一緒に作ったスキルものだったわ……。だから――」


 過ぎた時間があったと、シス様は思いを馳せていく。


 捕まえられなかったものも護れなかったものも、たくさんあったのだろう。

 それら全てを纏めて、いま、独白していく。


「だから、ここであなたの手を離したら、そのティアラに合わせる顔がないわ。……カナミも同じね。このままだと、ヒタキのことを『友達』だって二度と言えなくなっちゃう」


 そのとき、ディアも同じ表情をしていた。

 同じく、捕まえられず、護れなかったものがあったのだろう。


 だが、手を握り返しながら、力強く答える。


「今度こそ、『友達』を護ろう。大切な『たち・・を守ってくれたカナミを」

「ええ。今度こそ、護りたいわ……。『たち・・の約束を守ってくれたカナミを」


 二人だけで通じ合える『何か』があるのが、観ている私にも感じられた。


 その『何か』を、物語の『運命』のようだと、最初は思った。

 しかし、いま私は舞台の上で、隣から見ているからだろうか。

 別の視点から、少し別の感想も浮かんでくる。


 『運命』だけではない。


 ここまで二人が積み上げてきた魂の『繋がり』が、本来の物語の結末から、少しだけずらして、上向けたように思えた。


 そして、ディアは手を引く。

 大聖堂の外まで連れ出そうとする意味を、シス様は最後に確認する。


「いまさら……、ディアの『俺』たちに、『私』も本当に入っていいの? あなたを苦しめ続けてきた『私』よ?」

「いまさらじゃない。ずっと入ってたんだ、シス。……それに今日は、せっかくのお祭りだ。細かいことは気にせず、俺たち『ディアブロ・シス』の格好いい結末ところを、全部見せつけてやろうぜ! いままで助けて貰った分、纏めてカナミに!!」

「……ええっ!」


 ディアがディアらしく答えて、頷き合った。

 その後、二人は姉妹どころか一心同体を思わせる動きで、詠む。


「「――『あえかにうしなった』『意よ義よ無為なる矜持よ歓びよ』――」」

「「――そして、『過去よ時よ懐かしき故郷よ悲しみよ』『全ては新たな門出の祝福の為に』――」」


 『詠唱』に合わせて、溢れていた光が収束して、二人の身体に収まっていった。

 《レベルアップ》と見紛ったが、明らかに別物だ。


 一瞬だけ、大聖堂の地面に魔法陣が浮かんでいた。

 いま、千年前から欠けていたものが埋まり、ずっと不安定だった『何か』が完成に至ったような感覚があった。


 そして、ディアはシス様と一緒に、こちらに振り返る。

 宣言通り、話し合いで戦いを終わらせたディアが、とても自慢げな顔をしていた。


 仕方なく、私は短く拍手する。

 八十点だ。


 本当に言葉だけで決着をつけた上に、内容も中々。

 もし説得が上手くいっても、私にとって納得いかない問答だったならば、そのときは――ディアが後ろから撃ってもいいように、私も後ろからどちらかを斬るつもりだった。


 ぎりぎり及第点だと伝えようと、私は剣を鞘に戻しながら近づこうとする。

 だが、その前に周囲の観衆たちから声があがった。


「シ、シス様……?」


 いつの間にか、観衆に『魔石人間ジュエルクルス』たちが多く混じっていた。

 場所が場所だからだろう。

 外からか地下したからかやってきた一人が呼びかけて、即興の闘技場が崩れ始めようとしていた。


 当たり前だが、いまの二人の話に納得するどころか、理解すら難しい人のほうが多い。

 混乱が広がる。

 しかし、それを収められる肝心のディアが、観衆たちに対して、顔を赤くして焦っていた。

 どうやら、自分の人生を声を大にして叫んだのを、いまさら恥ずかしがっているようだ。


 ……やはり、私がいないと駄目か。

 ここは話を押し進めるのが大得意な私が「これにて一件落着ですわ!!」とでも叫んで、無理やり締めてやろうと思ったが、またその前に声はあがった。


「みんな。聞いての通り、レヴァンの『神』は唯の『人』よ。名前は、カナミ」


 シス様はディアと違い、自らの人生を曝け出しても、冷静を保っていた。

 すぐ観衆に向かって、神殿の責任者としての説明を始める。


「カナミは普通よりも情けない『弱い人』だから……。ちょっとディアたちと一緒に様子を見に行ってくるわ」


 急な上司の方針転換に、当然ながら騎士や神官たちは戸惑う。


 だが、元々シス様が未成熟で、色々と間違えやすい性格なのは、大聖堂で仕えていた彼らは知っている。

 職務に忠実な者たちは多少不満はあっても、その指示に形だけでも従ってくれそうだが……。問題は、集まった『魔石人間ジュエルクルス』たちだ。


 口を開いていくのは、ラスティアラ様とカナミ様に命を救われて、この大聖堂でしか生きていけない少女たち。


「シス様……、冗談はお止め下さい……」

「主は間違いなく、私たちの『運命』を変えてくださった『神』様です!」

「ずっと私たちは『神』に祈りを捧げてきました……。そして、これからも……」


 震えながら、首を小さく振っている。

 その姿は先ほどまでのシス様そっくりだった。だから、そのシス様自身が苦しげに、でも優しく、これから先のことを話していく。


「心配しなくても、あなたたちのレヴァン教は何も変わらないわ。だって、カナミがやってきたことは、カナミのことを知っても変わらないもの。……祈りの対象が『神』から『カナミ』に変わってもいいように出来ているし、きっと最初からそういう『計画』だったのね」


 シス様は視線を地面に向ける。

 神殿の魔力が僅かに地下したへと沁み込んでいるのを見て、苦笑いを浮かべていた。


「『神』が変わってもいい……?」

「ええ。名前だけ変えたり……、そういう小狡い安全策ばかり張り巡らせる『弱い人』なのよ、カナミは。でも、そんな『弱い人』の頑張りが、ずっと私たちの世界を救ってくれていた……。そして、これから先の未来の世界まで守ろうと、また頑張ろうとしてる。ほんと、間違った方向に優し過ぎるわよね? あなたたちは大聖堂で一緒にカナミと働いて、その姿を見ているでしょう? ……あれが、レヴァン教の全てよ」


 シス様はカナミ様のことを教えるようでいて、それは自分の失敗を懺悔しているようにも見えた。

 先人として同じ間違いをして欲しくないと、『魔石人間ジュエルクルス』たちに教えているのかもしれない。


 ただ、その教えだけで、神殿内が纏まるかと言えば、それは難しい。

 直にカナミ様の姿を見ているからこそ信仰心の強い『魔石人間ジュエルクルス』は、声の震えが止まらない。


「だ、騙していたということですか……? レヴァン教が、私たちを……」


 ディアとシス様の決着によって、神殿内の流れは大きく変わった。

 しかし、その変化はいいことばかりではないだろう。

 どう転ぶかは未知数で、非常に危険に感じる。


 そして、流れの変化は、この神殿内だけの話ではない。

 先ほどから、明らかに異常な魔力の脈動が、神殿外からも流れ込んできているのだ。


 私は視線を神殿の割れた窓に向けて、その外を確認しようとした。

 と同時に、目を向けた窓から一人の獣人が、風のように飛び込んで来る。


「――――ッ!?」


 綺麗な蒼い髪を靡かせた獣人騎士だった。

 その毛並には見覚えがあった。ないと言える訳なかった。

 この私でも堪らず敬語になって呼んでしまう相手の名は――


「……セラ先輩?」


 狼の騎士セラ・レイディアントが、勢いよく窓から入室して来て、私の隣に立つ。


 見たところ、衣服が破損して、あちこちを負傷している。

 だが、傷なんて一つもないように、軽い声を私たちにかけていく。


「……ん? なんだ。『魔石人間ジュエルクルス』の子たちだけでなく、フランもここに来てたのか。ただ、いまはそれよりも……、ディア様。そろそろかと思い、お迎えに参りました」


 私と違い、セラ先輩は正統派の騎士らしく、綺麗な礼を取った。

 そして、周囲の混乱もざわめきも気にせず――いや、混乱もざわめきも好意的に捉えているようだ。好戦的な笑みを浮かべて、もっと騒がせてやろうとでも言うように、神殿内に外の状況を報告していく。


「現在、街中にてディプラクラ様が暴走し、被害を出しております。どうかご指示を」


 二人目の使徒の名が出て、神殿内の動揺が増す。

 名前だけでなく内容も含めれば、騎士や神官たちにとっても大変なことだ。


 だが、その異常事態の中で、シス様は一人だけ冷静に即答する。


「……ならば、使徒ディプラクラは責任をもって、この『ディアブロ・シス』が『最深部』まで連れ戻しましょう。……そこのあなたの言うように、まずはカナミのところに行って、会って、直接話せば、全てすぐに分かること。この『終譚祭』の本当の結末は、それからみんなでゆっくり決めればいい」


 その答えと表情は、これまでと全く違った。

 不安を誘う使徒シス様から打って変わり、その神聖な魔力に相応しい凛々しき姿を見せる。


 ――新たな道を歩み出そうとしている。


 シス様はセラ先輩が入ってきた窓に目を向けた。 

 すぐに行く気のようだ。

 その背中には、輝く魔力の翼が構築され始めていた。


 ――いましがた、シス様は『使徒』であることよりも『友達』を選んだ。


 だが、その背中は以前よりも神々しく、使徒かのじょらしく感じる。

 それは周囲の『魔石人間ジュエルクルス』たちも同じなのかもしれない。

 自らの信じるレヴァン教と使徒たちの変化に戸惑いつつ――しかし、その背中から目を離せないでいた。



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