490.主従
引き継いだ。
ご先祖様から、魔石と名を。
ずっと待ってくれていたのだろう。
ファフナーさんは未熟な僕に、タイミングを合わせてくれたのだと思っている。
そして、考えられる限り最高の継戦が果たされて、目の前には――
「ハァッ、ハァッ……、ライナー……!」
崩れに崩れ、『
その身体は非常に不安定で、教科書にあった『
その見ているだけで『混乱』を誘う両手には、氷の刃が――《アイス》《フリーズ》で固めた双剣が握られている。
最後に姿を確認したときと、本当に別人だ。
ただ、事前に聞いていた話ならば、100層のキリストは『神』にも等しい存在というはずだったが……すでに、誰かの手によって『神殺し』は果たされたと、その苦しそうな表情から察せた。
おかげで、いま、主と
力だけではなく、心も目も。
間違いなく、先行したグレンさんとファフナーさんの二人が、命懸けで整えてくれた舞台――のはずだが、僕の持つスキル『悪感』が、二人だけでは説明がつかないと言っていた。
こちらの予定も超えて、キリストの中に入っている『無の理を盗むもの』セルドラ。
誰よりも先に抜け駆けをしたマリアのやつと『火の理を盗むもの』アルティ。
二か月前の最後の戦いから、すでにダメージは蓄積していっていたかもしれない。
もっと言えば、さらに以前から――
――この舞台が誰のおかげかと問われれば、これまでの全てだと思った。
千年前、僕たちの世界に現れた『
そう信じて、この最後の舞台に立つ『最後の敵』に向かって、僕は呟く。
「――呪術《
それは千年前に『始祖カナミ』が開発した力の一つ。
本来、レヴァン教の神官にしか使えない代物だったが、いまの僕ならば支障はない。
【ステ■スター】
ra■me:月■イカワ■理ナ■の――
『ステータス』に、名前が収まり切っていなかった。
千年前の呪術開発者である『始祖カナミ』を大きく超越しているからだろう。
いまのキリストの姿と同じように、その《
ただ、スキル欄だけは別で、はっきりと確認できる。
これだけは千年前からずっと変わらないというように、スキルが二つ。
【スキル】
固有スキル:
???:???
元は『???』だったスキル『
その下に、二つ目の『???』が残っているのを確認した。
これこそ、千年前からキリストをキリストたらしめてきた根幹だろう。
僕たちが否定すべきものを確認したところで――それを確認されることを恐れるようにキリストは、叫びながら駆け出し、100層での戦闘を再開させていく。
「返せぇえっ!! ライナァアア!!」
「キリスト!!」
こちらも叫び、応えた。
距離が瞬間的に潰れて、剣閃が煌めく。
まず、キリストの氷の双剣。
対して、僕の『アレイス家の宝剣ローウェン』と『シルフ・ルフ・ブリンガー』。
二対が綺麗に打ち合わされて、一瞬の鮮やかな火花を残して、離れていく。
「……くっ!」
「…………っ!!」
キリストの『剣術』に追いつけていた。
こんなときだが、その事実が本当に嬉しい。
もちろん、魔石たちのおかげだ。中でも、『地の理を盗むもの』ローウェンさんから教えられる力が特に濃い。『舞闘大会』で叶い切らなかった「僕に剣を教えてくれる」という約束が、いま果たされているようで、さらに僕の口元は緩んで、剣戟は続いていく。
一瞬の火花がいくつも弾けていく中、不思議と心は穏やかだった。
ついに整った舞台で、約束の『最後の敵』と運命的に戦っている。
しかし、結局。
僕にできることは、結局のところ一つだけ。
――ライナー・ヘルヴィルシャインはみんなから力を借り受けて、振るうのみ。
いつだって、それ以外なかった。
いつだって、ライナー・ヘルヴィルシャインの力は誰かから受け取ったものだった。
この生まれ落ちた世界で僕が出会い、関わって、ときには戦ってきた全ての人たちが――想いを託し続けてくれた結果、いまの僕の姿がある。
そのみんなの力と威を借りて、双剣と一緒に叫び返す。
「同じなんだ! あんたと僕は何も変わらない! 力は同じだ!!」
「お、同じ!? 違う! 僕のほうが圧倒的に上だ! 何の反則もなくここまで強くなったライナーと、僕を一緒にするな!!」
キリストも噛みつくように、双剣と一緒に叫び返す。
らしくない荒々しい声だった。だが、その二か月前では絶対聞けなかった本音に、対等に向かい合えている実感があった。
これまで計三度、僕はキリストと戦ってきた。
『舞闘大会』、『大聖都』、最後の戦い。
はっきり言って、どれもが惨敗。
時間稼ぎは出来ても、勝負には全くなっていなかった。
しかし、やっと。
いま、やっと戦いが成立している。
だから、この剣戟を通じて腕が痺れる感触は、ずっと憧れていた光に触れるように心地良い。嬉しくて、もっともっと剣を強く握り締める。
すると、その手にある『理を盗むもの』の魔石である指輪たちが、淡く灯ったような気がした。
間違いなく、いま剣と剣を打ち合わせられているのは、ローウェンさんのおかげ。ただ、身体の基礎はアイド先生のおかげで、魔法の基礎はティティーのおかげ。そして、悔しいが、どんな格上相手でも諦めない覚悟はノスフィーのやつのおかげで――
線のように縁が繋がっていく力を、魔法にして振るう。
「『血と魂の共鳴』『世界を切り裂く命の双剣』……! ――魔法《ヘルヴィルシャイン・
「これは、あのときの『風の腕』……!?」
かつて66層の裏でノスフィーと戦ったときを思い出しながら、自らの両腕の影に『風の腕』を生成した。
かつて『世界奉還陣』で溶けて逝った白き『
そうだ。
いま、力を借りているのは、『理を盗むもの』たちだけではない。
僕は『理を盗むもの』に匹敵する魂たちも、この身に収めて、『親和』していたのだと、ここに来て確信して、さらに次へと進む――
「まだだ、キリスト! 『ヘルヴィルシャイン』の双剣は終わらない! どこまでも続いて行けと、ファフナーさんが繋げた!! ――魔法《ヘルヴィルシャイン・
「…………っ!? ……あ、ありえない」
指輪を通じて『ヘルヴィルシャイン家の聖双剣』に魔力が這って、刀身を赤く染め上げた。
そして、さらに鋭く重くなった剣閃が、打ち合わせた氷の双剣を砕く。
あっさりと砕けて散る氷片を見て、キリストの表情は歪み、後退した。
少し似ている。父娘だからだろうか。
キリストの台詞と表情から、ノスフィーのやつを思い出した。
思えば、あいつと殺し合ったときも、こうして僕は『アレイス家の宝剣ローウェン』を握っていた。そして、三騎士を想起させる『風の腕』を見て、ノスフィーは「ありえない」と言っていた。
――いま、彼女が口にした言葉の意味が少し分かる。
あいつの言う通り、これは『風の腕』ではありえない
いかに魔法の王と称されたティティーから教授したとはいえ、この鋭さと重さは風の力で説明がつかない。
――つまり、これは風ではなく、魂だったのだ。
明らかに、この『風の腕』にはハイリさんの魂が宿っている。
それだけじゃない。あの『
――『
『ヘルヴィルシャイン』の双剣術が昇華していく。
二重から、三重へ。
さらに繋がっていき、次の領域へと、どこまでも。
その重なった剣たちが、後退するキリストを追いかけていく。
だが、相手の対応も早い。
「剣が重なって……、鋭い! ならっ!」
その『
その増えた腕は複数のモンスターの特徴――獣、魚、鳥などを綯い交ぜにしたかのようで、一先ず『魔獣の腕』と呼ぼうと思う。
その新たな『魔獣の腕』にもキリストは、それぞれ氷剣を握らせて、僕の独特な双剣術を真似て、防ぎ始めた。
おそらく、キリストは人生初めての四本腕のはず。
常人ならば、増えた腕の扱いに『混乱』して、神経伝達が上手くいかないだろう。
だが、生まれたときから使っていたかのように、とても慣れた様子で『魔獣の腕』を軽く扱った。
キリストは弱っているが、まだまだ神懸かっているのは間違いない。
それを油断なく確認して、僕たちの剣は合わせて、八つ。
また打ち合い、互角に弾き合って、距離が少し空いた。
ただ、もうキリストは急いで距離を潰すことはなかった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。……ライナー、強くなったね」
落ち着いて、称賛した。
こういうときは、話しながら『並列思考』で、こちらの『魂の腕』を分析しているのだろう。
いまの剣戟の間に、冷静さを取り戻した――のではなく、先ほど確認したスキル『
ずっとキリストを近くで見てきたからこそ、いまのフッと炎を吹き消すような変化の意味を見逃さなかった。
「本当に強くなった。あのとき、6層で死にかけてたとは思えないほどに」
「……6層? ……それは、あんたと迷宮で初めて会った日のことか?」
僕の質問に、キリストは「そうだよ」と頷き返す。
6層となれば、本当に昔のことだ。
あれはまだ僕が学院の生徒で、フランリューレ姉様たちと迷宮の浅い層を探索していたときの話――を、まるで昨日のことのように、キリストは話す。長い『未来視』『過去視』の併用生活が原因だろうが、なぜか僕も、つい昨日のように感じる。
あの6層で巨大な蛸型モンスターに襲われていたとき。
僕は軟体系の触手に捕縛されて、咀嚼される寸前だった。正直、死を覚悟していて、「でも、ヘルヴィルシャインの為に死ねるならば本望――」なんて自己犠牲に酔いしれていた。
しかし、僕は生き残った。
キリストが颯爽と現れて、まるで物語に出てくる主人公のように僕を救ってくれたからだ。
当然のように人助けをして、何も言わずに去ろうとして――まあ、それは姉様によって失敗するのだけど――その後ろ姿は、本当に格好良かった。
兄様のような人が他にもいるのかと驚いた。
勝手に『理想』の一人として憧れた。
ただ、あのときのキリストの表情を、いま冷静に思い出すと、少しだけ違う感想も生まれてくる。
あの後、貴族に酷使される奴隷を助けたときの表情もだ。
思い返せば、ずっとキリストは……。
「あのとき、僕を助けたのを……、あんたは『後悔』してるのか?」
「……してないよ。するはずない。ライナーという友人を得られたのは、『元の世界』と『異世界』を合わせても、最高の幸運だった」
その質問にキリストは答えて、険しい表情を少しだけ優しくした。
ただ、その続きの言葉で、すぐに悲しそうな顔に切り変わる。
「だからこそ、僕を選んで欲しかった……。ティアラが紡いだ『赤い糸』を振り解き、『悪感』なんて
「確かに。あんたを僕が超えることはないだろうな。最後まで、きっと」
断定されて、頷いた。
キリストは心身を崩していても、その魔力は軽く僕を上回っている。今日まで模倣で集めた神懸かった
だからこそ、僕は息切れをするキリストの前で、再確認する。
意識を、敵でも『ステータス』でもなくて、周囲に。
この明るい100層に広げて、話す。
「――ただ、それは一対一だったらの話だ」
『血の理を盗むもの』ファフナーさんがいなくなり、足元の浅瀬から赤色が抜け始めていた。透き通った水に戻ろうとしている。
この100層には、他に石畳の道と玉座しかない――が、ずっと天から眩い光が舞台を照らし続けてくれている。見れば、涙が滲む赤光だ。
それと、耳を澄ませば聞こえる気がする歌声も――
夜明けの海のような100層で、『血の理を盗むもの』の脈動を感じる。
それはまるで、命の旋律を奏でるようなリズム。
合わせて、僕もご先祖様の歩いた道の続きを、行きたい。
赤光の『魔法』を信じて、ここにはいない少女に語り掛ける。
「
「…………っ!?」
真面目に戦う気は毛頭ない。
『理を盗むもの』戦の定石通り、基本は精神攻撃。
その為に、あの嫌いなノスフィーの顔を思い出して、真似るように厭らしく、『話し合い』を仕掛けていく。
「あの日、キリストの為に死ねと、僕はおまえに言っただろう? そして、おまえは死んでもキリストを守り続けると決めたはずだ。……なのに、情けない。そんなに近くにいて、こんなに弱ったキリスト一人、止められないのか?」
自分のことを棚に上げて、挑発する。
戦場にいないノスフィーに向かって、生前のように憎まれ口を利く。
――当然、どこからも声は返ってこない。
しかし、この赤光のどこかから、
あの心底僕を毛嫌いしている少女ならば、きっと「はぁ……。相変わらず、あなたは気持ちが悪い」と、呆れながら笑ってくれる。
と信じる僕以上に、キリストも
いまの僕の呼びかけに対して、ノスフィーの代わりに、震えながら答えていく。
「……む、無駄だ、ライナー。ノスフィーは『持ち物』の中にいる。答えられるわけがない」
「『持ち物』? あいつが、その程度で収まるようなやつか? 少なくとも、ライナー・ヘルヴィルシャインの知るノスフィー・フーズヤーズって
「…………っ」
その僕からの評価に、キリストは顔を歪ませて、口ごもってしまった。
口元を緩めてもいた。
二つの感情が混じっている
娘を褒められた嬉しさ。
それと、強敵たちに包囲されている苦々しさ。
――頬を緩めて、眉を顰めて、惑い、泣きかけている。
ああ、本当に……。
『理を盗むもの』は言葉に打たれ弱い……。
その弱点を僕は、容赦なく突き続ける。
「あの伝説の三騎士たちが、いま、こっちにいるおかげか……。悪態をつく
思い浮かべる。
もし、いまここにノスフィーがいたならば、きっと「ライナー、そこまで言うのならば、あなたもですよ。本気で生き抜いて、全ての『糸』を超えてください。でないと、絶対に許しませんから」と、僕を煽ってくれる。
それと同じものをキリストも思い浮かべて、
両の漆黒の瞳を揺らしながら、声を震わせる。
「ノ、ノスフィー……、違う! ライナーは間違ってるんだ……。あの三騎士たちが、また間違ってる……!!」
もう間違いない。三騎士の一人だったファフナーさんの『魔法』は死後も維持されて、僕だけでなくキリストにも干渉している。
その応援に感謝しながら、僕は手に力を入れる。
正確には、指に嵌めた魔石の指輪たちに魔力を流し込む。
いま、僕とキリストの持つ『理を盗むもの』の魔石は、ほぼ同数。
単純にぶつかり合えば、所持者の力量が重要となるだろう。
僕は魔石を受け継いだ者として、心を昂らせて、激しく燃やしていく。
いまの短い問答で、ローウェンさんだけでなく、他の指輪の魔石にも少しずつ馴染んできた。
みんなの導きのまま、さらに進む。
心の隅でライバルと思っていた少女ノスフィーに負けないように、今度は僕から駆け出し、新たな魔法を叫ぶ。
「『血と魂の共鳴』『世界を切り裂く命の双剣』! 『重なり合う輪奏を』!! ――魔法《ヘルヴィルシャイン・
僕の両腕の影にある『魂の腕』――の影で、新たな『魂の腕』が四つ増える。
その『魂の腕』にはそれぞれ、血の剣、闇の剣、木の剣、風の剣が握られて、独立した遺志を持って振るわれ始める。
恐ろしいのは、その全てが僕の右手にある『アレイス家の宝剣ローウェン』に引っ張られて、大なり小なりアレイス流『剣術』を伴っていること。
二重の双剣術を越えて、いま。
反則的な八重の刃が、一息で同時に奔っていく。
「――――っ! な、なら、こっちもだ!!」
対して、キリストは真似る。
鏡写しするかのように、新たな『魔獣の腕』を四つ作って増やした。
その手たちにも氷の剣を持たせて、乱暴に打ち合わせてくる。
ゆえに、今度の剣閃は十六だ。
全てが神速と呼べるほどに神懸かっていて、人体の限界を超えている。
一合の打ち合わせで100層が震える。
空気と魔力が破裂しては、雲を吹き飛ばすような強風が巻き起こる。
人外の剣戟だ。
もはや、化け物同士の比べ合いだ。
『速さ』や『技量』だけでなく、『筋力』や『体力』のステータスも含めて、何もかもが人間の限界を超えている。
結果、当然のように僕の両腕は持たなくなる。
いかに魔石を多く託されようとも、まだ身体は人間の範囲内だからだ。
かつて、未熟だった僕が風魔法を暴発させていたように、生身の腕の部分が裂傷塗れとなり、大量の血飛沫を舞わせた。
それに敵であるはずのキリストが心配して、叫ぶ。
「ライナー! 自爆戦法はやめろって、
「
すぐさま叫び返した。
自爆しているのは、ずっとあんただ……!
そっちは腕の傷どころか、魂が罅だらけだろうに……。
という従者からの反論に、主からも反論が叫ばれる。
「僕は違う! 魔法を暴走させたことは一度もない! いつだって慎重に、丁寧に、誰よりも安全に魔法を使ってきた!!」
「どこが!? こっちからしたら、いまあんたは念入りに、本当の『魔法』とやらを暴走させているようにしか見えないんだよ!!」
「…………っ!? 暴走なんてしていない!!」
素直な感想を届けると、キリストは初耳かのような表情となり、全力で否定した。
届いている。
拒否されたが、言葉は通じている。
もし、これを一か月前に言っていても、きっと主は目も言葉も合わすことすらなく、のらりくらりと『
しかし、いまならば、先んじたご先祖様や先輩たちのおかげで、キリストは話し合いから『
僕は八本腕同士の釣り合った剣戟の音を後ろにして、口論を続ける。
「してる! だから、みんなが止めに来る!! 単純な話だ!!」
「単純過ぎるんだっ、みんな!! 止めてどうする!? もうノイに『世界の主』は無理だ! この『世界の主』という仕事は、いつか誰かが代わりにやらなきゃいけない!」
「だとしても! 少なくとも、あんたが一人でやる仕事だなんて僕たちは思わない!!」
「『相川渦波』しかいないと、前任者のノイが指名した! この世界の敵だった陽滝に勝利して、誰よりも強くなった僕には……! この世界の誰よりも、強くなってしまった僕には、その責任がある! …………っ!? なのにティティー、どうしてだ! 王の責務を果たしたおまえが、なぜ分かってくれない!?」
キリストは僕と口論しつつ、視線を一瞬だけ逸らして、元『
――ああ、やっぱり。一人じゃない。
いつだって、僕たちは一人じゃなかった。
たぶん、ノスフィーという友達に釣られて、あいつも後ろから五月蠅い声をあげているのだろう。
庭師の仕事をしながら姉弟ごっこした仲だから、その光景が簡単に思い浮かべられる。
馬鹿五月蠅いあいつにも合わせて、僕は続ける。
「押し付けられた力に、責任なんてあるか!! ティティーを近くで見てきたあんたなら分かってるだろ!? こんなことをするために、あんたは強くなったんじゃない!! あんたはあんたの人生を藻掻き、生きて、強くなっただけ!! 見知らぬ誰かを助ける責任は一つもない!!」
「……ないとしても! 無責任になっていいわけじゃない!! 考えろ、ライナー! その無責任な優しさが、どれだけの人間を『不幸』にするか! 想像するんだ!!」
「いつもそうやって、あんたは勝手に人の『不幸』を決めて、勝手に共感して、勝手に苦しむ!! 気にし過ぎなんだよ! あんた一人いないぐらいで、世界は終わらない!!」
「さっきからずっと……、強者の論ばかりだ!! ライナーもファフナーもみんなっ、強者だから言える! 弱者の気持ちが、まるで分かってない! 弱い人たちには、縋る『
「…………っ!!」
その咆哮と猛攻によって、口論も剣戟も押し返される。
今度は僕が退く形で、距離が空いた。
正直なところ、キリストが間違っているとは思わない。
いつだって、主は弱き人の味方であり、正義の味方だ。
酷く正しいが――、『矛盾』もしているのだ。
誰よりも希望の
その『狭窄』した漆黒の瞳が捉えているのは、もう『ラスティアラ』だけだろう。
だというのに、その大切な『ラスティアラ』を蔑ろにして、全く別の道に進もうとしている。あのラグネ・カイクヲラのように、『矛盾』しながら光を求めて、上へ上へ登り続けては、『頂上』にいるはずの大切な人を見失って、捜し直そうと飛び降りて――
――今度こそ、止めてくれ。俺の代わりに。俺の主を。
という
「キリスト、もっと周りを見ろ……! 本当に、もう自分しかいないと思うか!?」
「ははは……、みんな同じことを言うね。でも、ちゃんと見えてるよ。いま、目の前にライナーがいる。君が『世界の主』の代わりをできない未来も、しっかりと僕には視えてる」
「ああ、できないんだ。……
僕は白翠の指輪に働きかけて、「繋げてください、先生」と強く祈る。
その頼る魂は、ずっと身近に感じていた。
いつだって、「ライナーは一人ではない」と見守ってくれていた。
その『繋がり』が、魂が身近な100層のおかげか、誰かのおかげか。いま、太く濃く
いましがた僕を援護してくれたアイド先生を通じて、その人の名を魔法として呼びたい。
彼女は一年前、アイド先生と二人旅をしていた。
『
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