490.主従



 引き継いだ。

 ご先祖様から、魔石と名を。


 ずっと待ってくれていたのだろう。

 ファフナーさんは未熟な僕に、タイミングを合わせてくれたのだと思っている。

 そして、考えられる限り最高の継戦が果たされて、目の前には――


「ハァッ、ハァッ……、ライナー……!」


 崩れに崩れ、『半死体ハーフモンスター』と化した主が息を切らし、魔石を奪った僕を睨んでいる。


 その身体は非常に不安定で、教科書にあった『合成獣キメラ』を思い出させる。異形の両腕は蜃気楼のように揺らめき、曖昧で、見る角度によって別のモンスターの特徴に変化した。

 その見ているだけで『混乱』を誘う両手には、氷の刃が――《アイス》《フリーズ》で固めた双剣が握られている。


 最後に姿を確認したときと、本当に別人だ。


 ただ、事前に聞いていた話ならば、100層のキリストは『神』にも等しい存在というはずだったが……すでに、誰かの手によって『神殺し』は果たされたと、その苦しそうな表情から察せた。


 おかげで、いま、主と合っている・・・・・

 力だけではなく、心も目も。


 間違いなく、先行したグレンさんとファフナーさんの二人が、命懸けで整えてくれた舞台――のはずだが、僕の持つスキル『悪感』が、二人だけでは説明がつかないと言っていた。


 こちらの予定も超えて、キリストの中に入っている『無の理を盗むもの』セルドラ。

 誰よりも先に抜け駆けをしたマリアのやつと『火の理を盗むもの』アルティ。

 二か月前の最後の戦いから、すでにダメージは蓄積していっていたかもしれない。

 もっと言えば、さらに以前から――


 ――この舞台が誰のおかげかと問われれば、これまでの全てだと思った。


 千年前、僕たちの世界に現れた『異邦人キリスト』が出会い、関わって、ときには戦ってきた全ての人たちが――その『鏡』に映され続けてきた結果、いまのキリストの姿がある。


 そう信じて、この最後の舞台に立つ『最後の敵』に向かって、僕は呟く。


「――呪術《鑑定アナライズ》」


 それは千年前に『始祖カナミ』が開発した力の一つ。

 本来、レヴァン教の神官にしか使えない代物だったが、いまの僕ならば支障はない。



【ステ■スター】

 ra■me:月■イカワ■理ナ■の――



 『ステータス』に、名前が収まり切っていなかった。


 千年前の呪術開発者である『始祖カナミ』を大きく超越しているからだろう。

 いまのキリストの姿と同じように、その《鑑定アナライズ》は不安定で、曖昧で、モンスターの特徴を得ていた。


 ただ、スキル欄だけは別で、はっきりと確認できる。

 これだけは千年前からずっと変わらないというように、スキルが二つ。



【スキル】

 固有スキル:最深部の誓約者ディ・カヴェナンター

 ???:???



 元は『???』だったスキル『最深部の誓約者ディ・カヴェナンター』。

 その下に、二つ目の『???』が残っているのを確認した。


 これこそ、千年前からキリストをキリストたらしめてきた根幹だろう。

 僕たちが否定すべきものを確認したところで――それを確認されることを恐れるようにキリストは、叫びながら駆け出し、100層での戦闘を再開させていく。


「返せぇえっ!! ライナァアア!!」

「キリスト!!」


 こちらも叫び、応えた。


 距離が瞬間的に潰れて、剣閃が煌めく。

 まず、キリストの氷の双剣。

 対して、僕の『アレイス家の宝剣ローウェン』と『シルフ・ルフ・ブリンガー』。

 二対が綺麗に打ち合わされて、一瞬の鮮やかな火花を残して、離れていく。


「……くっ!」

「…………っ!!」


 キリストの『剣術』に追いつけていた。

 こんなときだが、その事実が本当に嬉しい。


 もちろん、魔石たちのおかげだ。中でも、『地の理を盗むもの』ローウェンさんから教えられる力が特に濃い。『舞闘大会』で叶い切らなかった「僕に剣を教えてくれる」という約束が、いま果たされているようで、さらに僕の口元は緩んで、剣戟は続いていく。


 一瞬の火花がいくつも弾けていく中、不思議と心は穏やかだった。


 ついに整った舞台で、約束の『最後の敵』と運命的に戦っている。

 しかし、結局。

 僕にできることは、結局のところ一つだけ。


 ――ライナー・ヘルヴィルシャインはみんなから力を借り受けて、振るうのみ。


 いつだって、それ以外なかった。

 いつだって、ライナー・ヘルヴィルシャインの力は誰かから受け取ったものだった。


 この生まれ落ちた世界で僕が出会い、関わって、ときには戦ってきた全ての人たちが――想いを託し続けてくれた結果、いまの僕の姿がある。

 そのみんなの力と威を借りて、双剣と一緒に叫び返す。


「同じなんだ! あんたと僕は何も変わらない! 力は同じだ!!」

「お、同じ!? 違う! 僕のほうが圧倒的に上だ! 何の反則もなくここまで強くなったライナーと、僕を一緒にするな!!」


 キリストも噛みつくように、双剣と一緒に叫び返す。


 らしくない荒々しい声だった。だが、その二か月前では絶対聞けなかった本音に、対等に向かい合えている実感があった。


 これまで計三度、僕はキリストと戦ってきた。

 『舞闘大会』、『大聖都』、最後の戦い。

 はっきり言って、どれもが惨敗。

 時間稼ぎは出来ても、勝負には全くなっていなかった。


 しかし、やっと。

 いま、やっと戦いが成立している。


 だから、この剣戟を通じて腕が痺れる感触は、ずっと憧れていた光に触れるように心地良い。嬉しくて、もっともっと剣を強く握り締める。


 すると、その手にある『理を盗むもの』の魔石である指輪たちが、淡く灯ったような気がした。

 間違いなく、いま剣と剣を打ち合わせられているのは、ローウェンさんのおかげ。ただ、身体の基礎はアイド先生のおかげで、魔法の基礎はティティーのおかげ。そして、悔しいが、どんな格上相手でも諦めない覚悟はノスフィーのやつのおかげで――


 線のように縁が繋がっていく力を、魔法にして振るう。


「『血と魂の共鳴』『世界を切り裂く命の双剣』……! ――魔法《ヘルヴィルシャイン・二重奏剣デュオロトクス》!」

「これは、あのときの『風の腕』……!?」


 かつて66層の裏でノスフィーと戦ったときを思い出しながら、自らの両腕の影に『風の腕』を生成した。


 かつて『世界奉還陣』で溶けて逝った白き『魔石人間ジュエルクルス』ハイリ・ワイスプローペの意志が『風の腕』に乗って、腰に佩いていた『ヘルヴィルシャイン家の聖双剣』を抜いて、振るい出す。


 そうだ。

 いま、力を借りているのは、『理を盗むもの』たちだけではない。

 僕は『理を盗むもの』に匹敵する魂たちも、この身に収めて、『親和』していたのだと、ここに来て確信して、さらに次へと進む――


「まだだ、キリスト! 『ヘルヴィルシャイン』の双剣は終わらない! どこまでも続いて行けと、ファフナーさんが繋げた!! ――魔法《ヘルヴィルシャイン・三重奏剣トリオトクス》!!」

「…………っ!? ……あ、ありえない」


 指輪を通じて『ヘルヴィルシャイン家の聖双剣』に魔力が這って、刀身を赤く染め上げた。

 そして、さらに鋭く重くなった剣閃が、打ち合わせた氷の双剣を砕く。

 あっさりと砕けて散る氷片を見て、キリストの表情は歪み、後退した。


 少し似ている。父娘だからだろうか。

 キリストの台詞と表情から、ノスフィーのやつを思い出した。

 思えば、あいつと殺し合ったときも、こうして僕は『アレイス家の宝剣ローウェン』を握っていた。そして、三騎士を想起させる『風の腕』を見て、ノスフィーは「ありえない」と言っていた。


 ――いま、彼女が口にした言葉の意味が少し分かる。


 あいつの言う通り、これは『風の腕』ではありえない現象ことだ。

 いかに魔法の王と称されたティティーから教授したとはいえ、この鋭さと重さは風の力で説明がつかない。


 ――つまり、これは風ではなく、魂だったのだ。


 明らかに、この『風の腕』にはハイリさんの魂が宿っている。

 それだけじゃない。あの『魔石人間ジュエルクルス』の中でも特殊な生まれを通じて、亡き兄ハイン・ヘルヴィルシャインの血と魂とも、いま繋がっているから――


 ――『魂の腕・・・』は、僕に合わせて、動いてくれる。


 『ヘルヴィルシャイン』の双剣術が昇華していく。

 二重から、三重へ。

 さらに繋がっていき、次の領域へと、どこまでも。


 その重なった剣たちが、後退するキリストを追いかけていく。

 だが、相手の対応も早い。


「剣が重なって……、鋭い! ならっ!」


 その『半死体ハーフモンスター』を活かして、背中から三本目と四本目の腕を生やした。

 その増えた腕は複数のモンスターの特徴――獣、魚、鳥などを綯い交ぜにしたかのようで、一先ず『魔獣の腕』と呼ぼうと思う。


 その新たな『魔獣の腕』にもキリストは、それぞれ氷剣を握らせて、僕の独特な双剣術を真似て、防ぎ始めた。


 おそらく、キリストは人生初めての四本腕のはず。

 常人ならば、増えた腕の扱いに『混乱』して、神経伝達が上手くいかないだろう。

 だが、生まれたときから使っていたかのように、とても慣れた様子で『魔獣の腕』を軽く扱った。


 キリストは弱っているが、まだまだ神懸かっているのは間違いない。

 それを油断なく確認して、僕たちの剣は合わせて、八つ。

 また打ち合い、互角に弾き合って、距離が少し空いた。


 ただ、もうキリストは急いで距離を潰すことはなかった。

 フッと・・・怒気を霧散させて、さらに乱れてしまった息を整えながら、ゆっくりと言葉を零し出す。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。……ライナー、強くなったね」


 落ち着いて、称賛した。


 こういうときは、話しながら『並列思考』で、こちらの『魂の腕』を分析しているのだろう。

 いまの剣戟の間に、冷静さを取り戻した――のではなく、先ほど確認したスキル『最深部の誓約者ディ・カヴェナンター』の使用した。いや、それも違うか。おそらく、これは故意の使用でなく不慮の暴走のほうだ。

 ずっとキリストを近くで見てきたからこそ、いまのフッと炎を吹き消すような変化の意味を見逃さなかった。


「本当に強くなった。あのとき、6層で死にかけてたとは思えないほどに」

「……6層? ……それは、あんたと迷宮で初めて会った日のことか?」


 僕の質問に、キリストは「そうだよ」と頷き返す。


 6層となれば、本当に昔のことだ。

 あれはまだ僕が学院の生徒で、フランリューレ姉様たちと迷宮の浅い層を探索していたときの話――を、まるで昨日のことのように、キリストは話す。長い『未来視』『過去視』の併用生活が原因だろうが、なぜか僕も、つい昨日のように感じる。


 あの6層で巨大な蛸型モンスターに襲われていたとき。

 僕は軟体系の触手に捕縛されて、咀嚼される寸前だった。正直、死を覚悟していて、「でも、ヘルヴィルシャインの為に死ねるならば本望――」なんて自己犠牲に酔いしれていた。


 しかし、僕は生き残った。

 キリストが颯爽と現れて、まるで物語に出てくる主人公のように僕を救ってくれたからだ。


 当然のように人助けをして、何も言わずに去ろうとして――まあ、それは姉様によって失敗するのだけど――その後ろ姿は、本当に格好良かった。


 兄様のような人が他にもいるのかと驚いた。

 勝手に『理想』の一人として憧れた。


 ただ、あのときのキリストの表情を、いま冷静に思い出すと、少しだけ違う感想も生まれてくる。

 あの後、貴族に酷使される奴隷を助けたときの表情もだ。

 思い返せば、ずっとキリストは……。


「あのとき、僕を助けたのを……、あんたは『後悔』してるのか?」

「……してないよ。するはずない。ライナーという友人を得られたのは、『元の世界』と『異世界』を合わせても、最高の幸運だった」


 その質問にキリストは答えて、険しい表情を少しだけ優しくした。

 ただ、その続きの言葉で、すぐに悲しそうな顔に切り変わる。


「だからこそ、僕を選んで欲しかった……。ティアラが紡いだ『赤い糸』を振り解き、『悪感』なんてスキルものに惑わされず、この僕の味方になって欲しかった……。は、はははっ。結局、千年前から仕組まれた『運命』は、何一つ変わらなかったってことだね。ティアラの『赤い糸』さえ振り解けないライナーに、いまの僕を超えることは絶対にできないよ。絶対に……」

「確かに。あんたを僕が超えることはないだろうな。最後まで、きっと」


 断定されて、頷いた。


 キリストは心身を崩していても、その魔力は軽く僕を上回っている。今日まで模倣で集めた神懸かった技術スキルたちも、大量に所有しているままだ。もし『ステータス』を見比ることができるならば、その差は歴然だろう。


 だからこそ、僕は息切れをするキリストの前で、再確認する。

 意識を、敵でも『ステータス』でもなくて、周囲に。

 この明るい100層に広げて、話す。


「――ただ、それは一対一だったらの話だ」


 『血の理を盗むもの』ファフナーさんがいなくなり、足元の浅瀬から赤色が抜け始めていた。透き通った水に戻ろうとしている。

 この100層には、他に石畳の道と玉座しかない――が、ずっと天から眩い光が舞台を照らし続けてくれている。見れば、涙が滲む赤光だ。

 それと、耳を澄ませば聞こえる気がする歌声も――


 夜明けの海のような100層で、『血の理を盗むもの』の脈動を感じる。

 それはまるで、命の旋律を奏でるようなリズム。


 合わせて、僕もご先祖様の歩いた道の続きを、行きたい。

 赤光の『魔法』を信じて、ここにはいない少女に語り掛ける。


ノスフィー・・・・・、聞こえるか? ライナーだ。いま、キリストと戦ってる」

「…………っ!?」


 真面目に戦う気は毛頭ない。

 『理を盗むもの』戦の定石通り、基本は精神攻撃。


 その為に、あの嫌いなノスフィーの顔を思い出して、真似るように厭らしく、『話し合い』を仕掛けていく。


「あの日、キリストの為に死ねと、僕はおまえに言っただろう? そして、おまえは死んでもキリストを守り続けると決めたはずだ。……なのに、情けない。そんなに近くにいて、こんなに弱ったキリスト一人、止められないのか?」


 自分のことを棚に上げて、挑発する。

 戦場にいないノスフィーに向かって、生前のように憎まれ口を利く。


 ――当然、どこからも声は返ってこない。


 しかし、この赤光のどこかから、振動こえ幻聴こえるような気がするのだ。

 あの心底僕を毛嫌いしている少女ならば、きっと「はぁ……。相変わらず、あなたは気持ちが悪い」と、呆れながら笑ってくれる。


 と信じる僕以上に、キリストも幻聴こえているのだろう。

 いまの僕の呼びかけに対して、ノスフィーの代わりに、震えながら答えていく。


「……む、無駄だ、ライナー。ノスフィーは『持ち物』の中にいる。答えられるわけがない」

「『持ち物』? あいつが、その程度で収まるようなやつか? 少なくとも、ライナー・ヘルヴィルシャインの知るノスフィー・フーズヤーズってやつは強かで、悪辣で、根性があって……、消える直前まで一度も諦めなかった。心から尊敬して、信頼できる仲間だ。いまもな・・・・

「…………っ」


 その僕からの評価に、キリストは顔を歪ませて、口ごもってしまった。

 口元を緩めてもいた。


 二つの感情が混じっている表情かおだ。

 娘を褒められた嬉しさ。

 それと、強敵たちに包囲されている苦々しさ。


 ――頬を緩めて、眉を顰めて、惑い、泣きかけている。


 ああ、本当に……。

 『理を盗むもの』は言葉に打たれ弱い……。


 その弱点を僕は、容赦なく突き続ける。


「あの伝説の三騎士たちが、いま、こっちにいるおかげか……。悪態をつく御旗の主あいつの姿が、よく見える気がするな……。なあ、キリストには、本当に何も見えないのか?」


 思い浮かべる。


 もし、いまここにノスフィーがいたならば、きっと「ライナー、そこまで言うのならば、あなたもですよ。本気で生き抜いて、全ての『糸』を超えてください。でないと、絶対に許しませんから」と、僕を煽ってくれる。


 それと同じものをキリストも思い浮かべて、幻聴こえたのだろう。

 両の漆黒の瞳を揺らしながら、声を震わせる。


「ノ、ノスフィー……、違う! ライナーは間違ってるんだ……。あの三騎士たちが、また間違ってる……!!」


 もう間違いない。三騎士の一人だったファフナーさんの『魔法』は死後も維持されて、僕だけでなくキリストにも干渉している。


 その応援に感謝しながら、僕は手に力を入れる。

 正確には、指に嵌めた魔石の指輪たちに魔力を流し込む。


 いま、僕とキリストの持つ『理を盗むもの』の魔石は、ほぼ同数。

 単純にぶつかり合えば、所持者の力量が重要となるだろう。


 僕は魔石を受け継いだ者として、心を昂らせて、激しく燃やしていく。 

 いまの短い問答で、ローウェンさんだけでなく、他の指輪の魔石にも少しずつ馴染んできた。


 みんなの導きのまま、さらに進む。

 心の隅でライバルと思っていた少女ノスフィーに負けないように、今度は僕から駆け出し、新たな魔法を叫ぶ。


「『血と魂の共鳴』『世界を切り裂く命の双剣』! 『重なり合う輪奏を』!! ――魔法《ヘルヴィルシャイン・八重奏剣オクトクス》!!」


 僕の両腕の影にある『魂の腕』――の影で、新たな『魂の腕』が四つ増える。

 その『魂の腕』にはそれぞれ、血の剣、闇の剣、木の剣、風の剣が握られて、独立した遺志を持って振るわれ始める。


 恐ろしいのは、その全てが僕の右手にある『アレイス家の宝剣ローウェン』に引っ張られて、大なり小なりアレイス流『剣術』を伴っていること。


 二重の双剣術を越えて、いま。

 反則的な八重の刃が、一息で同時に奔っていく。


「――――っ! な、なら、こっちもだ!!」


 対して、キリストは真似る。

 鏡写しするかのように、新たな『魔獣の腕』を四つ作って増やした。

 その手たちにも氷の剣を持たせて、乱暴に打ち合わせてくる。


 ゆえに、今度の剣閃は十六だ。

 全てが神速と呼べるほどに神懸かっていて、人体の限界を超えている。


 一合の打ち合わせで100層が震える。

 空気と魔力が破裂しては、雲を吹き飛ばすような強風が巻き起こる。


 人外の剣戟だ。

 もはや、化け物同士の比べ合いだ。

 『速さ』や『技量』だけでなく、『筋力』や『体力』のステータスも含めて、何もかもが人間の限界を超えている。


 結果、当然のように僕の両腕は持たなくなる。

 いかに魔石を多く託されようとも、まだ身体は人間の範囲内だからだ。

 かつて、未熟だった僕が風魔法を暴発させていたように、生身の腕の部分が裂傷塗れとなり、大量の血飛沫を舞わせた。


 それに敵であるはずのキリストが心配して、叫ぶ。


「ライナー! 自爆戦法はやめろって、あれほど・・・・――」

あれほど言った・・・・・・・! あんた自身が言ったんだ! 気づけ!!」


 すぐさま叫び返した。


 自爆しているのは、ずっとあんただ……!

 そっちは腕の傷どころか、魂が罅だらけだろうに……。


 という従者からの反論に、主からも反論が叫ばれる。


「僕は違う! 魔法を暴走させたことは一度もない! いつだって慎重に、丁寧に、誰よりも安全に魔法を使ってきた!!」

「どこが!? こっちからしたら、いまあんたは念入りに、本当の『魔法』とやらを暴走させているようにしか見えないんだよ!!」

「…………っ!? 暴走なんてしていない!!」


 素直な感想を届けると、キリストは初耳かのような表情となり、全力で否定した。


 届いている。

 拒否されたが、言葉は通じている。

 もし、これを一か月前に言っていても、きっと主は目も言葉も合わすことすらなく、のらりくらりと『逃避にげ』ていたことだろう。


 しかし、いまならば、先んじたご先祖様や先輩たちのおかげで、キリストは話し合いから『逃避にげ』られない。


 僕は八本腕同士の釣り合った剣戟の音を後ろにして、口論を続ける。


「してる! だから、みんなが止めに来る!! 単純な話だ!!」

「単純過ぎるんだっ、みんな!! 止めてどうする!? もうノイに『世界の主』は無理だ! この『世界の主』という仕事は、いつか誰かが代わりにやらなきゃいけない!」

「だとしても! 少なくとも、あんたが一人でやる仕事だなんて僕たちは思わない!!」

「『相川渦波』しかいないと、前任者のノイが指名した! この世界の敵だった陽滝に勝利して、誰よりも強くなった僕には……! この世界の誰よりも、強くなってしまった僕には、その責任がある! …………っ!? なのにティティー、どうしてだ! 王の責務を果たしたおまえが、なぜ分かってくれない!?」


 キリストは僕と口論しつつ、視線を一瞬だけ逸らして、元『統べる王ロード』のティティーに反論した。


 ――ああ、やっぱり。一人じゃない。


 いつだって、僕たちは一人じゃなかった。

 たぶん、ノスフィーという友達に釣られて、あいつも後ろから五月蠅い声をあげているのだろう。


 庭師の仕事をしながら姉弟ごっこした仲だから、その光景が簡単に思い浮かべられる。

 馬鹿五月蠅いあいつにも合わせて、僕は続ける。


「押し付けられた力に、責任なんてあるか!! ティティーを近くで見てきたあんたなら分かってるだろ!? こんなことをするために、あんたは強くなったんじゃない!! あんたはあんたの人生を藻掻き、生きて、強くなっただけ!! 見知らぬ誰かを助ける責任は一つもない!!」

「……ないとしても! 無責任になっていいわけじゃない!! 考えろ、ライナー! その無責任な優しさが、どれだけの人間を『不幸』にするか! 想像するんだ!!」

「いつもそうやって、あんたは勝手に人の『不幸』を決めて、勝手に共感して、勝手に苦しむ!! 気にし過ぎなんだよ! あんた一人いないぐらいで、世界は終わらない!!」

「さっきからずっと……、強者の論ばかりだ!! ライナーもファフナーもみんなっ、強者だから言える! 弱者の気持ちが、まるで分かってない! 弱い人たちには、縋る『だれか』がいる! 標となる光がなければ、生きていけない!! なあっ、そうだったろう、アイド!? なのにどうして、君が首を振る!? なんでもいい! 希望の認識ひかりが必要だったはずだ! 認識ひかりとなる誰かが、弱い人ぼくたちには要る! もし、その誰かがいないのなら、作ってでも祀り立てるしかない! 自分ぼくを使ってでも、僕が作るんだ!! その道の先で、きっと『ラスティアラ』だって待ってくれている! だから、その邪魔をっ、するなぁああああっっ!!」

「…………っ!!」


 その咆哮と猛攻によって、口論も剣戟も押し返される。

 今度は僕が退く形で、距離が空いた。


 正直なところ、キリストが間違っているとは思わない。

 いつだって、主は弱き人の味方であり、正義の味方だ。


 酷く正しいが――、『矛盾』もしているのだ。

 誰よりも希望の認識ひかりを欲しがっているのはキリスト自身。

 その『狭窄』した漆黒の瞳が捉えているのは、もう『ラスティアラ』だけだろう。

 だというのに、その大切な『ラスティアラ』を蔑ろにして、全く別の道に進もうとしている。あのラグネ・カイクヲラのように、『矛盾』しながら光を求めて、上へ上へ登り続けては、『頂上』にいるはずの大切な人を見失って、捜し直そうと飛び降りて――


 ――今度こそ、止めてくれ。俺の代わりに。俺の主を。

 という振動こえを、指輪のファフナーさんから感じる。


「キリスト、もっと周りを見ろ……! 本当に、もう自分しかいないと思うか!?」

「ははは……、みんな同じことを言うね。でも、ちゃんと見えてるよ。いま、目の前にライナーがいる。君が『世界の主』の代わりをできない未来も、しっかりと僕には視えてる」

「ああ、できないんだ。……僕一人では・・・・・、何もできない。それは痛感してる。だから、ずっと僕は頼ってきた。これからも、頼るんだ。こうして――」


 僕は白翠の指輪に働きかけて、「繋げてください、先生」と強く祈る。


 その頼る魂は、ずっと身近に感じていた。

 いつだって、「ライナーは一人ではない」と見守ってくれていた。

 その『繋がり』が、魂が身近な100層のおかげか、誰かのおかげか。いま、太く濃く黒い線・・・となって、さらに深まっていくのを感じる。


 いましがた僕を援護してくれたアイド先生を通じて、その人の名を魔法として呼びたい。

 彼女は一年前、アイド先生と二人旅をしていた。

 『魔石人間ジュエルクルス』の研究院を潰して回っては、『ヘルヴィルシャイン』のように各地で手助けをして、ついに。この100層でも――


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る