488.ヘルヴィルシャイン



 カナミさんの基礎魔法の連発。


 どれも単純な効果だが、『理を盗むもの』たちの力が乗ることで、全てが属性魔法として極まっている。

 俺の継ぎ接ぎの身体では、後退して避け続けるのも限界があった。


 徐々に魔法が捌き切れなくなっていく。傷はなくとも出血していく俺に向かって、カナミさんは先んじて降伏を促してくる。


「どうだ、ファフナー……! もう負けを認めろ……!」


 どうだと聞かれれば、強い。

 理不尽に強い。

 こちらだって何人分もの『理を盗むもの』の力を持っているのに、一瞬で防戦一方になってしまった。


 やはり、カナミさんは余裕がなくなればなくなるほど、強い。

 それは間違いない。

 ただ、その強さの代わりに、もう俺に「戦いにならない」という感覚は全くなくなった。

 次元が違うという絶望感もない。


 ――ただただ、合っていく・・・・・のを感じる。


 目と言葉と力だけでなく、戦いも合うのならば、このままで俺はいい。

 むしろ、この流れがいい。

 だって、俺は一人じゃないと、いま視界に・・・――


「はぁっ、はぁっ――合わせて、空に触れる』『空に爪を突き立て、私は世界あなたを掻き切った』『見上げて瞠れ――」


 先んじて降伏なんてするはずない。

 負けを認めず、歌い続ける。


 俺は余裕がなくなればなくなるほど、『魔法』に集中した。

 その俺の返答に、カナミさんは顔を歪めていく。


「ま、まだ『詠唱』を……!」

「――いま肉裂いた空から、血の雨を降らせる』『空に声を届けても、私は世界あなたに救われない』『血塗れて祈ろう。いま血の雨を浴びて、魂の歌を響かせる』!!」


 赤光の歌を強め続ける。


 防御魔法を構築する魔力すら惜しんだ。

 ゴーストの『魔人』の力を活かして、『グリム・リム・リーパー』のような攻撃の通らない類の逸話を読むこともしない。


 信じたからだ。

 同僚の騎士であるローウェンとティーダの二人ならば、この理不尽な基礎魔法の連続を耐えてくれると信じて、防御を魔石たちに任せ切って、俺は歌い動き続ける。


「い、嫌がらせを! だが、その歌は僕に効かない! 効かないんだ!!」


 嘘だ。

 カナミさんは強まり続ける《生きとし生きたヘル・ヴィルミリオン・赤光の歌ローレライ》の影響で、その瞳を何度も揺らしている。 

 その嘘と視線の動きが、正解だったと答え合わせしてくれる。


 そして、ついにカナミさんは耐え切れないといった様子で、異形の腕で頭を抱えた。身体ごと喉を震わせ、幻聴に対して言い訳を重ね出す。


「ラ、『ラスティアラ』……!? す、好きだ……! 愛しているからこそなんだ。『ラスティアラ』が好きだから、僕は……!!」


 ラスティアラ・フーズヤーズは『持ち物』の中で、魂の繋がりは断絶されているはず。けれど、彼女ならば、この幻聴に合わせて――いや、このローレライの歌を面白がって、乗っかり、同じ旋律ことばを口ずさむだろうと、カナミさんは愛しているからこそ確信してしまい――次元の断絶を超えて、祝福こえが届き続ける。


 流石は、カナミさんとラスティアラ様。

 素晴らしい信頼関係だ。

 感動している。そういうところが、大好きだ。


 歌が効いていると確信できた俺は、一時『詠唱』を緩めて、俺自身の肉声でも揺さぶりにかかる。


「はぁっ、はぁっ……! 大好きぃ……? そうだな、カナミ! 俺たちもカナミのことが超好きだぜ!? じゃないと、世界中を『幸せ』にする儀式をぶっ潰しになんて来るわけねえ! なあっ、いまなら、よく聞こえるだろ!? みんなの振動こえがよぉ! 上からも、下からも!!」


 俺から好意をぶつけられたカナミさんは顔を歪めて、一時基礎魔法を中断してでも、強く拒否する。


「はぁっ、はぁっ……、ファフナー! 『ラスティアラ』の好きを、みんなの好きと一緒にするな! 僕と『ラスティアラ』は、『たった一人の運命の人』同士で特別! たった一人同士だったからこそ、真実の愛を得た! 『作り物』だった僕たちにとって、やっと『本物』の『証明』となった!! もう僕たちは僕たち以外いなくてもいいほどに、完璧で特別なんだ……!!」

「くははっ、たった一人に拘るなぁ!? だが、それは妹の作った『理想の兄さんの設定』ってやつだろうがよ!! なにより、たった一人同士だけで、『本物』って言えるか! 祝ってくれるみんなを『なかったこと』にして、なーにが真実の愛の『証明』だ! 二人だけしかいないから二人で落ちていく『たった一人の運命の人』なんて、ただの消去法! 張りぼてだ! ……ああっ、悲しいけど、張りぼてだったんだよ!!」

「張りぼてじゃない! たった一人同士だけが、『本物』の愛を育む! 愛し合うたった一組だからこそ、物語だって綺麗に完結する! だから、『僕の世界』に残るのは『ラスティアラ』だけでいいんだ! こんな最低なぼくを好きになってくれるような奴は、彼女だけで十分すぎる! ……みんな、騙されるな! こんなやつを好きだなんて、おかしいんだ! どう考えても、狂ってる!! こいつは所詮、演技ばかりの裏切り者! 嘘つきゆえに、失敗を繰り返す愚か者! この男の罪は『なかったこと』にすることでしか、清算できない!! だから、もうっ!! 僕の邪魔をしてくれるなぁああああ!! ――《【ウッド】》ォオオ!!」

「くはっ、くはははっ――」


 俺の言っていることは、自他が混ざって、ぐちゃぐちゃだ。

 だが、さらにぐちゃぐちゃのカナミさんの反論に笑った。


 そして、カナミさんは苦渋の早口の果てに、一つの基礎魔法に渾身の力を込めた。

 硬い防御に特化した相手ならば、その鎧を貫くことよりも拘束したほうがいいと判断したようだ。

 俺が歌だけに集中したように、木属性の魔法《ウッド》のみに全ての魔力を注ぎ込んでいく。


 有効だった。

 いかに俺でも、一瞬で足元から地の果てまで森林が生え広がれば、もう後退する先はない。


 物理的に剣で斬り払えない量の根が襲い掛かり、ついに四肢に絡み付かれる。


 脱出できない。

 力が入らないどころか、もう継ぎ接ぎの身体は崩れる寸前だった。

 俺は木の根の捕縛を受け入れながら、いまのカナミさんの言い分を噛み締める。


 カナミさんは俺と同じで、ぐちゃぐちゃだ。だが、狂ってはいない。ついさっき地獄を潜ったことで、よく理解できる。

 さらに、深く共感もしていく。


 ただ、その間に、カナミさんは世界の果てまで続く無限の根っこを魔力の粒子に戻した。さらに、その全てを俺に絡み付く《ウッド》だけに集中させる。


「やっと、捕らえた……。もっと強く縛りつけろ。――《【ウッド】》。はぁっ、はぁっ……」


 脱出できないように、その木の根に【木の理】をしっかり乗せてから、一呼吸つこうとする。

 しかし、セルドラさんと俺との連戦で、乱れ切った息は中々整わない様子だ。


 『半死体ハーフモンスター』となって安定させた身体も、俺がしつこく歌い続けたせいか、また境界線が曖昧な状態に戻り、魔力の粒子が零れ始めている。


 歌が効き、十分に浸透したのを確認して、俺は感想を聞く。


「ああ、とうとう捕まっちまったな……。それで、俺たちの歌はどうだった? ……俺の話は楽しかったですか?」

「はぁっ、はぁっ……。た、楽しいわけない。本当に厄介だった。けど、これで僕の勝利だ。……ファフナー、君は精神攻撃に偏りすぎた。ゴーストの『魔人』の伝承の力に頼れば、もっと有利に戦えたはず――いや、どっちにしろか。いまさら、この程度の強敵ボスに、僕が負けることは絶対にない。全ての物語を終わらせた僕は、一つ上の次元に至ってるのだから……」


 カナミさんは勝ったあと、癖のように相手に助言して――すぐに自分の目的を思い出して、早口で首を振り、拘束された俺に近づいてくる。


「ファフナー、君は確かに『本物』の『血の理を盗むもの』だった。しかし、その『本物』の魔石は、『計画』通りに僕が受け継ぐことになる。――《ディスタンスミュート》」


 目の前に立ち、その異形の右腕を持ち上げた。


 魔石を奪う魔法を唱えたことで、その腕が――いや、全身から紫の『魔の毒』の粒子が零れ出して、蜃気楼のように揺らめいた。

 基礎魔法は乱発できても、まだ上級魔法を制御し切れていないようだ。


 その限界まで不安定となったカナミさんの身体に、俺は笑みを深める。


 セルドラさんとの戦いで『半魔法』が崩れた。

 応急処置した『半死体ハーフモンスター』も、いま崩れていっている。


 ――ああ、またさらに、弱ったぞ・・・・


 その成果に俺は安心して、看取った憧れの人と同じように、最期の『詠唱』を詠みたい。


「……『その亡霊は探し続けた』、『幼き日の眩い幻影を』。しかし、出合えない。『人は救いを待つのではない、いつか救える自分になる』からだ……。『魂を繋ぎ合わせる血』の続く限り、俺たちが救いの神となる……」

「そ、それは……」


 『詠唱』を聞き、カナミさんはトラウマを刺激されたように、目を見開いた。


 勝利を確信している人の顔じゃなかった。

 その情けない表情のおかげで、戦っている間ずっと視界に映っていた・・・・・・・・彼女・・の奇襲は成功すると、確信できてしまう。


「くはは。なーにが『計画』通りだ、カナミィ。本当の戦いは、これからだぜ? 俺たちの血は、ときに途絶えて、分かれもしただろう。しかし、だからこそ複雑に絡まり、繋がり、どこまでも続くんだ。いつかカナミに、届くまでな」

「…………っ! ――魔法《ディメンション》!」


 その俺の視線とセリフから、カナミは自分の『紫の糸』で作った流れでなく、別のものを感じ取ったのだろう。

 急ぎ、解除していた次元魔法を広げた。


 身体を動かして、いま俺の見ている先に、その漆黒の双眸も向けた。


 だが、遅い。

 俺相手に集中し過ぎた。

 何も視たくない幻聴きたくないと、歌から逃げるように《ディメンション》まで切って、『逃避にげ』た。


 そして、基礎魔法の連発という楽な戦術を選んでしまった。

 これは、あなたの数々の怠慢と失敗から生まれた隙――


 その隙を突き、100層に響く少女の咆哮。


「潰れろぉおおおお!! ――魔法《グラヴィティ》ィイイ!!」 


 紡がれるのは、星属性の魔法。


 まず俺の視界が、がくんっと。

 上から下に、大きく傾いた。


 拘束された身体が急激に重くなり、強制的に頭部を俯かされたのだ。

 身体の骨が複数折れて、四肢が千切れかける。

 ただ、おかげで俺に伸ばしていたカナミさんの《ディスタンスミュート》の腕も強制的に下ろされる。


 俺もカナミさんも巻き込んだ魔法だった。

 その容赦のない魔法使用者を、カナミさんは認識して、名を叫ぶ。


「――ノワール・・・・ちゃん!? 一体どこから……いや、こんなときに面倒な魔法をぉっ!!」


 俺とカナミさんの視線の先には、今日、出発前に俺と協力を約束した少女。

 現代に生まれた『血術』の結晶、黒の『魔石人間ジュエルクルス』ノワールの姿があった。


 五十メートルほど離れたところに立って、両手をかざしている。

 はっきり言って、その闇に溶けるような黒尽くめの恰好は、100層で目立っていた。


 なにせ、いま100層は赤光で一杯だ。

 彼女の接近に、俺が気づくのは当たり前だった。


 ただ、カナミさんは違う。

 俺からの精神干渉を少しでも減らそうと、目を細めていた。100層を「暗い」と表現していたことから、その装いが保護色になっていた可能性も高い。

 その上で、俺は全力で歌い続けて、気を惹き続けた。

 赤光を操作して、魔法的に後方を見えにくくもした。


 色々な要素が噛み合ったのだと思う。

 だから、このいい流れ・・・・を作ったのは俺だけじゃなくて、ここに至るまでの全てだ。

 その全てに、俺は心から感謝したい。


「……来てくれて、……ありがとう」


 そう小さくお礼を零すと、遠くのノワールが100層の重力を操作しながら、叫ぶ。


「礼はあと!! 私はあなたがカナミとるなら、援護すると言った!! 何よりっ、どう見てもっ、このチャンス!! 逃すほど、私は馬鹿じゃない!!」


 彼女の言葉通り、弱りに弱ったカナミさんは苦しみ、歩くことすらままならない状態だった。

 重力の魔法によって、確かに動きが鈍っている。


「……くっ! そ、相殺させろ、ラグネ! ――《グラヴィティ》!!」


 カナミさんはノワールへの接近を諦めて、全く同じ魔法を使った。


 多くの属性が複合した星魔法とはいえ、《グラヴィティ》も基礎魔法だ。

 先ほどまでの戦いと同じように、体内の魔石から乱雑に魔法を引き出し、相殺しようとする。


 おかげで、俺の身体も少し楽になる。

 木の根が肉に食い込む程度で済み、二人の魔法の衝突を最後まで見守ることができそうだった。


「――魔法《グラヴィティ》ィイイ!! 負けるなぁああ!! 負けるなぁっ、私ぃ!!」

「――っ!? ど、どうして、ノワールちゃんがここまで強い魔法を……!?」


 《グラヴィティ》は拮抗していた。

 カナミさんの動揺から、本来ならノワールは一瞬で片付けられる相手だと『計画』されていたのが分かる。


 いかに『魔人返り』した『魔石人間ジュエルクルス』とはいえ、この迷宮100層の戦いに真っ向から付いて来られるはずがない。はっきり言って、戦力外――と、そう俺も思っていた。


 その答えは、すぐに彼女の口から叫ばれる。


「ぐ、ぐぅうううっ!! ティアラ様!! お願いします! 私に、もっと力を! 必ず『契約』は果たします! だから、この異世界からの侵略者を追い払う力を、もっと!! 最後の最後に一度だけ、このムカつく男に勝たせてください!!」


 かつての聖人に、応援を呼び掛けた。

 すると、足元の浅瀬に綺麗な波が生まれて、緩やかだけど小さな流れがノワールに向かい始める。


 その現象に、カナミさんは驚き――しかし、徐々に疑問が氷解した表情に変わっていく。


「ティアラッ!? いや、もういるはずがない……! なら、ノワールちゃんがあいつに身体を貸したとき、魔法《レヴァン》の術式を譲り受けていた……? よ、良かった! まだノワールちゃんの心は折れてなかった! ずっと逃げていたのは、この横取り・・・する瞬間を狙っていたからか!!」

「よ、良かったぁあああ!? はぁあああ!? やっぱり、その私を見下した態度! いつも自分こそが主役で、他は救済相手と思ってる顔! そういうところが、本当にムカつくんですよ!! というか、横取り・・・はそっちでしょう!? 100層ここにある無限の魔力は、私たちの星の力の結晶!! それさえあれば、『聖人』どころか『世界の主』にだってなれる! その私たちの一番美味しいところをぉ、他所からきた『異邦人やつ』が勝手にぃいい、手を付けるなああぁ!! それは私のものだぁあああ、侵略者めぇええええええ――!!」


 二人は叫び合い、魔法《グラヴィティ》の押し合いをする。


 その最中、明らかにノワールは100層から地上まで広がる巨大魔法陣の《ライン》に干渉していた。

 なので、厳密には地上うえの『終譚祭』によって得られる魔力の奪い合いだ。


「お、美味しいところって……! ノワールちゃん! ここに溜まる力は全部、危険な『魔の毒』だ! ただ吸収すればいいって話じゃない! 慎重な濾過と循環が必要で――」

「『魔の毒』なんて、私は知らない! どう考えても、ここに溜まる力は全部、私たちが生きた証! 私たちの星の大事な『魔力・・』でしょう!? 勝手に毒扱いするなぁああ!!」

「…………っ! 呼び方はどちらにせよ、この量は僕にしか循環させられない! 君が手に入れても無価値どころか、害にしかならない!!」

「そうやって、すぐ!! 他人には出来ないって決めつける!! 舐めるな! 私たちの世界のことは、全部私たちで出来ます! おまえみたいな余所者に、勝手に心配されて、横から手を出される筋合いは、一つもないっ!!」

「…………っ!!」


 言い切られて、カナミさんは口ごもった。


 彼女の言い分に一理あったからだろう。

 なにより、『現在』と『未来』を本気で生き抜こうとしているノワールの叫びは、『過去』に囚われがちな俺たち『理を盗むもの』に特効だった。


 だから、すぐにカナミさんは――


「ノ、ノワールちゃん、君は遠くにいるんだ! ティティー、遠くに連れて行ってやってくれ!! ――《ワインド》!!」


 会話を拒否して、別の基礎魔法を同時構築した。


 俺相手のときと違い、ただ風を生み出すだけの魔法だ。

 それでも、膨大過ぎる風は重力の押し合いに束縛されることなく、カナミさんからノワールに向かって吹き抜けていく。


「ま、まだ! まだ私は言い足り――ぁああぁあああああっ!!」


 器用なカナミさんと違って、ノワールは二つ同時に魔法を使えない。

 魔法《グラヴィティ》に集中していた無防備な身体は、あっさりと吹き飛ばされるしかなかった。


 風の手のひらに優しく掬われるかのように、ノワールの身体は見えなくなるまで遠くに運ばれていく。


 明らかに気を遣った魔法だった。


 ――急なノワールの登場でペースを崩されて、カナミさんの素が・・漏れ始めているのを感じる。


 結局、セルドラさんと同じだ。 

 余裕がないから気を遣えないなんて、口だけ。

 女の子相手には格段の気遣いをする格好つけなのだ、彼は。


 俺の憧れの『理を盗むもの』たちと、本当にカナミさんは同じ。

 ただ、あの『理を盗むもの』たちの弱いところを余すことなく全部、持っているからこそ、いま――


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。よ、よしっ……!」


 カナミさんは一息ついてしまう。 

 まだ《ワインド》の風は吹いているというのに。

 《グラヴィティ》によって更に崩れ出した身体の状態を、急いで確認・修復しようとしている。


 俺は「くははっ」と笑うのをこらえる。

 だって、知っていた。

 ノワールはソロじゃない。

 パーティーで行動している。


 だから、容易に次を予測できる。

 この100層に残った『風の理を盗むもの』の《ワインド》を――その大切な『繋がり』を、あの偉大な王から指南を受けた騎士ならば、必ず手繰る。


「――魔法《ワインド・風疾走スカイランナー》」


 風のように、どこからか。

 その魔法名は100層に響く。


 それはノワールが《ワインド》で運ばれていったのと、ほぼすれ違いだった。

 カナミさんが一息ついた完璧なタイミングで、その騎士は現れる。


 俺の幼少期に似た金髪碧眼の騎士だった。

 その短い髪を靡かせて、いしゆみで放たれたように一瞬で、遥か彼方から飛来して来る。しかも、本来ならば逆風であるはずの100層の《ワインド》を利用して、彼は『加速・・していた・・・・


 それは考えられる限りの最高速度。

 その疾風の如き登場を予測していた俺は、なんとか目で追うことができた。


 白を基調とした軽鎧と軽兜の騎士は、腰に双剣を佩いていた。

 俺と同じく、双剣騎士の姿に近い。

 だが、厳密には少し違った。

 騎士は、三本目の剣を片手に握っていた。

 纏う風と同じく、翠色に輝く魔剣が、すでに振りかぶられている。

 そして、その剣先の狙いも、俺と同じで――


「キリストォッ!!」

「――――っ!?」


 騎士はカナミさんの現代での偽名を叫んだ。

 一息ついていたカナミさんは、慌てて彼の剣を避けようと動く。


 何を狙われているのかを察知したのだろう。

 迎撃ではなく、安全を期しての回避を選んだ。


 ――そして、飛び込んで来た騎士とカナミさんが、接触する。


 刹那の剣戟が起こった。

 100層の赤光の中、木の根に四肢を束縛された俺の前で。

 末裔の騎士ライナー・『ヘルヴィルシャイン』の剣閃が煌めいた。

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