478.産まれながらの棄権者
なぜだ?
なぜ、地獄に戻った……?
99層は広いだけで、何もない空間。
迷宮らしい仕掛けがあるとすれば、血の底なし沼一つのみ。
その中に、あえて。
いま抜け出したばかりのファフナーが、自ら飛び込んで、戻っていった。
あの先は、
かつて俺が生んだ地獄の一つ、ファニアの『最下層』そのものが待っているはずだ。
しかも、『血の理を盗むもの』の【二度と戻らない】という悪趣味なルールまで足されている。ファフナーならば、その恐ろしさは誰よりも分かっているはず。それなのに、なぜ――
「お、おかしいぞ、ファフナー……。俺を恨んでいないのか? それとも、狂ったのか? とうとう本当に狂ってしまったのか?」
そう思わざるを得ない行動だった。
そして、そのファフナーに合わせて、俺と戦っていた敵グレンも動く。
後退しながら、
「ファフナー・ヘルヴィルシャイン、感謝する……。これで心置きなく、僕もセルドラを追い詰められる……」
グレンの言葉から、戦意を感じた。
俺の揺れる心が少し持ち直す。
俺を殺すために、最後の力を振り絞ってくれるのかと期待したからだ。
――しかし、目に映るのは全く逆の光景。
グレンは血塗れで後退しながら、『魔人化』を解除していた。
異形化した部分が、変形して人間に戻る――ことはなく、ドロリと液状に溶けてから、魔力の粒子と化していく。
「な、何を……!? 一体おまえらは、何をしている!? どこへ行く!? グレン・ウォーカァアアアア!!」
いま、グレンの命を保っているのは、『魔人化』の力に他ならない。
モンスターの生命力を失えば、心臓のない人間は生きていけない。
しかし、迷いなく『魔人化』を解いた。
そして、その後退った分だけ、真っ赤な道を地面に塗っていく。
出血量が尋常じゃない。
『魔人化』の解除による損傷以上に、ぽっかりと空いた心臓の穴から、どうしようもない血液が大量に溢れ続けている。
ま、不味い……。
不味い、不味い、不味い……!
命の限界を超えている。
延命が必要だ。
ガキだった頃の俺には不可能でも、いまならば他者の回復くらいはできる。
すぐに俺が駆け寄って、触れれば、今度こそ間に合う……!
「……くっ!」
しかし、動き
依然として身体に『黒い糸』が絡まっているままだった。
グレンの『魔人化』は解かれて、身体が崩壊しているのに、両腕から伸びた『黒い糸』だけは維持されている。
無茶苦茶だ。
意識的に、虫の翅だけを残しているようだが、そんなことをしては『人』と『モンスター』の境目が壊れる。
普通の人間の肉体が、モンスターの器官を持てるわけがない。
その自殺めいた愚挙を咎めるべく、俺は叫び止める。
「グレン!! 死ぬ気か!? こんなところで! こんな死に方は、違うだろう!?」
それを聞いたグレンは、後退の足を止めることなく、首を振る。
「いいや、違わないよ……。セルドラ・クイーンフィリオン、僕たちが綺麗に死ぬ資格なんてあると思うかい? 『生まれ持った違い』なんてものを言い訳にして、人を殺してきた僕たちが? 最後は満足に、望みを叶える? ……あってはならない」
グレンは拳を握り込み、その翅を引き締めて、逆に俺を止めた。
見事な捕縛――だが、一切震わせない。
いま俺は絡み付いた『黒い糸』から抜け出そうと力を入れているのだから、あとは少し震わせるだけで切断できる。
なのに、グレンはファフナーが去っていった血溜まりを見つめ続けて、呑気に呟く。
「聞こえるんだ、
「馬鹿が!! 聞こえるわけあるか! あの
「いいや、これが本当の死者の声だったんだ……。スノウさんの言う通り、みんなは僕を許さず、離さず、呪い続けてくれている……。おまえなら
こちらを見させようと叫び否定したが、グレンは聞く耳を一切持たない。
仕方なく俺は、本気の力を全身に込めて、その下に向かおうとした。
俺の竜の皮膚ならば、鉄線だろうと何だろうと千切れる――
「…………っ!?」
はずだった。
『黒い糸』は千切れない。
ありえない。おかしい……。
いかに特殊な『魔人』だとしても、たかが虫の翅だぞ……?
触れるだけで裂けるほどに脆いはず。
その翅に、
俺は困惑と共に、翼も尾も含めて目一杯に身じろぎして、脱出を試みる。
その間も、グレンは話し続ける。
「もう楽な道は止めよう、セルドラ。いつか悪い自分を『英雄』が殺しに来てくれる……。可哀想な家族は、誰かが代わりに助けてくれる……。そんな都合のいい『夢』からは、覚める時間だ」
「ゆ、『夢』じゃねえだろっ! すぐ手の届くところにいる!! すぐそこに、叶えてくれる神がいるだろうが!!」
図星を突かれて、俺は咄嗟に言い返した。
そして、視線を『最深部』に繋がる扉に向ける。
その先に『悪竜』を討伐してくれた都合のいい『英雄』は存在する。
そう必死に示す俺だが、返ってくる答えは柔らかく、冷たい。
「カナミ君は、ただの鏡だ。嫌われるのに臆病な少年が、無理して演じているだけだ。余り押し付けるな」
「…………っ!」
何も言い返せなかった。
しかし、ここで急に『黒い糸』が緩む。
俺の頑強な皮膚に触れた『黒い糸』が、溶けるように千切れ出した。
これで動ける。
だが、それは『黒い糸』さえ維持できないほどにグレンの状態が、
俺は急ぎ、消える『黒い糸』の拘束を振り払い、後退るグレンを追いかける。
「グレンッ!!」
「――魔法《ブラッドロータス》」
その俺を止めようとする魔法が唱えられた。
当然、全て無視して、俺は突っ切ろうとする。
だが、がくりと。
足首を掴まれたように、引っ掛かる。
「…………っ!?」
俺の本気の歩みが止められるのは、長い人生でも稀な感覚だった。
困惑しつつ、下に視線を向けると、グレンが出血で塗った赤い道に――蓮の花の形をした赤い水晶が地面から生えて、花弁がモンスターのように俺の足に噛みついていた。
水晶の花……?
ち、地属性の魔法か……!?
グレンは地属性の魔法を唯一使用できると、クウネルから情報を貰っている。
だが、ここまで見事に研ぎ澄まされたものとは聞いていない。
いや、そもそもだ。いまの状態で、どうしてこんなに硬くて強い魔法を使える? 状況と色からして、血の複合か? まるで『理を盗むもの』のように強固な魔法だ。一度『血の理を盗むもの』代行者となり、特殊な術式を得た? ならば、『代償』は命? それとも、人生? とにかく、不味い。本当に不味い……。こ、このままでは……!
「ああ。このまま、僕はモンスターとして死に、魔石となる」
頭の中の忙しない思考を、グレンに読まれた。
驚き、視線を向けると――血塗れで嗤いながら、涙を流している男の姿。
「…………っ!!」
こちらも少しだが、グレンの思考を読めてしまう。
だって、同じだ。
俺も同じだから、分かる。
「な、泣くのは……、まだ許されないと思ってるからだろ? 許されずに、地獄へ落ちるのが怖いんだろ? 楽に死ねる場所まで、あ、あと少しなんだぞ……? なのになぜ、わざわざ苦しみながら、死のうとする? 早まるな、グレン……」
「だからこそ、その『最悪』がカナミ君の『計画』を超える。……これから、僕もファフナーも
「つ、継ぐ……? 俺が、何を?」
「『本当の英雄』を」
グレンは後ろで倒れている妹スノウに、視線を向けた。
あの末裔が『本当の英雄』の意志を継いでいるというのは、よく分かる。
だからこそ、俺が継ぐというのは、一切分からない。俺ほど相応しくない男はいない。
「ああ、おまえは誰よりも相応しくない……。だからこそ、誰よりも苦しい道になるだろうな……」
「待て。お、俺は、敵だぞ? なのに、継ぐ? さっきからおかしいと……、何もかもおかしいと、思わないのか?」
震える声で否定し続ける。
グレンは後退し続ける。
もはや致命傷を超えて、死に体も超えている。
しかし、尋常ではない精神力と戦意によって動き続ける――というのに、俺への殺意だけは一切なかった。殺したいはずの俺に向かって、グレンは話し続ける。
「セルドラ。おまえが継げば、やっと逃げ道がなくなるんだ。……僕は魔石となって、
怨敵を恨むように苦々しく――しかし、同じ『
許されない俺たちは、誰よりも楽じゃなくて苦しい道を選ぶべき。
だから、「一緒に地獄で『不幸』になろう」と、その
「や、
「ああ、もう逃げるのは
その視線が「行け」と、『最深部』に繋がる魔法の扉に向いた。
訳が分からない。
本当に、グレンの言っていることがわからない。
だから、俺は怯えた。
後退して後退していく死にかけの男に、身が
そして、ついに死にかけの男の無理は祟り――
「逃げ、るな……。誰かじゃなくて、自らが、行くしかない……、『
途絶える。
同時に、グレンは後ろに倒れ込んだ。
妹スノウの下まで辿りつく道半ばで、血塗れの身体を横にした。
動かない。
その倒れた身体から、血溜まりが広がって――それ以上に、大量の光の粒子が昇り始める。
モンスターを魔石に変える術式が、迷宮全体には施されている。レベルダウンの応用で、死した生物の『魔の毒』を残さず浄化して、星の循環に組み込んでいくのだ。
その影響で、99層に張り巡らされた『黒い糸』が全て消え始めた。
俺の足を固めていた赤い水晶も、脆く砕け散る。
それはつまり、いまグレンはモンスター扱いされて、死んだということで――
「……は? …………、……は?」
し、死んだ……?
いま、俺の目の前で、グレンが……?
実感が湧かなかった。
俺はやっと解放された身体を、ゆらゆらと歩かせる。
赤い水晶の花の道をパキパキと踏んで、辿った。
拘束する魔法や『黒い糸』さえなければ、すぐに辿りつく。
まだ生きているだろうと俺は楽観して、手を伸ばして――血溜まりの上にある冷え切った身体に指が触れて、背筋が凍る。
「――――っ!! あ……、ぁ、ぁあぁああ……」
もう手の施しようがないと、長い経験から分かった。
だからこそ、俺は歩き出せたのだと分かって――何も分からない怒りによって、俺は声を膨らませる。
「ば、馬鹿が……! も、もっとあるだろうが……! なのに、なぜ、おまえらは、どうしていつも勝手に、いつもいつもっ、どうして!!」
喋っていると、グレンに触れた指が突き抜けた。
迷宮の術式による分解で、もう死体に実体がなかった。
「…………っ! い、
逃げるように、指を引いて、一歩後退った。
そして、震える指先を誤魔化すように、喉を震わせ続ける。
「そういう物語だった!! やっと俺は『英雄』として、命を落とせる! その命を、次代の『英雄』のおまえが受け継ぐ! さらに、いつかはおまえからスノウに受け継がれて――さらに、次から次の世代へと! 受け継がれていく『英雄』の物語!! グレン・ウォーカーは、これからの人類に必要な財産だった!! 主の『計画』では、遠い未来でたくさんの人を救うおまえの姿が視えていたんだぞ!? 逆に、俺は人類の負債だ!! いつ誰を『不幸』にするか分からない俺は、ここで死ぬべきだった! それを誰もが望んでいた! 俺に『引かれた魂』も、おまえに『引かれた魂』も、誰にとっても『理想』の物語となっていた!! それが『紫の糸』の力!! 神の導きだ! なのに、なぜ!? なぜ、背く!? 神の導きにっ、グレンッ、背くなぁああアァアアアアアアア――!!」
俺は膝を突き、両手で地面を強く叩いた。
迷宮全体を縦に揺らす。
99層の広くて硬い地面に亀裂を入れながら、全力で吠え続ける。
「ファフナー!! おまえも背信者だ!! なぜだ!? なぜ、馬鹿しかいねえ!? クソッ、お人好しの馬鹿しかいねえええぇええ!! ぁああぁあアアア゛ア゛ッ――!! っがぁああアアアアアア――ぁあっ、は、ぐっ――、がはっ!!」
全力すぎて、咳き込んだ。
息を吐くだけでなく、喉奥から生温いものが出てくる。
つまり、吐瀉。
全てを呑み込む
その俺が吐いた。
「ぐっ、ぁあっ、がはっ! ごほっごほっ――!!」
吐き、
苦しくて堪らない。
しかし、『適応』はしない。
俺の『適応』は薄まっている。それでも、生まれ持った
「ぁ、あぁ……」
目の前にあるとしか思えない。
その毒を盛った男は「地獄を生き抜け」という言葉を残した。
そして、やっと死ねると思ったのに、独りだけで残された俺は、とうとう――
「どうして、誰も俺を殺してくれない……」
それを言ってしまう。
ずっと俺は、止めてくれる「誰か」を待っていた。
どう考えても負けるのが役割である門番を受け持ったのは、そのお膳立てだ。しかし、誰も俺に勝とうとしてくれない。殺しにきてくれない。……これも『呪い』か? 『適応』のせいか? それとも、『逃避』か? 俺には二つあったからか? だから、他の『
思考が駆け巡る間も、吐き気は止まらない。
『状態異常』が自然回復しない。間違いなく、普通の『毒』でなければ、『不死殺しの毒』でもない。もっと別の儀式を経て、特別な条件を満たした毒に、いま俺は冒されている。
その治らない『状態異常』が悔しくて、俺は悪態をつき続ける。
「あぁあっ、グレン……。グレングレングレン……! くそっ、くそっ……!」
見事、
グレンは間違いなく、こちらの思惑を全て読んだ上で、俺を乗り越えて
そう。
行ったのだ。
死ねば、その魂は『繋がり』を得る。
全ての魂の貯蔵庫であり、我らが神カナミのいる『最深部』まで繋がる道を経て――
その道をグレンは選び、99層の門番セルドラを越えて、『最深部』へ
もちろん、それは言葉遊び。
弱者の屁理屈か詐欺師の戯言だ。
しかし、この戦いの結末に、先ほどから俺は敗北感を覚えて仕方なかった。
「お、俺が……? この俺が……、
そんな未来は一切なかった。『計画』は完璧。
丁度いいところで、俺は恰好良く魔石になっていいと、神に許された
しっかりと「セルドラの『最強』の魔石は、カナミと戦うときに有用だぞ」と思い知らせた上で、唯一俺と必ず『親和』してくれるグレンに託せる……という綺麗な流れが、あった……、のに……。
グレンは先読みしたのだ。
そして、俺が流れに身を任せているだけなのを逆手に取った。
だから、後に残るのは――
「…………っ!! あ、あぁあっ! あぁっ、グ、グレンの魔石がっ……! 魔石がぁあぁぁああああ……!!」
消えゆく死体の粒子の中に、赤銅色の魔石が残っていた。
それを見て、悲鳴をあげたのは、俺と必ず『親和』できる――どころか、
さらに、触れずとも分かる。
この魔石と『親和』すれば、もっと俺は強くなれる。
あの男の『黒い糸』も『不死殺しの毒』も得て、もっともっと先へ行ける。
この
お、俺が……、行く……?
ここから先……、さらなる高みへ……、俺が?
それは……、それは……!
俺の視線が、グレンが最期に見ていた魔法の扉に向く。
その先にいる神話的存在を思い出して、トラウマで身体が弱々しく震え出す。
「ぁああぁぁ……」
行けない。
相手が強いとか勝てないとか、そういう問題の話ではない。
どんなに許されない者でも、容赦なく許してくる神なのだ、あれは。
もう一度、あの恐ろしい鏡と向き合うくらいならば、俺は自決を選ぶ。
――しかし。
しかし、いま俺が自決したら、この赤銅色の魔石と『親和』できるやつが、この世からいなくなる。
「――――ぅっ! ぅうぅっ、うううぅう……」
俺は口を押さえて、膝を突き、蹲った。
グレンと戦い、傷つき、苦しみ――命の託し合いの勝負に負けて、悔しくて、とうとう一筋の涙を右目から零してしまう。
巨漢の身体を丸めて、嗚咽と共に
伝説の総大将であり、無敵の
「も、もう……、嫌だ……。どうして、俺だけが、こんな……」
子供のように嫌がった。
いますぐ、全てを投げ出したい。
――しかし。
しかし、いま俺が諦めれば、グレンの
その事実と向き合いたくなくて、蹲って、口と目と耳を塞いだ。
このまま、『終譚祭』の終わりまで、俺は逃げたい。
しかし、聞こえてくる。
地と血の底から鳴り響くのは、死者の声――
(――逃げ、るな……。誰かじゃなくて、自らが、行くしかない――)
容赦なく、
慌てて俺は顔をあげて、原因らしき血溜まりを見た。
それを作ったのは、あの哀れなファニアの少女で――
(――それで許してあげます――)
清掃員を思い出して、一回蹴られただけで許されたことも思い出した。
そんな訳あるかと首を振り、この俺が地獄に落とした少年ファフナーに意識を向ける。
(――セルドラさんは誰よりも頼りになる人だ。……きっと俺たちよりも上手く、カナミさんを助けてくれる――)
もう血溜まりから視線を逸らすしかなかった。
ただ、その逸らした視線の先には、戦場で丸くなって眠るスノウの姿。
(――私はあなたと一緒に、カナミを助けに行きたい――)
まだ生きている末裔の前向きすぎる声が、最も受け入れられない。
起きてもいないスノウに向かって、上ずった声で俺は言い訳する。
「お、おまえら……、お、おかしいぞ? 流れに任せているだけの俺に、な、何を任せられる? おまえらを地獄に落とした俺に、どうして託せられる? 絶対に駄目だ。俺は生きてるだけで迷惑なんだ。もう俺は……、だ、誰も『不幸』にしたくない……」
震えて、また蹲る。
経験から、時間で慣れて、過ぎ去ってくれるのを待った。
つまり、もう一度『呪い』の『適応』だ。いや、これは『適応』に『逃避』か? とにかく、『呪い』だ。神から頂いた『狭窄』もある。上手く『呪い』を活かせば、すぐに俺は、また普通の『幸せ』を感じられるように――
感じられるように……、なる?
本当か? 本当になるのか?
千年前、『適応』しても、嗤って愉しいのは結局辛かった。
現代、『逃避』しても、笑って楽しいのは結局苦しくなっている。
『幸せ』になればなるほど、死にたくなるだけの人生だった。
だけど、まだ死ねない。
グレンに負けたせいで、まだまだ俺は許されない。
「うぅううっっ!! ぅぅうぁああっ、あああああぁぁ……」
嗚咽を漏らした。
肩を小刻みに震わせる。
涙で、顔中をぐちゃぐちゃにする。
ぼたぼたと地面を濡らしながら、限界まで身体を縮ませる。
これならば、何もかもつまらないほうがマシだったと、楽な道に逃げた自分を後悔して、泣いた。
大の大人が、余りにみっともない。
こんな俺が、『本当の英雄』を継ぐだって? 嗤わせるな。
「ぁあぁ、くはっ、はは、ぁが、がぁっ、ごほっ――! あ、ぁあぁ……」
――限界だ。
涙を流しながら、俺は
優しい
「グ、グレン……、スノウ、ファフナー、みんな……。お、俺は、おまえらのようにはできない……。先へは、行けない……。だって、俺は……――」
ゆっくりと顔をあげた。
涙が零れないようにと、滲んだ空を見上げた。
迷宮の99層は広く高く、地上のように開けた空間で、まるで空があるように見える。
ただ、その見上げた空から、いま――
98層より上を維持していた『血の理を盗むもの』の力が解除されたのだろう。
あ、ああ……。
いま、
俺と違い、あのゴースト混じりの少年と心中できたんだ……。
だから、迷宮が壊れる……。
千年前から続いた長い血の歴史が、いま終わっていく……。
みんなみんなみんな、終わっていくんだ……。
俺独りだけ残して……、みんなだけが先に
俺は血の雨を浴び続けて、見上げ続ける。
故郷のように
――生まれを懐かしみ、俺は呟く。
それは同じ生まれのカナミと舐め合いたかった
だが、もうカナミは神様だから、俺は独りで傷口を舐めるしかなかった。
「みんな、俺は……。
血の雨に合わせて、ぼろぼろと涙が零れ続ける。
大の男が大泣きし続ける。
だって、もう慣れたはずの傷口が痛い。
毒を塗られたかのように、
本当に痛いから、吐き出すしかない。
「俺は『最強』の生物どころか、生物の欠陥そのものだったんだよ……。なのに、普通の『幸せ』に憧れちまった……。け、欠陥品だから、すぐ逃げこんだ。千年前、神様のところに「どうか、普通の『幸せ』を感じて死ねるように、この世界に『適応』させてください……」って、恥も外聞もなく、『失敗作』のくせによぉ……。情けなくも、神に許しを請いに……。祈りに、行ったんだ……! ぁ、あはっ! く、くははっ、くはっごほっがぁっ、あは、はははははっ、ごほっくははははハハハハッ!!」
泣いて、嗤って。胃液さえなくなった胃袋から
本当の『最深部』の歴史だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます