453.霊夢
こうなったのは、セルドラのおかげだ。
とても愉しそうに観劇していたようだが、当事者であることを思い出して貰う。
さらに僕は、色々なお礼に、容赦なく頼み込んでいく。
「セルドラには、『ラスティアラ』じゃなくて僕に協力して欲しい。必ず僕は、あの『セルドラ』の信じた神様になる。だから、お願いだ」
「お、俺は……」
セルドラは驚きつつ、考え込んだ。
迷っているのではない。いまのセルドラにとって大事なのは、『セルドラ』が楽しく生きることだけ。与えられてしまった新鮮な世界を前に、もう答えは出ている。だから、ここまでの情報を整理して、言葉を選んでいるだけ――と、すでに僕はわかっていた。
「俺は、カナミの味方だ。自分が楽しい人生を送るために、恩人を『世界の主』に仕立て上げることに躊躇しない。『セルドラ』は一度交わした『契約』を、決して反故にはしない……って、俺が答えるのをおまえは知ってるくせに、よく言う。陽滝みたいな確認するなよ」
「ありがとう。……陽滝と同じで、このやり取りが大切なんだ。セルドラは義理堅いからね」
一度交わされた『契約』は、履行されていく。
僕の目の前で、セルドラに追い詰められた僕に追い詰められたセルドラが、嗤いながら愉しみ、悲しみ悔やんでいた。
それを彼自身も確認して、視線を彷徨わせていく。
「くはは……。おまえの味方ってことは、これで俺も晴れてラスティアラの物語の『敵役』か? ラスティアラの応援に来て、これだからな。ほんと失敗ばかりの人生で、嫌になるぜ」
ラスティアラを探しているようだが、もうどこにもいない。
僕は首を振ることで、それをセルドラに伝えた。
その事実を受け止めた彼は、深い溜息をついてから、交わした『契約』の詳細を詰めていく。
「それで、カナミ。これから、一体どうするつもりなんだ? 俺は何を手伝えばいい?」
「基本的に、何も変わらないよ。いままで通り、『理を盗むもの』たちの魔石を集める。『最深部』へ行く前に十個集めないと、あそこに溜まっている『魔の毒』は扱い切れないからね。……そういうルールだ」
その意味はわかっているので、急いで続きを説明していく。
「もちろん、セルドラはそのままでいい。いま確認できている『理を盗むもの』に相当する魔石は『ティーダ』『アルティ』『ローウェン』『アイド』『ティティー』『ノスフィー』『ヘルミナ』『セルドラ』『陽滝』『ティアラ』『ノイ』。それと一応コピーができるって意味で『ラグネ』と『僕』。計十三個だ。十個で十分だから、セルドラが魔石になる必要はない」
僕の身体には九個入っているので、あと一つ必要だ。
『未来視』した『計画』では、『血の理を盗むもの』のヘルミナさんを回収して完了となる。だが、候補の一つであるセルドラは気が気でない様子で嗤う。
「優しいフォローが身に沁みるな。俺から奪えば、手早いだろうに」
「そんなことしないよ。人の身体にあるものを無理やり奪うのはよくないことだから」
本心から、そう言う。
けれど、当然ながら、セルドラは本心からのものとしては受け止めてくれない。
「くはは。望んで差し出すようにも、できるくせによ」
心外だった。
いつだって僕は誠実で、絶対に嘘をつかない。そう力強く言い返したい。
けど、それがもう嘘だから、諦めて本を捲るしかない。
『誰もが幸せになれる計画』を次の頁に進めて、そこに書かれた名前を目で追いかけては、読む。
「ただ、その魔石集めと並行して、新しい仲間も集める。『最深部』に到達したあと、魔法の分析や開発をする間、僕は隙だらけになる。セルドラ以外にも、迷宮を守ってくれる仲間が欲しい」
仲間は必須だ。相川渦波を『なかったこと』にしようとしているのを知られれば、横から魔石を奪おうとする人物は必ず出てくる。
ぱらぱらと頁を捲りながら、新たな仲間の候補者たちを確認していると、セルドラが聞いてくる。
「いや、俺さえいれば、もう敵はいないだろ? 広範囲に守りが必要なら、適当に迷宮をモンスターで一杯にすりゃいい」
「セルドラ、一人で出来ることには限界がある。僕たちは全員を『幸せ』にするんだから、頼れる人を探しておくのは大事だよ。それを怠ったら……、ほんと碌なことにならない」
経験上、十分だと思って十分だったことがないし、一人で大丈夫と思って一人で大丈夫だったこともない。
特に思い出すのは、『元の世界』での引き篭もってゲームばかりの学校生活に、『異世界』でのパリンクロンに敗北するまでの迷宮探索。
セルドラも僕と同じく、自分の人生で思い当たるところはあったようで「確かに。そうか」と頷いてから提案してくれる。
「なら、まずはディプラクラか? 『使徒』のあいつなら、カナミが世界からいなくなることに大賛成だろ。世界さえ救われれば、あとはどうでもいい派だからな。絶対仲間になる」
「ディプラクラさんは誘う。けど、絶対に仲間になってくれるからこそ、誘うのは一番最後でいいと思ってる。ディプラクラさんが最後まで焦ってくれていたほうが、上手く周りを騙せる」
「徹底するなら、そうなるか。……少し哀れな話だが」
可哀想だが、僕は最善手を取り続けるつもりだ。
パリンクロンならば、もっと狡賢く。
ティアラならば、もっと冷酷に。
陽滝ならば、もっと完璧に。
迅速に動くだろう。
だから、もう世界に敵はいなくて、未来が見えている程度のアドバンテージで、油断など決してできない。
「まずはリーパーを仲間に誘おう。あいつの次元魔法は、僕の『計画』に感づく可能性が高い。口封じのためにも、優先して接触する」
「リーパー……? ああ、かつてローウェン・アレイスに憑いていたやつか。そう言えば、いまのおまえの最終目標と、あいつは似てるな。これからのことを考えると、確かに危険な存在だ」
「うん……。それに彼女は、ラスティアラと仲が良かったからね……」
リーパーは『繋がり』という力と関わりが深い。
心が、絆が、魂が、ラスティアラと通じているのは危険だ。
みんなとも、思い出が繋がっている。
だから、仲間には絶対になってくれないだろう。
『契約』は断られて、中立の『審判役』に彼女は名乗りを上げる。
――リーパーは、ラスティアラの言った『決闘』という言葉を信じるからだ。
ラスティアラから干渉を受けている人物には、いかに上手く『契約』を持ちかけても絶対に上手くいかない。
わかっている。ディア、マリア、スノウ、リーパー、セラさん、ライナーといった今日まで一緒に戦ってきた仲間たちは、必ず『計画』の最大の障害となる。
特に、騎士ライナー・ヘルヴィルシャイン。
まるで、ここまでの物語を読んでいたかのように、『最悪』を避けるスキルを持っている彼は、ずっと目の届くところで確実にコントロールしたい。
なぜなら、僕は知っている。
弱いからこそ、よく知っている。
抗えるわけがないことに抗い、変えられるわけがないことを変える『強い人』たちが、この世にはいる。
だから、『
と覚悟を決めた僕は、顔を上げて、砂浜から見える綺麗な景色を眺める。
「ただ、向こうへ戻る前に、こっちの『元の世界』もちゃんと片付けておこうか。セルドラのおかげで、ほんと大変なことになってる。あっちに浮かんでる船とか、上手く調整しないと」
「ちょ、調整か。嫌な予感がする単語だが、片付けるってどうするつもりだ?」
「何もかも綺麗に丁寧に確実に、なかったことにする。人々の記憶だけじゃなくて、痕跡も含めて、全部ね。ということで、――魔法《ウッドクエイク・
魔法を足す。
ずっと陽滝のように『並列思考』で、遠隔魔法を自動的に発動させてはいる。
しかし、いま『ラスティアラ』を『持ち物』に移したことで、思考に大きな余裕ができた。
これからはティアラのように、意識して一点集中もできるだろう。
――例えば『過去視』しつつ、いまいる島を、僕たちが来る前でなくセルドラが来る前まで、
戦闘で削れた地形を直し、兵隊さんたちの頭の中を治し、あらゆる魔法で調整していく。
《ディメンション》の届く範囲ならば、百を超える魔法の一斉発動が、いまの僕には可能だった。
ただ、全てを白昼夢としていく僕の姿を見て、セルドラは複雑な顔で嗤う。
「俺の来訪ごと、今回の『試練』は『なかったこと』にするつもりみたいだな」
「『なかったこと』にするというより、平和的だったと上書きする感じだね。ちょっと喧嘩したかもしれないけど、僕は限界を迎えていないし、ラスティアラとも決別していない。――とてもあっさりと僕は、セルドラの『第八十の試練』を終えた。そうだよね、セルドラ?」
「……ああ、その通りだ。『無の理を盗むもの』は意外にも物分りがよく、とても平和的だった。これから俺は千年前と同じように、大国の総大将の役職を経て、人々を救う『英雄』になっていくことを決意する」
こちらの人たちとの交流が、セルドラにもそれなりにあったのだろう。
その思い出を『なかったこと』にすると言われて、彼は僅かな抵抗を覚えた。
だが、自分が世界間の戦争を仕掛けようとしていた『悪役』だったことを思い出して、『契約』に従い、拙い『演技』で頷いた。
完全に真の仲間となってくれたセルドラに向かって、僕は本を持っていないほうの手を差し出す。
「それじゃあ行こうか、セルドラ……。『契約』に従って、最後まで手伝ってもらうよ。僕が〝誰もが『幸せ』になれる魔法〟になるまで――」
「ああ、それが俺たちみんなの『幸せ』に繋がっているんだ……。喜んで、付き合うさ。カナミが『セルドラ』の祈った神に至るまで――」
握手を交わす。
セルドラは色々と諦めた様子で、真っ向から応えて握り返してくれた。
そして、その新たな旅路を祝福するかのように、二人の『異邦人』を『元の世界』の朝焼けが照らした。
――こうして、セルドラの『第八十の試練』は終わる。
陽滝の『第百の試練』から、一ヶ月も経たないうちに。
ラスティアラの魔石は『持ち物』の中に入ってしまった。
――ゆえに、いま、中に彼女はいない。
いないのだ。
これから先、まるで僕はラスティアラと魂を共にしているかのように見えたとしても、全てが偽り。
大嘘だ。
セルドラに追い詰められて、本当の意味で開花した『執筆』と『演技』の結果でしかない。
それが相川渦波の中にあった真実だったと知り、
「――
予感が的中してしまい、声を漏らす。
『過去』の真実を視た俺――本当の『
この『過去視』の直前、俺はカナミに「『ラスティアラ・フーズヤーズ』は本当に、いま、あなたの身体の中にいるのかどうか」を聞いた。
その答えは、すでにセルドラさんを相手に、一ヶ月前の時点で出されていたのだ。
――ラスティアラ・フーズヤーズは、いま、カナミの身体の中にいない。
確認して、俺の目的は完全に達成されたと言っていいだろう。
だからこそ、まだ終わりにはしない。
全力で《ディスタンスミュート》を維持する。
カナミに突き刺した俺の魔法の腕を、さらに奥へと突き進ませる。
なぜか? 端的に言うと、カナミの『誰もが幸せになれる計画』は胡散臭い。
直感で、俺は魔法を維持した。
ただ、《ディスタンスミュート》を維持する魔力の限界は近い。
時間がないからこそ、一ヶ月前の物語を急かさせる。
この後、カナミとセルドラは「調整する」という名目で、二人して『元の世界』を支配下に置いていく――が、そこは重要ではない。
その次に《
俺にとって重要なのは、その仲間集めの途中で、最大の協力者が向こうから現れることだ。
――『誰もが幸せになれる計画』の最大の協力者。
視る必要があると思った。
いまや、最後の信者である可能性が高いからこそ、その人のことを俺は知らないといけない。
それはカナミが『第八十の試練』を終わらせて、一ヶ月後。
つまり、カナミが『血陸』にやってくる一ヶ月前の。
『元の世界』でカナミが、あらゆるものを念入りに調整していたところで、ばったりと出くわす。
快晴の空に、爽やかな日差しが照りつける日。
異世界特有の石の街にある小さな喫茶店の前で、その協力者はカナミを待っていた。
(――は、初めまして。ずっと前から、視てました――)
という『声』だけが。
どこからともなく、まるで亡霊からの誘いのように聞こえた。
常人ならば恐怖しかないだろうが、カナミにとっては慣れたものだった。
迷いなく、目の前の喫茶店に入る。
たった一人で店の隅っこにある大き目のテーブル席に座り、飲み物を二つ。『こーら』と『こーひー』とやらを頼んで、腰を下ろした。
カナミが飲み物の一つを口に含んで、とても不味そうに「美味しい」と漏らす。
すると数秒後、対面の席に置かれた泡立つほうの飲み物が、誰もいないのに減っていった。
なぜか『声』が、(――ごほっ)と咳き込んでから、続きの話がされていく。
ただ、その続きは――
(あ、あの……、その、驚かな■で欲しい■ですが、ボクは――)
「初めまして。全てわかってるから、姿は見せないまま、願いだけ言ってくれていい」
(…………っ!?)
…………。
どこかおかしい。
カナミがおかしいのは当然として、その『声』から欠落を感じた。
(も、もし……、君が相川渦波を『なかったこと』にするなら、ついでにボクの名前も上手く消■て欲しい……です。全■元の歴史からノイ・エル・リー■■ールを『なかったこと』にしてください。どうか、お願いします……)
現れた最大の協力者の名前は、ノイ。
元『次元の理を盗むもの』であり、
(……もうボクは限界なんです。死んでいる■です。神頼みなんて、もう■れたくない。好き勝手、崇められ■くもない。ボクに助けを呼ぶ声は、本当にうる■くて、眠れ■くて、だから――)
「うん、わかってる。こちらこそ、救わせて欲しい。ただ、代わりに僕が『世界の主』を貰うよ。そういう『契約』でいい?」
(あ、あぁっ! ぁあ■あ■……、■あ、ぅぁぁ――)
黒い霧のかかったような会話だったが、終わったとわかる。
『次元の理を盗むもの』同士の取引は、恐ろしい話の速さだった。
出会って一分もかからず、交渉相手が感嘆で言葉を失ってしまっていた。
(うん……、その『■■』でいい……。本当にあ■がとう、カナミ君。■■に優しい言葉をかけてくれるのは、もう君だけだ。やっぱり、■■が待っていたのは王子様じゃなくて、君の■うな神様だったんだ……)
「君が何千年も頑張ったのは、わかってる。何があっても挫けず、世界を救おうと、前へ前へ前へ進み続けた君は、絶対に願いを叶えるべきだ。誰よりも報われて、普通の『幸せ』を手に入れるべきだ。……じゃないと、計算が合わない」
(あぁ……)
姿は見えずとも、ノイは『安心』したとわかる深い溜息をついた。
それは俺たちの生きていた世界にとって、歴史的瞬間でもあった。
何千年もの時を経て、いま『世界の主』の交代が決まったのだ。
それも、こんな庶民的なお茶会で、二人の意見が食い違うことは一度もなく、非常にあっさりと。
その順調過ぎる流れに驚き、警戒しているのは俺だけじゃないようだった。
一頻り感動し終えたノイは、周囲を窺うような言葉を発する。
(あ、あれ……? な■だかカナミ君以外にも、視られてるよ■な……気がする。いや、視られている前提で、ここは動か■いと……。――次元魔法《ブラックシフト》)
魔法だった。
発動した瞬間、透明なノイの周囲から、不自然な黒ずみが発生し始める。
単純な黒い霧でなく、それは魔法的な認識妨害の力を宿していた。
その黒ずみは、会話以外の概念にさえも浸透していく。
まず、机の上に二つある飲み物が、なんという名前だったのかわからなくなる。
いま、■■■を飲み乾したかどうかも、机が■であるかどうかも不確かになっていき、欠落した情報によってここが何の店だったかも疑わしくなる。
■■■、■■■、■■■と。
魔法の黒い霧は満ちていく。
そして、その魔法に釣られて、カナミも周囲を見回し始めていた。
きょろきょろと探し回り、その果てに。
「この感じは、あの研究院の少年……? ああ、そういうことか。
俺とカナミは、目が合った。
ノイと違い、完全に視ていたことを視返された。
前任者であり先輩であるノイ以上に、『過去視』に対しての感度が高い。
カナミは手をかざして、初見のはずの魔法を模倣していく。
「僕も手伝うよ。――次元魔法《ブラックシフト》」
(カナミ君、ど■を視て……っ!? ――ブ、《ブ■■■シフ■》!!)
カナミの視線を辿り、■■も俺の視線に気■■■たようだ。
過剰な魔■によって、■■店の中が塗り潰■■ていく。
いや、■う店の中ど■■の■■■ない。
こ■■上は許■■■と。
『次元■■■盗むもの』だ■■■■■■対策■■て、■■■も■■■も■■■も、■■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――
もう何も視れない。
それでも、なんとか断片だけでも拾えないかと。
俺は必死に手を伸ばし続ける。
――だが、パンッと。
《ディスタンスミュート》の手に、強い衝撃と痛みを覚えた。
精密構築を必要とする魔法にとって、それは致命傷だった。
俺の魔法《ディスタンスミュート》が解除される。
それはつまり、カナミとの『繋がり』が消えるということに他ならなかった。
「――ッ、クゥッ! ――ハアッッッ!!」
俺は腕を抜きながら、ずっと止めていた息を吐き出す。
よろけ倒れそうな身体を、何歩も後退することで安定させる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ――!!」
そして、帰ってくる。
『二ヶ月前のカナミ』から、『
『回想』から、『血陸』まで。
――長い記憶の旅を終えて、意識が戻っていく。
帰った先は、千年前のファニアにあった『第七魔障研究院』を再現した建物。
その最下層にある『御神体保管室』だが、もう足元に血液はない。
千年前のように、凄惨な血痕がこびりついてもいない。戦いでカナミにテリトリーを奪われてしまい、整然とした綺麗な部屋となってしまっている。
目の前では、黒いローブを身に纏った『次元の理を盗むもの』カナミが、微笑を浮かべていた。
そのすぐ近くでは、『血の人形』として再生された幼馴染の清掃員が、不安そうに俺を見ていた。
――石造の小部屋に、
カナミに《ディスタンスミュート》を差し込んだときと、ほぼ変わらない光景だ。
そこまで時間は経っていない。
だが、確かに状況は一変していた。
まず俺の腕に、ヒリヒリとした痛みがある。
――カナミの中で、誰かに手を払われた。
その誰かがラスティアラ・フーズヤーズではないと、俺は確信している。
俺の伸ばした手を払ったのは、ずっとここにいた
南のファニア生まれの俺にとっては、『碑白教の神』。
北の智竜の里生まれのセルドラさんにとっては、『竜人種の邪神』。
「いま、カナミさんの中に『ラスティアラ・フーズヤーズ』はいない……! いるのは『ノイ・エル・リーベルール』……!!」
その存在を、俺は確かめた。
名前を出した瞬間、さらに身体はふらつく。
いかに鮮血魔法の補助があるとはいえ、慣れない高位の次元魔法を模倣して、限界まで維持したのだ。
元々消滅間際だった俺にとって、いまの《ディスタンスミュート》は決死の一撃だった。
ただ、その決死の一撃を食らったはずのカナミは、『過去』だろうと『現在』だろうと変わらない様子で、先ほどの「
「うん、いま視た通り……。だけど、その名前は余り言わないであげて欲しいかな。君の『経典』朗読も含めて、ずっと僕の中で枕をばんばん叩いてるから……」
長い記憶の旅を経た俺と、とても自然に話を合わせる。
それが、まず恐ろしい。
しかし、何よりも恐ろしいのは、その保護者めいた柔らかな笑み。
――が、嘘だった。
いま、視てきたところだ。
カナミが笑っているのは、嘘。
カナミが楽しいなんてのも、嘘。
カナミの何もかもが偽りで、嘘嘘嘘。
「ううん、僕は楽しいよ。いま、こうして、あの日の少年と本当の意味で知り合えたんだ。とても懐かしいし、嬉しいし、本当に楽しい」
俺の心を読んで、カナミは楽しそうな顔をする。
先んじて答えられるのは、もう諦めている。
いま厄介なのは、その別次元の『演技』のほうだろう。
確認したことで、やっとカナミに『
ただ、カナミから〝不自然さ〟は全く感じられない。
もし、カナミの隣に、普通に『演技』の上手い清掃員がいなければ、その主ラグネと同じ『矛盾』に、俺は永遠に気づけなかったことだろう。
やっとカナミの漆黒の瞳の恐ろしさがわかった。
だが、息をつく間もなく、交渉は始まる。
「少年ニール、僕は感動した。……よく僕の『誰もが幸せになれる計画』を超えて、この胸に《ディスタンスミュート》を突き刺してくれた。残念ながら、途中で彼女が手を払ったけど、確かに君は鏡を通して本当の僕を知り、僕も本当の君を知れた。
嘘か真か、境が全くわからない。
たぶん、カナミ自身もわかっていない。
自らの本当の『未練』を果たすために、運命を乗り越える
しかし、今回の戦いで俺は、本当に生き抜き、あらゆる『糸』を振り払い、自分の意思のままに進んだか? カナミは一ヶ月前に、俺の一ヵ月後の『過去視』の存在を気取り、こうなることを期待していたのではないのか? これもまたセルドラさんと同じ疑惑となるが、この状況全てがカナミの『計画』の内なんじゃないのか?
無数の疑問が湧く。
畏れも膨らむ。
そして、その畏怖の対象は、とても満足げに胸を撫で下ろしたあと、直前とは打って変わった冷たさで俺に聞く。
「それで、あの日の少年は……、どっちの味方?」
セルドラさんと同じことを言った俺に、カナミは同じことを聞いた。
『ラスティアラ』と『相川渦波』の二者択一を迫る。
「無理せず、僕と『契約』して欲しい。頷いてくれたら、君はもっと報われる。今度こそ、魂は完全に救済される。……ずっと君が求めていた神様にも、会わせてあげられる」
「か、神に会わせる……? いま、カナミさんの中にいる人のことですか……?」
「いや、あの日の少年が求めていた神には、僕がなる。それで、もう君は神様を「どうして?」と疑わなくて済むようになる」
俺の『未練』の先にある次の『幸せ』まで。
もっと報われる未来を、カナミは用意してくれた。
「僕は君の隣にいる。この異世界に在り続ける。御伽噺の魔法のような力で、地道に人助けもする。――もし『契約』してくれるなら、必ずそうなる」
ずっと俺は神を追い求めてきた。
だから、『神学者』となった。
だって、それが一番楽だった。
科学とか魔法とかを頑張るよりも、ずっと楽なはずだったから、目指してきたんだ。
子供の頃からずっとずっとずっと、この『相川渦波』を待っていた。
「ただ、代わりに、『
〝――あの日の少年が、数々の『試練』を乗り越えて、とうとう神に触れたぞ!
いまこそ、犠牲となった全ての『魔人』たちの希望が、地獄から現れる!
その真名は、『ニール・ローレライ』――!
その役名は、『
ファニアより生まれし神聖なる煌き! 真なる救世主の誕生を、ここで祝おう!!〟」
カナミが手元の本を読み上げると、千年前から待望していた光で狭い部屋が満ちていく。
見れば見るほど、狂気を覚えた。
しかし、同時に恐ろしい『安心』も襲い掛かってくる。
「ぎ、犠牲になった全ての『魔人』を、俺が……? 俺が『救世主役』に?」
「ああ、君がだ。……これはヘルミナさんの遺言でもある。大丈夫、誰にだってヒーローになる権利はあるよ」
ヘルミナさん……!
ああ、ヘルミナさん……!
その名前が出てくる度に、この道が正しいとしか思えなくなる。
けれど、俺は正しさよりも、主ラグネ・カイクヲラの『夢』を――という俺の心を先んじて読んでいたカナミは注意する。それは天上の神からの忠告だった。
「ただ、もし……。もし、まだ叶わない『夢』を追いかけて、合ってもいないのに『最深部』の代行者を目指すなら、僕は容赦しない。そんなことをヘルミナさんは望んでいない。もう狂った振りはやめるんだ、少年。――君を含めて、この世の誰も望んでいない」
そう断言されたとき、カナミの視線がちらりと手元の本に向いていた。
「…………っ!」
そこに。
その本に。
すでに、もう俺の運命は決まっているとしか思えなかった。
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