403.詰める
僕が歩き出したのを見て、陽滝も合わせて前に出た。
剣戟が再開され、陽滝の
ただ、選ばれたのは『陽滝の剣が僕の腕を斬り飛ばす未来』ではなかった。『光の理を盗むもの』ノスフィーの力によって、僕の身体も陽滝と同じく、首を飛ばしても無意味だからだ。
だから、選ばれたのは『互いの剣が交差する未来』。ただ、今度は陽滝の氷の剣に《
軽く接触するだけで『過去視』は発動し、僕は強制的に視せられることになる。
頭の中の本棚から、過去の記憶を掘り出されていく。
〝――『運命の日』。
フーズヤーズ城の『頂上』で、妹と僕は再会した。
それは異世界での最大の目的を果たした瞬間でもあった。しかし、喜ぶよりも先に、僕は『話し合い』を選ぶ。
もう隠し事はしないと付け加えて、長い異世界の物語の『答え合わせ』を僕たちは始めていく。
それを聞けば終わるとは、わかっていた。けれど、最後まで諦めないという生き方を、この新しい世界で亡くした新しい家族たちに僕は教えてもらった。
だから、もう二度と逃げないと心に誓って、聞く――〟
『運命の日』という題名の本が開かれた。
そして、弾き合った水晶の剣と氷の剣が、弧を描き、もう一合。
一合につき一頁、捲られていく――
〝――どうして、父と母はいなくなったのか?
どうして、僕は死ぬ瞬間まで、大事な家族の記憶を思い出せなかったのか?
再会した妹に、僕は聞いた。しかし、妹の返答は――
「いま知っても、無意味です。もう兄さんには、どうしようもないことです」
その冷たさが、全ての答えでもあった。
大切な質問に答えようとしない妹に、僕は激昂していく。
「無意味なわけあるか……! 僕にとって、父さんは大切な人だった! その父さんと和解した記憶を、おまえは奪った!」
「兄さんには、もう大切な人なんて必要ないからです。私たち兄妹は、私たち兄妹だけいればいい」
「大切な人が必要ないなんて……、そんなわけないだろ! たった二人だけで生きて、その先どうする!?」
「『不老不死』となった私たちに、大切な人たちはついてこれないんです。これから先の長い長い旅には、もう誰も――」
陽滝は話しながら、中央の吹き抜けから階下を睨んだ。その視線の先にいるであろう大切な仲間たちも「ついてこれない大切な人たち」の中に入っているとわかり、僕は叫ぶ。
「陽滝、みんなをどうした……!? どうして、いまここにみんなはいない!?」
「……ふふっ」
ただ、その質問に返ってくるのは、陽滝の冷笑だけで――〟
二合、三合と、剣が触れ合う度に『過去視』は進む。
陽滝の言ったとおり、ほぼ同じ問答を、すでに僕たちは終えていた。そして、それはいかにして僕が敗北するかの『答え合わせ』でもあった。
正直、この先は見たくない。
そう僕が願っても、陽滝の《
また剣と剣が弧を描き、一合。
一頁ずつ、捲られる。
〝――『話し合い』の中、僕はラスティアラの死を知らされる。
そして、その理由を知る為に、僕は妹と戦うことを選んだ。《ディフォルト》の押し合いから始まり、『剣術』勝負を通して、『未来視』の競い合いが行われていく。その剣戟の最中、陽滝は僕の目を見つめながら、優しく微笑む。
「安心してください、兄さん。この異世界に『たった一人の運命の人』を置いていくことで、もう二度と『呪い』に悩まされることがなくなりますから」
「くっ……!」
過去のトラウマに怯えて、僕の手は震えていた。
しかし、もう決して諦めないと、この『頂上』で分かれた家族たちと、僕は約束をしていた。だから、前に進む。何が合っても、前へ前へ前へと――
「置いていくわけない……! 僕がラスティアラを忘れることだけは、絶対にない!!」
「ええ。『次元の理を盗むもの』の性質上、完全には忘れることはないでしょうね。……ただ、薄まっていくのは、確か。たった一ヶ月も満たないラスティアラとの思い出は、これから『永遠』を生きる兄さんの中で、どうしても希薄なものとなっていく」
戦いの中で、僕は陽滝の目的を少しずつ知っていく。
「事実、いま兄さんは元の世界の『両親と湖凪さんの思い出』が薄まってきています。この異世界で得た『ラスティアラとの思い出』が、塗り潰してしまったからです」
同時に、そんなことのためにノスフィーを犠牲にして、僕を『不死』にしたとわかり、抑えようのない怒りが膨らみ始める。
「それと同じように、次は『私と二人きりの日々』が『ラスティアラの思い出』を塗り潰すでしょう。兄さんの
「ふざけるな!! 陽滝、そんな未来はない! 今日、ここで僕たちは終わりだ! ――僕たち兄妹は、もう終わらないと駄目だ!!」
僕は相討ちを決意した。
ただ、陽滝と袂を別ちながらも、まだ僕は『話し合い』を止めない。戦いつつも、どうにかして「なぜ、そんなことを陽滝はしたのか」を知りたかったからだ。ただ、その質問にだけは、絶対に陽滝は答えようとしない。
「ええ。兄さんが勝てば、終わりですよ。もし、私に勝てれば――」
相討ちの決意も何もかもが、その手の平の上だと言うように、また笑うだけだった――〟
本当に、全く同じ戦いだ。
そして、いま僕が陽滝と行っている剣戟の終わりも、その『過去視』には含まれていた。
あの日の結末を、やっと僕は知っていく。
〝――兄妹の戦いは終わった。
いや、厳密には、戦いになっていなかった。陽滝が相手に合わせていたおかげで、そう見えただけ。この戦いは最初から結末が決まっていた。いつだって、最後の頁は【相川陽滝には誰も勝てない】と、世の理からして定められていた。
結局、僕は次元魔法も『剣術』も『未来視』も『過去視』も、全てを真正面から打ち破られて、完全敗北した。
その前のめりに倒れていく僕の身体を、陽滝が抱き止める。
「どうして……、陽滝――」
「……私の勝ちです」
「これから、この異世界は凍ります。私たちの世界と同じように、もう二度と冷めることはないでしょう。ただ、一つだけ……兄さんのおかげで、救いがあります。――《
かつて僕が作った魔法が、ここで使われた。
あの冬の魔法が、『本土』の空を覆っていく。『世界』が陽滝の支配下となっていく。
「この優しい『夢』を通じて、全ての『魔の毒』が兄さんのものとなる。……元の世界と比べれば、こちらの異世界は『相川渦波に救われた』と言っていいと思います」
そんな訳がない。そう悪態をつこうとしたが、僕の口は凍りついて動かない。もはや、敗者には言葉すら許されていなかった。
そして、勝者は相川陽滝、唯一人。
彼女の魔法が『世界』全てを呑みこんでいく。
その『運命の日』、フーズヤーズ城の戦いで、相川陽滝には誰も勝てなかった――〟
先んじて戦いの結末を見せられ、僕の剣は鈍る。
どれだけ抗っても、最後に僕は負けると知ってしまった。
僕は心を持ち直そうと自分を叱咤するが、容赦なく『過去視』は続けられる。
〝――こうして、異世界は陽滝の《
『異邦人』に侵略されたことに、誰も気づけない。
少し肌寒いけれど平穏な『夢』を、人々は視続ける。
ただ、その中で、僕だけは偶に意識を取り戻すことがあった。
陽滝の《
違和感に気づいて、反逆できることが何度かあった。ただ、『運命の日』と全く同じ問答を、僕は繰り返してしまう。
「――陽滝、どうしてこんなことを!! もう止めろ!!」
何度も挑戦する。そして、いつも結末は同じだった。妹は全く同じ
「……はあ。また私の勝ちです」
胸に《ディスタンスミュート》を差し込まれた僕は、再び凍結されていく――〟
そんな敗北の頁が、いくつもあった。
僕は何度も目覚めては――その度に、相川陽滝に挑戦して、負けていたとわかる。
どの戦いでも、全く同じ負け方をしていた。
記憶を奪われてしまっているせいで、いつも戦術が同じだからだろう。
だから、何度も目覚めては、何度も挑んで、何度も負け続ける。
何度も何度も何度も、繰り返して繰り返して繰り返して――
「――無駄という意味が、わかってくれましたか? 絶対に兄さんは、私に勝てません」
十合近く『過去視』したところで、急に剣戟が止まった。
そして、陽滝は降参を促すように、つい先ほどの言葉を繰り返す。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……。同じ負けを、何度も……」
息が切れる。
身体がふらつく。
魔力と体力の消耗ではない。
負ける自分を繰り返し見せられたことによって、精神が疲弊していた。
《ディフォルト》や『未来視』の競い合いではびくともしなかった心身が、たった数秒の剣戟で崩れかけている。
いま僕が倒れていないのは、ひとえに陽滝の配慮だろう。どうせ負けるのだから、早々に敗北を認めたほうがいいと、妹に気遣われているだけだ。
「ええ、兄さん。全く同じ戦いを、すでに私たちは終えているんです。だから、今回の戦いも、全く同じ『最後の頁』を迎えることでしょう。……もう無意味な戦いは、やめませんか?」
強制的に相手の
いまさらながら、『風の理を盗むもの』ティティーに勝てたのは、この反則的な魔法のおかげだったと痛感する。
「無意味……? 無意味だから、どうした……!」
ただ、それでも折れはしない。「どれだけ頑張っても、全て無意味」なんて、あの
剣は手離さない。
退くのではなく、一歩前に出る。
前へ前へ前へと、進み続ける。
その姿を見て、陽滝は目を見開いて、驚き――笑みを浮かべた。
僕の無駄な努力を嘲笑ったのかと思ったが、
「はい、
歓喜していた。
ただ、すぐに僕は陽滝の評価を否定する。
「違う……! いま僕が諦めないのは、無意味であることを受け入れたからだけじゃない……! 前に進んだ分だけ未来は変わるかもしれないって、やっと信じられるようになったからだ! ノスフィーたちのおかげで!!」
「……へえっ!」
陽滝は否定し返すことはなく、珍しく感心した様子を見せた。
それは『対等』じゃないからこその反応だった。遥か上から見下され、「それでこそ、兄さん。より『理想』の主人公らしいですね」と拍手されているかのように感じた。
「陽滝、僕に降参はない!
「ふっ、ふふふ……、あはっ、ははははは!!
とうとう陽滝は我慢し切れずに、大笑いした。
千年以上もの時間をかけた計画が実る瞬間を前に、興奮し切っているのだろう。それは陽滝の見ている『最後の頁』――『相川陽滝が勝利する未来』まで、あと少しいうことでもあった。
「ええ、
「『おまえの』じゃない!!
心を読まれ続けている。
けれど、怯むことなく叫び返し、剣を手にして、身体から魔力を搾り切り、魔法を紡ぐ。戦いの結末が視えていても、僕は全力で戦い抜く。
「――魔法《
陽滝に勝つ未来を、魔法で手繰り寄せる。
「――《
もちろん、合わせて、陽滝も同じ魔法を使った。
より濃い魔力とより精密な魔法で、僕の『未来視』を真っ向から包み込んでくる。
先ほどの《ディフォルト》の押し合い以上に、周囲の景色が歪んだ。あらゆる可能性を秘めた未来が、僕の視界に重なっていくのが視えた――けれど、その全てが陽滝の魔力によって、一瞬でたった一つの未来に染まっていく。
僕は『未来視』を使ったが、『全く同じ負け方をする未来』しか視ることができなかった。
結果、僕の振り抜いた『アレイス家の宝剣ローウェン』は紙一重のところで、陽滝の肉体には届かない。
対して、陽滝の振り抜いた『天剣ノア』は見事に、僕の肉体まで届く。
完全に剣が胴体に入り込んでいた。
しかし、斬り裂かれてはいない。いまの陽滝の剣には、《ディスタンスミュート》が乗っていた。
やはり、
胸部に《ディスタンスミュート》の剣が差し込まれ、身体の芯から魔法の冷気が発生していく。
そのゼロ距離の魔法に、抵抗は不可能。
僕の全身が凍りついていく中、陽滝は呟く。
「だから、無意味と言いました。……同じです」
その冷気は、僕の意識を徐々に遠のかせていく。
抗いようのない魔法の眠気が襲ってきた。
どうにか振り払おうと、腹の底に力を込めるが――
「ぁ、が、ぁあァ……」
声すら出ない。
悪態をつく権利を失ったことで、いま完全に敗者になったことを実感する。
「ただ、今回は確かに、全くの無意味というわけではありませんでしたね。兄さんの
勝者は悠々と感想を述べていく。
戦いの軽さを示すように、これからの予定を余裕を持って見直していく。
その余裕を奪いたくて、堪らなかった。しかし、その力が湧くことはない。『氷の力』による『静止』が、あらゆる僕の力を冷ましていく。
「ァ、あぁァ――」
身体から全ての力が失われて、ついに僕の膝は折れた。
前のめりに倒れていく僕の身体を、陽滝は『天剣ノア』を地面に突き刺して、両腕で受け止めた。まるで母親のように優しく抱いて、また冬の魔法を唱えていく。
「――《
陽滝は目を瞑り、魔法に集中する。
次に僕が目を覚ましたときは、全ての辛いことを忘れて、夢のような幸せの毎日を過ごして欲しいのだろう。その真剣さと優しさが、彼女の両腕から伝わってくる。
――ただ、その優しさは本当に冷たい。
骨の髄まで凍りつく。
息は浅くなり、目が霞んでいく。
ここで気を失えば、あの優しい冬の世界に僕は戻される。
だから、いま頭の中に思い浮かぶのは、連合国で妹と共に過ごす穏やかな日々――
それはチェス盤に少し似ているけれど、全く大きさの異なる盤。
8×8マスどころではない。遥か地平の先まで続く、大きさだ。傷だらけの罅割れだらけで、あらゆるところに白い霜が張っていて、まともに遊べそうにない。
その盤上で、たくさんの駒が倒れている。
僕だけじゃない。ラスティアラだけでもない。
いましがた倒れたライナーの駒。その少し後ろには、ディア・マリア・スノウといった仲間たちを含めた『南北連合』の精鋭たちの駒。この世界を生きる全ての人々が全て、駒として扱われては、例外なく倒れていた。
――いや、正確には、倒されていた。
その駒たちを倒れるように動かしたのは、あの『運命の赤い糸』。
彼女の次の指し手を思い浮かべた
何度も繰り返してきた勝利の宣言を、いま口にしようとして――
「……はあ。また私の勝――」
言い終える前に、陽滝の胸から、
『天剣ノア』が胴体を貫き、その勝利宣言を止めた。
(――千年。全ての『糸』は、
勝利宣言の代わりに、ティアラの声が聞こえる。
その発生源を、微かに残っていた《ディメンション》は捉えていた。
先ほど、陽滝は僕を抱き止める為に、凍った『天剣ノア』を地面に突き刺した。その地面から、染み出るように真っ赤な血が湧き出ているのが見えた。
その湧き出る血が模るのは『糸』でなく、『
『血の理を盗むもの』ファフナーと同じ力で、海から這い上がるように『血の人形』を現させて、突き刺さった『天剣ノア』を引き抜いたのだ。
刀身を覆っていた真っ白な霜は、いつの間にか剣自身が吸い込んでいた。
その仕組みに、心当たりがあった。
千年前の『魔力を吸収する鉱石』だ。
『神鉄鍛冶』の当初の目的である「相川陽滝の『魔の毒』の吸収」が、この千年後に達成されていた。
それを可能とする『術式』が、『天剣ノア』には隠されていた。
試作品の『ルフ・ブリンガー』が『闇の理を盗むもの』ティーダの『魔の毒』で染まったように、『天剣ノア』も陽滝の『魔の毒』で染まる。
冷気を帯びた新生『天剣ノア』は、完全に『水の理を盗むもの』の力を宿している。
ようやく、真の
そして、その『陽滝姉の為の
もちろん、それだけで終わりではない。
『天剣ノア』には、この瞬間の為に用意された『術式』が他にもある。
なにより、千年も積み重ねた『代償』が乗っている。
それを陽滝の体内から、発動させれば――
「――
――と、そこまで
陽滝は自分の胸から生え出た『天剣ノア』の切っ先を掴み、再度凍結し直しながら笑っていた。先ほどのライナーの『風の腕』が凍ったときと同じように、『血の人形』が真っ白な霜に覆われていく。
陽滝は僕の身体を地面に横たわらせたあと、ゆっくりと身体を前に動かして、突き刺さった『天剣ノア』を抜いて立ち上がる。
凍った『血の人形』に向き直り、『答え合わせ』を行なっていく。
「いい手ですね、ティアラ。一度、奇襲を失敗させて、次の奇襲への警戒を薄める。とても正しい『未来視』対策ですね。……ただ、私の魔力を利用するのも含めて、どれも正攻法過ぎます」
陽滝の力で陽滝を攻撃することで、【相川陽滝には誰も勝てない】という理をすり抜けようとしていた。
本好きのティアラならではの発想で、記述の穴を突いたはずだったが――それは、
陽滝は手の平をかざして、『血の人形』を『静止』させつつ、千年前の旧友の戦術を採点していく。
「私には読めない地下で、色々とやっていたのはわかっていました。『
ここまで全てが『
「ティアラ……。どうやら、あなたが私と『対等』になることはなかったようです。……私の『最後の頁』よりも先に、あなたの『最後の頁』がやってきた。これで、長かった『決闘』も、真の意味で終わりを迎える」
そのまま、陽滝はかざした手に《ディスタンスミュート》を纏わせて、凍りついた『血の人形』に突き刺した。
魔石を取り出した瞬間、『血の人形』は光の粒子となって消えた。手に持っていた『天剣ノア』も、からんと地面に落ちる。
陽滝の手の中では、赤黒い魔石が輝いていた。
『理を盗むもの』に匹敵する濃さから、いま取り出されたのは『ティアラの
その『
「さよなら、私の可愛いティアラ」
凍らせて、強く握り締めて、砕いた。
ティアラの『
『次元の理を盗むもの』の感覚からしても、千年前の記憶の情報からしても、いまティアラが完全に『世界』から消え去ったとわかった。
これで、もうティアラは蘇らない。
「これで、完全に……、終わりですね……。この『世界』には、もう駒が一つも残っていない」
陽滝は歪んだ空を見上げて、話す。
『世界』に向かって、言い聞かせていく。
「――
いま陽滝も、あの広い盤面をイメージしているのだろう。
駒という表現を使って、倒れていった脅威を一つずつ確認していく。
「――使徒の力を受け継いだ『パリンクロン・レガシィ』も、異邦人を殺す為の刃『ラグネ・カイクヲラ』も倒れた。レヴァン教の力を一つに集める器『ラスティアラ・フーズヤーズ』も、その仲間たちも、『南北連合』を含めて、全員が倒れた。未来を変えられるはずだった『ライナー・ヘルヴィルシャイン』も、最後の希望となっていた『兄さん』も――」
その終わりに視線を落として、いま散っていった魔石の欠片を見つめた。
「その全員を用意して、裏で操っていた『ティアラ・フーズヤーズ』本人すら、いまここに倒れた。それは、この世界の代表である指し手が敗北したということに他ならない」
全ての駒が倒れたのを確認してから、かつてなく寂しそうに勝利宣言を終わらせる。
「……私の勝ちです。報酬として、この『世界』は私のもの」
『切れ目』の奥から返答はなかった。だが、否定されようがない。誰がどう見ても、一人勝ち残った陽滝こそが、『世界』の支配者だった。
勝者の陽滝は「……はあ」と溜息をつきながら、凍り切った世界を歩き出す。自分が勝利したのは当たり前といった様子で、たった独りで、つまらなそうに――
「最初から、わかってました。この異世界に訪れた日から、ずっと……。この一文を、先に私は読んでいたのだから……」
呟く。
それが初めて聞く妹の本音であり、
そして、陽滝は友人だったはずの少女の遺品を手に取って、まじまじと見つめる。
今度は氷で封印することはない。
戦いが終わった今、腰を据えて、内部を確認しているのだろう。
ただ、その行動こそ、陽滝の中で戦いが完全に終わったことを意味している。
「…………? こんなものが『天剣ノア』? 大それた名前がついている割には、余り大したことがない……。おそらく、私たちの世界の『ノアの方舟』の話から、この命名をしたはず。けれど、魔力吸収の性質を隠す『術式』はあっても、基本はただの壊れない剣。隠し『術式』が他にも、一つや二つくらいあっても、おかしくは――」
ようやく、陽滝にとっての『異世界の物語』は終わった。
長い長い千年越しの『決闘』が終わって、本は閉じられたと言っていい。
残っているのは、もう後処理だけ。
早く終わらせて、次の『異世界の物語』に移ろうと――
――あの陽滝が、
すぐ近くで倒れている僕は、遠のく意識を必死に繋ぎ止めながら、確認した。
陽滝はティアラの口にした「
そう確信できるのは、陽滝が勘違いしているところを《
陽滝も同じ人間。
数多くの反則的な力があっても、僕たちと同じように考えて、選んで、戦って、生きている。
決して、例外というわけではない。
つまり――
どんな反則的なスキルや魔法も術者次第という基本ルールに、陽滝も準じている。
だから、『天剣ノア』が切り札とは知っていても、その詳細・意味をわかってない。
いつも『最後の頁』しか読んでいないからだ。
陽滝自身、「自分は『世界という本を逆から読めるスキル』を持っていて、もったいない真似をしている」と言っていた。
間違いなく、陽滝は物語の途中を読み飛ばしている。
だから、齟齬が発生する。
同じ本を読んでいても、その感想が異なっていく。
――その齟齬が、唯一の隙となる。
ティアラは「
たとえ僕の身体が芯まで凍りついてしまっても、動ける『お
「
その『お呪い』の名を口にして、僕は彼女の顔を思い浮かべる。
この戦いが始まる前から、もう僕はラスティアラしか見えていない。目を開いていても、閉じていても、ずっと彼女だけを見て、前に進んできた。
――もう『次元の理を盗むもの』カナミは、そういう『未練』で動く『化け物』となってしまっている。
だから、凍りついて軋む上体を、強引に起こせた。
棒のように硬い右腕を杖にして、立ち上がれた。
ただ、剣を握る力はないから、地面に落としたローウェンは拾えない。魔力は動かないから、『未来視』なんて便利なものもない。『過去視』の繰り返しで、心身はバラバラ。どのスキルも、もうまともに使えそうにない。けれど、左手にある『
本だけを手にして、一歩二歩三歩と、前に進む。
『天剣ノア』を調べている陽滝の背中に近づく。
ゆっくりと右手を持ち上げて、伸ばした。
もちろん、その手には、何の力もこめられていない。
剣も魔法もない。
全く無意味な手。
もう戦いになんてなりようがない。
だからこそ、何の警戒もなく――
「兄さん……? どうしました?」
振り返った陽滝は、肩に手を置かれるのを受け入れた。
さらに兄を心配して、優しい声まで出した。
戦いではないからこその反応だろう。
こうして、何年かけても届く気がしなかった陽滝に、あっさりと触れて、掴むことに成功する。
「いや……、いま、何を見て――」
すぐに陽滝は何かに気づいた様子で、虚ろな僕の目の先に顔を向けた。
そして、その先に立っていた人物を目にして、驚く。
僕の視ている『お呪い』ではなく、その確かな『本物』を見て――
「あ、ありえない……」
――
誰も入れないはずの《トルシオン・フィールド》の中で、しんしんと降り積もっていく雪を背にして、その金砂のような長髪を揺らめかせている。
陽滝は心底驚いていたが、すぐにラスティアラが現れた理由を察する。
「あの地下からここまで、歩いて……? 中身は……、ティアラ?」
戦いの直前、陽滝はラスティアラの死を悼んでいた。
『呪い』を果たした少女に敬意を持って、『糸』の外にある地下空間で、静かな眠りにつかせてあげようとしていた。
その地下空間にあった死体を、ティアラが運んだのだと、瞬時に陽滝は見抜いた。
ただ、その答えに達したものの、まだ納得し切れない様子だった。
地面にばら撒かれた魔石の残骸に、目を向ける。
あれは確かに、ティアラの『
「
その意味を陽滝が理解する前に。
ラスティアラの口から、ティアラの言葉が漏れる。
「――
その手には何も持っていない。
奇襲をする様子もない。
「この『最後の頁』――、その続きを、ずっと私は信じていた――」
けれど、武器がないわけではない。
身体から
その魔力で、すぐにティアラは魔法を唱える。
「――
以前に視た《レヴァン》とは別物だ。
――ここからが、
魔法《レヴァン》。
魔法《ライン》。
魔法《ティアラ》。
の続きだと。
そう思わせるだけの違いが、いまの彼女にはあった。
けれど、向かい合う陽滝は落ち着いていた。
まだ動揺はない。
この程度、まだ後処理の一部に過ぎないという絶対的自信が、表情から窺えた。
その陽滝の肩を掴んでいる僕は、『理を盗むもの』代表として、みんなの本当の魔法を構築していく。
僕たちにとっては、ここからが本当の
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