391.新暦1013年


 こうして、抱擁を乗り越えた私を追い立てるように――


 自然と。

 不運にも。

 偶然にも。

 という繋ぐことばの数々のあと、私たちは口づけをした。


 溺死の寸前、命の危険と隣り合わせの中、また物語のような状況だった。

 冷たい水中だというのに、どこまでも私の体温は上がった。目を瞑っていても、はっきりとカナミの心音だけは聞こえる。このときも、自分とカナミの間に『運命の赤い糸』が伸びているのを、私は確かに見た。


 そして、その口付けが終われば、また私たちは二日前のように大混乱に襲われるはずだったのだが……ガルフラッドジェリーを倒したあと、水中から離脱したところで、昨日とは違うことに私は気づく。


 カナミが二日前とは全く違う表情を見せて、怒鳴るように叫ぶ。


「――誰が削るもんか……! 何が死ななければ安いだ、そんなわけあるか……!」


 カナミは見たことのない表情で怒っていた。

 原因はスキル『???』であると、彼自身から聞いていたため、すぐに意味は理解できた。


 その冷静さを取り戻すスキルに水を差されたのは、カナミだけでなく私もだった。

 おかげで、上がっていた体温は冷めて、迷宮内で暴走することなく、なんとか「……そっか・・・」と一言返すことができた。


 そして、二度目だからこそ、私は混乱とは別の感情を抱けた。


 それは、二つの『疑惑』。

 まず、いまのカナミそのものに大きな違和感を覚えた。

 その不安定なトランプタワーのように右へ左へと揺れる心は、かつての私を思い出させた。何が起きても一つの道筋に導かれていく姿は、「誰かに調整されている」という言葉がよく似合う。


 もし、本当に調整されているのであれば、一体誰が・・・・カナミを……?


 次に、私は自分の指から垂れている『運命の赤い糸』に目を向けた。

 見えるのは、これで二度目。

 これは魔法でないにしても、何かしらの『状態』『スキル』の影響の可能性が高い。


 それらを踏まえて、私は二人分の『表示』を確かめていく。

 人類最高クラスのレベル。数ある特殊なスキル。異常な素質の高さ。

 正直なところ、私たちは特別だからこそ、疑わしい部分が多過ぎた。


 結局、疑惑を解明することができないまま、次の層に向かうことになる。

 そして、迷宮の三十五層で、私と同じ『特注品』である『魔石人間ジュエルクルス』ハイリ・ワイスプローペと出会う。


 ハイリは出生の複雑さから、複数の記憶を整理しきれず、常に追い詰められていた。

 しかし、その最悪な状況ながらも彼女は、たおやかに笑いかけてくるのだ。


「――海……。そうですか、あの少年と少女は共に連合国を出たんですね……」


 私とカナミを見るときだけは、本当に嬉しそうだった。

 たくさんの悪夢の中、唯一の救いは私たちであるかのように彼女は呟く。


「きっと……、この光景を夢見ていたんでしょうね――」


 そう言って、ハイリは細めていた目を見開いた。そのときにはもう、彼女の視線は船から海に向けられていた。


 最後まで『魔石人間ジュエルクルス』ハイリは自分を騎士ハインとは認めなかったけれど、その背中から「もう大丈夫、私に教えられることは全て教えました」という伝言が聞こえたような気がした。


 釣られて私も、ハイリの視線の先に目をやる。

 地平線の本土には、裏切りの『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』パリンクロン・レガシィがいるはずだが――ハイリは別の場所を見ていた気がした。


 ――パリンクロンよりも先の先にある遠い遠い場所。


 彼女は誰よりも先んじて、まだ誰も届かない『世界』の果てまで見ていたのかもしれない。


 ――思えば、二章の始まった瞬間は、ここだった。


 私はハイリの背中を見て、もう不甲斐ないところは見せられないと誓う。

 だが、その誓いは果たされない。

 ここから先の二章は、敗北と後悔だらけの物語となるからだ。


 一度目の敗北は、辿りついた本土で出会った『木の理を盗むもの』アイドとの戦いだった。

 千年前の大魔法使いによって、私は血の底に刻まれた魂の記憶を解放されてしまう。


 港町にあるレガシィ家の別荘で、守護者ガーディアンとの戦闘中。


 ――敵の回復魔法によって、本来私の身体を使うはずだった聖人ティアラ・フーズヤーズの記憶が溢れ出していく。


 誰も意図していなかった形で、私の身体に隠された古い頁が開かれた。

 それは題するならば『星空の物語』。

 その本を、私は自分の血の奥底から読み取ってしまう。


〝――それは、まだ新暦という言葉さえなかった古い時代のこと。

 とある国の城の敷地内に、ひっそりと建つ石の塔。

 その頂上の部屋に、一人の少女が閉じ込められていた。

 それは誰が見ても「籠の中の鳥」と言いたくなるほどに、厳重な隔離だった。立って歩くことさえもままならない少女は、いつもベッドの上から窓の外を見ていた。

 暗雲に覆われた夜空は、一切の光がない。

 けれど、いつも少女は懐に大好きな本を抱いて、光を夢想しながら歌を唄っていた。

 本と歌は娯楽の少ない彼女にとって、それは精一杯の生きている証だったのだろう。

 そして、悲しいことに、その本と歌こそが――この『世界』の運命を大きく変えてしまう。

 その日の夜、城の庭は、ざわついていた。

 少女は何事かと思ったけれど、自分には関係のないことかと唄い続けた。だが、ざわつきの次は、階下から人の足音が聞こえてくる。少女が「まさか」と思ったときには、もう扉は開いていた。

 ――ずっと夢見ていた光と、少女は出会ってしまう。

 まるで物語に出てくるかのような姿の少年だった。

 少年を見て、少女は驚き、興奮し、紅潮して、ぎゅっと手元のぬいぐるみを抱きしめる。

 まず衣服が普通ではない。この国では見たことのない造りと色だった。いや、そこは少女にとって余り重要ではなかった。そんなことよりも、少年の垂らす艶やかな漆黒の髪に、目と心を同時に奪われた。その瞳は、数ある黒の宝石たちのどれよりも暗く濃い。視線が交錯するだけで、永遠の闇に飲み込まれてしまう気がした。じわりと肌という肌から汗が滲む。恐怖ではなく高揚感で、血液が沸騰して蒸発しそうだった。なにせ、少年の顔は、この劣悪な時代に似つかわしくないほどに綺麗だった。その整った顔を見れば見るほど、少女の最悪な日常は音を立てて砕けていく。まだ話したことさえないのに、少年が格好良くて堪らなくて、目が眩む。

 少年の髪は漆黒だったが、少女の永く永く続いた闇の中では、明星みょうじょうのように輝いていた。そんな運命的な出会いの中、少年少女は名前を告げ合う。


「――『僕は渦波・・』……、『相川渦波』。『そっちの名前は』……?」

「『私はティアラ・・・・』……。『ティアラ・フーズヤーズだよ』……――」


 互いの名前を聞いて、二度と忘れまいと深く噛み締め合っていく。

 そのとき、二人の間には確かに、赤くて細い『糸』のような絆が繋っていた――〟


 という物語を見て、私の困惑は膨らんでいく。

 戦闘中でありながら、疑問が止まらなかった。


 ティ、ティアラ・フーズヤーズ……?

 この少女が? なら、いまのは千年前の記憶……?


 彼女の器となるべく作られた『魔石人間ジュエルクルス』である以上、その記憶が混入することは覚悟していた。

 しかし、その千年前と思われる記憶に、カナミの名前があったことが問題だった。


 さらに、二人の間には『運命の赤い糸』が結ばれていた。

 淡い恋心が、そのまま色になったかのような美しい色の線が、千年前のティアラとカナミの間に引かれていた。


 私という『作りもの』と比べると、それは何倍も鮮やかな赤い糸だった。

 向こうの『本物』のほうが遥かに濃く、厚く、重い。

 この千年前の二人こそが『運命の赤い糸』に結ばれていて、本当の始まりだったと思うに十分過ぎる。


 次々と頭の中に叩き込まれる頁の束に、私は思い知らされていく。

 正直、その全てを正確に追うことはできていない。けれど、かろうじて粗筋あらすじだけは掴むことできた。


 出会いの次に待っていたのは〝――カナミとティアラの『呪術』開発の日々〟だった。

 言葉の通じ合わない二人が照れ合いながらも、ちょっとずつ距離を近づけていく。言葉の壁がなくなってからは〝――ファニア編という名の『冒険』の旅〟が始まる。

 そこで待ち受けるのは〝――悪徳領主との決闘〟だ。

 その戦いは劣勢だったが〝――ティアラの告白〟が果たされることで、カナミは勝利する。


 ――まさに、愛の大逆転劇。


 『お姫様ティアラ』と『異邦人カナミ』は千年前に、理想の恋物語を紡いでいた。

 それを理解したところで、血の回想は終わりに近づく。


 徐々に意識が薄れていく中、ファニア編のエピローグが少しだけ読めた。

 断片的にだけれど、ほんの少しだけ――


 ――師匠は無事だ。しかし、その戦いの帰路にて、ファニアの実験により『魔人』となった少女が現れる――その少女に腹部を刺されることで、ティアラ・フーズヤーズは理解していく――『理を盗むもの』たちは例外なく、『呪い』を背負っていると――


 しかし、余りに頁は早く捲れていき、読み切れない。

 追い切れない。


 ――『次元の理を盗むもの』の『代償』は、愛し合う二人――彼は最愛の人を失うように、最初から決まっていた――ならば、この私も彼女と同じく、『代わり』を用意するしかない――陽滝姉を超えるのに大事なのは、私という生命の複製・・――


 理解し切れない。

 けれど、確かに――


 ――複製は、さほど大事ではない・・・・・・。本当に必要なのは――ファニア編の『行間』で、理不尽な病死を目前にして「大丈夫」と、両親に笑いかけた少女――次に会ったときは「大丈夫じゃない」と言った少女――私の予想を超えた彼女が、死の間際に願ったのは何だったか――それを忘れてはいけない。絶対に――、あの少女の言葉だけは――、最期まで、忘れては――


 それを読んだ。


 そのあと、ぱたんと強制的に本が閉じられるような音と共に、私は血の回想を終えて、『木の理を盗むもの』アイドとの戦いで気を失った。


 そして、次に私が目を覚ますのは、見知らぬ宿のベッドだった。

 身を起こした瞬間、突き刺すような頭の痛みに私は頭を抱える。


「…………っ!」


 全く覚えのない記憶と情報が錯綜して、尋常ではない知恵熱が出ていた。


 百以上の本を、たった数分の時間で強制的に読まされた気分だった。

 はっきり言って、何が起きたのか訳がわからない。それが、いまの私の率直な感想だったが……一つだけ確かにわかることがあった。


 それは、『後悔』。


 千年前の記憶を必死に追いかけていったことで、その心当たりのない感情が全身を支配していた。

 ただ、その感情こそが、いまの回想が本物であるという証明だと思った。


 決してありえない話ではない。

 迷宮は千年前の偉人を守護者ガーディアンとして呼ぶ。

 迷宮から現れたカナミが、千年前にいたとしても不思議ではない。


 ただ、いまのが本当に千年前の記憶ならば、余りに聞いていた話と違う。

 ティアラ・フーズヤーズの伝承が、始まりからして全くの別物だ。


 せ、千年前の英雄は、ティアラ様でなくカナミだった……?

 それも、本当のティアラ様は、ずっとカナミの隣を歩いていた女の子で……。

 誰よりも献身的に師匠を慕っていて……。命の危機に、告白までしている……?


 私はベッドから降りながら、視線を自分の手に向ける。

 この状況で、三度目の幻覚が見えていた。

 いま『運命の赤い糸』は、部屋の外まで伸びているが――


 これは本当に、私とカナミが繋がっているのだろうか?


 前提から私は疑っていく。

 本来なら私の身体は『聖誕祭』で、ティアラ様に譲っているはずのものだ。

 さらに、いまの千年前の記憶と合わせると、この『運命の赤い糸』はティアラ様と繋がっていると言われたほうが、しっくりと来る。


「だって、私の愛の重さは……。誰よりも軽いし、足りない……」


 そう呟いて、私は動き出そうとする。


 この『運命の赤い糸』を辿って、カナミと合流して、千年前のことについて相談しようと思った――が、部屋の扉に手をかけたところで、私は一つの未来を思い描いてしまう。


「ぁ……」


 震えた声が漏れた。

 粘りつく泥のような不安が全身を包んで、全身が硬直する。


 仮に……、仮にだが。

 もし、いま私が見た千年前の記憶を、カナミが全て信じてくれたとする。

 その上で、カナミが十分に考えた末に、「いますぐティアラと代わってくれ」と言ったら、私は……。


 もちろん、そんなことカナミが言うはずがないとわかっている。

 けれど、可能性の一つとして存在すると思った。


 私が千年前の出来事を話すことで、徐々にカナミの記憶は回復していって、当時の気持ちを全て取り戻してしまえば――たった十数日だけ過ごした私よりも、千年前に心を通じ合わせた『本物の恋人・・・・・』を優先する可能性は、大いにある。


「も、もし……、そうなったら……」


 声だけでなく、手までも震え出す。

 いますぐ、全力で駆け出して、仲間たちと合流して、情報を共有するべきだとわかっている。なのに、身体が目の前の扉を開いてくれない。


 それどころか、目の奥から涙が出てきそうになった。

 『聖誕祭』を乗り越えて、『元老院』の調整から解放されたからこそ、いまの私は人間ならば誰もが持つ「消えたくない」「死にたくない」という気持ちが強い。「ずっとカナミと一緒にいたい」という気持ちも滲み出て、止まらない。


「まだ……、私は終わりたくない……。だって……!」


 私はカナミが好きだ。

 すごく好きなんだ。


 千年前の記憶にあったティアラとカナミの逢瀬を見たことで、その『恋心』を真正面から認めていく。


 私も、カナミと一緒に死ぬまで一緒にいたい……!

 たとえ、世界中の誰よりも想いが軽くても、私はカナミが好き……!

 本当に、カナミのこと好きだから……!

 だから、まだ別れたくは――


「…………っ!? え?」


 ただ、その願望を口にする前に、轟音が宿屋内に鳴り響いた。

 続いて、凄まじい魔力の奔流が肌を叩く。


「こ、この感じは《フレイムアロー》? 誰かが、近くで戦ってる……!?」


 仲間たちのよく使う魔法であると分析したとき、私の身体は扉を開いていた。


 まだ払い除けきれない不安は、多く残っている。けれど、それは仲間たちを見捨てる理由までには届かない。

 身体は本調子ではないけれど、いまの自分の出せる最高速度で魔法の発生源に向かっていった。


 千年前のティアラ様の感情が感染したのか、「『後悔』だけはしたくない」という思いは強く、必死に戦場まで駆けつける。

 だが、私が戦いの始まった部屋まで辿りたときには、もう戦いは終わっていた。


「――すまない、マリア! 僕の油断だ! ……早くディアを追いかけないと!」


 宿の庭でカナミが空を睨みながら、叫んでいる。私と同じく千年前の記憶を呼び起こされたディアが、使徒の意識に乗っ取られて逃げ出したところだった。


 ――こうして、私の敗北と後悔の二章が、本格的に始まっていく。


 このあと、私たちは使徒シスを追いかけて、パリンクロンのいる砦まで向かうことになるのだが、その間ずっと私は思っていた。


 もしも『聖誕祭』で、私がティアラ様と代わっていれば、と。


 千年後の世界に語り継がれるティアラ様なら、先ほど飛び立っていく使徒シスを止められたかもしれない。


 その後悔は、パリンクロンとの戦いでも繰り返される。

 もしカナミと一緒に戦っているのがティアラ様ならば、あっさりと『世界奉還陣』で戦闘不能になる『魔石人間ジュエルクルス』はいなかったはずだ。

 代わってさえいれば、この砦で奇襲の時点で、ディアを使徒シスから解放できていた可能性も高い。


 なにより、パリンクロンを追撃するという話になったとき、力不足でカナミの背中を見送る私はいなかっただろう。

 そして、私の行けない戦場でハイリ・ワイスプローペが死ぬことも、カナミが『世界奉還陣』に呑みこまれてしまうこともなかった――


 一度、坂を転がり始めた二章は、止まらなかった。

 次々と、敗北が繰り返される。

 次々と、後悔が積み重ねっていく。

 ここまで来ると、もう薄らと私の中で答えは出ていた。


 そして、パリンクロンの起こした『世界奉還陣』のあと、残されたメンバーたちでディアの身体の奪還作戦が行なわれる。

 その結果、『木の理を盗むもの』アイド・使徒シス・新しい『統べる王ロード』の三人を相手に、四連敗を喫するのだが……。

 その戦いで私は、誰の眼中にも入っていなかった。

 千年前を知るアイドとシスの戦い方からは「あのティアラは強かったが、このラスティアラとかいうやつは、さほど脅威じゃないな」というのがよく伝わってきた。


 ああ、そうだ。

 答えは単純だ。


 ――本来いるはずのティアラ様がいないから、こうなってしまった。


 その答えが証明された敗戦のあと、一度私たちは拠点である『リヴィングレジェンド号』まで戻ってきた。


 私、マリアちゃん、スノウ、リーパー、セラちゃんの五人で船の甲板に集まり、これからのことを話し合っていく。

 幸い、アイドたちは追い払う戦い方ばかりだったので、こちら側に怪我人は一人もいない。それでも、カナミがいたときと比べると、その作戦会議はとても静かなものだった。


 いまにも壊れそうな張り詰めた空気の中、スノウは一つの提案をしていく。


「――レベル上げも兼ねて、一旦南下しよう。いまのままじゃあ、守護者ガーディアンと使徒のどちらにも勝てない」


 カナミがいなくなってから、実質的なリーダーはスノウだった。


 誰よりも臆病だからこそ、慎重に冷静にパーティーを導いてくれるとカナミが言い残してくれたおかげで、私はリーダーをしなくて済んだ。


 一言も発言しない私を置いて、作戦会議は進んでいく。


「リーパー、ずっと言ってたよね? あの『大空洞』には何かあるって」

「……うん、あそこには絶対何かあるよ。とても大事な何かが、アタシたちを待ってる気がする」

「私はリーパーの直感に、何か意味があると思う。みんなは?」


 『世界奉還陣』で本土の中心には、いま大きな穴が空いている。

 そして、そこには規格は違えども、連合国の迷宮と同じものが出来ていた。


 そこでまず戦力を整え直そうとスノウは提案して、マリアちゃんが頷く。


「私も賛成です。あそこはカナミさんが消えた場所なので、一度限界まで調べつくしたいと思っていました」


 カナミがいなくなってから誰よりも荒れていた彼女だが、いまはとても落ち着いている。

 今回の提案はカナミの発見にも繋がっているので、反論する気はないようだ。


 その賛成票の集まり具合を見て、私も同調するようにスノウへ向かって軽く頷いた。その私の後ろではセラちゃんが「私はお嬢様についていきます」と小さく答える。


「よし、決定。それじゃあ、移動の順路は――」


 私はリーダーシップを取らないどころか、もう会話に加わることすら少なかった。


 後ろで見守っているだけでも、きちんと話は纏まっていくからだ。

 ただ、それはもう私の力が、みんなに必要ないということでもある。私は憂いなく、この船が南下する機会を逃さず、ずっと抱えていた答えをみんなに打ち明ける。


「――『大空洞』に行くのは賛成だよ。でも、私は途中で抜けさせて欲しいな」


 そう提案したとき、作戦会議の空気が一瞬だけ止まった気がする。

 その中、マリアちゃんだけが心底驚いた顔を私に向ける。


「え……?」

「ちょっとずつだけど……、私がお荷物になってるのは自分でもわかってる。最後の『統べる王ロード』での戦いでも、私だけが何の役にも立てなかったから……」


 動揺したのはマリアちゃんだけだった。


 おそらく、スノウもリーパーも、もう私は戦いに参加できないとわかってくれている。

 私に心酔しているセラちゃんすらも口を出さない中、その現実をマリアちゃんだけが認めようとしない。


「な、何を言ってるんですか? そんなことありません! ラスティアラさんはレヴァン教の聖人様ですよ!? あの聖人様なんです!」

「……それは違うよ、マリアちゃん。それは私じゃない。……私は、『本物』じゃないんだ」


 私はマリアちゃんたち『本物』と違って、本来の役割を果たさなければ物語に留まり続けることはできない『作りもの』。


 そう。

 私は、私の本来の役割を果たさないといけない。

 『本物』の聖人であるティアラ様の『再誕』が終わらないと、いつまでも私は後悔を積み重ねていくことになる。


「ラスティアラさんじゃない……? だから、何を言ってるんですか!? あなたほど本物の人はいません! あなたほど強くて格好良くて綺麗な人を、私は知りません!」

「ありがとうね、マリアちゃん。……でも、私だけが舞台には上がれないってのは、変えようのない事実だよ。もし戦うにしても、レベル上げするにしても、もう私は必要ない。お荷物になったラスティアラ・フーズヤーズは戦い以外のことをすべきだって、冷静に判断して欲しいな……」 


 とにかく、私には足りないものが多すぎる。


 だから、どうかこの脱退を了承して欲しいと、リーダーであるスノウに目を向けた。だが、それを見たマリアちゃんが、スノウよりも先に叫んでいく。


「ス、スノウさんからも何か言ってください! いいんですか!?」

「それは……マリアちゃん、ごめん。私には、ラスティアラ様の気持ちがよくわかる」

「だから、もう要らないってことですか!? ついてこれないから、置いていくって言うんですか!? そんなの――!」


 周囲の誰からも同意を得られず、徐々にマリアちゃんは身体から炎を滲ませていく。


 言葉にし切れない感情が炎に変換されているのだろう。そして、それは燃やしてでも私を逃がさないという意志表示でもあった。

 船の甲板で、彼女の戦意と炎が膨らんでいくのを見ながら、私を説得しよう声を出すが――


「マリアちゃん――」

「あなたのことが好きだからに、決まってるでしょう!」


 私が「どうして、そこまでして止めるの?」と聞く前に、間髪を入れず、とても恥ずかしい言葉を返されてしまった。


 その「好き」は単純な友情だけの意味ではないだろう。

 特殊な人生を歩んでいるマリアちゃんにとって、もう私は家族の一人だ。


 無論、私も同じ。

 私にとってマリアちゃんは、姉であり妹。

 恋敵のときもあれば、母娘のようなときもあった。

 だから、そのあらゆる意味を含んだ「好き」が、本当に嬉しかった。


「うん、私もマリアちゃんが好きだよ」

「なら、私と一緒にいてください、ラスティアラさん……! ずっと……、お願いです……!」


 炎を纏ったマリアちゃんが、また間髪を入れずに言い返して、一歩前に出た。

 私は腰の剣を抜いて構える。


 戦いとなるのは明らかだったが、スノウとリーパーの二人は何も言わずに距離を取るだけだった。私の騎士であるセラちゃんも、何も言わずに見守ることを選んだ。

 戦って、その圧倒的な力の差を理解してもらうしかなかった。


 こうして、船上で喧嘩じみた決闘は始まり――当然のように、あっさりと私は負ける。

 マリアちゃんの圧勝だった。


 その一方的過ぎる決闘の結果に、とうとうマリアちゃんは理解する。


 かつて畏れていた存在を、すでに超えてしまったことを。

 この決闘は勝っても負けても、結局は私の要望を聞くしかなかったことを。


 二つを理解して、優しい彼女は心から私を怒ったあとに、力の差を認めて、ラスティアラ・フーズヤーズの脱退を許してくれる。


 そして、パーティーは――

 『大空洞』を探索するマリアちゃんとリーパーの二人。

 『開拓地』の連合国に戻る私とセラちゃんの二人。

 状況に合わせて、そのどちらにも参加するスノウ。

 という三手に別れていく。


 本当はセラちゃんも残して、私一人だけ帰りたかったのだが、それは叶わなかった。

 主である私が何度説得しても頑固として「ついていきます」と答える様子から、私の真の目的に気づいている可能性が高い。


 私は騎士と二人、故郷に帰っていく。

 今度は自分の意思でティアラ様を『再誕』させるために、フーズヤーズの大聖堂という籠に入り直す。


 もう夢のような『冒険』は終わりだ。

 これからは『疑惑』と『後悔』を晴らすために、本当の戦いを始めていく。



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