381.新暦0004年
フーズヤーズの調査を終えた私は、この年までの陽滝姉の行動を全て把握した。
しかし、確認できたのは、陽滝姉は『魔石人間』計画以外に危険なことは一切していないということだけ。
他に目に付くとすれば、療養の合間に執筆された異世界知識の本くらいだろう。
何もないというのが逆に恐怖だった。
そして、その恐怖が目に見える形で現れたのは〝――新暦四年〟に入った頃だった。
それを最初に見たのは、例の南西の『冒険』で『神鉄鍛冶』スキルを盗んできた直後のことだった。
その日、私は城下街にある工房にて、自らの新たな力の成果を得ていた。
今日までフーズヤーズの鍛冶は、昔ながらの鉄を使った鋳造が基本だった。しかし、新たな技術である『神鉄鍛冶』によって、鉄に術式を書き足す工程が足された。これによって、旧来の鉄の武具に『呪術』の力が乗り、従来とは比較にならない強度を得られる。
その試作品一号である剣を、私は腰に佩く。
例の魔力を吸収する鉱石を使った剣、銘は『ルフ・ブリンガー』とした。
この数日、ずっと工房にこもっていた甲斐があって、『ルフ・ブリンガー』は傑作だ。一番の強みは『理を盗むもの』の力でさえも吸い込むところだろう。もし陽滝姉と戦うことがあっても、これで『氷の力』を無効化できる。予定通りに、陽滝姉のための
私は剣を師匠に自慢しようと、フーズヤーズ城の敷地内を歩き回る。
その人捜しの果てに、私は騎士の宿舎前まで辿りつき――そこで私は初めて、『血の理を盗むもの』と出会うのだ。
一人の青年が地面に額を押し付けながら、咽び泣いていた。
その傍には師匠が立っていたけれど、私は臨戦態勢を取って立ち止まる。
青年の声に合わせて、私の腰にあるルフ・ブリンガーが鳴動して止まらない。私の持つ『血の力』や『読書』も、あそこにいる存在は危険だと忠告し続ける。
それほどまでに、青年は血生臭かった。
纏う濃い魔力も、揺れる癖の強い黒髪も、青白い肌に刻まれた傷跡も、何もかもが、無数の死体の中で熟成したとしか思えないほど、死臭に塗れていた。
青年の身体は特徴的だ。
何のモンスターの混じりなのかを確認しようと、こっそりと私は近づく。
そして、彼の素顔を確認し、さらには右腕に一つの教本を抱えているのを見て、一言だけ零す。
「あのときの……?」
一人の少年を頭に思い浮かべた。
新暦零年のファニアにて、『第一魔障研究院』の案内をしてくれた少年だ。私たちの戦いの犠牲になりながらも、血の実験に耐え切り、復讐者として立ち塞がった敵でもある。
あの少年が青年に成長して、私たちの前に再度現れていた。
「あぁあああっ! ぁあああ……、ぁああああっ……!!」
そして、完全に心が折れていた。
佇む師匠の前で涙を流し、唾液をこぼしながら嘆き、祈るように呟く。
「『
ついには師匠の服の裾に縋りつき、いまにも破く勢いで叫び散らす。
「主よっ、どうか光を……! どうかどうかどうか!! どうかあぁああ!!」
対する師匠の顔は――例の黒い仮面で窺えない。
けれど、間違いなく心優しい師匠は、青年の心中を察して、同じくらいに歪んだ顔になっているはずだ。
師匠は震えながらも、はっきりと答える。
「ファフナー、僕は君の主じゃない。光も、君にはもう必要ない」
「え……?」
否定されるとは思っていなかったのだろう。
青年は絶望の表情で口を開いた。そこに師匠が首を振りながら、諭していく。
「だって、もう君は光の下にいる。あの地獄の中を、君は生き残ったんだ。生き残って、地上まで出た。だから、もういいんだ。もう君は泣かなくていい……」
「……い、いま俺は、光の下に?」
疑問と共に、青年は暗雲の覆った空を見上げた。
しかし、その瞳に光は差し込んでいるように見えない。
「そうだよ。あの場所から君だけは抜け出せたんだ。あの場所での出来事を、すぐに忘れろというのは無理だってわかってる。でも、忘れないと駄目だ。忘れて、次に進むしかない……」
「俺だけが、抜け出せた……」
わなわなと震えて青年は自分の手を見つめる。その手を師匠は強引に取って、立ち上がらせた。
目と目を合わせて、終わったことではなく、これから先のことを語っていく。
「もう一度言うよ。もう君に『救世主』なんて必要ない。いま君に必要なのは、仲間……いや、友人かな。新たな友人たちと共に、新しい道を進むんだ」
綺麗ごとを言っていると、話の途中から加わった私でもわかった。
向かい合う青年も私と同じように眉をひそめて、首を振ろうとする。
「主よ。新たな友人なんて、俺には絶対にできません……。こんな姿となった俺に――」
「心配しなくても、もう僕たちは『友達』だ」
おそらく、師匠自身も綺麗ごとだとわかっているのだろう。その上で、無理を押し通そうとしていく。
「だから、主なんて呼ばないで欲しい。そんな大仰な喋り方もいらない。もう君は誰も崇めなくていいんだから……」
「主と俺が『友達』ですか……?」
「うん。死んだヘルミナさんの分まで、新しい道を生きよう。そして、幸せになるんだ。みんなの分まで」
「そう、主が……いえ、カナミ様が望むなら、努力します……。望むのであれば……」
「大丈夫。ファフナーなら、すぐに立ち直れる。僕たち『理を盗むもの』と違って、その心に皹なんて入っていないんだから……」
それを最後に、師匠はファフナーを騎士の宿舎の中まで連れて行った。
そして、大した間もなく一人だけで建物から出てくる。
『次元の力』のおかげで、話の途中で私が訪れていることには気づいていたのだろう。すぐに近くで待っていた私の傍まで駆け寄ってくれる。
「ティアラ……」
「師匠、何があったの……? なんで、あのときの子が……」
「それは――」
その場で師匠の口から、説明がされていく。
私が工房にこもっている間に、北東のファニアの地で異常事態の報告があったらしい。
急を要していたため、すぐに動けた『闇の理を盗むもの』ティーダと二人だけで急行して、その問題の解決にあたったようだ。
その結末として、ロミス・ネイシャの手によって、ヘルミナ・ネイシャが殺された。
「――全部、あのときのティアラの言うとおりだった。僕とティーダが間違っていた。僕たちの甘さが、またみんなを苦しめた……。ちゃんと僕たちがロミスを、殺していたら……」
かつて私が推測したとおり、ロミスのやつは『奇跡の力』を諦めきれずに、再びファニアに現れたということだ。
彼の暗躍によって多くの血が流れたと、師匠の短い説明からも読み取れた。
「僕が間に合わなかったせいで……」
そう師匠は繰り返すが、それは私の台詞だった。
そのロミスの復讐を、わたしはスキル『読書』で完全に読み取っていた。
もし私が居合わせていれば、例えば〝青年ファフナーはヘルミナ・ネイシャと手を重ねて、地の底で永遠に眠り続ける〟くらいのベターな終わり方に導けたはずだ。
しかし、その戦いに私は同行できなかった。
丁度、『神鉄鍛冶』という力の確認作業中に、急な報告があったせいだと言うが――
「次こそは、絶対に間に合ってみせる。二度と、同じ間違いは繰り返さない」
この数年間、ずっと明るかった師匠の表情に
そして、大した間もなく、二人目の『理を盗むもの』まで私の前に現れる。
これもまた私の知らない間に、全てが終わっていた。
その青年はシス姉と共に、騎士の宿舎の裏で剣を振っていた。
くすんだ栗色の髪に気弱そうな顔。
どこにでもいる新米騎士かと思いきや、その剣は――余りに美しかった。
目に見えないわけではない。
レベルの上昇によって強化された私の目は、確かに青年の剣を追いかけることができていた。しかし、なまじ見えるからこそ、近づけば〝一呼吸の間もなく、斬られたと感じることさえなく、ティアラ・フーズヤーズの首は胴体から斬り離される〟と読めてしまうのだ。
青年は特徴のない風貌でありながらも、死の予兆の塊だった。
わかりやすく死の予感を振りまいていたファフナーが親切に見えるほどに、彼は静かで恐ろしい死の運び手だった。
私は十分に距離を取って、シス姉と何を話しているのかを盗み聞こうとする。
しかし、その死角にいる私の動きを、あっさりと青年は感じ取って目を向ける。
「…………? えっ、えぇえっ!? ティアラ姫様……!?」
その勘の良さに私は驚きながら、観念して青年の前に姿を現す。
すると、彼は緊張して縮こまりながら、大声をあげて挨拶をする。
「ひ、姫様! 私はアレイス家の当主ローウェンであります! あの、その……とにかくっ、お目にかかれて光栄であります……!!」
「あ、うん……。そこまで畏まらなくていいよ。私はお姫様らしいことなんて、全然してないからね……。一杯いる外交官の内の一人くらいだと思ってよ」
縮こまりたいのは、こちらのほうだった。
向かい合っているだけだというのに、冷や汗が止まらない。ずっとスキル『読書』が過去最高の警告を訴え続けている。
いま私は、生殺与奪の権利を常に握られた虫の気分だ。
私は青年から一歩遠ざかり、シス姉の後ろに隠れつつ聞く。
「シス姉……。この人、もしかして……」
「ええ、彼は『地の理を盗むもの』よ」
「ど、どうして……」
「どうして? スカウトしたのよ! ファフナーを『契約』で騎士にしたとはいえ、まだまだ戦力は不足していたから!」
「スカウトって、誰が……?」
「それは……その、もちろん、私よ! 私に決まってるじゃない!」
言い澱んだ。
シス姉は子供のように誤魔化そうとすることが多い。
嘘ではないのだろう。ただ、誰かの協力を得てローウェン・アレイスを見つけたのを、自分一人の手柄のように言っている可能性が高い。
「ぁ、あ――」
その経緯を詳しく聞こうとして、自分の喉が張り付いていることに気づく。
恐怖で喉が乾き切っていた。
緊張でお腹が強張っているのもわかる。
私は身をよじって、なんとか声を搾り出していく。
「……ちょ、ちょっと来て。シス姉」
ローウェン・アレイスの前では、気軽に話すらできない。
それを表情で訴えると、シス姉は一度だけ頷いて、移動を彼に伝える。
「私は彼女と話があるわ。あなたはそこにいて」
王族だけでなく使徒相手にも緊張しているローウェン・アレイスは「はっ!」と短く答えて、その場で剣を振り続ける。
その剣が、いつ私の首を斬り飛ばさないか戦々恐々としながら、私はシス姉と青年が見えなくなるまで歩く。
「……シス姉。まず、あの男の『呪い』を聞かせてよ」
何よりも先に、それを聞いた。
あの剣の力の源となったものを知らなければ、この恐怖は克服できないと思ったからだ。
「『呪い』? あー、ティーダと盟友が、『忘却』とか『魅了』とか言ってるやつ? ええっと、確か……」
シス姉にとって『呪い』は重要でないようで、眉間に指を当てて、記憶を掘り起こそうとする。
他にも『死去』『不信』『自失』などもあるのだが、口には出さずに彼女の言葉を待つ。
「あれの『呪い』は、『相違』? だったような?」
その口ぶりから、ローウェン・アレイスの『理を盗むもの』化にシス姉はほとんど関わっていないと確信する。
そして、そのいままでとは毛色の違う『呪い』について、問いかけ続ける。
「『相違』ぃ……? あの人は、何かを間違えるの?」
「あれと話せばすぐにわかると思うけど……ローウェン・アレイスは異様に誤認されやすく、誤認しやすいわ。さらに、あれの異常な功名心も合わさってしまって、戦闘中に名の通った人物が近づくと、ちょっとした間違いで敵味方関係なく殺されちゃう状態ね」
「ちょ、ちょっとした間違いで、殺される……? へ、へえー……」
その余りに直接的な殺意に満ちた『呪い』を聞き、私は見えなくなったローウェン・アレイスから、さらに一歩遠ざかる。
道理で、本能的に恐ろしいわけだ。
いま私は師匠の『呪い』によって死にやすい。
その私を間違って殺すのに、これほど適した『理を盗むもの』はいないだろう。
「別に、大した問題じゃないでしょう? 名の通った人物が死ぬって言っても、所詮
「シス姉ー。そう簡単に言っちゃ駄目だって……」
私は名前を呼んで、その倫理観を責める。けれど、彼女は全く意に介さず、利己的に説明をしていく。
「大丈夫よ。とにかく、あれは大物を殺したがってるわ。逆に言えば、大物に見えない相手に彼の『呪い』は作用しない。つまり、あなたのような子供は安全よ」
「……だとしても、余り近くにいて欲しくはないかなあ。お姫様って認識されちゃってるし」
ローウェン・アレイスと私は、とにかく相性が悪い。
その事実から、陽滝姉の用意した駒――それも「ちょっとした間違いで殺すこと」に特化した暗殺者であると判断する。
「それはディプラクラとティーダも言っていたわね……。わかったわ。私は気にしないのだけれど、急いであれは最前線に送ることにするわ。そもそも、あれは即戦力としてスカウトしたしね」
「それならいいけど……」
あとは名の通った味方さえ近づかなければ、立派な戦力となってくれるだろう。
しかし、これで絶対に出会ってはならない『死神』という駒が、戦場に足されてしまった。
それはつまり、その駒がある場所に私は移動できないというルールが足されるということでもあった。
不安が募る。
先ほどシス姉が『人』を消耗品のように言ったのも私は気になっている。
さらに彼女の差別意識が高まり、傲慢になっている気がする。このままだと、いつかシス姉は、数少ない友人となった私までも使い捨てるかもしれない。
多くの危険な駒が近づいてきて、私の動ける領域が狭まってきていると思った。
それは師匠から教わった
私という駒が余りに逃げ上手ゆえに、陽滝姉は世界という盤面全てを使って詰みに来ているのを感じる。
「これで、こっちの『理を盗むもの』の騎士は三人。この三騎士なら、『北連盟』も恐れるに足りないわ――」
口の端を歪ませて、シス姉は笑う。
そして、この数日後、『闇の理を盗むもの』ティーダと『血の理を盗むもの』ファフナーも前線に向かうことが決まる。
――そのフーズヤーズ国の強すぎる一手は、南北の関係を悪化させることになる。
世界の流れが勢い良く巡り、全てが悪い方向に転んでいくのを、後方のフーズヤーズで私は感じた。
まず最強と名高い竜人セルドラが、三騎士の登場に対抗して独力で『無の理を盗むもの』となる。
さらに刺激を受けた『北連盟』は、統率の取れた『魔人』部隊を予定よりも早く完成させてしまう。
さらに、使徒の名において『南連盟』が発足したものの、主宰国がフーズヤーズであることに不満を抱く諸国が反乱を起こした。
その際、師匠と私が広めた生活用の『呪術』が、軍事用に転換されているのを確認する。
その氾濫を抑えるために、広めた師匠と私たちが各地を飛び回ることになる。
――徐々に師匠の顔の翳りが深まっていくのを、私は隣で見続けた。
何よりも決定的だったのは、陽滝姉の病の悪化だ。
この数年で、多くの研究員や物資が集まり、治療技術は高まったはずだった。
しかし、その新たな治療が、どれも上手くいかなかったのだ。
四年目の終わり――
徐々に回復していたはずの陽滝姉の症状が、まるで時間を巻き戻すかのように悪化する様子を見て、師匠は担当医であるディプラクラ様に問い詰める。
「――ど、どうしてですか!? どうして、陽滝の状態が悪くなってるんですか……? ディプラクラさんの言うとおりに人も物も集めました。最初の頃よりずっとずっと環境はよくなってるのに、どうして……!?」
「渦波よ、すまぬ……。原因はわからぬ。いままでの道理が、唐突に一切通じなくなったのだ……」
フーズヤーズ城の一室にて、向き合う二人は緊迫した面持ちで話し合っていた。
珍しく責めるような口調の師匠に対して、ずっとディプラクラ様は「わからない」と返答し続ける。
どちらも真剣だからこそ、近くで控えている私は口を出せない。
二人の求めている真実を知っていたとしても、答えられない。
陽滝姉の体調不良の原因となっているのは、例の『糸』だろう。あれが『魔の毒』の運搬を加速させて、どこまでも病の症状を重くしているのだ。
その『糸』が見えるのは、いまのところ私だけ。『糸』を認識できない二人に、この問題を解決することは不可能だ。
さらに言えば、いま陽滝姉が『糸』を完全に制御していることも私は知っている。
つまり、いま陽滝姉は『魔の毒』の運搬量を操って、壮大な仮病をしているわけだ。
それを説明したとしても、二人は信じられないだろう。
そこに見えない『糸』があると言っても、陽滝姉が同意してくれない限りは証明ができない。陽滝姉は同意するどころか、私を孤立させるように仕向けるだろう。
死にやすい私は、どうしても慎重にならざるを得なかった。
流れのままに状況を見守っていると、痺れを切らした師匠が動き出す。
「ディプラクラさん、シスはどこですか?」
「……まさか、あやつを頼る気か? それは駄目じゃ! 昔のシスならばともかく、いまのシスは明らかに様子がおかしい! おぬしもシスとは、『人』の扱いで何度もぶつかったじゃろう!?」
「だからって! このままでも、駄目じゃないですか!」
「渦波よ、落ち着け。もうしばし待て。これは本当におかしいのじゃ。陽滝の病は治らぬにしても、悪化する理由は一切ない。理論上、ありえぬことが、いま起こっておるのじゃ」
「ええ、わかってます! いま陽滝は悪化しているって! このままだと、この異世界に来る前の――あの状態まで戻るってことも!!」
「まずは情報の収集じゃ。おぬしも例の数値化に慣れてきたところじゃろう? あれを進めれば、原因解明に――」
「――っ!! 何を悠長なことを!!」
師匠は声を荒らげて、ディプラクラ様の発言を遮った。
さらに、今日まで言えなかった不満を噴出させていく。
「あなたたちは陽滝が死んでも、原因を突き止められたら、それで満足でしょうね! でも、僕は違う! 陽滝が治らないと、何の意味もない! それがわかってますか!?」
「そ、それは……。もちろん、わかっておる……」
その剣幕に押されて、ディプラクラ様は冷や汗を流す。そして、シス姉と同じように、どこか誤魔化すように声を震わせた。
「本当ですか?」
すかさず師匠が確認を取る。
それは今日まで信じてきた使徒の良心を疑うということに他ならなかった。
「……本当じゃ」
即答できずとも、ディプラクラ様は確かに頷いた。
その姿を前に、師匠は唇を噛む。イラついているのが、簡単に見て取れる。
妹一人救えない自分に――妹の『理想』になれないことで、自分の存在意義が揺れているのだろう――その果てに師匠は、追い詰められるままに動き出す。
「ディプラクラさん、すみません。僕はシスの話を聞きに行きます」
何があっても妹を救う兄として、ディプラクラ様に背中を向けて出て行く。
私は慌てて、その背中を追いかけようとする。
「渦波よ……。な、なぜじゃ……。なぜ、こうなる――」
後ろで、使徒が嘆いていた。
その答えを私は知っている。
目を凝らさずとも、肌で感じる。
背中を押され続け、そこに導かれている感覚がある。
こうして、師匠も私も、彼女の下まで
完全に舞台は整っていた。
ディプラクラ様との話が終わったあと、丁度よくシス姉は城の大広間にいた。
先に辿りついた師匠が、彼女と話をしている。
「ええ、もちろん。ディプラクラには無理でも――」
それは予め決まっていたとしか思えないシス姉の返答。
演出されたどころか、台本があるとしか私には思えなかった。
「
かつてよりも傲慢となったシス姉が、かつての案よりも良い方法があると自慢した。
それを聞いた師匠は、ずっと翳りのあった顔に僅かな希望を滲ませる。
「しかし、その方法は余りに難しいわ。まず、この世界の毒を完全に理解することが最低限必要よ」
試すかのようにシス姉は師匠を揺さぶっていく。最近は、何度も師匠と
「毒――? ああ、この世界の魔力なら僕たちが誰よりも上手く操れる! なあ、ティアラ!」
師匠は私という協力者もいるから平気だと主張する。
それに私は僅かに逡巡したあと、胸を張って応えていく。
「……その通り! この国を救ったのは誰だと思ってるの! 私と師匠以上に上手く魔力を操れるやつなんていないんだから!」
「ああ。そういえば、あなたたちはこれを魔力と名づけたのだっけ。うふふ、魔力……。そして、『魔力変換』ね。いいセンスだわ。私も次からそう言いましょうか――」
ぱらぱらと勢いよく、頁がめくれていく気がした。
それを私は止めることができない。
スキル『読書』が先を見通せない以上に、この新たな流れを心のどこかで私は楽しんでいたのだと思う。私という人間の好みを、よく理解した展開と言葉選び――だから、それを私は止められなかった。
『使徒』と『異邦人』の『契約』が為されていく。
シス姉は誰よりも『契約』を好んでいた。
いまや、それだけが世界で唯一信じられるものかのように、私たちに迫る。
「――『契約』でも何でもしてやる……。陽滝のためなら、僕はもう迷わない! 二度と間違えない!」
それに師匠は、とても師匠らしい即答をした。
シス姉も、とてもシス姉らしい了承を返す。
「
そのとき、私はシス姉の笑みの裏に、僅かな悪意を感じた。
「…………っ!」
その悪意の持ち主は、シス姉ではない。
悪意の向く先は、師匠ではない。
――これは、陽滝姉が私に向けた悪意だ。
その挑戦状めいた悪意を前に、私は息を呑む。
そして、スキル『読書』を使うまでもなく、私と師匠の二人だけだった『冒険』に、陽滝姉とシス姉が加わった頁が見え始める。
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