364.読み直し


「ついてこい。こっちだ」


 『闇の理を盗むもの』ティーダと休戦した私たちは、彼の案内で街からの追っ手から逃げていく。


 ティーダの力は非常に便利だった。

 闇を衣のように纏うことができるおかげで、一度建物の合間にある影に紛れてしまえば、追っ手が私たちを見つけるのは不可能だからだ。


 闇と同化した私たちは誰にも気づかれることなく、街の奥深くまで移動していく。


 ちなみ、移動と平行して、私は肩の傷を師匠に治して貰っている。例の『代償』済みの本を使うことで、なんとか血液を凝固させるところまで進んだ。

 出血死の心配はなくなったところで、とある大きな建物にまで辿りつく。


 当然のように裏手へ回って、闇と一緒に侵入していく。

 その建物の造りと鼻をつく空気から、先ほどまでいた『第一魔障研究院』と同種の施設であるとわかった。おそらくは第二か第三あたりの研究院なのだろう。


 その建物内の回廊を歩く途中、先頭を歩くティーダが師匠に声をかける。


「カナミ。私にフーズヤーズまで同行して、『使徒』に協力しろと言ったな? ……条件がある。この街で捕縛されている『火の理を盗むもの』を救出して欲しい。あれも一緒に連れて行くのなら、私は了承しよう」


 そして、移動の最中に師匠が提示していた要求に、交換条件をつけた。

 それを聞いた師匠は、ティーダの背中に向かってお礼と疑問を返す。


「考えてくれてありがとう、ティーダ。……でも、それってつまり、いま『火の理を盗むもの』は救出しなければいけない状況にあるってこと?」


 すぐにティーダは返答しなかった。

 無言のまま、いくらか歩き進み、一つの大扉の前で止まった。


「そこの隙間から見ろ」


 扉を指差し、促した。

 師匠は疑問の答えを求めて、大扉の隙間から内部を見る。ちなみ、その後ろに私もついていって、師匠の顔の横から同じものを見る。


 そこには『第一魔障研究院』の中央療養室と同じ光景が広がっていた。

 大量の茣蓙に大量の患者が横たわり、中央の巨大像モニュメントに向かって祈りを捧げている。


「あれがどうかしたの?」

「真ん中のでかい石の中には、炎神――いや、『火の理を盗むもの』の千切られた右腕が入ってある」

「……え?」 

「この街の領主は、まだ子供だった『火の理を盗むもの』の四肢を千切り、街の各地にある礼拝像の中に隠した」


 ――へえ!


 感心が表情に出かける――のを抑えて、ショックで絶句する振りをする。


 そして、冷静にもう一度隙間の先を見る。

 炎神様を模した巨大像に向かって、誰もが「炎神様……」という呟き、祈っている。しかし、実際のところは、子供の腕に向かって救いを求めているというわけか。


「ちなみに、あの『炎神様の御石』というやつには、『火の理を盗むもの』の血が含まれている。ここまで言えば、大体のことはわかるだろう? この街の全ての奇跡は、『火の理を盗むもの』の犠牲で成り立っているだけだ。……というより、元々、ここを再興させたのも『火の理を盗むもの』の手柄だったんだ。だというのに、その奇跡を起こした少女は、いま身体をバラバラにされ、薪のようにべられている。領主が現れて以来、ずっとだ」


 そのティーダの話を聞く師匠の顔は、驚きから悲哀に染まっていく。

 とりあえず、私は師匠の服の袖を、心配そうに摘む。


「『火の理を盗むもの』は『第一魔障研究院』の最奥で、首だけとなって延命処置を受け続けている。彼女の持つ力――奇跡と信仰を搾取し続ける為、領主が拘束・監禁しているわけだな。私は同類として、その彼女を救いたい」


 厳粛に伝えられ、師匠は絶句している場合ではないと、なんとか声を絞り出していく。


「し、四肢を千切って、拘束されてる……? そんな状態で生きていられるの?」

「ああ、私も一度は死んだと思った。だが、私たちは生きていた。いま『火の理を盗むもの』の千切れた四肢の先は、モンスターになっている。あいつはエレメント系モンスターの混じりだから、首から下は火そのものだな。どういう理屈か知らないが、それで人間の臓器の代わりを果たせているらしい。――ちなみに、私の顔面も同じ理屈だ」

「そんな……、そんなの死ぬよりも……。あぁ……」


 ティーダは自らの泥のような顔面を例にして、いまの『火の理を盗むもの』の状態を説明した。


 火の身体を持っているという情報を聞き、また私は「――へえ!」と感心したくなったが、強く堪えて将来に必要な情報を収集していく。

 それは先ほどの戦闘から覚えていた違和感だった。


「ねえ、ティーダさん。それさ、本当に見えてるの?」

「見えているというよりは、わかる――だな。ぼんやりとした白と黒だけの世界に、物の輪郭線だけが引かれている。その代わりに『魔の毒』はよく見えるから、個々の識別はそこに頼っているな」


 思っていた通り、人の視界とは完全に別物のようだ。

 だから、ああも戦闘中の動きがぎこちなかったのだ。


「あー、やっぱり。だから、さっきの戦い、人とちょっと違う動きになってたんだね」

「おそらくだが、例の『魔人』を超えて、モンスターに近づいているんだろうな。……思いもしないところで、ずっと謎だったモンスターの視界が判明して、私は複雑な気分だよ」

「なるほどねー。それで、『火の理を盗むもの』さんも人でなくなったから、非人道的な扱いを受けちゃってるんだねー」

「どうかな? もし完全に人だったとしても、同じ扱いだったろう。フーズヤーズの姫ならば、よくわかる話だと思うが?」

「……んー? あはは。確かに人間って、追い詰められたらなんでもするかも?」


 私は言葉を濁す。


 先ほどから感じていたことだが、このティーダって男はフーズヤーズの事情に精通し過ぎている。

 私のことをよく知っているのはわかるが、余り師匠の前で暴露するのは止めて欲しい。いま私は、純真で小さく可愛く守りたくなる系の乙女ヒロインとして、師匠に売り出し中なのだ。決して、幼子の千切れた腕の話を聞いて笑みを浮かべるような悪人ではない。


 なので、私は恐る恐ると師匠の顔を確認する。

 そこには私と違って、一切余裕のない表情が浮かんでいた。


「本当に……? 本当に、そんな酷いことを……?」


 震える心優しい師匠に向かって、ゆっくりとティーダは続きを話す。


「犠牲になっているのは『火の理を盗むもの』だけではないぞ。この街は、多くの『魔人』を犠牲にして、成り立っている。それは奴隷にして労働力を得ているという意味ではなく、実験動物じっけんどうぶつとしてだ」

「モ、実験動物モルモット……?」

「ああ。元々、この街はそういうものを研究する場所だったんだ。昔から、各地の『魔人』を買い取っては実験を繰り返していた。まあ、ここ最近の研究対象は、死にかけの重病者が多いらしいがな」


 さらに師匠の顔は青ざめていく。

 私は薄らと予感していたが、師匠は違っていたようだ。


 ティーダは容赦なく、指先を地面に向ける。


「いまも地下でやってる。見に行くか?」

「――《ディメンション》」


 迷いなく師匠は次元の力を発動させ、その言葉の真偽を確かめようとした。


 そして、たった数秒のあと、口元に手を当てて、膝をついた。

 その師匠に見合わない力によって、ありとあらゆるものを見てしまったのだろう。完全に血の気を失い、瞳に涙を浮かべ、呼吸を乱し――また師匠の周囲の空気が歪む。


 次元の力を明らかに増幅させ、焦点の合わない瞳で、まず一言呟く。


「――助ける・・・


 師匠らしい感想だった。

 その人の好さを表している。ただ、それが謎の強迫観念に基づいていると知っている私は、人の弱さをも表しているように感じた。


 師匠は自分の使命を口にしつつ、ゆっくりと立つ。


「絶対に助ける。助けないと、駄目だ……」


 その様子を見て、ティーダは満足そうに頷く。

 きっと目的を共にした仲間ができたと思ったのだろう。


「そうか。そう言ってくれるのなら、私たちは仲間だな。カナミには、まず私たちの生まれと能力からじっくりと説明をしていきたいが、その前に――」


 ここまで話したところで、回廊の奥の暗がりから一人の女性が現れる。

 全身を黒衣に包んでいた上で、足音も静かだったので、気づくのが遅れてしまった。


「彼女は私の協力者だ。貴族の出で、ファニアでの地位が高く、研究者としての知識が豊富だ。この『第七魔障研究院』の最高責任者でもある」


 ティーダが軽く闇を操り、明かりのない場所でありながら女性の姿がはっきりと見えるようになった。


 血のように赤い双眸の下に、闇のように濃い隈を作った若い女性だ。

 珍しい黒髪を垂らした背が低めの美人だが……それよりも目を惹くのは、飾り気のない黒衣にべっとりと付着した血液だ。

 目の前に立っているだけで、血の匂いで鼻が利かなくなる。


「ランズ様……」 


 女性は開口一番に、名前を呼んだ。

 おそらくは、ティーダの姓だろう。

 

「ああ。カナミは私の同類で、いま協力者となった。例の計画に加えたいと思っているから、いますぐミーティングを――」

「も、申し訳ありません、ランズ様!! 私が裏切ったから……。ランズ様や炎神様の功績が、全てあの人のものになった……! この街を救ったのは、本当はお二人なのに……!! 恐怖に負けて、私は本当に取り返しがつかないことを……、私はァア……、ァアアァァア……!!」


 ティーダは普通に話しかけたが、女性は半狂乱した様子で自分の言いたいことだけを口にしていく。

 その彼女の剣幕に、私と師匠は挨拶する機会を逃してしまう。


「はあ……。その話は終わっただろう? 君は仕事をしただけだ。気にする必要はない」

「でも、ランズ様のお顔は、もう二度と戻りません。もう二度と!」

「仕事以外の部分で、私が君を責めることはない。こういうことはよくある。家族を優先した君は立派だった」

「でも、私が……! 私が!」

「君が責められる理由はない。裏切るしかない理由だけがあった。……本当だ」


 それを最後にティーダは右腕を軽く振って、例の泥を女性の肌に付着させた。


「……っ!」


 その途端に、女性はまくしたてるのを止めて、とても静かになる。

 どうやら、痛みを倍増させるだけでなく、他の用途もあるようだ。


 それと、いま泥を放ったとき、ティーダの顔が深く歪んだのを私は見逃さない。

 面倒な女だと眉をひそめたのかと思ったが、そうではない。一瞬だけど、泣きそうな顔になった気がする。

 その情報から、ティーダの精神こころの弱さを見抜く。


 けれど、まだ細部までは見抜けない。

 顔が特殊な形状をしているせいで、私の得意技である表情読みが難しい。

 本ならば、地文の心理描写が少なくて、妙にもどかしい感じだ。


 そして、ティーダの泥に心を操られた女性は、乱れた呼吸を整えていき、興奮を収めていく。


「はぁっ、はぁっ……、ふう……」


 静かになったが、色々と危なっかしい人という印象は拭えない。

 その私と師匠の視線に気づいたのか、ティーダは補足する。


「見てのとおり、少し心の弱い女性だ。言葉に気をつけてやってくれ」

「え、えぇえ……。その人、本当にここの一番偉い人なの?」


 正直、こんな女性が上司だったら、私は初日で仕事をやめる。


「彼女は優秀だよ。決断力があり、非常に頭がよく、とても心優しい。……まあ、偶に決断が早すぎて、色々と裏目に出たりするのは否定しない。その優秀な頭脳から悪魔的発想を生んでは、他人に利用されることもある。あと、怖い人間からの脅しに弱く、あっさりと心が折れて、仲間を裏切りもするな」


 長所を上回りすぎる短所に、私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 ここまで来ると、早めに始末しといたほうがいい分類に入る。それはティーダも同感なのか、肩をすくめながら答えていく。


「第七院長をやれているのは、領主ネイシャ家の一人だからだろう。正直なところ、贔屓の人事だな」


 やっぱりか。

 そのくらいの後ろ盾があれば、なんとか納得できる。


 そして、そこまでの重要人物を協力者と言い切っていることから、これからの展開の容易さが伝わってくる。おそらくだが、ティーダの口にする『火の理を盗むもの』の奪還計画とやらは、もうほとんど終わりに近い。


 私はティーダの言葉と状況から、多くの情報を読み取っていくが、隣の師匠は全く別のことを考えていたようで、『火の理を盗むもの』とは関係ない話を院長さんに投げかける。


「あの、ここの責任者さんなんですよね? なら、いまここの地下で行ってることについてなんですが……」

「……っ! そ、それはできません」


 全てを聞き終わる前に、院長さんは否定した。

 先ほどまでとは打って変わって、とてもまともに受け答えをしていく。


「私は今日までの研究で犠牲になった『魔人』たちを、全て背負っています。犠牲になった『魔人』たちの魂が安らかに眠れるようになるまでは止まれません」


 その言葉には、師匠が追及を止めるのに十分な重みがあった。


「もちろん、これはいま世界で苦しんでいる命たちの為でもあります。私は宗教なんてまやかしでなく、人から人に受け継がれる知識こそが世界を救うと信じています。だから、その、すみません……。これから先も研究は続けます。ここだけは変わりません」


 先んじて師匠の要求を察したことから、頭の回転は早そうだ。

 師匠や陽滝姉と質は違うが、それなりには優秀なのだろう。


 ただ、まだ師匠は納得していない様子で、女性と見詰め合う。

 その様子を見て、ティーダが間に入る。


「待て、カナミ。彼女が研究を中断して、いまの立場から離れると私が困る。なにより、もし彼女ほど心優しい女性が研究から離れると、ここはもっと酷いことになるぞ」


 計画が崩れるような事態は避けたいのだろう。すぐにでも議論が始まりそうな空気を打ち消していく。

 そのティーダの心配を感じ取ったのか、師匠は感情を抑えていく。


「すみません。気持ちが逸り、勝手なことを言いました。……あなたの気持ちは、少しだけですが僕もわかります。僕も人々を救うのは、まやかしの安らぎでなく、積み重ねた知識だと思っています」

「え? あ、はい。ありがとうございます……」


 師匠は口説いているわけでなく、本当に気持ちがわかるようだった。


 驚きだ。いや、わかってもおかしくはないか……。

 なんだかんだで師匠も、早めに始末しといたほうがいい寄りの人間だし……。


「院長さん。全てが終わったあと、あなたと話したいことがあります。フーズヤーズで僕が見つけたものを、二人で検証したいんです。これでも僕は『使徒』と共に『魔の毒』を研究していたので……と言っても、まだちょっとだけですが」

「あ、あの『使徒』様と研究!? なるほど! それは、なるほど! しかも、ランズ様と同じ身体ならば、新しい世の理を色々と知っていそうですね! 代わりに、あなたの血を検証させてくれるなら、私は大歓迎ですよ!」

「血ですか? もちろん、構いませんよ。血は『魔の毒』を調べる上で、とても重要ですからね」

「ふっふっふ……。やはり、ご存知でしたか。血こそが、人を構成する上で最も大切なもの。身体と魂の情報群であり、『魔の毒』の通り道であり、生命の燃料!」

「ええ、血には多くの情報が含まれています。間違いありません。ただ、その上で僕は人の心が最も大切だって思っています。……けど、こういう話は、あとにしたほうがよさそうですね」

「え、あ、はい。すみません。いまはそれよりも、炎神様の救出ですよね」


 凄く気が合うようだ。

 すぐに二人は直前の暗い雰囲気を払い、握手をして、将来の共同作業を約束していった。


 陽滝姉の言葉を思い出す光景だ。

 本当に師匠は女性相手だと手を出すのが早い。

 少しだけ私が頬を膨らませると、すぐ近くにいたティーダは初めての笑い声をあげる。


「ははっ。それじゃあ、移動をしようか。こっちだ」


 仲良くやっていけそうだと思ったのだろう。

 これ以上の仲介は必要ないと判断した様子で、暗い回廊の奥に向かって先導していく。


 何度か道を折れ曲がり、地下に続く階段を降りていき、石造りの狭い部屋に入る。内装は最低限の椅子と机が並ぶだけで、無駄なものは一切ない。階段が見つけにくい場所にあったことから、隠し部屋なのだろう。

 ここで詳しい話をしたいのはわかるが、余りに暗い。


「ねえ、ティーダさん。明かりは?」


 確認も含めて、私は不満を口にした。

 それにティーダが即答する。


「悪いが、点けられない。その理由を説明する為にも、一から話をしていこうか。私たちが例の『器』にされて――いや、『理を盗むもの』か。それにされたときの話だ。確認だが、私たちが『使徒』に目をつけられた理由を、君たちは知っているか?」


 私の予想通りにティーダは否定した。

 それと、明らかにティーダは『理を盗むもの』を正式名称だと勘違いしてしまっている。少し面白い。


「えっと、確か……。心に皹があるのが条件だったかな……?」

「ああ、それで合っている。ただ、この世の中、心に皹がある人間なんて珍しくはない。例えば、そこにいるコネ院長君も条件を満たしているだろう。はっきり言って、『使徒』は候補から選び放題だった。そして、その多くの候補がいた中から、私たちが選ばれたのは、特殊な力を生まれ持っていたからだ。私と『火の理を盗むもの』には生まれながら常人と大きな違い・・があった。ゆえに、『使徒』という悪魔に見初められ、こうなった」


 ここで少し『使徒』と話が食い違った。

 死に瀕した者を選んだという話だったはずだが、選ばれた本人たちは能力を基準にされたと思っているらしい。


 たぶん、『使徒』側が嘘だろう。と言っても、本人たちに嘘をついていた感覚はないと思う。軽い気持ちで、知られると困る情報を隠してしまったのだ。年齢相応に、こそこそっと。


 それには師匠も気づいた様子だったが、いま話すことではないと判断したようで口にはしない。それよりも注目したのは、私と同じく「生まれながら、常人と大きな違い・・」という言葉だった。


「違い……。つまり、『スキル』だね……」

技術スキル……? そうだな。そう遠くない表現だ。私たちにはスキルがあった。『火の理を盗むもの』の場合、『千里先を見通す力』というスキルだ」


 陽滝姉の翻訳魔法のおかげで、誤解なく伝わっていく。

 そして、また一つ、ティーダは師匠の新たな造語を受け入れてしまった。


 思えば、先ほどの『理を盗むもの』の受け入れも、陽滝姉の翻訳魔法の力かもしれない。それが凄まじいと思うと同時に、少し恐ろしくもあった。もし翻訳魔法に意図した齟齬が用意されていても、それに私たちは気づけずに受け入れるしかないのだから。

 たとえ、それが致命的な・・・・・・・勘違いだった・・・・・・としても・・・・――


「数年前、『火の理を盗むもの』は山奥の農村で、炎神の巫女のような扱いを受けていた。巫女の目は、あらゆる出来事の本質を見通すと言われ……実際、外からの侵略があったとき、その力で退けて見せた。その巫女の噂を聞いた『使徒』は、嬉々として彼女を使って実験しに来やがったわけだ」


 ティーダは『使徒』の話をするとき、少し口汚くなる。

 こちらが本来の彼であるのは、なんとなくだがわかる。


「『使徒』の実験の果て、彼女は色々なものを失い、そのスキルはより強力となった。どこでも炎を飛ばし、感覚器官の代わりとすることができるのも、強化されたスキルの一つだ」


 ここでようやく私が推測し望んでいた答えが手に入る。

 私は頷きながら、逃亡時の失敗は自分の責任でないことを主張する。


「ふんふん。それが『火の理を盗むもの』の力かー。それで、彼女の血である『炎神様の御石』から生まれる炎の近くにいると、敵さんに居場所がばれていたんだねー。……あれ? これ、師匠の力の上位互換じゃない?」


 ついでに場を和ませる為に、師匠の横腹をつつく。放っておくと、師匠は勝手にネガティブな想像を深めていって、どこまでも暗い顔になるのだ。


 私に突かれた師匠は「さっき逃亡し切れたのを考えると、僕のほうが精度は上のはず……。たぶん……」と自信なさそうにだが、強がった。


 それを見たティーダは、また軽く笑って、『理を盗むもの』の力の説明を続ける。


「ちなみに、遥か北方にいる『風の理を盗むもの』は『動物を従わせる力』だったな。風の力と合わさって、小動物だけでなく人にまで影響を与え始めているところまでは確認した」


 予期せず、ここにいない三人目の情報も少し手に入る。

 意外にティーダは情報通だった。


「最後に、私の『闇の理を盗むもの』の力だが……」


 その理由は彼のスキルにあるのかと、私は期待で胸を膨らませて、次の言葉を待つ。

 けれど、ティーダは十分に間を空けて迷ったあと、目をそらした。


「悪いが、私の力は明かせない。これは私にとって切り札だ」


 ――ハァ!?


 途中で頁が破れていたような展開に、私は不満でキレそうだった。だが、師匠は一切の不満なく頷いていく。


「だよね。仲間同士でも、そのくらいは……」

「い、いやっ! カナミになら話してもいいとは思っている! ただ、まだ時が来てないんだ! 時が、まだ……」


 慌ててティーダは理由があるのだと言い訳した。

 その仲良し二人組を私は放置して、『闇の理を盗むもの』の力を暴こうと、全身全霊で推測していく。


 先ほどの戦いでティーダは、私の痛覚を倍増させた。

 さらに、先ほど混乱していた院長さんを強制的に黙らせた。

 いまティーダと向かい合っているだけでも、妙に心がざわつく・・・・。間違いなく、人の精神に作用するのが、闇の力だろう。


 たぶんだが、強制的な自白が可能だ。

 いや、正確には人の心の闇を引き出すあたりか……? それに近いことができるのは確定だと思う。ただ、闇という名に相応しく、負の部分にしか作用できない可能性がある。


 人の心の闇に特化した能力か……。

 そう私があたりをつけたとき、頭によぎったのは――陽滝姉の顔だった。


 こいつは使える・・・・・・・

 ティーダと陽滝姉を引き合わせれば、大変面白くなりそうだ。

 例の陽滝姉の闇を膨らませることができたら、出発前の私では届かなかった部分まで見えるかもしれない。


 私は有益な情報を得られたと笑みを浮かべ、ティーダの話に集中し直していく。


「――こうして、『使徒』によって力を強化された私たちは、新たな力を振り回し始めるわけだな。しかし、強大な力を得ても、その心は隙だらけのまま。いや、より心はボロボロとなっていた。一年も持つことなく、『闇の理を盗むもの』と『火の理を盗むもの』は全てを失う。――裏切られたんだ」


 このあたりの説明は、いまのファニアの現状からわかりきっていることだ。

 なにより、この男の立ち振る舞いから伝わる。優しい心を持っていた二人は、その力を人々の役に立てようとしたのだろう。

 ただ、その姿が人によっては、愚かにも危険にも映った。

 だから、妬まれ、嫌われ、貶められ、奪われた。


「私もあいつも、幼少から信じていた大切な人たちに、裏切られた。そうさせるだけの価値が、私たちにはあった……。結末を言ってしまえば、『火の理を盗むもの』はファニアの領主の手に落ち、無限に炎を生む装置にされた。本当にあっさりだった。純真な子供が初めて落とし穴にかかるかのように、とてもあっさりと……」

「ティーダは、そのときに顔を?」

「そうだな。これは親友だった男にやられた。幸い、『火の理を盗むもの』と違って、私は逃げ切ることができたが……」


 そのときのことを思い出しているのか、ティーダは自らの顔に手を当てて、黙り込む。

 私でなくとも、彼の心の内にある深い絶望や後悔が読み取れる。


 詳しい話を聞きたいが、いま無神経に掘り返すのは悪手だろう。

 いつか隙を見て暴いてやろうよんでやろうと私が考える横で、師匠はティーダに一歩近づいて、自分の持ちうる中で最高の約束を交儂ていく。


「ティーダ、僕は絶対に裏切らないよ。『契約』する」

「……そうか。君は本当に優しいやつだ」


 『契約』の意味はわからずとも、その真剣さは伝わったようで、ティーダは嬉しそうに微笑んだ。口しかない彼でも、はっきりとわかる笑顔に、師匠は安堵の笑みを返す。


 そして、続いてティーダは私を見て、問いかけていく。


「フーズヤーズの姫、君はどうだ?」

「え、え? ……えっと、私は師匠の弟子なんで。師匠が裏切らないのなら、自動的に裏切らないよ?」

「……そうか。…………」


 少し妙な反応だった。

 ティーダは師匠よりも私を気にしていた。ずっと私は師匠のオマケとして振る回っているのに、こちらこそが本命といった強い関心を感じる。


 ティーダの言葉に違和感を覚える中、彼は話を進めていく。


「カナミたちの気持ちはよく伝わった。……だが、すまない。まだ私は君たちを信じ切れない。何度も言うが、フーズヤーズへの同行は『火の理を盗むもの』の救出を果たしてからだ」


 嘘だ。


 明らかにティーダは師匠を同類とみなし、信じ切っている。

 けれど、信じられないからと理由をつけて、執拗に『火の理を盗むもの』救出の確認を取ってくる。


 何か隠し事をしていると思うに十分な違和感だった。

 

「そんな目に遭ってきたなら、当然だよ。わかってる。いま僕がティーダにできるのは、『火の理を盗むもの』を救出することで、本当に仲間だってことを証明することだけだ。同行の話は、それからだね」


 師匠は一切ティーダを疑うことなく、パンッと手を打ち合わせて、要求を受け入れていく。

 その様子を見て、ティーダの喜びは深まっていく。


「そうか。それでも・・・・、君は協力してくれるんだな……」


 …………。

 正直なところ、私はティーダの隠し事の中身は推測できている。

 これから先の展開も、本を読んでいるときのように薄らと見えている。


「実はカナミ、奪還計画はかなり前から立ててある。そこに『次元の理を盗むもの』である君が協力してくれるなら、すぐにでも実行に移せる」

「え、そうなんだ。……なら、計画を聞かせて、ティーダ。どんな役目だって、僕はこなすよ」

「ははっ、いい返事だ。本当に久しぶりに聞く……、いい返事だ」


 師匠とティーダが友情を深め、『火の理を盗むもの』を奪還する為の計画を再調整していく。その最中、私はオマケらしく後方で見守り、自分の頭の中に集中する。


 この『ファニア編』とも呼べる本の頁をめくっては戻し、読み返しては考え、最後に待つ結末のパターンを大量に予測していき、一つ一つ吟味する。


 先ほどのティーダの隠し事が、師匠にとって害となるかどうかは……半々ってところだろう。

 しかし、どちらに転んでも、私は構わない。というより、推測している展開を裏切られることが、いまの私にとっては楽しみの一つだ。


「いひひ――」


 どんな結末でも心から楽しめる自信が私にはあった。

 私は本の種類ジャンル傾向スタイル結末エンドも、決して選り好みしない。だから、師匠とティーダの後ろで、私は静かに飾りなく、独り笑った。

 

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