335.二ターン目


 『血の理を盗むもの』が私の道を塞いでいる。

 千年前、私は対話を持ちかけるティティー相手に問答無用で襲い掛かった。しかし、今回は私が対話を持ちかける番だった。


「ファフナー、私の力でお父様を生き返らせます。だから、そこをどいてください」


 ファフナーが『経典』と『心臓』を奪われ、ラグネに操られているのはわかっている。

 しかし、この話をするとしないでは、ファフナーの抵抗力に差は出るはずだ。お父様が生き返ると知れば、その信奉者である彼は全力で負けようとしてくれるだろう。なにより、後ろの兵士たちが城へ入る前に、ファフナーの暴挙を止めたい。


もうやめてくれ・・・・・・・


 しかし、その期待は、僅か一問答で裏切られてしまう。

 ファフナーは立ち上がると共に、足元の血を魔法で操った。瞬時に、以前に見た血の触手が二十ほど生成され、網を投げるかのような形で私に襲い掛かってくる。


「――《ゼーアワインド》!」


 咄嗟に後方のライナーが全力の風を放ち、血の網を押し返した。

 私は防御を彼に任せ、対話に集中する。


「なぜです? お父様が――あのカナミ様が生き返るのですよ? それを他でもないあなたが拒否するのですか? カナミ様を最も好いていた騎士のあなたが……」

「ああ、他でもない俺が拒否するぜ……。すまねえな。ラグネのやつの騎士をやっている内にわかったんだ……。そういう希望が、俺たちをより不幸にしてるってな……」


 昨日までと様子が違う。

 私に操られていたときは前向きポジティブだったファフナーが、異様なまでに後ろ向きネガティブになってしまっている。


 いまの主であるラグネの影響だろうか。

 ラグネの『反転』される力とやらで、心理状態を弄られたのかもしれない。

 私は退くことなく、説得を続けていく。


「ファフナー、あなたはお父様に世界を救って欲しいのでしょう? 千年前から、そう言っていたじゃないですか……。お父様には、いつかは世界を救うだけの力があります。必ず、あります。ならば、いま味方すべきはラグネでなく、お父様を生き返らせようとしているわたくしたち。かつてない抵抗を、いま見せて欲しいのですが……」


 この数日、ファフナーは操られていると言いながらも、自由な行動が目立った。もし『経典』の所持者に逆らえないというのが嘘ならば、いまこそラグネの予定を狂わせて欲しい。


 だが、その願いとは裏腹に、ファフナーは首を振る。

 さらに、戦意の証明である血の触手の数を四十に――二倍に増やしていく。


「ああ、俺はカナミに世界を救って欲しいさ。いま生き返れば、きっと世界を救うだけの存在にもなるのも疑っちゃあいない。……ただ、その『世界を救う』ってのが、俺にとってそこまで大切なことじゃなかった――ってだけだ」


 ファフナーは一階から血を汲み上げて、一振りの剣を生成する。

 それを片手に血の海の中を歩きつつ、その持論を話す。私の持つ旗の光に当てられているせいか、とても素直に吐き続ける。


「結局、俺の『世界を救う』ってのは、ラグネの『世界で一番』ってやつと一緒だったんだろうな……。それは『夢』であって、『未練』じゃない。だから、たとえ叶っても、できるのは確認作業だけ。『ああ。いま世界は救われても、俺の救ってほしかった千年前は、どうあっても救われないんだなあ』ってわかって、それだけだ。――意味なんてない」


 不穏な魔力と殺意が、大玄関に満ちていく。

 慌てて私はファフナーの気を沈めるために反論をしていく。それは千年前、長い間彼の主をやっていたからこそ出せる言葉だ。


「……ファフナー、あなたは聡い騎士です。それは千年前の最初からわかっていたことでしょう? わかった上で、あなたは世界を救おうとしていた。少しでも、この世界で苦しむ人を減らそうと努力していた。その耳に聞こえる死者の声を少しでも減らそうと、あなたは必死になって――」

「なあ、もう全員殺しちまおうぜ? 死者の声は止められなくても、それで死者の声が増えるのは止められる」


 その私の諭す言葉を、ファフナーは物騒すぎる言葉を吐いて止めた。


 ファフナーの顔は苦痛に歪んでいたが、どこか清々しそうだった。

 随分と前から思っていたことなのかもしれない。お父様の死が切っ掛けとなったのは間違いないだろうが、それは元々彼の心の中にあった本音のように感じる。


「ファフナー……、どうして……」


 いまの彼は千年前の私と同じなのかもしれない。

 もう対話は不可能と確信できるだけの狂気を浴びてしまい、彼の名前を呼ぶことしかできなくなる。


「くははっ。そもそも、こんな不完全で襤褸ぼろい世界、生きているだけで不幸すぎると思わねえか? なら、もう全員死んだほうがマシだろ。もう誰も生まれないように全員ぶっ殺したほうが……いいだろうが!!」

「ファフナー、待ってください――! まだ話は――!!」


 その言葉を最後に、ファフナーは駆け出した。

 同時に魔法《ブラッド》も使っているのだろう。膝まである血の瀬だというのに、彼は平野を走っているかのようだった。


「話は終わりだ! こっちはカナミよりラグネのやつのほうが向いてる! だから、俺はラグネの味方をする! 俺は俺の意志で、ラグネを選んで守る――!!」


 一瞬にして私たちの間の距離は埋まった。

 ファフナーの振り上げた血の剣が叩きつけられ、


「くっ――!!」


 それを私は手に持った光の旗で防いだ。

 彼は一流の剣術を使うが、こちらも一流の棒術を使える。その交錯は対等だった。


 だが、ファフナーの攻撃は剣だけではない。

 同時に、百に届きかけるほど増えた血の触手たちがうねり、私に目掛けて飛びこんでくる。


 なんとか血の剣は防いだ私が、血の触手たちの防御は間に合わない。

 当然ながら、最初から戦闘を頭に置いていた者と、最後まで対話を望んだ者では初手に差が出る。

 その不甲斐ない私の服の襟を、ライナーが後ろから引っ張る。


「――《タウズシュス・ワインド》!」


 百の血の触手を、百の風の杭が貫いて相殺する。

 いまの会話の最中、ずっとライナーは準備をしていたのだろう。そして、私の危機に合わせて、強引に立ち位置を交代させ――私でなく、ライナーの剣がファフナーの血の剣と交差する。

 二人のヘルヴィルシャインが顔と顔を向き合わせ、火花を散らせる。


「ラグネは殺らせねえ……! 一時的だが主は主! あいつは俺が絶対に守る……!」

「それはこっちの台詞だ……! こっちも一時的だが、ノスフィーが主! 絶対にやらせるかよ……!!」


 その殺意のぶつかり合いを見て、いま対話が終わり、敵対が確定したのを感じる。


 正直、まだ私は対話を続けたかった。私の憧れの人たちと同じように、このファフナーを相手に、延々と無防備に言葉を投げかけたかった。

 私の至った新たな本当の『魔法』――『不老不死』は、それに特化している自信がある。

 こういう時の為の『不老不死』であるということもわかっている。


 しかし、それはできないと理性が忠告する。

 私の新たな本当の『魔法』は一度きり。

 それを使う相手はフーズヤーズ城の『頂上』にいる。

 少なくとも、この一階で発動させていい代物ではない。


 なにより、背後に控えている万を超える命が、それを許してはくれない。

 私がファフナーと話している間に、後続の兵士たちは追いつき、いま城の中に入ろうとしていた。それを見た私は止めるために、後方に向かって叫ぶ。


「――みなさん、止まってください! 城内は敵の『血の理を盗むもの』と一体化しています! もはや、修復は不可能! 外側から破壊する他ありません!!」


 城の入り口前にいた兵士たちは私の声を聞き、進軍を中断してくれる。


「総員、止まれ!!」

「くっ……! 薄々とはわかっていましたが、もう我らの城は……!」

「元々、城は民を守る為のもの! ここで壊すのを躊躇してどうする!!」

「周囲の騎士団にも聖女様の声を伝えろ! 手が空いた者は城そのものへの攻撃だ!」


 さらに兵士たちは、その指示を疑うことなく実行もしてくれる。

 事前に十分に奇跡を見せていたおかげだ。数秒も待たずに、外からの攻撃によって城が揺れ始める。


「『血の理を盗むもの』本体は、わたくしたちが内部にて抑えます! みなさんは外部から攻撃を! このわたくしの旗の光を目掛けて! 遠慮なくお願いします!!」


 そう私が叫んだところで、ライナーと正面で斬り結んでいたファフナーが大きく後ろに跳んだ。


「ちっ! ノスフィーめ、面倒なことを――!」


 舌打ちと共に地面へ手をつき、城内の血を操っていく。

 血の海の水位が下がると共に、壁の流動する血液が濃くなっていくのを感じた。

 壁の厚さを増させて、城の防御を固めたのだ。


 その様子を見て――やはり・・・、この城の壁の弱点は千年前から変わっていないことを確信する。


 誰もが最初は、その血の壁の堅牢さに騙されるが、これはローウェン・アレイスの水晶のように【絶対に壊れない】という代物ではない。朝にディアが打ち破ったように、単純な火力で押し勝てば、それで壊せるのだ。


 もちろん、騎士百人程度の魔法では、びくともしない。

 しかし、千人から万人。騎士たちが継続的に城を攻撃し続ければ、その物量によって、いつかは血の壁にも限界が来る。


 私はファフナーの纏う魔力が薄くなったのを指差し、降伏を促していく。


「ファフナー、諦めてください。わたくしが外の兵士たちを強化・洗脳し続けている限り、あなたは『頂上』にいる主の足場を守る為だけに、その血と魔力のほとんどを外に向けなければなりません。もはや、完全な包囲殲滅戦です。この形になった以上、あなたに勝ち目はありません……」

「ハッ、ざけんなよ。だから、なんだ?」


 が、ファフナーは取り合わない。

 一人で一国の軍を相手取り、同じ『理を盗むもの』である私を前にして、そのくらいは劣勢でないと笑い飛ばす。


「なあ、ノスフィー。そもそもだ。体調とか魔力量とか、そういうのが結末を左右したことあったか?」

「……ないですね」


 そのファフナーの自信を裏打ちする理由には、思わず頷いてしまう説得力があった。

 そんな素直な私の反応に、ファフナーは笑い声を強めていく。


「くははっ! そうだろう!? つまり、俺たち『理を盗むもの』同士は、戦いが終わるまで常に互角! 勝敗を決めるのは『未練』の差のみ! ああ、いつものこと! どれもこれも、いつものことだ!!」


 ゆえに負けるまで降伏はしないということだろう。

 城の強化を終えたファフナーは、すぐさま戦闘を再開させるべく駆け出す。


「それによぉっ、おまえは俺の弱点を知り尽くしているつもりだろうが! 俺だっておまえの弱点は知ってるんだぜ!? 死者嫌いのおまえは、切り捨てるべき駒を切り捨てられねえ!!」


 そして、ファフナーが狙ったのは後衛で補助する私でなく、正面のライナーだった。


 足元から生えた触手たち全てを置き去りにして、ファフナーは単身でライナーに肉薄する。

 この足場では考えられない速さだ。ライナーは身構えていながらも、その血の剣による一閃をかわし切れない。


「――くっ!」


 ライナーの右の脇腹が斬られ、呻く。

 が、すぐさま、その負傷は私の右の脇腹に移される。


 しかし、その回復をファフナーは予測していた。油断なく、敵に致命傷を与えた刃を返して、敵の首を切断しにかかる。

 ライナーは一太刀目には不覚を取ったものの、その次は冷静に双剣で防いでみせた。だが、息をつく間もなく、ファフナーの左の拳が襲いかかってくる。


 それをライナーは身体を捻って肩で受け止める。

 ファフナーの膂力は死者の力をこめることで、常人の何千倍にも跳ね上がっている。拳の衝撃が骨の髄まで響き、痛みが全身を奔る。骨が粉々に砕けないのは、ライナー自身の頑丈さと私の魔法の強化ゆえだ。


 そして、そのダメージも痛みも、また『代わり』に私へ移される。

 ライナーは無傷のままだ。


 当然、その回復も予測していたファフナーは攻撃の手を止めない。

 連撃だ。控えていた血の触手たちが鞭のようにしなり、ライナーを四方から叩く。それと共に、ファフナー自身も剣と拳の追撃をかけ続ける。どれだけ回復されようとも、何度も何度も、繰り返し繰り返し――攻撃を重ねていく。


 死者から譲り受けた『剣術』『体術』『魔法戦闘』といったスキルを総動員させた上、『理を盗むもの』の体力を最大限に活かした無呼吸連打だ。

 それに対し、ライナーは一度も反撃できないまま、何度も致命傷を負っていき、歯噛みしながら悪態をつく。


「――く、くそっ! 強化があっても、これか! 自力の差が、まだ!」

「いくら『光の理を盗むもの』が強くても、前面に立てる騎士がこいつじゃあなあ! 俺の相手をさせるなら、ティーダかアレイスを持って来い!」


 たった数秒の戦いで、致命傷の数は二桁を越えた。

 だが、まだライナーは無傷のまま。

 本来ならば、ここで私の魔法の正体を知らない者は様子見に移る。しかし、全てを『代わり』に背負っているだけと知っているファフナーは、決して手を緩めない。ライナーを通じて、私に攻撃をし続ける。


 そして、ついに『血の理を盗むもの』による致命傷が三桁を超えてしまい――死に迫る痛みを三桁詰め込まれてしまった私は、堪らずに膝を突く。


「……っ!!」


 それを見たファフナーは、ライナーと戦いながら笑みを浮かべた。

 自らの戦法が嵌ったのを確信したのだろう。対して、戦うライナーは苦々しい横顔を見せて、後方の私に叫ぶ。


「ノスフィー! もういい! 僕の『代わり』は切れ!!」

「……い、いま補助魔法を解けば、あなたなんて一瞬で細切れですよ!?」


 百回は殺されたであろうライナーが私の助力を拒否してきたので、私は飛びかけた意識を戻して叫び返した。


「絶対に殺されない状況だと、こっちの調子が出ないんだよ! いいから、おまえは早く上に走れ! ここまではおまえの我がままに付き合ったんだ! あとは『当初の計画』通りに行くぞ!!」


 そして、私は階段に向かえと言う。

 言葉は少ないが、ライナーの言いたいことはわかっている。私の我侭である『ファフナーの説得』は止めて、とっとと事前に決めた『当初の計画』に移って欲しいのだろう。


「……わかりました、ライナー! 私が向かう間、死んでもファフナーをそこで抑えていなさい!!」

「――なっ!? おい! マジで上へ行く気か!?」


 ファフナーは絶対に私はライナーを助け続けると思っていたのだろう。私が本当にライナーの補助を全て打ち切り、一人で城の階段へ向かおうとした瞬間――明らかに動揺した。


 その動揺は『当初の計画』を開始するのに理想的な隙だった。

 タイミングを示し合わせたかのように、全員が・・・動き出す。


「――いまです! ディア!」

「ああ、ミスんなよ! マリア!」


 大玄関の奥から、別ルートから城へ侵入してきた二人の少女が姿を現す。

 同時にライナーはファフナーから大きく距離を取った。


「――っ! やっぱり来たか! だが、その程度の不意討ち!!」


 私がライナーを見捨てたのは動揺しても、新手の登場にファフナーは心を揺るがさない。

 千年前の戦いで百戦錬磨に近い彼は、このタイミングでの魔法を読み切っていた。


「――共鳴魔法《フレイムアロー・守護炎イージス》!!」

「――共鳴魔法《フレイムアロー・守護炎イージス》!!」


 『理を盗むもの』に匹敵する魔法が放たれる。

 一瞬にして、炎の鏡のようなものが無数に生成され、ファフナーの周囲を取り囲むように浮かんだ。真っ赤な大玄関に浮かぶ赤い星々。

 それを見て、彼は動きを止めてしまう。


「こ、これは共鳴魔法……? それも、これはシスとアルティの……!?」


 顔に浮かぶのは「ありえない」という表情。


 ファフナーは死者のスキルを利用できるという能力上、ほぼ全種類の魔法を把握している。その全種類分の対抗策も所持している。だからこそ、彼は誰よりも《フレイムアロー・守護炎イージス》の異常性を理解してしまい、その条理にない魔法に心底驚いていしまう。


 気持ちはわかる。この《フレイムアロー・守護炎イージス》は、あの最悪の仲だった二人――シスとアルティの共鳴魔法だ。千年前を知る者なら、誰だって最初は硬直してしまう。


「ディア、逃げ道は全て塞ぎました!!」

「ああ! ――《フレイムアロー》!!」


 そして、ディアさんの手の平から炎の矢フレイムアローとは名ばかりの凶悪すぎる白光が放たれる。


 その熱光線をファフナーは横に跳ねて避けた。

 だが、その背中で炎の鏡を反射する。


「――っ! やっぱそうなるのか!!」


 ファフナーは咄嗟に束ねた血の触手を間に挟み、二段構えの熱光線を防いだ。

 しかし、防げたのは一発目のみ。


「撃って、撃って、撃ちまくる!!」


 ディアさんは《フレイムアロー》と思われる熱光線を絶え間なく、それも狙いをつけずに全力で放ち続ける。


 百の熱光線が炎の鏡を乱反射する。

 反射して、反射して、反射して、その速度は目に留まらず、白い線が千以上引かれ、白い繭となってファフナーを閉じ込める。


「――ノスフィー!!」


 そして、そこで大玄関の奥から銀の毛並みの大きな狼が姿を現した。その巨体は血の足場を物ともせずに駆け抜け、私に近づいてくる。

 その狼の上にはラスティアラが乗っている。彼女が私に向かって、限界一杯まで手を伸ばして叫んでいた。


「――はい!!」


 私は彼女の手を握り、引き寄せられ、狼の上に乗る。

 瞬間、完全に閉ざされていたはずの白い繭の中から、声と魔法が放たれる。


「行かせるか……! ――鮮血魔法《新暦二年西聖戦初期フーズヤーズウェストワン八千八共鳴の矢クアドラエイト・カノン》!!」


 『血の理を盗むもの』特有の奇妙な魔法名と共に、先ほどのディアさんにも負けない魔法の矢――別種の熱光線が白い繭を突き破った。

 あのディアさんとマリアさんの共鳴魔法を身に食らいながら、ファフナーは捨て身で私を狙ってきた。だが、その程度の執念は想定内だ。


「――《ドラグーン・アーダー》!!」


 別ルートから城に侵入してきた最後の一人、『竜化』したスノウさんが翼を広げて、間に入った。


 ファフナーの熱光線に対抗するのは『竜の風』を押し固めた風弾。

 すぐさま、その風弾を私は手助けする。スノウさんから借りた思いを胸に、彼女の血に染み込んだ私の光の魔力に働きかけ、その身に眠る才能全てを引き出していく。


 結果、鼓膜を破るかのような音と共に《ドラグーン・アーダー》は弾けた。

 その爆発によってファフナーの熱光線は狙いが逸れ、城の壁に直撃する。城の揺れが大地震のように強まったのを見て、スノウさんは声を漏らす。


「……な、なんとかなった! この剣と強化魔法、それと安全な『竜化』があれば、私でも真っ向から戦える! たとえ、相手が守護者ガーディアンでも……!!」


 スノウさんは自分の引き出された力に驚いていた。だが、いまは感動している場合ではないと、ラスティアラから指示が飛ぶ。


「スノウ! 今日は守護者ガーディアンじゃなくて、私たちの援護!!」

「うん! 私は空から階段の雑魚を――!!」


 ラスティアラと私の乗る狼は階段まで辿りつき、勢いのままに駆け上がっていく。その移動に合わせて、スノウさんも中央の吹き抜けを使って上に向かう。


 『狼』と『竜』。

 その『魔人返り』を最大限に活かした速度で動く私たちを、凶悪な魔法に包まれたファフナーは追撃できない。


 まさしく『当初の計画』通りとなった。

 私たちはファフナーを置き去りにして、上階まで一気に進む。

 二階、三階、四階、五階と――その途中、階段には血の人形や例の『何か』が立ち塞がることもあった。だが、それはセラの進む高度に合わせて吹き抜けを飛ぶスノウさんが、横から吹き飛ばしていく。


「――《ドラグーン・アーダー》!!」


 その『竜の風』で綺麗に空いた階段を、狼の脚が駆け抜ける。

 ときおり、スノウさんの魔法を免れた敵が襲い掛かってくるときもあるが、それはラスティアラの剣と魔法で処理をする。


 私たちの疾走は止まらない。

 五階から十階へ――さらに十一階、十二階、十三階と進んでいく。


「……ラスティアラ、セラ。上手くいきましたね」


 正直、予想以上の順調ぶりだ。


 ファフナーのやつには、彼の最も嫌う――初見で、持続的で、火力の高い魔法を――ライナーを囮にして、叩きつけてやることができた。


 さらに、偶々だが・・・・、綺麗に二手に別れることもできた。ファフナーを抑えるマリア・ディア・ライナーの三人。ラグネからお父様の死体を奪うラスティアラ・セラ・スノウ・私の四人。

 ペルシオナがいないことは、外の兵士たちは彼女が上手く指揮しているということだろう。


「だね! スノウもいい! いい感じだよ!!」

「えへへ……! いまなら、全力を出せるからね! 怖い敵ばっかりだけど、恐怖もないよ!」


 ラスティアラに褒められ、俄然とスノウさんは飛行と魔法の勢いを増していく。

 だが、その調子づく私たちを咎めるように、その声は響く。私たちが走る城の中の血が形を変えて、口と喉になり、音を発する。


(――まさかな・・・・


 それは階下で戦っているはずのファフナーの声だった。


(ここまで考えなしとは、逆に裏を突かれたぜ……。が、ノスフィー。おまえは俺から逃げられると本気で思ってるか? いや、いま逃げられていると思ってるのか? ……この城に逃げ先なんてないぜ。全て、俺の腹の中だ)


 わかっていたことだが、遠く離れた場所でも彼の声――魔法は届く。


(ノスフィー、千年前のカナミが言っていたことを覚えてるか……? この俺、『血の理を盗むもの』の力の真価は『死者の操作』じゃあねえってこと……! 最も厄介な力は『イデンシの操作』――そして、それに伴う『迷宮構築』にあるってことをなァ!!)


 どれだけ叫ぼうと、『血の理を盗むもの』ファフナーには、瞬間的に遠距離を移動する手段はない。

 だが、代わりに厄介な力が一つ。

 それは別の場所で別の誰かを『召喚』する力。


(――くははっ! おまえらが城の外じゃなく、城の中を飛ぶのを選ぶとは思わなかったが……。ちゃんとここにも用意はしてあるぜ。とびきりのやつを一人なァ……!~)


 その声に合わせて、血の雨が降る。

 私たちが走る城の階段ではなく、中央の吹き抜けに。


「――、――――――――――ッッ!!」


 それは肌を刃物で切り撫でるような金切り声だった。

 人のものではなくモンスターのもの。

 その中でも特徴的な――虫の声。


 血の雨と共に上階から、一匹の昆虫型のモンスターが飛来してくる。

 形状は蜂に近く、虫特有の複眼と硬そうな関節が目立つ。鎌のような前足が六つに、薄い羽が四枚。足と足の間に、大きな針が二つ。大きさは目下のスノウさんの三倍ほどで、色は黄土色。刺々しく、禍々しく、不気味なモンスターだ。


「――ド、《ドラグーン・アーダー》!!」


 スノウは急襲してきた上空のモンスターに対して、魔法を放った。

 しかし、それをモンスターは宙で直角に動いて、あっさりと避けた。さらにモンスターは止まることなく、もう一度直角に動き、下にいるスノウへ向かって襲いかかった。


 その鎌のような前足が振るわれ、スノウの持つ大剣とぶつかり、金属が打ち鳴らされる。


 落下の勢いのまま、モンスターはスノウの横を通り過ぎ、またもや下方で方向転換する。宙だというのに、異常な俊敏さだ。その動きに対して、スノウさんは空中で制止し、一言呟く。


「え、え……? もしかして、兄さん……?」


 モンスターに向かって兄と聞いた。

 それに血が答えていく。


(――ああ。これがグレン・ウォーカーの本来の姿、生まれて僅か数年で自らの一族を殺し尽くした『怪奇』の正体だ。いわば、擬似的な『半死体ハーフモンスター』。まさに俺と同じ道を進む同胞となっているところだろうぜ……!)


 どこか嬉しそうな声で、グレンの生い立ちを話した。

 スノウさんとグレンは兄妹だが、どちらも大貴族ウォーカー家の養子で血の繫がりはない。ゆえにスノウさんにとって、その姿は初見だったようで酷く困惑しているのが見て取れた。


 そして、その動揺が戦闘に大きく影響している。

 本来はスノウさんの独壇場である空中戦で、防戦一辺倒だ。縦横無尽に翔け回る大型モンスターに目は追いついていても、身体が攻撃に移れていない。


「これはっ……! ラスティアラ、スノウさんを助けましょう……!!」


 ここまで順調だった私たちだが、ここに来てファフナーの一手が大きく刺さってしまったのを感じる。二人の相性の悪さを前に、私はラスティアラに救助を持ちかけた。

 だが――


「――ノスフィー! いい!」


 私たちが動き出す前に、それを当の本人であるスノウさんが拒否した。


 スノウさんが防戦していたのは僅か数秒ほどだった。すぐさま『竜の風』を宙で放ち、攻勢に転じていく。さらに表情を元の楽観的なものに戻して、グレンが相手でも余裕であることを主張する。


「大丈夫! セラさん、先に行ってください! これも『当初の計画』通り! 私たちの想いを全部集めたノスフィーを、私たちみんなが全力で助けて、カナミのところまで連れて行く!! ノスフィーは進むことだけ考えて!!」


 その上で、私たちの『当初の計画』の全てを口にした。


 つまり、私たちの『当初の計画』とは『フーズヤーズ軍を利用して四方から城に入って、とりあえず全員でファフナーを襲って、どうにか私を屋上まで連れていく』ということだ。


 一度目のフーズヤーズ城襲撃と違って、今回の襲撃作戦は僅か数分程度で決まった。

 なにせ、私たちには『未来視』なんて便利なものはない。絶対勝利なんて約束はされない。だからこそ、これが最も最善だと私たちは判断した。


 そして、いまスノウさんは、その場で一人一人が考えて動くという『当初の予定』通りに、ちゃんと動いている。自分一人で十分だと叫んでいる。


 その主張を聞いた狼状態のセラが、まず頭を垂らして了承した。続いて、上に乗ったラスティアラも頷き、叫び返す。


「わかった、スノウ! その変なグレンに勝って!」

「はい、ラスティアラ様! 兄さんを懲らしめて! すぐにそっちに追いつきます!!」


 スノウさんは部下のように返答し、その身の魔力を解放していく。


 それは彼女自身、ずっと忌避してきた『竜化』中の全力だった。

 それが、いま『光の理を盗むもの』の補助があって、何の『代償』もなく発揮されていく。


 いま彼女が竜となっているのは翼のみ。

 四肢は人のままだ。

 されど、魔力は竜そのものとなっていく。

 人でもモンスターでもなく、『理を盗むもの』のように強大だけれども、全く別種の魔力が生成され――


 かつて、全大陸を問答無用で『最強』と認めさせた暴力の権化が、いまここに生まれる。


「ァアああああっ、ぁああああああああああああああああアアアアア――――!!!!」


 スノウさんは『竜の風』と『竜の咆哮』を纏い、宙を翔け回るグレン以上の速度に達し、自爆じみた体当たりを行った。

 耐久力に自信のある彼女に向いた戦法だ。ただ、勇気の乏しいはずの彼女らしくない戦法だ。


 相対するグレンも同じ考えだったのかもしれない。

 虚を突かれた様子で、その体当たりを受けた。


 兄妹は重なり合いながら、上空に――でなく真横に飛び、吹き抜けの柵とぶつかって破壊した。それでも、勢いは止まらない。スノウさんはグレンの硬い関節を強く握り締め、そのまま真横へ飛翔し続ける。


 柵と同じように、城の血の壁を破壊する。それでも、まだ勢いは止まらない。壁の奥にある部屋の壁も壊し、ありとあらゆるものを砕き砕き、さらに奥へ奥へ。


 ――二人の姿が見えなくなる前に、私の足となっているセラは既に走り出していた。


 二十階を超えて、さらに上へ。

 計画通り、ただ「私がお父様に魔法をかける」という最終目標のために、最上階に向かって駆け抜けていく。

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