288.到着


「はぁっ!」


 ――止まっていた息を吐く。


 同時に目を見開いて、身体を起こして、急いで周囲の状況を確かめる。


 目に沁みる光が視界に広がり、見覚えのある飾り気のない部屋が見えてくる。窓を見ればベッドまで届く朝日が差し込んでいる。手元にはベッドのシーツが強く握り締められていた。


 自分が『リビングレジェンド号』の自室の中にいることを理解する。

 いま、僕は眠りから覚めたのだ。


「さ、さっきの夢は……」


 いま僕の身体にじっとりと張り付いている寝汗から、悪夢であると判断せざるを得ない。


 身体が異常を感じたことで、癖のように魔法《ディメンション》が広がっていく。部屋の隅々を調べて敵の攻撃の名残を探す。次に船の廊下を見て、一つずつ念入りに船の部屋を捜索し、仲間の安否も確認していく。


 その途中、先ほどの夢を思い返していく。


 本当に懐かしい記憶だった。

 そして、夢の途中から誰かに説教をされていたのを、ぼんやりとだが僕は覚えている。


 説教の声は一つの名前を名乗った。確か、本土のフーズヤーズで世界樹になってしまっていると噂の『使徒ディプラクラ』だ。


 いつかラスティアラは『世界を救う聖人』だけが、世界樹から声が聞こえると言っていた。もしかしたら、船が世界樹に近づいてしまったため、それに選ばれた僕は眠っている間に声が聞こえてしまったのかもしれない。


「ディプラクラか……。シスと一緒の使徒……」


 状況を確認したところで、僕はベッドから降りる。

 そして、いつもと同じように部屋で着替えて、今日一日の準備を終わらせていく。


 色々とショッキングなことを言われた気はするが、大きな動揺はない。

 正直なところ、異世界での『試練』に慣れてきているというのもある。


 それに僕は薄らと、この声を予期していた。

 近い内に聞こえるだろうなと構えていたところで、予想通り聞こえた感じだ。


 ただ、まさか夢の中に入ってくるのだけは予想外だった。

 できれば次は、意識がはっきりしている昼間くらいに声をかけて欲しい。


 準備を終えた僕は、軽い足取りで部屋から出ていく。


 いままでと変わらず、ディプラクラと話に行くという僕の方針に変わりはない。

 次は夢の中での忙しない会話ではなく、冷静に面と向かい合って話せる時間を作ろう。夢の中の曖昧な情報だけで判断するのは非常に危険だ。下手をすれば、いまの夢はディプラクラを騙る別の敵の策略の可能性がある。それを確認しないといけない。


「まずはみんなに話そうか……。色々と曖昧だけど、言わないよりはましだ」


 今日までの経験を活かして、みんなに相談することを決めた僕は、船の甲板に向かっていく。


 丁度、船の甲板では仲間たち全員分の朝食をライナーが用意しているところだった。

 彼の料理を堪能しながら、みんなと話そう。たぶん、今日の朝はみんな甲板に集まるはずだ。なにせ――


「――おはよう、ライナー」


 甲板に出た僕は、まず朝の挨拶を投げる。

 それに僕の騎士は、甲板に用意されたテーブルの上に並んだ朝食を見せながら答える。


「おはよう。起きたか、キリスト。もう準備はできてるぞ」


 人数分のパンとスープ。それと軽く調味量をかけたサラダの盛り合わせ。

 簡易だが船上では十分過ぎる朝食だ。そして、いつもと量が少し違うことに、まだ解除されていなかった《ディメンション》で気づく。


「今日もありがとう。……ちょっと今日は多め?」

「ああ、多めだ。もうそろそろ着くからな、使い切った。たぶん、これを食べた頃には上陸だ」


 そう言って、ライナーは視線をテーブルから海上に向ける。

 いや、正確には海上の先にある陸地だ。


 視線の先にある陸地――本土の南を見て、僕は航海が予定通りであることを確認する。


 じっと僕が本土を見ていると、後ろから大きな声があがる。


「あっ、もうカナミが来てる! やっぱ気になるよね!」


 ディアと陽滝を連れて、ラスティアラが甲板までやってきた。こういった記念的タイミングにこいつが遅れることはないだろう。


「カナミ、おはよう。もうそろそろだな」


 ディアが朝の挨拶をかけてきたので、現れた三人にまとめて「おはよう」と返す。続いて、船の中から朝から元気たっぷりのラグネちゃんと、対照的に眠たげなスノウが出てくる。


「おはよーっす!」

「お、おはよぉ。ふわぁ……。うぅ、毎朝起こされるから寝坊も出来ない……」


 ラグネちゃんにも同様に挨拶を返して、スノウの頭ははたく。


 これで船の仲間たちが全員揃った。

 いい機会だと思って、僕は上陸前に全員のステータスを『注視』して確かめていく。



【ステータス】

 名前:相川渦波 HP543/543 MP1514/1514 クラス:探索者

 レベル36

 筋力19.21 体力21.11 技量27.89 速さ37.45 賢さ28.45 魔力72.32 素質6.21

【スキル】

 先天スキル:剣術4.98

 後天スキル:体術2.02 亜流体術1.03 次元魔法5.82+0.70 魔法戦闘1.01

       呪術5.51 感応3.62 指揮0.91 後衛技術1.01 縫製1.02

       編み物1.15 詐術1.72 鍛冶1.04 神鉄鍛冶0.57

 固有スキル:最深部の誓約者ディ・カヴェナンター

    ???:???


【ステータス】

 名前:ラスティアラ・フーズヤーズ HP1221/1221 MP562/562 クラス:騎士 

 レベル33

 筋力29.12 体力26.24 技量15.12 速さ18.55 賢さ24.34 魔力19.23 素質6.50

【スキル】

 先天スキル:武器戦闘2.35 剣術2.15 擬神の目1.00

       魔法戦闘2.34 血術9.12 神聖魔法3.42

 後天スキル:読書1.47 素体1.00 集中収束0.22


【ステータス】

 名前:ディアブロ・シス HP741/741 MP3412/3412クラス:剣士

 レベル59

 筋力15.11 体力13.55 技量9.45 速さ10.67 賢さ39.91 魔力177.22 素質5.00

【スキル】 

 先天スキル:神聖魔法8.34 神の加護5.00 断罪5.00 集中収束5.12

       属性魔法3.12 過捕護8.00 延命5.00 狙い目5.00  

 後天スキル:剣術0.53

 固有スキル:使徒


【ステータス】

 名前:スノウ・ウォーカー HP1023/1023 MP390/390 クラス:スカウト

 レベル29

 筋力25.21 体力22.12 技量8.89 速さ9.23 賢さ9.99 魔力19.12 素質2.62

【スキル】

 先天スキル:竜の加護1.10 最適行動2.52 古代魔法2.32

       心眼1.12 鮮血魔法1.54 

 後天スキル:先導2.02 指揮2.11 後衛技術1.45

軍隊指揮2.11 交渉1.23


【ステータス】

 名前:ライナー・ヘルヴィルシャイン HP559/559 MP391/391 クラス:騎士

 レベル34

 筋力18.45 体力15.01 技量15.28 速さ21.98 賢さ18.35 魔力15.23 素質3.87

【スキル】

 先天スキル:風魔法2.88

 後天スキル:神聖魔法2.12 剣術2.98 血術1.54

       魔力操作1.54 集中収束1.02

       最適行動4.12 不屈3.89 悪感1.04


【ステータス】

 名前:ラグネ・カイクヲラ HP152/153 MP34/34 クラス:騎士

 レベル19

 筋力4.02 体力4.98 技量12.12 速さ6.23 賢さ8.01 魔力1.80 素質1.12

【スキル】

 先天スキル:魔力操作2.15 

 後天スキル:剣術0.53 神聖魔法1.05



 今日までの船旅の間、僕たちは五十層付近でレベル上げを繰り返し続けた。

 ラグネちゃんは十分に強いからこれ以上はいいと遠慮したのでそのままだが、全員が一回り以上強くなったと思う。


 細かく体調を確認しながらだったおかげか、誰も例の『魔人返り』の症状は現れなかった。

 見たところ、全員まだレベルの上限の余裕はありそうだ。

 僕とスノウは『理を盗むもの』の魔石を持っていて、ディアは使徒の身体を持っている。ラスティアラは聖人の力を受け継いだことで、明らかに『魔の毒』を受け入れる器が広がっている。


 正直、ライナーだけ何の補助もなくレベル上限が高い理由はわからない。本人はティアラから『数値に表れない数値』のおかげだと聞いたと言っていたが、少し腑に落ちないところがあるのは否めない。


 仲間たちの『表示』を見て、僕たちが新たな力を蓄えたのを確認していると、ラスティアラは船首まで移動して身を乗り出しながら遠くの陸地を見て叫んだ。


「あー、やっと着いた!! 連合国じゃなくて本土! ほんとのフーズヤーズ!!」


 気の早いラスティアラは、本土フーズヤーズの港を指差して「着いた」と言う。見た目に反してパーティー最年少である彼女は、全く興奮を隠し切れていない。

 しかし、どれだけ到着を口にしようとも、入港するのに後数十分は最低でもかかる。仕方なく僕は、いまにも海の上を魔法で移動して単独で港に入りそうなラスティアラを落ち着かせて、甲板のテーブルに座らせる。口を尖らせるラスティアラを放置して、全員で朝食を摂り始める。


 いままでの戦いと違って、今回は慌てる必要なんてないのだ。

 上陸するのはライナーの用意した朝食を食べ終えて、よく注意事項を確認してからだとラスティアラに何度も言い聞かせた。


 ラスティアラが頬一杯にパンを詰め込み、早く朝食を終わらせようとするのを尻目に、僕は近づく港を確認する。


 連合国グリアードにも負けない大きさの港だ。横幅が異様に長い港で、沿岸のほとんどに手が入っている。さらに違いをあげるとすれば、ずらりと並ぶ帆船が商船でなく軍船であることだろう。開拓地にある暢気さはなく、物々しさが強調されている。


 けれど、その物々しさを打ち消すだけの熱気を感じる。

 目では生活する人々は確認できずとも、生活する人々の活気を遠くからでも肌で感じ取れる。話に聞いていたとおり、この港の奥では連合国以上の国土と人口を備えた世界が待っているのだろう。


 新たな大陸を前に僕の胸も高鳴り、好奇心が湧き立ってくる。


「着いた。この先に『大聖都』が……、ディプラクラがいる……」


 冷静に繰り返し僕は目的を口にして、自分のやるべきことを見失わないようにする。


 そう。

 僕のやるべきことは決まっている。

 待っているであろう仲間たちと合流し、妨害してくるであろうノスフィーを倒し、その後にやるべきことは一つ。


 陽滝を助ける。

 ただ一つだけだ。


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