289.大聖都

 港に辿りついた僕たちは、海に『リヴィングレジェンド号』を置いて陸路に切り替えていく。

 本土は交通機関が豊富で、港町を少し歩くと国の首都まで直通している馬車が多く並んでいた。


 その中から馬車を一つ借りて、全員で乗り込み、大陸内部に向かう。

 進む道路は連合国周辺よりも上等で、柔らかな土に『魔石線ライン』が綺麗に引かれている。そのおかげで馬車の揺れは本当に少ない。金と権力に物を言わせて借りた馬車のおかげで、とても快適だ。


 道路だけでなく、馬車の窓から見える風景も連合国とは少し違う。


 あちらは開拓地と呼ぶに相応しい何もない平原がどこまでも続いていたが、こちらの平原は人の手の入っているところが多い。

 いつでも少し遠くに中規模の街が見え、川や森があれば近くに必ず小屋がいくつか建っている。平原の上には澄み渡る青い空が続くだけでなく、人々の生活を示す白い煙が立ち昇っている。道路を一定距離進むごとに関所と宿を兼ねた建物があり、治安維持のためと思われる警備兵が複数人立っている。


 この風景を馬車に揺られながら、連合国との違いを眺めているだけで、飽きることなく時間は過ぎていった。


 こうして、港から半日もかからない内に目的地へ到着し、僕たちは馬車から降りていく。

 目的地の目前までやってきたところで、まず旅で興奮しきっているラスティアラが叫ぶ。


「――よし! 今度こそ、本当に着いた! ここが『大聖都』! 世界の中心! 世界で一番大きい街! なるほど! 確かにこれなら世界で一番というのも頷ける!」


 目の前に広がるのは世界最大の国フーズヤーズの首都『大聖都』。

 ラスティアラの言うとおり、世界で一番大きい街と表現しても間違いないだろう。そう断言させるだけのものが、いま僕たちの前には広がっている。


 少し前、僕は『北連盟』最大の街、ヴィアイシアの首都である『王都』を見た。

 アイドの魔法の力も相まって、その緑溢れる壮大な景観に驚いたのは記憶に新しい。

 しかし、この『南連盟』最大の街、フーズヤーズの首都である『大聖都』は、その衝撃を上回る。


 まず『王都』と違って、この『大聖都』は外敵の侵入を防ぐ外壁が存在しない。代わりに連合国と同じく『魔石線ライン』が外周に引かれていて、その少し奥に煉瓦造りの頑丈そうな家屋が一定の間隔で並んでいる。


 左右どちらに目を向けても、その家屋の壁が途切れるのを見つけることはできない。とにかく広い。『大聖都』の広さは、連合国の倍以上という噂は本当のようだ。


 僕は『大聖都』の端を見つけるのを諦めて、前を見る。

 広さの割りに小さめの門が一つあり、そこに街へ入ろうとする馬車がずらりと並んでいる。検閲中の門に徒歩で向かいながら、僕はラスティアラに気になっていることを聞く。


「そういえば、ラスティアラはここに来たことないのか?」

「あったら、こうなってない!」


 名前にフーズヤーズとありながら、まだラスティアラは『大聖都』に来たことがなかったことが判明する。その理由を、陽滝の手を引くディアが軽く説明する。


「ラスティアラは向こうの連合国を纏めるために用意された『魔石人間ジュエルクルス』って話だから、本土こっちとは余り関わりはないんだろ。……もしかして、この中なら俺が一番ここと関わりあるのか?」

「そっすね。ディア様が一番っすよ。……たぶん、この中で『大聖都』に来たことがないのはカナミさんとお嬢だけっすねー。他はみんな一度は来たことあるっすよー」


 ラグネちゃんが疑問に答え、その話をライナーとスノウは否定しない。大貴族育ちの二人は本土との縁が深そうで、『大聖都』を前にしても慣れた様子だった。


「それじゃあ、私が先に行って関所の騎士さんたちと話をつけてくるっすね。こういう些事は全部私にお任せっすー」


 そう言ってラグネちゃんは一人先に駆け出し、並んでいる馬車の順番を飛ばして、門の前に立っている重装備の騎士たちのところへ向かう。


 彼女は些事と言ったが、大変助かる話だ。いつも街に入ると言えば不法侵入ばかりだったので、堂々と入れるのは心が休まる。


 見たところ、街を囲う『魔石線ライン』を無断で越えれば、すぐさま見回りの警備兵たちが集まる仕組みになっているはずだ。あの『魔石線ライン』を強行突破して、無駄に魔力を消耗するのは避けたい。

 なにせ、もう僕たちはノスフィーの用意した戦場に入っているのだから――


「本当に大きな街だ……」


 そう呟きながら、その大き過ぎる街の全容を把握しようと《ディメンション》を広げようとする。


 何の滞りもなく、魔法は成功した。平原を全て次元属性の魔力が覆い尽くし、先ほどやってきた港の『リヴィングレジェンド号』の甲板のテーブルまで見ることができる。

 しかし、決して《ディメンション》が『大聖都』の中に侵入することだけはない。


 広げた魔法の感覚の中、ぽっかりと『大聖都』の部分だけ穴が空いている。

 その感覚を僕は知っている。

 ヴィアイシアの戦いでの記憶は忘れようもない。

 これは、あのときノスフィーのやつが自慢げに話していた僕の《ディメンション》を無効化する『恋のお呪い』の感覚だ。

 あれと同じものが『魔石線ライン』を利用して『大聖都』の全域に施されている。アイドのヴィアイシア城と全く同じ状況だ。


「――間違いない。ノスフィーがいる」


 目的のディプラクラと出会う前に、超えるべき敵がいる。この露骨過ぎる相川渦波対策に、予感が確信に変わっていく。


 その僕のしかめた顔を見て、魔法に詳しいラスティアラも敵の存在に気づいたようだ。


「んー、これってもしかして次元属性だけ禁止されてるっぽい? 例のノスフィーちゃんの仕業なの?」

「ああ、こういう嫌がらせが得意なやつなんだ。あいつは」


 もちろん、中に本人はいない可能性はある。

 けれど、どうしてかノスフィーに関してだけは断言できてしまう。「ずっとここでノスフィー・フーズヤーズは待っている」ということが僕には確信できてしまうのだ。


「……へー、なるほどね。それで、カナミはどうするつもり?」

「問題ない。このまま入るつもりだよ」


 正直、この『魔石線ライン』を破壊しようと思えば破壊できる。魔法に詳しいラスティアラとディアがいるのだから、時間をかければ『大聖都』の外からでも術式そのものを解除できるだろう。


 だが、それは『大聖都』の平和を脅かすということである。もし解除してしまえば『魔石線ライン』を管理しているであろう国の人たちを敵に回し、街中での行動が制限されてしまう。

 せっかく今回は堂々と正面から入れるのに、無駄に敵を増やすのは避けたい。

 ――という僕の判断を、スノウは心配していた。


「カナミ、魔法使えなくても大丈夫? アイドのとき、苦労したんじゃ……?」

「いや、アイドと戦った時も似たような状況になったけど、正直そんなに困らなかったよ。というか、ローウェンの『感応』が取り上げられない限り、僕の力ってあんまり変わらない気がする……」


 間を置かず、その心配を否定する。

 アイドと戦ったときに確信したことだが、ローウェンの『剣術』は単体で並の『理を盗むもの』の力に匹敵する。


 その上、少し割高な魔力消費になるが、僕は他の属性の魔法を使えるようにもなっている。次元魔法を封じられたくらいで足踏みする理由にはならない。


「みんな行こう。もうラグネちゃんが話をつけてくれたみたいだ」


 いまも《ディメンション》でなく『感応』が、遠くのラグネちゃんの動きを読み取ってくれていた。もう《ディメンション》なしで戦う準備はできている。


 そもそも、魔力も使わずに心と耳を澄ませているだけで、なんとなくわかるというのは本当に反則的だ。このローウェンの遺してくれたスキルを何よりも信頼しているからこそ、僕は迷いなくノスフィーの用意した戦場に入れる。


「みなさーん! こっちっすー! 歩いて中に入っていいそうっすよー!!」


 遠くから手招きするラグネちゃんに、真っ先にラスティアラが反応する。


「うん、いま行く! ……スノウ、行こう。私たちの魔法は使えるんだから、いざとなったら私たちみんなでカナミを守ればいいだけの話だよ」


 ラスティアラはみんなの力を合わせれば怖いものはないと主張して、『大聖都』に誘う。


 その言葉を聞いてスノウは少し思案したものの、すぐに頷き返して歩き出した。スノウは特にラスティアラとディアの二人の力を信用している。これは誰か一人での戦いはなく、みんなの戦いであると確認して、納得してくれたようだ。


 僕たちはラグネちゃんの先導で、敬礼する騎士たちが並ぶ門をくぐり、揃って『大聖都』の中に入っていく。


 そして、門の先に待っていた街並みを僕たちは間近に目にする。


 第一印象は「明るい」という一言だった。連合国フーズヤーズと似ていながら、それよりも一つスケールが大きく感じる――とても明るい街並みだ。


 まず魔石と宝石で彩られた街道が真っ直ぐ伸び、その側面には立派な造りの家屋が並んでいる。その家屋のほとんどが看板を掲げた店で、門付近は他所から来た人を歓迎するための空間ゾーンであることがわかる。


 ときおり街道の上部にアーチ状の煉瓦作りの橋が架かっており、この『大聖都』が三次元的な構造であることを教えてくれる。

 ここまで広いとなると敷地全てが平地というわけにはいかないのだろう。門から真っ直ぐ伸びる大通りから横に外れると、坂道となっているところが多い。その高低差のおかげで、街の建物の高さは一定ではなく、段々畑のように色々な家屋を一度に見ることができる。


 中でも町の一番高くにある建物は本当に大きい。

 一瞬、壁が空まで続いているのかと錯覚するほどの大きさだ。

 町の中央にそびえる山のような建物を一目見て、それが『大聖都』の象徴のフーズヤーズ城であると、この街の地理に詳しくない僕でもわかった。


 僕は大通りを歩きながら街を眺め、次に街を生きる人々を観察する。

 その国民を見た第一印象もまた――何よりも先に「明るい」という言葉が出てくる。


 探索者ばかりの連合国と違って、この『大聖都』は一般の旅行者が多く感じる。右を見ても左を見ても、明るい顔の旅人ばかりだ。他国から来た裕福そうな人々が街を歩き、並ぶ店一つ一つに目をやっている。


 もちろん、歩き続けていると少しずつ町民の傾向は変わってくる。店ばかりではなく居住用の家屋が見え始め、『大聖都』で生活する人の姿が増えてくる。

 走り回る子供に、知人とお喋りする大人の女性たち。仕事中と思われる成人男性が忙しそうに歩き、老人夫婦が手を繋いで散歩している。こちらもまた門付近と同じで、明るく活気に満ちていた。


 いまは一時停戦中とはいえ、『南連盟』は戦争を行っている最中だ。それでも、この『大聖都』だけは一生無関係だと言わんばかりの平和な空気を感じる。


「んー、歩いてると身体がぽかぽかするっすねー。今日は身体の調子がいい感じっす」


 ただ、その平和と活気の中には、見逃せない異常が交じっている。僕のパーティーの中だとラグネちゃんが、その異常を特に受けていた。


 すれ違う人々と同じように明るい顔で、ラグネちゃんは一番上の上着を脱いでいく。

 身体の芯から高揚し、体温が上昇しているのだろう。汗ばんだ顔を腕で拭っているのを見て、僕は彼女を『注視』する。



【状態】高揚0.10 心暖0.10 肉体強化0.10 精神洗浄0.10



 僅かな数値だが、間違いなく魔法の影響下にあった。


 この街の異常は、明る過ぎることだ。いかに明るい街とはいえ、一人も暗い表情の人間がいないというのはおかしい。


 その原因を僕は『感応』を用いて探す。

 途中、僕と同じような顔で周囲を見回していたライナーを見つける。どうやら、彼も街の異常に気づいていたようだ。

 異常の出所を見つけ出したライナーは、険しい顔で街の地面を指差した。


 指の先にあるのは街の『魔石線ライン』。

 そこから陽光とは違った光が漏れているのがわかる。

 その光に手をかざし、僕は魔法を直に感じとって解析する。


「これは温かい……? いや、これは熱じゃなくて精神に干渉する魔法かな……。効果は、少し正直に、少し優しく、少し元気になれる魔法……?」


 人を害する魔法ではない。

 効果を強制しているわけでないのは、その弱々し過ぎる光から明らかだった。


 この『魔石線ライン』からの魔法から抜け出そうと思えば、子供でも抵抗できるだろう。実際に、ラグネちゃん以外の仲間たちには誰も影響を受けていない。纏う魔力のレベルが高すぎて、干渉の力が届いてすらいないのだ。それほど弱々しい。


「え、え? もしかして、カナミさん、私を見て言ってるっす? 確かになんか来てる感じするっすけど……!」


 僕とライナーの視線を感じて、ラグネちゃんは慌てだす。

 それに僕は首を振って答える。


「いや、害はない魔法だから気にしなくてもいいと思うよ……」

「そのカナミさんの表情で、気にしないでいいってのは無理っすよ! お嬢ーっ、解除してくださいっすー!!」


 できるだけ安心できる表情を心がけたつもりだったが、ラグネちゃんは僕の心の奥底にある心配を読み取って、自らの主人に泣きついた。


「ほいほい。――《リムーブ》っとな」


 ラスティアラは乞われるがままに、状態異常を回復させる魔法をかけた。同時に、魔法の効果の誤解を解くための説明もする。


「でもラグネちゃん、そんなにこれ悪いやつじゃないと思うよ。どちらかと言うと強化系の神聖魔法みたいだし」

「え、強化の魔法……? そうなんすか?」

「だよね。カナミ?」


 ラスティアラが僕を見て問いかけてきたので、僕は頷き返す。


 これは強化魔法に分類して問題ないだろう。さらに詳しく言い表すとすれば、これは『人々を少しだけ幸せに導く永続範囲強化魔法』だ。


 正しいか間違っているかで言えば、これは正しい魔法だと思う。

 幸せに導くと言っても強制力はないのだから、人々の意思を捻じ曲げてはいない。


 それでも僕が心の奥で顔をしかめたのは、これだけの魔法を構築できるのはノスフィーだけだと思ったからだ。

 いまもこのノスフィーの魔法には絶対に裏があると思い、油断なく『人々を少しだけ幸せに導く永続範囲強化魔法』を解析し続けている。


「……ふむ。それなら解除しなくてもよかったかもっすね」

「私はラグネちゃんが羨ましいなあ。私たちレベルの魔力になると、通常で纏っている魔力が濃すぎて、この『魔石線ライン』から出てる魔法の恩恵を受けられないんだよね」

「え、えぇえ……? それ……。みなさん、常時魔力の防御壁が展開されてるってことじゃないっすか……。いや、頼りになるからいいんすけど……」


 僕たちを見て、ラグネちゃんは空恐ろしそうな表情になる。

 しかし、それもいまさらかと思ったのか、すぐに気を取り直して歩くのを再開させる。そして、彼女の先導で予定に決めていた場所まで案内していく。


「――とかしている内に、私のお勧めの場所に到着っすよー。ここなら世界樹の観光許可も取れて、人探しもばっちり。フーズヤーズで一番便利なギルドっすー」


 大聖都の旅行者歓迎ゾーンと住宅地ゾーンを越えたところに、そのお勧めの場所はあった。


 城までとは言わないが、それに迫るほど巨大な建物だ。軽く見ただけでも、貴族の屋敷十個分ほどの敷地はある。その広さに反して、無駄な装飾はなく、広い家にありがちな豪勢な庭もない。


 建物の前部には十人は通れそうな大きな入り口があり、その上にギルドであることを証明する看板が掲げられている。その下には、荒事に向いていそうな旅人が数人うろついている。


 待望の建物を前に、僕とラスティアラだけテンションが上がる。


「へえ、これが噂の冒険者ギルドかあ……!」

「きた……! 連合国と違って迷宮がない本土は、探索者よりも冒険者が主流! その総本山! 世界を股にかけて旅してる冒険者がたくさんいるんだね!!」


 冒険者という単語に夢を持っている僕たちは目を輝かせて、その大きな建物にかかっている看板を見上げる。


「いや、たぶんお二人の期待するような場所じゃないっすけど……確かに『冒険者統合ギルド・フーズヤーズ支部』ではあるっす。とりあえず、中にご案内ー」


 想像以上の期待を受けて、ラグネちゃんは頬を掻いて困り顔になる。そして、口で説明するよりも見せたほうがよさそうだと中に誘う。


 導かれるままに僕たち一行は同時に冒険者ギルドに入っていき、その内部を目にする。


 まず正面には受付と思われるカウンターがあり、そこに身を整えた職員が数人立っている。目を下に向ければ念入りに研磨された石が並び、横を向けば何らかの魔法で表面をコーティングされた板が並んでいる。

 馬さえも走り回れそうな広々した空間に、外と同じく無駄のない落ち着く内装だ。客用と思われる綺麗な長椅子が窓際に置かれていて、幾人かの訪問者が座っている。端から端まで完璧な掃除が行き届いており、清潔感で満ち溢れているのがよくわかる。


 一瞬だけだが、僕は異世界でなく元の世界を思い出した。

 まるで県庁や市役所にでもやってきたような――現代的な整然さを感じる。


 正直、冒険者ギルドと聞いて、僕は連合国の酒場のような喧騒に満ちている状態を想像していた。


 ラウラヴィアのエピックシーカーとは違って、他国の者だろうと申請さえあれば加入できると聞いていたのだ。

 勝手ながら、常に粗野な冒険者たちがたむろし、清潔感とは真逆の生活感がたっぷりの場所だと思っていた。隣のラスティアラと一緒で、物語に出てくるようならしい・・・ところを期待していたと言ってもいい。


 その整然さに僕たちが呆気に取られている間に、ラグネちゃんは受付のところまで歩いて一人で話を進めていく。


「――どーもっすー。……え、もう私たちの話は聞いてるんすか? いやあ、話が早いっすねー。流石は大聖都の職員さんっす。……えっと、北口を通って、中央食堂棟を越えて、冒険者依頼窓口のところまで行けばいいんすねー」


 受付に立っている職員は、この広すぎる冒険者ギルドの建物の案内をするためにいるようだ。

 壁に張り付いていたギルドの地図を軽く見ると、確かに大人でも迷いそうな広さだ。貴族の屋敷レベルの建物がいくつも連結し、ちょっとした迷宮のようになっている。


 どこかの大企業ビル一階の受付のような対応を受けたラグネちゃんが僕たちのところに戻ってくる。


「ここのお偉いさんが会って話を聞いてくれるってことになったっす。この特別待遇、お嬢がいるって向こうに伝わってる可能性があるっすね。じゃ、こっちっすー」


 またラグネちゃんに先導され、僕たちは受付の職員に見送られながら建物の奥まで移動していく。


 妙に天井の高い廊下を歩いていると、冒険者と思われる男たちと数人ほどすれ違う。

 歩いていく内に、少しずつ冒険者たちとのすれ違いが多くなっていく。受付の女性の言っていた冒険者依頼窓口まで辿りついたところで、その理由がはっきりとわかる。


 その新しい部屋は先ほどの空間と同じ広さと内装で、同じ受付と同じ清潔感も兼ね揃えていた。だが、そこにはいままでにない熱気があった。

 簡単に言うと、僕とラスティアラが期待していた通りに、冒険者たちがたむろしてくれていたのだ。


 使い込んだ剣を腰に佩き、ボロボロの外套を纏い、古傷をこさえた険しい顔の冒険者たち。中には弓を背負っている者や、杖を持っている者もいる。


 僕たちパーティーが部屋に入ってきたのを感じ取り、幾人かの高レベル冒険者が瞬時に目をこちらに向けた。目立つ外見の団体ということもあって、続いて他の目線も集まってくる。

 長旅を潜り抜けてきたであろう歴戦の冒険者の空気が、部屋全体から伝わってくる。


 先ほどの空間はただの玄関ホールで、こここそが本当の冒険者ギルドであることがわかり、まず誰よりもラスティアラが喜ぶ。周囲の刺すような視線を意に介さずに、子供らしくはしゃぐ。


「おおっ、やっとらしくなってきた! こういうのを待ってた! 英雄譚を書くときの参考になる!!」

「お嬢はこういうところ好きっすよね。それじゃあ、世界樹に近づく許可とか貰ってくるので、みなさんはここで待っててくださいっすー」


 ラグネちゃんも周囲の注目を無視して、すぐに動き出す。


 彼女のおかげで、とんとん拍子で話が進んでくれる。ただ最近、仕えてくれている騎士たちのおかげで、僕が何もしなくてもよくなってきている気がする。いまも周囲の冒険者たちがうちの女性陣に近づかないように、さりげなく騎士ライナーが威嚇してくれている(どちらを守っているつもりなのかは不明だが)。


 大所帯で楽はできるが、ちゃんと自分で動かないと怠け癖がつくと思い、僕は歩き出す。いまは《ディメンション》が使えないので、『感応』に頼った情報収集だ。


 『感応』の直感に従って、まず僕は周囲の冒険者たちを刺激しないように部屋の壁に向かおうとする。だが、その後ろをパーティーで一番目立つラスティアラがついていくる。


「ふふふ……。流石、カナミ。いいところに目をつけてる。冒険者ギルドといったら、まずは依頼紙の張られた掲示板だよね」


 輝く髪を舞わせ、スキップするかのように歩いて、嬉々とラスティアラは僕の隣に並んだ。

 ただでさえ目立つ顔をしているのだから動きくらいは控えて欲しいと思ったが、その彼女の浮かれる気持ちが僕にはわかってしまう。


「ああ。やっぱり冒険者ギルドと言ったら掲示板だ。ここの話を聞いたときから、実はかなり期待してた。依頼クエスト掲示板ってやつ、一度は見てみたかったんだ」

「だよねー!」


 そして、うきうきの僕たちは部屋の壁にあった掲示板を、同時に食いつくように見る。


「こ、これが……」

「掲示板……!」


 実物は想像していたのと少しだけ違った。張り紙が所狭しと乱雑に貼り付けられているのではなく、こちらも部屋と同じように整然と並んでいる。


 田舎者丸出しで掲示板を眺めていくことで、少しずつ『大聖都』の情報が集まってくる。


 まずは、この冒険者ギルドの力で大聖都の周りのモンスターを除去していることがわかる。

 駆除依頼というところに、西部に発生するモンスター『キマイラウルフ』の討伐について書かれてある。その詳しい依頼内容の最後には『C2』という文字があった。


 他にも、街の困りごとの解決もここで行っているようだ。

 逃げたペットの捜索や探し物について書かれてあり、こちらの依頼の最後には『E5』という文字がある。


 中には国レベルの依頼もある。

 北部戦争地域の増援は『D以上』で、商人キャラバンの護衛が『Ace』。


 先ほどから書かれたアルファベットは――ただ、いまの僕にはアルファベットに見えていても、それは千年前の始祖渦波の翻訳であり実際は違う文字だろうが――何らかの意味があるものに違いない。

 おそらくだが、このEからAのアルファベットの意味は――


「冒険者ランク……!?」

「冒険者ランク……!?」


 書物等でしか聞いたことのない「冒険者ランク」の存在に、僕とラスティアラが同時に感動の声をあげる。すると後ろから呆れたライナーの突っ込みが入る。


「そりゃあるだろ、ランク分けくらい……。危険度みたいなもんだ。ないと色々困る」


 冷静な意見が入っても僕たちの掲示板を見る目は止まらない。

 アルファベットで危険度が現れているということは、高ランクのものを見ていけば自ずと大聖都で起きている出来事もわかってくるはずだ。


 すぐに高ランクのものを中心に僕は探そうとする。けれど、その途中、僕は明らかに異質なものを見つけてしまう。

 依頼のタイトルは『西地下街の殺人鬼』と書かれ、最後には『SacredAce』という文字があった。


「ランク……、セイクリッド・エース……?」


 読み上げると同時に、後ろからライナーの解説が入る。


「最高ランクのAce(エース)の更に上の特別枠のことだな。SAランクって略されることが多い。確か『神聖なる模範者』なんて大仰な意味があって、世界で十人もいないとか聞いた気がする。実質、そのランクのやつは『国でやるから手を出すな』って意味だ」

「へえ……。なんかちょっと凝ってるね。というかAランクの一番上のことを『Ace』って言うのも、なんかいい……」

「そうか? まあ、このランク決めの仕方はかなり昔から続いているらしいから、千年前と関わりのあるあんたとは、気が……――」


 しかし、その解説の途中でライナーの眉間にしわが寄り、急に黙り込む。まるで気づきたくないことに気づいてしまったかのような表情だ。

 そのライナーの代弁を、奥で黙って様子を見ていたスノウが行う。


「ねえ、ちょっと思ったんだけど……。このセンスって、カナミっぽくないかな?」


 それにディアも同意する。


「ランク『神聖なる模範者セイクリッド・エース』……。カナミの魔法名とノリが似てるな」


 二人の意見が合わさったところで、もう一度僕は『神聖なる模範者セイクリッド・エース』という言葉を反芻していく。


 ランク『神聖なる模範者セイクリッド・エース』、ランクSacredAceセイクリッド・エース、SAランク……――


「確かに、このいい感じの単語選択は、僕っぽい気がするね」


 なかなかいい。手離しに褒めていいセンスだ。


 そう僕は判断したのだが仲間たちは違ったようで、ライナー、ディア、スノウと次々に疑念の声があがっていく。


「はあ?」

「なあ、スノウ。いいのか、これ? 一つだけ妙に大げさだなあって思うんだが」

「わ、私の口からはなんとも……」


 その批判の中、僕に賛同する声が一つだけ。


「え、かっこいいよね……?」


 唯一僕と近しいセンスを持つラスティアラだ。

 僕は彼女の手を取って名前を呼ぶ。


「ラスティアラ――!」

「うんうん。いい感じだよ、ランク『神聖なる模範者セイクリッド・エース』。たとえ、それが千年前のカナミが考えた名称で、いまカナミが自画自賛していようとね!」


 とても楽しそうな表情でラスティアラは僕のセンスを褒めてくれる。

 ちょっと皮肉が交じっているような気がするけど気にしないでおこう。いまは最愛の彼女から理解を得られたことを喜びたい。


 その僕の反応を見たディアとスノウは慌てて前言撤回していく。


「いや、よく聞いたらかっこいいかもな……。『神聖なる模範者セイクリッド・エース』、そんなに悪くない……かも?」

「えーと……、前から思ってたけど……《ディメンション・決戦演算グラディエイト》とかかっこいいよね!」


 唐突な僕の魔法名の持ち上げが始まる。

 しかし、嘘を見極める能力が上がりすぎている僕は、その裏にある「よくわからないセンスだけど、とりあえず褒めておこう」というのが読み取れてしまう。


「……あ、ありがとうね。二人とも」


 本心では理解されていないと察しながらも、僕はお礼を言う。

 今日までの戦いで、ずっと「よくわからない魔法名」だと思われていたことに軽くショックを受けた僕は、お礼の言葉が震えていた。


「ふ、ふふっ。あははっ――!」


 僕の消沈した様子を見て、ラスティアラは更に楽しそうな顔になって笑った。僕が喜ぶのも凹むのも、どっちを見ても楽しいのがよくわかる笑顔である。


「はあ。そのキリストのどうでもいいセンスの話は置いといて、こっちを見てくれ」


 本当にどうでもよさそうな顔のライナーが溜め息をつき、命名センスの話を打ち切る。そして、掲示板に貼られた一つの案件を指差した。


「『世界樹汚染問題』……?」


 という依頼名が紙に書かれていた。ちなみにランクは『SacredAce』となっている。

 軽く詳細を読めば、フーズヤーズ城内にある世界樹が一人の男によって占拠されているという話だ。その男は鮮血属性の魔法を得意としていて、世界樹を血糊で包み、真っ赤に染めているらしい。


「あとこっちもだ」


 もう一つ、ライナーは指差す。


 そこにある依頼名は『聖女誘拐事件』。こちらも同じランクで、すぐに僕は詳細を読み通す。

 数日前、元老院も認めるフーズヤーズの聖女が一人の少女によって攫われたと書かれてある。その少女は火炎属性の魔法を得意としていて、大聖都の地下街の一地区を丸ごと燃やして立て篭もっているらしい。


 先ほどの鮮血魔法を使う男の特徴に心当たりはなかったが、こちらは違う。

 フーズヤーズの聖女と炎を得意とする少女――


「もしかして、ノスフィーとマリア……?」


 よく知る二人の名前を僕は零した。

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