282.ラスティアラの野望
「ディアはどうなんだ……?」
二人の辿りついた話の落としどころがディアにも通用するとは限らない。
彼女は許容範囲の広めなスノウとは違う考え方をしていることだろう。
「いや、俺は別に……。そういう男女の好きとか、余りわからないから……。ちょっと頭にきたところもあったけど、さっき十分暴れたからもう平気だ……」
突然話しかけられ、ディアは少し焦り、顔を背けながら答えていく。
前と同じ失敗は繰り返さないように、些細な変化も見落とすまいと《ディメンション》を使って、その様子を僕は見守る。
「俺はスノウと違う。俺がカナミに求めてるのは、そういうんじゃないんだ。俺はカナミと一緒に迷宮を潜るって約束した仲間だから……一緒にいられたら、それだけでいい」
ディアは多くは望まないと告白した。
そして、背けていた顔をこちらに向けて、僕たちを祝福してくれる。
「二人はお似合いだと思うぞ。ラスティアラがいいやつだってのは俺も知ってるからな。特に文句はない」
影のない笑顔で言い切った。
本心からの言葉のように聞こえる。
一見、落ち着いているように見える。
純粋無垢なディアは負の感情を持つことはなさそうだ――と、そう思いたくなる。
けれど、そうではないと、もう僕はわかっているから聞く。
「でも例の……ディアの『私』の部分は、そう思ってないんじゃないのか?」
「…………」
ディアの心の奥底のデリケートな部分に手を入れる。
当然だが、彼女の影のなかった笑顔が固まる。
先ほどの「文句はない」という言葉はディアにとって本音だったことだろう。
ただ、同時に正反対の感情を抱えているのも間違いない。だから、ディアは一人称がばらついて、いつも不安定なのだ。
図星を突かれ、ディアは笑顔を崩して、観念した様子で告白していく。
「……だな。カナミの言うとおりだ。ごめん、カナミ。ちょっとかっこつけて、また抑え込んでた。やっぱり、俺はカナミを手離したくない。二人ばっかり仲良くなって、放っておかれるのは……ちょっと嫌だ。たぶん、『私』が嫉妬して、堪らなくなると思う」
控えめに「ちょっと嫌だ」と言ったが、実際はちょっとどころではないだろう。
それはディアの身体から漏れる魔力が証明していた。
物分かりのいい振りを止めたディアは、その身の膨大な魔力を解放していた。そして、以前のように、その魔力で僕を包み――捕まえていた。
いまにも骨と肉を握りつぶされそうな魔力の中、僕は冷静に話を聞き続ける。
ディアは自分の抑え切れない魔力を見ながら、ぽつぽつと話していく。
「この一年で、俺は
ディアは笑いながら、使徒シスを親と呼んで、自分の
今度は影のある笑顔だった。そのどうしようもない自分の性を疎み、自己嫌悪に陥っているのかもしれない。
「きっと俺は、たとえ二人が男女の仲になろうがどうなろうが変わらずに――地獄の底までついていく気だ。きっと死ぬまでカナミを捕まえ続ける。この手で、ずっと。ずっとだ」
ディアもスノウと同じように自分のスタンスを示し、微笑と共に謝罪する。
「だから、先に謝っておく。悪い。たぶん、俺は色々と嫉妬して、二人の邪魔をすると思う」
その謝罪は、いまのようにスキル『過捕護』によって魔力が暴走してしまうことについてだろう。
いつ背中に魔法を撃たれてもおかしくない不安定さが、ディアの魔力にはある。
それでも、スノウと違ってディアは、許可されなくともついていくと宣言した。
その宣言に対して、スノウを撫でていたラスティアラが答える。
「ううん、悪くない。ディアは絶対悪くない」
否定する。真っ直ぐとディアを見つめ返し、スノウに言った全てがディアも同じであると、その目で伝える。
「ありがとうな、ラスティアラ。もう『私』はどうしようもないほど、カナミに捕まってて、カナミを捕まえてるんだろうな……。だから、この有様だ」
部屋全体に満たされた自分の魔力に目をやって、自虐気味に肩をすくめる。
そのディアに向かって、ラスティアラは断言する。
三度目の節操ない『告白』が口にされる。
「そんなディアが私は好きだよ? 前にセラちゃんと三人で迷宮探索したときも思ったけど、そのディアの不安定さがいい。すごいお気に入り」
「……そう言ってくれるのはラスティアラだけだ。いまのところ、世界で一人だけだ。あのときも俺を見捨てずに付き合ってくれて、ほんとにありがとな。俺もラスティアラが好きだぞ」
それにディアも応えた。
ディアからもラスティアラに思うところが多々あるだろう。けれど、二人は笑顔で好意を伝え合って、邪魔し合いながら協力し合っていくことを許容し合う。
同時にディアの身体から漏れる魔力が萎縮していく。きちんと本音を出して、自分の不安を相談したことで、一時的に落ち着いてくれたようだ。
こうして、『十一番十字路』で暴走してしまった二人の殺気は霧散しきっていく。
船旅に相応しい和やかな空気が、部屋の中に返ってくる。
僕は一息つきながら、ふと一年前を思い出す。
一年前ならば、考えられなかった光景だ。
あのとき僕は本気で死の危険を感じていた。
それだけの危うさをパーティー全体が抱えていた。僕がラスティアラと付き合えば、死人が出ると本当に思っていた。はっきり言って、確信していた。
けれど、いま、その死線を乗り越えた。
それなりに殺意は飛び交ったけれども、確かに乗り越えてみせた。
一触即発の様相ではなくなり、続いてラスティアラも大きく息をつく。
ただ、その溜め息は僕のものと意味が違っていた。
僕は一安心の溜め息だったが、ラスティアラは恍惚の溜め息だった。
「ハァ……。ああ、やっぱりここはいい……。とってもいい。胸がドキドキする……。このいつどうなるかわからない綱渡りのバランス。なんだかんだ言って、二人とも何するかわからない感じ。明日にはどうなるかわからない感じ! やっぱりこここそが、私の本当の居場所……!!」
いまのディアとスノウに惚れこみ――期待もしていた。
二人が何か
僕たち三人はとても綺麗に話を収めたつもりだったのだが、ラスティアラが全く信用していないことに少し驚く。
ただ、言われてみればラスティアラの言う通りであると僕は思う。
ディアとスノウも心当たりがあるのか、声を震わせていた。
「い、いや、俺はやらかさないぞ? 魔法の制御も上手くなったし、そうそう暴走なんてしないと思うぞ……!? ……たぶんだけど」
「わ、わわわ私も変なことしないよ? 魔法で盗聴とか卒業したから! ほんとのほんとに!」
決して期待通りにはならないと反論するが、その二人にラスティアラは笑顔で元気良く即答する。
「うん、二人とも
その「信じてる」はどちらの意味なのか……。
間違いなく、こいつは二人がやらかしてくれるのを信じてるだろう。
そうとしか思えない笑顔だった。
僕はラスティアラの相変わらずのスリルジャンキーっぷりに呆れる。
同時に懐かしさも沸く。
最初、出会ったときもこんな感じだった。
マリアの健気な努力と挑戦を笑顔で見守り、誰かが死ぬ直前までは絶対に手を出さないと言っていた頃のラスティアラだ。
あれから色々とあったが、ラスティアラの本質は変わっていない。
いつだって、ラスティアラは貪欲に自分の理想を追い続けている。
楽しくて楽しくて、成功だけじゃなくて失敗もあって、何度も死にかけるかもしれないけれど――ちゃんと最後にはみんなが笑顔になれるような物語。
その危険思想としか言えない野望を秘めたラスティアラは、最後に僕に話しかけてくる。
「悪いけど、カナミ。私は目指すよ。私にとっての完璧を」
たとえ僕であろうと――いや恋人相手だからこそ、この理想の邪魔はさせないという挑戦者の表情だった。
スノウの依存先も、ディアのスキル対象も、僕の恋心も、全部頂くという意志を感じる。
「ああ。そういう約束で『告白』し合ったから……理解できるように努力するよ」
ラスティアラがそういうやつだというのは、今日痛いほどわかった。
もうそれを否定しないし、矯正するつもりもない。
その意志を伝えると、ラスティアラは仲間の一人の名前を呼ぶ。
「……なら、あとはマリアちゃん、だね」
まるで最愛の恋人の名を呼ぶかのように、熱っぽく名前を口にした。
そして、目を部屋の窓に向けた。いや、正確には窓の向こうの海、そのまた向こうにある本土にいるであろうマリアに目を向けた。
「カナミを奪い合うにしても、カナミからみんなを奪うにしても、マリアちゃん抜きなんて考えられないからね……。早くマリアちゃんに会いたいな……」
ラスティアラにとってマリアは特別なのだろう。
こだわり方が他のみんなと違うように見えた。
「そうだな。何をするにしても、まずは『南』にいるマリアとリーパーのところだ。確か、セラさんも向こうにいるんだっけ? 急ぎたい……と言っても、船旅だから急ぎようがないんだけど……」
いま僕たちの船は本土の『南』側に針路を取っている。
『迷宮連合国のフーズヤーズ』ではなく『本土のフーズヤーズ』の港に向かい、その首都まで直行するつもりだ。
そこは開拓地に新興した連合国とは違い、千年の歴史のある本物の都会だ。この大陸どころか、この世界で最も巨大な都――俗に『中央大聖都』と呼ばれる場所になる。
おそらくはマリアたちがそこにいる。
ラスティアラは『中央大聖都』に辿りついて、早くマリアと会いたいそうだが、現実的に不可能であるとわかっているので諦める。
「どうにか急ぎたいけど、こればっかりはどうしようもないかー」
「ああ、もう今日は夜遅いから無理もできないしな。……本当に今日は色々あって僕は疲れた。みんな、もう寝よう。大事な話は大体終わったから、あとのことは明日にしよう」
一日の終わりを僕は提案する。
朝にはヴィアイシア城でお偉いさんたちと会議をして、昼からはフーズヤーズで告白大会、夕方にディアやスノウと戦って、夜に『リヴィングレジェンド号』で出港だ。
はっきり言って、僕だけでなく全員が疲れきっているのは間違いなかった。
対して反論もなく、みんなも同意していく。
「そだねー。そろそろ寝ようか」
「一杯戦って一杯泣いたから眠い……」
ラスティアラとスノウは多少ふらつきながら動き出す。
ディアも席を立って、眠っている陽滝の手を引く。
「カナミ、ヒタキのことは俺に任せてくれ。スキル『過捕護』もあるから、同じ部屋で眠りたい」
「……そうだね。妹はディアに任せるよ」
少し迷ったけれど、僕は陽滝をディアと同室にする。
この一年間ずっと二人は一緒だったのだから、ここで僕の我が侭で無理に引き離すのは危険だろう。できれば、いついかなるときも陽滝を守っていたいが、ここは断腸の思いでディアを信じよう。
こうして、就寝を決めた僕達は薄暗い船の廊下で別れを告げ、一年前に決めた自室に各々は移動していく。
かつての自室に到着し、扉を開けると、一年前と全く同じ光景が広がっていた。
最後に見たままの家具と小物の配置に、まるで自宅に帰ってきたかのような安息感に包まれる。
その安心のままに僕はベッドへ向かって、勢いよく身体を放り出す。
そして、天上に目を向けて、大きく息を吐く。もう完全に疲れを癒やす体勢だ。
「っふうー……」
軽く目を瞑ってから、僕は今日一日のことを軽く思い返す。
眠る前に一日の反省を行うつもりだったが……思い返す記憶の中、少しだけ引っかかるものがあった。
それはティアラの最後。
恐ろしく複雑で強大な魔法《
その瞬間が、ずっと瞼の裏に張り付いて消えない。
ティアラは本当に心からの愛情で、ラスティアラを慈しんでいた。
あの光景は、まるで本当の母娘のようだった。
生まれた時は遠く離れ、外見は大きく違えども、その魔力や振る舞いが二人は似ていた。
どちらも明るく前向きで、手段を選ばない強引さがあり、確かな血の繋がりを感じた。
あれが親が子に送る『愛』なのだろう。
――心の奥から、僅かにどろりとした黒い感情が湧く。
同時に、ふと思い出す顔があった。
それは迷宮で出会った六十層の
彼女もまた似ていると思った。
かなり言葉遣いは違うけれども、ティアラやラスティアラと本質的なところが似ているような気がするのだ。
ティティーの記憶を覗いたとき、ノスフィーがフーズヤーズという姓を名乗っていたのを僕は知っている。
きっとノスフィーと僕たちの間には色々な繋がりがある。
その予感があった。
そして、ノスフィーの生まれが気になってくる。
どこで生まれ、どんな幼少時代を過ごし、どうして『理を盗むもの』に選ばれたのか。
ノスフィーはどうして、あんなにも――
「――っ!」
僕はベッドから飛び起きる。
部屋に近づく人の気配に気づいたのだ。
それと同時に、ドンドンと部屋の窓が叩かれる。
「――カーナーミー、あーそーぼー」
腰の剣に手をやった僕が馬鹿みたいな気の抜ける声が聞こえてくる。
その声の主に気づいて、僕は警戒を解く。
「え、ええ……? なんでだよ……。さっき寝ようって言ったろ……?」
そう窓の外に文句を飛ばすと、訪問者は外から器用に窓を開けてから入室してくる。
もう僕は前のように、仲間たちに部屋の扉を使えと注意するつもりはない。きっと一生僕たちは窓を出入り口のように使う運命なのだ。
「んー、ごめん。部屋に戻ってから気づいたけど、なんか寝れなくて……」
頬を掻きながら部屋に入ってきたのはラスティアラだった。
あれから自室に戻って、すぐに僕の部屋までやってきたようだ。
「寝れない……?」
「あーそのー……。ごほんっ。私たちは『告白』の末、今日から清い交際を始めたということで相違ありませんね?」
「あ、ああ」
急にラスティアラは咳払いをして、慇懃な態度を取って、とても真剣な表情で問いかけてくる。
その確認に間違いはない。今日の告白をなかったことにされたら、僕は泣く。
僕が頷き返すと、ラスティアラは告白の時と同じように頬を赤くして気恥ずかしそうに、とある単語を口にする。
「カナミ、デートに行こう」
「デ、デート――?」
『デート』。
いわゆる男女のお出かけのことだ。
基本的に付き合っている男女が二人で遊びに行くことを指すと、僕は元の世界の常識と知っている。そして、それが異世界でも通用する常識であることも知っている。つまりは逢引である。今日、このタイミングで、ラスティアラは僕と一緒に逢引へ出かけようと誘っている。
「うん、デート」
ラスティアラは微笑みながら、その単語を繰り返した。
元の世界の学校生活で何度も耳にしながら、ついぞ妹とだけしか成しえなかったデートという単語が脳内に反響する。
先ほど妙に硬い態度を取ったのは、デートに誘うのが恥ずかしかったからのようだ。
そんな上等な羞恥心が彼女に残っていることに驚きながらも、僕は聞き返す。
「え、いまから……?」
「いまから! デート! 二人きり!」
僕の疑問にラスティアラは元気良く、なぜか片言で答えていく。
よく見れば頬は紅潮し、鼻腔は膨らみ、鼻息が荒い。
その様子から、ちょっとした興奮状態であるのは『表示』するまでもなくわかった。
「大丈夫か? 眠くないか?」
「そりゃ、結構眠いけど……でも眠れないっ。眠れるわけなかった! だって、今日は本当に嬉しいことが一杯だったから……。お母様と出会って、カナミに『告白』して、またみんなと一緒に『冒険』できるようになって……! もう嬉しくて堪らなくて、身体が落ち着かなくて――!!」
まるで明日の遠足に興奮して寝られない子供のように、鼻息荒く理由を話していく。
いま目の前にいる少女が、本来ならば僕の腰ほどの背しかない四歳児であることを、はっきりと思い出させてくれる光景だった。
そして、ラスティアラは最後に言い閉める。
「だから、行こう! 今日、いまから! 恋人らしく、デートに!!」
明日まで我慢できないから、いますぐだと叫ぶ。
そのお誘いに、まず僕は先ほどの話との矛盾を問いただす。
「いや、さっきスノウやディアたちにチャンスを譲るかのようなこと言ってなかったっけ……? まだ時間はあるよ的な……」
「うん、言ってたね」
「あんなこと言っておいて、これはどうなんだ?」
完璧に抜け駆けである。
けれど、ラスティアラは自らの行いに迷いはないと答えていく。
「確かに、私はディアたちにいつでもカナミをとってもいいって言ったよ。けど、だからって、これからの私たち二人の物語に手を抜くのは違うって私は思う。ディアたちに気を使って、カナミから距離を取る? せっかく恋人になったのに? ――違う。そういうのは間違ってるって思う」
ラスティアラは真っ直ぐ僕の顔を見た。
本当に真っ直ぐだ。
自らの行いに、後悔も憂いも後ろめたさも、何もないと言っている。
彼女らしい無慈悲で暴力的な正々堂々だ。
「私は絶対に手を抜かない。みんなにもカナミを全力で好きになって欲しいからこそ、私も全力でカナミと付き合う。それが正しい形って思ってる」
少しだけ目が眩んだ。
余りに眩しくて――同時に気恥ずかしくて嬉しくて落ち着かなくて――僕も徐々に眠気が吹き飛んでいく。
「というわけで、交際してから初のデートに行こう?」
改めてラスティアラは誘う。
窓から差し込む月明かりを背に、煌く髪をなびかせ、黄金の瞳の少女が妖艶に笑った。
その誘いを断る術が僕にはなかった。
悲しいことに、一日二日程度の徹夜は慣れてしまっている。
「……じゃあ、行こうか。ただ、どこに行くんだ? 《コネクション》があるから大抵のところには行けるけど、夜となると色々限られないか?」
「心配は無用っ、実はもう決めてるよ。初デートの場所は――」
ふふんとラスティアラは鼻を鳴らして、自信満々に提案する。
初デートの計画を――
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