245.第二迷宮都市

 冷静に考えれば当然の話だ。

 僕たちが彼女のキャラバンに追いついたのは、単純に人数の差だろう。

 こっちは二十人は乗れる馬車に、三人しか乗っていなかった。それに対して、クウネルちゃんは団体行動だ。

 その上、強引な進行でモンスターに襲われてしまっていては、追いつかれないほうがおかしい。


 僕がクウネルちゃんとの再会を愉しんでいると、キャラバンの一つから見知った顔が出てくる。例の正統派のお姫様だ。


「あら、カナミ様ですか? ふふっ、また助けられてしまいましたね」


 彼女の気品に合わせて、少し芝居がかって軽く英雄とお姫様のシーンを作る。


「ご無事でしたか? 皆さんならば、先のモンスターから逃げ切ることはできそうでしたが、知らぬ仲ではなかったので手を出してしまいました。どうかご容赦を」

「いえ、助かりました。やはり、カナミ様は心優しい方ですね。またお会いできて、わたくしは嬉しいです。ふふっ」


 和やかに僕たちは笑う。ただ、隣のクウネルちゃんは滅茶苦茶不満そうな顔をして「いや、放っといてくれたほうが嬉しいって……」と呟いていた。


 それと不満なのは彼女だけではないようだ。クレーターから出てきたティティーが、状況を見て唸っていた。


「そして、また手柄はかなみんへ……。うーむ、やはりそういうものなのじゃな……」


 せっかく自分がモンスターを倒したのに、お姫様と話しているのが僕で不満なようだ。キャラバンの感謝のまなざしも、今回はスノウのほうに集まっている。

 遠くで仕事用の顔になっているスノウが、キャラバンの同行者たちから感謝を受け取っているのが見える。


「ああぁあ、やっぱり魔王様もいるしい……。会長、あてになんか変な呪術かけてませんよね……? こう、運命を繋げる契約系のやつとか……」


 クウネルちゃんはティティーの登場を見て、渋い顔で僕の魔法を疑ってきた。


「いや、何もかけてないと思うけど?」

「なら、これは偶然? いや、会長の偶然って『契約』よりあかんような……。ああー、あとちょっとで『第二迷宮都市ダリル』まで逃げ込めたのにぃ……」


 僕が傍迷惑な人間であるような台詞を吐かれてしまい、心外だと思った。いつだって僕は、穏便にことを済ませようと努力して生きている。


「あ、ちなみに次の会長の行き先ってどこなんです? できれば、早めに会長と離れたいんですけど……」


 もう本心を隠すことなく、クウネルちゃんは僕たちから逃げるために行き先を聞いてくる。その素直さに免じて、こちらも行き先を隠すことなく答える。


「目下の目的地は『第二迷宮都市ダリル』だね。そこにいるはずの仲間たちを拾ってから、『北連盟』の国に入って北の『ヴィアイシア』まで行くつもりだよ」

「やっぱり途中まで道が一緒ですね。あてたちも『第二迷宮都市ダリル』を通るので……。あー、なんであてはレギア国を西のほうに作ったんだろー」

「諦めて、一緒に行かない? 途中までなら大丈夫だって。たぶん、問題が起きるのは『北連盟』に入ってからだと思うから」

「いや、あての勘がいってます。いま世界で一番やばいのは『第二迷宮都市ダリル』だと……」


 神妙な顔でクウネルちゃんは首を振る。

 そして、僕でなくティティーに話しかける。


「魔王様ならわかると思いますが、いまあそこには例の暗雲がかかってます。千年前と同じなんですよ」

「なんじゃと……。あの消えぬ暗雲のことか……?」

「千年前ほど濃くはありませんが、間違いなく同一のものです。あてには千年前の凄惨な事件が繰り返される前兆にしか思えません」

「ふむ。確かに、世界が荒れ出したのは暗雲がかかってからじゃったな」


 千年前、世界は暗雲に包まれていたと、ローウェンやリーパーも言っていた。僕が思い出した数少ない記憶の中でも、いつも暗い空ばかり見ていた気がする。


「だから、会長と一緒に『第二迷宮都市ダリル』には入りたくないんです! あそこに会長が入ると、絶対なんか起こる! で、なんやかんやで付き合わされる! で、また無駄にレベルが上がる! これ以上、健康診断のときに神官さんたちから白い目で見られるのは嫌ー!」


 迫真の表情でクウネルちゃんは自らの気持ちを主張し終えた。


 どうやら、いまの彼女のレベルは仲間の吸血鬼たちを吸って上がった分だけでなく、僕と一緒に冒険して上がった分もあるようだ。

 この前の『繋がり』で得た情報は本当に最低限だったみたいだ。僕の知らないクウネルちゃんと相川渦波の冒険は、まだまだありそうだ。


「だそうじゃ。かなみんよ、どうする?」

「色々と詳しそうだから、途中まで付いて来てほしいのが本音かな。クウネルちゃん、当事者じゃないって言っても、この千年で独自に色々調べてるっぽいし」

「うむ、そうじゃの。というわけで……はい、捕獲!」


 ティティーは予備動作の少ない動きでクウネルちゃんの背後に回り、抱きついた。


「デ、デスヨネー」


 あっさりと捕まったクウネルちゃんは身体から力を抜いた。僕たちに助けられた時点で、こうなることは薄らと予感していたようだ。大した抵抗もない。

 ただ、正統派お姫様だけは、その一連の流れに口を挟む。


「あ、あのクウネルちゃんを離してあげてください! どうかお願いします!」


 その真っ当な意見を前にティティーは「むむむ」と唸るが、すぐにクウネルちゃん自身から白旗宣言があがった。


「フローラちゃん、ありがとうございます。けど、もう諦めてるからいいです。きっと今回の旅は、最初からこういう運命だったんです。ギリギリのところまで付き合うしかないんです」

「クウネルちゃん、本当に構わないのですか? 横から見てると、その、酷い状態ですが……」

「恐ろしいことに、これがこの人たちの愛情表現なんです……。もう仕方ありませんので、途中までは開拓地の英雄様一行と共に行きましょう。あては会長のところで世話になりますので、キャラバンのほうはフローラちゃんによろしく頼みます……」

「は、はあ。クウネルちゃんがそれでいいのなら……」


 これから僕たちがするであろう要求を先に察して、クウネルちゃんは迅速に話をまとめていく。

 そして、混乱しつつも僕たちの様子を見ていた兵たちは、正統派お姫様の指示に従ってキャラバンの陣形を元に戻していく。残されたクウネルちゃんだけは僕たちの馬車のほうに合流していく。護衛の騎士たちを一人もつけず、たった一人でだ。

 そのことから、クウネルちゃんの僕たちへの信頼が見て取れる。


 全員が各々の馬車に戻り、すぐに旅が再開する。

 蹄の地を踏む音が何重にもなって、馬車を揺らし始める。ちなみに御者台では僕が鞭を振るっている。単純に索敵能力が高いというのもある。だがそれ以上に、僕の次に索敵能力が高いであろうティティーを御者台に任せるわけにはいかない理由があった。


「――しっかし、すっごく怯えられてますね。魔王様」


 その理由をクウネルちゃんが、はっきりと口にする。

 つまりはそういうことだ。


 いまも、周囲で並走する馬車から目線が突き刺さっている。

 兵や要人たちが、興味深そうに馬車の窓から顔を覗かせて僕たちを見ているのだ。ただ、ティティーが御者台に顔を出すと、その視線全てが一瞬で別方向を向く。

 海と陸でのティティーの活躍を見て、誰もが思っているのだ。

 あれは凄いが、関わるのはやばい。決して目を合わせるな……と。


 そのあからさまな態度を見て、ティティーは口を尖らせて拗ねる。


「むう。そうやって、クウネルが童を魔王魔王と呼ぶからじゃぞ。みなが怯えるから、童のことは勇者様と呼べい。勇者様と」

「確かに、それもあるかもしれませんね。かといって、魔王様を勇者様と呼ぶのは何か違うような気がするんですよねー。まあ、そもそも勇者って何だよっていうのもありますが」

「……童に勇者は似あわぬか?」


 突然、ティティーは真剣に問いかける。察しのいいクウネルちゃんは、その質問に飾ることなく答えていく。


「端的に言えば、その通りです。いや、魔王って渾名あだなが似合うってわけでもないんですけどね。こうやって話してみると、千年前に遠目で見たときの印象と全然違って、そんなに怖くありません。魔王でも勇者でもなく……もっと親しみやすい別の愛称が欲しいですねー」


 きっと彼女も、僕やライナーと同じでティティーを『近所の変なお姉さん』と感じているのだろう。いまや、最初に会ったときのように緊張感が消えうせている。


「……そうか。……千年前を生きたおぬしからそれを聞ければ、もうよいか」


 それを聞いたティティーは少し残念そうに――けれど、満足げに溜め息をついた。


 彼女と繋がっていたことのある僕だからわかる。

 いまのクウネルちゃんの「魔王は似合わない」という答えは望外の奇跡だった。他国の民とはいえ、千年前を知る一人から、ロード・ティティーは『王』ではないとはっきり言って貰えたのだ。

 それは帰り道の途中、財宝に勝る『綺麗な石』を拾ったかのようで、ティティーは嬉しそうに笑う。


「ふっ。もう時間も余りないゆえ、ここらが引き際じゃな。よし――」


 そして、帰り道すがら、試そうとしていた遊びを諦める。

 ティティーは馬車の中で立ち上がり、唐突に身に着けていたものを脱ぎ出す。


「もうめじゃ止めじゃ。童に勇者など合わぬ。いや勇者は、そう簡単な職業ではなかったと言うべきかの。少なくとも、童にはできぬ仕事だったようじゃ。――というわけで、ぽいぽいぽーいっとな」


 とはいえ、全てを脱ぐわけではない。シャツ一枚を残して、アリバーズさんから貰った『飛翔翠石の軽鎧ルイフィンリィト』を全て外しただけだ。

 そして、器用に素早く脱いだ鎧を、今度は近くのスノウに着せていく。


「え、え?」


 当然だが、スノウは困惑する。

 だが、その困惑を無視してティティーはスノウを『飛翔翠石の軽鎧ルイフィンリィト』で着飾っていく。


 数十秒後、民族衣装と総司令の衣装と翠の鎧の合わさった新しいスノウが誕生する。ティティーのセンスなので少し派手だが、上手く上着を重ねることで鎧を隠し、自然なものとなっている。

 スノウらしさを残しつつ、総司令としての威厳もあって、鎧の防御力もともなっている。ティティーにしてはいい仕事だ。


 新しいスノウを完成させたティティーは、最後に自らの剣『始祖と魔王の魔剣ブレイブフローライト』も差し出す。


「スノウよ。これからは己の才だけで戦うでない。そなたの身体はまともじゃ。魔の毒を身体に回さぬよう、剣技で戦うように心がけよ。さもなくば、いつかその身体は『理を盗むもの』に近い存在となってしまうじゃろう」


 僕も心配していたことを、ティティーも考えていたようだ。スノウが『竜化』しないように、新たな道を先達者として示していく。


「え、剣技だけって言われても、私そういうの苦手だし……」

「幸い、ここには剣の師匠がおる。そして、ここにそなたに見合う剣もある。伝説の勇者の剣――を予定していた聖剣じゃ。ちょー強いぞ」

「その剣……。お姉ちゃん、いいの?」


 普通の一品でないことをスノウもわかっているのだろう。念を入れて確認を取る。


「構わぬ。どうやら、童に勇者という職業は向かぬようじゃからな。もうこれを使うのは諦めた。ゆえに、童の愛するスノウへ託そう」

「でも、私は『勇者』……というか『英雄』になるのは嫌だよ? だって、私の夢はお嫁さんだから」

「ああ、それでもよい。いや、それだからこそ、童はスノウに渡したいのじゃろうな」

「…………? ……わかった。ありがとう、お姉ちゃん」


 スノウは首をかしげながらも、その意志は固いと理解して受け取る。


 それを見たティティーは何度も「うんうん」と頷いて喜んだ。守護者ガーディアンというのは年のせいか、何かを残したがる傾向があるようだ。自分の使ったものを、妹分に残せることを心の底から喜んでいる。

 そして、それは子供心から憧れていた勇者という存在に見切りをつけた瞬間でもあった。まるで中学生から高校生に上がり、現実を知った子供を見ているかのようで……少しだけティティーの横顔が違って見えた。


 その後、馬車内でスノウやクウネルちゃんを存分に胴上げして喜びを表現したあと、ティティーは話を続ける。


「っふうー。いやー、かなみんと作った傑作が無駄にならず、よかったよかったなのじゃ。……しかし、勇者が童の天職でなかったのであれば、童は一体何を目指せばよかったのじゃろうなー。別に知らずとも、消えることはできると思うが、ちょっと気になるぞい」


 満足げに二人の少女を両脇に侍らせて、今度は御者台にいる僕のほうに話しかけてきた。

 その話の内容は、いつもと違って大人っぽいと僕は思った。


 さっきまでの話が中学生二年生ぐらいだとしたら、いまは高校二年生くらいだろうか。そのくらいの年になれば、ふと自分の将来が気になるものだ。その領域にいま、ティティーは千年遅れでようやく踏み入っているのかもしれない。


「いや、おまえ、自分で言っていただろ。『庭師』じゃないのか?」


 まず僕は迷宮でやっていた『庭師』を挙げる。


「ああ、『庭師』か。あれはなー、ちょっとしょぼいからのう。生涯を託す職業とするのは、ちょっとな。ゆえに童は、もっとかっこよくて凄い職業を探しておったわけじゃよ」

「しょぼいとか言うなよ。全世界の『庭師』さんに謝れ。というか、僕は『庭師』こそおまえの天職だと思うけどな。おまえには派手な職業よりも『庭師』みたいに細かな作業の仕事が向いてる。じゃないとやりすぎる」


 ティティーの言う「かっこよくて凄い」は周りから見れば、「恐ろしく迷惑」である可能性がある。それならば、庭師のような仕事がベストだろう。少し前の迷宮でも、魂のともわない街でとはいえ、皆に感謝されていた。


「そうかのう?」

「そうだ」

「本当の本当にか?」

「ああ、間違いない。ライナーも同じことを言うと思うぞ」


 何度もティティーは確認を取る。

 それに僕は何度も頷く。

 その果てに、とうとうティティーは納得したようだ。


「そうか。やはり、童は『庭師』として生き続ければよかったのじゃな」


 そう。それは確認だったのだろう。

 これは厳密には『将来の夢』でなく――『過去の夢』の確認。

 この帰り道の間に、彼女は確認したかったのだ。

 『王』でも『勇者』でもなく、『庭師』こそが自分が生きるべき道であったことを。


 それは未練と呼ぶべきほどのものではなかったが、確かにティティーの人生にとって大事なものだった。その答えを得て、次は自分でなく僕のことを楽しそうに考え出す。


「ふむむ。しかし、童は『庭師』として……。ならば、かなみんは何が天職なのじゃろうな」

「え、僕か?」


 将来の職業ゆめ……?

 つまり、妹や仲間たちを助けたあとの話だ。

 余り考えたことはなかったが、ティティーに指摘されて少し本気で考える。


 僕もティティーと同じように、身の丈に合うものを選びたい。当然、スノウと一緒で『英雄』なんてまっぴらだ。

 ゆえに、つい先日の奴隷や『魔石人間ジュエルクルス』の件から、医者を本気で目指すのもいいかなとも思った。確か、元の世界にいた頃も、それに近いことを考えていたような気がする。


 ただ、それはクウネルちゃんによって否定される。


「んー、会長は職人気質なので、服屋とか細工師とかが向いてますよ。昔は、あてと一緒に服飾関係の仕事につきたいとか言ってましたからね。ぶっちゃけ、会長はあてと同じで裏方の職人タイプですよ」


 クウネルちゃんと一緒のタイプ――つまり、根は小物だから、人の命に関わるような『英雄』や『医者』なんて向かないってことだろう。


 しかし、服の仕事か……。

 確かに、妹や異世界のことがなければ、そう考えていたかもしれない。


 ティティーや仲間たちからでは決して得られないであろう意見に、僕は自分の考えを見直す。そうしていると、スノウがクウネルちゃんのほうへにじり寄っていた。


 当然だが、クウネルちゃんの顔は青くなる。

 僕やティティーに劣るものの、スノウだって天災レベルの実力者だ。その彼女に険しい顔で近づかれたら怖い。


「ウ、ウォーカー総司令代理殿……、なんでしょう……?」

「もうそれはやめたから、スノウって呼び捨てでいいよ。それよりも、ちょっと気になったんだけど、クウネルさんってカナミの何なの……?」


 二人は知り合いだったので細かな自己紹介は省いたのだけれど、スノウは僕との関係性が気になったようだ。確かに、いまの彼女の話し方だと、気になるのは仕方ない。


「話すと長いんだが……。まあ、知り合いみたいなもんだ。昨日話した『千年前』での知り合いだな。僕にとっては、余り馴染みはないけどね」


 軽く説明する。余りこじれるのも嫌なので、浅い関係であることにする。

 それにクウネルちゃんも同調する。


「よろしゅうです、スノウ。ちなみに、あては会長とは本当に何もないので安心してください。というか、あんな自殺も同然のレース、死んでも参加したくありません。心の底から」


 クウネルちゃんは深読みをして、とても失礼なことをのたまいだす。

 自殺も同然のレースってどういうことだよ。


「……ん、わかった」


 スノウは自分の知りたいことを知ることが出来たようで、とても納得した様子で引き下がる。色々と僕は納得できなかったが、スノウは違ったようだ。

 そして、いまの話を全て、ティティーがまとめていく。


「うむ。色々とわかってきたのう。童は『庭師』、スノウは『お嫁さん』、かなみんとクウネルは……大きい範囲で『職人』ってところじゃな」

「ま、そんなところだな」


 こうして、なぜか全員分の職適正が決まってしまった。ただ、まだティティーは眉間にしわを寄せて考え込んでいる。


「まだ、何か気になるのか?」

「いや、童の弟であるアイドのやつは何が天職じゃったのか気になってな。『宰相』でなく、もっと別の何かがあると思うのじゃが」


 アイドの天職。それはとても大事なように聞こえた。

 むしろ、これがティティーにとっては本題だったのかもしれない。


 これはこれからの戦いに関わることだと思い、戦闘のつもりで全力で思考を加速させていく。


「『宰相』になってたくらいだから、頭は良さそうに見えたな。少なくとも、おまえよりは」

「子供の頃からあやつは勉強ができたからの。あの村では勉強のできる者は『牧師』になる風習があったゆえ、それが天職だったのかのう?」


 ティティーと繋がったときに得た記憶から、幼少のアイドの姿を思い出す。確かに、あの物静かな少年ならば、色々な人の悩みを冷静に解決してくれそうだ。


「温厚な性格っぽかったから、そういうのもありかもな。……そう言えば、あれに似た白い花の咲く木の下で、いつもアイドは本を読んでたな」


 馬車の進行方向先を指さす。

 そこにはティティーの記憶にあったものと同じものがあった。

 お爺さんとお婆さんの住んでいた切り妻家の隣にあった木が、街道の近くに並んでいる。


「おおっ。もうあれが見えるところまで来たか。あれは北特有の木でな。特にヴィアイシアの地域で多いのじゃ。名を『白桜ピエリス・アイシア』と言う。アイドのやつも白い花を咲かせる樹人ドリアードじゃったからか、かなりお気に入りの様子じゃったのー」


 『白桜』と書いて、『ピエリス・アイシア』と読むのか。確かに、僕の世界の桜に少しだけ似ている。そう翻訳する千年前の僕の気持ちもわかる。

 そして、その『白桜ピエリス・アイシア』はアイドの姿――あの白い髪と細く長い身体を想起させる。


 一年前、アイドと出会ったのも、この近くだった。

 あのとき、あいつは『魔石人間ジュエルクルス』ばかりのパーティーの中にいて――


「――あ、そういえば、あいつ『先生』って呼ばれてたぞ。仲間から」

「『先生』じゃと……?」


 それを聞いたティティーは手を口元に持ってきて「ふむ、ふむ」と反芻するように考え込む。


「ふむ。確かに、アイドのやつは誰かに教えるのは楽しいと言っておったからの。『牧師』として村の者たちだけを教えるだけでなく、大きな街の『先生』として多くの人々を教えたかったのかもしれぬな。……なるほど。童は『庭師』で、アイドは『先生』か。悪くないの」


 その至った答えにティティーは満足したのか、にっこりと笑った。


「ああ、そのくらいが丁度いいと思うぞ。本当にそう思う」


 いま、とても大切なことを決めたように感じる。

 こうしてアイドの話をするのは、これから訪れる姉弟との邂逅に必要な気がしたのでもっと詳しい話を促すことにする。


「なあ、ティティー。もっとアイドのことを話そう。これからあいつと会うんだから、できるだけ多くのことを知っておきたい」

「そうじゃな……。では、子供の頃のアイドの話をしてやろうか――」


 そして、僕は『第二迷宮都市ダリル』に到着するまでの道中の間、アイドの人となりを聞き続けた。


 もちろん、それだけじゃなくて、ティティーのほうから僕に妹の陽滝について聞かれることもあった。その結果、すぐに僕はシスコンだと笑われ、ついでにティティーもブラコンであることもよくわかってしまう。一緒に話を聞いていたスノウとクウネルちゃんが、僕たちの弟妹自慢に引くほど、その話は白熱した。

 スノウとクウネルちゃんにも兄や妹がいたらしいが、僕たちの感覚は理解できないらしい。


 仕方なく、家族という存在がどれだけ素晴らしいものかを、ティティーと協力して二人に伝えることになる。

 そんな充実した時間を過ごしていく内に、時間は過ぎていく。

 馬車は街道を突き進み、御者台から遠くに黒い雲が広がっているのを目視できるようになっていく。クウネルちゃんの話からすると、あれが『第二迷宮都市ダリル』の上空にある暗雲とやらだろう。


「本当に黒い雲がある。ということは、そろそろ着くな……」


 通常の曇り空とは似ても似つかない。

 灰色どころか、夜のように真っ黒な雲だ。

 当然、あの下に入れば世界は夜のように変わり果てるだろう。


 そして、その一つ目の目的地を前に、馬車の中のティティーは、用心深くクウネルちゃんの背後に立っていた。


「手を離してくれませんかねー。逃げませんのでー」

「駄目じゃ。おぬしは平然と嘘をつくタイプの人間のようじゃからな。もう二度と逃さぬ」

「流石は魔王様。普通は、この身なりと口調で油断してくるんですけど、隙がないすね」

「それと童のことはティティーと呼び捨てるとよい。これから長生きするおぬしには、童をティティーとして語り継いで欲しいゆえな」

「この魔王様って敬称、本当に嫌いなんですね。了解しました。ティティーという少女は庭師の似合うちょっとお馬鹿で陽気な人物だったと語り継ぎましょう。このクウネルが、責任を持って」

「む、馬鹿は余計じゃ。馬鹿は……」

「痛い! 気持ちを汲んで、軽い話にしようとしたのに!!」


 二人は仲良く戯れていたので、僕は目的地のほうに集中する。少なくとも、ティティーがいる限り、クウネルちゃんが逃げ出すことはできないだろう。


 近づいてきた『第二迷宮都市ダリル』を前に、少しだけ緊張が高まる。

 おそらく、あそこにはマリアとリーパーの二人がいる。その二人を拾えば、あとは真っ直ぐ北の『ヴィアイシア』に向かうだけだ。


 街道の周囲の風景が荒地に変わっていくのを見ながら、一年前にパリンクロンと戦った記憶を思い出す。あの日も、いま見える暗雲のように真っ黒の世界だった。

 あの戦いの地に、一年越しでまた僕は帰って来たのだ。

 この均され切っていない歪んだ大地が、それを証明してくれている。


 様々な感情が胸の中を去来するが、僕は決して立ち止まることなく、馬車を前に走らせ続けた。

 

 

◆◆◆◆◆



 第二迷宮都市ダリルには城壁もなければ関所もない都市だ。


 基本的に来る者拒まずの姿勢で、多くの来訪者を歓迎している。それは腕に覚えのある探索者を前線に集めるという目的があるのかもしれないが、敵国の斥候スパイも入りたい放題ではないのかと僕は不安に思ってしまう。


 ただ、旅人の僕たちにとっては都合のいい話で、問題なく無事に都市の中へ入ることができた。そして、すぐに馬車から降りて街を散策することを決める。クウネルちゃんのキャラバンは補給や休息のためだが、僕のほうは仲間たちと合流するためだ。


 ラスティアラやスノウの話だと、ここにマリアとリーパーがいるはずだが……。


 僕は仲間をさがすため、暗くてよく見えない都市の中に《ディメンション》を広げていく。

 ただ、そのどこまでも続く暗さに、少しだけ陰鬱な気分になる。まだ昼過ぎだというのに、まるで夜のようだ。これがずっと続くとなると、この街に住むのにはかなりの覚悟がいるだろう。


 そんなことを僕は考えていたのだが、ティティーは全く逆のことを口にする。


「おー、あのときと同じじゃ。少し懐かしいのー」


 陰鬱な気分どころか、嬉しそうな表情だった。

 それに同じ千年前を知るクウネルちゃんが答える。


「全く同質のものですね。けど、これはいいものじゃありませんから、そうやって嬉しそうにしてると、また周りから「やはり魔王」って怯えられますよ?」

「う、うむ。気をつけるぞ。……また世界の毒が濃くなっておるのじゃな。よくないことじゃ」

「はい。世界から漏れ出た毒が、持ち主を求めて彷徨い、暗雲となってます。これのせいで、世界の全生物のレベルが上がりやすくなってますね。ぶっちゃけ危険です。あと、おそらくですが、『獣人』の出生率も上昇しているでしょう」


 淡々とクウネルちゃんは話すが、そのどれもがとても重要な情報だった。

 その知識を頼りにして、僕は更なる説明を求める。


「クウネルちゃん。何で、そんな現象が起きるのか知ってるの……?」

「すみません、会長。流石に理由まではわかりません。ただ、地上の崩壊がキーワードになってると、あては睨んでます。今回に当てはまるのは、一年前の『大災厄』ですね。これより詳しいことになると使徒様か聖人様、もしくは会長自身しか知らないでしょう」


 だが、その詳しい説明ができるのは、むしろ僕自身であると首を振られてしまう。

 確かにその通りだと思い、それ以上の追及はしない。

 そして、クウネルちゃんは歩きながら周囲を見回し、顔をしかめる。


「しかし、第二迷宮都市……。半年前くらいに来たときと比べると、酷いですね……」


 半年前のことはわからないが、その言葉には僕も同感だった。


 《ディメンション》から得られる街の様子を整理していく。


 まず前提として、この街は戦地の真っ只中、最前線である。

 そのため、道歩く人の中に武器を持っていない人は一人もおらず、どの街よりも物々しい空気が満たされている。

 ただ、活気がないというわけではない。少し荒々しさはあるものの、生気に満ちた人たちの声ばかりだ。戦地特有の疎開で、子供や女性が少ないということもない。


 その子供や女性のほとんどは、西の新しい迷宮に釣られやってきた新人探索者だろう。その探索者を『南連盟』が好条件で徴兵しようとしているのを、先ほどからちらほらと見かける。

 ここにいる探索者たちは駐屯兵を兼ねているようだ。

 迷宮都市であり戦地でもあるというのが、特殊な状況を生んでいる。


 そして、その探索者たちが寝泊まりする町並みも特殊だ。

 基本的に建物よりもテントが多く、商店のほとんどがバザーのような形態を取っている。

 パリンクロンの起こした『大災厄』によって、余りに平地が少ないせいだ。きちんとした家を建てられる足場がないため、このようになっているようだ。

 整地と植林を行っているところも《ディメンション》で感じ取ったが、完全に元に戻るまであと数年はかかるだろう。


 最後に、第二迷宮都市の中心にある大穴。

 噂どおりならば『西の迷宮』となっているはずの大穴だが―― 


「んー? 以前にあてが来たときは、もっと人がいたはずなのに。一体何が……。あっ、丁度報告が来ました」


 クウネルちゃんの背後に一人の兵がやってきて、耳打ちした。

 どうやら、僕たちが街に入るより先に人を送り込んでいたようだ。その無駄のない手腕に感心しながら、彼女の言葉を待つ。


「え、えーと、どうやら、いま迷宮のほうは封鎖中のようです……」


 そして、僕が《ディメンション》で把握した光景が間違いでないことがわかる。


「噂では『死神付きの魔女』とやらが、炎の魔法で出入り口を溶かしたらしいです。周囲が溶岩地帯になっていて、人が通れるようになるまで時間がかかると言ってます。……これは実際に見に行ったほうがよさそうですね。ちょっと、あても信じられません」


 報告を受けながらも、クウネルちゃんは首を傾げ続けていた。話を持ってきた私兵に何度も「ほんまに? ほんまのほんまに?」と聞き返している。

 

「その人の言ってることは本当だと思うよ。僕の《ディメンション》でも見た」


 《ディメンション》によって見える大穴の光景は、赤一色。

 大穴の周囲は赤い溶岩の海に変わっていた。

 おそらく、前は大穴の下へ降りられるように石の階段ができていたのだろうが、その名残が残っているものの、全てが赤い溶岩によって台無しになっている。

 その光景は連合国の迷宮の二十四層付近を思い出させる。


「会長がそう言うのならそうなんでしょうね。……なるほど。それでちょっと人が減ってるんですね。新しい迷宮が目玉の都市なのに、そこが封鎖されてしまったら、ただの最前線の危険地帯ですもんね。ここ」


 僕のフォローによって納得したのか、クウネルちゃんは報告した兵を下がらせた。


「一応、見に行こうか。たぶん、間違いないだろうけど、スノウにも判断してもらいたいから」


 先頭を歩く僕は《ディメンション》で得た情報を元に、町の中を歩く。

 途中、何度も好奇の目に晒されたが、僕とティティーの魔力で威圧することで問題を起こすことなく進む。腕の立つ探索者ばかりなので、僕たちの力量を察してくれて絡んでこないので助かる。


 テントのバザーをくぐり、徴兵を行う広場を通り、中心部に辿りつく。

 そこには直径一キロメートルはある大穴が、ぽっかりと大地に空いていた。そして、その外周には赤い溶岩が流れていて、近づくことができない。《ディメンション》で一度見ていたものの、直に近づくと熱気が凄まじい。これを行ったであろう『彼女』の、絶対に誰も西迷宮に入れまいとする意思が感じられる。


 それを同様に感じたであろうスノウが、まず声を出す。


「カ、カナミ、たぶんこれ……」

「やっぱり、おまえもそう思うか?」

「『死神付きの魔女』って噂されてるみたいだからね……。他に思い浮かびようがないよ……」

「けど、《ディメンション》で見たところ、この街に二人はいないみたいだ。一体、どこへ行ったんだろう?」

「私が最後に手紙を貰ったときは、ここにいるって聞いたんだけど……。移動しちゃったみたいだね。次の手紙はコルクに届くだろうし、ちょっとまずいね」


 スノウの確認も終えて、僕は『死神付きの魔女』の正体を確信する。

 ついでに、その彼女の行き先がわからないことに少し困ってしまう。


 ただ、少し困る程度だ。

 こういった人探しに、『次元の理を盗むもの』である僕の魔法は向いている。すぐに僕は自分のステータスを確認して、隣のティティーに頼み込む。


「ティティー、ちょっと頼めるか? これから僕は魔力をかなり使う」

「む、むむむ? もしかして、ここで大技を使うつもりか?」

「ああ、《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》を使う。迷宮でお前と戦ったときに使ったやつだ」

「あ、あれをか……? しかし、大丈夫なのか? あれを使うとき、色々と削れていたように見えたが……」

「もちろん、あのときほど全力でやりはしないよ。魂の『想起収束ドロップ』をする気もない。いまある僕の魔力を使って、この惨状を起こしたやつの名残を探るだけだよ。色々と確認もしたいことがあるんだ」

「限界を超えないのであれば、よかろう。わかったのじゃ。おぬしが魔法を使っている間の警戒は、童に任せよ」

「助かる。それじゃあ、すぐに取り掛かるよ。――魔法《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》」


 詠唱はしない。

 溶岩のぎりぎりのところまで近づいて、僕は魔力全てを術式に注ぎ込んでいく。


 ティティー戦で使ったときと同じ使い方だ。

 絵画から思い出を。魔石から人格を。その魂から情報を読み取っていき、追憶していくイメージ。


 その魔法で――

 この溶岩の海が生まれた瞬間。

 それを引き起こしたであろう魔法。

 その魔法を放ったであろう人物。

 ――時間という次元を乗り越えて、光景を視る。


 それが魔法《次元決戦演算ディメンション・グラディエイト前日譚リコール』》。


 『いま』と『過去』が繋がっていく。

 そして、夢を見るかのように、僕の視る世界が塗り変わっていく。

 この大穴が真っ赤に染まるまでの顛末を、僕は知る――

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