230.初めての告白



 その姿を見つめすぎて、僕の意思に反してステータスが見える。



【ステータス】

 名前:ラスティアラ・フーズヤーズ HP895/895 MP442/442 クラス:騎士 

 レベル23

 筋力19.54 体力18.12 技量9.98 速さ11.61 賢さ17.98 魔力13.89 素質4.00

 状態:なし

 先天スキル:武器戦闘2.22 剣術2.13 擬神の目1.00

       魔法戦闘2.28 血術6.23 神聖魔法1.05

 後天スキル:読書1.45 素体1.00 集中収束0.22



 最後に見たときから、ほとんどレベルが変わっていないことに少し違和感を覚えた。一年もの時間があって、ラスティアラのレベルとスキルが大きく変わっていないのは彼女らしくない気がする。

 しかし、『表示』で見る限り、彼女がラスティアラであるのは間違いない。

 そのラスティアラは後ろにラグネちゃんとセラさんを従え、まずフェーデルトに声をかける。


「道中、変な時間稼ぎがあったと思えば、やっぱりフェーデルトだったんだね」

「ラ、ラスティアラ様……」


 すぐにフェーデルトは僕からラスティアラのほうへ向き直り、礼の形を取った。

 

「……いますぐあなたは下がって」


 俯いたまま何も言わないフェーデルトにラスティアラは嘆息し、退出を促す。


「しかしっ、この者たちは――」

「いま、元老院からここを任されているのは私。そして、彼らは私の客人。つまり、あなたの席はない」

「くっ……」


 そのフェーデルトの表情から、いまとなってはラスティアラのほうが権限が大きいとわかる。

 フェーデルトは歯軋りしながら、こちらに向かって一礼する他なかった。


「……カナミ殿。またいつか、お会い致ししましょう。まだ私は全ての力を使い切ってはおりませんゆえ……。――ええ、まだまだ私には手があるのです。まだまだ」

「あ、はい。またです」


 どこかの凶悪な守護者ガーディアンたちとは違って、とても人間らしい捨て台詞を吐いてくれるので、逆に安心できる。胸をなでおろしながら、僕は彼を見送った。

 ただ、その僕の態度を余裕と取られたのか、フェーデルトは苦渋の表情だった。そして、僕を睨みながら部屋から去ろうとする。

 

「あ、彼女たちだけは置いていって。給仕役は欲しいから」


 その途中、ラスティアラから『魔石人間ジュエルクルス』の少女を置いていけと命令される。


「ぐ、うぅっ……。りょ、了解致しました……」


 主導権を奪われ、好き勝手命令されることに慣れていないのか、フェーデルトは渋々と少女たちを置いて部屋から出て行く。


 そして、部屋の中には僕の知り合いと例の『魔石人間ジュエルクルス』の少女四人だけとなった。

 当然だが、まず僕は最も親しい仲間――ラスティアラに声をかける。


「えっと、ラスティアラ……。その……、ただいま」

「お帰り、カナミ。本当に久しぶりだね」


 挨拶を交わす。

 たった一言、「ただいま」と「お帰り」だったが、人生で一番心地いい挨拶だと思った。


「じゃ、座ろうか。あっ、みんな、私たちの分の飲み物もお願いね。あと武器は収めて収めて」


 ラスティアラは記憶と全く変わらない笑顔で、まるで一年の空白なんてなかったかのように僕の向かいへ座った。いま殺し合いをしていた少女たちに給仕をさせるところなんて、あのラスティアラらしいと思った。

 

 声をかけられた少女たちは慌てて、本来の業務へ戻る。


「は、はいっ。現人神様!」


 少女たちは武器を懐に収めて、新たなグラスをワゴンから取り出してラスティアラの前に置く。さらに、少し散らかってしまったテーブルの上を整えていき、僕たちの歓待を最初からやり直していく。


「うん。みんな、ありがとね」

「いえ、現人神様に給仕できるなんてとても嬉しいです」


 少女たちのラスティアラを見る目は憧れや尊敬が混じっているように見えた。

 フェーデルトを相手にしているときよりも、少女たちは気楽そうに見える。この『魔石人間ジュエルクルス』たちとラスティアラとの関係性が気になったところで、僕たちのグラスが取り替えられていく。

 

「『アイカワカナミ・キリスト・ユーラシア・フーズヤーズ・フォン・ヴァルトウォーカー』様。こちらのほうをどうぞ。そちらの飲み物は薬が入ってますので」


 予想通り、毒か何かが入っていたようだ。

 それを聞いて、隣で豪快に飲み食いしていたティティーは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔になる。ただ、本人は「え、えぇー? お腹痛くなる……?」と暢気なことを言っていたので余り心配しないでおく。


 それよりも、僕が心配なのは僕の呼び名のほうだった。


「……あ、ああ。ありがとう」 


 不本意すぎる名前で呼ばれるのに、まだ慣れない。苦渋の面を作って、お礼を言う。

 その表情を見て、少女は不安そうに謝罪していく。


「も、もしかして、名前の発音が汚かったでしょうか……? だとすれば、大変申し訳ございません。私たちは一般教養を血に記されていない戦闘用の『魔石人間ジュエルクルス』ですので……」

「いや、発音なんて僕もわからないからいいよ。ただ、次から僕を呼ぶときは、カナミと呼び捨ててくれないかな。その名前、好きじゃないんだ」

「呼び捨てですか……?」

「遠慮はいらないから、お願いだ。その長ったらしい名前は、むずかゆくて堪らない……」

「では……、カナミ様と……」

「様もいらないんだけどね。ああ、なんでこうなったんだろ……」


 そんな僕と少女の会話を聞いて、ラスティアラは笑う。


「あはっ、相変わらずだね、カナミ。ちょっと目を離すとこれだから面白いよ。うちの子を口説かないでよ、もうっ」


 花開く蕾のように、たおやかな微笑みで語りかけてくる。


「――いまの会話を聞くと、カナミが帰って来たって感じがするよ。うん、やっと帰って来た……。――で、やっぱり、帰ってきてから最初にここへ来たんだね……」


 ラスティアラは僕の連れであるティティーとライナーを見て、僕が帰って来てからの行動を察した。


 正直、僕の思い描いていた反応と違う。一年ぶりにしてはラスティアラが冷静過ぎると思った。

 まるで僕の行動を予期していたかのような口ぶりだ。


「やっぱり……? ラスティアラ、もしかして、僕がこの一年の間、どこにいたのか知ってたのか?」

「んー。正確な場所まではわからないけど、どこかで生きてるって私だけは確信はしてたよ。だって、あのカナミだからね」


 一年の行方不明を経た相手にも関わらず、ラスティアラに動揺はなかった。

 その冷静さは少しおかしいのではないかと思った。

 いや、逆に僕が興奮し過ぎているだけかもしれない。僕もラスティアラと同じように冷静に努める。


「なんで、確信までできたんだ……?」

「それはなんとなくとしか言いようがないかな? 私の経験と直感だね」


 違和感を覚え、癖のように『注視』する。

 ……しかし、いつも通りに見える。

 『表示』の『状態』も異常を示してはいない。スキルを総動員して、嘘をついていないということもわかった。

 この話を繰り返しても、同じ答えしか返ってこなさそうだ。

 仕方なく、話を本題へ移す。

 

「……わかった。僕を信頼してくれてたんだって判断するよ。なら、すぐにでも次の話をしようか。あの日、あれからどうなったのかを話そう」

「そうだね。それが一番知りたいよね。いいよ、ゆっくりと話そっか。一年前、パリンクロンとの戦いが終わって、『世界奉還陣』が発動したあとの話を……」


 話を始めると同時に、ラスティアラはグラスを手に取る。けれど、口につけることはなく、胸の前で揺らし続けるだけだった。

 グラスに注がれた果実酒の水面を眺めながら、丁寧に記憶を掘り返しているようだ。

 

「――あの日、パリンクロンとの戦いにマリアちゃん以外はついていけなかった。私は船でカナミたちの帰りを待つことしかできなかったから、必死に待ったよ。待って待って待って待ち続けた……けど、帰ってきたのはマリアちゃんだけだった。あれ、カナミが《コネクション》で送ったんでしょ?」


 本土の中央での戦いを僕も思い出す。

 パリンクロンに言葉だけで敗れてしまった僕は、マリアを助けることはできなかった。ただ、あのとき《コネクション》を使ったのは僕じゃない。


「いや、あれはハイリがやってくれたんだ。安全なところへ送ったって言っていたけど……」

「あ、そうなんだ。だから、船へ直接にじゃなくて、船の近くにマリアちゃんが現れたんだね。ちょっと納得したかな。やっぱりハイリはあそこへ行ったんだね……。――命を賭けて」

「ああ、ハイリとライナーが命を賭けて、加勢に来てくれたんだ。そこでハイリは……死んでしまったけれど、なんとかライナーと二人でパリンクロンは倒せたんだ。ただ、脱出が間に合わなくなって、『世界奉還陣』に僕たち二人は呑み込まれて、地下に落ちた。その先に待っていたのは迷宮の深層だったせいで、帰ってくるのに時間がかかったんだ」

「なるほど。あれに呑み込まれて、カナミは地下へ行ってたんだね。道理で周囲を探してもいないはずだよ」


 軽い説明だったが、ラスティアラは戦いのあとの流れを察してくれたようだ。代わりに、今度はラスティアラたちの動向を話してくれる。


「こっちはマリアちゃんが回復すると同時に、戦いの跡へ向かったんだ。大陸の端から見ても、あの『世界奉還陣』の光は凄まじかったから、みんな混乱気味だったなぁ……。で、辿りつくと、カナミが戦っていたと思う場所には大空洞ができてて、その周辺は溶岩地帯になってた。周囲数十キロメートルが草木一つ生えない不毛の地になってたんだからびっくりしたよ。大地の至るところが裂けてたから、大空洞に向かうのが大変だったよ」


 その惨状は薄らと予感していた。最後に見た光景は、まるでこの世の終わりかのような状況だった。むしろ、地割れくらいで済んでいたことに安心する。


「もうわかっていると思うけど、私たちはそこで何も見つけられなかった……。正直、あの頃は酷かったな。マリアちゃんは死ぬほど悔やんでて、スノウはこれからの生活に怯えてて、リーパーは寂しそうで、私は放心状態だった……。セラちゃんもそこそこ慌てたかな?」


 想像するのは容易い。


 その皆の表情を僕は誰よりも知っている。

 胸が痛む……けれど、後悔で顔を伏せることなく、ラスティアラの話の続きを聞く。悔やむことも大切かもしれないが、それで足を止めてはいられない。


「ちなみに、最初に立ち直ったのはスノウだったよ」


 ただ、気合を入れて待ち構えていた僕に返ってきた言葉は、予想していたものよりも明るい話だった。


「立ち直った……? スノウが?」

「まるでカナミのように……いや、カナミ以上の頼もしさでみんなを引っ張っていったんだ。元はあんな性格だったんだね、スノウ。びっくりしたよ」


 まるで、想像がつかない。

 確かにスノウはリーダーに向いているとは思っていた。ただ、それは臆病で慎重な性格を指して向いていると言っただけだ。あの物臭なスノウがみんなを引っ張っていったなんて信じられない。


「えーっと、それで……そのあとは、あの日あの場所にアイドがいたってことがわかったから、あいつを問い詰めてやろうと探しに向かったんだっけ? アイドのやつは派手に動きだしてたから、見つけるのはすぐだったよ」


 ラスティアラは後ろのセラさんに確認しながら、その次の話を進めていく。


「けど、そのときにはもう、アイドの傍には『統べる王ロード』がいた。使徒に乗っ取られてるディアもいたね」


 『統べる王ロード』という単語を聞いたとき、ずっと黙っていた聞いていたティティーの腰が浮かび上がりかける。

 おそらくだが、その『統べる王ロード』は『陽滝の魂が入っている僕の身体』だろう。六十六層でライナーから聞いた話から推測できる。

 ついでに、あのあとに使徒シスがアイドと協力関係を結んだこともわかった。


「アイドのところにディアがいたのは不幸中の幸いだと思ったよ。まず私たちはディアを取り返そうって決めて、アイドたちに戦いを挑んだんだ。アイドを捕まえられたら、ゆっくりとカナミのことを聞き出せるから、そのときは一石二鳥だと思ってた」


 行方不明になっていた仲間の一人を見つけたのだから、それは当然の挑戦だろう。また使徒シスに行方を眩まされる前に、そこで倒すのは最善の選択だ。


「――けど、駄目だった。敵を捕まえるなんて余裕、ちっともなかった。最後は本気の本気で、アイドも使徒シスも殺すつもりで戦った。それでも……――」


 アイドたちとの戦いの話になって、初めてラスティアラの顔に陰りが生まれる。

 そして、搾り出すように言う。


「負けたの……。私は何もできなかった……」


 初めて見る表情だ。

 歯軋りをして、自分の無力を呪っている。


「あぁ、この手でディアを助けたかったな……。本に出てくる英雄のようにさ……。でも、私じゃ無理だったの……。あのとき、一番役に立ってなかったのは、間違いなく私だった……」


 敗北し――、その戦いでラスティアラは全く役に立たなかったらしい。

 その発言には僕が驚く。

 あのメンバーならば、むしろラスティアラが一番活躍するはずだ。どういう戦いになったのか詳しく聞きたかったが、その好奇心はラスティアラの歪んだ表情に止められる。

 

「『統べる王ロード』には片手で軽くあしらわれた……! まるで、子供を相手にしているみたいに……! 私とは同じステージじゃないと言わんばかりに……!!」


 『統べる王ロード』――僕が最後に見た陽滝のレベルは一桁だった。

 話を聞く限り、そのときから時間は大して空いていないはずだ。

 それでも勝負にならなかったのか?


「結局、あの『統べる王ロード』とは何回戦ったっけ……? 確か、四回ほど戦って全敗だったかな……。戦えば戦うほど、内容は悲惨なものになっていったのをはっきりと覚えてるよ。ああ、悔しかったなぁ……。『統べる王ロード』が恐ろしい速度で強くなっていくのを見るのは、理不尽を感じたよ……。だから、私たちは惨敗する前に手を引くしかなかった」


 一度も勝てなかったのは間違いないようだ。

 もし勝利していれば、ここにはディアも陽滝もいただろう。


「で、私たちは途方にくれるの。アイドから話を聞きだすことはできず、ディアの奪還もできない以上、別の方法を考えるしかなかった。そう、別の方法を・・・・・――」


 それを口にしたとき、少しだけラスティアラの表情が明るくなる。そして、いつもの笑顔でとんでもないことを言い出す。


「ただ、その別の方法を考えるとき――ちょっと方針の違いで、マリアちゃんと喧嘩しちゃってね。それで、いまここには私とセラちゃんしかいないの」

「え? け、喧嘩したのか……?」


 ラスティアラとマリアの喧嘩なんて想像したくない。ついこの間、マリアが炎剣で大陸の表面を削いだ・・・のは記憶に新しい。あれが人のいるところで行われれば一大事だ。


「いやー、色々と燃えたねっ。負けが続いてて、みんなイライラしてたからねー」

「ま、回りのみんなは無事だったのか?」

「うん、みんな無事だったよ。スノウが必死に仲裁してくれたおかげだね。それで、そのマリアちゃんは、いま西にできた新たな迷宮の最深部を目指してると思う。たぶん、リーパーもそこにいるよ」

「……待て。話が進みすぎだ。西にできた迷宮? いま、そんなものがあるのか?」

「さっき言ったパリンクロンとカナミの戦った大空洞のことだね。なぜか、知らないけどあそこにも、ここにある迷宮と似たようなものができたの。マリアちゃんはディアを奪還する力をつけるため、あとカナミ探しも兼ねて、西迷宮を攻略するって方法を取ったの」


 その大空洞で僕は消えたのだから、そこを探すのは真っ当な話だ。

 ただ、その方法を取ったのはマリアとリーパーだけというのが気になる。僕は不明なところを一つずつ確認していく。


「マリアとリーパーは新しい迷宮にいて、ここにはおまえとセラさんがいる……。なら、スノウはどこにいるんだ……?」

「スノウは優しいから、私の手伝いもマリアちゃんの手伝いも両方してくれてるんだ。えっと、確かいまは私たちのお使いで、本土にいるんだっけ? 負傷した最前線の総司令の代行に当たってたはずだよ」

「スノウが戦争の最前線に……? それも総司令なんてやってるのか……」

「あれでも、そこらの将軍様より実績ある子だからね。色々あって、そうなっちゃった」


 あっさりと全員の居場所がわかったものの、そのスノウの姿を想像できない。

 総司令と言えば、色んな性格の人々を纏め上げて、何度も重大な決断をしなければならない役職だ。あいつに勤まるとは到底思えない。


「お願い、カナミ。まずはスノウを連れ出してあげて。あと、先に謝っておくね。……ごめん。私たちのせいで、とてもスノウは疲れてると思うから、一杯労わってあげて。やっぱり、あんなにかっこいいスノウはスノウらしくないからさ」

「ああ、わかった。もちろん、そうするつもりだけど……」

「スノウと合流したら、『第二迷宮都市ダリル』にいるマリアとリーパーだね。移動手段は前と一緒で船を使う? グリアードの港に『生きる伝説リヴィングレジェンド号』があるから使っていいよ。譲渡の証文ならすぐに発行できるから心配しないで。みんなと合流したら、そのまま北へ向かってディアのことをお願い。ああ、それと――」

「い、いや、待て。ちょっと待て」


 手際よく段取りを決めていくのを止める。

 そのルートに文句があるわけではない。ただ、まるでその言い方だとラスティアラがいないように聞こえる。


「もしかして、ラスティアラ……。おまえは僕と一緒に来てくれないのか……?」

「……うん」


 あっさりと頷いた。

 そして、ラスティアラは淡々とその理由を説明していく。


「だって、もう私は力不足だから……。私にできるのはここで各国と繋がりを持って、マリアちゃんたちの旅のフォローをするだけかな……?」

「力不足って……、そんなわけあるか。あれだけ自分は特別だって言ってただろ」

「もう私は特別じゃないんだよ。この一年で、世界の平均レベルは急激に上がった。『魔石人間ジュエルクルス』だって、もう珍しくなくなった。いまの私じゃ……例えば、そこにいるライナーにも守護者ガーディアンにも、きっと片手であしらわれる」


 ラスティアラは『その目』を使って、ライナーとティティーの実力を看破したのだろう。そして、その二人に自分は勝てないと判断した。

 その弱気すぎる姿勢を見て、僕は声を荒げざる得なかった。


「レベルなんて、これから上げればいい話だろ! おまえならすぐに追いつける!」

「ううん。レベルが上がっても無駄だよ。私の強さは完成されすぎていて、伸び代が全くないの。みんなは新しい魔法やスキルを身につけていく中、私は基礎的な数値が上がるだけ……。マリアちゃんやスノウと比べたら、余りに成長が遅すぎるんだよ……」


 感情のこもった声で、悔しそうに呟く。

 かつて十層の守護者ガーディアンアルティは、ラスティアラの『血』には余白がないと言ったのを思い出す。それがここにきて致命的な遅れとなっているのかもしれない。

 僕にはわからない感情が、彼女の中に渦巻いているように見える。


「だから諦めるのか……? あれだけ冒険したがっていたのに……」

「さっき言ったマリアちゃんとの喧嘩の原因もこれだね。ついていけないから諦めるって伝えたら、すごい怒られちゃった」


 確かにマリアなら怒るだろう。

 きっと、マリアにとってラスティアラは憧れの存在だったはずだ。そのラスティアラが力不足を理由に諦めてリタイアするなんて、認められないに決まってる。


 そして、全力でラスティアラとマリアは喧嘩してしまって……それでも、ラスティアラは自分の意思を貫いてしまった。マリアの制止を振り切って、一年後のいまも貫き続けている。


 それを理解したとき、いまの彼女を生半可の言葉で説得はできないとわかった。


「もう間違いなく、戦いで私は力になれない。――だから、私は別の方法で、アイドたちに対抗するって決めたの。私の現人神としての権限を利用すれば、いますぐ南を北に勝たせるのは無理でも、アイドか使徒シスのどちらかと対等に話せる場を作れるかもしれないと思ったんだ。戦って駄目なら、交渉してしまえってこと」


 だから、ここに戻って、自分から意欲的に働いていると言うのか……?


 話の筋は通っているように聞こえる。それが効果的な手段であることもわかる。

 時間はかかるかもしれないが、戦争で北に勝ったとき、アイドや使徒の処遇を決められる立場にあれば、当初の目的である『アイドの尋問』と『ディア奪還』は楽に達成できるだろう。


 しかし、余りに遠回りすぎる。

 ラスティアラらしくなさすぎる。

 そう思った。


 その僕の疑いの目をラスティアラは受け止め、横に立つ少女たちに目を向けた。


「……もちろん。いまとなっては、ここにいる理由はそれだけじゃないよ」


 僕が問いただす前に、その理由を語る。


「この一年で、色々あったからね。もうみんなの強さについていけないというのもあるけど、この『魔石人間かぞく』達を守るためにも残りたいとも思ってるんだ……。この子達は、私のせいで生まれたようなものだから……。私には助けるべき責任があると思う。そして、それは私にしかできない戦いだとも思う」


 『魔石人間ジュエルクルス』の先輩であるラスティアラから見つめられ、少女たちは顔を赤らめた。感謝と憧れの混ざった顔で照れている。

 その反応を見るに、この少女たちとラスティアラの間に、かなり深い絆があるとわかった。


 この国で不遇の扱いだったであろう少女たちを救うラスティアラの姿は、楽に想像できる。この一年の間に、英雄のごとく人助けをしてきたことだろう。


 『守護者アイド』『統べる王ロード』『使徒シス』相手には遅れをとっても、その他の敵ならばラスティアラが遅れをとるはずない。先ほどフェーデルトを追い払ったときのように、その言葉と力で『魔石人間ジュエルクルス』を守ってきたのが目に浮かぶ。


 少し――ラスティアラの言わんとする話がわかってきた。


 つまりは適材適所という話だ。

 ここならばラスティアラは多くの人を救える。マリアたちの後方支援もできる。強大すぎる敵相手に、無理をして立ち向かうのは賢くない。だから、強大すぎる敵は、それを倒せる人たちに任せるのが得策――何も間違ってはいない。


 間違ってはいないが――。

 その間違っていない現実を認めたくなくて、僕は確認を取る。


「本当にそれはおまえの意思なのか……? 嘘じゃないよな? 実は例のティアラの儀式とかで、変なことになってないよな?」

「ははっ、何も変なことにはなってないから、安心して。私は私の意志でここにいる。というか、そんな顔することはないでしょ。いつでも私はここにいて、カナミは好きなときに会いに来れるんだよ? なんでそんな顔になるの?」


 その通りだ。

 何も今生の別れというわけではない。


 反論の隙がない。

 僕は縋るように後方のセラさんに目を向けたが、口を結んだまま何も言わない。相変わらず、ラスティアラ優先のようだ。

 ラグネちゃんも同じだ。自分の役目を超えてまで、口を挟む気はなさそうだ。


「――……っ!」


 妙な焦燥感に襲われ、たらりと汗が額から一粒落ちる。

 このまま何も言わなければ、ラスティアラの提示した段取りで進んでしまう。

 ラスティアラをここに置いて、本土へ向かうことになる。

 そして、その段取りを認めたくない自分がいる。


 こ、このまま引き下がって、本当にいいのか……?


 ――いいわけがない。


 ここで帰ったら、絶対に後悔する。


 今日までの記憶が、それを確信させる。


 ……ラスティアラは大切な仲間だ。

 いまとなっては大切以上に特別な仲間にもなってる。

 思い出せば、迷宮で目覚めたとき、初めて出会ったのはラスティアラだった。

 あのときは、死にかけていたところを助けて貰った。初めて《レベルアップ》できたのもラスティアラのおかげだ。

 すぐにラスティアラとは再会して、一緒に探索し始めた。レベルの低かった頃の僕にとって、仲間の存在は心強かった。少し怖いところもあったけれど、それ以上に気が合った。迷宮探索をする上で、彼女ほどふさわしい仲間はいない。

 そして、迷宮ではたくさん助けて貰った。

 『契約』したから、ラスティアラと一緒に楽しいことも一杯した。一緒にお祭りへ行って、一緒に遊んで、一緒に買い食いして、色んな話をした。ラスティアラだけじゃなくて、僕だって楽しかった。異世界で初めて楽しいと思えた。

 だから、ラスティアラが大聖堂に帰ったとき、スキル『???』があっても助けに行った。

 そうだ。

 僕は何があっても助けたいと思った。

 そのあと、記憶を失ったときは、ラスティアラとの試合のおかげで自分を取り戻せた。彼女がいなければ、いまもラウラヴィアで自分を見失い続けてるだろう。

 本土へ向かう船での生活だって、鮮明に思い出せる。

 試しに船で抱き合ったりして、互いに顔を赤くしたりしたっけ。一緒に魔法の特訓をしたりもした。そう言えば、人命救助だけれど迷宮で口付けもしてしまった。思い出すだけで、いまも心臓の鼓動が大きくなる。

 自惚れでなければ、あのときラスティアラも僕と同じ感情を抱いてくれたはずだ。

 ただ、あのときの想いは二度目のスキル『???』によって失われた。けれど、もういまは違う。僕はスキル『???』を『最深部の誓約者ディ・カヴェナンター』に昇華させて帰ってきた。

 いまとなっては、二度ラスティアラへの想いを貯蓄したことで、常人の三倍の想いが胸に燃え盛っている。

 そして、その想いの正体には、もう気づいている。

 ラスティアラについてきて欲しいのは、彼女の強さが理由じゃない。

 もっと別の理由だ。

 あの日、パリンクロンと戦う前にはもうわかってた。だから、その想いを伝えるために戻ってくると、あの日にラスティアラと約束した。


 ああっ、そうだ――!

 この日このときこのタイミングを、ずっとずっと僕は待っていたんだ!


 僕は椅子から立ち上がる。

 そして、『詠唱』のように心の全てを曝け出して、言葉を紡ぐ――!


「……そ、それでも! それでも僕はっ、お前に一緒に来て欲しい!」

「え?」


 ラスティアラは唐突な僕の叫びに驚いた。

 

 言葉を飾る必要なんてない。

 勝手を言っているのはわかっているからこそ、単刀直入に叫ぶしかない。


「一緒に行こう! おまえが自分を特別じゃないと思っていても、もうおまえは僕の特別になってるんだ! おまえと旅をした日々は楽しかった! すごくすごく楽しかったってことを鮮明に覚えてる! だから僕は、おまえと一緒に旅をしたいんだ! これからもずっとずっと一緒にいたいんだ!! だって、僕は――!!」


 今日の朝から伝えようと思った全てを言葉に代えていく。


 突然、荒げた声を出す僕に、周囲の面々も驚いているのもわかる。昔の僕ならば、その状況や相手の顔色を見て、足踏みしていたことだろう。

 けれど、もうそんなことはしない。

 立ち止まるものか。

 心臓は逸り、全身が熱い。

 熱くて堪らないのに、氷のような不安が背筋を這っている。

 人生初めての挑戦に、興奮と恐怖が絡み合っているのがわかる。

 いまにも足が竦みそうだ。


 だが、全身に力をこめて、その竦みを振り払う。

 この程度の恐怖ならば、何度も乗り越えてきた。

 いまの僕ならば全力で叫べる。


 ――ラスティアラに『告白』できる!



「僕は! お前のことが好きだから!!」



 好きだから、一緒にいてほしい。


 そう、はっきりと言った。

 

 ラスティアラは口をぽかんと開けて驚いていた。

 当然だろう。あれだけ理知的に同行できない理由を説明したのに、返ってきたのは感情的な告白だったのだ。

 それも飾り気もムードも考えていない真っ直ぐすぎる告白だ。


 その暴力的とも言える好意にてられたラスティアラは、目を丸くしたあと少しずつ顔を赤くしていった。

 先ほどまでは透き通るように真っ白だった肌に、熱い血が通っていく。

 ラスティアラは落ち着きなく、右へ左へ目線を泳がせて、身体を震わせる。目まぐるしく考えを張り巡らせているのが見て取れる。

 しかし、すぐに目線も身体も固定させて、僕の目を見つめ返した。

 

「……ほ、本当に・・・?」


 そして、少し震えながら、ぽつりと聞き返す。

 小動物のように自信なさげに、僕の言葉の真偽を問う。


 本当に、だって――?

 この想いが偽物だって言うのか? 

 それだけはない! そんなはずあるものか――!


「ああっ、本当に決まってる! 相川渦波はラスティアラ・・・・・・・フーズヤーズという女の子のことが好きなんだ! だから、いまっ、こうやって誘ってる!!」


 繰り返し、告白する。

 もう後戻りはできない。


 けれど、いま僕が取れる中で一番の選択を取ったと思ってる。

 いつかと違って、自分を騙すことも、後回しもしなかった。

 もし、今日告白できなかったら二度とチャンスは巡ってこなかったかもしれない。これ以上ないタイミングで、潔く想いを伝えたと思う。

 だから、どんな答えが返ってきても後悔はない。

 後悔なんてしようがない。


 と、そう思っていたけれど――


「――――っ!!」


 二度目の告白を受け、ラスティアラは表情を変えた。

 ただ、その表情は僕の予測のどれにも当てはまらなかった。


 一度も見たことのない・・・・・・・・・・顔だった・・・・


 口元は緩み喜んでいるようで、眉はひそみ悲しんでいるように見える。

 けれど、目だけは鋭く――僕を睨んでいる。

 その黄金の瞳の奥にあるものを、はっきりと僕は感じ取る。隠すことのできない溢れ出んばかりの感情だった。


 それは喜びでも悲しみでもない。

 喜怒哀楽で分別すれば、『怒り』に当たる感情だった。


 ――告白され、ラスティアラは怒った。


 僕は戸惑う。

 予測せぬ反応だった。

 そして、その末にラスティアラは目を伏せて、告白の答えを返す。

 とてもあっさりと。

 はっきりと。

 答える。

 


「――でも、私は相川渦波が嫌い・・・・・・・・・かな・・



 返ってきたのは『拒否』――

 こちらも飾ることのない真っ直ぐな『拒否』だった。


 僕の心をこめた『告白』にラスティアラは怒り――そして、『拒否』した。

 その一連の流れに、僕は理解が追いつかなかった。

 猛っていた僕の表情には亀裂が入り、情けない声を漏らすことになる。


「え、え――?」


 理解の追いついていない僕をおいて、ラスティアラは伏せていた目を上げながら、その理由を淡々と説明していく。……少しだけ怒気を纏った声で。 


「嘘じゃないよ。あの日、私たちを置いていった渦波のことが嫌い。私、何も変なこと言ってないよね?」


 何も言い返せない。

 一年前、僕はパリンクロンに勝って戻ってくると宣言しながら、結局は帰ることができなかった。


 ラスティアラは、とても理に適ったことを言っている……はずなのに、その言葉が上手く耳に入ってきてくれない。


 いま、自分がどんな表情をしているのかもわからなかった。

 どんな答えが返ってきても後悔はしないと心に決めていたけれど、上手く口を動かすことができず、硬直するしかできない。


 ごっそりと、胸の肉を抉り取られたかのような虚無感に襲われている。

 慣れた感覚でもあるおかげか、それが精神的なショックの影響であるとすぐにわかる。

 ただ、慣れているはずなのに……それを上手く処理できない。 

 その理由も、すぐにわかる。


 僕は心のどこかで、ラスティアラならば告白を断らないなんて思っていたのだろう。

 傲慢にも一方的に、一年経とうとも心の繋がりが残っていると期待していたのだ。伸ばした手を、ラスティアラなら絶対に取ってくれるなんて……甘い考えをしていた。一年前の戦いの重さを、正しく理解できていなかったのだ。


 身体にも心にも穴が空いたかのような衝撃に呆然とする。そして、ラスティアラは何も言い返さない僕に代案を出す。


「……私は駄目だけど、違う成功品おんなのこを一人連れて行っていいよ。私に似てる子ならいくらでもいるからさ」


 代わりを用意しようとするラスティアラに、それだけはありえないことを、なんとか喉を震わせて伝える。


「そ、そうじゃない……! そういう話じゃない! わかるだろ!? おまえじゃないと駄目に決まってるだろ! 僕はここにいるお前と一緒にいたいんだ!!」

「でも、他の子も私も、大して変わりないよ。……それにさ、カナミが思ってるほど、私はいい子なんかじゃないんだよ。ずっと私はカナミを本の主人公のようにしか見てなかった。カナミ自身なんて見てなかった。たくさんある本の中の一人の主人公として見てただけ……。だから、そのものがたりに飽きれば、すぐ捨てる。そんなやつだよ、私は」


 理由を説明しながら、ラスティアラの表情は変わっていく。

 少しずつ怒りの表情から微笑に戻っていき、最後には儚そうに笑って――


「きっと、もう私とカナミの本は、別々の本になったんだよ。それだけのこと。だから、あの『契約』も終わり」


 大聖堂で叫びあった『契約』すらも打ち切られる。

 僕とラスティアラの間にあった繋がりは絶たれ、別の道を歩いているのだと告げられる。


「お、終わり――?」


 その突然で無慈悲な宣告に、頭の中の混乱は加速する。

 ラスティアラの『拒否』は正確に僕の支えを破壊してしまい、もう僕には頼れるものがなかった。この現実に、どう抗えばいいかわからなくなったのだ。


 戦闘中じゃないからだろうか……。上手く頭が回ってくれない。

 今回は、力強く想いを保てばいいというものではない。諦めなければいいというわけではない。だから、解決法がわからない。


 打開策は見つからないのに、心だけがどこまでも冷たくなっていく。呼吸が浅くなっていく。手のひらから嫌な汗が流れ続ける。喉を掻き毟りたくなる。

 なぜだろうか、とても死にたくなる。どこかから飛び降りたくなる。消えてしまいたい。


 好きな人に嫌いと言われる。

 それだけで、こんなにも――、こんなにも世界が暗くなる――……


守護者ガーディアンアイドと使徒シスとの戦い……頑張ってね、カナミ。私はここで応援してるから。だから……」


 世界は暗く、とても遠くなったけれど、ラスティアラの声だけは聞こえる。


さよならだね・・・・・・


 別れの言葉だけが、はっきりと聞こえた。

 それは『拒否』に続く決別の言葉。

 心が根こそぎ刈られる気分だった。


 こうして、僕の『告白』は終わり、それに対するラスティアラの返答も終わった。


 立ち尽くす僕を見て、ラスティアラはこれ以上話すことはないと席を立とうとする。

 それを僕は止めることができない。

 ラスティアラが隣の少女たちに「お客様の持て成しをしっかりとね。あと帰りの案内もお願い」と言う言葉も、セラさんに「カナミたちにグリアードにある船の使用許可を。あと紹介状も作ってあげて」と言う言葉も、聞こえているのだけれど止めることができない。状況が進んでいくのを見ていることしかできない。


 そして、状況に流されながら、僕は少しずつ理解していくのだ。


 僕はラスティアラに人生初の告白をして、見事に断られたのだと。

 もしかしたら、初恋だったかもしれないもの――それが潰えたのだと。


 暗くなった世界が動いていくのを眺めながら、その現実を理解していく――……


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