6章.唯二人の家族

229.一年後のフーズヤーズ大聖堂


 翌日――、久しぶりに地上へ帰ってきた僕たちは、見事に昼まで寝過ごす。

 このまま、今日は丸一日寝てしまうのも悪くはないと思った。だが、『表示』のHPとMPを見たところ、どちらも最大値まで回復していたので怠けようとする身体を叱咤してベッドから身を起こす。


 ライナーとティティーは僕よりも先に起きて、借りた部屋の隅で風魔法の訓練を行っていた。昨日、ライナーは早めにダウンしていたので、体調は十分回復しているようだ。ティティーのほうは種族的なもののせいか、一番元気そうに見える。 


 しっかりと三人揃って宿屋の昼食を食べてから、昨日の予定通りにフーズヤーズを目指すことにする。《ディメンション》で軽く事前調査を行った限りでは、ラスティアラが大聖堂にいるのは間違いなかったので、あとは直接会うだけだ。もしものことが大聖堂で起こったときのために、《ディメンション》で魔力は使い切らないように気をつけた。


 国から国へ越境するのは、迷宮に近ければ近いほど早い。一時間も歩かないうちに僕たちはフーズヤーズに入って、その豊か過ぎる・・・・・街の景色を目にする。

 僕とライナーは口を開けて驚き、ティティーは興奮して田舎娘のようにきょろきょろと周囲を見回す。


「――おぉっ、すごいのう! さっきのヴァルトとやらより、こっちの国のほうが豪勢じゃ!」


 彼女の言うとおり、それは豪勢と表現する他なかった。

 この異世界特有の文化である『魔石線ライン』が、日の光を浴びて煌びやかに発光する。その数は、以前来たときの倍以上だ。街の道の端だけでなく、多くの新築の家にも大量の『魔石線ライン』が張り巡らされている。


 フーズヤーズは富裕層の多い国だ。

 元々、豪華絢爛なところがあった。そしていま、その目に痛い煌びやかさが倍増していた。

 

「いや……。これ、おかしすぎないか……?」

「ああ、おかしい。何かある。気をつけてくれ、主」


 僕の疑問に、この街に住んでいたことがあるライナーが同意する。そして、その眼球をせわしなく動かして、そのおかしいものの中から一つ選び取って睨む。


 からからと軽快な音を立てて、『魔石線ライン』の上を車輪が回っている。

 機関車が街を走っていた。人を運ぶほど大きいものではないが、かなりの速度で物資の輸送が行われている。


「こんなもの、僕が住んでいた頃は一つもなかった……。僕たちのいなかった一年で、もしかしたら……。あいつが・・・・――」


 誰が・・、この事態を引き起こしたのか、その心当たりが僕たちにはあった。

 その確認のためにも僕は先を急ぐことにする。


「その前にラスティアラだ。いまは大聖堂へ急ごう」


 新しいもの一つ一つに足を止めていては、いつまで経っても前へ進めない。僕はライナーとティティーを連れて、変わりきったフーズヤーズの街道を歩いた。


 そして、中心へ向かうこと数十分後、僕たちは辿りつく。

 フーズヤーズの象徴である大聖堂へ。


 周囲の風景は変わりきってしまったが、そこだけは以前と代わり映えなかった。

 周囲を木々と柵と川で覆い、大橋が一つかかっている要塞。僕の記憶にある大聖堂そのままだ。

 以前はラスティアラ誘拐のために、正面から強引に侵入した。

 だが、今回は裏側から侵入しようかと思ってる。内部に詳しいライナーがいるので、迷うことはないからだ。

 だが、その案内をライナーに頼んだところ、不思議そうな顔をされる。


「いや、キリスト。あんたは正面から入ればいいだろ。あの日の罪状はもう帳消しになってるんだ。正直に事情を話して、正当な拝謁を頼めばいい。というか、キリストはレヴァン教の始祖様なんだから、もっと堂々としてくれ」

「いや、始祖とか言われても、実感なんてないし……。ここには犯罪を行った思い出しかないから……」


 二人をさらったとき、多くの騎士たちを斬ってしまった。

 真正面から入るのは勇気がいる。


「なら、少し待っててくれ。主の騎士である僕が話を通してくる。ここは任せてくれ」


 そう言って、ライナーは僕とティティーを置いて大聖堂の大橋へ一人で向かう。

 僕たちは街の影からそれをそっと見守る。


 まず大橋で警備している重装備の騎士たちへ、ライナーは気軽に話しかけた。

 最初は不審者を見るかのような目で見られたライナーだったが、話を進めていくうちに重装備の騎士たちの顔色が青くなっていく。

 

 《ディメンション》で盗み聞いたところ、ライナーは自分が元『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』であることや、四大貴族ヘルヴィルシャイン家であることを使って脅していることがわかる。それを証明する手段はなくとも、目の前の少年の魔力を感じるだけで、それなりに魔法を嗜んでいる騎士ならば信じざるを得なくなる。


 権力と力を使った行為で、あまり褒められたことではないが、話が早くつきそうで助かる。

 数分後、警備の騎士の一人が奥に引っ込んで、すぐに上司であろう人物を連れてきた。


 その人物の姿には見覚えがあった。

 茶色のショートカットの少女――ラグネ・カイクヲラちゃんだ。体格には恵まれなかったものの、その才能は豊かで、最年少で『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』になった才女だ。彼女とは迷宮と『舞闘会』で、二度も戦っているのでよく覚えている。あのラスティアラに『数値に表れない数値』に特化していると言わせるほど、戦い方が独特な少女だ。


 ラグネちゃんはライナーの姿を見て、顔を明るくした。

 そして、二三、言葉を交わしたあと、僕たちがいる方角へ目を向けた。僕の姿を見て、さらに顔を明るくして、こちらへ手招きする。


「やあ。久しぶり、ラグネちゃん……」

「うむっ。ラグネちゃんとやら、初めましてじゃ。童はティティー、よろしく頼むのじゃ」


 僕たちも大橋へ移動して、挨拶と自己紹介を交わした。


「うわー、ほんと久しぶりっすねー。ティティーさんも初めましてっす。まあ、こんなところもあれなんで、大聖堂のほうへどうぞ。私の独断で、客間まで案内するっすよ」


 同時に握手も交わす。

 そして、ラグネちゃんのおかげであっさりと大聖堂へ入れることになる。


「え、独断って大丈夫なの……?」

「ふふふーっす。実は私、最近『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』の総長になったっす! なので、ここの警備の全ては、いま私が取り仕切ってるっす!」


 剣を胸に当てて敬礼する警護の騎士たちの横を通って、僕たちは話しながら大橋を渡り終える。

 橋を過ぎれば、両脇に針葉樹の並ぶ道だ。かつては強引に駆け抜けた道を、今日はゆっくりと歩いていく。


「え、総長になったの? えっと、それはおめでとう。大出世だね」

「と言っても、ペルシオナ総長とか副総長が戦争に借り出されたせいで、繰り上がりでなっただけっすけどね。たまたま、偶然が重なっただけで実力でなったわけじゃないっす。さらにぶっちゃけて言っちゃうと、私は戦争だと役に立たないから置いていかれたようなものっす」


 あまり総長のことを祝福しても意味はなさそうだ。すぐに軽く鳴らしていた拍手をやめる。

 しかし、せっかくの現地人の世間話なので、僕は会話を途切れさせずに情報収集を行うことにする。このラグネちゃんが無駄に嘘をつくような子ではないと知っているので、いまがチャンスだ。


「それにしても、フーズヤーズは変わったね。ちょっと一年離れてた間に、すごい状態だ」

「そういえば、カナミのお兄さんってば丸一年もどこに行ってたんすか?」


 その様子から、僕はパリンクロンとの戦いで死んだことになってないとわかる。昨日の酒場の人たちの話を合わせれば、消息不明の英雄様といったところだろうか。


「あー、えーっと、ここにいる三人で遠くへ遊びに行ってたんだ。本土よりも、もっともっと遠くのほうにね」

「遠くへ遊びに……海外旅行っすか! いいっすね、羨ましいっす!」

「そのせいで、いまの連合国の状況についていけてないんだ。よかったら、簡単に教えてくれないかな?」

「お兄さんの頼みならば、了解っす」


 その慎ましい胸を叩いて、ラグネちゃんは快く請け負ってくれた。

 大聖堂の道を過ぎて、豪勢な庭の花々を眺めながら話は続く。


「まずはフーズヤーズだね。この国だけ、ちょっとすごすぎない?」

「そりゃあ、いまやフーズヤーズは世界一の国っすからね。南のいざこざを、この一年で纏めきって、連合国をまとめる頭になったっす。本土のほうも似た感じで、いまはフーズヤーズを中心に世界が回ってるっすよー」

「た、たった一年でそれはすごい……。けど、どうして急に……」

「全部、アイドって人の力っす。カナミさんのいない一年で、この人がすごい活躍したっす。たぶん、この人、教科書載るっす」


 ――アイド。

 心当たりが的中した。

 その名の男と知り合いであるティティーとライナーの表情が変わる。


「アイド……、そいつはフーズヤーズでどんなことをしたんだ……?」

「大量の技術や情報の提供を行なったっすね。えー、確かー……、『魔石線ライン』の改良、新たな輸送手段の確立、それに伴って交易状況の改善、各国の農業や工業にも手を入れて、奴隷に対する扱いの制度を一本化したっす。とはいえ、全部が上手く国に浸透したわけでもないっすけどね。騎士の私が聞いてもわけわからないのが結構あったっすから、一般の方々はもっとよくわかってないと思うっす」


 軽く列挙しただけで、僕の顔は引きつる。

 千年前の人間でありながら、アイドは一切の容赦なく世界に影響を与えまくっていた。


「その中でも一番の功績は、やっぱり魔法技術の進歩っすね。これはわかりやすいから、誰でも凄いってわかるっす」

「魔法技術の進歩って、どんなことをしたの……?」

「魔法の原理そのものの解明を進めて、この世界の魔力を操ることは誰にでもできることを証明したっす。エルトラリュー学院の魔法の教科書とか、丸ごと書き換わったすよ。そのおかげで魔法使いの水準が結構上がったっす。数そのものも増えたっすね」

 

 ただ、ここまで聞く限り、アイドの業績はどれも人々のためになると思った。

 世界への干渉の多さには驚いたが、この世界のために自分ができることをやっているだけかもしれない。


「あと『詠唱』の量が、一気に増えたっす。その中で一番やばいのは、『先天スキル』に合わせた『詠唱』で起こる『代償・・』という現象っすね」


 ――という感想はすぐに撤回することになった。


「『代償』は限界を超えて魔力を搾り出す技術で、魔法を扱う人の価値がぐーんと上がったっす。あと魔法といえば、国が秘匿していた魔法技術も色々と暴露してたっすねー。代表的なのは『魔石人間ジュエルクルス』。アイドさんの暴露によって、『魔石人間ジュエルクルス』の研究院が一斉に潰れるなんて騒動もあったんすよ。半年くらい前からかなー? ちょっと懐かしいっすねー」


 やりたい放題だ。

 僕の中で、アイドを止めることの優先順位が上がった瞬間だった。


「ラグネちゃん。そのアイドってやつは、いまどこにいるか知ってる?」


 ちょっとした確信はあるが、念のために確認する。

 いま、アイドはどこで何をしているのか――


「それがっすねー! 大変なことに、このアイドって人! この連合国からお金と人脈を引き抜くだけ引き抜いて、私らの敵国である北のほうへ亡命したっす! ……いやー、大事だったっすよー。そして、千年前の伝説をなぞるかのように『統べる王ロード』って人を王として立てて、北で『宰相』をやり始めたっす。その新興国が強いのなんの。おかげで、一年前の『大災厄』で一時休戦になると思っていた本土の『境界戦争』が、また激化して迷惑っす。いや、そのおかげで私は総長になれたっすけどね」


 一年前の『大災厄』とは、僕とパリンクロンの戦いのことだろう。

 その『大災厄』で、あれだけの人数が『世界奉還陣』に吞み込まれたというのに、たった一年でアイドは世界を立て直してみせたのだ。


 そして、僕の予想が間違っていなければ――それは千年前の『北』と『南』の戦いの続きを行うため。

 わざわざフーズヤーズが中心となるように南で活躍したのは、過去のフーズヤーズを再現させるためため――いや、『統べる王ロード』に相応しい敵国を作るためだ。


 この一年のアイドの全行動が『統べる王ロード』のためであると、僕たちにはわかった。


「本気だな、アイドのやつ……」


 ちらりと後ろを見ると、ティティーの顔が暗く沈んでいた。事情を知っている僕とライナーも似たような表情だ。


「あ、あれ……? どうかしたっすか? この連合国にいる限りは、余り私たちには関係ない人の話っすよ? 何かまずいこと言っちゃった……?」


 僕たち三人の空気が暗くなったのを感じ取って、ラグネちゃんは焦り出す。知らぬうちに自分が無礼を働いたかと思ったようだ。

 すぐに僕は顔に明るさを取り戻し、気にしなくていいことを伝える。


「いや、ラグネちゃんは悪くないよ。色々教えくれてありがとう。助かったよ」

「あ、はい。どういたしましてっす」


 話が途切れた。

 新たな話題を探そうと周囲を観察する。

 その間に、僕たちは長い階段を上りきって大聖堂へ辿りつく。神聖魔法の結界が何重にも張られてある扉を開き、中に入っていく。

 その途中、ラグネちゃんの視線が一定の場所に何度か向けられてるのがわかった。

 それは僕の腰に下げていた剣だった。


「あー、えっと……、ラグネちゃん。もしかして、『この剣ローウェン』が気になってる?」

「あっ、ばれたっすか?」

「見るだけならいいけど……。持ってみる?」


 鞘に入れたままの宝剣を渡そうとする。

 気になっていることがあった。かつて、一度だけラグネちゃんはこの剣を手に持ったことがある。あのとき感じた正体不明の予感――その正体を、この機会に確かめたいと思った。


「いや、いいっす」


 だが、ラグネちゃんは断った。

 無表情で首を振った。そして、淡々と笑う。


「そりゃ、騎士として名剣は欲しいっすよ。あの剣士ローウェンさんには憧れてたりするし、それを上手く使う自信もあったりするっす。けど、それは私の欲しいものじゃないと思うっすから」


 ローウェンを話題にしたことで、あの『舞闘会』の終わりと同じ悪寒を、いまの彼女から感じ取った。一瞬だけ、誰と喋っているのかわからなくなってしまった。


「所詮、剣は剣。それよりも、いま私が欲しいものは――あっ」


 その話の途中で、ラグネちゃんの足は止まる。


「ついたっすね。それじゃあ、無駄話はここまでっすね。ここで待っててください。すぐにお嬢を連れてくるんで……ただ、いまは忙しい人なんで、ちょっと時間かかるかもっす」


 応接間のような綺麗な部屋の前へ案内され、中で待つように言われる。そのあと、ラグネちゃんは小走りでラスティアラを呼びに走り去って行った。


 ローウェンの話から逃げたように見えたのは気のせいだろうか……。

 

 そう思いながら小さな背中を見送っていると、まずライナーが勝手知ったる他人の家が如く、部屋の中の椅子に座った。


「確か、ここは上客用の部屋だな。ゆっくり待たせてもらおう」


 それに続いて僕とティティーも椅子へつこうとしたとき、いま閉ざされたばかりの部屋の扉が開く。


 ほぼラグネちゃんと入れ替わりでやってきたのは、一目で身分が高いとわかる神官一人と侍従服の少女二人だった。


 酷く目の濁った神官で、捩れた黒の巻き毛が特徴的だ。そして、その後ろの二人も特徴的で、目だけを覆う覆面バイザーのようなものをつけていた。彼女たちの銀の髪によく似合う洒落た紋様の描かれた覆面バイザーだが、侍従が付けるには余りに怪し過ぎる。


「ようこそ、お出でくださいました。フーズヤーズ大聖堂は、あなた方を歓迎しますよ。お久しぶりです、カナミ様」


 突如現れた目の濁った神官が、僕との再会を喜ぶ。

 ただ、僕のほうは彼の名前が出てこなくて困ってしまう。不意打ち気味でやってきたので、すぐに顔と名前が結びついてくれない。


「あー、えーっと……」


 最近は千年前の知り合いも入り混じっているせいか、頭の中の記憶をさらうのも一苦労だ。何とか言葉を濁して時間を稼いでいると、神官は少しこめこみに血管を浮かばせて、自分から名前を告げた。


「ラスティアラ様がいらっしゃるまで、この私――『フェーデルト』がみなさんを持て成しましょう。かつて、ティアラ様再誕の儀式を取り仕切っていた――この『フェーデルト』がっ」

「あ、お久しぶりです……」


 やっと、薄らとだが思い出してきた。確か、以前にラスティアラを大聖堂からさらったとき、そんな人もいた。

 儀式の最中、僕を排除しようと何度も叫んでた人だ。

 ただ、あの日はアルティとパリンクロンの二人と戦ったため、他の印象が薄くて仕方ない。どうか、許して欲しい。


 しかし、あっさりとした挨拶を返す僕と違って、ライナーの反応は大仰なものだった。


「フェーデルト……? なんで、あんたほどの人が……」


 いまここにフェーデルトが現れたのは、一年前に『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』をやっていた彼にとって驚きのことらしい。


「彼は私が出迎えるに相応しい英雄様です。それに私は、あなたがたと縁深いほうだと思いますので……。それでは――」


 涼しい顔でフェーデルトは指を鳴らす。

 すると後ろに待機していた二人の少女が動き出す。二人でここまで運んできたであろう配膳用の手押し四輪車ワゴンから飲食物を取り出し、部屋のテーブルへ丁重に並べ始める。

 ものの数十秒で、まるで高級レストランにやってきたかのような光景が眼前に広がった。

 一人に四つのグラスが並べられ、透き通る上等な水に三種の果実酒が注がれる。そして、すぐ手前には、遠方から取り寄せたとわかる珍しい果物が食べやすく切り分けられ、奥には手軽に食べられる軽食が用意された。


 その予期せぬ歓待に僕は困惑しつつも一礼する。


「えっと、ありがとうございます。僕はあなたに恨まれてると思っていました」


 なにせ、長年かけていたであろう儀式を潰したのだ。寝込みを襲われても文句を言うつもりはない。


「ははは。いえ、まさか。あの日の一件は、誤解が誤解を呼んだ悲劇だったと私は認識しております。あなた様を恨むことなど、滅相もございません。もう一つ誤解を解くとすれば……あのあと、フーズヤーズによるあなたの捕縛命令を取り消したのも私ですよ。いまとなっては、私ほどあなたの来訪を喜ぶものはいないでしょう」

「ははは……」


 フェーデルトは濁った目を細めて笑った。

 僕も笑うしかなかった。

 それなりに厄介な敵と戦ってきたからわかるものがある。

 

 ――この人、たぶんめっちゃ僕を恨んでる……。


 見たくもない腹の底をスキル『詐術』や『感応』が看破してしまい、僕は返事に困った。

 いま目の前に並ぶご馳走にも何が入っているのかわかったものではでないので、手を付けられない。


 そんな乾いた笑いを浮かべ続ける僕を置いて、フェーデルトは仲間たちにも声をかけていく。


「ライナー・ヘルヴィルシャイン。あなたもお疲れ様です。あなたは見事、私たちの命令を果たしてくれた。そして、この大聖堂まで無事に帰ってきてくれた。とても喜ばしいことです。すぐにでも『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』に戻る算段はつけられますが、どうしますか?」

「……どうも。ただ、まだ実家に話すらしに行ってないんだ。その話は少しだけ待って欲しい」

「ふむ。相変わらずですね、あなたは」


 意味深に二人が言葉を交わしたあと、ティティーとフェーデルトは挨拶を交わす。


「初めまして、綺麗なお嬢さん。私はここで神官をやらせて頂いているフェーデルト・リオアスと申します。以後、よろしくお願いしますね」

「うむ。童はティティーじゃ」


 その名前を聞き、さらに彼女の美しい翠色の髪も見たとき、一瞬だけフェーデルトの身体が硬直した。常時薄く張っている《ディメンション》のおかげで、小さくつぶやいた言葉を僕は聞き逃さない。


「ティティー……? いや、まさか……」


 どうやら、『統べる王ロード』の本名はこの時代まで残っているようだ。

 ただ、いま目の前で用意された軽食をお腹一杯まで詰め込んでいる下品な少女と、伝説の『統べる王ロード』の人物像が全く合わず、フェーデルトは思い過ごしと判断したようだ。


 僕の乾いた笑いが本当に止まらない。


「かなみんっ、どうしたのじゃ!? 食べぬのなら童が貰うぞ!」

「ははは……」


 頷き返しながら、《ディメンション》から得られる情報を整理する。

 両隣の部屋には、続々と騎士が集まってきている。少しずつ、囲まれてきているのがリアルタイムでわかる。

 よく見れば、いま給仕してくれている少女たちのステータスもおかしい。レベルは二桁に入っていて、間違いなく侍女よりも探索者に――いや、暗殺者に向いている。


「しかし、カナミ様。今日はどのような用があって、ここへ?」


 フェーデルトは空いた時間を使って探りを入れてくる。

 これが本題だろう。この答えによって、目の前の神官の対応は大きく変わるはずだ。

 

 僕は嘘をついてまで、この場をしのごうとまでは思わなかった。本心を告げる。


「ラスティアラに会って、話がしたいんです」

「お話ですか……。お話をして、一体どうするつもりなのでしょうか?」

「えー、それは……――」


 ただ、言いよどまざるを得ない話ではあった。

 正直に言えば、両隣の部屋から騎士たちが雪崩れ込んでくるからだ。

 

 フェーデルトは薄く笑う。彼も、僕がもう一度ラスティアラをさらいに来たことを察しているのかもしれない。


「正直、お二人のお話とやらに良い思い出がありませんね。私は」

「はは、すみません……」

「いいえ、謝ることはありませんよ。あの儀式の日のあれは、私たちの認識の甘さが招いた結果。いい勉強をしたと思っております。本当にカナミ様には多くのことを学ばせて貰いました。そして、その勉強の結果を、いまお見せしましょう」


 穏便に終わらせたかったが、どうやら最初から避けられない戦いだったようだ。

 僕への確認が終わったフェーデルトは、挑戦的に笑って言い放つ。


「目的がラスティアラ様とあれば、仕方ありません。少し残念ですが、当初の予定通りでいかせて貰います――」


 そして、パチンッと、二度目の指鳴らしフィンガースナップを行なった。

 それと同時に予想通り、まず給仕してくれていた少女二人が懐から短剣を取り出し、二手に分かれて僕のほうへ襲い掛かってくる。


 僕の能力上、奇襲は無意味だ。予期していたし、迎撃できる自信もあった。

 だが、あえて僕は動かない。

 魔法《ディメンション》が三人目の動きを捉えていたからだ。


 ――騎士ライナー・ヘルヴィルシャインが敵の動きに合わせて、狭い部屋の中を疾風の如く駆け抜ける。


「――《イクス・ワインド》!」


 この大聖堂へ入る前に、ライナーは任せてくれと言った。

 ならば、それを信じるのが僕の役目だろう。

 微動だにすることなく、魔法で加速するライナーを見守る。


 一陣の風が吹き抜け、金属音が二度だけ鳴った。

 そして、トンと木板に刃が突き刺さる軽い音も二度。


 テーブルの上に立ったライナーは一つもグラスを倒すことなく、敵の獲物である短剣を弾き終えていた。

 その圧倒的な速度の差で、出鼻をくじかれてしまった少女二人は足を止めた。手に持っていたはずの短剣が天井に突き刺さっているのを見て、驚きで大口を開けていた。


 すぐに僕はフェーデルトへ状況の説明を乞う。


「ありがとう、ライナー。……しかし、これはどういうことでしょうか。フェーデルトさん」

「そのままの意味です。あの日から、あなたが大聖堂へ訪れればこうすることは、すでに決まっていたことです。そして、一年もの準備期間を私たちに与えたことを後悔してください」


 奇襲に失敗しても、フェーデルトは冷静だった。

 そして、バンッと、次は部屋の扉が荒々しく開け放たれる。ずっと待機していた騎士が数名ほど入ってきて、フェーデルトの隣についた。

 少しずつ事が大きくなっていく。


「うむっ。懐かしいのう。これぞ、人と人との交渉というものじゃ」


 ただ、まだティティーは暢気に料理を口に入れていた。

 守護者ガーディアンである彼女にとっては、人間の敵に囲まれることより、目の前の甘味と酒のほうが大切なのだろう。


 仕方ないので僕とライナーだけで真面目な話を進めていく。


「フェーデルトさん、やめましょう。はったりでもなんでもなく、僕たちは強いです……」

「知っています。だからこそ惜しみなく、あの迷宮の守護者ガーディアンアイドと取引した力をお見せしましょう。先天的な才能を人為的に植え付け、一芸に特化させ、生まれながら『詠唱』で『代償』を払っている『魔石人間ジュエルクルス』――その全員を『親和』させての大共鳴魔法です。カナミさまに耐えられますかな?」


 ――『魔石人間ジュエルクルス』。


 その言葉と共に、入ってきた騎士の中から戦場に似合わない侍女服の少女がさらに二人出てくる。

 先ほど僕たちに襲い掛かってきた少女二人とそっくりだ。いや、そっくりではなく――使われた材料が同じなのだろう。

 少女たち四人の『ステータス』にスキル『素体』があり、《ディメンション》でバイザーの下の顔が四人とも同じであることから、それを確信する。


 侍女服の少女四人は声をそろえて魔法を唱える。

 顔をしかめて、搾り出すように。


「「「「――共鳴魔法《インビラブル・アイスルーム》」」」」


 煙が広がるかのように、部屋の中に薄青の魔力が充満した。

 当然のように四人同属性の魔力で――そして、一糸乱れない見事な共鳴魔法が発動する。


「くっ! キリスト!」

「ああ、こっちは大丈夫だ!」

「あぁっ、スイーツが落ちた!」


 周囲の空間が魔力で押し固められ、僕とライナーとティティーの三人の動きが止まる。


 共鳴魔法《インビラブル・アイスルーム》。

 すぐに氷結魔法と神聖魔法の複合であるとわかる。空間内の動きを停止させるという単純な結界だろう。

 ただ、その結界の密度と強度が異常だ。


 彼女たち『魔石人間ジュエルクルス』四人のレベルは10前後。魔力に特化していても、その数値はライナーよりも全員低い。


 なのに、いまやレベル30に近づこうとしている僕とライナーが動けなくなった。守護者ガーディアンであるティティーでさえも食事の手が止まっている。

 『表示』上、絶対にありえない力だった。


「ここまでの魔法……、どうやって――!!」


 尋問用なのか、口だけは動く。

 けれど、顔はぴくりとも動かせない。ステータスによれば筋力の数値は15近い。その全力でも動かせないのだ。


 共鳴魔法というだけでは証明できないと思った。

 ただ、すぐにその理由を僕は知ることになる。


 少女の中の一人だけを『注視』して、『ステータス』を見続ける。

 注目したのは少女のMPだ。



【ステータス】

 HP19/19  MP112/112

 HP19/19  MP112/112

 HP19/19  MP112/112――


 これだけの魔力を放ちながら、MPが全く変動していない・・・・・・・・・

 その原因を探るため、僕は《ディメンション》の力を強めて、少女の全てを解析しにいく。


 頭の先から爪先まで、余すことなくだ。

 まずは少女の身長体重――身体の隅々まで把握、そして髪の毛の本数を数えて体温を正確に図る。次に肺の動きから心臓の動きに異常はないかと確認し、吐息や発汗の動作も『注視』していく。

 ゼロコンマ一秒の診察の結果、少女に流れる血が正常でないことを発見。

 身体の奥からではなく、血から魔力が溢れ出ているのだ。それはこの世界の魔法使いの理に反している。血は魔術式が記されている器官だ。いわば車のエンジンであり、ガソリンが出てくようなところではない。


 なのに、なぜ身体ではなく血から魔力が――?


 いまは戦闘中だ。よって、先ほどのフェーデルトの名前を思い出そうとしたときとは別次元の集中力で、記憶を掘り返していくことができた。

 そして、運良く、記憶の中にそれを推測する情報を見つける


 まず一つ目、MPを使うことなく魔法を使う手段はある。つい最近、その呪術の基礎を身につけたばかりだ。

 二つ目、この世界の血液は特殊で、魔法の魔術式を記すこともできる。かつての聖人ティアラは人格さえもそこへ記そうとしていた。

 そして、三つ目、先ほどのフェーデルトの言葉「生まれながら『詠唱』で『代償』を支払っている」――、その答えをわかってしまう。


 それと同時にフェーデルトは勝利を確信して笑い出した。


「ふ、ふふっ、ふふふ、ふははははは――!!」


 この濁った目の神官は、やってはいけないことをやったようだ。

 

 ――おそらく、この少女たちの血には呪術『詠唱』の文言が記されている。


 それも、並大抵な『詠唱』じゃないだろう。フェーデルトがアイドから教わったのは、マリアの『記憶』を削る『詠唱』やティティーの『自我』を削る『詠唱』レベルのもの――『代償』を支払う『詠唱』だ。


 この少女たちが魔法を使おうと血に働きかければ、必ずその危険な『詠唱』が発動するように魔術式が組まれているのだ。


 だから、こうもスムーズにMPの消費なしで大魔法が形成できる。

 だから、こうも少女たちは苦しそうに魔法を使う。

 まるで、自分の魂を削るように――!


「ははは! 私たちフーズヤーズは千年前の賢者である『木の理を盗むもの』アイドから、ありとあらゆる技術を買い取りました。ここにいる『魔石人間ジュエルクルス』たちは、その結晶! この無尽蔵で高濃度の魔力は、あのラスティアラ様をも上回る――! それを全員が同じ調整を受け、たった一つの魔法に特化させ、完璧な共鳴魔法として完成させたのです――! 始祖様であろうと使徒様であろうと、誰であろうと――動けるはずがない!!」


 フェーデルトが余裕を見せていた理由がわかった。

 こうも極悪な魔法ならば、勝利を確信するのも無理はない。


 僕も『詠唱』で力の差を埋めてきたから、その気持ちは少しわかる。いま、レベル差を無視して、少女たちが僕たちを抑えているのも当然だとわかる。


 だが、このままやられる僕たちではない。

 まず、ライナーが叫ぶ。


「そこらの騎士と同じにするなよ! 僕はヘルヴィルシャインの騎士だ! こっちだって、奥の手はある!」


 強引に結界を破ろうと歯を食いしばって全身に力をこめていた。

 もちろん、これだけではまだ、結界は揺らがない。


「――っ!! はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


 けれど、そのライナーの加重は間違いなく魔法の使用者にかかっていた。

 ライナーが動こうとすればするほど、少女たちの息は荒くなる。

 表情は歪み、目に見えて苦しむ。彼女たちの『詠唱』は音にならず血を駆け巡るだけなので、その『代償』がどんなものかはわからないが、それでも大切な何かが削れているのはわかった。


 これが普通の魔法使いならば、身体の危機に反応して途中で魔法を止めるだろう。けれどここにいる少女たちは『魔石人間ジュエルクルス』だ。昔のラスティアラと同種で、危機管理能力が希薄な可能性が高い。

 下手をすれば、死んでも魔法を維持し続ける。


「ま、待てっ、ライナー! ティティーも、ここは僕に任せてくれ!!」


 だから、慌ててライナーを止める。

 ついでに、ちょっと不機嫌になってたティティーも止める。


「……了解だ、主」

「うむ。少し腹がたったところじゃが、かなみんがそう言うならば見ておろう。わらわは部外者じゃからの」


 二人が僕に任せてくれたのを確認してから、全力で魔力を解放する。


「――魔法《ディスタンスミュート》! 僕の全身を覆え!!」


 こういうときのために魔力を温存して行動していたのだ。

 次元属性の魔力を身体全体に染みこませる。そして、魔法《ディスタンスミュート》によって、僕の身体の次元が一つずれる。厳密には違うが『透化』のような効果を、僕の身体は得た。

 

 そして、その単純だが凶悪な効果が、いかんなく発揮される。亡霊が壁をすり抜けるかのように、僕は結界内を動き出す。

 

「――なに!?」


 薄紫色の発光と共に結界の中を動き出した僕を見て、フェーデルトは困惑の声をあげた。

 よっぽど自信があったのだろう。目に映る光景が信じられない様子だ。


 それは魔法を発動させていた少女たち四人も同様だった。

 その反応から初めて共鳴魔法《インビラブル・アイスルーム》を突破されたことがわかる。


 隙だらけだ。

 すぐさま、僕は一番近い少女へ近づき、その胸に腕を伸ばす。

 そろそろ、この魔法の使い方にも慣れてきたところだ。そして、これからも頼り続ける魔法になることもわかってきた。

 だから、いい機会だと思って、戦闘時特有の高速思考を使って命名を行う。


 この技――この心と心を繋がる魔法。

 名づけるならば――


「――魔法《ディスタンスミュート・繋心アクセス》!」


 心のままに命名された魔法は、水を得た魚のように活き活きと脈動した。


「くっ、うぅっ、あ、あぁ……っ」


 バイザーをかけた少女は、胸の中に腕を差し込まれ、呻く。

 初めての『繋がり』を得たことに全身が驚いているのだろう。


 それでも僕は遠慮なく、魔法を――僕の想いを叩きつけ続ける。

 少女を戦意喪失させるため、魔法で『話し合う』。

 今日までの経験全てを詰め込んで――


「落ち着いて……。僕たちが戦う必要なんてないんだ……。君は誰に命令されることなく、君自身の人生を生きていい。君は君なんだから……」


 ノスフィーの光魔法を、次元魔法で再現する。

 流石は『光の理を盗むもの』の魔法か、すぐにその効果は現れてきた。


 徐々に目の前の少女から力が抜けていき、魔法の構築が綻んでいく。


 けれど、まだ他三人の少女は戦意を失っていない。すぐさま、僕は《ディスタンスミュート・繋心アクセス》の力を増幅させる。

 このまま他三人の少女にも『話し合い』をしかけるつもりだ。


 いまの状態に《コネクション》の術式を少し足せば可能だ。元より、共鳴魔法を成功させている時点で、この少女四人の心は繋がっている。

 それを逆に辿っていけば、四人同時攻略も可能だ。


「みんなも……、落ち着いて……!」


 その声と共に、感情もぶつける。

 僕が心から戦いを望んでいないことを示す。


 光魔法と違って、精神に働きかけることは全くできないため、鎮静作用も何もない。しかし、僕の心からの訴えは彼女たちに届くと信じて、祈り続ける。


 そして、その想いは――幸運にも誤解なく届く。


「うう、うぅ……」

「これは……」

「あ、ああ……」


 少女たち四人は膝から崩れ落ちて、戦意を完全に失った。

 もちろん、僕たちを縛っていた共鳴魔法《インビラブル・アイスルーム》も消失する。


「ふう……。よかった……。みんなありがとう……」


 お礼を言いながら、目の前の少女一人の頭を撫でる。

 それを放心状態気味の少女は、こくりと頷いて受け入れてくれた。


 本当に助かった。何とか平和的に戦いを終えることができた。

 その成功の原因はわかっている。

 まず、根本的な力量差があったこと――そして、何より少女たちが純真すぎたおかげだ。繋がってわかったことだが、『魔石人間ジュエルクルス』である彼女たちは見た目以上に幼かった。その穢れを知らない心が、この和平を実現させたのだ。


 ただ、それを認められない男が一人いる。

 フェーデルトだ。


「そ、そんな馬鹿な! どうやって、解除を!? いまのが例の『相殺魔法カウンターマジック』か!? それをさせないための血の術式からの魔法でっ、共鳴魔法だったはずだ! なぜ!?」


 とても見当違いの憶測をしていた。

 確かに、初見の人から見れば不可解極まりない現状かもしれない。


「流石、かなみん。卑怯な手を使わせたら、一番だね! ほんと最低な戦い方じゃ!」


 そして、なぜか仲間であるティティーから誹謗される。


「卑怯じゃないでしょ。ちゃんと僕は真正面から全力で戦ったよ」

「いやいや、いまのは卑怯なのじゃ。童のときも思ったけど、これは戦いとは言わないっ」


 僕としては真面目に戦っているつもりだが、相手になっているほうはそうでもないらしい。それはもう一人の仲間であるライナーも同意見だったようだ。


「キ、キリスト……。こいつらのあんたを見る目がやばいぞ……? 一体、何やったんだ……?」


 ライナーが真剣な声で聞いてくる。

 それを確認するため、ちらりと目を少女たちへ移す。すると、放心状態の女の子四人が熱のこもった目で僕を見つめていた。

 ちょっと嫌な予感がする。


「えっと……、ノスフィーの『話し合い』の魔法を僕なりに再現してみたんだけど……?」


 光魔法は使えないので、光を浸透させるのではなく、直接身体を重ねているという手段を選んだだけで、ほとんど効果は同じはずだ。だが、目の前に残った結果は少し違うように見える。


「んー、たぶんあれじゃな。かなみんの強烈な感情と思考をぶつけられたせいじゃな。この子達が本当に『魔石人間ジュエルクルス』なら、見た目とは違う年のはずじゃからのー。おそらく、赤ん坊が初めてお母さんを見たときな感じで、殻が割れちゃったりしたんじゃろうて。あと、精神系の魔法もいくらか解けたと思うし」


 ティティーがわかりやすくライナーへ説明する。


「ちっ。やっぱり、精神魔法で教育されてた兵士か。それを解いたってことは、つまり……」


 それを聞いたライナーは忌々しげに舌打ちし、ティティーは楽しそうに両手をあげる。


「――つまりっ、この子達全員、かなみんに初恋してしまった状態っぽいのう!」

「え?」

「これもひとえにかなみんの心の綺麗さゆえってやつじゃねー。心を通わせたことで、百回くらいデート重ねた仲になったと思うよー。童も経験者じゃから、よくわかる!」

「デート? いや、そんな……、え? ほんとに?」

「かなみんは自分が異常な存在であることを、もう少し理解したほうがよいぞ。最強の『理を盗むもの』に直接『繋がり』を作られて、全力で『話し合い』なんてされたら、常人はイチコロじゃ。まっ、童は大丈夫じゃったがな! ちょっと泣いたくらいじゃ!」


 ティティーは笑いをこらえながら説明を終える。

 もはや、この部屋から緊張感という言葉は消えていた。


 しかし、ティティー……。

 なぜ、そこで「ちょっと」と見栄を張る。本当は大泣きだったろうが。


 それにしても、リーパーとティティーは平気そうだったから少し思い違いしてたけど、『繋がり』を作るのはかなり危険なようだ。常人相手には封印したほうがよさそうだ。


 僕はティティーに「もう使わない」と約束して、それを「いや、ばんばん使うのじゃっ。そのほうが面白い!」と否定され……そのすっかり軽くなった空気を切り裂く怒声が飛ぶ。


「――ふ、ふざけるなぁあああああっ! こいつらはかつてのラスティアラと同等の力を持った上にっ、特化処理もされているのだぞ! それをこうも一瞬でぇっ――なぜだ!」


 もうシリアスな空気は終わっているのに、しつこい……。

 元より、この僕たち三人相手に、この程度の戦力では話にならないのだ。

 それでも必死に真面目な話をしようとするフェーデルトの気持ちを汲んで、僕は渋々と真面目に答える。


「いや、あのときと比べると僕もそれなりに強くなってますから……」

「それなりに強くなったくらいで抜けられてたまるものか! これは、かの使徒相手に想定した強度の結界なのだぞ!」

「僕は強度とかを無視できますので、そういうのは余り意味ないです」

「きょ、強度を無視だと!?」

「はい」


 このフェーデルトという男相手には、それなりに怒っているので冷たく言い切った。そして、絶対に僕たちに敵うことはないという現実を突きつける。

 しかし、それをフェーデルトは認めようとしない。


「ま、まだだっ。まだ私の手札は残っておるぞ。ああ、このくらいのことは予期していたことだ。捕縛できないのは残念だが、こうなれば強引に――!!」

フェーデルト・・・・・・


 凛とした声が通り、びくりとフェーデルトの身体が硬直した。

 そして、その名を呼んだ声の持ち主が姿を現す。


 部屋の扉の向こうから、騎士たちに膝をつかせながら、金銀入り混じった髪の少女が歩いてくる。

 その姿を目に入れたとき、かつてと同じ感想を僕は抱く。

 恐ろしく美しく、非現実的なまでに綺麗――そう思った。


 覗き込めば吸い込まれる黄金の瞳。

 その不可侵の神域に似た肌は神々しく。

 顔の造りの芸術的な無駄のなさには身体が震え。

 薄桃色の唇を一目見れば、目を逸らすことはできず。

 その下部にある鎖骨の艶やかさには魅了され、その肢体は女性として究極的で。

 細すぎず太すぎない手足がすらりと伸び、小さすぎず大きすぎない胸部腹部のバランスは完璧。

 それを彩る衣装は白く簡素で……けれど貧相なものではなく、彼女を引きたたせるためだけにあつらえたであろう専用の正装フォーマルドレスだ。

 

 ああ、一年の時が過ぎようとも見間違えようはない。



 ――ラスティアラ・フーズヤーズが現れた。



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