213.エリザベス



 走りながら振り返り、後方へ《ディメンション》を広げるがロードの姿は見えない。どうやら、真っ直ぐ僕のほうには向かわず、別の場所へ向かっているようだ。単純に索敵するための魔法を持っていないのかもしれないが、不穏な動きだと僕は思った。


 しかし、ずっとロードばかりに《ディメンション》を割くわけにもいかない。まずはライナーとレイナンドさんと合流しなければならない。二人を見つけるため、《ディメンション》を薄く広域に広げていく。


「こ、これは……」


 様変わりした世界に動揺を隠せず、ヴィアイシアの街道を走りながら声を漏らす。

 街を彩っていた多くの草木が燃え滓となっており、僅かに残っている自然までもが枯れかけて変色している。昨日までは無事だったはずの多くの家屋が倒壊し、野ざらしになっている。

 何より、異様なまでに人気ひとけがない。天候による影響もあるだろうが、それ以上に気軽に出歩けるような状況ではないのだろう。


 ロードの発言と合わせて考えれば、いま『ここ』は千年前の大戦争の後――もしくは、最中さなかの時間軸だ。


 その戦火に晒された街を駆けながら、この状況に合わせて、これからの計画を僕は詰めていく。


「まずはライナーたちと合流して……いや、迷宮を通り抜けて逃げるには、もう少し食料がいるか……? 先に『ここ』から出る準備をしたほうが――」

「そこの男、動くな! 待て!!」


 しかし、考えるいとまを与えられることなく、次の問題が発生する。

 雨を弾いて走る僕の前に、物々しい装備の面々が現れる。これからのことばかり考えすぎて、迂闊にも、接近してくる敵への注意が足りていなかったようだ。


 篭手と鎧で身を守り、腕に剣を携えている獣人の男たちが五人。

 久しく見ていなかった装いだ。少し地上の探索者と似ている。おそらく、彼らが時間軸をずらしてまでロードが用意した妨害なのだろう。

 構うことなく、その横を駆け抜けようとするが、鋭い剣閃が四方から伸びてきたため後退を余儀なくされる。


「なっ――!」 


 その敵の身のこなしの速さに驚き、『表示』でステータスを確かめる。

 左から順に27レベル、24レベル、28レベル、24レベル――五人全員が僕と変わらない高レベルだった。そして、『素質』の数値も軒並み高い。僕以上のステータスを持ったものはいないものの、それでも無視できる敵ではなかった。


「舐めないでください。我らは名誉ある『王近衛騎士団』の一員。たとえ団長殿が相手であろうと、そう易々と通しはしません」


 最も高レベルの獣人騎士が五人を代表して、自らの立場を宣言する。

 『王近衛騎士団』。そして僕を団長殿と呼んだ。

 その礼儀正しさと強さは地上の『天上の七騎士セレスティアル・ナイツ』を思い出させる。ただ、こちらの騎士団は千年前の伝説の時代を生きている騎士。単純な力量の差だけでなく、戦火の最中を生きるもの特有の威圧感があった。


「あなたに頂いた力。このような形で返すことになったことを悲しく思います」

「いまとなっては、あなたは反逆者……。もはや、この剣を交えるしかありません」


 獣人騎士たちは油断なく散開し、僕を囲い込もうとする。

 その目に宿る戦意の炎は只事ではない。おそらく、彼らは五人でも僕に敵わないと思っている。それでも、絶対に引けないという表情だ。僕が守護者ガーディアンに挑むときの表情に似ている。


 戦えば、簡単に殺し合いまで発展する。

 それを避けるために僕は剣を鞘に戻す。なにより、会話による勝算があった。口ぶりからすれば、彼らは僕の知人なのだから。


「僕に戦う気はありません。まず、話を聞いてくれませんか……?」


 『ここ』が迷宮内に作られた空間であることを説明したかった。千年後の守護者ガーディアンたちの手のひらの上であることを伝えたかった。

 しかし、それは叶わない。


「……それはできません。あなたの言葉には力がある。そして、その真偽を判断する力が私たちにはない。ゆえにあなたの話は聞けない。聞きたくても……聞けないっ。私たちは、ただ任務を遂行するのみです。いま、裏切り者である『王近衛騎士団団長』を――断罪します!!」


 その言葉を最後に、先頭の狼の獣人騎士は駆け出した。

 続いて、左方右方、さらに後方からも他の獣人騎士たちも襲いかかって来る。


 仕方なく僕は抜剣し、その迎撃に当たる。

 ほぼ同時に五つの刃が逃げ場を塞ぐように迫ってくる。良い合同鍛錬を積んできたことが一瞬でわかる剣閃だ。現に僕は『クレセントペクトラズリの直剣』を使って弾くだけで一杯だった。


 嵐の街で五対一の剣戟が独特なリズムの音楽を打ち鳴らす。

 そして、剣を交えるにつれ、この獣人騎士に剣を教えたのが自分であることもわかってしまう。そう確信できるほど、彼らの戦法は現代的な価値観に沿った合理的な戦い方だった。


 まず、少数に対して多数でのみ同時攻撃することが徹底されている。

 決して、一人では飛び込まず、武人としての誇りよりも大事なのは勝利。勝利だけを手繰り寄せようとするその姿は、『追い詰められた僕』好みの戦法だ。


 その理論に裏打ちされた波状攻撃を防御することしかできず、攻めあぐねる。


 剣の嵐の中を縫って避けながら、色々と考える。

 戦法も強力だが、彼ら個人の力量も強力だ。


 同時に疑問に思う。

 ここまでの猛者が昨日までのヴィアイシアにいたか……と。

 いや、いなかったはずだ。

 記憶力と《ディメンション》の把握能力には自信がある。


 間違いなく、彼らは初めて見る顔だ。

 ならば、彼らはどこにいたと言うのか。

 自然と観察と『注視』に力が入る。レベルの上昇によって更に強くなった《ディメンション》の把握能力が、一つの情報を頭に運んできてくれた。


 それは魔力の発光色。

 この魔力の輝き――いや、この魔石たましいの光を僕は見たことがある。


 あれは確か、ヴィアイシアの暗い空の中だったはずだ。

 あそこに薄らと輝いていた魔石の光と彼らの魔力の光は全く同じだ。


 自らの記憶と照らし合わせた結果、確信する。

 彼らは昨日まで魔石となって空に漂っていたのだ。平和な世界に剣を帯びた騎士は不要なのだから、それも当然だろう。


 しかし、時間軸がずれたことで、いま一度、彼らは現世に呼び戻された。

 ロードが、ノスフィーが、それを選択してしまった。

 絶望と猜疑に満たされた戦乱を再現する。そんな理由のために――


「――魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》!!」


 それを理解した瞬間、大量のMPを消費して魔法を唱えていた。

 彼らのためにも手間取ってなどいられない。

 魔法を解放して、全力で剣を奔らせる。


 『クレセントペクトラズリの直剣』の青い燐光が細い線となって、五つの剣を打ち払った。そして、獣人騎士たちの腕や脚を斬りつけ、戦闘不能に陥らせる。補助魔法によるステータス差の力押しで、戦いは一瞬で終わってしまった。


「ぐっ、うぅ――!」


 うめき声をあげて倒れた獣人騎士たちに僕は問う。


「教えてください。いま、レイナンドさんとライナーがどこにいるか知っていますか……?」


 僕たちが出て行かなければ、彼らの役目は終わらない。

 合流のための情報を集めようとしたが、返ってきたのは全く違う答え。悲痛に歪んだ絶望の顔だった。


「団長殿……、いえ、カナミ様……。な、なぜ、ですか……。なぜ私たちを裏切ったのですか……?」


 そして、糾弾する言葉を投げかけられる。

 全く身に覚えはなかったが、それでもそれを無視することはできなかった。


「私達はあなたを信じていました。あなたのことを、それこそ二人目の『救世主』だと思っていました……。なのに、どうして……」

「あなたは南の騎士だったけれども、我々魔人に優しい方でした……。僅かな差別の意識さえも感じないほど、我々に近しい心を持っていました……」

「あなたが私たちにかけた言葉は全て、嘘だったのですか!? 本当は心の底では、我らが魔人を忌み嫌っていたのですか、カナミ様……!」


 彼らにとって、レイナンドさんやライナーのことなど思慮の外なのだろう。

 ただ、僕の裏切りだけを糾弾してくる。

 

「そ、それは……」

 

 当時の記憶なんてない。なのに、彼らの絶望に圧されて、声が震える。

 当然だが、一言も答えられるはずがなかった。


「私たちの『統べる王ロード』様を返してください……。あのお方は我々の希望……、生きるための必要な道しるべひかりだったのです……」

「『統べる王ロード』様がいなければ、この国は滅びます……」

「教えてください……。なぜ、私たちの王を連れ去ったのですか……?」


 喉の奥からは、声にならない声しか出てこない。

 いっそのこと人違いだとでも言いたかった。しかし、その言葉は獣人騎士たちの悲壮の瞳に言葉が詰まる。

 何もわかってやれない僕は、彼らの前に立つことすら許されない。そう思った。


「ごめん……。もう僕は行く……」


 何も覚えていない僕が謝ることに何の意味もない。それがわかっていても、倒れた獣人騎士たち相手に謝らずにいられなかった。

 

 大雨が街道を叩き、轟々と悲しげな音楽が響く。その雨の中に倒れる獣人騎士たちを置いて、僕はもう一度駆け出す。

 誰かに聞くよりも、自分で探したほうが早い。そう思った僕は、広域に《ディメンション》を展開する。


「――魔法《ディメンション・多重展開マルチプル》!!」


 何よりも先にレイナンドさんの家を探す。

 もし、合流する場所を決めるとすれば、そこしかない。帝国のように敷地が広まったとはいえ、この付近が『ヴィアイシア』であるのは間違いない。

 だが、かつてあった場所にあるべきものがない。数年ぶりに故郷へ帰ってきたかのように、なかなか見つけることができない。

 時間と共に街が発展と衰退を繰り返したのだろう。昨日までの情報は何の役にも立たなかった。

 

 仕方なく、頭の中に一からヴィアイシアの地図を作り直していると、街道を駆け抜ける途中に店があるのを見つける。その店の外装を僕は覚えている。どうやら、時間と戦火に呑みこまれても姿を変えなかった店のようだ。


 確か、その店は食料の置いてある雑貨屋だったはずだ。先に食料の補充をするのも悪くないと考え、その店の中に飛び込む。

 しかし、その中に待っていた光景は――


「――酷い」


 店の内部にまで嵐が入り込んだかのように、何もかもが乱雑に散らかっていた。

 店としての形式を保てていない状態だ。商品を並べる棚は壊され、あらゆるものが地面に散乱している。剣の痕が無数に残っていて――そして、店の端には死体が一つ。


 上半身と下半身が離れてしまった獣人の女性が見えた。

 この数日間、買い物でお世話になった人だ。


「この人は……、この時間軸ここで死んでしまう人だったのか……」


 多量の血がべっとりと店全体を塗りたくっている。

 その残虐な光景から感じるのは、不快さよりも物悲しさ。

 この数日間、どれだけ僕と会話を重ねたとしても、結局これが真実。この街の全ては、千年前に死んでしまっているのだ。

 

 しかし、そんな感傷に浸っている暇はない。

 すぐに《ディメンション》を店に満たして、食べられるものを探す。


「……くっ」


 だが、返ってくる情報は、さらに厳しい現実だった。

 壊された日用品の影に少しは食料があるかと期待していたが、焦る僕をあざ笑うかのようにパンの欠片一つない。

 おそらく、この時間軸のせいだろう。

 戦火の最中ゆえに、国規模で食料が不足している可能性がある。もしくは、敵の侵略に晒され、略奪されてしまったのかもしれない。


 物を買うどころか、物を盗むことさえも難しい世界になっていることを理解する。

 舌打ちと共に店の外へと出て、また嵐の中を駆け出そうとする。

 そのとき、また街を徘徊する新手の獣人騎士たちに見つかってしまう。


「いたぞ! 裏切りの騎士カナミだ!!」


 地図作成のために《ディメンション》を遠くに向けていたせいで、近辺の索敵が不十分だったようだ。いや、もしかしたらこの状況に心を乱されているのかもしれない。動揺して注意が散漫になっているのだとしたら、ロードの思惑通りだ。


 一度だけ大きく深呼吸をして、近寄られないうちに獣人騎士たちから遠ざかる。

 騎士たちに勝利しても経験値や魔石が手に入るわけではない。上手く情報を引き出せる自信もない。彼らと戦う理由は全くなかった。


 幸い、僕は敵から逃げるのが得意だ。それ用の魔法が多い。

 追い掛け回されながらも、慎重に新しいヴィアイシアの地図を完成に近づけていく。ついでに、駆け回る獣人騎士たちの情報交換も盗み聞く。

 そして、あと少しで地図が完成するというところで、大通りで話す騎士たちの会話の中に、待っていた単語が混ざっているのを聞き取る。


「絶対に見つけろ! ここはヴォルス家の屋敷に近い! あと少しで団長代理殿がきてくれる! それまでこの地域に足止めするんだ!」

「ああ、エリザベス・ヴォルス殿なら騎士団長殿が相手でもなんとかしてくれる!」


 一時、路地裏で足を止めて、街道の会話に集中する。


「エリザベス・ヴォルス……?」


 確か、ベスちゃんのフルネームだった気がする。

 彼女が団長代理と呼ばれている?


 もし、時間軸がずれたと言うのなら、いまベスちゃんの年齢は最後に会ったときから大きく変わっていることだろう。大人になった彼女の役職が近衛騎士ならば、そう不思議なことでもない。あのレイナンドさんの血を引いているおかげか、素質は十分だった。


 そして、先の騎士たちの話が嘘ではないならば、ベスちゃんの屋敷が近くにある。なのに《ディメンション》で見つからないのは、ヴォルス家が存在しないのではなく、屋敷の様相が時間経過で大きく異なってしまっているからだろう。ベスちゃんが大人で、レイナンドさんが寿命を迎えている時間軸ならば、あの工房すらない可能性がある。


 《ディメンション》を遠くではなく、近辺に満たしていく。そして、建物の外見の特徴を頼りにせず、一つ一つ中身を確かめていく。


 未だ火の燻っているあばら屋。商品が一つも残っていない店。焼けた死体の詰まった蔵。兵の駐留している砦。そして、ゆうに十戸建て分はあろう広さの豪邸――その中に見知った顔が二つがあるの見つける。


 舞踏会を開けそうなほど広々とした玄関ホールで、負傷したレイナンドさんと『光の理を盗むもの』ノスフィーが向かい合っていた。


「やっと見つけ――、っ!?」


 見つけると同時に、《ディメンション》の視界が揺れる。

 ヴィアイシアの大地が地震に襲われたのだ。僕は《ディメンション》を解除され、体勢を崩してしまう。

 そして、僕が言おうと思っていた言葉が、別の口から紡がれる。


「――やっと見つけました・・・・・・


 路地裏の暗がりの奥から、高い声が響く。

 いつの間に接近を許していたのか、どうして見つかったのか、数ある疑問が頭に浮かぶ。しかし、いまはそれどころではなかった。


 暗がりから長身の女性が姿を現す。

 初めて見る魔法だ。その歩みの一歩一歩に地属性らしき魔力が詰まっている。《ディメンション》で解析するまでもなく、それが地震を発生させる魔法であると見て取れる。


 巨像が歩いているかのように、彼女が歩くたびにヴィアイシアが地震で揺れる。


 揺れる大地の上でバランスを取りながら、長身の女性の顔を確認する。

 大きめの瞳に高い鼻、薄桃色の唇からは犬歯が見えていて――いや、そんな特徴など関係ない。単純に、あの幼いベスちゃんの面影のある女性がそこにいた。そして、彼女がベスちゃんの成長した姿であると、『表示』よりも先に理解する。

 大人のベスちゃんは身を物々しい武具で固めていた。そして、固い髪質の赤い髪を腰まで伸ばし、その横から独特な形状のネコ科の耳が垂れている。


「見た目は変われども、足音の質は変わりませんね。団長様」


 その発言から彼女が地属性の魔法――と言うより、『地面』に魔力を這わせるのを得意としていることがわかる。



【ステータス】

 名前:エリザベス・ヴォルス HP721/721 MP103/143 クラス:騎士

 レベル33

 筋力15.91 体力14.46 技量12.01 速さ6.44 賢さ5.04 魔力6.72 素質1.52

【スキル】

 先天スキル:斧術0.89 火魔法1.56 地魔法1.67 

 後天スキル:剣術1.43 鍛冶0.88 菓子作り1.56 

       料理1.09 編み物1.00 音楽1.32 



 そして、『表示』がベスちゃんの脅威を正確に伝えくれる。

 彼女は祖父であるレイナンドさんを超えている。

 間違いなく――

 


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