206.最終装備

 緑溢れる道を歩いていると、何度か街の人たちに声をかけられる。中には「奥さんが帰ってきたんだって?」ってからかわれ、答えに困ることもあった。

 何とか笑って誤魔化している途中、ライナーが真剣な表情で話しかけてくる。


「なあ、キリスト。先に確認しておきたいんだが、あんたはロードとノスフィー――あの二人を助けるつもりなのか?」


 二人きりになったことで、ようやく言いたいことを言えたように見える。ライナーは僕と違って、ロードとノスフィーに対する警戒心が強い。


「ロードを助けるっていうのはレイナンドさんと約束したことだからね。もちろん、できればノスフィーの未練も僕が晴らしてやりたいと思ってる。ライナーは違うのか?」

「正直……、あの二人は、僕の身にもキリストの身にも余ると思ってる。助けるなんて口にするのが憚られるほど、あの二人は強い・・


 その口ぶりは剣や魔法の先達者に向けるような「強い」ではなく、決して届かない領域にある自然災厄に向けるような「強い」だった。


「確かにロードもノスフィーも強いよ。地上の誰も敵わないほどの強さを持っていると思う。けど、どれだけ力が強くても、あいつらだって僕らと同じような悩みを抱えてる。同じように悩んで、同じように笑う人間――どこにでもいる女の子だ」

あれ・・を女の子扱いできるキリストがおかしいって自覚はあるか? あの魔力を前にして、キリストは本当に怖くないのか?」

「パリンクロンみたいなことを言うな……。そりゃ、ちょっとは怖いよ。けど、それでも助けたいんだ」


 思い浮かぶのは同じ守護者ガーディアンだった『火の理を盗むもの』アルティの最期。化け物みたいに強くて、賢者のように見識深かった彼女だが、最期はか弱い女の子の表情だった。


 できるならば、ロードとノスフィーのことを理解してあげたい。もう二度と、恐怖から理解を諦めるなんて真似はしたくない。


「キリスト、あいつらの怖さは魔力だけじゃない。歩んできた人生の重さ、守護者ガーディアンという立場の重さ、魂そのものの重さ、全てが普通じゃない。もう一度聞くぞ。……それでもあいつらを助けるのか? 僕は当初の予定通り、守護者ガーディアンの二人とはもっと距離を置いたほうがいいと思う。あんたに仕える騎士として、そう忠告する」


 おそらく、これが最後の忠告であり、最後の確認だろう。

 ライナーは僕が妹を助けるために生きているのを知っている。それの邪魔になるかもしれないけれど構わないのかと、言外に注意してくれている。僕が後悔しないように、心の底から心配してくれている。

 その暖かな友情に心和まされながら、僕は頷く。


「ああ、助ける。特にロードは、もう障害てきだとは思えない」


 経験上だが――きっと守護者ガーディアンから逃げた先にあるのは、もっともっと悲惨な結末だろう。むしろ、ローウェンのときのように、真っ向から向き合ったときのほうが上手くいっている気がする。


 そのいままでの経験を無駄にしないためにも、守護者ガーディアンたちから逃げないと誓う。

 断言する僕を見たライナーは、深い溜息をついたあと、少し呆れた様子で笑う。 


「そうか。それならそれで僕はいいさ。僕はキリストの補助をするだけだからな。……それに僕だって、あの馬鹿ロードを敵だとは思ってない。どっちかと言うと近所の残念な姉ちゃんって感じだ」


 そして、当然のように、その苦難の道に付き合うと言った。


「ありがとう、ライナー。本当に助かる」

「礼はいらないさ。僕はキリストとラスティアラを護る騎士――いや、それ以前に『仲間』だからな」


 その台詞からライナーの成長が感じられる。

 もはやライナーは視野の狭い少年騎士ではないだろう。

 度重なる戦いを潜り抜け、心身ともに成熟してきている。


 単純な力の話ではない。精神が子供から大人に成長するかのような、羽化に似た新しい一歩を感じる。

 あの破滅願望の強かったライナーからすれば、劇的な一歩だ。


 未だ、守護者ガーディアンに対する不安は拭えないが、僕の隣には信頼できる仲間がいる。アルティのときとはまるで状況が違う。

 今度こそ最良の結末を引き寄せられるはずだ。


 こうして、以前とは違うことを確認している内に、僕たちはレイナンドさんの家へと辿りつく。

 だが、珍しいことにレイナンドさんは工房でなく、家の前で落ち着かない様子できょろきょろと辺りを見回していた。


「あれ。どうしたんですか、レイナンドさん」

「む、坊主か。いや、孫娘を探しててな……」


 どうやら、ベスちゃんを探していたようだ。

 幸い、僕の魔法は人探しに向いている。すぐに《ディメンション》をヴィアイシア一杯に広げて、彼女の姿を探す。

 時間も魔力も大して消費することはなかった。思っていたよりも近くにいたからだ。


「見つけました。『魔王城』の近くでぼうっとしています……。えっと、これ花畑でしょうか……」


 巨大な面積を誇る魔王城の裏手には、ひっそりと多種多様な花の咲き乱れる空間があった。城からも街からも外れた場所にある花畑――そこでベスちゃんは風に揺れる花を眺めていた。


「そうか、城のほうにいたのか。しかし、花畑か……。いや、遠くへ行っていないならいい……。中へ戻るか」

「心配なら連れてきましょうか?」

「いや、その必要はない」

「……わかりました」


 レイナンドさんはベスちゃんの居場所を聞いて思うところがあったようだ。しかし、きっぱりと僕の提案を断った。そして、僕たちを連れて工房の中へ移動し始める。


 どうやら、僕たちの用事を察してくれているようだ。工房の中に入って、すぐにライナーが身に着けている装備を確認し始める。自分の作った武具の状況と、他の装備との兼ね合いをじかに目で見ているのだ。


「うむ、ぬしがライナーか……。わしの剣は使ってくれておるようだな……」

「え、えっと、ライナーです。とても使いやすい剣で助かっています」


 レイナンドさんの怖い顔に睨まれ、ライナーは少し怯えていた。深々と頭を下げて『シルフ・ルフ・ブリンガー』の礼を言う。


「何か他に欲しいものがあれば言え。いま持っている魔法道具よりマシなのを作ってやる」

「いえ、別にいまあるもので十分――」

「駄目だ。いいから言え。探索で困っていることくらい一つや二つあるだろう」

「あ、は、はい。困っていることと言えば、そうですね……――」


 厳しい口調でレイナンドさんはライナーから希望を搾り出そうとする。前も言っていたが、やはりあの自殺用としか思えない魔法道具たちが気に食わないようだ。

 迷宮での戦いの詳細を聞きながら、ライナーに必要な装備を決めていく。


「――え、えーっと、あと迷宮で困っているのは……。あっ、風属性のモンスターには僕の攻撃の通りが悪い気がします。いや、僕は風属性の攻撃しかできないから当然なんですけどね」

「うむ。わしが手を加えたせいで、『ルフ・ブリンガー』は完全に風属性となってしまったからな。そういう悩みが出るのは当然だ。ならば……、風属性の敵用に別の剣があったほうがいいかもしれんな」


 レイナンドさんは周囲を見回す。しかし、最近は修理ばかりしていた工房だ。いまライナーが使っているものに匹敵するものはなかった。


「坊主、何かいいものはあるか?」

「剣ですか? この前、練習で結構壊しましたからね。いま残ってるのは……、これだけですね」


 そう言って『持ち物』から取り出したのは、



【ヘルヴィルシャイン家の聖双剣『片翼』】

 攻撃力2

 片翼を失い、本来の力は失われている



 かつて迷宮の祭壇で手に入れた逸品だ。


「銘にヘルヴィルシャイン家ってあるので、ライナー向けだとは思うんですが、これ二本でワンセットの武器らしくて、これだけだと本来の力が発揮されないらしいです」

「ふむ。確かにこれだけでは魔石のバランスが悪いな。双剣を前提にして作られた剣か。しかし、いい剣だ。出来もよければ、使っている鉱石もいい。運の良いことに・・・・・・・、他二本との相性は悪くなさそうだ。間に合わせには十分……少なくとも、そう簡単に折れることはないだろう」


 レイナンドさんは片翼を受け取り、眺めながら鑑定する。

 僕の『表示』頼りの鑑定とは違い、レイナンドさんは剣の細部まで理解しているようだ。僕にわかるのは攻撃力とよくわからない説明までで、その剣の頑丈さなんてわからない。


「坊主、明日からそれを使えるように研磨しておけ。ついでに、ライナーが腰に下げられるように鞘に新しい帯革バンドもつけておけ」

「あ、はい。研磨してきます」


 返された『片翼』を持って、すぐに作業台へと向かう。

 下働きが身についている僕は、何の迷いもなくレイナンドさんの指示に従う。ただ、その剣を使うことになるライナーのほうから不満の声があがった。


「ちょ、ちょっと待ってくださいっ。いま僕は剣を二本も腰にさげてるんですよ? さらに剣を増やすんですか?」

「うむ、三本持っておけ。戦場ならば非常用の剣を持つのはよくあることだ。なに、おぬしの筋力ならば軽いはずだ」

「いや、確かに軽いですけど……、できれば僕は身軽のほうがいいんです。僕の戦闘スタイルは速さに任せて敵に突撃するタイプなので……」

「身軽であればあるほどいいというわけではない。それに、ぬしは若いのだから色々なスタイルを身につけてもいい。いいから三本持て。わしは嘘はつかん」

「えっと、その、それが遠い未来で役に立つのわかります。けど、いま必要なのは即戦力なんです。だから、僕は一点特化でいきたいなあと……」

「おぬしの一点特化の自爆芸は見ておれん。ぬしはどこかに飛んでいってしまわぬよう、いくらか重しをつけたほうが丁度いい」

「いや、だからっ……! わからない人ですね! いま僕は、他の戦い方にかまけている余裕なんてないってことです! 守護者ガーディアンやキリストと肩を並べるには、このスタイルを貫いてやっていくしかないんです!」


 年上相手だったので抑えていたライナーだったが、とうとう我慢しきれずに声を荒げた。それどころか、怒気を露にしてレイナンドさんに詰め寄る。

 先ほど成長を感じたばかりだが、やはりまだ一歩目のようだ。子供っぽいところは、まだ多く残っている。


「あ、ライナー。レイナンドさん、かなり強いから気をつけ――」


 意外だが、レイナンドさんは手を出すのが早い。ここで働いていたとき、何度か手刀チョップを貰ったものだ。

 このままでは僕の二の舞になると思い、注意しようと声を出したが、それは予想以上の光景によって掻き消される。


「ふむ。――《フレイム・アクセル》」

「ぎゃっ!!」


 レイナンドさんの大きなこぶしが赤い魔力を纏い、ライナーの顎を正確に打つ。そして、一撃で意識を刈り取り、ライナーはバタンと大きな音を立てて床に倒れこんだ。

 レイナンドさんはレベル30を超えている上、筋力に特化している。さらに千年前の未知の熱魔法っぽいものを使って加速していたため、流石のライナーでも耐えられなかったようだ。


「よし。あとは魔法道具のほうの調整だな」


 何事もなかったかのように、工房の床に転がったライナーの装備をレイナンドさんはまさぐりだす。論じるのが面倒だから、気絶させたままことを進める気のようだ。

 僕の視線に気づいたレイナンドさんは一時手を止める。


「む、坊主も止めるか?」

「……いえ、お願いします」


 少しだけ考えたあと、首を振って逆に頼む。

 ライナーの言っていたことは正しかった。けど、レイナンドさんの言っていることが間違っているわけでもない。これもまた、正しいだけでは解決しない問題だ。


 いまのライナーの戦闘スタイルは極端すぎる。

 今日明日の戦いだけならばそれでもいいだろう。だがライナーの人生は長く、まだ何十年も残っているのだ。長期的に見れば、身を削るような戦い方を変えるべきなのは明白だった。


 本来ならば、その忠告は僕の役目だろう。だが、それをレイナンドさんが代わりにやってくれたのだ。止めるどころか、お礼を言わなくてはいけないほどだ。


 そして、僕が『片翼』の鞘を加工している間、レイナンドさんは気絶したライナーから魔法道具を取り上げては、「こっちは使えるが、これはいらんな」「これも自決用か。壊すか」と勝手に選別していく。

 その作業と平行して、僕たちの迷宮探索の進行状況の確認も行う。 


「それで坊主、今日はどこまで行ったんだ?」

「えっと、五十六層までですね」

「なんだ、六十層台は軽くクリアしたのか。この分だと、すぐに地上まで行けそうだな」

「正直、六十層の守護者ガーディアンが協力的だったおかげです」

「ほう。出てきたのはどこのどいつだったのだ?」

「『光の理を盗むもの』ノスフィーです」

「ふむ、『御旗』のノスフィーか。あやつはどちらに転ぶかわからぬ印象だったが、どうやら何とかなったようだな。いや、坊主とは元は夫婦という話だから、当然と言えば当然か」


 どうやらレイナンドさんも僕とノスフィーが夫婦であったことを知っているようだ。この分だと、千年前の面子のほとんどが知っていそうだ。


「ただ、ノスフィーのせいでロードに色々とばれてしまいまして……。さらにノスフィーが、あと少しでこのヴィアイシアが崩れると言い出して、ロードが城に引きこもってしまいました……」


 ヴィアイシアの崩壊は『ここ』で生きる全ての人にとっては死活問題だ。街の最高齢であろうレイナンドさんには話しておくことにする。


「あと少しで『ここ』が崩れると、ノスフィーのやつがそう言っておったのか……?」

「はい、あと一ヶ月だと言っていました。もしかして、知っていたんですか?」


 衝撃の事実を伝えたつもりだったが、レイナンドさんは冷静だった。

 確認するように、自らの消失の数字をつぶやく。


「そうか。あと一ヶ月か。……いや、坊主が現れてから、薄らと予兆は見えておったからな。予想はしておったよ」

「ここは元々千年だけの世界として創られていたらしいです。そして、その寿命を延ばす方法は、僕の次元魔法しかないとノスフィーは言っていました」

「そうだろうな。ノスフィーは嘘をいっておらんと思うぞ」

「僕が空間系の次元魔法を使えれば、何とかなるらしいのですが……」

「坊主、ぬしは『ここ』のことは気にしてなくいい。いつ崩壊しようと構わぬと、わしらは覚悟を終えておるよ。……まあ、ロードを除いてだがな」


 自分の力量不足を悔やんでいると、その必要はないとレイナンドさんは僕の肩を叩いた。ただ、唯一人の例外があることも忘れずに伝えられる。

 僕は頼りになるレイナンドさんの意見を聞くため、その例外を救うためのプランを説明する。


「ロードは『ここ』の崩壊を受け入れようとしていませんでした。このままだと『ここ』と一緒に共倒れしてしまいます。……だから、早急にアイドをロードのもとに連れてこようと思っています。一ヶ月以内にアイドを連れてきて、ロードを説得して、どうにか地上に送り出してみせます。迷宮探索自体は順調なので、できない話ではないはずです」

「うむ。鬼門である守護者ガーディアンの層は終わったからな。そう無茶な話ではないだろう。あとは体調に気をつけて、油断なく準備するくらいか」

「ええ、この準備が終わったら、すぐに城へ戻って休んで、明日の朝、また迷宮へ行こうと思っています」

「早いな。明日、迷宮へ行くのか?」

「正直、嫌な予感がするので……。早く行かないといけないって、そう思うんです……」


 レイナンドさんが相手だからか、するりと弱音が漏れる。

 そうさせるだけの包容力が、目の前の老齢の鍛冶師にはあった。そして、忙しなく迷宮攻略の準備を行う僕を見て、鍛冶師は溜息をつく。


「はあ……。いいか、坊主。無理をするなとは言わんが、絶対に死んではならんぞ。生きておらんと、何もできんということを忘れるな」


 レイナンドさんは死んでから、『ここ』で存在し続けている。この千年、様々なことをす時間はあったはずだ。それでも「生きていなければ何もできない」と言う。

 実体験から出た言葉だろう。身をつまされる思いになる。


「坊主にロードを助けて欲しいと頼んでおいてあれだが……、それだけに囚われるな。ロードやノスフィーのことを心配するのはいい。しかし、自分のことをおろそかにするな。それでは誰も助けられぬまま、潰れてしまう。だから今日の夜は落ち着いて、よく考えろ。場合によっては、全てを切り捨てるつもりでもいい。所詮、『迷宮ここ』のことは千年前の話なのだ」

「切り捨てるつもりで……?」

「そこに転がっている若者のように、『ここ』は未来の希望に溢れているわけではない。『ここ』は墓場に近い、あとは終わり方の問題だけなのだ。おぬしたちに見限られても、わしは恨みはせんよ」


 柔らかい物言いで、僕たちの将来を優先する。

 ロードとノスフィーの諍いによって、僕が心身ともに疲労しているのをレイナンドさんは見抜いたのだろう。そして、さらに僕の許容範囲すらも見抜き、『ロードを救う』という自分の望みを撤回した。僕の負担を減らすため……。


「レイナンドさん……」


 正直、涙が出てきそうだった。

 ここ数日――いや、この異世界に来てから――いや、元の世界を合わせても、こんなに心配してくれた大人の人は初めてかもしれない。

 潤んだ目から涙がこぼれないように、僕はお礼を言う。


「ありがとうございます。レイナンドさんみたいな人がいてくれてよかったです」

「ふんっ。別にわしがおらんでも坊主なら一人で何とかしておったろうよ。わしの知っている『カナミ』という男はそういう男だった」


 ただ、その真っ向からのお礼を、レイナンドさんはそっぽを向いて受け取らない。少しだけ気恥ずかしそうに見える。


「そんなことないです。僕一人だけでは、簡単に駄目になります。けどレイナンドさんの言葉で、随分と楽になりました。その……、まるで父親みたいでしたよ?」

「ち、父親だとぉ?」


 僕の率直な感想を聞いて、レイナンドさんは目を丸くする。


「いや、僕には父親がいなかったので、なんとなくですけど……」

「坊主には父親がおらんかったのか……。道理でな……」


 正確には、父親が僕たち兄妹の子育てを放棄していた――だが、レイナンドさんは何かに納得したようだ。千年前の僕は、親からろくな教育を受けていないように見えるやつだったのかもしれない。

 いや、それはいまも思われているかもしれない。子供のように放っておけないからこそ、こうも心配してくれている気がする。


 そして、なぜだかそれは僕だけの話でないと感じた。僕だけでなく、ライナー、ロード、ノスフィーにも、レイナンドさんのような大人の人の言葉が必要だと思った。

 この四人の共通点、それはもしかすると――


「しかし、わしを父親と重ねるのは間違いだ。すぐにやめろ」


 それを思い至る前に、レイナンドさんの話の続きが始まる。


「わしは父親として失格だ……。結局、家族の誰一人も理解できなかった大馬鹿者だからな。だからこそ、一人だけ魂を磨耗することなく生きながらえておる。もし、坊主に子供が生まれたとしても、絶対にわしを手本になんてするな」

「それは難しいかもしれませんね。もうかなり尊敬してますから」

「わしと同じ大馬鹿者になるぞ……」

「レイナンドさんと同じなら、それもありかもしれません」

「……手遅れだったか」


 レイナンドさんは匙を投げるかのように首を振った。

 それを僕は微笑しながらも受け入れ、話している間に完成させたものを見せる。


「――やっと終わりました。ヘルヴィルシャイン家の聖双剣『片翼』を、ライナー用に完成させました。どうでしょうか?」

「うむ、文句なしの出来栄えだな。あとはライナーの魔法道具を選別して、足りないものを補充するだけだ」


 『片翼』の鞘に付けられた帯革バンドを確認したあと、レイナンドさんは工房の棚に常備されてある魔法道具を漁り始める。

 装備する当の本人を置いて、次々とライナーの装備が変更されていく。


 その途中、ふと僕は言葉を漏らす。


「……レイナンドさん。もし『ここ』が壊れるときになったら、一緒に地上へ行きませんか?」

「わしが、地上にか……?」


 この地下生活だけでなく、地上でも力になってほしい。そんな子供みたいな願望がこぼれ出てしまった。

 少しだけ恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。しかし、もう言ってしまった以上、その願望を最後まで言葉にしようと思った。


「はい。他にもレイナンドさんと同じように自意識が残っていそうな人たちがいたら、一緒に……。何もかも上手くいったら、そんな終わり方もありだと思いませんか? 墓場から出るくらいのつもりでいきましょうよ。ロードたちの行く末を見守りながら、また地上で鍛冶屋をやりましょう。知り合いの工房を教えますから」

「確かに、ロードのやつが幸せになるところを見届けることができれば一番だが……」

「それに……、ロードだけじゃなくて、レイナンドさんのやりたいことも叶えましょう」


 いつもレイナンドさんは他人のことばかり心配している。

 もっと自分の幸せのことも考えてもいいはずだ。


「わしのやりたいことか……」


 レイナンドさんは自らの幸福について顧み、物を探す手を止めて遠い目をした。

 もう何十年も、いやそれ以上の間、そんなことは考えたことがなかったのだろう。十分な時間の静寂のあと、ゆっくりとやりたいことを教えてくれた。


「ならば、そのときはベスのやつも連れて行くか。少しでも、やり直せるかもしれん……」

「やり直せます……。きっと……」


 結局、出てきたのは自身とは違う名前。誰よりも先に孫娘の名前を口にした。

 やはり、レイナンドさんはレイナンドさんだと思いながら、それ以上の追求はやめて、その願いが叶うことを祈った。


「ふむ。……それで坊主、いま地上どうなっておる?」

「いま迷宮の上には連合国という大きな国ができてます。冒険者、というか探索者がたくさんいますので、腕のいい鍛冶師は引っ張りだこになると思いますよ。あとは……――」


 そして、ライナーの装備改造計画を進めながら、同時に地上の話で盛り上がっていく。


 上手くいけば、きっと全員で地上に帰ることが出来る。

 その明るいビジョンを十分に話し合ったあと、今日手に入れた魔石を換金してもらい、笑顔でレイナンドさんに別れを告げて、工房から出て行く。


 強制的に装備変更された気絶中のライナーを背負ったまま、街でお金を食料に変えていく。少し街の人たちに怪しまれたものの、気絶しているのがライナーとわかると納得した様子を見せた。どうやら、この数日でライナーが酷い目に遭っているのは普通となっているらしい。


 そのまま、僕は城まで戻る。

 ロードは保管庫で猫のように丸まって眠っており、ノスフィーは先ほどベスちゃんのいた花畑に腰を下ろして一人で空を見上げていた。

 黒い空のせいで正確な時間はわからないが、もう夜に近い。

 このまま就寝しようと、自室のベッドにライナーを放り捨てたあと、ソファーに寝転がる。


 目を瞑る前に、今日までの成果を確認する。



【ステータス】

 名前:相川渦波 HP353/353 MP1165/1165-200 クラス:探索者

 レベル25

 筋力14.01 体力15.54 技量20.77 速さ25.87 賢さ20.79 魔力45.23 素質6.21

【スキル】

 先天スキル:剣術3.79

 後天スキル:体術1.56 次元魔法5.33+0.40 魔法戦闘0.79

       感応3.56 指揮・・0.89 後衛技術・・・・1.01

       編み物1.15 詐術1.34 鍛冶1.00 神鉄鍛冶0.56



 何より、一番の成長は『魔力』――それに合わせたMP量の上昇だ。もちろん、単純なステータスだけでなくスキルの数値も上昇している。

 スキル『鍛冶』が一人前と言える数値になり、いつの間にかスキル『指揮』『後衛』が増えている。ただ、直接戦闘系のスキルは全く上がっていないようだ。

 ライナーのほうは……、



【ステータス】

 名前:ライナー・ヘルヴィルシャイン HP409/409 MP102/281 クラス:騎士

 レベル27

 筋力14.04 体力10.21 技量11.76 速さ16.88 賢さ13.40 魔力10.76 素質3.87

【スキル】

 先天スキル:風魔法2.57

 後天スキル:神聖魔法1.27 剣術2.38 血術1.12 

魔力操作・・・・0.89 集中収束・・・・0.56

       最適行動1.22 不屈1.11



 順調に成長している。

 僕と違って直接戦闘系のスキルの伸びが激しい。ロードから教わったおかげか『風魔法』の数値が一気に0.50近く上がっている。いままで、色んなステータスを見てきたが、短期間にここまで数値が上昇しているのは珍しい。さらに『魔力操作』と『集中収束』まで手に入れているのは、流石は『風の理を盗むもの』の弟子と言った所か。

 いや、それだけじゃないか。

 ベッドにたてかけられた三本の剣の内の一つを見る。



【アレイス家の宝剣ローウェン】

 守護者ガーディアンローウェンの魔石をあしらった剣

 攻撃力27

 攻撃力は装備者のレベルと同値になる。

 装備者はローウェン・アレイスの剣術を想起可能

 形状変化可能 装備者に地魔法+2.00



 『地の理を盗むもの』の弟子でもある。そのおかげで、スキル『剣術』が大幅に上昇している。アレイスの剣を完全にマスターしている僕では、こうも急上昇はしなかっただろう。目論見どおりだ。欲を言えば、地属性の魔法を身につけて欲しかったが、そこまで上手くはいかなかったようだ。いま、彼は風属性の魔法の習得に手一杯だ。

 そして、最後に残りの二本も確認する。



【シルフ・ルフ・ブリンガー】

 攻撃力11

 装備者の風魔法+0.50 

 装備者の風属性魔法の魔力消費量に-33%の補正

 装備者の風属性耐性に+40%の補正

 

【ヘルヴィルシャイン家の聖双剣『片翼』】

 攻撃力2+1

 片翼を失い、本来の力は失われている

 ライナー・ヘルヴィルシャイン用



 身に付けているものが大きく様変わりしたため、明日の最初のほうの戦闘は難儀することだろう。だが、それも最終的には彼の力になるはずだ。


「今日は大変だったな……。千年前の僕も、このくらい大変だったのかな……」


 ソファーの上で一人ごちる。

 あまり考えないようにしていたことだが、真剣に千年前のことを思い出そうとする。地上と違って、ここは余りに千年前の名残が多い。少し余裕が生まれれば、自然とそちらに思考が偏っていく。


 なにより、二人の守護者ガーディアンロードとノスフィーの存在が大きい。

 彼女たちの千年前が気になる。

 正直、まだ二人の違和感は消えていない。


 もっとロードもノスフィーも違ったように感じる。

 あんなに子供のようではなく、もっともっと大人だった気がする。

 そう……、確か、あいつらは……、


「――っ!」


 ――頭から静電気のような小さな痛みを感じた。


 同時に鮮明な守護者ガーディアンたちの姿が脳裏に浮かぶ。

 それはいまみたいな質素な布で身に包んだ二人ではなく、王に相応しい豪奢な装いの二人の姿。


「そうだ……。あのときに出会ったんだ……」


 少しずつだが、思い出していく。

 その現象を僕は知っている。

 レベルアップにより僕の魂が以前の始祖カナミに近づいていたことで起きる想起フラッシュバック

 魔力を得た『次元の理を盗むもの』の魔石が、本来の力を取り戻してるのだ。


 それを理解すると同時に、僕は目を瞑る。

 その現象を最大限生かす方法を本能的に理解していた。


 記憶の整理に最も最適な場所へ向かう。

 深層心理の沈む闇の底。

 『千年前の夢』に至るため、睡魔に抗うことなく眠りについたのだった。


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