166.パリンクロン再会


 先頭を駆けるのは僕。

 砦に並ぶ建物の屋根上を跳び、水切りの石のように加速していく。風を裂く音が轟々と耳に鳴り響き、焼けるかのような風の抵抗が全身を打つ。


 狙うは奇襲。

 何度もパリンクロンや守護者ガーディアンたちにされたことを、今度は僕たちがし返す番だ。


 僕の目標は砦の中庭にいるシス一人。他には目もくれず、防壁を飛び越え、建物の屋根上を駆け抜け、最短距離を最速で駆け抜ける。


 僕たちが砦の領内に入ったところで、使徒シスだけが侵入者に気づいていた。ぴくんと耳が震えて、反射的に身体を翻そうとする。次元魔法使いではないというのに鋭い感知能力を持っているものだ。

 しかし、もう遅い。


 加速によって砲弾と化した僕が、中庭へと着弾する。

 着地地点は、シスの身体だ。


 シスは翻りながら、咄嗟に白い翼を形成して逃げ出そうとした。しかし、その翼で飛び立つよりも先に、僕はその白い翼を蹴る。

 弾丸のような速度に人外の膂力の加わった飛び蹴りは、恐ろしい破壊力を生みだす。


 翼から魔力の羽毛が散る。

 鉄板に穴を空けるほどの蹴りが直撃した。

 しかし、足に返ってくる感触は、ダイアモンドを蹴っているかのような硬さ。

 

 シスは寸前のところで防御に成功してみせた。

 流石は伝説に語られる登場人物といったところだろう。


 ただ、その蹴りの衝撃だけはどうしようもない。

 僕とシスは、そのまま絡み合うように、庭の土を削りながら転がる。


 そこで、ようやくパリンクロンとアイドが敵の襲撃の存在に気づいていた。


 もつれ合い転がりながら、僕は両手をシスの喉へと伸ばす。それに気づいたシスは、転がりながら魔法を編んだ。


「――ディ、《ディヴァインシールド》!!」


 光の防御壁が間に発生し、あと少しというところで僕の両手は食い止められる。

 初手で失神させる作戦は失敗に終わった。失敗だが、予定通りでもある。


「――《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》!!」


 光の防御壁へ直に触れ、干渉する。壁を崩すために、魔法の構築をずらそう・・・・とする。

 当然、そう簡単に『魔法相殺カウンターマジック』は成功しない。異常な量の魔力が光の防御壁に注ぎ込まれ、僕の干渉を力技で弾く。

 恐ろしい魔力の密度だが、シスの余裕がなくなっているのは確かだった。その顔に汗が薄らと流れている。この防御壁が消えたら、僕を相手に肉弾戦をしなければならないのだから抵抗も必死だ。


 そして、地面を抉るかのようにブレーキと共に、庭の上を転がっていたのが止まる。だが魔法は止まらない。


 僕がシスの上に覆いかぶさる形で、魔力による鍔迫り合いが発生する。

 白と紫色の魔力が拮抗する中、シスは話しかけてくる。奇襲に驚きはしたものの、このまま魔力の競い合いになれば自分が勝つと確信しているのだろう。


「は、早いわねえ、盟友! ちょっと驚いたわ!」


 だが、そのお喋りにつき合う気はない。


「マリアっ、手伝ってくれ!」


 獣化したセラさんの背中に乗ってきたマリアが、遅れて庭へと降り立つ。

 そしてすぐに火炎魔法を放つ。


「――《フレイム》!!」


 その炎は僕ごと使徒シスを焼こうとする。

 シスは慌てて神聖魔法による防御壁を構築する。


「――《インビラブルフィールド》!」


 冷気と火炎の二重の魔法攻撃にシスは顔を強張らせた。

 僕たちのパーティーで考えられる最大の妨害と最大の火力だ。

 しかし、それでもシスの魔力の壁は突破することができない。


 それも予定通り。次に僕は、助けるべき仲間の名を叫ぶ。


「ディアっ、聞こえるか! 助けに来た! 聞こえてるなら、返事をしてくれ!!」


 ディアの顔のすぐ傍で名前を呼ぶ。すると、少しだけシスは顔を歪めた。

 続いて、マリアも轟炎と共に訴えかける。


「情けないですよ、ディア! 使徒くらい気合で抑えられないんですか!?」

「ちょ、ちょっと! ――くっ、う、うぅ! そういう揺さぶりは卑怯じゃない!?」


 自分の所業を棚に上げて、シスは僕たちの戦法を非難する。

 シスの白い魔力が弱まっていくのを感じた。シスの中にいるディアが抗っているのを感じる。シス本人も言っていたように、やはりこの小さな身体の中にディアは確かに生きているのだ。

 このまま二対一の鍔迫り合いを――いや、三対一の鍔迫り合いを続ければ勝てる。そう思わせるだけの優位を感じた。


 奇襲のおかげで、形勢は悪くない。

 呼びかけと共に、シスへ魔力をぶつけ続けることを決める。


 なにより守護者ガーディアンと違い、シスのMPの減少を『表示』で見れるのが大きい。目に見えてシスのMPは減少している。ディアブロ・シスのステータスを見る限り、あと三十秒もすれば彼女のMPは0になるだろう。

 奇襲作戦は成功した。


 ただ、心配があるとすれば、僕たち以外の要因。

 僅かに《ディメンション》を庭へと広げて、他の戦いへ注意を向ける。


 離れたところでパリンクロンが頭をかいていた。

 僕たちへ近づこうとして、獣化を解いたセラさんとスノウに立ちふさがられて困っているところだった。


「あー、やっぱり足止めにはならなかったか。しかも、全員でご登場とはきっついなぁ」


 いつもの飄々とした態度で、軽口を叩いている。

 少し会わなかっただけで随分と雰囲気が変わった気がする。『エピックシーカー』にいた頃とは服装が異なり、重々しく堅苦しい雰囲気だ。おそらく、将軍職についている人間専用の服なのだろう。飄々とした態度は変わらないのに、威厳が増している。


「動くなよ、おまえら。こいつらも十分やばいからな。手を出したら、簡単に死ねる」


 庭の隅に控えていた兵たちが動き出そうとするのをパリンクロンは一言で抑える。

 嫌味なやつだが、統率力は相変わらず高い。


 最後に会ったのは『エピックシーカー』本拠。

 記憶について問い詰めたとき以来だ。


 また同じように問い詰めたい欲求に駆られる。

 しかし、自分はシスの相手に徹底し、パリンクロンは仲間たちに任せる。


 セラさんとスノウが武器を手にとり、声をかける。


「馬鹿を止めにきてやったぞ、パリンクロン」

「ん、久しぶり」

 

 上手い位置取りだ。二人が壁になっているため、パリンクロンはシスやアイドに合流することができない。

 とりあえず二人はパリンクロンの足止めに徹することになっている。


「……はあ。やっと助かったと思ったら、最後はカナミの兄さんたちかよ。ちょっと姪っ子に手紙を出しただけだぜ? なんだこれ」


 ため息と共に、パリンクロンは現れた六人を見渡していく。その誰もが一筋縄ではいかない敵であるとわかり、うんざりしているようだ。


 じりじりと後退しながら剣へ手をかけようとするパリンクロンに、少し遠くから守護者ガーディアンのアイドが声をかける。


「ふうっ、自分もびっくりしました……。しかし、入り乱れてきましたね。パリンクロン・レガシィ、その姿のままでは一方的だと思いますよ。先に『半死体ハーフモンスター化』したほうがいいのでは?」

「勝手なこと言うなよ……。こんな衆人環境の中でできるわけねえだろ。こっちにはこっちの予定があるんだっての」


 そのまま、アイドは歩いてパリンクロンに合流しようとする。

 しかし、それはラスティアラが許さない。

 進行方向に立ちふさがり、好戦的な笑みを浮かべて剣を抜いた。


「行かせないよ。ひょろながの守護者ガーディアン

「むむっ? この布陣。もしかして、自分も敵に見られていますか?」


 アイドは足を止めて、自分の状況を確認する。


「当たり前。あんたが私たちに何をしたのか、もう忘れた?」

「あれは治療魔法だったんですって言っても聞いてくれなさそうですね……。自分は中立だと主張したいのですが……」


 このままパリンクロンに近づけば戦闘になるとわかり、逆にアイドは離れていく。パリンクロンへ協力する意思は全く見られなかった。

 そして、戦意のないことをアピールして、両手をあげる。

 この異世界でも、それは降参を意味する。


「では降参です。私は帰ります。聞くべきことは聞けましたからね」


 ラスティアラは油断なく敵を見続けている。

 しかし、アイドを追いかけはしない。アイドは優先順位が最も低い敵だ。帰ると言うなら帰してもいいとラスティアラもわかっているのだ。


 不満の声を出したのは僕たちではなく、パリンクロンだった。


「ま、待ってくれよ、アイドさん。ここで帰られると、俺の負担が増える。もうちょっとそこに立っててくれないか?」

「すみませんね。使徒関連のことは自分に関係ありませんので」


 あっさりとアイドは断る。

 そして、庭の端まで退いたところで、最後の確認を僕たちにとる。


「帰ってもいいですよね?」


 ラスティアラは一瞬だけ目線を僕へと向ける。

 だが僕はシスを相手に手一杯だ。顔を向けることなく小さく頷くだけで、ラスティアラにあとを頼む。

 それを確認したラスティアラは僕の意思を代弁する。


「うん。何もせずに帰るなら、追わないかな」


 その言葉と共にアイドへの殺気を収める。

 アイドは安心した様子で、にっこりと笑い、そのまま庭から出て行く。跳ぶわけでもなく、防壁を登るわけでもなく、普通に砦へと入って歩いて帰っていった。

 あの様子だと、本当に自分には関係ないと思っていそうだ。


 魔力の鍔迫り合いをしている間に、三対六が二対六に変わった。

 状況が変わり、僕の下で寝転がっているシスも要望を出してくる。


「……ち、ちなみに私も逃げたいのだけど?」

「馬鹿言え。おまえはディアを置いていくのが条件だ」

「置いていけないから、こうなってるのよねー……。こっちにあの『魔石人間ジュエルクルス』も足されると、正直きついわね……」


 弱音を吐き出したシスを見て、状況が好転しているとわかる。

 もうシスのMPは半分を下回っていた。先に枯渇するのはシスで間違いない。僕とマリアのMPも凄い勢いで減っているものの、魔力の鍔迫り合いは僕たちが押している。

 あと十五秒もすればシスのMPは0になり、押し切れる。


 このままいけばシスを捕縛したあと、全員でパリンクロンを囲める。

 予定の中でも最上に近い状況だ。


 それをパリンクロンもわかっているのだろう。

 苦々しい顔で動き出す。

 

「――仕方ない! 使徒っ、用意した『魔法陣』を発動させる!」


 『魔法陣』。

 つい最近聞いた単語だった。


 その単語を聞き、目と鼻の先のシスが顔を青くして、声を漏らす。


「え、ちょ、ちょっと! こんなところで――!?」


 憎たらしいシスが、こうも顔を歪ませるのは初めてのことだった。

 その表情はパリンクロンの『魔法陣』とやらの危険性を知るのに十分だった。


「軽くだ、軽く! 陣の端のここなら、たぶん軽くで丁度いい!」

「待ち、なさい――! それをすると、私のディアちゃんが危ないでしょうが!!」

「そっちも、そのほうが逃げやすいはずだ! ……たぶん!」

「あ、あの野郎……!!」


 シスが焦っていく一方の中、パリンクロンは魔法構築しながら距離をとり続ける。

 足止めだけを指示されていたセラさんとスノウも、パリンクロンの不安の募る発言を前に、攻めるか否かを迷っていた。


 僕も迷う。

 明らかにシスよりもパリンクロンのほうが危険に感じる。

 アイドの撤退によって余裕が出来ている。順番を変えて、パリンクロンを昏倒させてからシスに取りかかるべきか――


 ――いや、それはない。


 パリンクロンは人の心の隙を突くのが上手い。

 乱戦の中で注意を引くなんて、お手のものだろう。

 いまの発言自体がはったりで、シスを助けようとしている可能性もある。


 即座に僕は全員へ指示を出す。


「僕とマリアで、このままシスをやる! リーパーとラスティアラはパリンクロンの方へ行ってくれ! パリンクロンの魔法構築の邪魔をするんだ! 死んでも仕方ないくらいで!」


 ラスティアラはアイドを撤退させたあと、迷った末に僕の方へと走ってきていた。しかし、それを制止して、パリンクロンへ攻撃するように頼む。

 

「わかった! ちょっとあいつ斬ってくる!!」


 ラスティアラは踵を返して、パリンクロンの方へと向かう。

 その後ろへリーパーもついていく。ただ、リーパーは《ディメンション》でこちらにも注意を向けているようだ。最初に宣言したとおり、全体を見て動くつもりなのだろう。


 こうして、状況は一変する。

 パリンクロンはスノウ、セラさん、ラスティアラ、リーパーという大陸で戦いたくないランキング上位を占めてそうな四人を相手にすることとなる。


 迫りくる四人の敵たちに対し、パリンクロンがとった行動は依然として魔法構築だった。むしろ、距離をとるのを止め、地面へ手をついて魔法構築に集中し始める。 

 驚くことに、パリンクロンは敵前で完全に無防備となった。魔法構築だけに意識を傾けている。


 その隙だらけのパリンクロンへ最も近くにいたセラさんが、最初の攻撃を行う。パリンクロンには直接れないことを厳命していたため、狼状態のときに身体へ巻きつけていた剣で攻撃をしかける。


 凶刃がパリンクロンの皮膚へと近づく。

 しかし、それでもパリンクロンは無防備なままだ。


 ゆえに・・・セラさんは、振りかぶった剣の勢いを緩めてしまう。


 右肩から左腹部まで、浅くパリンクロンの身体が斬り裂かれる。

 その間もパリンクロンは魔法構築を続けていた。

 セラさんは苦虫を潰した顔で、パリンクロンに怒鳴りつける。


「――き、貴様!」


 セラさんの性格をよく理解している防御方法だった。

 模擬戦ではパリンクロンに負けたことがないと言っていたセラさんだが、こと実戦においては勝てないと確信する。

 僕と同じで、戦うには甘すぎる性格が邪魔をしている。

 相手が動いてくれないと攻撃もできないほど――致命的なまでに、殺し合いに向いていない。


 今度こそ斬ってみせると誓い直した表情で、セラさんはパリンクロンに返しの剣で斬りかかる。

 それでもパリンクロンの余裕は揺らがない。腰の剣を抜こうともしない。地面についていないほうの腕を差し出すだけで、セラさんの剣を受けてみせた。


 パリンクロンの腕の骨とセラさんの剣がぶつかり合う音が鳴る。

 剣は肉を裂いたものの、骨までは断てていなかった。


 パリンクロンは片手間で、セラさんの攻撃を二度も完全に防いでみせた。


 迷いのあるセラさんの剣ならば腕を断ち切られないと即座に判断したのだろう。もちろん、半守護者ハーフガーディアンの自分の身体ならば大丈夫だという計算もあるかもしれない。しかし、つい最近まで人間の身体だったというのに、その防御を迷いなく選んだ胆力は異常だ。


 いまもなお、表情を変えることなく魔法構築を行っているパリンクロンに、セラさんはたじろぐ。

 こちらに一瞥もくれていない敵に、二度も完璧に防がれたのだ。屈辱だろう。


「どいて、セラさん!」


 続いて、二番目に近かったスノウが近づく。

 スノウの性格ならば遠慮のない攻撃ができる。それを知っているセラさんは、言われるがままにパリンクロンから離れた。もちろん、顔は苦渋に染まったままだ。


 スノウは迷いなく全力の攻撃を放つ。

 パリンクロン対策で布に包まれた拳が、パリンクロンを襲う。


 たとえ相手が無防備でも、スノウは迷いなく腕を振りぬく。それをわかっているパリンクロンは、肉を裂かれた腕を差し出してスノウの拳を受け止めた。


 ぐにゃりとパリンクロンの腕が、粘土のように歪む。

 竜人ドラゴニュートの膂力によって骨は砕かれ、吸収しきれなかった衝撃がパリンクロンの頭部を打つ。

 ボールを打ったかのように、パリンクロンの身体が浮く。

 庭の上を三度ほどバウンドして、十メートル近く吹き飛んだ。


「――っ!!」


 声にならない悲鳴があがる。

 ただ、悲鳴をあげたのは攻撃を受けたパリンクロンでなく、周囲で見守っていた砦の兵たちだ。


「さ、参謀さん!!」

「将軍、見てられません!!」


 数名ほど、上司の命令を無視して走り出す。

 そして、追撃に向かおうとしていたスノウの前へ立ちふさがった。


「――っ! あの馬鹿たちがっ!」


 どれだけ猛攻を受けようとも何一つ反応しなかったパリンクロンが、小さく悪態をついた。


 しかし、すぐに冷静さを取り戻し、また無表情で詠唱を再開する。

 身体から流れ出る血が、庭へと浸透していく。

 パリンクロンの血を吸い取った庭が、淡く輝き始める。


 正確には庭でなく『魔石線ライン』が光っている。迷宮の『正道』ほど濃いものはないが、この砦にも薄らと『魔石線ライン』が通ってある。それがパリンクロンの魔力に反応していた。


 パリンクロンの魔法を完成させまいと、次にラスティアラとリーパーが斬りかかる。

 堪らずパリンクロンは、舌打ちと共に無事なほうの腕で剣を抜いた。


 リーパーは闇に紛れて姿を消し、ラスティアラは相方を活かすために正面から斬りかかる――が、パリンクロンは後方からのリーパーの攻撃を屈んで避け、ラスティアラの剣も防いでみせた。

 ステータスの数値を越えた見事な防御だ。防がれた二人も驚いている。


 とはいえ、ラスティアラの馬鹿力を受けきることはできず、パリンクロンは体勢を大きく崩してしまう。


 その隙を二人は見逃さない。

 追撃が迫ってくるのに対して、パリンクロンは自らの傷口に手を入れて拡げた。


 剣を持った手で器用に血をすくって、向かってくる二人へと散らす。

 二人は反射的に血を大きく避ける。事前に僕とティーダの戦いを聞いていた二人は、それに触れないことを最優先した。おそらく、ティーダの黒い液体に触れるのと同じ効果があると思ったのだろう。


 せっかくの隙を二人は逃してしまう。

 けれど、すぐに二人は気を取り直して追撃を繰り返す。――繰り返すが、パリンクロンが動けば動くほど血が散っていく。その全てを避けなければならないため、ラスティアラもリーパーも攻めあぐんでしまう。


 血というアドバンテージがあるとはいえ、パリンクロンが猛攻を凌げているのは異常だった。

 剣術以外の要素が関わっているのは間違いない。

 《ディメンション》で観察していると、相手の剣を見ることなく防ぐときがある。おそらく、その身の経験をフルに使って、敵の動きを予測しているのだろう。二人の性格を読んでいなければ、ありえない防御が何度も起きている。

 その人間観察力の高さに戦慄が走る。


 時間にして数秒。

 しかし、パリンクロン本人にとっては数時間には感じるであろう攻防が過ぎていく。


 その攻防が、一瞬だけ途切れる。

 ラスティアラとリーパーが手を緩めたのではない。

 新たに参入する仲間のために、タイミングを作ったのだ。


 空気が止まり、影が飛ぶ。

 スノウの跳び蹴りがパリンクロンの背中へと襲いかかる。目の前の二人に集中していたパリンクロンは、それをまともに食らってしまう。


 またボールのように庭を跳ねるパリンクロン。


 スノウが居た場所では、セラさんが砦の兵たちと戦っていた。どうやら、冷徹になりきれないセラさんに兵の処理を任せ、スノウは一人だけ包囲を飛び出したようだ。


 砂埃をあげながら、パリンクロンは庭を転がり、僕の近くで止まった。


 ボロボロになったパリンクロンが、すぐ傍で倒れている。

 将軍の証であろう立派な服は血と泥にまみれ、袈裟斬りにされた胴体から赤黒い血がとめどなく流れている。裂かれた腕はあらぬ方向へと折れ、擦り傷だらけの顔は青白い。折れた骨が内臓に刺さったのか、口から血が溢れている。HPを見るまでもなく瀕死であることがわかる。


 圧倒している。


 パリンクロンがスノウたちの攻撃に対応できていないのは明らかだ。

 あれから僕たちは強くなった。迷宮に潜り続けたことでレベルは上がり、精神的にも成長した。

 それが如実に結果として現れている。

 そう、見える――


 だが、嫌な予感は止まらない。

 なぜなら、いまにも死んでしまいそうな状況で、すぐ傍に僕がいるという状況で――それでもパリンクロンは魔法構築を止めていない。

 『魔法陣』とやらを使うための詠唱を小さく口ずさんでいる――


 剣を伸ばせば届く。詠唱は止められる。

 しかし、それをしてしまえば、シスを押さえ込んでいる状況が解けてしまう。


 ほんの僅かな時間だけ迷った。


 確かに、瀕死のパリンクロンが近くにいるのはチャンスだ。

 けれど、目の前には苦悶の表情を浮かべるシスもいる。シスを捕縛する絶好のチャンスでもある。


 あと数秒なのだ。

 シスのMPが0になるまで、もう少し。

 いま動けば全てが台無しになる。

 

 だから、僕はパリンクロンの詠唱を見送る。

 

 ――見送ってしまった。

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