162.失踪


 一息の間もなく、シスまでの距離を詰める。その勢いのまま、剣を握っていないほうの手でシスへと掴みにかかる。


 シスは後退しつつ、それを慣れた様子でいなした。

 一瞬のやり取りだが、明らかな異常だ。目の前にいる存在がディアと同じステータスならば、いまの掴みを避けられるわけがない。速さと技術は圧倒的に僕の方が上なのだ。


 けれど、このくらいは予想済みだ。

 僕は驚くことなく右手の剣を振るう。足に重傷を負わせて、拘束しにいく狙いだ。


 その一閃をシスは軽く受け止める。

 かつんと空洞の円筒を叩いたかのような軽い音が鳴り、剣は弾かれた。


 受け止めたのは魔法でもなく剣でもなかった。

 光り輝く白い腕――。

 その白い腕の強度に僕は驚く。

 この『アレイス家の宝剣ローウェン』は迷宮深層のクリスタルも容易く裂く剣だ。その一閃を弾かれた。そして、その一閃に何の迷いもなく腕を差し出したシスに恐れを感じる。

 

 シスはにやりと笑って、僕から距離を取る。その後退方向から、部屋の窓から逃げる気であることはすぐにわかった。


「――《フレイムアロー》!」


 しかし、その逃亡ルートはわかりやす過ぎた。

 シスの動きを呼んだマリアが、その逃げ先に魔法を置いていた。


 生易しい魔法ではない。

 魔法は初歩的な炎弾。しかし、マリアの高い魔力によって、その炎弾は溶岩の塊と化していた。その魔法のサイズは、大型モンスターも一瞬で蒸発させるほど大きい。


 死にさえしなければ全治何ヶ月になろうが関係ない。そんな容赦のなさを感じる魔法だ。


 動きを読まれたシスは避けきることができず、それに直撃する。ただ、食らう直前に背中の翼が動いていたのが見えた。

 その光の翼で身を包んでいたことから、なんらかの防御手段を行使したはずだ。


 凶悪な炎弾がシスを包み込み、館の壁ごと燃やし尽くす。

 そして、炎に包まれたシスは、そのまま館の外へと放り出される。


 僕とマリアは、この程度では倒せていないという確信の下、追撃へかかる。空いた館の壁を抜け、庭へと出る。

 庭はアイドの魔法によって、まだ草原と化したままだった。その草に飛び火し、庭が燃え出す。《ディメンション》の情報によれば、後方の館にも火が点いていた。


 炎弾を食らったシスは火達磨になっていた。しかし、光の翼を大きく羽ばたかせることで、その炎全てを簡単に振り払った。


 現した姿に火傷一つなかった。

 だが、そんなことはわかっている。息をつかせる間もなく、左右から僕とマリアが襲いかかる。


「――魔法《氷結剣アイスフランベルジュ》!」

「――《フレイムフランベルジュ》!」


 凍てつく刃と燃え盛る刃の挟撃。


「――《ディヴァインサークル》!」 


 シスは魔法で対抗する。

 宙に光の円輪が二つ浮き、僕たちの刃を防ぐ。

 まるで山を叩いているかのような感触。全力の刃を弾かれ、僕とマリアは後方へと押し戻される。


 隙を見せてしまった――が、立ち位置がよかった。挟み込んでいる状況のおかげで、シスは迂闊に背中を見せることができず、立ち止まったままだった。

 僕とマリアの猛攻を背中に貰うのを嫌がっているのがわかる。


 それを理解した僕たちは、ゆっくりとシスへの距離を詰めていく。

 その慎重な立ち回りを見て、シスは嫌そうな顔をする。


「いいチームワークね。二人はもっと仲が悪いのかと思ったわ」


 勝手に僕とマリアの仲が悪いと思われていたようだ。だが、そんなことはない。

 僕が前衛でマリアが後衛という形は、ペアでの破壊力だけで見れば、パーティーの中でトップクラスだ。


 次にシスは自分の身体を眺める。

 とても不満そうに・・・・・・・・


「ただ、それ以上に問題なのは私のほうね。呪術『集中収束』が妙にばらついてて、動きにくい……。なんで、こんなに筋力へ集中しているのかしら。私は武器を持って戦うキャラじゃないのにね」


 そして、パチンと軽快に指を鳴らす。


「――仕方ない。振り直すわ・・・・・


 その表現は僕に元の世界のことを思い出させた。

 正確には元の世界にある『ゲーム』のことを。


 シスは身体を発光させて、身の魔力の出し入れを繰り返した。

 反射的に僕は『注視』する。



【ステータス】

 名前:ディアブロ・シス HP142/142 MP1489/1672 クラス:使徒

 レベル20

 筋力0.21 体力0.41 技量0.24 速さ0.44 賢さ1.00 魔力112.67 素質5.00



 言葉通り、振りなおされたステータスがそこにあった。

 身体能力が日常生活を送られるか不安なレベルにまで落ちている。しかし、他の全てを捨てた代わりに、ただでさえ特化されていた魔力が更に特化されていた。


 魔力100.00超え。

 そこへスキルの効果も足されるだろう。

 もはや、何が起きても不思議ではない。 


 そう。

 例えば、ラスティアラから聞いた神話にも似た魔法さえも可能だろう。

 なにせ、ここにいるのは本人だ・・・


「さあて、まともに戦るのは久しぶりね。けど、昔と比べて盟友の『変換結果ステータス』が低いわね。あははっ、ちょっと嬉しいかもっ。『魔力変換レベルアップ』に関しては、いつも盟友に敵わなかったものね!」


 淡い発光と共に、可視化された白い魔力が身体から霧のように噴出する。その圧倒的な魔力の密度は守護者ガーディアンにも負けていない。

 いや、質だけで言えば、この白い魔力のほうが上回っている。この何の混じり気もない魔力は、余りに洗練され過ぎている。


 表現するならば何の迷いも未練もない魔力。


 試すまでもなく、魔法戦で僕が勝てるとは思えなかった。

 遠くで延々と魔法を使われる前に、僕は大地を蹴って距離を詰める。


「マリアっ! 援護をもっと頼む! さっきくらいのでいい!!」

「いいんですか、一帯が燃えますよ!?」

「緊急事態だから仕方ない! 館は使ってないって言ってたから、たぶん大丈夫だ!」

「なら遠慮なくやりますっ、――《フレイムアロー》!」


 火炎魔法と共に、シスの懐へ潜り込む。

 そして、《ディメンション》を強めて隙を探す。

 まずはシスを動けなくしなければならない。ディアを取り戻す方法は、拘束したあとにでもゆっくり探せばいい。


「――《ディヴァインシールド》」


 しかし、隙は見つからない。

 僕の剣を光の翼が弾き、火炎魔法は光の盾が弾く。

 その先には光の腕もっているのだから鉄壁と言っていい。


 それでも僕は剣を振るい続ける。もはや手加減の余裕もなく、ローウェンの剣術を最大限に解き放っている。


 目に留まらない高速の剣の閃光。

 翼と剣が何度もぶつかり合い、明滅を繰り返す。

 おそらく、この地上にこの剣を防げる剣士はいない。しかし、それでも届かない。


 身を被うほどの光の翼。伸縮自在の光の腕。そして、神聖魔法による大量の防御膜。

 これではいかに剣が速かろうと意味はなかった。単純に物理的に隙間がないのだ。


 《ディメンション》で防御の薄いところを斬りかかっているものの、突破できる様子はなかった。


「くそっ!」


 僕は悪態をつきながら『並列思考』で攻略方法を考える。

 まだいくらでも手はある。その中から最適な手段を選び続ければ、いつかはこの鉄壁にも穴が空くはずだ。


「必死ね、盟友。そんなにディアちゃんが大事?」


 猛攻をしかける僕を見て、シスは涼しげな顔で魔法を構築しながら聞いてくる。


「当たり前だ!」

「……へえ。……本当に?」

「……何が言いたい!」


 その余裕ある様子に苛立つ。

 すぐにでもこの鉄壁を破ってやろうと、新たな魔法を編もうとする。


「なら、なんでもっとディアちゃんを大切にしなかったの?」

「――っ!?」


 しかし、冷水のようなシスの言葉によって、僕の魔法構築は一瞬止まる。

 聞き捨てならない言葉だった。


「盟友がディアブロちゃんのことをもっと大切にしていたら、きっと私の降臨はもっと先になってたはずよ? 流石の私も、心に隙がないと降りられないからね」


 淡々とシスは語る。

 その言葉に動揺してしまう。

 聞き流すには、自らの行いに心当たりがありすぎた。


「隙ができた原因なんて簡単。あんなにもディアちゃんは『キリスト』を大切にしていたのに、それを盟友が簡単に捨てたから。盟友が本当に『ディア』のことを大切にしてくれていたのなら、名前だけでも『キリスト』のままにしていたはずよ」


 シスは僕の過ちを、簡潔に突きつけた。

 ずっと楽しげだったシスの表情が、このときだけ眉を顰めていた。そして、見下していた。

 『キリスト』よりも『カナミ』を優先した僕を責めているのだ。


 他のみんなは納得していたかもしれないが、ディアだけは納得していなかったこと。そして、それに気づいていながら、それでもディアに負担をかけ続けたことをシスは責めている。


「いまさら、返せって言われても返さないわ。だって私がディアちゃんのことを一番よくわかってるもの。何もディアのことをわかろうとしなかった盟友より、私のほうがずっと大切にするわ」


 動揺は剣を鈍らせた。

 その隙を突いて、シスは魔法構築を強める。


さよなら・・・・、『キリスト・・・・』。――魔法《シュンポジオン・フェザー》」


 それはどちらの言葉だったのか、僕には判断できない。

 けれど、どちらにしても僕はその魔法を止めることができなかった。


 光の翼が羽ばたき、白い羽根を大量に飛ばす。

 視界一杯に広がった輝く羽根のせいで、目がくらむ。そして、次の瞬間には全ての羽根が弾ける。

 花火のように弾ける羽根。その一つ一つの衝撃は凄まじく、僕は体勢を崩してしまう。


 その僕の隣を、シスは高速で通り抜ける。

 中性的で美しい横顔が悲しげに顔を歪めていた。


 その顔を追いかけるように、振り向く。

 しかし、そのときにはもう、シスは翼を広げて空へと飛び立っていた。


 もはや剣を伸ばしても届かない高さだ。

 地上に残っていたのは、舞い落ちる白い羽根だけだった。


「――っ!? く、くそ……!」


 油断した。

 シスの言葉を真に受けて、隙を作ってしまった。失態だ。


 確かにディアは多くの我慢をしてきたのかもしれない。

 しかし――僕たちのパーティーに・・・・・・・・・・我慢していないやつ・・・・・・・・・なんていない・・・・・・


 誰もが満足できる手段なんてあるわけない。だから、みんなが少しずつ妥協していって、誰もが少し幸せになれる方法を探すんだ。ディアだって、そうなるように努力していた。


 あのシスは、そんなディアの努力を水の泡に帰した。ディアの秘めていた不満を、勝手に暴露した。

 許すわけにはいかない。そして、このまま逃すわけにもいかない。


「すまない、マリア! 僕の油断だ! ……早くディアを追いかけないと!」


 僕は剣を『持ち物』に収めて、シスが飛び立った方角へと走り出そうとする。あと少しでシスは《ディメンション》の範囲外まで出てしまう。


「ま、待ってください! 落ち着いてください、カナミさん! ラスティアラさんを置いていく気ですか!」


 走り出そうとする僕を、マリアが引き止める。

 頭に血が上って、燃える屋敷の中に居るラスティアラのことを失念していた。


 すぐに僕は時間の計算を始める。 

 幸いなことに、シスの目的地はわかっているのでラスティアラを回収する暇はある。


「マリア、ラスティアラはどこだ! 眠ってるままでもいい。すぐに《コネクション》へ放り込んで、船に移動させる!」


 屋敷へと振り返りつつ、これからの行動を指示する。

 しかし、それは弱々しい声によって否定される。


「……そ、それは止めて欲しいかな」


 マリアの壊した屋敷の壁の穴からラスティアラが現れる。

 ただ、その足取りはたどたどしい。


「ラスティアラっ、起きてたのか!?」

「こんなに騒々しかったら、流石に起きるよ。どうやら、ディアが大変みたいだね」


 そう言って、ラスティアラはディアの飛び去った空を見る。どうやら、戦いの終わりあたりは見ていたようだ。


「詳しく話してる暇はないんだ、すぐに出発する! だから、ラスティアラは船のほうで休んでてくれ!」


 ラスティアラへ近づきながら、《コネクション》を構築しようとする。


「待って。私も行く」


 しかし、ラスティアラも同じようにこちらへ近づき、僕の肩を掴んで《コネクション》を中断させる。


「……いや、足がふらついてるじゃないか。ラスティアラは一度船で休んだほうがいい」


 ステータスを見る限り、ラスティアラのHPは減っていない。

 しかし、明らかに体力を損耗している。僕と同じように、アイドの魔法のせいで精神が削れている。

 正直、神聖魔法を使えるセラさんの傍で休んで欲しい。


「大丈夫。お願いだから、もう少しだけ戦わせて。もう後悔したくない、だから――!」


 ラスティアラは必死に食い下がる。


 ――もう後悔したくない?


 聖誕祭の最後、僕を置いていったことを気にしているのだろうか。

 それなら、この必死さもわかる。

 僕は悩んだ末に、同行を許可した。


「……わかった。そこまで言うなら、ついてきてもいい」


 渋々と頷く。

 説得の時間が惜しかった。いざとなったら強引にでも《コネクション》へ放り込めばいい。

 意見の通ったラスティアラは嬉しそうに頷き返す。


「それじゃあ、いますぐ行こう。早ければ早いほどいい」


 間髪入れずに出発しようとする。

 だが、そこへ更なる制止がかかる。


「――カナミさん、本当に追いかけるんですね?」


 マリアが真っすぐと僕を見て確認を取る。


 何を当たり前のことを言っているのかと、僕は少しだけ苛立つ。

 いまも『感応』の警告が頭に鳴り響いている。

 ディアを助けに行かないといけないのは明白だ。


 そして、その僕の感情をマリアは察知していながらも繰り返す。


「私から見て、カナミさんもラスティアラさんも弱ってます。それでもディアを追いかけるんですね? その先にパリンクロン・レガシィと守護者ガーディアンがいるとわかっていて、それでも――」

「行く」


 最後まで言わせることなく、僕は頷く。

 隣のラスティアラも頷く。


 それを見たマリアは少しだけ目を伏せる。

 その後、顔を引き締める。


「わかりました。なら、私はそれを最後まで手助けしますね」


 何か決意したかのような顔だった。

 強敵との戦いを前に自らを奮い立たせているのかもしれない。

 ラスティアラとは違い、力強い足取りで僕へとついてくる。


 僕はパーティーの意思が固まったのを確認して、シアから貰った手紙を広げながら《ディメンション》を展開する。


 その魔法構築に余裕がないことは、自分で気づいていた。

 しかし、追わないわけにはいかなかった。

 このまま、あのシスを逃すのは、何より感情が・・・許さなかった。


 

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