155.40層
30層を超えてから、都合四度目の迷宮探索。
迷宮の傾向を掴んできた僕たちは、より効率的に探索できるようになっていた。それは水中の層も例外ではない。
基本戦法は単純。水中戦に強いスノウを中心にして、リーパーの魔法で敵を避け続ける。
以前の探索で折り返した36層入り口を悠々と超え、37層の水中階層へと入っていく。
今回の準備は万全だ。疲労は少ないし、『持ち物』の空気も以前の倍だ。
その入念な準備の甲斐あってか、僕たちは危うげなく37層の水中も泳ぎきる。35層との差は水棲の植物による障害が多かったくらいだ。
そして、また38層へと落ちるように下りて、そのエリアの異変に驚く。
回廊に浅瀬が広がっているのは上と同じだが、まるで熱帯雨林のように周囲の石壁に植物が群生している。
水中というインパクトに目を奪われていたが、確かに数層前から植物は多くなっていた。ここにきて、その特徴が前面に押し出されてきた。
緑の多いエリアは一層以来だ。
新たな世界が広がり、ラスティアラは興奮する。
「すごいっ、見たことない植物が一杯! どんなモンスターがいるんだろ……!」
「ラスティアラ、植物には触るな。うろちょろするな。あと寄り道はしないからな」
目を離せば迷子になりそうなラスティアラへ釘を刺す。
「わかってるよ。予定では三十九層で修行だからね。あと一層くらいなら我慢できるよ」
すぐに頷き返したのを見て、一安心する。
「よし、それじゃあ、この層はいつも通りだ」
水棲のモンスターが減り、植物のモンスターが増えていた。植物のモンスターは総じて、移動力が乏しい。敵を避けるだけでいえば、38層は最も容易な層だった。
《ディメンション》さえあれば、リーパーの闇魔法も必要なく進むことができる。結果、特に問題なく39層へと辿りつく。
39層では、さらに緑の特色が前面へと押し出され、もはや森と化していた。
足元の水気はそのままに、植物が倍に増えている。
視界が深緑一色に染まり、どこを見ても
「やっと着いた……。よし、ここでモンスターを狩ろうか」
「よしきた!」
ようやく暴れられるとわかり、ラスティアラは勢いよく剣を抜いた。
彼女が走り出す前に、僕は周囲のモンスターを索敵する。
39層の造りは1層の特殊エリアと似ている。しかし、思ったよりも昆虫系のモンスターが少ない。多いのは植物の形をしたモンスターだ。
毒々しい花粉を撒き散らす花。ハエトリ草のように大口を開けた草。粘度の高そうな樹液を垂れ流す木。多種多様な植物が蠢き――歩いている。
異様な光景だ。
もちろん、動かないやつもいる。害のなさそうな植物に擬態して、敵を待ち続けるタイプのモンスターだ。
《ディメンション》による観察力でも、そう簡単に擬態を見破ることはできない。なかなか厄介そうなモンスターたちだ。
とはいえ姿を隠すモンスターは僕と相性が良い。
『注視』と『表示』がある限り、僕はモンスターと植物を間違えることはないのだから、危険はゼロに近い。
「一種類ずつ、強さと取得経験値を調べるから、ラスティアラたちで倒していって。索敵は僕が担当するよ」
『表示』のないリーパーには戦闘に集中してもらい、徹底して僕が索敵と奇襲警戒を行う。
「よし、殲滅だぁ!」
ラスティアラを先頭にして、スノウとリーパーが敵と戦闘に入る。
まず一匹目はラフレシアのような赤く巨大な花。モンスター名は『ストゥルー』。
「みんな、息を止めて戦って!」
ストゥルーは敵を見るや否や、花粉を撒いた。24層のポイズンサラマンダーを思い出させる動きだ。
後方から僕は指示を飛ばして、花粉の吸引を防ぐ。
続いて植物の蔓を振るってストゥルーは応戦する。しかし、相手が悪い。
いまストゥルーが向かい合ってる三人は、近接戦闘に特化している。
瞬く間に蔓は切り刻まれ、敵の接近を許してしまう。三方向からの斬撃に対応できることなく、ストゥルーは花弁を裂かれ、茎を根元から折られる。
いままでのモンスターは頭か心臓を潰せば、光となって消えてくれた。しかし、植物系モンスターは倒したかどうかわかりにくい。明らかに植物の
百分割以上バラバラにされたところで、ストゥルーは光となって消えた。
敵も奮闘したが、終わりはあっけなかった。
おそらく、このストゥルーというモンスター。戦う前に花粉で相手を弱体化するモンスターなのだろう。けれど、僕の『表示』によって先んじて発見されたため、その長所を活かせなかったのだ。
僕は39層が美味しい狩場であることを確信する。
深層なので地力の強いモンスターばかりのようだが、そのほとんどが擬態と奇襲に特化している。そして、僕がいればその長所を打ち消すことができる。
「……うん、悪くない。このまま39層のモンスターと戦おう。一番楽な相手を見つけて、そいつで経験値集めだ」
みんなも同じ考えのようで、何の反論もなかった。
そして、次々と植物モンスターを倒していく。
この層のいい所は、倒しても敵が集まってこないところだ。ペースは落ちるものの、リスクなく淡々と敵を倒すことができる。
その稲を刈るかのような作業に、ラスティアラが不平を漏らすかと思ったがそうでもない。色んな種類の敵と戦えて満足げだ。
もう40層への階段は見つかっている。けれど、どんどん39層のマップを埋めていき、理想的な狩場を探し続ける。
もちろん、ボスは《ディメンション》で避けている。好戦的なラスティアラも、ボスのガルフラッドジェリー戦での不覚が身に染みているためか、足並みを乱すことはなかった。
ただ、その途中、祭壇をいくつか見つけてしまう。
危険がなければ見に行かない理由がなかった。
そして、知ってしまう。
「また祭壇のアイテムがない……」
人の名残を見つけてしまう。
「もしかして、ハイリさんとシアちゃんかな……? あのあと、あの身体でここまで来れるとは思えないけど……」
ラスティアラがアイテムを持ち去った人物を予測する。
「いや、彼女たちはパーティーって言っていた。あの二人以外にも仲間がいればありえない話じゃない。けど、そもそも――」
『並列思考』が答えを得る。
――そもそも、あの出会った日に、もうハイリは39層に辿りついていた可能性がある。
いや、それどころか40層の先まで。
「予定を変更して、40層を覗いたほうがいいかもしれないな……」
「ん! いいと思うよ! 行こう行こう!」
僕の提案にラスティアラは諸手をあげて賛同する。しかし、他の二人はいい顔をしない。
「え、えっと……、40層に行ったら
「お兄ちゃん、本当に大丈夫?」
「いや、誰もいない可能性のほうが高いと思う」
そこへさらにラスティアラがフォローを入れる。
「もしいたとしても、話のわかる
「ら、ラスティアラ様ー……!」
怯えるスノウをラスティアラが抱きしめる。
その光景を見てリーパーは呆れていたが、ラスティアラの言ったことに納得したようだ。いつでも逃げられる準備をして、40層へ入ることに賛同する。
狩りで歩き回ったことで、すでに階段は見つけてある。真っすぐ40層へと向かい、階段前で準備を終える。
そして、細心の注意を払いつつ、僕たちは40層へと降りていく。
階段を降りれば降りるほど、壁の深緑の色が薄まっていった。
深緑から緑、緑から黄緑へ。鬱蒼とした森が、明るい色に染まり直されていく。
その先に広がる世界。
それは『大草原』だった。
障害物が何一つなく、足元に数十センチメートルほどの高さの草が生えている。少し湿気が多いとは感じるが、それだけだ。何の脅威もなければ、面白みもない世界。
むしろ、涼しげな風が頬を撫で、心が安らぐほどだ。
以前の灼熱地獄や宝石花畑と比べると、かなりの落差を感じる。
本当に何もない。そして、誰もいない。
見渡せば端から端まで把握することができる。しかし、40層のどこにも
もぬけの空だ。
ラスティアラは残念そうに言う。
「やっぱり、先にハイリが
「そうみたいだな。そして、この様子だと、40層の
もしも誰かが
「あー、先越されちゃったな。ちょっと悔しいかなぁ……」
「いや、別に悪くない展開だ。最深部へ行くのに守護者全員を倒す必要はないからね。むしろ、あっちのパーティーに押し付けることが出来て、こっちは楽なくらいだ」
強がりで言っているわけじゃない。本心からそう思う。
アルティにせよローウェンにせよ、一緒に行動することになれば、
いまはパリンクロンに集中したいので、この状況はむしろ都合がいい。
「確かに楽だけどね……」
ラスティアラは浮かない顔で同意する。
彼女の心配していることはわかる。
しかし、あれを手に入れるのは並大抵のことではない。
何となくだが、大丈夫な気がする。
理由はわからない。けれど、結局
そして、同時に思う。
この大草原の主は、僕が迎えてあげないといけなかった。最初に願いを聞くべきは僕だった。
そんな思いがこびりついて離れない。
「予定通りだよ。残りの時間はモンスターを倒そう」
奇妙な後悔を振り切って、僕はみんなを39層へと誘う。
あとは時間の許す限りレベル上げをするつもりだ。
動きの遅い植物モンスターを一匹ずつ慎重に倒していく。案の定、状態異常の効果を持った攻撃をされるものの、よほどのことがなければラスティアラの神聖魔法で治療できる。
なので、39層の狩りに使うのは僅かな《ディメンション》と神聖魔法、そして『表示』とスキル『剣術』、この四つのみ。
安定して長期的に狩り続けることができた。疲れたら誰もいない40層で休憩できるのも大きい。
限界を迎えたのはMPではなく、空腹だった。『持ち物』に保存食が入っているものの、やはり船の食事のほうが安全だ。
眠気などで集中力が落ちる前に切り上げようと、必死になってスノウが主張してきたため探索は打ち切られる。
船に戻ると、空は暗く、明かりは月と星だけになっていた。
心配していたマリアが甲板で出迎える。どうやら、夜になってからずっと帰還を待ってくれていたようだ。
リーパーが残っていれば『繋がり』で僕たちの安否がわかるのだが、今回は彼女も同行していたため、船側からこちらの様子を窺うことができなかったのだ。
できる限り、僕とリーパーは別行動したほうがよさそうだ。要らぬ心配をかけてしまう。
「ただいま。……ごめん、遅くなった」
「おかえりなさい、カナミさん。いいんです。すぐに夕食を用意しますね」
すぐにマリアは船内へと入って、準備を始める。
それを見送っていると、同時にリーパーが船の舵へ走り出す。海図を広げ、船の位置を確認しているようだ。
航海の大部分を任されているリーパーは、留守の間の進行具合が気になるようだ。
「リーパー、道は逸れていないよな?」
「あ、うん。大丈夫みたい。明日の朝には着くかな? 切りがいいところで到着だね」
「明日か……」
欲を言えば、あと数日ほどレベル上げをしたかったところではある。
だがパリンクロンを放置して、悠長に準備をするのは怖い。せめて、《ディメンション》でパリンクロンを捕捉して、何をしているかは把握しておきたい。
大陸に着き次第、迷宮探索を切り上げる予定だ。
星空の下、僕たちは船での最後の食事を済ませる。
その後、溜まった経験値を消化してラスティアラとスノウがレベル20台になったのを確認する。
◆◆◆◆◆
そして、翌日。
僕たちは『本土』へと辿りつく。
開拓地である東の大陸と違い、『本土』と呼ばれる大陸はそのほとんどが人の手によって統治されている。所狭しと十以上の大国が並び、歴史の深い街ばかりだ。
本土の北東にあるヴァルト本国、その東端にある崖へ、隠れるように『リヴィングレジェンド号』を着ける。
助けた奴隷たちや海賊によって、この船に僕たちが乗っているという情報が漏れているかもしれない。なので港町ではなく、できるだけ人気のないところへ停泊させたのだ。ただ、かなり大きな船なのでいつまでも隠し通せるものでないだろう。
パリンクロンを捕捉するまでの数日、運が良ければ見つからないかもしれない――程度の気持ちだ。
とりあえず、大人数だと目立つという理由からメンバーを分けることにする。もちろん、この高価な船を守ってもらうために、船番が必要という理由もある。
空の白い早朝、甲板に仲間が集まっていく。
ただ、いつまで経ってもディアだけ上がってこないので、僕は彼女を起こしに行くことになる。
ディアの部屋の前で叫ぶ。
「ディアっ、起きてるか! もう『本土』に着いたぞ!」
断続的に扉を叩いて、眠っているディアを起こそうとする。
しかし、それでも部屋の中から返事は返ってこない。
僕は仕方なく最小限の《ディメンション》で中を把握する。ディアはベッドの上で死んだように眠っていた。
余りに静かな眠りに僕は焦る。
服がはだけているわけでもないので、中に入って起こすことにする。一応、何が起こっても対応できるように警戒だけは怠らない。ちょっとしたハプニングで命を危険にさらすのは嫌なので、全神経を研ぎ澄ませる。
扉をゆっくりと開け、ディアのベッドへ近づく。驚かさないように、徐々に肩を揺らして意識の覚醒を促す。
これで自然な起床ができるはずだと、僕は思っていた。しかし、それでもディアは起きない。
眠りが深すぎる。これだけ外的接触があっても起きないのは異常だ。
そして、ディアは寝言を繰り返す。
「『私』は――違う、違うんだ。ごめん、
過去に僕は、このうわごとを聞いたことがある。かつて迷宮の5層でティーダと戦ったあと、ディアを背負って帰るときも、同じことを呟いていた。
延々と僕の名前を呼んで、謝り続けるディア。
悪夢を見ているとしか思えなかった。
僕はディアの頬を強く叩いて、強引に起こす。
「――っ、ん、あ、んん……」
みじろぎをしながら、顔を歪め、薄く目を開ける。
その瞼の中にある青い目が発光していた気がした。
「起きろ、ディア。もう朝だぞ」
「あ、さ、朝……? そこにいるのは、キリスト……?」
「寝ぼけてるよ、ディア。キリストは昔の偽名、いまはカナミだって」
名前の間違いを正すと、ようやくディアは目をはっきりと見開いた。
「カ、ナミ……? そうだ、もうカナミなんだよな……」
その青い目をこすって、ディアは上半身を起こす。
こする手を顔から離したとき、完全に意識を覚醒させたディアは状況を把握する。
「おはよう、ディア」
「おはよう、カナミ。……け、けど、なんでカナミがここにいるんだ?」
至近距離で目と目が合い、ディアの頬が紅潮していく。普段は男を自称しているディアのことだから、あまりこういうことは気にしないと思ったが、そうでもないようだ。
「いや、起きるのが遅いから迎えに来たんだ」
「……なんでマリアとかじゃなくてカナミなんだ?」
「そのマリアが迎えに行けって言ったから……」
「……あいつ、全部計算の上だな」
ここにいないマリアへ対しディアは怒りの表情を見せる。どうやら、寝顔を僕に見せるのは嫌だったようだ。
けど、すぐに肩をすくめて諦め、話題を変える。
「えっと、寝過ごしてごめん。それで、居残り決めはまだだよな?」
「まだだよ。みんなでディアを待ってる」
ベッドから出ながら甲板の状況を聞いてくる。そして最低限の身だしなみを整えたあと、急いで部屋から出る。
もっとゆっくりしてもいいと言ったが、ディアは自分のせいで時間が無駄になるのを嫌った。
そのまま一分もしないうちに、甲板へと上がってメンバー分けの話を始める。
「みんな、ごめん。遅れた」
「いや、構わないよ。正直、メンバー分けとか、さほど話すこともないしね」
ラスティアラは暢気に朝食を頬張りながら答える。
その答えに僕は首をかしげる。
「話すことはないって……、もう決まったのか?」
「とりあえず、カナミと一緒に『本土』へ行きたいのは私とマリアちゃんとディアぐらいでしょ。これで綺麗に四対三で分けられるよ」
「え、そうなのか……?」
周囲を見回すと、全員が頷いていた。
セラさんはラスティアラと一緒がいいとごねると思っていたが、すでにラスティアラが説得済みのようだ。
スノウは完全に見送り体勢に入っている。「いってらっしゃい」と書かれた自作の旗を振っている。
「カナミの要望は、次元魔法使いのリーパーと別々に行動したいくらいでしょ?」
あとは個人的にスノウを連れ出したいくらいだ。だが、説得するのに数日かかりそうなので今日は諦める。
今回の一番の目的はパリンクロンの捕捉だ。彼女を連れ出すのは、パリンクロンとの戦闘が確定したときでいいだろう。
「そうだな。リーパーとは意思疎通しやすいから、できるだけ別行動を取りたい。あと、できればもっと少人数で行きたいんだが……。正直、探すだけなら僕一人でも構わない――」
「それは駄目。なんか勝手に戦って、勝手に返り討ちに遭ってそう」
「いや、いやいや、もし戦闘になっても、万全の状態で1対1なら絶対に負けないと思うんだけど……。パリンクロンって補助魔法中心の騎士だったんだろ……?」
「そうだね。『
「気をつけるのはティーダの魔法だけだ。けど、あの魔法の種は割れてる。黒い液体さえ付着しなければ安泰だ」
「――だから、パリンクロンは絶対に真っ向から戦わないよ。カナミは絶対に万全の状態で戦えないし、絶対にどうにかして魔力を入り込ませてきて精神魔法を使ってくる。間違いない」
「……そうだね。みんなで囲んで倒そう」
説得力のある言葉だった。
まともに向かい合えばローウェンの剣術ですぐ戦闘は終わると思っていたが、そんな甘い考えはやめたほうがよさそうだ。正直、パリンクロンに圧勝している自分を思い浮かべることができない。
「というわけで四人パーティーで行こう。パーティー名は『パリンクロンぶっ殺し隊』!」
冗談半分にラスティアラは言う。
しかし、そのパーティー名を他二人は凄惨な笑みで、その冗談を讃える。
「いいパーティー名です。ええ、あの騎士さんには、いつかのお礼をしなくてはいけませんからね。ふふっ、うふふっ……」
「ははっ、はははは。あの野郎に斬られた傷跡が疼くからなっ。ラウラヴィアでは逃げられたけど、今度は逃がさねえ。絶対にすり潰す」
殺意満タンのマリアとディアだった。
パリンクロンと出会った瞬間、問答無用で魔法を放ちそうで怖い。僕はパリンクロンに聞きたいことがあるので、それだけは止めてほしい。
「それじゃあ、出発しようか。海岸なんて見つかりやすいところに船は泊められないから、ここからあの絶壁に飛び移るよ。私はマリアちゃんを背負って跳ぶから、カナミはディアをお願い」
「わかった。それじゃあ、リーパー、セラさん、スノウ、留守番頼んだよ」
ディアを背負いながら、居残りメンバーに別れを告げる。
スノウたちに見送られながら、僕とラスティアラは跳躍して船を出る。
そして、獣のように崖の岩を蹴って、絶壁の上へと登っていく。
一番上に辿りついたあと、船へ手を振って、崖上にある森の中へ紛れ込む。
獣道もない森を、文字通り剣で切り開いて歩く。
人間の進む道ではないが、迷宮と比べればましなほうだ。身体能力の低いディアやマリアも、問題なくついてきている。
半刻ほど森を進み、開けた空間へと出る。
薄い黄土色と緑で彩られた平原だ。
ここが『本土』。正直、連合国付近の開拓地と余り変わらなく見える。
地図を開いて、方角を確かめる。
その先の地平線に街がうっすらと見える。《ディメンション》で道を見つけて、僕たちは旅人を装って入り込む。
大きめの外套を着て、全身を隠す。全員、身体的特徴が尖っているため仕方ない。
火傷跡と黒髪を隠し終えた僕を先頭にして、また半刻ほど進むと活気のある街に辿りつく。
ヴァルト本国東にある港町、名前は『コルク』。
予定では、この人の出入りの多いコルクで情報収集することになっている。
だが、遠目で見る限り、警備が物々しい。高さ五メートルほどの壁に囲まれ、関所には武装した男が立っている。
やはりヴァルト本国は戦地が近いため、警戒に力が入っている。
おそらく、何の伝手もなく関所へ行けば拘留されてしまうだろう。あとは身元調査の末、連合国の罪状がばれて逮捕だ。
賄賂で何とかなる気もするが、それは最後の手段にしたい。
「それじゃあ、手薄なところ見つけて潜り込もうか」
ラスティアラは力にものを言わせた潜入を推す。
「本当に大丈夫か? そう簡単に戦時中の街へ潜入できたら問題だろ」
「いや、私らほどの能力をもった諜報員なんているわけないじゃん……。一瞬で壁を超えれば、『
「そういうものなのか……。そこらへんの仕組みはよく知らないから、任せるよ」
「それじゃあ、またさっきみたいに背負って跳ぼうか。じゃ、マリアちゃん、こっちこっち」
ラスティアラはマリアを手招きする。しかし、難しい顔をしたマリアは首を振る。
「交代です。次は、私がカナミさんです」
「え、別にどっちも変わらな――」
「交代です」
「あ、はい」
熱気を纏うほどのマリアの迫力に圧され、ラスティアラは頷く。
ディアが口を少し尖らせて不平を言いたそうだったが、マリアの考えを察して何も言わない。
僕もマリアの考えを察してしまい、顔が歪む。
好意は嬉しいのだが、辛くもある。彼女たちにそんな意識はないのはわかっている。けれど、まるで誰も選んでいない自分を責めている気がする。
ちょっと慣れてきた胃の痛みにも耐えつつ、僕たちは警備の薄いところへ移動して、マリアを背負う。
「お願いしますね、カナミさん」
「うん、しっかり捕まって」
《ディメンション》で周囲の情報を拾う。
飛び越えた先にも人がいないのを確認して、僕とラスティアラは同時に走り出す。殺人的な加速で平原を走り、猫のように大地を跳ねる。
一度だけ壁を蹴って、真上へ方向転換する。恐ろしい慣性が身体にかかる。それを強引に振り払って、僕たちは壁を乗りこえる。
こうして、僕たちは港町コルクへの侵入に成功した。
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