148.差
「できた……!」
日が沈むまえに、水着八着の作製に成功する。
自分のやったことながら、その速度は異常だ。普段の生活では余り気づけないが、元の世界と比べられることをすると、その異常はより目立つ。
普通ならば、たった数時間で服が何着もできたりはしない。
全てはステータスとスキルという反則的な恩恵のおかげだ。
自室に散らかった針や糸の道具を『持ち物』の中へと戻していく。元々は迷宮で必要かと思って買った小道具だが、妙なところで役に立ってくれた。
そして、最後に出来上がった水着も『持ち物』へ入れる。
飾り気のない簡素な水着だが、出来には自信がある。
なにせ、いまの僕にはミスというものが存在しない。
剣の道の一つの境地に至り、その集中力と思考力が常人離れしているおかげだ。いまや、僕の両手は機械よりも速く正確となっていることだろう。
そして、剣の間合いをミリ以下の単位で測る《ディメンション》は、布地の面積も同じように測ることができる。ゆえに定規といった道具が必要ない。さらに、立体的な構想も頭の中で終わらせることができるのだから、書き出す必要もなくなる。それを『並列思考』で手を動かしながら八着同時にできるのだから、時間短縮も凄まじいことになっていた。
ただ、材料には少し困った。僕の現代的な服飾の知識ではゴムが必須だったのだが、異世界にはゴムがなかった。探せば似たものは見つかるだろうが、いまの『持ち物』の中にはない。
色々と思考錯誤した末、必然的に古風な造りの水着となり、紐で水着を留める形になった。とはいえ、サイズがぴったりなのは間違いないので、さほど困らないはずだ。
機能優先の頑丈な一品となっているので、泳いでいる途中に外れるなんてことは絶対にない。命を賭けて、絶対に。
「ちょっと疲れたけど、その甲斐はあったかな」
『持ち物』に全て詰め終えたあと、ステータスを確認する。
【ステータス】
後天スキル:体術1.56 次元魔法5.25+0.10 感応3.56 並列思考1.47
魔法戦闘0.72 詐術1.34 編み物1.07
スキル『縫製』が増えていた。
これで自信を持って服作りが得意だと言える。元々物作りは好きだったので、こうやって『表示』が才能を保障してくれるのは嬉しい。
もし、何もかも終わったなら、服に関わる仕事をするのも悪くない。
少しずつ増えていくスキルを見て、僕は頬を緩める。まるで切手を集めているかのような、ゲームでアイテムのコンプリートをしているかのような、コレクターとしての達成感が満たされていく。
成果を見せびらすため、甲板へと向かう。
僕が船内から出てくると同時に、水着待ちの暇つぶしに釣り大会を興じていたみんながこちらへ寄ってくる。どうやら、大会の制限時間は僕が服を作るまでだったらしい。最も釣果の多かったスノウが、中心で天に拳を突き上げて喜んでいた。
全員がスノウを放置して、甲板に広げた僕の作品に目を通し始める。
「うわぁー、カナミの趣味が出てるねー……。地味だー……」
即刻ラスティアラが駄目だしを始める。
少し頭にきたので反論しようとする。しかし、あたりを見回すと、苦い顔がほとんどだった。
セラさんは水着を手にとって首を振る。
「カナミ。私のはともかく、他のは作り直せ」
「え、な、なにかいけなかった?」
「粗末過ぎる。お嬢様やディア様には、もっと高貴なものを用意しろ。マリアやリーパーには、もっと可愛らしいものだ」
無茶な注文をつけてくれる。
この短い時間で八着も用意しただけでも限界なのに、その上デザインまで求められるらしい。
「いや、泳げればいいじゃない。というか、これそんなに駄目かな……?」
布の面積は広いものの、ビキニタイプの水着だ。それだけで僕は、結構お洒落だと思っている。
しかし、セラさんは僕の反論を聞き、愚者を見るかのような目で諭し始める。
「駄目だ。せっかく、こんなにも可愛い少女たちが揃っているんだ。それ相応のものを用意するのが、礼儀というものだろうが」
「え、ええー……」
服飾の仕事をやっていけるという自信が失われていく。当たり前のことだ。いくら、布を縫い合わせるのが上手くなっても、デザインが良くなるわけじゃない。
「全くなってない。腕はいいが、センスがない。なぜ全部茶色の水着にする。舐めているのか貴様」
「いや、茶色の布がたくさん余っていたから……」
「つまり、貴様はお嬢様方に余りものを宛がったというわけか」
こうなってしまってはもう駄目だ。ラスティアラ第一のセラさんは僕の話を聞いてくれない。
仕方なく、僕は他のみんなへ助けを求める。
僕の
「セラちゃん、今回はこれを着ようよ。可愛い水着は次からでいいんじゃないかな?」
「しかし、このようなもの、お嬢様には相応しくありません……! くっ、ここが大聖堂ならば、すぐに最上級の絹を用意できるというのに……!」
「ここはフーズヤーズじゃなくて、『リヴィングレジェンド号』。私たちは探索者になったんだから、あるもので我慢しなくちゃ」
「そうかもしれませんが……!」
「んー、なら次はセラちゃんが手伝ってあげたらいいんじゃない?」
ラスティアラは妙案を思いついた様子で、セラさんの協力を提案する。
「そうだね。『舞闘大会』でのセラさんのコーディネートは確かだったし。次があったときのデザインはセラさんに任せるよ」
「む……、ならば今回はこれで我慢してやろうか。カナミ、約束したからな」
「うん、絶対に忘れない」
ようやく、一悶着を乗り越えたようだ。
そして、甲板に広がった水着をそれぞれが手に取っていく。
その中には寝っぱなしだったディアもいた。僕が水着を作っている間に起きてきたようだ。しかし、ディアは自分の水着を手にとって固まっていた。
「あ、ディア、やっと起きたんだね」
「あ、ああ。船の揺れが、ちょっと苦手だから……。それに最近、妙に眠くて……」
女性陣が船内へ着替えに行く中、ディアだけが一歩も動けていなかった。
「それはディアの分だから、遠慮せず着ていいよ」
「いや、これは……」
水着を手に、わなわなと震えるディア。
「カナミ……。これ、女ものじゃないか……」
「まあ、そりゃそうだよ」
「お、俺は男ものしか着ない……!」
震えながら首を振って、水着を握り締めていた。その姿を見て、僕はディアが気にしていることを理解する。しかし、それはとうの昔に解決していたと思っていたことだ。恐る恐ると確認を取る。
「なあ、ディア。その男装って、まだ続けるのか? もういいんじゃないのか?」
「なっ、な、何言ってるんだ、カナミ! 俺は男だから、この格好なのは当たり前だろ!?」
ディアは真っ赤になって、とても懐かしい話を蒸し返す。
「いや、もうその言い訳は通じないよ……。流石に」
ここでそれを認めてしまっては、何の成長もない。
僕はゆっくりとディアを説得しにかかる。
「大聖堂でドレス姿だったの見たし、ラウラヴィアで女の子の服着てたのも見たし、だからディアが女の子だってことはもう――」
「あ、あれは、あれだ! 女装だ!!」
「じょ、じょそう……?」
しかし、ディアは頑なに自分の言い分を守り続ける。
「ラウラヴィアでは変装の必要があったし! 大聖堂のときは、その、あれだ、……神官たちの趣味だ! あいつら、最悪だからな! 俺に女装させて楽しんでたんだ!!」
「いや、そんな馬鹿な……」
いつのまにか、あのフーズヤーズの大人たちは女装少年が大好きな変態集団とされていた。
「俺は絶対に嫌だって言ったのに、無理やり女ものの服を着せたんだ! あのときは立場的に俺は弱かったから、泣く泣く着るはめになって――!」
「それだと神官さんたちがとても変態的な趣味をもってることになるから撤回してあげて……」
このままディアの話がエスカレートすれば、フーズヤーズの名誉が地に落ちる。
そう思ったとき、船内から水着姿のマリアが出てくる。彼女は相変わらず、やることなすことが手早い。
露出の高いビキニタイプを身に纏い、そのすらりと長い細い手足を伸ばしている。少し痩せ気味で薄くアバラが浮いているものの、最近の健康的な食生活のおかげで女性らしい丸みを帯びた身体へと変わりつつある。出会った頃と比べると雲泥の差だ。
ただ、僕のデザインが余りにも地味なので、せっかくのマリアの魅力が損なわれていた。言われてみれば、確かに女性へ着させるには申し訳ない一品だ。一手間かけて、花の刺繍でも一つつければよかった。
「ディアブロ・シスは女の子ですよ、カナミさん。間違いありません、一緒にお風呂へ入って確認しましたので」
開口一番にマリアはディアを裏切る。
「っておいい! マリアァ!!」
ディアは顔を赤くして、マリアへと詰め寄る。二人は顔を合わせばいつも喧嘩しているような気がする。
とはいえ、一緒にお風呂へ入ったと言っているので、仲が悪いのか良いのかよくわからない。
ディアとマリアの間に入り、仲裁を行う。
「ディア、もうやめよう。そうやって自分を偽るディアは見たくない。もし、その男装に理由があるなら、僕に教えてくれ。力になるから」
「カナミ……」
ディアはうろたえながら、ぼそぼそと呟き始める。
「だ、だって、カナミは俺を男だと思って仲間に誘ってくれたんだろ? カナミは同性同年代の仲間を探していたとしたら、性別を偽っているなんて言い出せなくて……。カナミのためにも男であり続けないと、カナミも困ると思ったから……、だから……!」
「いや、僕は最初っからディアが男の子だなんて信用してなかったけど?」
しかし、僕は彼女の苦悩をすぱっと切り捨てる。
「え、ええ!? ちゃんと男の剣士だって言ったよな!?」
「そもそもディアと初めて会ったとき、ディアの髪長かったし……」
「あの夜のことか!? でも、あのとき、ちゃんと髪はフードの中に入れてたぞ!?」
「《ディメンション》あるし」
「そういやそうだ!」
純真なディアは騙し続けていたと信じていたようだ。
だが、そのすれ違いには僕のほうに非がある。ディアを逃さないために、ずっと問題を先延ばしにしてきたせいだ。
「僕は隠し事をしないと決めたから、正直に言うよ。僕はずっとディアのことを、「女の子なのに男と言い張るなんて変なやつだなぁ」って思ってた。ごめん、ディア」
「う、うぅああああああ。ラスティアラぁああああ」
めじりに涙を浮かべて叫び出すディア。
その急な慟哭に僕は身体を硬直させる。簡単に言うとトラウマが刺激され、状態異常:恐怖に軽く陥りかけた。けれど、僕は気をしっかりと持って恐怖を弾く。
ディアの泣き声に反応して、船内へと続く扉が開かれる。
「話は聞かせてもらったよ! ディアをいじめるな!!」
「盗み聞きしてんなよ、おい」
明らかに出待ちしていたであろうラスティアラが現れる。
ラスティアラもマリアと同じ水着を着ている。だが、受ける印象が全く異なる。瑞々しい肢体を包むみすぼらしい布の水着、それはまるで芸術的な絵画を粗末な額縁に入れているかのように冒涜的だった。
目につくのは水着ではなく、ラスティアラの身体そのものだ。
腹立たしい事に、女性的な魅力の集大成であるラスティアラの前では、僕の拙作など霞のようなものとなっていた。
「おぉー、よしよし。ディアは可愛いなぁ、こんなに可愛い子をいじめるカナミは燃えればいいのにねえ」
ラスティアラはディアを胸に抱いて、その頭を撫でる。
「ラ、ラスティアラぁ、カナミは俺のことを男って信じてなかったんだってぇ……」
「ああ、カナミってば、なんてひどい奴だ。こんなにも可愛い子の言葉を信じないなんて、男の風上にも置けないやつだ。……まあ、私も同じ状況ならカナミと同じことを思うけどねっ」
「や、やっぱりかぁあああ!」
ディアはぽかぽかとラスティアラの胸を叩き出す。
レベルアップによって急上昇している腕力のせいで、その駄々は凶悪な攻撃と進化している。ラスティアラは肺を叩かれ、むせかえっていた。
暴れ出したディアを止めようと、マリアが落ち着いた声を入れる。
「正直、ディアを男と言い張るのは無理がありすぎると思いますよ……」
「無理はねえよ!? どこからどう見ても男だろ!?」
「いえ、どこからどう見ても女の子ですよ」
マリアの冷静な言葉に、僕の言葉も足す。
「何度でも言うよ、ディア。君は可愛い女の子にしか見えない」
「う、うそだぁあああ!?」
心を鬼にしてディアの性別をはっきりさせにいく。ここで妥協してはあとに響いてしまうのはわかっている。
「カ、カナミさん? その言い方もちょっと……、いまのカナミさんにはもう少し建前が必要ですね……。とにかくディア、皆の意見を聞きましょう。そうすれば、あなたの無理がよくわかります」
続いて船内から他のみんなも上がってくる。
全員が水着姿なので、ちょっといたたまれなくなってきた。そして、同時に全員が粗末な茶色の水着を着ていることに虚しさを感じる。やっと、セラさんの言っていることを言葉ではなく心で理解した。
まずリーパーが元気がよくディアの名を呼ぶ。
「ディア『お姉ちゃん』!」
そして、セラさんとスノウが周囲の空気を窺いながら答える。
「……ディア様は女性としか見えません」
「確か、使徒シス様は女性。……だったよね?」
口を大きく開けたまま、ディアは震える。
いままで男として仲間と接していたつもりだったが、誰にも通じていなかったのだ。その厳しい現実に打ちひしがれている。
膝を折って崩れ落ちるディア。
そこへ満面の笑みのラスティアラが、水着を持って近寄る。
「よし、ディア! この水着を着よっか、私たちとお揃いだよ!」
「ち、ちくしょぉ……」
力を失ったディアは、よろめきながら僕へと顔を向ける。
少しだけ目を逸らして、思いつめた表情で言葉を紡ぐ。
「……なあ、カナミ。もし俺が俺じゃなくなっても、カナミは変わらないでいてくれるか?」
「え、そりゃあ、当たり前だよ……」
そもそもディアを男として見ていた時間のほうが少ない。ディアが少女として振舞ったとしても、僕は何の違和感もなく受け入れられるだろう。
「本当に? ディアという少年が偽者だったとしても、それでもっ、カナミは俺をディアって呼んでくれるか?」
呼び名を気にしているのだろうか。
他の皆にとっては些細なことでも、ディアにとっては重要なことらしい。切羽詰った様子で確認してくる。その不安を少しでも和らげるため、僕は笑顔を作って頷く。
「ディアはディアだよ。僕にとっては、ディアだけが本物だ」
「……いや、それなら、……いいんだ」
ディアが安心できるような言葉を選んだつもりだったが、まだディアの顔色は悪い。
「ディア、大丈夫だよ。ここにいるみんな、カナミと同じだから!」
見かねたラスティアラがフォローを入れる。ディアは周囲を見渡し、優しい目をした仲間たちを認め頷く。
「ありがとうな、みんな……」
「よしっ、そうと決まればすぐに着替えよう! こういうのは、ぱぱっと早めに切り替えたほうがいいんだよ! 暗い話はなし!」
その明瞭な考え方を聞き、ディアは薄く笑う。そして、そのままディアはラスティアラに引きずられ、船内へお持ち帰りされていく。
最後に僕は確認を取る。
「あ、それでディアは泳げるの……?」
「……泳げない」
ディアは目じりに溜めた涙を払いながら、首を振る。
「それじゃあ、マリアたちと一緒に練習しよう。きっと楽しい」
「……ああ、そうするよ。きっと楽しいよな。……きっと」
それを最後にディアは船内へと消えた。
そして、ラスティアラとディアを除いた五人は甲板に残される。
話が終わったのを確認したスノウが僕の手を引く。
「えっと、話終わったよね? ね? ……それじゃあ、まずは私に泳ぎを教えて欲しいかなーって思ってるんだけど。カナミ、いい? いいよね?」
「おい、海に引き込もうとするな。まだ僕は水着に着替えてないんだ」
「じゃあ、着替えたら私に――」
「まずはマリアからだ。もう約束した」
「え、ええ!?」
スノウはよろめきながら後ずさる。そして、捨てられた子犬のような目をマリアに向ける。
「そ、そんな目で見ても駄目ですよ、スノウさん」
マリアはスノウから距離を取り、その助けを求める目から逃げた。どれだけ媚びへつらったとしてもマリアは譲ってくれないことを悟り、スノウは甲板の隅でいじけだす。……普段の行いが悪いからこうなる。
その後、ディアが着替えてきたのと入れ替えに、僕は船内へ入る。
船内の陰で水着へと着替え、仲間たち七人で泳ぎの練習を始めたのだった。
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