134.プロローグの終わり
「――な、なんだこれ! なんだこれっ!!」
自室に戻った僕は、ラスティアラと同じ台詞を繰り返す。
失われていた感情が、たった数分のやり取りで再燃してきている。さっきまで頭のぶっ飛んだやつだと思っていたラスティアラが、今では可愛らしい女の子に思えてきた。
その結果、まるで小学生のようなやり取りをしてしまった。もっとスマートにお互いの気持ちを確認するつもりだったはずなのに。
やはり、僕はラスティアラのことが好きのようだ。
スキル『???』のせいで感情に歯止めをかけているので、確信はできていない。しかし、好意を抱いていなければ、こうも取り乱したりはしないだろう。
じりじりと、ちりちりと、疑惑が確信に変わっていく。
顔を真っ赤にしていたラスティアラを思い出す。あれは照れたと解釈していいのだろうか。
いや、そう解釈するしかないだろう。その解釈しかありえない。そう解釈したい。
つまり、これは両想いというやつなのかもしれない。
僕の短い人生。16年余りほどの時間。
女の子と両想いになれたのは初めてのことだった。
「――い、いや、まてよ。ことを焦るなっ」
有頂天になりつつある自分を戒める。
かつて、元の世界にいた頃、先走って悲しい思いをした経験がある。
ラブレターをもらったと思ったら、なぜか待ち合わせに誰もいないなんてよくある話だ。気になる女の子が僕を好きという噂を聞いて、次の日に話しかけてみたら死ぬほど嫌われていたってこともあった。バレンタインでチョコをもらったことなんて妹からしかない。もちろん、クリスマスも妹としか過ごしたことはない。
世の中、甘いことなんてそうそうない。
勘違いの可能性がある。期待させるだけ期待させといて、最後には落とされる可能性だ。
他にも問題点はある。
まず、ラスティアラは3才だ。同年代とか年下とかいうレベルじゃない。
3才の子供に手なんて出してしまえば、僕の世界の法的にアウトだ。不純異性交遊どころか、新聞に載るくらいの犯罪となる。
もし、ラスティアラと恋仲になれたとしても、その後、元の世界に大手を振って帰ることができないかもしれない。いたいけな少女を騙しているような扱いを受ける可能性がある。
不安点は一杯だ。
だが、それでも僕の胸の高鳴りは収まらない。
両想いかもしれないという可能性が、全ての不安を掻き消していく。
僕はこの感情を誰かと共有したいと思った。そして、相談したいと思った。
修学旅行の就寝前のような感情が湧いてくる。無性に恋について、誰かと話し合いたくなる。ラスティアラは僕をどう思っているのか、これから僕はどうすればいいか、その助言が欲しい。
自分一人で解決することの愚かさを、僕は知ったばかりだ。
相談という発想はいい。
ただ、残念なことに相手がいない。修学旅行の就寝前に話ができるような同性が、この船には一人もいない。
「くっ……、誰もいない……! いや――!」
ディアなら大丈夫かもしれない。
常から男と自称しているディアならば、気兼ねなく話せる気がする。
それにディアには確かな実績がある。聖誕祭前夜、ディアに相談したおかげでラスティアラ奪還は上手くいった。
「ディアに相談しよう!」
僕は確信を持って、ディアの部屋へ向かおうとする。
しかし、身体が動かない。
「……あ、あれ?」
腰に下げた『アレイス家の宝剣ローウェン』が光る。
スキル『感応』が『理』を超えて、未来のビジョンを予測する。
それは「血まみれになった僕が、炎上する船と共に沈んでいく光景」だった。
親友から受け継いだスキル『感応』は、そっちに行けば死ぬと言っていた。
世界の『理』をも感じ取る剣士の直感が、平時なのに『死』を感じ取ってしまう。
「…………」
え?
相談しただけで死ぬの……?
前みたいに、ぼかすよ? それでも?
言い訳しようとも、燃えさかるイメージは頭から離れてくれない。
血の気が引いていく。
スキル『感応』が間違った判断を下すとは思えない。死ぬのは過剰表現かもしれないが、僕にとってよくないことが起きるのは間違いないだろう。それだけの信頼感が、このスキルにはある。
「……や、やめとこう」
なぜか、冷や汗をかいているローウェンの姿が頭に浮かんだ。
僕はディアへの相談を取りやめ、悩む。
予定が崩れ去るのを感じる。
理想の予定は――相談に乗ってもらった上で、ラスティアラに気持ちを上手く伝え、僕たちはめでたく結ばれ、マリアやスノウたちの祝福を受け、悩みは全て解決――というつもりだった。色々と粗は目立つが、おおまかにはこの流れを狙っていた。
しかし、その出だしから転んでしまった。
僕は仕方がなく次善の計画へ移る。
ならば、男らしく今すぐ告白しにいくしかない。
こういうのはぐだぐだと考えて、長引いてしまうのが一番よくないのだ。
正直、今の僕の感情に自信はない。いつかのときと比べ、恋心が曖昧なのはわかっている。しかし、失った感情に賭けて、ラスティアラにありのままを伝えてみるのも悪くないはずだ。彼女なら全てを理解して、受け入れてくれるかもしれない。そう期待できるほどの手応えが、今の僕にはある。
ラスティアラと恋仲になる自分を思い浮かべる。
それだけで、胸の鼓動が高まるのを感じる。
――が、同時に、凄い勢いでスキル『???』が這いよってくる。
慌てて僕は感情に氷を落とし、何とか発動を食い止める。
幾度となく僕の命を救ってきた実績を持つスキル『???』は、そっちに行っても死ぬと言っていた。
「…………」
そっか……。
告白しても死ぬのか……。
どうやら、これ以上の感情の激化はスキル『???』発動の範囲内らしい。
僕はスキル『???』の恋愛に対する境界線が見えた。告白といった行動に移そうとするほどの愛情がアウトのようだ。
結局、どっちに歩いても死ぬと宣告され、僕は動けなくなる。
変な体勢のまま固まり、一歩も動けなくなる。
敵一人いない船内が、こんなに危険で溢れているとは思わなかった。そりゃ少しは予測していたが、予想以上過ぎる。
このままでは何も解決することができない。
マリアやスノウの激しい感情が潜む中、船旅をしなくてはいけなくなる。
僕の感覚は人一倍鋭い。『ディメンション』と『感応』が合わさり、彼女たちの好意を敏感に察知することだろう。けれど、僕はその好意に応えることができないままだ。
そんな生活を続けていれば、いつか胃に穴が空いてしまう。
スキル『並列思考』で予測してみよう。
今の状況は、まるで三流の恋愛ドラマだ。このままいけば、僕は迷宮探索のために、女の子を利用する悪い
昼ドラでなくとも、二股をかけているやつの行く末は大抵ろくなものではない。
背筋の凍る光景ばかりが頭に浮かぶ。
経験と知識を統合した結果――今日までの戦いの集大成であるスキル『並列思考』は、このままでも死ぬと言っていた。
どっちにしろ死ぬらしい。
「……ど、どうしろと?」
僕は冷や汗を流す。
有能なスキルたちのおかげで最悪は免れたものの、このままだと真綿で首を絞められるような死が待っているとわかってしまった。
立ち尽くす。
しかし、打開策がない。
僕は1人、ベッドに横たわることなく立ち続ける。
そこへ救いの天使が現れる。
「――お兄ちゃん、よく踏みとどまったよ。今、軽い気持ちで動くと、ほんとに死ぬよ? こう、背中をぶすっと刺されて――どころじゃないかもね。肉片残らないかもね」
苦笑いを浮かべた
「リーパー!」
目じりに涙を浮かばせ、かつてない笑顔で迎える。
「まず、絶対にディアお姉ちゃんのとこへは行っちゃ駄目。寝言でお兄ちゃんの名前を繰り返してるんだよ? 満面の笑顔でだよ? そんなディアお姉ちゃんに、他の女の子の話をしに行くとか。いや、ほんとにお兄ちゃん、死ぬからね?」
むむむと、リーパーは《ディメンション》を展開していながら話す。どうやら、現在進行中でディアの寝顔を観察してるようだ。
「死ぬ死ぬ言うなよ……。今は洒落にならないんだ……」
「うん、洒落じゃないからね。いーい? ディアお姉ちゃんはお兄ちゃんのことが好きなんだから、絶対に相談しちゃ駄目」
「……あ、あぁ、おまえっ、はっきりとそんな! そういうことを!」
リーパーは無慈悲に僕の逃げ場所を塞いだ。
更なる悩みの種が投下され、死に包囲されていくのを実感する。
「お兄ちゃんだって気付いてるでしょ? そうやって自分で自分を騙すのは、アタシ嫌いだよ? アタシが嫌いなんだから、お兄ちゃんも嫌いでしょ?」
嘆く僕をリーパーは叱りつける。
「う……、ごめん。ほんとリーパーには気付かされてばっかりだな……」
わかっていたことだ。
『キリスト』を失ったディアは、精神のバランスを崩した。幻覚まで見えていたということは、僕の想像以上にディアは『キリスト』に依存していたのだ。
記憶のない僕はディアとデートをした。
可愛らしい服を着て、ディアは女の子として笑っていた。一緒に劇を見て、食事をして、その間も彼女は僕の手を離そうとしなかった。
『感応』による直感、『並列思考』による推測。そんなスキルに頼らなくてもわかる。
ディアは僕が好きだろう。
それも相当歪な形で想いを寄せている。
認めてしまえば、もうディアに相談なんて選択肢は取れない。
僕の中に残っていた純真で頼れる男の子ディアが消えていく。
そして、更なる現実をも直視する。
ことあるごとに殺意を漏らしていたあのディアが、誰かと結ばれた僕を祝福してくれるなんて想像できない。ディアに負けず劣らない歪な感情を抱いているであろうマリアとスノウも同様だ。
あいつらがそう簡単に諦めるような人間なら、
僕の持つスキル群も同意する。そんな甘い話「ありえない」と。
「お兄ちゃん。絶対、誰にも好きとか嫌いとか言っちゃ駄目だからね。今のバランスを崩したら酷いことになるって、子どもでもわかるよ?」
「やっぱり、そう思うか……?」
客観的な視点から見ても明白らしい。
「なんだかんだで、アタシはお姉ちゃんたちと繋がったことがあるからね。大体の事情はわかるよ。それを踏まえて言うよ。お兄ちゃんが他の人と結ばれるなんて事実、誰も受け入れられないから。間違いなく」
「でも、みんな、試練を乗り越えて、強くなったはずだ……。強い心をもって現実と戦ってくれるはずだ……! 僕はそう信じたい……!!」
縋りつくかのように僕は訴える。
「本当にそう思ってる?」
論理的な『並列思考』と親友同然の『感応』は首を振った。
正体不明のスキル『???』も、今ばっかりはフレンドリーに首を振っている。
「そ、そう信じたいと思ってる……。思ってる、思いたい……!」
言葉にすればするほど自信がなくなっていく。
トラウマが再発し、もはや、僕の足はがくがくだ。
「スノウお姉ちゃんも言ってたけど、そうそう人は強くなんないよ、お兄ちゃん。みんな、表面上は変わったように見えても、内面は激しい熱情を隠し持ってる。……アタシだってそうだよ。まだローウェンとの別れに、気持ちの整理がついてない」
たった一度、上手く説得できたからって人間が丸々変わるなんてことはない。その過酷な現実を、リーパーは自分を例にして説明する。
「リーパー……」
実質、ローウェンを手にかけたのは僕だ。
僕は何も言えない。
「とにかく、お兄ちゃんが思っている以上に、この船はギリギリのバランスで保たれているんだからね。注意してよ? あそこまで格好つけてローウェンと別れておいて、数日後、女に刺された親友とあの世で再会ってのは、ローウェンが可哀想すぎるからね」
「そうだな。誰にも言わない……、というか言えない……」
「――うん。もしくはみんな嫁に貰うか。二つに一つだねっ」
「まて」
聞き流せない言葉に僕は制止をかける。
一歩も動けないのにオーバーなアクションを取ったため、変なポーズで固まってしまった。
「オールオアナッシング……! これなら大丈夫だよ!」
「いや、まてまて。まてまてまて。みんな嫁に貰うってなんだそれ」
「言葉通りだよ。お姉ちゃんたち全員、お兄ちゃんが引き取るの。やったね、お兄ちゃん。ハーレムだよ」
娘のように思っていた幼い親友が、純真な目でとんでもないこと言い出す。
誰だ。
うちのリーパーにハーレムなんて言葉を教えたやつは……!
僕とローウェンが行ってぼこぼこにしてやる!
「いや、そんなの誰も納得しないだろ? というか引き取るとか言うな」
「んー、大丈夫だと思うよ? スノウお姉ちゃんとマリアお姉ちゃんは独占欲高めだけど、お兄ちゃんが全力で甘やかしたら納得してくれるよ。たぶん」
「ありえない……。連合国で一夫多妻は普通なのか……?」
「一夫多妻を許容してる国が、連合国には結構混じってるよ。特に豪商や貴族の中に多いのかな?」
「そ、そうか。異世界すごいな……」
僕は異世界の文化に圧倒される。
リーパーは「異世界?」と首を傾げたが、「明日、教えてやる」と言って誤魔化す。
しかし、リーパーの言っていることは、あながち間違っていないと思う。
スキル『並列思考』で仲間たちを分析する。
彼女たちは捨てられることや仲間外れされることに過剰な反応を示す。嫉妬に燃えているときも、ないがしろにされた場合が多い気がする。
ならば、絶対に捨てないという保障と共に、平等に扱ってやれば彼女たちは満足するかもしれない。もし実行するとすれば、リーパーの言うとおり、陰りが見えてきたやつを臨機応変に甘やかしていくしかないだろう。――ただ、これは理詰めで計算した話だ。上手く行くとは到底思えない。
……考えれば考えるほど、下衆な人間になっていっている気がする。人として堕ちてはいけないところへ堕ちている気がする。
さっきから、昼ドラでありがちなバッドエンドが、脳裏で反復横とびしている。
まだだ。
まだ、そのエンドを避ける方法はあるはずだ……!
「くそっ。ほんと最低なことで悩んでるな、僕は……!」
「お兄ちゃんが悪いよ。女たらしの行き着く運命ってやつだね」
「さっきから、ハーレムとか女たらしとか、おまえはどこでそういう言葉を覚えてきたんだ……! ちょっと教えてくれ、軽く話つけてくるから」
「か、顔が怖いよ、お兄ちゃん……? 特定の人じゃないよ。ラウラヴィア国民と繋がったときだね。色んな知識が入り込んできちゃって、実は頭の中がてんやわんわの状態なんだよ」
「ああ、そっか。それでか……」
八つ当たり先を失って、少しだけ残念だ。
「そして、その知識群たちが言っています。お兄ちゃんはたらし。それも、ろくな死に方はしない最低なたらしだと……! 避けるにはハーレムしかないと……!」
「名誉毀損で訴えたいところだが、心当たりがあって全く反論できない……!」
「気をつけて、お兄ちゃん。ぶっちゃけ、これからの旅路、常に死の危険がつきまとうよ。パリンクロンとかモンスターとかじゃなくて、お姉ちゃんたち関連で死ぬ危険が一杯!」
「そっか、パリンクロンよりも危険かぁ……。それも、これからずっとかぁ……」
「でも、お兄ちゃんってば、死の危険を事前に察知できるスキルが豊富だからね。きっと、何とかなるよ。やったね!」
想像するだけでトラウマが深まってきた。最近、乗り越えるどころか悪化していっている気がする。
あいつらの力なら、簡単に地獄を形成できるというのがよくない。その事実が僕の悪いイメージに拍車をかける。
「み、みんな、家族のように好きだって言えばなんとかなるんじゃないかな……?」
「うーん、どうかな? きっと、みんなの顔がすごい曇ると思う。その後、徐々にフラストレーションが溜まっていって、爆発する運命しか見えないかな?」
「僕にとっては最高の愛情表現なんだけど……」
「お兄ちゃんの中ではね……。でも駄目だよ。家族じゃなくて異性として恋人関係になりたいと思うのが普通なんだから」
「つまり、リーパーは、死にたくなければ一夫多妻とやらを実現しろと言ってるのか……?」
「うん、お勧め。みんなハッピーだよ」
「明らかに、辛く苦しい道としか思えないんだけど……」
「うん、お兄ちゃんはそうだね。けど、みんなハッピーだよ」
「そのみんなに僕を入れようと思わないのか?」
「駄目。ここまで手を広げたお兄ちゃんが悪いんだから。大人しく、みんな引き取るように」
「だから、引き取るって言うなよ……。おまえ、あいつらのこと何だと思ってるんだ……」
「アタシはお兄ちゃんの記憶と感情で育ったからねー。たぶん、お兄ちゃんと同じだと思うよ? それでも、言ったほうがいい?」
「いや、やっぱりいいです」
聞けば心が折れる。
そう思ったので丁寧に断る。
そして、僕はリーパー一押しの一夫多妻について考える。
僕の世界でも、歴史を振り返れば頻出する。現代社会を生きている男性からすれば夢のような話だろう。
だが、ここで重要なのは一夫多妻の存在理由だ。その理由によって、意味はがらりと変わる。
これは僕のための一夫多妻ではなく、彼女たちのための一夫多妻ということだ。
それはハーレムなんて耳触りのいいものではない。もっと別のおぞましい何かだ。
「……駄目だ。やっぱり駄目だ」
そもそも、僕は元の世界に戻るつもりだ。そのとき、妹になんて言い訳すればいい。
異世界では一夫多妻が普通だったのでお嫁さんをたくさん貰いました、なんて言えるはずがない。
現代日本では一夫多妻は認められず、僕は日本人だ。断固拒否する理由がある。
なにより、僕は普通の恋愛というものに憧れている。
一流ドラマのような純愛が僕の理想だ。
なのに、一度もまともな恋を経験することなく、ハーレムの皮を被った墓場よりも恐ろしい何かへ叩き落されたくない。
まるで、
「ぜ、絶対に僕は純愛を貫く……。
「へー」
気のない返事が返ってくる。
木に登ろうとする豚を見るかのような目で、リーパーは僕を見る。
こいつ、無理だと思ってやがる。
「絶対に一夫多妻なんて認めないからな! 絶対!」
「わ、わかったってば。……それで、ハーレムやらないなら、これからどうするの?」
僕が必死すぎてリーパーは少々引いていた。
これから進むべき別の道を、僕は考え直す。
もはや、ラスティアラに想いをぶつけるのは無理だろう。
よくよく考えれば、告白なんて土台無理な話だったのだ。
もし、告白が成功したとしても、その先に待っているのは破滅だ。
お互いの気持ちを確認し合い、付き合うことができれば、日毎にお互いの愛情は膨らんでいくことだろう。そして、一緒に過ごせば過ごすほど、もっともっと好きになって、それで――
――スキル『???』によって僕だけ愛情を失うのだ。ラスティアラを置いて。
いつものように、感情をコントロールしても結果は同じことだ。ラスティアラとの感情の乖離は避けられない。
感情が膨らむのはラスティアラだけで、僕は冷めたままだ。
そんなもの、まともな恋愛とは言えない。純愛とは口が裂けても言えない。
上手く行くはずがない。
もし上手く行ったとしても、それはスキル『???』に支配された緩やかで罪深い恋愛だ。
そんな真似――好きだからこそ、好きな人にはしたくない。
「とりあえず、告白するのはやめるよ。思えば、まだ一週間ほどの付き合いしかラスティアラとはないしな。落ち着いて考えれば、焦ってもいいことなんてないって気づいたよ。色々考えすぎて、ちょっと混乱してたみたいだ」
マリア、スノウ、ラスティアラと、連続で深刻な話をしたのがよくなかった。追い詰められ、頭が煮立っていたことを自覚する。
僕は乾いた声で笑う。
リーパーも悲しそうに笑う。
「うん。冷静になってくれて嬉しいよ」
「せめて、自分の気持ちを確信できるまでは様子を見ようと思う」
「そうだね。もう少し待とう。お兄ちゃんが妹さんと再会するか……、もしくは、最低でもパリンクロン・レガシィを倒したあとだね」
「ああ……――」
――スキル『???』を消すまでは。
「明日からは今まで通り。それでいい?」
「ああ、そうするしかないな……」
僕は自身の問題を整理し終えた。
冷静になった僕を、どのスキルも止めようとはしない。
新たな生活の一歩目を僕は踏み出す。
死を恐れてしまった僕は――情けなくも、安全な一歩目を踏み出してしまう。
そこでリーパーはぴくんと猫のように震えた。どうやら、展開していた『ディメンション』で何か見えたようだ。
「どうした?」
「ラスティアラお姉ちゃんがこっちへ向かってる……」
僕は速まる鼓動を抑えて、ラスティアラの様子を聞く。
「さっきまで船首であわあわしてたのに。今はきりっとしてる。どうやら、向こうも落ち着いたみたいだね」
「そうか。よかった」
ことがこじれる前に、ラスティアラと冷静に話ができそうだ。
「それじゃあ、アタシは出るよ」
気を利かせて、リーパーは部屋から出ていこうとする。
その気遣いに僕は感謝する。
「リーパー……。その、苦労かけてごめん。助かったよ……」
「いいよ。お兄ちゃんとアタシは親友でしょ?」
言葉は必要ないと親友は格好よく言った。
いつもの如く、
「ああ、親友だ。ありがとう」
「ひひっ。アタシはそれだけでいいよ、それだけですっごい嬉しいから」
僕も親友と言い返すと、リーパーは屈託のない笑みで喜んだ。
そして、「じゃねー!」と言い残して窓から出て行く。
入り口から来るラスティアラとの鉢合わせを避けたのだろうが、僕としては窓を出入り口にするのはやめてほしかった。保護者代わりである僕の常識が疑われる。
子供の教育に悩む親のようなことを考えていると、ラスティアラがやってくる。
ラスティアラはドアの外から声をかけてきた。
僕は平常心を心がけて彼女を招き入れる。
ラスティアラは少しぎこちない動きでドアを開けて入ってくる。
そして、落ち着きのない様子で口をもごもごと動かし続ける。
「えっと、その、カナミ……」
風に当たって頭を冷やしたことで、顔の赤みは消えている。
僕も同じだ。色々と脅されて、冷やされた。
「――さっきのあれはびっくりしただけだから、勘違いしないように!!」
「あ、は、はい」
結局、ラスティアラは言葉を選びきれず、叫ぶことでごり押しにかかってきた。
唐突な叫びに、僕は反射的に頷く。
「ちょっと英雄譚っぽいことしようとしたら、シチュエーションに釣られちゃったんだよ! 不覚……! あれは状況が卑怯っ、卑怯すぎ! だからなし! なし!!」
自分へ言い聞かせるかのように、ラスティアラは繰り返す。いや、自分だけではないかもしれない。仲のいいマリアに言い訳をしている気がする。
「わかってる……。僕もなしにしようと思ったところだよ……」
僕はラスティアラの意見に同意する。――するしかない。
「うん、なしなし! まあ、英雄譚の参考になったのは確かだけどね……。でも軽い気持ちでやることじゃないね。反省しました」
「少しでも足しになったのなら幸いだよ……」
弱々しくうなだれるラスティアラに、僕も弱々しく答える。
「やっぱり、記憶のないカナミを騙して要求したのがまずかった……。後悔がすごい……」
「そう思うなら、今後は控えるようにね……」
「うん、もうしない。これで終わり。終わり終わり終わりっ」
ラスティアラは声に出すことで、気持ちを切り替えようとする。
僕もそれに付き合って、先ほどのことをなかったことにする。
――こうして僕たちは、より過酷な道を選ぶ。
しっかりと気持ちを切り替えた僕は、全く別の話を振る。
「――なあ、ラスティアラ」
「ん、なに?」
「今まではおまえしか僕の素性を知らなかっただろ。あれ、隠すのをやめようと思うんだ」
「素性?」
「僕が異世界から来たってやつ」
元々、僕が勇気を出してマリアへ伝えたら、ラスティアラの秘密を聞けるという約束だ。
しかし、順番を間違えて、僕はラスティアラの秘密を知ってしまった。すぐにでも約束を果たさないといけない。
「ああ、あれね。そういえば、私しか知らないのか……。うわ、また罪悪感が……」
僕だって罪悪感ばかりだ。
ラスティアラも我慢して欲しい。
「……実は他にも色々と隠してることがあるんだ。スキルとか魔法とか」
「あっ、やっぱり? カナミって、胡散臭い能力が多いからね。そうだと思ったよ」
「この機会に、それを全部みんなに明かそうと思うんだ」
「お、いいね。じっくり聞きたいよ」
「明日の朝、みんなを集めて話すから、みんなを見かけたら声かけといてくれないか?」
「うん、わかった。任せといて」
いつものように、僕たちは仲間同士として話す。
表面上は元に戻ったように見える。
けれど、まるで保身の為に女の子を騙しているかのようで、心が落ち着かない。いや、まるで、じゃない。言葉通りだ。
リーパーに言われた言葉がのしかかる。
人間関係がこじれるくらいならいい。けど、死人が出ると聞けば話は別だ。
この道しかない。
そして、晴々とした表情のラスティアラと僕は別れる。
ラスティアラが部屋から去ったのを見届け、よろめきながら僕はベッドへ倒れる。
新たな門出の一日目の終わりは、過去最高の自己嫌悪の中で迎えたのだった。
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