113.4日目、夕方


 準決勝のあと、すぐにラスティアラたちと別行動を取る。

 『カナミ』のときと比べて、『キリスト』の記憶を思い出した僕の信頼は厚く、大した説明も聞くことなく、ラスティアラたちは指示に従ってくれた。


 休息を求める身体を無視し、ラスティアラとは逆側の出口から僕は出る。そして、回廊を抜け、控え室に辿りつく。そこにはリーパーが待っていた。

 

「お兄ちゃん、おめでと。やっと真実を取り戻したね」


 リーパーは無邪気な笑顔で僕を祝福する。

 しかし、それを僕は素直に喜べない。


 記憶を取り戻したことで、かつての失敗の経験が警鐘を鳴らし続けている。

 彼女の祝福の裏に潜む真意を感じ取れてしまう。

 『繋がり』から伝わる感情が、リーパーと相容れないと教えてくれる。

 ――目の前の少女は、いつかのパリンクロンに匹敵する難敵だということがわかってしまう。


「ああ。ありがとう、リーパー。ちょっと辛い記憶だったけど、取り戻せて良かった。リーパーが手伝ってくれたおかげだ」

「ひひっ、よかった。これでお兄ちゃんは自分の願いを間違えないで済むねっ」


 リーパーは嬉しそうに笑う。

 しかし、その幼い外見と愛くるしい笑顔に騙されてはいけない。


 断定はできないが、推測はできる。

 おそらく、リーパーが『繋がり』で得られるものは感情だけじゃない。

 そして、『繋がり』の数が一本だけとは誰も言っていない。


 リーパーは大量の『繋がり』を作ることで、多くの人間から経験と感情を同時に学べる可能性がある。『繋がり』の上限がないのなら、その対象はラウラヴィア国市民全てだ。つまり、たった数日で、数百年分もの経験を得ることも彼女なら可能かもしれないのだ。

 ラウラヴィアにはパリンクロンの知り合いが多い。リーパーは多くの人の『繋がり』から、パリンクロンの力と記憶を読み取って学んだ。――そんな節がある。


 リーパーが年齢に見合わない態度を見せるのは、これが理由だろう。


「これで願いを間違えないですむ。あの竜討伐の夜、リーパーが背中を押してくれたからここまで来れた。本当にありがとうな」

「ううん、私は何もしてないよ。私は私のことで一杯一杯だからね」


 リーパーは何もしていない――ように見える。

 本当に僕の背中を押しているだけだ。


 そのやり口がパリンクロンと本当に似ていると思った。

 もしかしたら、『繋がり』だけじゃないかもしれない。


 昨日聞いた話だと、リーパーは「ラスティアラの人捜しを手伝った」と言った。


 それはいつだ?

 リーパーが自分を含めたみんなの身体の異常に気づいたのは、もしかして初日からだったんじゃないのか? 


 あの日、リーパーは魔力回収と情報収集のため、寝ずに国中を飛び回った。

 そのとき、ラスティアラたちと出会ったのだろう。


 そして、誰を捜した?

 ラスティアラが捜していたのは、パリンクロンのはずだ。

 保護対象の僕をもう見つけ終えていたのだから、次は敵の確認をしたかったはずだ。


 リーパーは次元魔法《ディメンション》で、ラスティアラの人探しを手伝った。

 その結果、レイル邸は更地になり、パリンクロンは国外に逃げた。その戦いにリーパーは居合わせていた可能性がある。――つまり、パリンクロンと接触した可能性が非常に高いということだ。


「で、記憶を取り戻したお兄ちゃんはこれからどうするの?」


 ――たったそれだけで、不安が拭え切れなくなる。


 リーパーの願いは『ローウェンを守ること』。

 その想いだけは嘘じゃないと、『繋がり』からわかる。


 だからこそ、リーパーと僕は決して相容れない。

 おそらく、ローウェンを消せる力を持つ僕を、ずっと彼女は疎んでいた。


 ゆえにリーパーは終始、僕を連合国から追い出すことだけを考えて行動してきた。記憶が戻らないと何もできないという考えを、僕に刷り込み続けた。スノウの自立を促し、リーパー自身のことも後回しにして、僕の記憶の回復を手伝った。最後には、ローウェンに僕は必要ないと囁き、妹の安否まで持ち出してきた。


 全ては、疎ましい僕をローウェンから遠ざけるためだ。


「これから、スノウと会って話をする」


 そのリーパーの反応を注意深く窺いながら、話を切り出す。


「スノウお姉ちゃんか……。でも、いいの? お兄ちゃんはスノウお姉ちゃん自身の力でウォーカー家の問題を解決してほしかったんでしょ?」

「ああ、そうだ……。けど、何も言わずに去るのも酷いだろ? 最後に話くらいはしないと」

去る・・――。……そうだね。最後くらいは話したほうがいいかもね。お兄ちゃんは憂いなくパリンクロンのやつを追わないといけないんだもんね」

「ああ。……けど、よくパリンクロンのことを知ってるな。誰から聞いたんだ?」

「……レイルさんだよ。ローウェンがカナミの過去の話をレイルさんから聞いたとき、私も居たんだよ。だから、パリンクロンって人が記憶を封印した人だって知ってるんだ」

「そっか。それで僕の過去のことに詳しいんだな」


 僕は深く考えず、できるだけ無感情に話をする。

 おそらく、リーパーも同じだろう。僕たちは感情が高ぶらせると、『繋がり』のせいでそれが相手に伝わってしまうからだ。


 聖誕祭までの経験を得た『カナミ』。

 数百年分もの経験を得た『死神リーパー』。

 30層で出会ったとき、純真無垢だった二人はもういない。

 お互いに嘘だらけの矛盾だらけ。


 それでも、僕たちは表情を変えずに話を続けていく。


「でも、体調は大丈夫? そんなに急がなくても、もう記憶は戻ったんだから、数日ほど休んでからでもよくないかな?」

「いや、すぐにでもパリンクロンを追いたいんだ。だから、いまから行くよ」

「そっか。パリンクロンって人を追いたいなら……、仕方ないね……」

「リーパー、僕の魔力はすっからかんだから、《ディメンション》でスノウを探してくれないか?」

「……ん、わかった。――ええっと、いまスノウお姉ちゃんは、西エリアの医療船だね」

「ありがとう。……急ごう」

 

 リーパーは少しだけ考えたあと、スノウを探してくれた。

 僕は居場所を知り、すぐに歩き出す。


 その後ろをリーパーはついてくる。

 後ろを見なくてもわかる。

 リーパーは僕の一挙一動を観察している。

 鋭い視線が背中に突き刺さり続けている。


 それでも僕は慎重に、平常心で歩き続け、魔力を蓄えながら西エリアへ向かった。

 そして、医療船に乗り込む。『エピックシーカー』のギルドマスターとしての肩書きを使って、スノウの待つ病室へ向かう。


 リーパーは船の甲板で待たせた。

 スノウとは二人きりで話をしたいと言って、無理やり納得させた。とはいえ、《ディメンション》を強めに展開されれば、中の様子など丸分かりだろう。安心はし切れない。


 絶対にスノウの説得は失敗できないと心に決めて、僕は歩いていく。

 そして、スノウの病室の前――そこで、僕は『エピックシーカー』のテイリさんと再会する。


「カナミ君……?」


 スノウの看病のため、付き添っていたのだろう。

 記憶が戻ったとはいえ、それでも『エピックシーカー』で過ごした記憶が消えたわけではない。僕は複雑な気持ちで、彼女に話しかける。


「テイリさん……」

「……ああ、よかった! 来てくれたのね!」


 テイリさんは暗かった顔を明るくする。

 僕がここに現れたのが、意外だったのだろう。

 歓喜と驚きが半分ずつといったように見える。


「はい。スノウと最後に話をしようと思ったので……」

「……そう。やっぱり、これで最後なのね?」

「はい」


 最後になるかはわからない。

 けれど、リーパーが近くにいる以上、そういう方向で話を進めていく。


「カナミ君、お願い……。スノウのことをわかってあげて……。あの子も必死だったの。あの子なりに必死に戦ってたの……!!」


 テイリさんはスノウの味方をする。

 その姿は、まるで自分の妹を守る姉のようにも見えた。


 もう僕と話をするチャンスはないかもしれないと、テイリさんは思っているのだろう。懸命にスノウの過去を語っていく。


「……昔、スノウは『竜化』してでも本気になったことが三度あったわ。けど、そのどれもが最悪の結果を呼んだの。一度目は故郷を滅ぼし、二度目は憧れていた『英雄』を殺し、三度目は共に逃げてくれた親友が死んでしまった。そして、これで四度目。また、間違えたと……大切なものをなくしたとスノウは思ってるはずだわ……」


 薄々とわかってはいた。

 スノウの人生は、失敗の人生だ。

 間違えて間違えて間違えたせいで、何もかもを諦めてしまった。


 少し間違えれば、僕もそうなっていたかもしれない。


「お願い、カナミ君。カナミ君は『英雄』なんでしょう? スノウを助けてあげて……。ここでスノウが助からないと、誰も報われないの……。誰も……」

「……すみません。それはできません。僕は『英雄』じゃありませんから」


 はっきりと僕は否定する。

 それを聞いたテイリさんは、とても残念そうに顔を俯けた。


 テイリさんは僕が『英雄』嫌いなのは知っている。それでも、僕にスノウの『英雄』をして欲しいのだろう。


「……なら、カナミ君はスノウの何なの?」

「僕は……、スノウの『パートナー』として話をしてきます……」


 勘違いでなければ、最初の頃、僕とスノウはパートナーになれていたはずだ。

 あのとき、スノウは僕に縋っていなければ、『英雄』としても見てなかった。あの関係こそが理想と思い、僕はパートナーを自称する。


 記憶の戻った僕は、スノウとパートナー同士でありたいと本気で思う。


 小さく「そう、パートナー……」と頷くテイリさんを置いて、僕はスノウの待つ病室の扉を開ける。


 僕は部屋の中に入る。


「スノウ――」


 真っ白な部屋だった。

 高級な白いベッドに、白で統一された家具。

 窓には白くて大きなカーテンが揺らめいている。


 そのカーテンに髪を撫でられながら、スノウは窓から外を見ていた。

 どこまでも広がる青い空を、眩しそうに見つめていた。


 とても眩しそうに。





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