76.再準備完了



「なんだこいつ……?」


 それは20層を目指している途中、14層の『正道』を外れてボスを狩ったあとのことだった。


 《ディメンション》内を高速で移動しているモンスターを見つける。

 そのモンスターは、およそ14層に似つかわしくない速さで動いていた。僕は強敵かと思い、遠くから『注視』していく。



【モンスター】ラインスキッター:ランク1



 予想に反して、異様にランクの低いボスモンスターだ。

 速さとは逆の意味で、14層に似つかわしくない。


 姿は青く輝く小さなネズミに見える。

 ただ、その輝きは普通ではない。


 僕は興味が湧き、そいつを追いかけることにする。

 後方のスノウは、いまにも寝そうな顔をしていたが、放置してラインスキッターの方に足を向ける。


 ボスでありながら、ラインスキッターはエリアに収まることなく走り回る。それに接近するのは容易なことではなかった。

 ただ、追いかけていく内に、少しずつラインスキッターの走り回る法則がわかってくる。

 そして、徒歩では、いつまで経っても遭遇できないと僕は確信する。


 仕方がないので、スノウは『正道』で待たせて、単独行動を開始する。

 僕が本気で走ってしまうと、スノウは付いてこられないからだ。

 これはステータスの特徴なので仕方がない。僕は速さに特化しており、スノウは耐久力に特化している。その差だ。


 スノウに『正道』で寝ないようにと言い聞かせたあと、僕は全力でラインスキッターを追いかけ始める。

 ラインスキッターの通る回廊を予測し、少しずつ距離を縮めていく。


 数分後、風を切りながら走るラインスキッターとの邂逅に成功する。

 すぐに僕は『持ち物』から剣を抜き、斬りかかった。

 しかし、斬りかかった瞬間――ラインスキッターは速さを増して、僕の剣をかわす。


「なっ――!?」


 僕に許されたのは、その一太刀だけだった。

 剣をかわしたラインスキッターは、僕の横を通り過ぎて、回廊の暗闇の中に消えていった。


 僕は追いかけようとして――剣を避けられたときの速さを思い返し、足を止める。


 おそらく、あのラインスキッターのトップスピードは僕よりも速い。

 ただ追いかけるだけでは駄目だとわかり、剣を『持ち物』に戻す。そして、僕は自分の魔法と『持ち物』から、別の手段を模索していく。


 最も自信のある《次元の冬ディ・ウィンター》は有効ではない。あれは向かってくる敵を迎撃するための魔法だ。逃げる敵の行動を阻害しても大した影響はない。

 《過密次元の真冬ディ・オーバーウィンター》も同じだ。減速効果があるとはいえ、まずその領域内にラインスキッターを収めることが難しい。魔力を消費して効果範囲を拡大してもいいが、それでも成功確率は低いだろう。

 あとは《アイス・急造矢アロー》などによる遠距離攻撃だが、あの速度に的中させるのは魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》でも自信はない。


 ――よって、僕に残されたのは罠系の魔法だけだった。


 『持ち物』から水を取り出し、ラインスキッターが通るであろう道に大きな水溜りを作る。その上に《次元雪ディ・スノウ》を一つ置く。もちろん、まだ弾けさせはしない。


 地面を走るラインスキッターならば、この罠にかかる可能性は高い。

 さらにランク1であるという情報が、このチャチな罠でも捕らえられる可能性を示唆していた。


 僕は同じ罠を五つほど作ったあと、ラインスキッターの位置を把握する。


 準備を終えた僕は、先ほどと同じようにラインスキッターに近づいていく。敵の逃亡方向を少しずつ制限していき、この罠群に追い込むためだ。


 できるだけ急がないといけない。

 水溜りの罠の基点は《次元雪ディ・スノウ》だ。

 他のモンスターに割られてしまうと、罠が無駄になってしまう。


 そして、何度もラインスキッターを追い回していくうちに、ようやくラインスキッターは罠がある領域に足を踏み入れた。


 僕は追いかけるのを止めて、罠の発動タイミングに全神経を集中させる。

 ラインスキッターが水溜りに足を入れた瞬間、《次元雪ディ・スノウ》を弾けさせる。冷気が弾け、一瞬のうちに水溜りは凍りついた。無論、ラインスキッターの足ごとだ。


 僕は《ディメンション》で捕縛したことを確認し、急いで凍った水溜りまで向かう。


 そこにはピィピィと鳴きながら氷から抜け出そうとしているラインスキッターがいた。どうやら、速度はあっても、力はないモンスターのようだ。


 少しだけ良心が痛む。

 しかし、弱肉強食を心の中で繰り返し、僕はラインスキッターを剣で斬る。



【称号『輝線疾走』を獲得しました】

 速さに+0.05の補正がかかります



 ドロップした魔石を『注視』する。



【クレセントペクトラズリ】

 閃光を走らせる魔力の集合体

 誰よりも速い呪いのかかったモンスターから、稀にドロップする


 

 説明文からも希少であることがわかり、僕は労力に見合ったものが手に入ったと安心する。


 目標を達成した僕は、スノウのところに戻っていく。

 『正道』まで辿りつき、その姿を探す。


 しかし、あれだけ注意したにも関わらず、スノウは『正道』の端で目を瞑っていた。流石に寝息は立てていないが、それでも目に余る。


「スノウ、寝るなって言っただろ……」

「……む。ん、うん? ううん。寝てない寝てない」

「いま反応遅れてたじゃねえか」

「……気にしないでいい。それよりも、例のは倒せた?」


 スノウは話を逸らそうとする。

 彼女の面倒臭がりは筋金入りなので、これ以上注意しても無駄だろう。


「ああ、罠で捕まえて倒した。こんなのを落としたぞ」

「……お、おぉ。これ、連合国五国でも、年間一つ出回るかどうかわからないレアなやつ。確か、『クレセントペクトラズリ』?」

「それで合ってる。結構、苦労した」

「……アレを倒しても、必ず落とすとは限らない。だから、すごく希少。よかったね、カナミ」

「そうなのか? なら、ラッキーだったな」


 今回は運が良かったようだ。

 実際、《ディメンション》でラインスキッターを感知できたこと自体も偶然に近い。


「……ようし。良いものも手に入ったし、進もう進もう」


 スノウはやる気を見せる振りをして迷宮を進もうとする。

 『正道』で仮眠を取っていたことで、僕から小言を並べられたくないのが丸わかりだ。


「そうだな。進もう」


 本当ならば、小一時間は説教をしたい。

 迷宮のモンスターが『正道』に入ってくる可能性、他の探索者に襲われる可能性、多くの不慮の事態について、一から長々と説明したい。

 しかし、スノウの性格からして、無駄に終わる可能性は高い。


 僕はスノウの性格を矯正する方法を考えつつ、迷宮の奥に進んでいくしかなかった。



 ◆◆◆◆◆



 スノウは戦わなくてもいいと宣言していた僕だったが、その約束は19層の中腹で反故となる。

 やはり、迷宮に不慮の事態はつきもので、一度モンスターに囲まれてしまえばスノウも戦わざるを得なくなる。


 相手は19層のモンスター、カーマインミノタウロス。

 ただ、スノウとカーマインミノタウロスの戦闘は、思った以上に一方的なものだった。


 スノウが片手で振りぬいた鉄の大斧が、カーマインミノタウロスの右足を斬り飛ばす。

 敵も負けじと悲鳴をあげながら、斧を振り下ろし返す。しかし、スノウはもう片手に持っていた大剣で、その一撃を軽く受け止めた。

 耳を破るような金属音と共に、カーマインミノタウロスは後方に弾き飛ばされていく。


 スノウの数倍もの体躯のカーマインミノタウロスが、逆に吹き飛ばされたのだ。

 その光景を見て、僕は目を見張った。


 そして、そのままスノウは、吹き飛ばされたカーマインミノタウロスの首を切り落とし、心臓に剣を突き立てた。


 丁度、僕も相手にしてたモンスターを倒し終えたところだった。

 その圧倒的な膂力に安心しながら、僕は呟く。


「これで終わりかな」


 僕は光となったモンスターたちから魔石を回収し、手に持った剣に目をやる。


 血塗れの上に、刃こぼれしてしまった剣を『持ち物』にしまう。続いて、予備の剣を取り出していると、スノウが武器をこちらに手渡そうとしてきた。


「……ん」


 どうやら、僕の『持ち物』に武器を入れて欲しいらしい。

 スノウは『持ち物』システムのことを知っている。本当は誰にも他言したくない能力だが、彼女には教える必要があった。

 これから長く協力し合うというのもあるが、なによりもスノウの武器の運搬には『持ち物』システムが絶対に必要だった。


 スノウは竜人ドラゴニュートという種族の補正のおかげで、ステータス以上の膂力がある。その補正のため、彼女は重量のある武器を扱って戦うのが最も強い。しかし、膂力に任せた攻撃をするためか、武器の損耗が早いという弱点もある。


 総じて言うと、彼女が最高のパフォーマンスを発揮する条件は、重量のある武器を大量に持ち運べるときだ。本来、迷宮探索の性質上、その最高のパフォーマンスをスノウが発揮することはない。しかし、僕の『持ち物』システムならば、重量制限という迷宮探索の性質を無視できる。


 こんなに大きな恩恵が目の前にぶらさがっていては、秘密を教える他なかった。

 僕はスノウの武器を見ながら、その意図を問う。


「どうした?」

「……ん。これ重い」

「いや、それ持ってないと、スノウでもミノタウロスは倒せないだろ?」

「……囲まれたら、また出して」


 しかし、『持ち物』システムを知ったスノウは、手ぶらで探索できるくらいにしか思っていないようだ。できるだけ手ぶらになろうと、ずっと必死だ。


「咄嗟のことに対応できなくなるから、持っててくれ。頼むから」

「……むう」


 はっきりと断って、僕は20層に足を進めていく。

 一度武器を持たせたら、絶対に受け取らないようにしないといけない。動きを重くしてモンスターと戦わざるを得なくすれば、ちゃんとスノウは戦うのだ。下手に身軽にさせると、ちょろちょろと逃げ回ってサボろうとする。


「スノウ、置いてくぞ」

「……ああ、手が疲れる」


 スノウは両肩に武器を乗せて、渋々とついてくる。

 僕はチャンスだと思い、20層へ向かう途中、何度かモンスターをスノウにあてがって戦闘させた。


 そんな嫌がらせにも似た経験値稼ぎを繰り返していくうちに、僕たちは20層まで辿りつく。


 階段を下りた先には、10層と同じく殺風景な空間が広がっていた。

 僕は10層の時と同じように、20層の隅に《コネクション》を設置する。これで僕たちは、いつでも迷宮内を行き来できる。


「よし、これで目標は達成」

「……よし、戻ろう。そして、今日は終わろう」

「終わりはしないけど、戻るのはありだね。『エピックシーカー』の誰かに回復してもらおうか」

「……か、回復? まだ私をこき使う気なの?」

「言うほど働いてないだろ。いいから行くぞ」


 僕とスノウは『エピックシーカー』の本拠にある執務室に移動する。


 そして、すぐに《ディメンション》で回復魔法を扱えるメンバーを探す。昨日、仕事のほとんどを終わらせてしまったためか、暇なメンバーを見つけるのは容易だった。


 神聖魔法を修得しているメンバーに声をかけ、傷を癒してもらう。とはいえ、余り苦戦はしていないので、どれも擦り傷程度だ。

 回復してくれた魔法使いが傷を治しながら、にやついていたのが不気味だった。理由を聞いたところ、強い人の傷を治すのが生き甲斐らしい。流石は『エピックシーカー』の回復係だ。どこか頭がおかしい。


 スノウと僕のHPが全快したのを確認して、もう一度迷宮に行こうとする。しかし、スノウが休みなしの挑戦に苦言を呈する。


「……きゅ、休憩を」

「駄目だ。僕たちの体調は万全だ。行かない理由がない」

「……こうも連続だと、精神的に参る。――そ、そうだっ。さっきの『クレセントペクトラズリ』出して」

「これがどうかしたか?」


 僕は『持ち物』から『クレセントペクトラズリ』を取り出して、スノウに見せる。


「……うちの鍛冶師のところに持っていこう。加工できそうなら頼んで、武器を新調しよう。こんなにレアな魔石なら、面白くなりそう」

「ああ、『エピックシーカー』には専属の鍛冶師が居るのか。確かに、それは面白そうだ」


 武器を新調するのは賛成だ。

 今日も、いくつか剣を破損した。大量生産品で問題ないと思っていたが、長い目で見れば、そろそろ高価な一品物が必要かもしれない。


「……よし行こう。色々と作ってもらおう。私は隣で見てるから」

「隣で寝てるの間違いだろ?」


 僕は苦笑しながら、スノウの提案を受け入れる。

 そして、『エピックシーカー』本拠の端に位置する工房へ向かったのだった。

  

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