77.鍛冶屋
「あのー、すみませんー」
挨拶をしながら、黒い煙の昇る工房の中に入っていく。
外観では広そうに見えたが、思ったよりも中は狭い。
所狭しと作業道具が散らかり、年季の入った加工台と炉がいくつも設置されている。異様に室温が高く、
「……あれ? お客さんかい。えっと、何の用かな?」
工房の奥で剣を眺めていた長い髪の男が、こちらに気づいて返事をする。
「色々と魔石を持ってきたので、何か作ってくれませんか?」
「はいはい、なるほど。いいよいいよ。どうせ暇だから」
長い髪の男は眺めていた剣を置き、髪を掻き上げながら、こちらに近づいてくる。その素顔が露になり、古傷の多さに僕は驚く。
片目が潰れ、両耳が削げ落ちている。大量の火傷跡が顔面に残ってあり、見ているだけで痛々しい。
「よ、よろしくお願いしますね……」
「あら、驚かせちゃったか。初めての人が見たら無理も――って、うちのマスターじゃないか。こんな汚いところまでわざわざ来なくても、呼ばれたら行くよ?」
「いや、用があるのは僕だから出向くのは当然ですよ。それにマスターとして頼みに来たわけじゃありません。カナミという個人として頼みに来ました。えーっと……、アリバーズさん?」
「アリバーズ・リヴァース。よく覚えてたね。あの総当たり戦のとき、挑戦してないのに」
「みなさんの名前は必死で覚えました……」
僕とアリバーズさんは握手をしながら自己紹介を行い合う。
そして、僕は軽くアリバーズさんのステータスを確認する。
【アリバーズ・リヴァース】
先天スキル:神聖魔法1.34
後天スキル:属性魔法0.23 鍛冶0.89 剣術0.07
さほど鍛冶スキルは高くない。むしろ、戦闘能力のほうが恵まれている。レベルは高くないものの、それでも一線級の魔力はあった。魔法使いの探索者と言われたほうが納得できるステータスだ。
昔は探索者だったが、怪我で鍛冶師に転向した可能性が高い。
「それでマスター、どんなのを持ってきたんだい?」
「スノウに珍しいって言われたやつを持ってきました」
そう言って、僕は『持ち物』から魔石を取り出す。
せっかくなので、以前から溜めていた珍しそうなものも全て見せていく。
加工台の上に様々な色の魔石が広がり、アリバーズさんは目を輝かせる。
「す、すごいなあ……。国の換金所でも、滅多に見ないのばかりだ」
「ずっと溜めてたんです。これを使って、頑丈な武器は作れますか?」
「いや、そりゃまぁ、これだけあれば何でも作れるよ」
「お願いします。何度も武器が破損して、困っていたんです」
「へえ、武器が破損するようなモンスターなんて想像したくないねぇ。けど、破損した武器の修理も、俺はやってるけど? 持ってきてくれたら再利用できるかもしれないよ。程度によるけどね」
「え、そうなんですか?」
「直すより、買うほうが安くつくのがほとんどだけどね」
「うーん、ちょっと取ってきます」
こんなに手近なところで武器の修理が可能だったことに喜び、僕は出口に向かう。武器といった大きなものを小さな袋から出すのは不自然なので、外で『持ち物』から出す必要がある。
スノウを連れて外に出る。そして、人目のつかないところへ移動して、『持ち物』から破損した武器を出していく。
もちろん、今日使った剣数本とスノウが壊した槌や斧も取り出す。
色々と出していく途中、『持ち物』の中に覚えのない壊れた剣を見つけた。
刃先の歪んだ――古びた剣だ。
まるで、マグマにでも突っ込んだかのように刃が溶けている。
【アレイス家の宝剣(破損)】
攻撃力1
鉄の棒を振り回すのとかわらない攻撃力だ。
しかし、名称に「宝剣」とついている。名前だけなら立派なものだ。
ただ、これを手に入れた経緯が思い出せない。
しかし、迷宮に放置された金目のものを、とりあえずで『持ち物』に入れることはよくある。おそらく、迷宮探索の途中で拾ったのだろう。
僕は『アレイス家の宝剣』も見てもらうことにする。
怪力のスノウに荷物を無理やり持たせて、工房へ戻る。
「持ってきました、アリバーズさん」
「おっ、早いねぇ――って量、多い!」
「はは、すみません……」
「……どれどれ、見せてもらうね」
僕もアリバーズさんと一緒に武器を見ることにする。修理できるものとそうでないものの差がわかれば、今後の探索の役に立つ。
ちなみに、スノウは部屋の隅で体操座りをして眠り始めていた。
「見たところ、剣類はマシだね。研ぎ直せば何とかなるものばかりだ。ただ、このでかいやつらは駄目かな。根元から歪んでるし、刃もボロボロ。鋳潰して、材料に変えるのが無難なところだね」
「なるほど……」
スノウが扱った武器の状態が特に悪いようだ。
「あとは……ん、んん? これ……」
アリバーズさんは壊れた武器の中から、一つの剣を取る。
『アレイス家の宝剣』だ。
「それがどうかしました?」
「いや、これ業物だね。希少な鉱石で出来てるから、銘くらいはあると思うはずなんだけど……。状態が酷すぎて、銘が読めないな……」
「えっと、以前は「アレイス」って書いていた気がします」
修理の足しになるかもしれないと思い、僕は『表示』の情報を開示した。
「アレイスって、あの? でも、それは銘と違うような……」
「アレイスってどういう意味なんですか?」
「え? そりゃ、あの名門貴族のことだと思うよ。多くの優秀な剣士を輩出し、かの剣聖がいる家名だね」
「へえ、そりゃすごい」
アリバーズさんは僕の質問に答えながらも、剣から目を離さない。
物珍しい業物に興味津々といった様子だ。
「うーん。申し訳ないけど、これは俺じゃあ直せそうにないな。鉱石が特殊過ぎる」
「それじゃあ、鋳潰して材料に変えてもらっていいですよ」
どうせ拾い物だからと、僕は適当に話す。その瞬間、なぜか背中に寒気が走った気がした――けれど、すぐにアリバーズさんが首を振って拒否していく。
「いや、持ってたほうがいいよ。俺には無理だけど、フーズヤーズの鍛冶師なら望みがあるかもしれない」
「はあ……」
別に、この剣に愛着があるわけでもない。
材料に変えて貰っても良かったのだが、アリバーズさんの目から見ると大変もったいないようだ。
「あと面白いのは、この魔石だね。確か、『クレセントペクトラズリ』だ。これ売ると三年は遊んで暮らせるけど、いいの?」
「え、そんなに!?」
僕は想像以上の値段に度肝を抜かれる。
僕の目的の一つに、マリアの治療費を払うというものがある。その目的が、この魔石を売るだけで解決してしまう。
「けど、これを使えば、それなりのものが作れるとは保証するよ。剣をコーティングして、頑丈なものにできる。俺としては指輪かネックレスにして、この魔石を活かしたマジックアイテムのほうがいいと思うけどね」
「マジックアイテムよりも頑丈な武器のほうが要りようなものなので……」
「この惨状を見れば、その気持ちはわかるよ。俺も武器を作るほうが性に合ってるから助かる。……それじゃあ、壊れた武器と手頃な魔石を預かろうかな」
「どうぞ」
そのあと、僕とアリバーズさんは取引する武器と魔石を記録し、受け渡しの日取りなどを決めていった。
出来れば早く頑丈な武器が欲しいという願いを出すと、アリバーズさんは少し考えて、それに対応する案を出してくれる。
「仕事を早くするには、人手を増やすのが理想的だ。そうすれば質が落ちない。街のほうから知り合いの鍛冶師を誘えば、必然と仕事は早くなる。けど、そうすると、かなり割高だよ?」
「いえ、何本も武器を壊すよりは割安です。出来るだけ早くお願いします」
「わかった。なら、代金はこうなるかな……? 余っている魔石のほうは俺が換金所のほうで金に換えておこう。マスターは忙しそうだからね」
「助かります」
「それじゃあ、すぐにマスターとスノウの武器を用意しよう。これが契約書だ。相場と詳細は、そこのスノウに聞いてくれ。あんな風だが、こういうことには詳しい。不当な値段だったら、遠慮なく文句を言いに来てくれていい」
「スノウが……? わかりました」
部屋の隅で寝転んでいるスノウに目を向ける。
そういったことはサブマスターであるパリンクロンかレイルさんに聞こうと思っていたが、どうやらスノウでも大丈夫のようだ。
「そして、ここからが一番大事な話だ……」
「大事な話、ですか?」
「ああ。武器を作るのに一番大切なところが、まだ決まっていない」
僕は大方の話がついたと思っていたが、鍛冶師という本職の目から見て、一番大切とまで言わせるだけのものが決まってないらしい。
「そ、それは一体?」
「それは……デザインだ!」
「は、はぁ……。デザインですか?」
「ああ! 見た目こそっ、装飾こそっ、何よりも大事だ! 出来よりも、美しさ! 剣が美しければ、マスターの華麗な剣捌きも映えるだろう!?」
駄目だ、この人……。
真面目な人かと思ったが、流石は『エピックシーカー』専属の鍛冶師。
ろくな思考回路をしていなかった。
「命を預ける武器ですよ? 見た目よりも、出来を重視してください」
「命を預けるからこそさ! 命を散らす瞬間っ、鮮血が舞う中っ、持っていた剣が格好悪かったら、死んでも死に切れないだろう!? 英雄の死に様は、美しくあるべきだからね!」
「いえ、死なないために武器がいるんです。死ぬときのことなんて考えてませんよ」
「それはいけない、マスター! 生きている間に為すことも重要だが、死に方はもっと重要なのだよ!?」
「生きている間のほうが重要です。見た目はどうでもいいから、丈夫なやつを作ってください」
「そんな殺生なっ! 格好良い剣士に格好良い剣を使ってもらうのが、俺の生きがいなのに!」
「マスター命令です。丈夫さを重視して作ってください」
「ははっ。残念だが、『エピックシーカー』でそれは通用しないよ。ここでは命令違反なんて日常茶飯事だからね!」
性に合わない命令までしたものの、アリバーズさんは逆らい続ける。
本当に『エピックシーカー』は変人しかいなくて困る……。
「はぁ……。それじゃあこの話はなかったことに……」
「そ、それは大変困る! せっかく、マスターの剣に携われそうなのに!」
「なら、真面目に仕事してください。こっちも手近な工房じゃなくて、遠くの工房へ行くのは面倒なんですから」
「むう……。仕方がないか。一先ず、丈夫なものを作ってから、あとから装飾を凝るという形でどうだろう……?」
「多少重くなる程度でしたら、こちらも妥協しましょう。けど、その装飾の代金は払いませんからね」
「仕方ない。そこは自腹でなんとかしよう」
「自腹って……。諦めるという選択肢はないんですかね……?」
「ないな」
「ないんですか……」
そう言い切ったアリバーズさんは、加工台の上に厚い紙を広げて、羽ペンで完成予想図を書き始める。
「一応、要望があればいま今聞こう。俺としては白を基調としたシンプルな直剣にしようと思っている。これなら丈夫に作れる。そこに銀細工を施し、溶かした碧の宝石で文字を刻む。――どうだい?」
僕は描かれた剣を見て、その見事なフォルムに目を奪われる。
「こだわっているだけのことはありますね……。ただ、僕の好みだと、文字の色は碧よりも蒼ですね。より爽やかな感じがしますから」
「マスターは清廉なデザインが好みなんだな。わかった、考慮しよう」
「あとは統一性と流麗さですね。アンバランスな剣は使いにくいので、左右対称でお願いします」
「うーん、俺は非対称のほうが好きなのだが……。仕方がない、そこは装飾で補おう」
完成するであろう剣を夢想して、僕とアリバーズさんはお互いの趣味をぶつけ合う。
どうやら、アリバーズさんに釣られて、僕も興奮してしまっているようだ。根っこのところにある僕のゲーム好きな性格が、表に出てきているのが自分でわかる。
こうして、僕とアリバーズさんは武器について長時間、熱い討論をしてしまい、気づけば日が暮れてしまっていた。
語ることは語り尽くした僕たちは、とてもいい笑顔で別れの挨拶を交わす。
「それじゃあ、マスター。久しぶりの大仕事だから、張り切らせてもらうよ」
「はい、よろしくお願いします。――スノウ、終わったぞ。行こう」
隅で寝転んでいるスノウの首根っこを掴む。
興味のない長話のせいで、彼女は完全に熟睡してしまっていた。
小さく笑うアリバーズさんに苦笑いで応えながら、スノウを引きずって工房の外に出る。
これで、明日から始まるであろう20層以降の迷宮探索攻略も楽になるはずだ。
正直なところ、今日の探索は遊びのようなものだ。本番は20層以降と言っても過言ではない。
工房を出たあと、僕とスノウは街に出る。
迷宮探索の本番の準備のために買い物をして、教会にも寄る。
レベルは15になり、いつも通りボーナスポイントを魔力に振る。《ディメンション》の使用機会が増えてきたため、精度を上げるためにも他の選択肢は考えられなかった。
どれだけ強化されたかわからない魔力を《ディメンション》で確認しながら、僕はマリアの待つ部屋に帰っていった。
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