53.閑話


 フーズヤーズの大聖堂。

 その巨大で荘厳な建物は、このフーズヤーズを代表するシンボルの一つだ。

 場所はフーズヤーズの九番地にあり、周囲には公的機関が多い。


 聖堂と聞いていたので、西洋風の教会を大きくしたものかと僕は思っていたが、そのイメージは間違いだった。


 大聖堂を表すのならば、要塞という一言で済む。

 僕の世界の東京ドーム何個か分の広さを、人工の川で囲い込み、さらにその内側を背の高い針葉樹と鉄の柵で囲い、内部を隠している。


 そして、その中心部には、背の高い針葉樹でも隠しきれない背の高い建物が――城砦がそびえ立っている。


 城に入るには、人工の川にかかった巨大な跳ね橋を通らなければならない。


 跳ね橋がかかっている場所は一つだけ。

 つまり、基本的な入り口は一つしかないということだ。


 その幅五十メートルはある巨大な跳ね橋は上がっておらず、ずっと架かったままになっている。ディアから跳ね橋を上げる習慣はないと聞いていたので、川越えを強制させられる心配はなさそうだ。


 心配はないが――その分、跳ね橋の警護は厚い。


 橋を守る警備の騎士が数十人ほど、常に待機してある。

 橋の終わりには巨大な門が構えられ、その両隣には高台も建っている。近くには騎士が駐留するための小屋も見える。何があっても不審者を通さないという意気込みが窺えた。


 僕は川越えの方法について思案する。


 いま現在、川の外周には十メートル毎に騎士達が立ち並び、見張っている。

 明日になれば、さらに警備の人員は増すだろう。ゆえに、無防備な川を凍らせて、柵を登るというのは簡単にいかない。なにより、正門以外から侵入すると、中の道がわかりづらくなるのが痛い。


 僕が知っているのは、ディアから聞いた正門から大聖堂までの道だけだ。

 入り口を違えば、時間のロスの予測がつかなくなる。


 『正門からの侵入』か、『川越えからの侵入』か……。


 どちらを選択するかは、当日の警備の厚さを比べてから決めたほうがいいかもしれない。当日になっても川の周囲の警備が変わらなければ、川越えを選択しよう。 


 そう僕が明日の侵入のシミュレートを重ねていると、魔法《ディメンション》で独特の気配を捉える。

 その異様な高温体は、誰かわかりやすかった。


「――やあ、頑張ってるね」


 守護者ガーディアンアルティが後ろから声をかけてきた。


「何か用?」

事情は知っている・・・・・・・・。だから、確認をしにきた」


 アルティは何もかも見通すような目で、僕に語りかける。

 ラスティアラの話をディアかマリアにでも聞いたのかもしれない。もしくは、その反則的な能力で盗み聞きしていたか。


 その上で、僕に聞きたいことがあるようだ。


「確認?」

「君がラスティアラを助けようとするのは、なぜだい? それが愛だというのなら、私は手助けする準備があるよ」


 相変わらず、恋バナの好きなやつだ。


 どうしても色恋沙汰に繋げたい様子だ。

 けれど、今回はそれが的中してる。僕は少しだけ考えて、首を振る。


「愛とか恋では動いてないよ。もっと単純な理由だ」


 もうそれは消えてしまった。

 いま僕の胸の内に、そんな綺麗なものはない。


 ないものを理由にはできない。それはきっとラスティアラに失礼だろうし、自分も納得できない。だから、いま僕にあるのは、とてもシンプルな理由だ。


「それは?」

「気に入らないことがある。このまま、弄ばれ続けるのは我慢ならない。だから、僕はラスティアラのしがらみを断ち切る」


 要は――異世界とか、スキルとか、魔法とか、国とか、文化とか、そんなものに遊ばれるのが苛立つのだ。


 人には自由意志がなければならない。

 それを奪われたままで、僕は迷宮探索を続けることはできない。


 だから、僕はスキル『???』に抗うし、ラスティアラを助ける。そして、全てが終わったあと、マリアやディアと一緒に迷宮探索をするのだ。


「むう……。よくわからないが……、そうはっきりと愛じゃないって言われると、愛に生きる私としては手助けしにくいね」

「何もしなくて良いよ。アルティの存在がばれると、それに味方してもらっている僕たちの立場が危うくなる。手助けしてくれるなら、町中じゃなくて迷宮内でお願い」

「ふむ、わかったよ。私としても、贔屓しているマリアちゃんの不利益になることはしたくないからね。今回は静観していよう」


 アルティは物分りが良かった。

 そして、優しい表情のまま、言葉を足す。


「でも、死んでもらったら困るからね。危ないと思ったら、火を点けてくれ。火さえあれば、手助けくらいはできる。明日はキリストたちのために待機しているから、いつでもいい」


 その言葉を最後にアルティは踵を返す。


「助かる」

「いいよ。私たちは協力者だからね」


 そう答えたアルティの声は震えていた。

 悲しみといった負の感情ではなく、喜びの感情で震えていた。

 小さくだが、確かに笑っている。


「ふふふ、あと少しだね……。あと少しで……」


 アルティは不気味に笑いながら、姿を消した。


 不審な様子だったが、その理由は思い当たらない。アルティはモンスターなのだから、アルティにしかわからないものがあるのだろう。ティーダの笑いも、まさしく同じものだった。


 それを理解しようとするには、いまは時間が足りない。

 わからないことを考えるより、まずはラスティアラだ。


 僕は気持ちを切り替えて、立地の確認の次に動き出す。


 次は買い物と図書館での調べものだ。

 買い物は明日使うであろう道具と武器の購入。

 図書館では、フーズヤーズと聖誕祭について調べる。


 どういう結果になるとしても、できる限りのことを知っておいた方が良い。


 ――しかし、図書館では特に目ぼしい情報は手に入らなかった。


 どれも元々知っている情報ばかりだった。

 仕方なく僕は、次の目的である魔法について調べる。


 明日は戦闘になる可能性が高い。

 それも大人数の人間との戦闘だ。


 そのために必要となるであろう魔法を探す。

 もちろん、探してもその魔法が手に入るわけではない。けれど、僕は本にかじりついて、魔法を探し続ける。そして、あたりをつけた魔法の詳細を暗記するほどに読み込む。


 なぜ、そんなことをするのか。


 ――魔法を創るためだ。


 以前、マリアやフランリューレは魔法を創れないと言った。あのときは二人の手前、強くは反論しなかった。けれど、実際のところ、僕は多くの魔法を編み出している。


 応用の延長とはいえ、五つ。

 魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》、魔法《ディメンション・広域展開マルチプル》、魔法《氷結矢アイス・アロー》、魔法《次元雪ディ・スノウ》、魔法《氷結剣アイスフランベルジュ》。


 マリアは魔法を創れるのは、おとぎ話の中だけだと言った。 

 しかし、ずっと僕は思っている。

 ここは、まるでおとぎ話の中だ。


 魔法を創れるのはおとぎ話に出てくる英雄のような『一部の人間』ということはわかっている。だからこそ、僕も魔法を創れるという確信があった。


 僕は魔法の調べ物を終えて、図書館から出る。

 そして、歩きながら、新しい魔法を構想する。


「きっと、僕はその『一部の人間』だ……。――魔法《ディメンション》、魔法《フリーズ》……」


 小さく呟いて、発動させた魔法二つを混ぜ合わせる。


 イメージは、もう固まっている。

 そのために図書館で魔法を調べたのだ。

 0のイメージから創るのは難しい。けれど、既存の魔法をイメージにすれば創りやすい。これは実証済みだ。


 ――慎重に魔法を練り上げていく。


 できれば家の中でじっくりと練習したいが、少しでも練習の時間は多いほうがいい。


 僕の通った道が、微かに凍っていく。

 凝視しなければ気づけないほどの微かな氷結だ。


 足跡に小さな氷柱を登り立たせつつ、僕は自宅まで戻った。




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