49.違う道を進む三人
ハインさんが姿を消したと同時に、意識を取り戻したラスティアラが声をあげる。
「くっ……。――キリスト! キリスト、無事!?」
ラスティアラは片腕を押さえ、よろめきながらこちらに歩いてくる。
「無事だよ。落ち着いて」
あらぬ方向に折れ曲がっているラスティアラの腕を見るだけで痛々しい。
無理して歩くのを、僕は手で制した。
「
「何とか追い返したよ」
ハインさんを撃退したと知ると、ラスティアラは安堵の表情を見せる。そして、回復魔法を唱えて、腕の骨折を修復し始める。
「そっか、良かった……。ああもうっ、一体何で……」
一先ず、危機は去ったことをラスティアラは理解して、安心したみたいだ。けれど、すぐに、この惨状に腹を立てはじめる。
「僕にもわからないんだ……。ハインさんは、わけのわからないことばかり言って、そのまま逃げていった……」
「わけのわからないこと? どんなこと言われたの?」
僕は返答に少しばかり窮する。
しかし、いままでの付き合いから、答えても問題ないと判断して、言われたことを伝える。
「まず、ハインさんが勝ったら連合国から出て行けって言われた」
「決闘の報酬が、国から出て行け……?」
ラスティアラは報酬内容に眉をひそめる。
「そのあと、ラスティアラが『作りもの』だって言ってた……」
「……私が『作りもの』? そんなの当たり前だよ。いまさらすぎてわけがわからない!!」
回復魔法で腕を治したラスティアラは、治った腕で頭を掻き毟った。
珍しく苛立ちを露わにしている。
「おまえは自分が『作りもの』だって、認めるのか?」
ラスティアラは『作りもの』と評されることを不快と感じていないようだ。それが気になり、確認をとる。
「前に言ったでしょ。この肉体は聖人ティアラそのものとして作られたの。だから、『作りもの』なのは当たり前。別に私はそれを否定しないよ」
ラスティアラは自分が『作りもの』だと言う。
けれど、ハインさんの言う『作りもの』とは、ニュアンスが違うように感じられる。
「いや、ハインさんはそういう意味で『作りもの』と言ったんじゃないと思うよ。肉体的なものじゃなくて、もっと精神的なもの。思考や感情が『作りもの』だって」
「精神が――? 思考や感情が『作りもの』? そりゃ、周りの影響はそれなりに受けてるけど、誰だってそうじゃない。私は私だよ」
「そう、だけどね……」
しっかりとした口調で自分を表すラスティアラを見て、その精神が『作りもの』とは思えなかった。
しかし、あそこまで必死に訴えかけてきたハインさんの言葉も無視できない。言い表せない不安が思考の底に溜まっていく。
そして、ハインさんの言葉の中で最も僕の不安を掻き立てた一文を伝える。
「あと、このままだとラスティアラが死ぬとも言ってた……」
「私が死ぬ……?」
ラスティアラは「死ぬ」という一言を聞いて、その言葉の意味がわからないといった顔をする。
「確かにそう言ってた」
「死ぬ……?」
二度「死ぬ」という言葉を繰り返し、ラスティアラは目線を地面に向ける。そして、続けて確認を取るように呟く。
「そう……。ハインが、そう言ったんだ……?」
ラスティアラはゆっくりとこちらに顔を向ける。
僕は短く首肯することしかできない。
その首肯を見て、ラスティアラの目に暗い深みが増す。最近は鳴りを潜めていた狂気が漏れ出してくる。
ラスティアラは呟く。
「なんで、いまさら……。
呟いて、手を額に当てて考え込む。
様子がおかしい。
他人に「死ぬ」と言われて平静でいられるのもおかしいが、それにしてもラスティアラの様子はおかしい。根拠もなく「死ぬ」と言われて、ここまで考えこむというのは――まるで、その根拠に心当たりがあるみたいだ。
その意味を聞こうとして、僕はラスティアラに近づく。
しかし、僕が近づき切る前に、ラスティアラは慌てて話し始める。
「あ、ああっ。ごめん、キリスト……。少しびっくりししただけ。なんでもないよ。いや、ハインのやつが急に変なことを言うからさ」
話し始めたラスティアラの顔は、いつも通りに戻っていた。
動揺は消え去り、先ほどの長考をなかったことにしようとしている。
判断に困る。
ここはハインさんとラスティアラの事情に踏み込むべきなのか。それとも、ラスティアラの意思を汲んで、いまの彼女を見なかったことにするのか。
――大事な判断になるとわかっているからこそ、どちらを選択すべきかを迷う。
僕が答えに手間取っていると、ラスティアラは明るい様子で言葉を続ける。
「とにかく、問題なのはハインの馬鹿が手段を選ばなかったことだね。ちょっとフーズヤーズに戻って、ハインの暴走について話をつけないと……」
そう言いながら、ラスティアラは魔法《コネクション》の扉に近づいていく。この様子だと、今日の探索は諦めているようだ。
「僕もフーズヤーズまでついていこうか?」
「いや、いいよいいよ。身内の問題だしね。それよりもごめんね。決闘……、
ラスティアラは身内のことだからと、僕の同行を遠慮した。
しかし、僕はここでの別行動に不安が残る。
もしも、この別行動中に、またハインさんの襲撃に遭えばどうなるかわからない。果たして、ラスティアラはハインさんの再襲撃を捌き切れるのか疑問だ。
僕は問題ないだろう。魔法の特性上、不意打ちは受けづらい。先ほども、ラスティアラがいなければ一人で逃げ出すことはできた。わざわざ相対したのは、気絶したラスティアラを置いていくことに抵抗があったからだ。
僕はハインさんの「足を斬り落としてでも――」と言ったときの迫真の表情が忘れられない。
どうしても、ラスティアラのことを心配してしまう。
「ラスティアラ。またハインさんが来たら危険だから、固まって行動したほうが――」
「いや、さっきのは身内だと思って気を抜いていただけ。本来なら、私の圧勝だよ。ステータス見れば一目瞭然でしょ?」
ラスティアラは問題ないと言って、僕にステータスの確認をさせる。
確かに、ステータスだけを見れば圧勝だ。
数値のほとんどが上回り、スキルにも大きな差がある。唯一後れを取っているのが技量だけ。普通に戦えば、ラスティアラの勝ちに違いない。
けれど、いましがた普通に戦わなかった結果、ラスティアラは負けた。
ラスティアラを油断させる材料さえあれば、ハインさんはラスティアラに完封できる力があるというのは事実なのだ。
僕が不安を拭えないでいると、ラスティアラは真剣な表情で言葉を足す。
「大丈夫、次は絶対に油断しない。だから、待ってて」
そう言ってラスティアラは魔法の扉をくぐる。
僕も追いかけるようにして、自宅に戻った。
急に戻ってきた僕たちにマリアは驚く。
それもそうだ。
僕たちが迷宮に入ってから、まだ一時間も経っていない。
「ど、どうしたんです? 早過ぎませんか?」
マリアは驚いた様子で台所でしていた洗い物を中断させ、僕たちのほうに寄ってくる。
それにラスティアラは何事もなかったように答える。
「ちょっと実家での用を思い出しちゃってさ。今日はフーズヤーズに戻るよ。だから今日は二人で遊んでて。二人でモンスター狩っててもいいし、買い物に行ってもいい」
答えながら、ラスティアラは家の窓に近づく。
そして、最後に手を振る。
「それじゃあね」
手を振りながらラスティアラは家の窓から、そそくさと去っていった。
僕が声をかける暇もなかった。
マリアはラスティアラの様子を不審に思い、何かあったのかと僕に聞いてくる。僕は大したことじゃないと言葉を濁して誤魔化した。
マリアに心配させたくない。
できれば荒事とは無縁でいさせたいのが僕の本音だ。
ラスティアラがいなくなり、マリアは今後の予定の確認をとろうとする。
「私はアルティさんに呼ばれているのですが、ご主人様はどうされます?」
「呼ばれた? アルティが来たの?」
「朝方、料理してたら、点けた火に喋りかけられました。……そろそろ約束の時間です」
「あいつ、どこにでもいるな……。僕はいいよ……。一人で行ってきて」
どうやら、アルティは家の台所の火を介してマリアとコンタクトを取っていたようだ。アルティの反則的な能力を再確認しつつ、僕はマリアの誘いを断る。
おそらく、用件は魔法の伝授だろう。
そこに僕がいてもやることはない。
「はい、わかりました。それじゃあ、先に失礼しますね」
「ああ、いってらっしゃい」
マリアも家から出て行き、家の中は静かになる。
居間のテーブルに一人で座り、心を落ち着かせる。
思いがけない襲撃で心が乱れている。
まずは、それを収めないといけない。
ゆっくりと僕は深呼吸をする。
それにしても、一人で行動することになるのは久しぶりだ。最近は誰かしらがいつも隣にいた。
異世界に来たての頃は孤独に苦しめられたものだが、逆にいまは孤独が安らぎになっているような気がする。自分の我がままぶりに呆れながらも、それが人間というものだとも思う。
ないものを強請り、あるものが煩わしいと思ってしまう。
自分の未熟さを痛感する。
要は、子供なのだ。
僕は自分のことだけで精一杯の子供だ。
もし自分が大人で、相応の余裕があれば、マリアにいつまでも恋心を秘めさせてはいないはずだろう。
いまだって、ラスティアラを一人でフーズヤーズに向かわせはしないだろう。アルティとの間に溝はなく、ハインさんの必死の訴えを理解することもできて、ディアだって大怪我することはなかったはずだ。
しかし、全ては過ぎ去ってしまった。
到底、最善の選択をしたとは思えない。
いまも、ラスティアラに無理にでもついていったほうがよかったのではないかと後悔している。同時に、ラスティアラの身内の事情に、僕という他人が深く踏み込んでいいものかと悩んでいるのも確かだ。
簡単なことだ。
いまの僕に判断する余裕と力がないだけ。
――僕はもっと強くならないといけない。
そう思い至り、過ぎ去ったことを悔やむより、少しでも成長しようと自分を奮い立たせる。
僕は魔法《コネクション》を通り、20層に一人、踏み入る。
流石に一人で深層を開拓しようとは思わない。
力量が足りないとは思わないが、二人のときより危険が増すのは間違いない。なにより、ラスティアラがいないときに探索を進めたら、あとで文句を言われると思った。
僕はモンスターを狩ることに決める。
精神的な未熟さは一朝一夕で解決しない。しかし、この異世界では、身体的な強さは一朝一夕で解決できてしまう。ならば、身体的成長で強さをカバーしようと思うのは、当然の思考だった。
最善の選択の為。
後悔しない為に、強くなっておくのは損じゃない。
次に狩場の選定を始める。
一人でも問題なく狩れるレベルで、最も強いモンスターは21層のフューリーだ。
だが、フューリーが最も効率のいい相手かというとそうでもない。フューリーは経験値は高いが、耐久力も高い。一体にかかる時間と経験値を計算すると、効率がいいわけではない。
僕の世界で培ったゲームの経験で、最適解を探す。
理想のモンスターは、僕の剣の一振りで丁度即死する相手だろう。そして、敵を探す時間の短さ、密集率も重要だ。あとはイレギュラーの可能性が少なければ少ないほどいい。
いままで戦ったモンスターを思い返しながら、その条件に当てはまる層を導き出す。
といっても試してみないことには、実際の効率はわからない。
僕はとりあえず候補モンスターの多い、15層前後に向かう。
そして、15層あたりで様々なモンスターを狩っていき、経験値と魔石を溜め続ける。
今日の狩りに制限時間はなかった。
敵は一振りで倒せるのだから、MPの消費は少なくすむ。なにより、レベルアップによってMPの最大値が伸びたことでMPの自然回復量も伸びている。僕は半永久的に、モンスターを探しては、次々と斬り倒していく。
僕は黙々とレベル上げを続ける。
久しぶりのゲーム感覚で、日が暮れるまで狩りを続けた。
積み重なった問題から逃げるように、一人で――
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