46.24層攻略


 24層に下りて、まずその空間の広さに驚く。


 いままでは迷宮という名に相応しい迷路ばかりで、ボス部屋以外で広い空間は存在していなかった。


 だが、そのセオリーを24層は無視していた。

 24層に降りた先に回廊というものは存在せず、10層20層のような広い空間が広がっている。とはいえ、見通しのいい空間というわけでもない。多くの岩柱が立ち、洞窟内のような印象を受ける。何よりも特徴的なのは溶岩だ。沸騰する溶岩が流れ、いくつもの川を作っている。


 23層ですら常人には耐え難い温度だったというのに、溶岩の流れる24層は殺人的な温度と化していた。


 いや、おそらくは常人ならば息すらできないだろう。レベルの恩恵を受け、身体が強化されている僕とラスティアラだからこそ、ここに立つことができている。


「キ、キリスト……」

「なんだ……」

「感知魔法で階段見つけてくれるよね……?」

「ああ……」


 僕たちは、瞬時に、言葉少なく、この層での行動方針を決め終えた。

 お互いに異論はなかった。

 僕もラスティアラも長居したくないという気持ちで一つになっていた。


 僕は魔法《ディメンション》を広域に展開させ、階段の位置を探る。

 しかし、半径1キロメートルほど魔法《ディメンション》で情報収集したが、その範囲内に階段がないことがわかる。いくらか、移動しなければならないようだ。


「ラスティアラ、近くに階段はない。もう少し、奥に行こう」

「あい……」


 僕は返事もままなっていないラスティアラを連れて24層を進む。

 ラスティアラは滝のような汗を流しているので、早急に階段を見つける必要がありそうだ。


 歩くスピードを上げて、僕たちは溶岩を避けながら進む。

 24層はモンスターの数が極端に少ない。

 注意すべきなのは溶岩だけだったのが幸いし、障害にぶつかることなく進むことができる。


 スタート地点から500メートルほど進み、僕は再度魔法《ディメンション》を飛ばすために立ち止まる。


「もう一回、感知魔法飛ばすよ」

「あい……」


 ラスティアラに水を渡しながら、僕は魔法に集中していく。


 そのとき、近くで熱湯の中の泡が弾けるような音が鳴った。

 僕とラスティアラの周囲への注意が薄らいだ瞬間――その油断を突いて、近くの水気の多い溶岩内から、モンスターが飛び出してくる。


 モンスターはトカゲのような姿をしていた。だが、その大きさは、僕の世界のトカゲの数十倍はある。トカゲは飛び出してくる勢いのまま、気を抜いていたラスティアラをその爪で切り裂こうとする。


「――っ!」


 ラスティアラは、すんでのところで爪をかわす。

 モンスターの出現と共に飛び散った溶岩も、その驚異的な反射神経でかわしきる。


 爪をかわされたトカゲのモンスターは、色のついた息を吐きながら、距離をとってこちらを睨みつけ続ける。

 僕は冷静に『注視』して、そのモンスターの詳細を確かめる。



【モンスター】ポイズンサラマンダー:ランク23



 名前にポイズンがついているのが見え、毒の危険性があることを頭に入れる。

 ポイズンサラマンダーの吐く息が最も怪しく、それをラスティアラに伝える。


「ラスティアラ、そいつの息には毒がある可能性が――」

「あ、ごめん。もうかなり吸った」


 ポイズンサラマンダーとの距離が近かったラスティアラは、充満した敵の息の中に立っている。攻撃はしのげても、咄嗟に息を止めるまではいかなかったようだ。


 ラスティアラの状態を確認し――



【ステータス】

状態:毒1.00



 毒を受けていることが確定する。


 よく見ればラスティアラの顔色が悪い。異常な高温で体調を崩していた上での毒だ。さしもの彼女でも辛そうだ。


 僕はラスティアラの負担を減らすため、全速力でポイズンサラマンダーに斬りかかる。しかし、僕の接近に気づいたポイズンサラマンダーは、すぐに溶岩内に飛び込んだ。もちろん、毒の息を置き土産にしてだ。


 こうなってしまえば、僕たちに攻撃手段は残されていない。

 近づくことさえできない。


 僕は仕方がなく、魔法《ディメンション》でポイズンサラマンダーの位置だけでも特定しようとする。しかし、流動する溶岩の中には、うまく魔法が浸透せず、はっきりとした動きを掴めない。


 とりあえず、外套の端で口を抑え、顔色の悪いラスティアラに近づく。


「くっそ、潜られると捕捉できない……。ラスティアラ、毒は大丈夫か?」

「んー、そこそこ頭がくらくらする。熱いせいか、一段と毒が辛い……。けど、大丈夫。すぐに魔法で治すから……。『梳く水は幻に、還らずの血』……」


 ラスティアラは魔法を唱え、毒の治療を行おうとする。

 しかし、そうはさせまいと、また溶岩の中からポイズンサラマンダーが飛び出てくる。それも今度は二匹だった。


 僕は敵をラスティアラに近づかせないように、『持ち物』から予備の剣を取り出して、両方ともを打ち払う。


 そして、すぐに追撃をしようとして――しかし、またポイズンサラマンダーは僕たちから距離をとる。

 僕たちを睨んだあと、息を吐いて毒の霧を置き土産に、溶岩へ逃げ込む。

 徐々に僕とラスティアラの周囲を包む毒の霧が濃くなる。


「――《キュア》」


 ラスティアラが魔法を唱え終える。けれど、その魔法は無駄だ。

 治っても、この毒の霧の中では、また毒に犯されてしまうだろう。



【ステータス】

 状態:混乱7.90 毒1.00



 布で口を抑えていた僕も、この霧の真ん中では毒を免れなかったようだ。


「ラスティアラ……! 一旦こいつらを振り切らないと、ろくに回復もできない。戻ろう」

「悔しいけど、そうみたいだね。……一応、私は次の接触で、やつらを仕留める自信はあるけど」

「やつらが二匹だけという保障はないんだ。魔法が溶岩の中に浸透しにくくて、はっきりと数がわからない」

「んー。なら、仕方がない、かな……」


 僕とラスティアラは来た道を戻るべく、走り出す。

 しかし、僕たちを帰さないと言わんばかりに、背中を見せた僕たちにポイズンサラマンダーは襲い掛かってきた。


 それを僕は予期していたため、出てきたポイズンサラマンダーを剣で打ち払う。溶岩の中でなければ、どんな死角であろうと対応できる。


 追撃を防いだ僕たちは走り続ける。

 走りながら身体に回った毒がHPを減らし続けているのがわかる。


 安全圏である20層まで撤退しようかと思ったが、23層と24層を繋ぐ階段の周りは溶岩も敵も少なかったため、そこで回復をはかることにする。


「――《キュアフール》。と、さらに《キュアフール》っと」


 ラスティアラの魔法で毒を取り除いたあと、何度も回復魔法を唱えてHPを最大まで回復させる。しかし、その代償に、多くのMPを失ってしまう。23層での戦いも含め、魔法に頼ることが多かったので、ラスティアラのMPは切れかけていた。僕も余裕があるわけではない。


「お互いMPを削られすぎたから、一度帰るか……? いまなら、魔法《コネクション》をここに展開して、すぐ帰れる」

「そうしようか……」


 ラスティアラがごねるかと思ったが、MPがない状態での戦闘は望むところではないようだ。

 もしかしたら、普段の余裕と自信は、残りのMP量と関わっているのかもしれない。


 次はラスティアラが周囲の警戒をして、僕は魔法《コネクション》を構築する。

 急ごしらえの扉を通って、僕たちは今日の探索を終えた。



 ◆◆◆◆◆



「またまた、お早いお帰りで……」


 24層から逃げ帰った先には、昨日と同じく食事の準備の途中のマリアが待っていた。


「……うん。なかなか思い通りにいかなくてね」


 僕は上手く進まない迷宮探索の愚痴をマリアにこぼす。

 それを聞いたマリアは、くすりと笑って答える。


「見ればわかります」


 そして、僕たちの装いを指差す。

 着ていった外套はなくなり、僕もラスティアラも服のあちこちが焼け焦げてボロボロになっている。


 マリアから見れば返り討ちにあって逃げて帰ったように見えるのだろう。

 実際、それは間違いでもない。


 ラスティアラはボロボロになった服を投げ捨て、代えの服に着替え直していく。下着までは脱いでいないものの、目のやり場に困るのでやめてほしい。マリアも慌てて、僕から見えないように立ち位置を変える。


 ラスティアラは深い溜息をついて、居間の中央にあるテーブルにつく。


「はぁー、熱かったー。疲れたー、熱かったー」


 どうやら、高温の23層24層はラスティアラにとって鬼門だったようだ。精根使い果たした様子で、ぐったりとテーブルにうなだれる。


「ラスティアラ。僕は高温対策のアイテムを買いに行くけど、ついてくるか?」


 また先ほどの層を再挑戦するのであれば、色々と買い足さなければならないものがある。溶岩地帯についての情報も収集したいので、僕は家に留まるつもりはない。一緒に買い物をするかどうかを、ラスティアラに確認した。


「んー、一応、私も行くかぁ」


 ラスティアラはよろけながら席を立つ。


「無理しなくても、言ってくれたら僕が買っておくけど……」

「いや、動けないほどじゃないからね」


 僕とラスティアラは料理の準備をするマリアに見送られ、家を出る。


 とりあえず、水や食料の買い足しのために店を回り、酒場や図書館で溶岩地帯の攻略方法を探っていく。


 買い物自体は滞りなく終わったものの、溶岩地帯の攻略方法に関しては良い情報は得られなかった。聞いても調べても、溶岩地帯には近寄らないの一言で終わっており、24層で役に立ちそうな情報はどこにもなかった。


 当てがあるとすれば、ラスティアラの知人である最強の探索者グレン・ウォーカーだが、そうそう簡単に会えるものではないと断られてしまう。


 結局、溶岩地帯の攻略方針は、モンスターを無視して突っ走ることしかできないようだった。


 そして、買い物と情報収集を終えたので、僕が家に帰ろうとすると、ラスティアラが提案をしてくる。


「溶岩地帯なら、アルティとか何とかできそうじゃないかな? あの子、炎のボスモンスターでしょ?」


 頭の片隅で考えていながらも却下していた手段を、ラスティアラは名案のように言ってくる。


 僕は返答に詰まる。

 同じ守護者ガーディアンを名乗るティーダから酷い目に遭わされたのが原因だろう。モンスターであるアルティという少女は、できるだけ関わりたくない相手なのだ


 だが、それが有効であろう案なのは確かだ。

 この苦難のために用意されていたかのようなキャラだ。これがゲームならば、まずアルティに話をしに行くことだろう。けれど、現実は上手く足が動いてくれない。


「アルティか……」

「あれ? 私は名案だと思ったけど、駄目だった?」


 名案というより、おそらく、それが正解だ。


 今日は早くに探索が終わったので、あいつの住処である10層まで行く時間もある。それに、マリアやディアに魔法を教えた件について、聞きたいこともある。


 ラスティアラの提案を拒否する材料がなかった。

 僕は渋々とラスティアラの提案を承諾する。


「そうだな……。行こうか……」


 そして、僕はラスティアラを連れて、迷宮の入り口から10層を目指すことにした。二人のMPが心許ないので、難易度の低い入り口からの徒歩を選択した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る