17.闇の理を盗むもの


 瞳に映るのは、僕の姿。


 ディアの目が助けを求めていたのか。

 僕の目が助けを求めていたのか。

 一瞬では判断がつかなかった。


 けれど、確信があった。

 無意識に助けを求めていたのは、ずっと僕だ。


 誰でも良かったのだ。

 一人でなければ、それだけで良かった。

 どれだけ強がろうとも、こんな世界トコロで一人は嫌だった。


 偶々、それにあたったのがディアブロ・シスだったという話。

 いまにも死にそうだったから、安心して懐柔できると手を出してしまった。そして、幸か不幸か、僕らは仲間になった。勘違いでなければ、同年代の友人にもなれていたと思う。


 ここでディアという仲間が死んでしまえば、まだ僕は迷宮に一人だ。

 この薄暗い迷宮の中に、という話ではない。

 無限に広がる異世界という迷宮の中で、味方が一人もいなくなる。


 一度でも二人の時間を味わってしまえば、その恐ろしさは何倍にも膨れ上がってしまう。


 だから、純粋にディアという友人を助けたい気持ち。

 我が身可愛さで依存先を守りたい気持ち。

 清濁混ざった二つの気持ちが僕を満たしていく。

 その満たされた感情が行き場をなくして、僕の身体を動かす。


「離れろ――!!」


 三太刀目でディアの首を刎ねようとする刃を弾き、身体ごとぶつかってティーダを後退させる。


 そして、うつ伏せに倒れこんだディアに駆け寄り、その横顔を見て――心臓が跳ねる。


 生気を感じさせない虚ろな目だった。

 目の先には、無残に転がった宝剣を握り締めたディアの右腕。

 それをじっと見続け、呆然自失となっている。

 断たれた腕の先から、大量の血が流れ出ていく。

 刻一刻と、死が近づいているのがわかる。 


「驚いた……。人間の助け合いは美しいな。無為だからこそ、より一層に美しい……」


 ティーダはゆらりと体勢を立て直し、ディアの奮闘を評する。

 この破滅主義者にとって、ディアのとった行為は好ましかったようだ。

 拍手でもしそうな様子で近づいてくる。


 讃えはしても手心を加えるつもりがないのは、その殺気が現していた。

 僕は剣を構え、思考する。

 この化け物を殺すことだけを考える。

 重傷のディアを助けるにはこの化け物を一秒でも早く殺すしかない。


 幸いにも、思考を奪っていた高揚感は、全て恐怖に転じている。

 ただ、それは自分の死に対する恐怖ではなく、友人の死に対する恐怖だ。

 怒りで荒れることはあっても、身体が竦むことは絶対にない。


 僕はティーダの凍った身体を砕くため、地を蹴った。


 勝算は薄い。

 けれど、ティーダの裏をかける要素は、あと一つだけある。

 自分を見失わず、それに全てを賭けることができれば、まだ可能性はある――と信じる。


「……『興奮』が『恐怖』にでも転じたか。ならば、もう一度、魔法をかけなおして、――っ!?」


 ティーダは僕の顔を見て、状態を把握したようだ。

 だが、その途中、信じられないものを見るような目で僕を見る。

 いや、正確には僕の後方を――


「――神聖魔法《シオン》」


 ティーダでも、僕でもない声がした。


 すぐにティーダは防御の姿勢で飛び下がった。

 僕は敵が離れたのを確認して、後方を確認する。


 無数の光の泡。

 直径数メートルほどの球形の光が、所狭しと空間を埋め尽くしていた。


「なっ、ディア――!?」


 その中心で、血塗れたディアが立ち上がっていた。


 虚ろな目でティーダを睨みつけている。

 止め処なく溢れる血液など気にせず、ディアは先のない右腕を横に振った。


 鮮血が地面に弧を描く。

 それと連動して無数の光の泡は荒れ狂い始める。


 泡の群れが激流となって、僕とティーダを呑み込む。

 同時に、魔力の圧力が僕を押さえつけてくる。


 光の泡自体に物理的な力はないが、魔力を阻害する効力があることがわかる。僕の周囲に展開されていた魔法《ディメンション》が歪んでいく。


 さらにディアは魔法を唱える。


「――神聖魔法《キュアフール》、神聖魔法《ストラスフィールド》、神聖魔法《ディヴァインアロー》《ディヴァインアロー》《ディヴァインアロー》――」


 神聖魔法・・・・

 これが、ディアの最も得意とするスキル。

 ディアの本当の魔法――


 その魔法は無差別に近かった。


 回復魔法はディアの出血を止め、僕の切り傷を治し、ティーダにさえも光を灯していた。

 そして、その攻撃魔法は何を定めることなく、迷宮の至るところに放たれる。


 見境がない。

 誰が見ても狂乱しているとわかる。

 敵であるティーダへの敵意は感じるものの、味方である僕への考慮もない。

 それを僕は理解して、ディアから距離をとる。


 そして、好機だと歓喜する。


 何がどうあれ、ディアの出血が止まった。

 いままでは神聖魔法の使用に制限があったのか、そもそも使ったことがなかったのか、それはわからない。けれど、これによってティーダの余裕が失われているのは確かだ。

 光の泡の魔法でティーダの流動する身体が固まっている。いま現在も、埋め尽くす魔法の数々を必死にかわしているのが見える。


 僕はディアを視界から外し、ティーダに向かって真っ直ぐに駆ける。

 その過程で何かの魔法に当たるようならば、それまでだ。

 僕は全てを賭けて、最後の攻撃を仕掛ける。


 視界は赤く、口内からは鉄の味がする。

 足が鉛のように重く、両腕の感覚がない。

 とうに身体は限界を超えている。

 それでも、ディアがもたらした回復の全てを、この四肢に込める。


 ティーダは急接近する僕を視認した。

 そして、こちらが捨て身になっていることをすぐに悟り、応戦の構えを取る。


 対し僕は、剣を持つ手以外ならば、ティーダの刃がどこに当たっても構わないと勢いよく飛び込んだ。


 その僕の考えをティーダは看破して、腕の刃を剣を持った僕の手に振るう。捨て身になっていた僕は、それを避けられない。それほどまでに僕は前傾姿勢になり、速度がついていた。 


 ――手の甲を斬られ、僕は剣を落とす。


 剣がなくなれば、敵に致命傷を与えられない。

 それをティーダは理解し、勝利の笑みで顔を歪ませる。


 ――だが、予定通り。その斬られた手でティーダの刃を掴む。


 ティーダは驚きの顔を浮かべた。

 そして、その刃を動かそうとして、強く握った僕の手に阻まれる。


 さらに僕は空いた左の手で、『持ち物・・・からスペアの剣を・・・・・・・・取り出した。


 それを取り出す勢いのまま、その剣はティーダの首と胴体を切り離す。


 ティーダの首が飛んだ。

 その感触は水を斬ったようなものではなく、肉を斬ったものだった。

 氷結魔法と光の魔法によって、完全に固形化していたそれは確かな感触を僕の手に伝える。


 ティーダの胴体は力を失い、地面に倒れていく。

 その手足を斬り、心臓部を突く。何が起こるかわからないので、できるだけの追撃を胴体に行った。


 最後に、落ちたティーダの首にと目を向ける。


 地面に転がったティーダの首は、こちらを見ていた。

 驚いたような……それでいて、喜んでいるような表情だ。


 首だけになったティーダが喋る。


「――ア、ァ、――キ、君たちの勝ちだな」


 その宣言の後、回廊で荒れ狂う魔法が静まる。


 背後を見ると、膝をついたディアが苦しんでいた。

 怨敵が切り刻まれたのを見て、熱が失われたのだろうか。

 限界を超えているであろう魔法の反動に頭を抑えている。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ――! そ、そうですね、僕たちの勝ちのようです……!」


 ずっと止まっていた呼吸を再開させ、僕も勝利の宣言を行う。

 そして、とどめを刺すべく剣を持ち上げる。


「ありがとう、楽しかった。最後の魔法は懐かしかったなあ」


 ティーダは自分が負けたことを嬉しそうに笑った。


 最後はあっけなかった。

 『持ち物』のシステムによる奇襲。

 まさか、何もないところから剣が出てくるとは、ティーダでも予期できなかったようだ。


「これで私の望みは叶った……。やはり、君たちは私の望みを叶えてくれる存在だった……。できればこの調子で、アルティの……ああ、さっきの炎の女の子だ、あの子の願いも叶えてあげてくれナ、イカナ……」


 徐々に残った頭部も、ただの液体に変わっていくのが見える。

 口が形成できなっていき、言葉が掠れていく。


「敵同士で殺し合いまでしておいて……。そんなことを言われても……」

「は、ハハ、そりャ――ソウ、ダ。アタリ、マエダ。ハ、ハハ――」


 ティーダは笑う。そして、その言葉を最後に、砂となった。

 その残った砂は、すぐに光となって消え去る。


 それを見届けた僕は、持ち上げた剣を降ろした。



【称号『闇の洗い流し』を獲得しました】

 精神魔法に+0.50の補正がつきます



 光の跡には、黒い宝石が一つ残った。

 それを拾って、眺める。



【守護者の魔石】

 守護者ティーダの魔力の結晶



 敵の消滅とアイテムの安全を確かめた僕は、息をついてディアのほうに走る。


 ディアは蹲っていた。

 まるで、初めて出会ったときのようだった。


 『表示』でHPを見る限り、いまにもディアが死んでしまうとは思えない。けれど、ディアの出血により、部屋の中には血溜まりがいくつもできている。普通に考えれば、息をしているだけもおかしいレベルだ。すぐにでも病院などで治療を受けさせるべきなのは明らかだった。


 僕は剣などを『持ち物』に入れ、ディアを持ち上げる。

 異様な軽さだった。小柄なことは知っていたが、それでも異常だと感じる。まるで、失った血液が、ディアの中身をまるごと抜いていったかのような気さえしてくる。


「……キ、キリスト、ごめん。……本当にごめん」


 呼吸は荒く、目も開かないが、それでも僕の存在を感じているようだ。

 抱きかかえられたディアは、うわ言のように謝り続けている。


「まずは帰ろう。なにが起きるかわからない」


 見れば、部屋を閉ざしていた黒い炎はいつの間にか消えていた。

 同時に、あの炎を使うボスがやってくるかもしれないと連想し、呑気に立ち止まっている場合じゃないと判断する。


「ディア、すぐ出れそうだよ。安心していい」


 それを聞いたディアは謝罪をやめ、意識を失った。


 急に意識を失ったので焦ったものの、ディアの呼吸があることを確認して安心する。

 そして、迷宮の外まで、僕は油断なく『正道』を戻り始める。


 僕の状態も悪い。

 けれど、ここで僕が意識を失えば、いままでの苦労が全て水の泡になる。

 僕は意思を強く持ち、宝石の示す道を歩み続けた。


 途中、運悪くモンスターに遭遇したが、ディアを地面に降ろして魔法と剣で対応する。ここで出し惜しみで死ぬのは嫌だったので、最大HPを削るのに抵抗はなかった。


 結果、僕とディアは命を落とすことなく迷宮から脱出することができた。

 20層のボス『闇の理を盗むもの』の『試練』を乗り越えて、地上に戻った。




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