14.連戦



「――それじゃあ、始めるぜ? 言っとくが、一度始めると、もう後戻りはできないぜ」

「ええ。わかっています」


 結果的に、僕のオールインの提案は承諾された。

 少し怪しまれたが、アルケンたちの長く探索者としてやってきた誇りを上手く刺激した。挑発するように僕が「二対四でも構いませんよ」と言ったところで、話は纏まった。


 つい数日前まで低レベルだった子供二人に負けるわけがないと、彼らは確信しているのだろう。つけあがった僕たちに力の違いを思い知らせようとしているのが、その表情から伝わる。

 この世界の常識だと、レベルというものは何年もかけて上げるものだ。この数日で僕たちが6レベルになっているとは、夢にも思っていないはずだ。


 ――そして、僕たちは『正道』で宣誓を行い、件のモンスターの情報を共有する。


 討伐するモンスターの名前はハングシャドウ。

 迷宮の壁に影のように張り付く黒い液体生物らしい。

 物陰から探索者たちを奇襲して、首吊りにするのが特徴だ。剣などといった物理攻撃に強く、魔法攻撃でないと決定打を与えられないそうだ。固有のドロップ品があるらしいので、それの数で勝敗を決めるとのことだ。


「――いくぜ! 開始だ!」


 そう言って、アルケンたちは二手に分かれて走り出した。

 彼らが本気になっていることが見て取れた。ただの敗北でなく、圧倒的大敗を僕たちに味わわせようとしているようだ。


 ただ、対戦相手である僕たちは――


「ディア、わかってるよね」

「ああ、わかってる」


 動かない。


 アルケンたちは不思議そうな目を向けたが、だからといって戻ってくるようなことはしなかった。

 僕は彼らが視界からいなくなったことを確認してから、詠唱を始める。


「それじゃあ、圧倒的に勝とうか。――魔法《ディメンション・多重展開マルチプル》」


 MPに糸目をつけず、索敵を行う。

 この魔法の扱いに慣れてきた僕は、一瞬だけ感覚を大きく拡げて、大量の情報を取り込んだ。


 瞬時に拾われてきた情報たちの中で、モンスターの姿形だけを脳で認識する。

 余計な情報を省くことでMPの無駄な消費を抑える。


 その合理的な索敵の結果、隠れ潜むハングシャドウを数匹ほど見つけることに僕は成功した。


 MPの消費は10にも達していない。

 まずまずの出来だ。


「ディア、ターゲットを何匹か見つけたよ。確かに、隠れ潜むのに長けたモンスターかもしれないけど、僕とは相性が悪いね。この勝負、負ける要素がない」

「流石だな、キリスト……。ちょっと、俺の活躍する場がない気がするけど……。今回は仕方ないか」

「いや、戦闘ではディアの魔法が主力になるはずだから、気は抜かないで」


 そう軽口を叩きあいながら、僕とディアは駆け出す。

 入り組んだ迷宮の中、ターゲットまで最短距離の道を進む。


 そして、対象が近くなれば最終確認の《ディメンション》で位置を特定して、狙撃体勢に移る。


「一匹目、発見。それじゃあ、前のボスのときのように僕の腕の上に乗せて」

「わかった。いくぜ……――《フレイムアロー》!」


 閃光が、迷宮の暗闇を裂き――対象は即死した。


 すぐに僕達はドロップ品を回収し、次のターゲットに走っていく。

 ハングシャドウは余り移動を行わないモンスターのようなので、この戦術の効率は非常に高い。


「はい、次っ。ディア、撃って」

「お、おうっ。――《フレイムアロー》!」


 二匹目も、あえなく即死した。


 まだ十分程度しか経ってない。

 僕の残りMPを見る限り、一時間は持ちそうだ。そう計算したあと、二度目の魔法《ディメンション・多重展開マルチプル》で、更なるターゲットの位置を確認していく。


「よし。どんどんいこう」

「――《フレイムアロー》!」


 僕たちは無駄なくハングシャドウを狩っていく。

 たまに狙撃をまぬがれたハングシャドウと戦闘になることもあったが、姿を隠す系のモンスターに対して僕は強い。

 《ディメンション》がある限り、不意はつかれない。その上、『注視』すれば詳細がでるので見失いもしない。


 一時間も経たない内に、僕たちはハングシャドウのドロップ品を十個手に入れていた。

 そして、集合場所である6層入り口部屋に行き、そこで悠々とアルケンたちを待った。



 ◆◆◆◆◆



「そ、そんな馬鹿なっ……!!」

「嘘だ……! ありえない!!」

「ちょっと、アルケン! あんたのせいよ!」


 二つのパーティーが、5層から6層に移れる階段前の空間に集まり、その成果を確認し合う。

 出入り口は二つしかない部屋で、しっかりと『正道』の上だ。


 アルケンたちの信じられないといった様子で、四人が四人とも狂乱していた。それもそうだろう。この一時間で彼らは、有り金全てを失うはめになっているのだから。


 その中を代表して、アルケンが僕たちに叫ぶ。


「――う、嘘だ! おまえたちは反則をしている! だって、ありえないだろう!? そこのおまえがベテランだったとしても、そこのガキはレベル1だったんだぞ! なのに、十匹! 十匹だぞ!? ありえない!!」


 いまにも掴みかかってきそうな勢いで、アルケンは僕たちに近づいてくる。


「いえ、十匹倒しました。本当です」

「そうだそうだ! 言いがかりつけてんじゃねえぞ! 俺たちは――特に、キリストは強いんだから! このくらい当然なんだよ!!」


 僕の反論にディアも乗っかる。なぜか、僕のプッシュを忘れない。

 こんなときでも無駄に健気である。


「ありえねえ!! そこの店員野郎は、田舎から出てきて1層で返り討ちになったようなやつだぞ!? それなのに! こんな結果、ありえない!」


 アルケンたちは「ありえない」と繰り返す。


 少し予想外だ。もっと言いがかりで、拾ったのは無効だとか、元から持っていたのは無効だとか、難癖つけられると思ったがそんなこともなさそうだ。信じられない展開を前に、思考力が落ちているのかもしれない。


「クソが! おい、おまえら、囲め!!」


 ただ、こちらの展開は予想通りだった。

 アルケンたちは力ずくの行動に出る。

 凶器を手に持ち、僕たちの退路を塞いだ。


 わかってはいた。

 結局、こんな勝負――強者の押し付けでしかない。


 強者が弱者を騙し、奪う。

 そのためだけの勝負。

 そこに秩序はない。


 その無秩序に僕は小さな敵意を抱く。

 身体の中に燻っていた『熱』が大きくなる。


「やっぱり……、こうなります。もし、僕たちが負けて、いまのあなたたちのように突っかかったとしても、あなたたちはそれを蹂躙できると思っていたから勝負をしかけた。そして、あなたたちが負けたとしても、こうやって僕たちを蹂躙できると思っていたから勝負しかけた。ただ、何も知らない弱者から金を巻き上げようとしただけ。……それだけだ」


 僕は冷ややかにアルケンたちを非難し、


「だから、どうした! この世界、強いやつだけが生き残るんだよ!」


 それにアルケンが呼応するように吼えた。


「なにが、決闘の宣誓だ……。そんなもの、どうせ国から出れば問題ないんでしょう? 僕たちを始末して、違う国で違う儲け話に乗っかるに決まってる」

「はっ、わかってんじゃねえか。迷宮でなくても金儲けはできるんだよ。悪いが、ここでおまえらは死んでもらうぜ!」


 そうだと思った。

 だから、僕は有り金全てを賭けた。

 こういった力ずくの展開のために。


 僕はアルケンとの会話を諦め、ディアに語りかける。


「ほら、ディア……。価値はなかっただろ」

「あ、あぁ……。キリストの言う通りになった……」


 ディアはアルケンたちが力ずくに出た時点で、俯いている。


 ディアは勝負が平等であると信じていたのだろう。

 この勝負に勝てば、認めてもらえると夢見ていたのだ。

 確執はあっても、実力さえあれば認め合えると――儚い夢を抱いていた。


 現実は違う。

 残るのは、いがみ合いという名の暴力ばかり。

 ディアは決闘と宣誓にある種の崇敬を持っていたようなので、そのショックは人一倍のようだった。


「あとは僕がやるから、ディアは下がってて」

「お、俺も手伝う……!!」

「いや、いい。十分だよ」


 僕は剣を抜いた。


 残りMPは三割ほど。

 こうなることを見越して、ある程度のMPは残してある。

 彼らを圧倒するには十分な量だ。


 そして、僕は呟く。


「――魔法《ディメンション・決戦演算グラディエイト》」

「ガキどもが――!!」


 その魔法の終わり際、目の前にいたアルケンが僕に斬りかかる。

 それに仲間の獣人剣士と身軽そうな槍使いが追従していた。

 奥では魔法の詠唱を始めた魔法使いの女がいる。


 その情報を元に、僕は最短の制圧を構想し、身体を動かす。


 ――まずアルケンの剣が空気を裂き、僕の鼻先をかすめた。


 遅い。

 僕にとってアルケンは遅すぎる。

 レベルは僕よりも高い男だ。

 しかし、その技量と速さは僕の数段下である。さらには《ディメンション・決戦演算グラディエイト》で補正が尋常でないほどにかかっているのだから、当たりようがない。


 行動できる時間軸が違うと思えるほどの絶対差があった。


 僕は避けつつ、アルケンの利き手に剣を軽く刺し、ついでに両の脚も傷つけた。

 斬られ、倒れこむ彼を見届け――さらに、突きかかってくる槍使いもいなす。

 すりぬけ様に、その槍使いの利き手も剣で斬りつけた。そのまま、僕は足を止めずに魔法使いのほうに走っていく。途中、獣人剣士が吼えながら飛び掛ってきたが、相手が剣を振り下ろす前に、その腕を刺した。痛みに耐える獣人剣士の足を払い、そいつの頭を乗り越える。最後に、詠唱で立ち止まっていた魔法使いの女の喉下に、剣先を突きつける。


 ――時間にすれば数秒程度の出来事だった。


 できるだけ低い声で僕は喋る。


「……この勝負で僕が本当に望んでいたのは、お金なんかじゃありません。僕の望みは、ディアを侮辱したあなたたちが二度と僕たちの前に姿を現さないことです。だから、消えてくれたら、これ以上は何もしません」

「あ、ありえねえ……」


 アルケンたちは斬られた箇所に手をやりながら、口々に声を漏らす。


 数秒の内に勝敗が決したのだ。

 彼らの人生にそんな経験はなかったのだろう。呆然と、仲間の魔法使いが剣を突きつけられるのを見ている。


「早く答えてください。消えてくれると言ってくれないと、さらに傷つけないといけなくなります」


 そう言って僕は、魔法使いの女の喉下に剣を近づける。


「わ、わかったわ……。降参よ。私はすぐに消えるわ」


 まず、直接的に剣を突きつけられていた魔法使いの女が降参を認める。

 それに伴って、獣人剣士と槍使いも降参の意思を示す。


「ちくしょうが……! どの道、『正道』でやっちまったんだ。この国にはいられねえ……!」


 そして、アルケンもこの国から出ることを口にしていく。


 僕と彼らの力の差は歴然だ。

 その上で逃げ道を用意されてしまえば、そこに彼らは進むしかない。


 何より、彼らは僕の本心に気づいている様子だ。有り金が目的でないのなら、ここは大人しく従ったほうがいいという打算も窺える。


「よかった。これで解決ですね。お互いに運がなかったと思いましょう」


 そう言って、僕はアルケンたちが部屋から出て行くのを剣先で促していく。


「俺たちが国から出ていけば、これ以上は何もしねえ。そうだな?」

「そうですね。でも、ギルドには報告しておきますから、早めにヴァルト国からは出たほうがいいですよ」

「ちっ……。くそがっ。わかった、すぐに消えりゃいいんだろ……」


 そうアルケンたちは言い残し、歩き出す。

 獣人の剣士がアルケンに肩を貸し、四人はまとまって部屋から出て行く。

 その途中、彼ら四人が小さな声で言い争っているのが遠目でわかった。


 それを僕は油断なく見送り、見えなくなってから息をつく。


「ふう……」

「ご、ごめんな……。俺のせいで面倒なことになって……」


 事が終わり、彼らがいなくなってからディアはうなだれた様子で謝罪した。


「いや、いいよ。僕もあいつらには腹が立っていたから。無様な姿が見れて、せいせいした」

「俺は、そんなつもりじゃあ……。あいつらが俺を認めてくれたら、それだけで……」


 僕はアルケンたちの吠え面を拝めてストレス解消できたが、ディアはそうでもないようだ。良くも悪くも純真な心を持つディアは、この勝負に勝てばお互いに健闘を讃えあうような場面を想像していたのだろう。


 けれど、そんなものは夢だ。

 そう。

 こんなもの。何もかも、夢だ。


「残念だけど、それは難しいね。認め合うっていうのは、とても難しいことだから」


 例えば、それは『僕がこの世界を認めるかどうか』。

 本当に難しい問題だ。


「そうか……。それで、キリスト。これからどうする?」

「そうだね。MPも減ったし、一旦帰ったほうが――」



いや・・帰ってもらう・・・・・・のは困るな・・・・・



 帰ることを提案しようとしたとき、頭上から見知らぬ声に遮られる。


「――っ!?」


 思慮外からの声に驚き、僕は後方に飛び退く。


 《ディメンション・決戦演算グラディエイト》がアルケン達に集中していたこと。

 僕たちの居る空間が『正道』内であること。

 それらの要因が、僕の索敵に油断を生んでいた。


「ああ、すまない。驚かしたかな? けど、帰ってもらうのは少し困るんだ。君たちのような子と出会えるのは稀だからね」


 その声の主は迷宮の天井に張りついていた。


 そして、異形だ。

 姿は先ほど狩っていたハングシャドウに似ている。

 ただ、似てはいるが、全くの別物である。ハングシャドウは絶対に人型にはならなかったし、声なんて発さなかった。

 けれど、こいつは影のような黒い液体を人型にして、知性を持って喋っている。


 蠢く黒い液体の身体。

 凹凸のない能面の顔。

 そんな正真正銘の化け物が話しかけてきている。

 足の裏を天井に張り付け、その能面の顔をずっと僕たちに向けている。


 僕は冷や汗を垂らしながら『注視』し、その化け物の詳細を確認した。



二十守護者トゥエンティガーディアン】闇の理を盗むもの



 人ではない。

 モンスターとしてのランクもない。

 ガーディアンという表記に、『闇の理を盗むもの』と書かれているだけだった。


 その『表示』を前に僕は驚愕し、化け物の黒い能面は笑って応える。


「ふふふっ。私は20層を守る番人、闇の理を盗むものティーダだ。よろしく頼むよ」


 そして、自分が20層のボスモンスターであると紳士的に自己紹介した。


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