13.イベント?


 翌朝、僕とディアは迷宮前に集まっていた。


 ちなみに、もう探索前の買い物は終えている。いくらか自由になるお金ができたので、迷宮での必需品だけでなく、武具も揃えたところだ。


 いま僕の左手には安物の篭手が装備され、『持ち物』にはスペアの剣が入っている。

 それと、ディアには僕から軽い胸当てを買って贈った。最初は遠慮されたが、ディアの防御力は絶対に必要だと力説し、どうにか受け取って貰った。


 つまり、いまの僕たちは昨日と大きく『ステータス』が違うということである。


「――キリスト! 神父に聞いたら、レベル6だって! 俺!」

「良かったね、ディア。僕もレベル6だったよ」


 探索の成果が形になって表れ始め、ディアは大興奮だった。

 その微笑ましい姿を僕は『注視』し、自分も含めたステータスを確認していく。



【ステータス】

  名前:相川渦波 HP189/197 MP262/262 クラス:

  レベル6

  筋力4.12 体力4.21 技量5.11 速さ7.24 賢さ7.23 魔力11.43 素質7.00 

  状態:混乱5.31

 経験値:1094/3200

  装備:鉄の片手剣

     異界の服

     大きめの外套

     異界の靴

     皮の篭手


【ステータス】

 名前:ディアブロ・シス HP98/112 MP631/631 クラス:剣士

 レベル6

 筋力3.62 体力3.43 技量2.14 速さ2.08 賢さ5.67 魔力34.35 素質5.00 

 状態:加護1.00

経験値:321/3200

 装備:アレイス家の宝剣

    上質な布の服

    皮製の胸当て

    外套

    革靴



 僕もディアもレベルが急上昇し、ステータスはどれも二倍近くまで跳ね上がっている。

ちなみに、ボーナスポイントはMPに全て振って継戦能力を高めた。


 意外にも、ディアの筋力と体力の伸びが良い。場合によっては一生伸びないのかもしれないと思うほどの魔力特化型だったため、一安心だ。


 一つだけ不安を覚えるとすれば、クラスの欄だろうか。

 僕は空欄のままで、ディアは剣士。

 もしかしたら、ディアはクラスの恩恵で筋力と体力が伸びているのかもしれない。もしレベルアップ時にクラスボーナスなんてものがついていたら、レベル6までのクラスボーナス分を僕は無駄にしていることになる。早急に解決したい事案だ。


 しかし、未だクラス欄の解決の当ては全くない。

 本には載っていないし、酒場で聞けば職業のことかと聞き返される。ディアは自分を剣士だと言い張るが、どうやって剣士になったかと聞けば「剣を持てば剣士」と答える始末だ。

 どういった人間がどういったクラスになっているかという傾向は見えているが、明瞭な条件までは把握できていない。


 クラスについて眉間に皺を寄せて思案していると、興奮中のディアが提案してくる。


「なあ! レベル6なら、かなり奥まで進んでも良さそうじゃないか!? 今日はじっくり奥まで探索してみようぜ!」

「……うん。それもいいかもね。僕は今日、休みだし」

「おっ、キリスト。今日は酒場の仕事が休みなのか」

「大体、三日に一日は休みになってるらしいんだ。陽祝ヒホウリの日は休みって言われた」


 陽祝の日。

 おそらく、これが僕の世界でいうところの曜日にあたるのだと思う。


「そっか。それじゃあ、今日は丸一日かけて、行けるところまで行こう!」

「そうしようか」


 反対はしない。

 もう10層まで戦える算段は立っている。


 本当ならば、いまの僕たちのレベルは、10層の適正レベルを大きく下回っているだろう。しかし、僕たち二人の異常な能力の伸びとスキルが、全ての問題を解決していた。


 僕たちはレベル6にして、レベル10の冒険者ほどのステータスに達しているのだ。

 これはパラメーターの素質にあたるところが関係していると、僕は睨んでいる。なにせ、僕とディア以外の人間たちは、素質が1.00にすら達していない人が多い。対して、僕は7.00で、ディアは5.00だ。


「よっしゃあ! 進むぜ進むぜぇー!」


 こうして、ディアは意気揚々と迷宮に突入していく。


 今日は国によって攻略済みとなっている『正道』を通るので、ディアが先導しても問題ないだろう。やんちゃな弟か妹をでも見守るかのように、僕はディアの後ろに続いた。



 ◆◆◆◆◆



「3層だぁー!」


 一時間ほど経ったところで、とてもあっけなく3層まで辿り着く。

 ステータスの体力が上昇したためか、まだ疲労も感じない。


 ディアが嬉しそうに3層であることを騒いでいる隣で、僕は油断なく索敵を行う。


 正直、『正道』にモンスターが現れることは少ない。

 国が魔石をもって人間のための結界を張った道だからだ。以前、『正道』で痛い目にあったため、そのあたりは酒場の人たちから詳しく教えてもらった。


 この迷宮では、層の入り口から次の層までの最短距離が『正道』化されている。つまり、これに沿って進めば楽々と次の層まで辿り着ける。

 ちなみに、現在『正道』化されているのは23層まで。そこまで『正道』化されたのは人類で最も強いと言われるグレン・ウォーカーという探索者の功績だ。


 しかし、その『正道』化も近年は停滞しているらしい。

 聞けば、20層から先は敵のレベルが段違いとのことだ。さらに言えば、23層までの『正道』化に成功したといっても、その層の全てが完全にクリアされたわけでもない。『最強』の探索者グレンは20層のボスに全く歯が立たず、ずっと討伐を後回しにしているという話は探索者たちの間だと有名だ。


「ディア、もっと奥まで行ってもいいよ。僕の予定だと、今日は10層まで行くから」

「10層も!? ほ、本当か!?」

「『正道』行くだけだし、問題ないよ。敵のレベルは1層に一回戦えば大体わかるしね」

「……わかった。キリストが言うことなら、信じる」


 なぜか、ディアの僕に対する信頼度は異様に高い。

 僕としてはすごく助かることなので、特に注意はしないまま話を進めていく。


「そろそろ、僕が先導するよ。『正道』でも、全く敵が出ないわけじゃないからね。緊急の際は、僕が盾にならないといけないし」

「――っ! いや、まだキリストは休んでていいぞ! レベル6になったことだし、そろそろ俺の剣技を見せてもいい頃だと思うから、だから――」

「あー、5層までならいいよ」

「駄目なのはわかってる! わかってるけど、それでも俺は剣を――って、え!? い、いいのか……?」

「いいよ。5層までなら」


 そのディアの要望を僕は前もって予測し、答えを用意していた。


 レベル6のディアのステータスを見る限り、5層までなら僕の援護で勝負になるはずだ。

 ディアの筋力は、もう4に近い。

 1にも届いていなかったときと違い、攻撃が通らないという事態は起こらないはずだ。酒場で得た情報では、筋力が3から5くらいの戦士で5層までは戦えるのを確認している。


 それにディアが近接戦闘を経験するのは、後々有利に働くはずである。

 未来への投資と考えれば、そう悪い話ではないのだ。


「キリスト! ありがとうな!」

「いや、5層までならディアでも問題ないと判断しているだけであって、別に……――って、くっつくな! 近い!」


 ディアは抱きつかんばかりに近づいてきて、僕の手を握ってぶんぶんと振り回す。


 僕は慌てて、その手を振り解いた。ディアは髪を短くして男だと自称しているものの、その顔は白皙の美少女なのだ。なにより、こんなに近くに寄られると、意識しないようにしてきたものに気が向いてしまう。


 ――こういうやり取りは、『妹』を思い出してしまう。


 それは、いまの僕にとって最大の禁忌だ。

 元の世界を思い出せば、気が逸ってしまう。

 家族を考えてしまえば、気が狂いそうになる。

 いますぐにでも、飲まず食わずで迷宮の100層まで挑みたくなる。


 それでは、駄目だ。


 いまは一日に1層程度でいい。

 三百六十五日以内に100層まで辿り着けたら御の字くらいに思うんだ。

 冷静さを失って『???』を無駄に使ったり、無謀な挑戦をして重症を負っては元も子もない。


 辿り着くまで、『妹』のことは深く考えるな。

 元の世界の『相川渦波』は出てこなくていい。

 少なくとも、あと一年は必要ない。

 いま僕が考えるのは迷宮の『最深部』。

 『最深部』だけでいい。


 そう心の中で繰り返し、気持ちを落ち着かせる。


「ははっ! よーし! なら、ちょっと『正道』を離れてモンスターと戦おう!」

「え、寄り道はちょっと……。時間がもったいない気が――」

「このままだと、5層まで敵が出ないかもしれないじゃん!」

「うーん……。仕方ないか……」


 興奮したディアを説得するほうが時間がかかると判断して、僕は渋々と了承した。


「行くぜー!」


 ディアは『正道』を離れて、モンスターを探しに行く。

 そのすぐ後ろを僕はついていき、《ディメンション》で索敵を行う。


 数分ほどすると、孤立しているモンスターを一匹察知した。


 宙を泳ぐ羽の生えた大魚だ。

 3層には湖や川が多く、水棲のモンスターの出現率が高い。

 その中でも、特に出現するのがこのモンスター、スカイフィッシュである。もし、僕の世界で見つけたらニュースになりそうな名前だ。


「ディア。次の曲がり角にモンスターだ。名前はスカイフィッシュ。宙を泳ぐ魚で、噛まれると事だから気をつけて」

「ああ、わかった」


 この事前情報だけで、ほぼ勝負は決まる。

 戦いのほとんどはお互いの情報の有無によって決まると言っても過言ではない。孫子のなんちゃら書にもそんなことが書かれていたななんて僕は思い出し、《ディメンション》の反則っぷりと再確認する。


「――でぇい!」


 ディアは角を曲がり、すぐに距離を詰めてモンスターに斬りかかった。

 ただ、力み過ぎたためか、一太刀目はかわされてしまう。スカイフィッシュは突然の襲撃者に対して噛み付こうと動き出す。それをディアは剣の腹で受け止める。


 どうやら、問題なくスカイフィッシュの動きは見えているようだ。

 もし怪我をしても自分じゃないから問題ないと、少し薄情なことを考えながら僕は攻撃魔法の詠唱に移る。


「――応用魔法《アイス・急造矢アロー》」


 全神経を集中させて、氷を手元に作成する魔法を唱える。

 以前、氷が落ちるだけで意味のなかった魔法《アイス》の応用だ。


 ただ、以前とは魔力の密度が違う。

 あの時はレベルが低かったのもあるが、何よりイメージが足りていなかった。


 重要なのはイメージと、酒場の魔法使いたちから聞いた。

 氷を作成する際に、先が鋭く尖ったものを僕は想像する。

 それは矢のように長く、先には氷の矢じりがついている。


 そして、数秒ののち、僕の両手の先にはイメージ通りの氷の矢が作成されていた。


 ただ、それをゲームのように射出はできない。

 それができたら、《アイス・急造矢アロー》ではなく、本当の《アイスアロー》になるだろう。中の点が重要なのである。


 その氷の矢を僕は手に取り、前衛に声をかける。


「ディア! ちょっと氷の矢投げるから、半歩下がって!」

「え……? わ、わかった!」


 ディアは身を少しだけ引く。

 そこに僕は《ディメンション》の空間把握と共に、氷の矢を投げつける。


「――当たれ!!」


 レベル6になり筋力と技量の上がった僕の投擲は、恐ろしい速度と正確さでスカイフィッシュに襲いかかった。


 しかし、スカイフィッシュも1層ではなく3層のモンスターだ。飛来する氷の矢に気づき、身を捻り、かわそうとする。


 チッと、氷の矢はスカイフィッシュの羽に掠るだけに終わった。だが、それによって、スカイフィッシュは体勢を大きく崩す。その隙を逃さなかった前衛のディアの剣が――迫る。


 ディアの剣は、スカイフィッシュを見事真っ二つにした。


 筋力の上がったディアにとって、スカイフィッシュは一撃だった。

 光となって消え行く敵を前に、ディアは震えながら呟く。


「やった……。倒した……」


 この光景が信じられないのか、両断されたモンスターと自分の剣を見つめている。ほどなくして、スカイフィッシュは完全に光となって消え去った。


「おめでと、ディア」

「ああ……。ありがとう、キリスト。何というか、その、感慨深いものがあるな。子供の頃から夢見ていたんだ。この剣でモンスターを倒すのを……」


 そう言ってディアは、手に持った剣を強く握り締める。

 その剣に何らかの思い入れがあるのだろう。

 使い込まれて古びた剣は、詳細を見る限りでも業物であることがわかる。



【アレイス家の宝剣】

 攻撃力5

 装備者の技量20%分の攻撃力を加算する



「それじゃあ、この調子で敵を倒しつつ進もうか」

「ああ!」


 ディアは迷いの晴れたような顔で応えた。

 剣での戦闘に味を占めてもらっても困るが、その様子に僕も嬉しくなる。


 そして、僕たちの三度目の迷宮探索は進む。


 僕の予想通り、3層のモンスターに僕たちが後れをとることはなかった。手間取りはするものの、ディアが前衛でも通用するモンスターばかりである。

 僕たちは何の問題もなく3層と4層をクリアし、5層まで進んでいき――



◆◆◆◆◆



 その5層攻略の最中。


「――危ない! ディア!!」

「わっ、ごめん!」


 咄嗟に僕はディアの前に割り込み、剣を使ってモンスターの攻撃を受け止める。

 モンスターの攻撃を直撃しかけたディアは、慌てて後方に下がっていく。


 ディアが安全圏に下がったのを確認し、僕は《ディメンション》を《ディメンション・決戦演算グラディエイト》に切り替えて、全力でモンスターに斬りかかる。


 ディアの援護はないと考え、受けではなく攻めに転じる。

 敵の攻撃を剣で受けずに身体ごと避けて、相手の急所に目掛けて剣で突く。

 モンスターの急所の奥深くまで剣が突き刺さり、敵は光となって消えていった。


「……ふうっ。危ない危ない」

「助かった……。ありがとう、キリスト……」


 ディアは恐る恐ると僕の顔色を窺いつつ、お礼を口にする。

 先ほどの攻防で、僕まで危険な目に遭ったように見えたのかもしれない。


「いや、問題ないよ。僕は大丈夫」

「でも、俺のせいで、キリストが危険に――」


 そうディアが答えようとしたときだった。


「おいおい! ははっ、いまにも死にそうだったじゃねえか!」


 野太い男の声が会話を遮った。

 それにディアは僕よりも早く反応する。


「――っ! おまえは!!」

「よう。あのときのレベル1のガキじゃねえか。案の定、身の丈に合わないところで死に掛けてやがった!」


 大剣を携えた男が、回廊の奥から現れた。

 その周りにはパーティーメンバーと思われる探索者が三人ほどいる。


 実は魔法で彼らの接近を把握できていたので、僕は驚いていない。この階層に居るレベルの人間ならば荒事になっても問題はないと、特に注意を払っていなかったのだ。


 この男は、確か……。

 以前に酒場でレベル1のディアを馬鹿にしていたやつだ。


「うるさい! 別に死にかけてなんかいない! いまのはちょっと油断しただけだ!」

「はははっ、笑わせるなよ! 迷宮で『ちょっと油断しただけ』ぇ? 全く、緊張感のないガキだ。いつ死んでもおかしくねえ!」


 男は間違ったことを言っているわけではないが、言葉に無駄な棘がありすぎる。


 どうやら、この男とディアの相性は余り良くないらしい。

 先ほどから、僕を放置して二人で言い合っている。


 ちなみに、この男の詳細を確認したところ――名前はアルケンで、レベル9の剣士だとわかった。周りの仲間たちも似たり寄ったりで、才能にも特筆すべき点はない。

 もし、このパーティーと争ったとしても僕一人で対応できると確信し、二人の言い合いを傍観する。


「この野郎! 俺に喧嘩売ってんのか!」

「喧嘩ぁ? こっちにそんなつもりはないぜ。なんせ、やり合いになったら、ただの弱いものいじめだ。ここは『正道』に近いから、探索者同士の争いは一発でばれる。まだ俺たちは捕まりたくねえんでな」


 アルケンは『正道』で争うとばれる・・・と言った。

 やはり、そういう役割が『正道』にはあるようだ。


「俺は弱くない! おまえたちとやり合ったとしても負けるか!!」

「おいおい、喧嘩を売ってるのはおまえじゃねえか……。わりいが、俺たちはおまえみたいなガキの相手をしている暇はねえんだ。ギルドから委託されたクエストの途中なんでよ」


 そう言ってアルケンは肩をすくめた。

 確かに、喧嘩を売っているのはディアだ。間違いなく対人戦闘に向いていない能力の癖に、かなり強気である。昨日のぶれない信念が悪い形で表に出ているようだ。


 ただ、それよりも僕が気になったのは、『ギルドから委託されたクエスト』という言葉だった。


 ギルド。

 利害の一致する探索者たちが集まり、協力し合うコミュニティのことだ。

 僕の知っている情報では、ギルドにも様々なものがあり、国が発足したものから初心者たちの集まりまで様々だ。クエストを委託されるほどのギルドということは、大きいギルドに所属しているのだろう。


 ギルドのクエスト……。

 ゲーム好きとしては、大変惹かれるワードだ。


「この前の俺と、いまの俺を一緒にすんな! おまえ、俺から逃げるのか!?」

「……逃げる? 逃げるのかと言われると、こっちも簡単には引けねえなあ。……そうだな。俺たちのクエストで、軽く競争でもしてみるか?」


 アルケンは面白いことは思いついたと言わんばかりに、顔を歪ませた。


「クエストの競争……?」

「ああ。いま俺たちは、厄介なモンスターの討伐を依頼されている。定期的に国が、実力のある探索者にモンスターの間引きを依頼するんだ」

「はんっ。おまえたちが実力のある探索者ぁ?」

「そう噛み付くな。そこで、おまえが弱くないというのなら、このモンスターの討伐数で競い合うというのはどうだ? わかりやすくて、面白そうだろ? 実力差も、はっきりわかる」

「いいぜ。乗ってやるよ」


 ディアは言われるがままに承諾した。

 その一連の流れに、僕は口を挟まない。正直なところ、こういうイベントが起きるのは新鮮で楽しそうというのが本音だった。


「――で、何を賭ける?」


 より一層とアルケンは顔を歪ませる。


 僕にとって、その一言だけが許容範囲外だった。

 全身に『熱』が灯る。


「何でも賭けてやるよ……!」

「俺たちはおまえの望むものを何でも用意してやろう。けど、俺たちはおまえから巻き上げるものがないな……。本来なら金でも賭けるんだが、おまえにそんな余裕があるのか、疑問だな」

「くっ……! 確かに、金はねえよ……!」

「それじゃあ、おまえが負けたら身を売ってでも金を作ってもらおうか。おまえは、がさつで粗暴だが、顔が整っている。売れるところに売れば、高くつくだろうな。ははっ」

「いいぜ。もし負けたら、好きにしろよ。けど、おまえらが負けたら、泣いて謝って有り金置いてけ」

「ようし。これで成立――」


 できるだけディアの意思を尊重しようと思っていた僕だったが、流石に見ていられなかった。誇りとか威厳とか形のないものを賭けるくらいならいいが、実害の出そうなものは許容できない。


「ディア! ……賭けるのは駄目だ。そうなると話は別だ」

「あぁん? なんだ、おまえ。これは俺とそこのガキの勝負だぜ?」

「そうだ。キリストに迷惑をかけるつもりはない。これはこいつらと俺だけの勝負でいい」


 アルケンは気分を害したように睨んできた。

 そして、ディアは頭に血が上って、僕のことが見えていない。


 喧嘩の末に競争するだけなら僕は止めない。

 人死にがでないのなら平和なもんだ。

 気分転換のイベント程度ですむ。

 けれど、こんな勝負は認められない。


 ――ディアは僕のものだ。


 アルケンなどという男の食い物になることだけは、絶対に許されない。


「……まず、ディア。こいつらは、そのクエストをするために準備をして、いまここにいるんだぞ? それも四人で準備万端だ。そこからして大差がついてる。何より、根本的に実力からしてディアでは勝てない。向き不向きもあるけど、経験が違う。ギルドが適任者として選んだのがこいつらなんだから、こいつらがこの勝負方法を得意なのは決まってる。それなのに、君は自分の身まで賭けて……馬鹿だよ。本当に馬鹿だ」


 奪われまいと、僕は口早に説得を試みる。


「うっ……」


 僕が話した条件の厳しさを聞き、ディアは口ごもった。


 激昂することなく、僕の話を受け入れてくれたことに一安心する。

 最近の成果がそのまま信頼になっているためか、僕の助言を無視できない様子だ。


「何より馬鹿なのは、なんで僕に相談しない……? 僕を巻き込まないと、まず勝ち目はないのに」


 そして、ここぞとばかりに自分を売り込む。


「……おう。そっちのおまえの言い分はわかったぜ。俺らも別に一人対四人とは言わねえ、二人対二人でやるとして、他にどんな条件が欲しいんだ?」


 男は僕が参戦したいものと見たようで、二人対二人という提案をしてきた。

 しかし、それを僕は否定する。


「いえ、そういうわけじゃありません。僕としてはこんな勝負しないほうがいいと思っているだけです。僕たちに勝ち目なんてありませんから」

「なっ! キリスト、それは――!」


 僕の低姿勢な態度にディアは反論しようとする。

 それを僕は手で制す。そして、ディアを僕のほうに引き寄せて、彼にしか聞こえないように囁く。


「――ディア。もしかして、僕たちの全てさらけだして勝負しようと思ってる? ……はっきり言うけど、こいつらにそんな価値はないよ。僕たちが勝ったとして、次は『つい最近まで低レベルだった僕たちが、どうして勝てたのか』って話になる。僕たちの固有スキルはできるだけ秘匿すべきものだ。もし、これが切っ掛けで面倒な問題が起きたら、馬鹿らしすぎる」

「けど……! それでも、俺は全力でこいつらを叩きのめしたい……。俺は見返してやりたい。子供みたいだと思うかもしれないけど、俺にとって『認めさせること』は、何よりも重要なんだ……!」


 ディアは小さな声でだが、声を荒らげて食い下がる。

 『認めさせること』。

 それがディアにとって、命に代えても譲歩できないものらしい。


「ふう……」


 僕は嘆息する。


 ここは退くべきだ。

 相手にせず、いつか結果で見返すのが一番だ。

 けれど、それをディアは良しとしない。

 付き合いも長くなってきたのでわかる。ディアは今日、いまここで認めさせないと気がすまないのだ。


「……はあ、わかった。わかったよ。そういうのもありかもしれない。やろうか」

「ほんとか!? キリスト!」


 僕はディアの熱意に負けて折れた。

 別に、上目遣いで涙目になっている美少女みたいなディアの顔にほだされたわけではない。……わけではないと思いたい。


 僕も少なからずストレスが溜まっているのだ。

 それならば、ディアに恩を売りつつ、ここで力を発揮してアルケンという男たちの吠え面をかかせるのも悪くないと思っただけだ。本当に。


「おい! おまえら、結局はどうするんだ! 尻尾巻いて逃げんのか、それともやんのか!?」


 アルケンが痺れを切らして怒鳴る。

 僕はディアに目配せで、交渉は自分に一任することを伝える。

 すぐにディアは頷いた。


「――すみません。やっぱり、やります」

「やんねーのなら――って、やるのかよ。おまえはクレバーそうに見えたから、意外だぜ」


 アルケンは虚をつかれたようだ。何よりも、よく僕を観察している。この命がけの迷宮でパーティーのリーダーを務めているだけのことはある。


「それじゃあ、競争のルールを決めましょうか」


 僕は笑って、話を続ける。

 そのとき、アルケンたちが小さく息を呑んだのがわかった。


「……いいぜ。それじゃあ、勝敗は――」

「勝敗はシンプルに討伐数だけで決めましょう。くだんのモンスターの特徴を教えてもらえたら、それだけで僕たちは十分です」

「いいのか? それだと、まるでハンデなしだぜ」

「あ、ハンデはください。一つだけです。制限時間を僕たちで決めさせてください。希望は一時間です」

「おい……。それだとお互いに1匹も倒せないかもしれないぜ?」

「いえ、あなた達なら一時間で一匹は倒せるでしょう? その間に、僕たちも一匹倒せるかどうか。そういう勝負にしませんか? 時間は節約するものです」


 いままでの経験と話の流れから、最も僕たちに有利な条件を提案していく。


 特定のモンスター一種を普通に探すのならば、一時間走り回って一匹というのが妥当なところだ。彼らならば、そのモンスターの生息分布を情報として持っているだろうから、必ず一匹は見つけ出すに違いない。


 そして、彼らが抱いている――どうせ僕とディアは一匹も倒せないだろうという思惑を使って、短期決戦にする。

 彼らだって、このいざこざに時間をかけるわけにもいかないはずだ。例のギルドとやらから委託されたクエストに制限期間がないとは思い難い。


「ああ、そうだな……。確かに時間は惜しい。いいぜ、おまえたちの提案通りで。それで、賭けるのは何だ。おまえは細かく決めそうだ」


 アルケンは淡々と条件を提示していく僕を警戒しているようだ。


「というよりも、負けたら、あなたたちは本当に代償を支払うんですか? こういうのって、地力が強いほうが負けたとして、しらばっくれられたらお仕舞いな気がするんですけど」

「ああ。おまえはファニアって遠い国から来たから知らないのか。大きい国では、『魔石線ライン』の上で決闘の宣誓をすれば、それが国の記録に残る。それによって、言い逃れはまずできないし、逃げたとしても決闘違反者は大罪人になる。迷宮でも『正道』にある『魔石線ライン』を使えば、問題はない」


 アルケンは僕にわかりやすく説明をしてくれる。


 僕がファニアから来たのを知っているということは、僕が酒場の店員であることは気づいているのだろう。火傷を負った店員はファニアから一攫千金のためにこの国に来て痛い目に遭ったというのは、あの酒場で有名な話になっている。


 そして、彼の説明を呑み込んでいく最中、僕は決闘と宣誓というシステムに疑念を抱いた。――だが、いま追求する気はない。


「なるほど。連合国って、便利なんですね。じゃあ、賭けるのは、そうですね……」

「賭けるのは?」

「有り金を全て賭けませんか? 僕たちの足りない分は、先ほど言ったような回収の仕方で構いませんよ」


 いま僕がすべきことは、全力でディアに最高の勝利をもらすこと。

 だから、僕は満面の笑みで、男たちに『全てを賭けることオールイン』を提案した。





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