第2話 依頼を受ける探索者

「今日も外れ、か……」


 酒場の喧騒の中、麦酒を片手に静かにシスはうなだれた。


「マスター。次がありますよ、次が」

「つってもなぁ……。もうAランクダンジョンを10は攻略したのに……手がかりすら無いってなると……弱気にもなるよ」

「何言ってるんですか。手がかりがないという情報だけでも儲けたものじゃないですか」

「アイリ。お前は前向きだなぁ……」

「いや、マスターが酒飲むと悲観的になるっていうか……。とにかく! お酒を飲んでるときのマスターは後ろ見過ぎなんです! もっと前見ましょうよ!!」

「そりゃぁ、そうなんだけどさぁ。それができたら苦労はしないんだってぇ……」

「じゃあ、今日こそ私の体を使って前向きに……」

「お前、幼女体形じゃん」

「むがーっ! おっぱいですか! マスターもおっぱい聖人なんですか!!」


 そういって酒場でぐだをまいていると、同じように酒場で飲んでいた冒険者たちが一瞬大きくどよめいた。


 何だ……?


 と、シスが不思議に思って視線を上げると、酒場の入り口に一人の女性が立っている。赤い髪に赤い瞳。そして、彼女が纏っている燃えるような魔力が特徴的な一人の少女である。


 彼女は誰かを探すようにちらちらと見回すと、目的の人物を見つけたのか「あーっ!」と、声を出して、ずかずかとシスに近寄ってきた。


「見つけましたわよ! シス!」

「……誰かと思ったらレティシアじゃないか。元気してたか?」

「元気にしてたか、ですって? どの口がそんなことを言ってますの!」


 随分とお怒りの少女は、シスとアイリが座っているテーブルに残っていた最後の椅子に静かに座った。


「おいおい、名門グレイアル家の嬢様がそんな座り方しても良いのかよ」

「ふん! シスに名門だなんて言われたくないです! お坊ちゃまのくせに」

な、それで。何のようだ」

「……Aランクダンジョンを攻略したと聞きましたの」


 そう言われて、シスは罰が悪そうに顔をしかめた。


「……さっきな」

「私は、一緒に潜らないか、と提案したのです。なぜ、何も言わずに潜ったのですか?」


 一言、一言を聞き取りやすいように区切りながらシスに説明するレティシア。だが、シスは酔っ払っているのかわずかに赤くした顔で端的に答えた。


「いや、無理でしょ」

「なぜです? あなたはいつもそうですわ。私のパーティー『ブリュンヒルデ』はAランクパーティー。……あなたにとって不足はないはずでしてよ」

「俺ぁ、ソロだ」

「マスター。私がいるんですけど」


 アイリがジト目でシスに不平を訴える。


「……実質、ソロだ。それに、この稼業はとにかく金がいる。わかるだろ?」

「ええ。それはもちろん」

「だから、パーティーに入らない。お前んとこのパーティーは5人だったと思うが」

「この間抜けて4人ですわ」

「まぁ、何人でも良いけどよ。俺は、入らねえ。パーティーに入ったら、仲間で報酬を分けるだろ。だけどな、レティシア。バッグに家がついているお前と、俺じゃあ金の重さが違うんだ」

「でも、それは……。……命よりも重いことではありませんわ」

「正論だな。耳が痛い。……でもな、それは貴族だから言えるんだよ。レティシア。俺はお前みたいに金があるわけじゃあない。そりゃあ、お前は間近で俺の魔法が見れるから得かも知れないが……」

「ち、ちが……っ! 私は貴方あなたが心配で……」


 そういったレティシアを遮るように、ドン、とシスの前に麦酒が置かれた。

 彼が注文した2杯目の麦酒だ。


「で、嬢ちゃん。注文は?」

「果実酒で」

「あいよ」


 酒を持ってきた店主は愛想悪くそういうと、踵を返した。

 

 ふと、お互いの会話が噛み合っていないことを不思議に思ったアイリは自らの主に尋ねた。


「あれ? マスター。もしかして、レティシアさんにダンジョンに潜る理由説明してないんですか?」


 そう尋ねたアイリに2人は同じ顔をして、答えた。


「したよ。生活のためだってな」

「聞きましたわよ。家を破門されて、街に出たけど生活できず……持っている魔法はろくにアイテムも運べない【収納魔法アイテムボックス】だけ。ですけど、神童と呼ばれた少年はそれを使って、探索者になった。それが、“鏡櫃きょうひつ”の始まり」

「あ、いえ……そっちではなく……」


 アイリは困惑して自らのマスターを見たが、シスは顔に手を当ててうめいた。


「生い立ちを喋るのは辞めてくれ。恥ずかしい」

「でも、だからこそ、私のパーティーに入らないかと誘っているのですわ。ソロでやってるときより収入は減るでしょうけど安定度が段違い。それに、命はお金には変えられなくてよ、シス」


 そう言われたシスはしばらく無言で酒を口に運んでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「しばらくは、1人でやる。放って置いてくれ」

「マスター。私がいますよ」

「…………2人だ」


 ごほん、と言い間違いを誤魔化すように咳払い。


「ま、そういうことだ。レティシア。パーティーを強くしたいと思ってるお前には悪いが今は他をあたってくれ」

「……別に私は、パーティーを強くしたいわけじゃないのに」

「なんか言ったか?」

「別に。なんでもありませんわ」


 レティシアがそっぽを向くと、トン、と優しい音を立ててレティシアの前に果実酒が置かれた。シスが持ってきた店員の顔を見ると、先程注文をうかがった店主よりも若い。少年にも見えるような店員だ。


 おそらく、住み込みで働いている見習いだろう。


 そんな彼は、二人の顔をうかがいながら尋ねた。


「……あなた達は“鏡櫃きょうひつ”と“緋炎”、ですよね?」

「ええ、そうだけど」

「俺は違うぞ」


 レティシアは首肯したが、シスは首を横に降った。

 だが、それを彼の相棒は良しとしなかった。


「はい! マスターが“鏡櫃きょうひつ”こと“鏡櫃”のシスです! しっかり名前と顔を覚えていってください!! あ、顔が覚えづらかったら名前だけでも!!」

「おい、馬鹿。なんで言うんだよ」

「マスターこそ、なんで嘘つくんですか。有名になっていきましょうよ! こういう積み重ねが知名度に繋がるんですよ! 知名度に!!」


 そういって暴れるアイリを無視して咳払いをすると、シスはため息をついて少年の目を見た。


「……そうだよ。俺がシスだ。それで、何のようだ」

「すみません。頼みたいことが……あるのです」

「「内容による」わ」


 2人の言葉が重なった。


「故郷の村の子供たちが、山賊に誘拐されたんです」


 ぴくり、とシスの眉が動く。


「……僕もこの間、知りました。だから、なんとかしたくって。ギルドにお願いして、依頼を出してもらったんですけど……。誰も受けてくれなくて……。恥ずかしい話ですが、あそこには僕の妹がいるんです。でも、僕が返ってもできることなんて何もなくて……」

「この街にいるのは探索者ですからね。ダンジョンに潜るのがメインで山賊退治なんて酔狂なこと、誰もやりたがらないのは当然ですよ」


 アイリはそういって果汁を飲む。


 レティシアとシスはわずかに考え込んでいたが、最初に口を開いたのは、シスだった。


「誘拐されたのはいつだ」

「……3日前、と聞いてます」

「どこの村だ」

「『ワラオの村』です」

「ああ、あそこか」

「知ってるんですか!?」

「名前だけならな」


 シスは酒を一口煽った。


 そして、大きく頷いた。


「やろう」

「ほら来た! 流石マスターです! さすます!!」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます……っ!」

「しっかり感謝してください! あのAランク探索者の“鏡櫃きょうひつ”のシスが依頼を受けるといっているんですから、依頼は達成されたも当然。しっかりと報酬の計算を……」


 調子の乗って喋りまくるアイリを押さえつけて、シスはレティシアの方を見たが、彼女は首を横に振った。


「……わたくしの魔法は殲滅魔法でしてよ」


 来ないということだろう。

 確かに人質の救出に彼女はあまりに過剰オーバーパワーすぎる。


「もうちょっと魔法の制御に力を入れるんだな、レティシア」

「……耳が痛いですわ」


 レティシアは恥ずかしそうに身を縮めた。

 だが、シスは最初から彼女の助力は当てにしてない。


「分かった。2人で行ってくる」

「わっ、やっとマスターが私のことを認めてくださいました! 良いですか、少年。成功した暁には“鏡櫃きょうひつ”のシスと、その素晴らしい相棒である私ことアイリに未来永劫タダ飯を食べさせることを……」


 再びシスはアイリを押さえつけた。


「アイリ。馬車の用意をしろ。明日一番で出るぞ」


 そう言って、シスはジョッキに残った麦酒を全て飲み干した。

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