迷宮世界の探求者〜最強魔法は【アイテムボックス】〜

シクラメン

第1話 鏡櫃の探索者

 Aランクダンジョン『死都オルデンセ』の最下層を2人の男女が歩いていた。


 片方の男は中肉中背。黒い髪に黒い瞳。全身を包む防具も黒い。どこかむすっとした顔を浮かべながら、歩いているが酷く若い。まだ18か19か。おおよそ、20は超えているとは思えないような顔立ちである。


 彼の名前はシス。

 姓を無くし、それでも16という若さで探索者の中でも一握りしかなれないというAランク探索者に上り詰めた天才だ。


 一方、青年の側を歩いている少女の出で立ちは不可思議と言わざるを得ない。


 この世の物とは思えないほど、見目麗しい顔。均整の取れた体。ぴっちりと全身を包む不思議な素材でできたそれは白い防具。だが、白いのは防具だけじゃない。髪も、肌も、どれもこれも病的なまでに真白だ。だが、その瞳だけは緑に輝いている。


 人のようだが、人に見えないほど美しい。

 まるで人形のような、という形容がここまで当てはまる少女もそう居ないだろう。


 そんな美しい少女を、あまりにも普通に見える青年が連れて歩いていた。


 だが、Aランクダンジョンというのは普通の場所ではない。

 ギルドか国家が認めたAランク以上の探索者たちが、集まって6人パーティーを組み、念頭に準備を重ね数ヶ月かけて攻略する。


 それが、Aランクダンジョンという場所だ。


 だが彼らには怯えている様子など、微塵も見受けられない。

 いや、それどころかまるで散歩でもするかのようにAランクダンジョンの最下層を我が物顔で闊歩している。


「マスター。なんでそんな仏頂面してるんですか、もっと笑いましょ。ほら、笑顔笑顔」

「……元はと言えば、アイリがポーション持ってくる量を間違えたからこんな目に合ってんだろ?」


 アイリ、と呼ばれた真白な少女は青年からそう言われると、露骨に視線をそらした。


「い、いや。それは……その。ほら、誰だって人はミスするっていうか」

「お前は人間じゃねぇだろッ!」

「ほ、ホムンクルスだってミスくらいしますぅ」


 そうは言いつつも、申し訳ないと思っているのがアイリの顔色は良くない。


「まぁ、良い。そろそろボスも出てくんだろ。さっさと片付けんぞ」

「アイアイサー!」


 そう言ってシスが目を向けた先にあるのは巨大な城。

 Aランクダンジョン『死都オルデンセ』の最奥は、地下深くにそびえ立つ巨大な城……の、手前の広場である。


 その中心に立っているのは、屍の騎士。


 ダンジョンは階層構造になっており、その最奥には必ずボスと呼ばれる強大なモンスターが居座っている。それを倒して、ダンジョンの最奥に文字通り足を踏み入れ最後のボスを倒した者が、ダンジョンの『攻略者』を名乗れるのだ。


「あれか」

「あれですね」


 屍の騎士はまっすぐ長剣を構え、侵入者であるシスとアイリを見た。


「どっちがやる?」

「いや、マスターでしょう」

「俺ァ、どっかの誰かさんが魔力ポーションを持ってくるのを忘れたから魔力切れてるんだけどな」

「嘘ですー! マスターの魔力が切れるわけありません! ……ありませんが、仕方ないので私が“本物”ってやつを見せてあげますよ」

「おう、楽しみにしてるぜ」


 アイリが地面に足を置くと光が走って魔法陣が描かれる。

 そこから出てくるのは一本の剣。


「相変わらずの錬成だな」

「マスターからのお褒めの言葉っ! やる気100倍です!!」


 アイリはそう叫びながら、剣を構えてAランクダンジョンのラスボスである騎士に向かって突撃。


 そのまま目にも留まらぬ連撃を叩き込んだ。

 だが、その連撃を全て弾くと騎士はアイリの体を蹴り飛ばす。


「おわぁ!」

「やられるの早くね?」

「ピンチ! ピンチですよ! マスターの可愛いホムンクルスのアイリちゃんがピンチです!!」

「うるせー奴だな……」


 騎士は今の連撃でアイリを厄介と判断したのか、狙いをシスに切り替えて地面を蹴った。骨であるがゆえに体は軽く、足が疾い。


 だからこそ、そのまま最高速度トップスピードでシスの首を刎ねようと剣を振るって……。


「【展開】」


 ガッ、とシスと剣の間に生まれたによって剣が阻まれた。


 そこにあったのは、鏡だ。

 いや、正しく言えば――鏡のように光を反射するがそこにあった。


 その箱が、剣を止めているではないか。

 凄まじい衝撃を受けたというのに、鏡はどこもへこんだ様子もひずんだ様子も見せていない。


 むしろ、騎士の剣がわずかに刃こぼれしている始末。


「さっすがマスター! Aランクダンジョンのボスの攻撃なんてへっちゃらですね!」


 屍の騎士は何が起きたのか分からず、どう動けば良いのかも分からず、わずかに動きを止めた。止めてしまった


 それが、敗因だった。


「【展開】」


 再び、シスの詠唱が響いた。


 刹那、全く同じ鏡のような箱が屍の騎士の頭を覆うように生成されると……ズッ、と箱の境界面にあった首が断ち切られて屍の騎士の体が地面に落ちる。


「【解放】」


 シスが再び詠唱すると、鏡のような箱が消え中から屍の騎士の頭蓋骨が現れ、重力に引かれてぼとり、と音を立てた。


「え、これで終わりですか? あっけないですね」


 アイリが起き上がって剣を手放す。

 彼女が錬成によって生み出した剣は光の粒子となって消えていった。


「聞いた話だが、こいつは即死魔法を使ってくるらしい」

「マジですか。ていうか、そんなやばい奴だって知っててなんで私を先に行かせたんですか」

「お前、死なないじゃん」

「それは! そうですけど! 可愛い女の子を駒みたいに使わないでくださいよ! あっ! も、もしかしてマスターってS……? あ、なるほど。だからこんなに私に冷たいんですね。なんか興奮してき――」


 一人で盛り上がっているアイリを放っておいて、シスは死体に目をやった。

 

 屍の騎士の姿はすでに消えており、そこにはダンジョンのボスを倒した後に必ず落とすアイテムがある。それは、どす黒い色をした頭蓋骨。


「不気味なアイテムだな」

「早く持って帰ってギルドに提出しましょー! Aランクダンジョンのボスが落としたアイテムですよ! 持って帰ったら金貨がたっくさんもらえること間違いなしです!」

「売るのが勿体ないくらいのアイテムだと良いな」


 頭蓋骨を持ちながら、シスは笑った。


「前回のダンジョンの報酬はシケてましたからねぇ」

「今回もそうじゃないことを祈ろう……よし、帰るか」

「はい! 帰りましょう!!」


 彼らは揃って、ダンジョンの最奥にあるポータルをくぐった。

 ポータルをくぐると、ダンジョンの入り口へと転送されるのだ。


 ギルドに帰ると、中にいた探索者たちの喧騒にどっと出迎えられた。


「おい、あれ。本物か!?」

「マジで2人で『オルデンセ』を攻略したってのかよ」

「なに言ってんだ。逃げ帰ってきたに決まってるだろ」


 賞賛と侮蔑が入り混じった視線を鼻で笑うと、シスは袋に入った魔石とアイテムの山をテーブルの上においた。


「『死都オルデンセ』を攻略してきた。こいつらを鑑定してくれ」

「は、はい! 承りました!!」


 受付嬢はそれを抱えて、慌てながら奥に消えていった。

 

 それを聞いていた探索者たちの噂話が、口火を切ったように溢れ出す。


「あれが“鏡櫃きょうひつ”か。本物は若いな……」

「ああ見えてまだ18なんだろ? 天才っているんだな」

「10代でAランク探索者だとよ。バケモンだぜ」


 ギルドにいる探索者たちは影でそう言いながら、誰もシスには近づかない。


「うわっ、マスター。めっちゃ噂されてますよ。やっぱりみんな気になるんですかねぇ!」


 だが、アイリがそう大きな声で言うものだからギルド中が静まり返った。


「アイリ、言わなくても良いことを……」

「あ、もしかして自分の噂話聞きたかったんですか。すみません、余計なことをしちゃって」


 そういって頭を下げるアイリ。

 さっきまでの雰囲気がぶち壊しである。


「いや、そういうわけじゃないが……」


 そういうわけではない。

 そういうわけでは無いが、気になるものは気になるのだ。


「シスさん。鑑定結果でました。こちらです」


 受付嬢はそういって、ずっしりと金貨の入った袋を見せてきた。


「それは口座の方に入れておいてくれ」

「承知しました」


 こくり、と受付嬢が頭を下げた。


「あと、こちらのアイテムなのですが、鑑定では結果が出なかったので精密鑑定に出しておきます。3日か4日で鑑定が終わるので、またこちらからご連絡させていただきます」


 そういって受付嬢が見せてきたのは、ボスの落とした黒い頭蓋骨だった。


「ああ、また取りにくるよ」」


 シスはそう言ってから、ギルドを後にする。


「マスター? 受付嬢さんにはもっと優しくした方がモテますよ」

「モテたくて探索者やってねえんだよ。俺は」

「えっ!? 気でも狂いましたか!!? 探索者になる理由第一位は女の子にモテたいってのが通説でしょ!」

「誰だよそれ言ってるやつ」

「勿論、私です」

「絶対適当に言ってるやつだろ。それ」

「バレました?」

「バレバレだっつーの」


 “鏡櫃”のシス。

 それが、彼の二つ名。


 幼き頃、神童と呼ばれたが13という若さで家を追放された。

 だが、それから3年という短さでメキメキと頭角を現し、騒ぎ立てる探索者とギルドを実力で黙らせてAランク探索者になった。


「あ、そうだ。受付嬢さんと話す時のあの無表情、マスターはかっこいいと思ってるかも知れませんけど、影ではめっちゃ怖がられてますよ」

「え、マジ!?」

「いや、嘘ですけど。めっちゃ食いつくじゃないですか。やっぱり気にしてますよね」

「き、気にしてねーよ!」


 彼は高度な魔法を使わない。

 彼は極めた体術を使わない。


 それでも、Aランク探索者になった。


 それは何故か。


 彼に必要だったのは多くではない。

 

 ただ1つ、【収納魔法アイテムボックス】だけを極めた。

 それさえあれば、良かった。


 そう。彼は世にも珍しい【収納魔法アイテムボックス】を武器として戦う探索者である。

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