【熱】

てぶくろ

【熱】

【熱】


――バンッ


雨の降る昼下がり、探偵事務所の扉が乱暴に開けられる。傘をさしていなかったのか、ずぶ濡れのアウグスタがそこにいた。


ザギや林檎が何かを言っているが、アウグスタはレインを見つけるとフラフラとした足取りで近づき、そっと抱きしめる。


「...」


いつもであれば、何かにつけて文句や小言をマシンガンのように垂れ流すアウグスタが、たた静かにレインを抱きしめている。

そして――そのまま崩れ落ちた。


意識が遠のいていく、そんな時でもアウグスタは優しく微笑みながらレインの瞳を見つめていた。



――3日前――



「アウグスタ様、やはり...皆様にご挨拶をされた方が――」


黒い高級車――メルセデス・ベンツのマイバッハを運転しながら、後部座席で膨れているアウグスタにコンスタンスが声をかける。


「これで良いんですわ...下手に挨拶なんかしたら、引き止められるに決まってますわ...」


「しかし――」


「くどいですわよ!」


ここ1週間、コンスタンスとアウグスタはずっとこうである。

所属していた教団を正規の手続き無しに一方的に抜けたため、査問会が開かれる事となったのだ。

査問会といえば聞こえはいいが、実の所は制裁を与えるための呼び出しである。


ホテルに黒服を伴って現れた調停人は


「もし、そちらが掟に従わぬならば――我々はあなた方全員を標的とするしかありません」


と、脅してきたのだ。


かつての同胞の強さはよくわかっている。

個人レベルでどうにかなる相手では無い。


選択肢はなかった。



調停人は元上司――教祖の部下ではなかったことから、別の発起人が査問会を開くのだろう。

そうなれば、問題ばかり起こしてきたアウグスタにどんな裁定が下ってもおかしくはない。


コンスタンスはそれを知っているからこそ、せめて何かしらの挨拶をするべきだとアウグスタを説得しているのだ。


コンスタンスは、静かに車を路肩へ停めた。


「――いい加減にしなさい」


「なっ!」


「駄々をこね、わがままで周りを振り回す...ええ、とても貴女らしくございます」


コンスタンスはルームミラー越しに、アウグスタへと厳しい視線を向けている。


「ですが、つまらぬ者たちと、かけがえの無い貴女の家族たちを同じように扱うのは見過ごせません」


「うるさいですわよ!あなたに何がわかるんで――」


「わかりません!わかりたくもありません!!」


執事――生まれた時からアウグスタの身の回りの世話を務め、誰よりも長い時間アウグスタに連れ添ってきたコンスタンス。彼の言葉と怒りは、アウグスタにとっては最も苦手としているものだ。


「貴女がどんな考えかなど関係ありません――貴女の身勝手に、あの方々を巻き込むんじゃありません!!」


「ワタクシがホントのことを話したらっ...もっと面倒なことに――」


「あの方々なら巻き込まれても大丈夫です...自分の身は、自分で守れる方々ばかりではありませんか」


コンスタンスは、そう言い終えると運転を再開した。


「ど、どこへ...」


「探偵事務所へ行きます。飛行機にはまだ間に合いますので」


「か、勝手にそんな――」


「探偵事務所へ、行きますよ」


「――わかり...ましたわ...」


コンスタンスがルームミラー越しに微笑むのと――


――側面から車が吹き飛ばされるのは、ほぼ同時だった。



■□■□都内某所□■□■


――バシャッ!!


大量の水を頭にぶっかけられ、アウグスタは目を覚ます。


「ご機嫌はどう? アウレリア」


鼻にかかった猫なで声、甘ったるく濃厚な香水の香り...親しい者がする呼び方をしたのは、ローブにフード姿の人物だった。


「――クタバレですわよ...サーシャ」


サーシャ、そう呼ばれた人物はフードを外すと高らかに笑ってみせる。

顔の半分以上に大きな火傷のあとが目立ち、それが無ければ絶世の美女と言えるほどの顔立ちである。

そんな顔に愉悦を浮かべて、ゆっくりとアウグスタへ近づいていく。


「余裕じゃないですか、もう、そういう所本当に――」


アウグスタは自分の置かれている状況を確認する。

腕を上にした状態で地面から少し吊り上げられているようで、自分の武器などは全て奪われている。服などは、もちろん着ていなかった。

あちこちから出血しているようだが、これは事故によるものだと分かった。


「腹が立つんですよ!」


サーシャの拳が、アウグスタの下腹部へと突き刺さる。メリケンサックによる痛みは、想像を絶するものである。

苦痛に声を漏らし、苦悶に表情を歪めるアウグスタを見てサーシャは更にアウグスタの顔を激しく殴打する。

その様子を見ていた他の者たち――全員がローブにフード姿である――が、サーシャを制する。


「ここは拷問や君の私的な恨みを晴らす場では無い――ゆめゆめ、忘れるな」


「わかってるわ...でも、コレのこんな姿見たら、少しくらい...シたくなっちゃうのよ――!」


そう言うと、サーシャはさらに鋭い拳や蹴りをアウグスタに浴びせ続ける。

サーシャがアウグスタに固執するのは、ただの逆恨みだ。周りの誰もがそう思っているが諦めているのか、制する者は誰もいなかった。


そうして、暫くの間アウグスタへ暴行を加えたサーシャはスッキリしたように髪をかきあげる。


「これで、少しは身の程が分かりましたか?アウレ――」


満面の笑みを浮かべたサーシャの顔面に、アウグスタの額がめり込んでいた。


「――くた...れ...で...わ...」


血にまみれた上に酷く腫れた顔で、ニヤリと笑って見せたのはアウグスタである。

サーシャは不意の一撃をもらい、そのままノックアウトされたようである。

周りの者たちがやれやれと言わんばかりに、サーシャを引きずってどこかへと行く。


そして、1人の男がアウグスタの前にやってくる。

厳かな雰囲気、穏やかな笑顔を浮かべるその人物に、アウグスタは見覚えがなかった。


「はじめまして、アウグスタ嬢。私は――調停人です」


彼が手を振りあげると、アウグスタはゆっくりと地面に下ろされる。

そして、また頭上から大量の水をぶっかけられる。全身の傷口、先程受けた攻撃で増えた生傷が酷く痛みアウグスタは思わず苦痛に呻きを漏らす。


「査問会ですが、この場で執り行うこととなりましてね...少々強引でしたが、申し訳ない」


男の声を聞きながら、アウグスタはよろよろと立ち上がる。両足が酷く痛むが、折れてはないらしい。


「えー、まず一方的な離反に関して、我々としては必要と思う制裁を貴女に課します」


――ペッ


アウグスタは口の中の血を足元に吐き出すと、静かに目の前の男を見据える。


「まずは貴女は追放処分...以降貴女が使えたサービスは全て無期限に停止されます」


アウグスタの目に映る範囲でわかるのは、ここがどこかの倉庫であることだ。

そして、コンスタンスの姿がどこにも見当たらない。


「それと――」


いや、厳密に言えば、コンスタンスはそこに居た。


「――コレにはあなたの代わりに死んでもらいました」


男は、コンスタンスの首を持っていた。

見間違えることのない、親の顔よりも見たコンスタンスの顔。それが、目の前の男の手中にある。


「あ...あ...」


両目を見開き、口からは声にならない声を漏らすアウグスタ。

そんなアウグスタの足元へ、コンスタンスの首が放り投げられる。


「えー、貴女が起きる前に彼からの嘆願がありまして――」


他の誰よりも近くで感じ、同じ雰囲気を纏っていた理由で抱いた初恋――彼女の根源にいた執事が、死んだのだ。


「――貴女への罰則の代わりに、この身を捧げるとの事でしたよ」


耳から入る言葉を何も理解できない。


「――貴女への処罰が追放処分程度となったのですから、まぁ、良かったですね――」


初恋の相手を、間接的に殺し...


「たかだか執事だと思ったのですが――」


最も傍で寄り添ってくれた相手すら、自分が理由でその命を落とした。


「貴女への罰としては、十分と判断されましたよ――」


なんで


「――えー、聞いておりますか?」


なんで


「――まぁ、とりあえずこれで査問会は終わりとなります。サーシャへの暴行は、まぁ、痛み分けということで不問に――」


なんで


なんでなんで

なんでなんでなんで


「――あ、お洋服などは出口に置いてありますので――」


その後のことは、よく覚えていない。


頭の先から足の先まで血に染ったアウグスタが、フラフラとした足取りで人気のない倉庫から出てきた。

適当な服――薄汚れたローブを身につけ、その目は焦点があっていなかった。


倉庫から出たアウグスタは、土砂降りの雨に晒される。全身の血が雨に流されるが、アウグスタは暫く天を仰いだまま動かなかった。


暫くして、アウグスタを染めていた違う流れ落ちると、彼女はゆっくりと歩き出す。



探偵事務所へと向かって歩いていく。


肌に張り付くローブで体のラインがはっきりと出ており、すれ違う人がぎょっとして振り返っている。


ブツブツと何かを呟きながら歩くアウグスタ。

普段の彼女とは決定的に、異なるところがある。


髪が、真っ白になっているのだ。

美しかった金髪が、色が抜け落ちて、真っ白になっているのだ。


全身に痣を作り、雨の中傘も差さない外国人は目立つが――


誰も、アウグスタの足元に点々と残る赤色に気づいていないようだ。




探偵事務所が見えてくると、ドアを目指して進んでいく。


力の加減が出来ずに思いっきりドアを開けてしまった。


ザギが何か怒っている。


林檎が驚き、錠一が林檎を庇うように動いていた。


そして、レインが――居た。


縋るように抱きしめ、その存在をしっかりと認識する。

何かを言おうと、レインの目を見つめようとしたが――そこで、体が言うことを聞かなくなった。



アウグスタは、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。

探偵事務所の床を次第に赤色が染めていく。


状況を理解したレインの悲鳴が響き渡り、探偵事務所が騒然とする。

救急車を呼ぶ林檎達の脇をぬけ、ザギがアウグスタに簡単な応急処置をして抱えあげる。


そして、近くの病院へとアウグスタを全員で運び込む。





――夢を見ていた。


――省吾が、頭を撫でてくれた。


――コンスタンスが、優しく抱きしめてくれた。


――省吾が、困ったように笑っている。


――コンスタンスが、困った顔で唸っていた。









――レインが、泣いていた。



「...(知らない天井ですわ)」


ピッ、ピッ、と計器類の発する音でアウグスタが目を覚ます。

全身が言うことを聞かず、辛うじて目だけ動かせるが視界がやたらとぼやけているため周りの状況が分からない。


だが、ひとつ明らかなのは声が全く出ない事だ。

人工呼吸器が取り付けられているため、とアウグスタが気づくのに随分と時間がかかった。


そんなことをしていると、レインがゆっくりとドアを開けて入ってきた。

アウグスタの頭――白くなってしまった髪を撫でて、小さな手でアウグスタのボロボロの手を優しく包む。


「早く――起きてくださいよ...」


何日もろくに眠れていないのだろうか、小さなレインが普段の何倍も小さく見える。


瞳を動かし、起きていることを伝えようとするが強烈な眠気がアウグスタを襲ってくる。


「お願いですから...目を...」


そんな声を聞きながら、アウグスタは意識を手放した。


――アウグスタが目を覚ましたのは、随分と時間が経ってからである――



彼女中に降る雨は、


いまだ、


止むことは無い。



――end――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【熱】 てぶくろ @tebukuro_TRPG

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る