虚構と現実

@alumikan

第1話

 彼は子供の頃から、他人、特に目上や年上の人から自分に向けられる視線に敏感だったのだろう。子供が両親など親族を除き最も近くでふれあう人と言えば、学校の先生で、おそらく彼は先生から注がれる視線を——その当時は無意識ではあったが——感じて生活していたと思う。彼に集まるそれらは、期待や感心、今思うとわずかな嫉妬や嘲笑もあったかもしれないが、それでも多くの人の気持ちが彼の肩に乗っていたのは事実であった。


さて、ここからは小学校時代について話そうと思うが、少々長くなるので、高校時代(2話)のみ読むのもよいだろう。


 小学校から中学のクラス替えまでずっと同じクラスで、その後高校3年間は再び一つのクラスで過ごした。私が隣で見ていた彼の顔は、常にポーカーフェイスだった。無表情であったわけではなく、むしろ彼の怒ったところや泣いたところを見たことがなかったからこそ、本当の気持ちはわからなかった。

 小学校、中学校の彼はその優秀さがプライドとなり、失敗を恐れていたように思う。そして、自分のミスをうまく片付けるすべを身につけていた。そしてそのことに対してクラスメートの誰も、疑問を感じていなかった。優秀な彼は私達の中では大まか何をやっても正解だったのである。こんな出来事があったのを覚えている。

 小学校3年生のころ、お昼休みのことだ。3年生の頃からクラス内の、特に男子では、所謂悪ガキと言われる男子、私のように平凡な男子、そして彼のような一握りの秀才への階層化が進んでいた。それによりクラス内でいじめが起きていたとか、そういうことではないが、全員の、個人に対する認識が定まってくる頃だったように思う。クラスの中でいつも騒がしくしていたある男子がいた(仮にAくんとしておこう)のだが、Aくんは昼食後、歯磨きをしていなかったらしい。それをある女子が咎めると、彼を含め周りの人たちがAくんを責めはじめたのだ。なぜそのことがあの日急に露呈したのかは分からないが、あの頃の集団では、先生に言われたことは絶対で、それ以外はすべて悪だった。だから誰もAくんを攻めること責めることに疑問を持つことはなかった。しかし、往々にしてうまくいかないこともある。Aくんが泣き出してしまったのだ。無理もない、完全に1人悪者にされてしまったのだから。

 その日の帰りの会――今となっては懐かしいものだ――、担任は昼休みの出来事について私達に聞いた。当然、当事者である彼や、その他数人は立ち上がらされ、説明を求められた。それぞれが自分の考えや行動の理由を話す中、彼はこう言った。

「僕がAくんたちのところを通り過ぎようとしたら、何か話していたので、そのまま通り過ぎました。」

衝撃的であった。彼は一緒になってAくんを尋問していたにもかかわらず、堂々と事実と異なることを言っていたからだ。誰しも先生に怒られるのは怖い。一教室に一人の唯一の大人だからだ。しかしこんなにも堂々と嘘をつけるものなのか。ただただ言葉が出なかったのを覚えている。

 それを誰も――私さえも――訂正することなくその一幕は終結した。結局彼は何も言われることなく、その他の人たちが注意を受けていたようだ。このことから当時の私達の彼への考え方がわかるだろう。彼は絶対であった。しかもそれを彼は受け入れていたのだ。もちろんそれによって注意を受けた他の児童から彼へ敵対心が芽生えた様子もなかったし、私も彼に負の感情が芽生えたこともなかった。むしろ前より親密に彼とふれあうようになったくらいだ。このあたりの心の機微は、自分のことながらよく覚えていない。

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