第44話 帰還途中の出来事2

 大会が始まるまでの間……俺は近場で適当に魔物を狩っては錬金魔法でグルタミン酸ナトリウムがとイノシン酸ナトリウムを抽出し、下準備を終えた。

 そして、数時間後。


「それでは、調理を開始してください!」


 魔法で拡声されたアナウンスが鳴り響いたかと思うと……ゴングが鳴り、調理を開始する時間がやってきた。


 合図と共に……他の調理人と同様、俺は選手共用の食材置場へと向かう。

 この大会では、野菜や肉、パンや麺といった基本的な食材は大会運営が用意した食材を自由に使っていいことになっているのだ。


 俺はそこでジャガイモ、人参、大根、玉ねぎ、オークのバラ肉、キャベツ、ゴボウ、大豆そして小麦を選択し、自分に割り当てられた調理ブースに戻った。


 まずは玉ねぎの一部とキャベツ、ゴボウを氷魔法で急速冷凍し、粉砕魔法で粉末状にする。

 次に、俺は大豆と小麦の一部に発酵魔法と時空調律魔法をかけ、醬油とみりんを作成した。

 更に、共用食材置場には砂糖がなかったので、残りの小麦粉に錬金魔法をかけてスクロースを作成する。

 とりあえず、これで下準備が完了だ。


 鍋に水を張ると……各種野菜粉末や醤油とみりん、スクロースにうま味調味料を適量入れ、つゆを完成させる。

 そこに、魔法で適切なサイズにカットしたジャガイモ、人参、大根、粉末にしなかった玉ねぎ、オークのバラ肉を入れ、火にかけ始めた。


 沸騰しだすと……俺は鍋を対物理結界で密封し、即席の圧力鍋にする。

 しばらく煮込むと……ようやく仕上げの段階だ。


 鍋の中身に滅菌魔法をかけ、無菌状態を作ると……ごく微弱な冷却魔法と時空調律魔法を併用し、ゆっくりと中身を冷ます。

 そして、再び鍋の中身を沸騰するまで加熱した。


 その作業を繰り返すこと数回。


「……うん。しっかり味はしみてるな」


 味見してみるといい感じになっていたので、俺はそこで完成とすることにした。


 俺なりに工夫して煮物を作ったつもりだが、果たしてどうなるだろうか。

 かなり早めに調理が終わった部類っぽいので……しばらく俺は他の人たちが調理を終えるのを待った。


 そして、約40分後。

 ついに……審査の時間となった。


「むぅ……味付けは悪くないのだが、少し胡椒が効きすぎだな。高級調味料は使うほどいいってもんじゃないんだぞ」

「魚介とチーズのクセがバッティングしてますねえ。珍しい食材を使いたいのは分かりますが、珍味は組み合わせに気をつけないと……」


 険しい表情をした審査員たちが、俺より前の順番の料理人の完成品に厳しい評価を下していく。

 緊張の中、俺の番が来た。


「これは……一体何という料理……だ? あらゆる国の食文化を徹底的に調べ上げてきた私でも見たことがないが……」


 審査員の一人が訝しげにそう言いつつ……煮物を口に運ぶ。

 ――と、その瞬間。

 さっきまで険しかった表情が、噓のように激変した。


「……う、美味い……!」


 その一言に……周囲の料理人たちがざわつき始める。


「な、なあ聞いたか……」

「あ、ああ……。”美食の番人”ミシュリン様の口から、『美味い』の一言が……!」


 ……普遍的な一言がそんなにも珍しいか。

 料理人たちの様子に首をかしげていると……ミシュリン様と呼ばれたその男が、こう尋ねた。


「……可能な範囲だけで構わない。どうやって作ったのか、教えてはもらえないか?」


 可能な範囲も何も、そもそも俺は料理人ではないので秘伝もへったくれもないが。


「それはですね、まず……」


 俺は一部始終を説明することにした。


 全て聞き終わると……ミシュリンは頭をかかえながら、こう呟く。


「ダメだ。おおよそ料理のプロセスとは思えない箇所が多すぎて理解が追いつかない……」


 これは……どういう評価になるんだ?

 待っていると、彼はこう続けた。


「だが、一つだけ分かることがある。それは……この料理が、間違いなく『殿堂入り』に値するものだということだ」


「「「で、殿堂入り――!?」」」


 彼の言葉を聞いて……料理人たちの驚く声がシンクロする。


「すみません、殿堂入りってどういう評価ですか?」


「な……ここまでの腕前をお持ちの方が、それをご存知無い!? 殿堂入りは……すなわち王家の祭事で振舞われるメニューに抜擢されるということだ。この肩書きがあれば、本家が作ったものはたとえ一食100万クルルの値でも美食家に飛ぶように売れるんだぞ」


 なんか凄そうな称号とは思いつつも、いまいち値打ちが分からなかったので聞いてみると……ミシュリンは拍子抜けしたような顔をしながらそう答えた。


「なあ、前に殿堂入りが出たのって何年前だよ」

「確か20年前だったような……」


 ……もしかして殿堂入り、優勝よりヤバい感じなのか?



 そんな感じで……俺の料理の審査は幕を閉じた。

 後続が審査されている間は、ギャラリーにいるジャスミンのところに行って待つことに。


「殿堂入りって……。私が出場を勧めた時の自信の無さは何だったのよ……」


「俺もこの結果は予想してなかったんだが」


 と、そんな時……不意に、後ろから声がかかった。


「あの……先ほどの殿堂入りの方」


 振り向くと、そこには一人の少女が。


「初めまして、私はトライダイヤ商会の常務取締役のライヒです。もしよろしければ、先ほど貴方が使っていた調味料と思われる数種類の粉、弊社に卸してもらえませんか?」


 トライダイヤ……?

 あ、なんか聞いたことがあると思ったら例の銀行か。


 確かあの銀行、トライダイヤが半分以上出資してる銀行だったよな。

 メガバンクに対してそこまでの比率を出せるってことはかなり規模の大きい商会のはずだよな。


「あら、ライヒさんじゃないですか。お久しぶりです」


「あなたは……バンブーインサイド建設のジャスミンちゃんじゃない。久しぶり」


 どうやらジャスミンはこの少女と知り合いのようで、そんな挨拶を交わしていた。

 ということは……なりすましとか、そういう可能性は排除できるな。


「分かりました。手持ちは少ないですが……」


「全然構いませんよ。私たちも、売れ行きを見て発注量を決めますので」


 信頼できそうなので、具体的な契約について話し合うことに。


「ハダル君ったら、なんで料理大会に出て新規事業を立ち上げてんのよ……」


 その横で、ジャスミンはため息をつきつつそう呟いていた。

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