第8話 伝説の採点結果
「一体どうなってるのよこの答案は……」
ゼルギウス王立魔法学園の入学試験が行われた、次の日の職員室にて。
筆記試験の試験官は、とある受験生の解答を前に……つい、そんな言葉を漏らしてしまった。
「どうした?」
その言葉が気になり、隣の席に座っている、剣術試験の試験官が声をかける。
「筆記試験全科目満点の受験生が出たのよ」
「それは珍しいな」
筆記試験の試験官が告げた内容に、剣術試験の試験官は目を丸くした。
ゼルギウス王立魔法学園の試験は、どの科目もだいたい合格最低点が5割、合格者平均点が6割5分になるように作られている。
そんな試験で満点を取る人など、2~3年に一人くらいしかいないのだ。
その満点取得者だって、満点なのはせいぜい一科目、多くて二科目くらいのこと。
全科目満点など、前代未聞の出来事だった。
「とんでもない天才もいたもんだ」
「でしょ? でもね……それだけじゃないの」
しかし……この空前の出来事さえ、筆記試験の試験官が目にしたものの中では、まだ序の口に過ぎなかった。
「それだけじゃない……とは?」
「これを見て」
そう言って筆記試験の試験官が剣術試験の試験官に見せたのは……当該受験生の、六科目分の答案用紙。
解答の詳細を読むまでもなく、剣術試験の試験官にも、何が異常なのかは一瞬で分かった。
「まさかこの人……解答する必要のない科目まで?」
「そのまさかよ。しかも……本来は必要ないんだけど、あまりの事態につい採点してみたところ、余分な二科目さえも満点だったの」
「んなことあっていいのかよ……」
筆記試験の試験官が告げた事実に、剣術試験の試験官は頭を抱えた。
本来4科目を解くために与えられた試験時間で、6科目を解く。
常識的に考えて、時間が足りるはずがないのだ。
特に剣術試験の試験官は、学生時代筆記試験のビハインドを実技の点数でカバーしてきた脳筋タイプ。
そんな彼には、この受験生の存在が雲の上過ぎて訳分からなくなり始めていた。
「でも、問題はそこじゃない」
「ここまででも十分すぎるくらいおかしいんだが……まだ何かあるのかよ」
もうそろそろ、剣術試験の試験官は独り言に反応してしまったことを後悔し始めていた。
「この自由選択科目『精霊疫学』の第六問の解答なんだけど。この受験生、模範解答とは全然違う方法で解き切ってるんだけど……その過程で、ついでに未解決問題を解決しちゃってるのよ」
「はぁ!?」
最終的に……剣術試験の試験官は素っ頓狂な声を上げて、椅子からガタリと立ち上がってしまった。
それもそのはず。
未解決問題とは、歴史上様々な学者が挑戦しては証明に失敗してきた問題のこと。
決して受験生が「模範解答と違う解答をするためにあの定理を使いたいから」みたいな理由で片手間で解いてしまっていいものではないのだ。
頭がクラクラする中……剣術試験の試験官は、六科目分の答案をボーっと眺める。
と、そんな時……彼は答案の中に、恐ろしい事実が記載されているのを目にしてしまった。
「……ん?」
目を擦り、再度当該部分を確認する。
「この受験番号って……」
「この受験番号がどうしたの?」
「間違いない。あの人だ」
彼は思い出した。
剣術試験の時の、人生一の衝撃を受けた記憶を。
「……あの人?」
「剣術試験でとんでもない戦い方をしていった奴がいたんだよ。具体的には……剣を持参するのを忘れたからと言って錬金魔法で剣を作ったあげく、その剣で俺の剣が叩き折られた。それを申し訳ないと思ったのか、ソイツは作った剣をくれようとしたんだが……なんとその剣、オリハルコンーアダマンタイト合金製だったんだ」
ここまで言うと……筆記試験の試験官にもその異常さが伝わった。
彼女は剣術には疎いが、剣のサイズをしたアダマンタイト合金は人間が振り回すようなものではないことくらいは知っている。
「そんなもの、彼はどうやって振り回してたの?」
「それが……ソイツはどうも、剣はアダマンタイト合金で作るのが常識とすら思っているみたいなんだ……」
「いったいどう育ったらそうなるのよ……」
今度は彼女が頭を抱える番だった。
お互いに衝撃の事実を交換しあったことで、二人の間にはしばし沈黙が走る。
……と、そんな時のことだった。
職員室に、別の先生が入ってきた。
「おやおや。何楽しそうに話してるんだい?」
そう気さくに話しかけるのは……入学試験の時魔術試験を担当した試験官の一人。
クリエイティブ試験の担当だった。
「とある受験生のことよ。筆記試験では未解決問題を解き、剣術ではアダマンタイト合金の剣を振り回した。そんなとんでもない逸材がいれば話題にもするでしょ?」
そんな彼に、筆記試験の試験官は、これまでの話を簡潔にまとめて伝える。
「未解決問題……?」
未解決問題という単語が引っかかったのか、魔術試験の試験官は答案をのぞき込む。
「……やっぱりな。この受験番号か」
そして彼もまた、剣術試験の試験官と同じような反応になった。
「おいおい、まさか魔術試験でも……」
「そのまさかだ。彼はクリエイティブ試験を選択したんだが……なんと彼はな、重力操作装置を作ったんだ」
「「じゅ、重力操作装置……!?」」
重力操作装置という単語が出てきて、二人の試験官の声がハモる。
「な? だから未解決問題ってとこで『もしや』って思ったんだよ。そんな奴なら、存在しないはずの魔道具だって作りかねないなと思ってな」
魔術試験の試験官は、まるで「全てを理解した」とでも言わんばかりの表情でそう続けた。
「その子が攻撃魔法試験を選択しなくて助かったわね……。でなければ今頃、この学園は焦土と化していたかもしれない……」
筆記試験の試験官が、サラッととんでもない感想を呟く。
その言葉に、魔術試験と剣術試験の試験官は背筋が凍った。
「ところで……実はちょっとその件に関連して、相談したいことがあってきたんだが」
と、ここまで来て……魔術試験の試験官はようやく、職員室に来た本題を話すことにした。
「クリエイティブ試験、通常クリエイティブ点が上限30点だよな。そこの上限を取っ払って、クリエイティブ点を100点あげたいんだが……いいかな?」
彼の提案は……通常であれば絶対に通るはずのない、無茶苦茶すぎるものだ。
というのも、「合格最低ライン50%、合格者平均65%」というのは筆記に限った話ではなく、全科目ほぼほぼそんな感じ。
クリエイティブ点を含まない通常の総合満点は300点なので……単純計算で、合格最低点は例年150点前後となる計算なのだ。
そんな中、クリエイティブ点を100点もつけるということが何を意味するか。
それは「たった一科目の試験官の一存で、受験生に合格をあげられてしまう」ということだ。
通常点を100点満点、それに追加点を100点も加算すれば、それだけで合格最低点はゆうに超えてしまう。
この相談は実質、「魔術試験の成績だけでこの子を合格にしていいか」という意味になるわけだ。
一人の試験官にそれだけの裁量が渡ってしまうと、その試験官の匙加減次第では、不正受験が横行してしまう。
クリエイティブ点が上限30点というのも、それを防ぐためにそういう基準となっているのだ。
だが……これに対する二人の試験官の反応もまた、異例のものだった。
「どうぞどうぞ。私は構わないわ」
「どうせ俺も満点をつけるからな。彼の首席合格は絶対だし、100点といわず1000点でも10000点でもつければいい」
こうなると、あとは校長が特例措置に首を縦に振るかどうかだけだ。
だが基本、校長は三科目の試験官の全員一致となった決定を覆すことを、基本的にしない。
こうしてハダルの成績は、歴代最高――いや、空前絶後の点数となることになるのであった。
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