第6話 入学試験2――剣術

 校庭には特設の試合用ブースがいくつかあり……受験生は受験番号により、どのブースで試験を受けるかが分けられる仕組みになっていた。

 自分の受験番号に該当するブースに行くと、既に十数人の先着者が列を成していた。


 一人また一人と、彼らはリングに上がり、試験官と剣を交えていく。

 試験官はなかなか手強いらしく、勝てる者は一人としていなかった。

 それでも受験生が「ありがとうございます!」と言って満足げに試合場を後にするあたり……別に勝てなくても、合格点は貰える感じなのだろうか。


 などと観察していると、俺はとんでもないことに気がついた。


 ……あれ。受験生、全員自前の剣を持参して挑んでる!?


 どうしよう。受験案内の持ち物リストにそんなの書いてなかったから、剣なんて買ってきてないぞ。

 時間というものは残酷で、焦っている間にも自分の番が来てしまった。


「あの……この試験、自前の剣を持参してないと受けられないんですか?」


 おずおずと、俺は試験官にそう聞いてみた。


「いや、そんなことはない。受験者に貸す用の剣はこちらで用意できるからな。ただ……どんな形状・重さの剣が一番しっくりくるかは人それぞれだ。試験でベストパフォーマンスを出すために、自前の剣を持参する者が多いのは確かだな」


 聞いてみると、一応剣はなくても大丈夫とのことだった。

 なるほど、そんな事情からみんな自分の剣を持ってきてるんだな。

 要は暗黙の了解ってやつか。

 どうりで受験案内に書いてないわけだ。


「すみません、貸してください」


「ああ、いいぞ。そこにあるのから好きに取ってくれ」


 試験官や指差した方を見ると、そこには大小さまざまな剣が掛けてある剣立てがあった。

 一つ一つ、手に取って感触を確かめてみる。


 うーん……なんというか、どれも軽すぎるな。

 武器を持っているという感じがしない。

 これで戦うのはちょっと心許ないな……そうだ。


「あの……すみません」


「なんだ? そこに無いものは貸せないぞ?」


 俺は一ついい方法を思いついたので、それをやっていいか聞いてみることにした。


「この場で作った剣で戦ってもいいですか?」


「……は?」


 聞いてみると、試験官はポカンと口を開けて固まってしまった。


「何を言っているのか分からないが……規約にダメとは書いてないから多分大丈夫だぞ……」


 しかしそれでも、とりあえず許可はもらえた。

 じゃあ、作るか。


 俺は原子変換錬金魔法で空気をオリハルコンーアダマンタイト合金に替え、剣を作った。

 この合金の組み合わせは、理論上最も頑丈だ。

 うん、重さも丈夫さもこれならしっくり来るな。


「できました!」


「む、無から剣が……! 剣を作るって、比喩じゃなかったのかよ……」


 あんぐりと口を開けたまま、目が点になる試験官。


「よく分からんが……ええい! 試合開始だ」


 俺がリングに上がると、試験官は心ここにあらずといった感じのまま試合が始まった。



 とりあえず、適当に斬りかかってみる。

 試験官はそれを防ぐべく、剣を合わせてきた。


 と、その時……ハプニングが発生した。


「……んなっ!?」


 パキン、と音がして、試験官の剣が割れたのだ。


 整備不良か?

 今のはノーカンで、別の剣で試合再開ってことになるのだろうか。

 でも一応これで決着としてくれるかもしれないし、ひとまず勝負は決めておくか。


 などと思いつつ、俺は試験官の首筋に剣を突きつけた。


「ま、参った……俺の負けだ……」


 そう言ってもらえたので、剣を降ろす。

 どうやら勝負ありのようだ。


 たまたま剣が折れるタイミングだったというだけで勝ちにしてもらって、これ採点的には問題ないのだろうか。

「負けたけど、試合内容は充実していた」みたいな奴の方が高得点になるんだったら、できれば再戦させてほしい気もするが。


 などと考えていると……試験官がボソッとこう呟いた。


「そんな……名匠に打ってもらった剣が……」


 どうやら試験官は、かなりガックシ来ているようだ。


 ……これはマズいぞ。

 試験官の心象を損ねて、得点が高くなるわけがない。


 とりあえず……何かできる範囲でお詫びをした方が良さそうだ。


「あの……この剣で良かったらあげます!」


 どうせ即席で作った剣だし、などと思いつつ、俺はそう提案してみた。


「い……良いのか?」


「はい。剣を折ってしまって申し訳ないので、せめてものお詫びにと……」


「いや、それはこちらこそすまないな」


 などと会話した後、俺は試験官に剣を手渡した。

 すると……今度は別のハプニングが発生した。


「……ぬおっ!?」


 試験官が剣を持った瞬間……彼は体勢を崩し、剣を落としてしまったのだ。

 切っ先が真っ先に地面につき、地面が少し抉れる。


「何っっだこの重たい剣は!? 一体何の素材で出来てやがる!」


 試験官は目を白黒させつつ、そう聞いてきた。


「オリハルコンーアダマンタイト合金です」


「オリ……はぁ!?」


 素材を述べると、試験官はより一層困惑する。


「そんなもん、一体どこから出したんだ?」


「錬金術で作りました」


「オリハルコンを錬金術でだと……!? というか今、アダマンタイトって言ったか? なぜ剣の素材にそんなものを……」


「だってそれが一番頑丈な剣ができるじゃないですか」


 アダマンタイトは、純金属の中では一番剛性の高い金属だ。

 ただし金属というのは、得てして純金属より合金の方が強度が上がるもの。

 そこで俺は、二割くらいオリハルコンを混ぜて合金化したものを、剣の素材に使ったのだ。

 これが理論上最強の強度の剣になる。


 ゆえに……剣の材料にアダマンタイトを使うのは、当然のこと。

 と、思っていたのだが。


「それはそうだが……アダマンタイトの比重、300グラム毎立方センチメートルだぞ?そんなもので長剣を作ったら……」


 剣を指差しつつ、震える声で試験官はそう指摘する。

 うん。確かにこれ、65キロ近くはあるな。


「何か問題でも?」


「そんな重い剣でどうやって……いやでもお前、さっき普通に振り回してたな。お前にとってはこれが適正なのか……」


 試験官はブツブツ呟いて、しまいには頭を抱えてしまった。


 しばらくして、試験官はこう結論づけた。


「とりあえず。これはいらない。試験なら学校の備品で続けられるからな。こんなの振り回してたら俺の腕が1分も持たねえ」


 そんなに重たいだろうか。

 というか、剣の受け取り拒否されたの結構凹むなあ……。

 これじゃもう、どうやって試験官の心象を回復すればいいのか分からないぞ。


「でも、さっきの剣、大事なものだったんじゃ……」


「安心しろ。俺の剣なら、学園の予算から経費で落として買い直せるからな」


 試験官はそう言って、親指を立てた。

 まあそれなら一応は安心していい……のか?


「むしろお前の剣がヤバい代物で助かったぜ。普通の剣相手に折れたら、整備不良ってことで自己責任扱いされたかもしれないからな。でも相手がオリハルコンーアダマンタイト合金製の剣とあっちゃ、まず間違いなく業務上の損失として計上できる。経費申請もあっさり通るさ」


 不安が全く残らないわけではないが、とりあえずこれ以上俺にできそうなこともないので、俺はリングを後にすることにした。


 最後の試験科目は、魔術試験か。

 剣術がどんな採点になってもいいように、ここでしっかり取り返さないとな。

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